緑龍『ウィリディス』この命同胞に捧ぐ

■リプレイ

●冬の嵐
　冷たい雨と暴風……遠く雷も鳴り響いている。
　この場にもうすぐ訪れるのは天災ではなく……神災だ。
「この嵐もまたー、かの龍の憤りの顕れでしょうかー？」
　然程役に立っているとは言えない和傘を差し、おっとりと言うのは、フラッタリー・フラッタラー（絶対平常フラフラさん・e00172）。
　この場に居るのは、ケルベロス８人とその従者達だけだった。
　街の人々は、ここから離れた避難所の一か所に１人余さず避難している。
　フラッタリーは人々の表情を思い出す。
　人々は一様に、表情に不安を抱えていた……。
　少しでも安心させられればと、ケルベロスカードを渡したりもしたが、さしたる効果は無かった。
　現在迫っている脅威を撥ね退ける事が出来なければ、彼等に平穏は訪れないのだから。
　この街を襲来すると言う、最強と謳われるデウスエクス『デウスエクス・ドラゴニア』……その脅威に人々は脅えきっているのだから。
「……どうやら、いらっしゃいましたねー。龍の名に相応しい出で立ちにー、私達も応えねばー。しかし激しき侭に墜ちればー、そこが水面ですらも身は砕けますのにー」
　フラッタリーの言葉に他のケルベロス達も表情を固くする。
　時間にして数十秒……だが、一瞬に感じられる者もいれば、数時間に感じられる者もいた。
　そして、ケルベロス達のグラビティ・チェインを感知し、その長大な身体を晒したドラゴンに、月見里・一太（咬殺・e02692）が強く、重く、言う。
「番犬様の御成りだ、ドラゴン！　ケルベロス、月見里一太が問う！　名乗れ、テメェの口から！　その名……貰っていく！」
　一太の言葉にもドラゴンは感情を動かされた様子は無いが、静かに口を開いた。
「我は『ウィリディス』……貴様達はケルベロスだな？　我が身体は、既に『重グラビティ起因型神性不全症』に罹患しておる。貴様達が手を下さずとも、やがて死する身。それを推して、この場に出向いた理由は分かっているようだな……」
「……仲間の為に命を懸けるってのは敵ながら敬意を表する。……正直言って好きだぜ、お前みたいな奴はさ。でも虐殺を許す訳にはいかねえんだ……だから、お前はここで倒す！」
「……そうか」
　百丸・千助（刃己合研・e05330）の返答にウィリディスが何を思ったかまでは、分からない。
　ただ……千助の頭から伸びる竜角と竜翼に何故か眩しそうな目を向けていた。
「勝負だウィリディス！」
　千助の横に控えていた、ミミックの『ガジガジ』も前に出る。
「ハッ、緑龍『ウィリディス』ね。死ぬならテメェだけだ」
　ウィリディスに臆した様子もなく左手を肩の高さまで上げ、護りとなるドローンを飛ばすのは、響命・司（霞蒼火・e23363）だ。
「雷雨の中だが……命が燃え尽きるのは貴様だけだ！」
　ウイングキャットの『ゆずにゃん』もアクアマリンの瞳を細め、清廉なる翼を広げる。
「……撤退が許されないのは、私たちも同じなのですよね」
　雨に濡れた眼鏡の奥に静かで強い意志の炎を灯し、獅子堂・綾（獅子堂診療所所長・e00070）が呟く。
　……自身達の後ろには、多くの力を持たない人々が居る。綾は、その事実を強く意識する。
（「……通してはならない、ここで終わらせる」）
　ウィリディスが内から滾らせる強さが同胞の為だと言うのならば、自身は護るべき人の為にと……綾は、自身のグラビティ・チェインを高めていく。
「それではー、そろそろ始めましょうかー。話していても平行線でしょー。死を奉らんとするならばー、まずはこの身に纏う衣の声を聴いていだだきましょうー」
　言って、フラッタリーは差していた和傘を捨て、身の丈ほどの無骨な剣を手にする。
　瞬時にサークレットが展開し、額の中央……閉じた金の眼が開眼するとフラッタリーは地獄の炎を纏いし狂人……いや狂った獣となる。
「環Zeン無欠ヲ謳オウtO、弧之金瞳w∀綻ビヲ露ワ仁ス。其之ホツレ、吾gAカイナデ教ヱヤフ」
　透き通る金色の瞳に映し出された捻じれ猛る煉獄を通し、フラッタリーはウィリディスの身体から漏れ出るグラビティ・チェインの切れ端を補足すると、それを自らの編んだ獄炎の縄で絡みとり、この雨天でも消えぬ戒めとして、ウィリディスの動きを制限する。
　ウィリディスの動きが一瞬止まった時だ……アルトゥーロ・リゲルトーラス（蠍・e00937）が既に動いていた。
　アルトゥーロの『ティヘラ・デレーチャ』『ティヘラ・イスキエルダ』二丁の銃から数多の弾丸が撃ちだされていた。
（「……１体相手だってのに、巨体のせいで軍勢を相手にしてる気分になるな。……今更怯むつもりはないがな」
　その弾丸の雨が鎮まった時、高く跳躍し、ウィリディスの頭上を取ったものが居た。
「この一撃の重さが全てを証明する！」
　自身の初撃に自身の全てを込め、塚原・宗近（地獄の重撃・e02426）はウィリディスの頭部……固い緑鱗に覆われた眉間に傷を作る。
「……どんな覚悟で挑まれようと虐殺するのなら、全力で打ち砕かせてもらう！」
　ウィリディスから離れ、ぬかるんだ地に着地すると、宗近は剣を横に振り払い強く言う。
「……我も同じこと。……矮小な貴様達の覚悟を蹂躙した上で同胞を生かすと決めたのだ」
「……さあ一緒に行こう……手と手を取って……みんなの気持ちが集まれば……迷いも恐れも吹き飛んじゃうよ」
　明るく希望に満ちた歌……ヴィヴィアン・ローゼット（色彩の聖歌・e02608）の紡ぐ、虹色の光を生む『空に輝く七色の交響曲』は、そんな希望の歌だ。
　だが何故か……今日この日だけは、ヴィヴィアンはこの曲にメロウなアレンジを加えてしまった。
　それが、降りしきる雨の所為なのか、護るべき人が居る為なのか……それとも、目の前に居るドラゴンの所為なのかは、ヴィヴィアンにも分からなかったけれど。
「……命を捨てて、仲間の為に戦う……その心意気は、素直に尊敬できる。でも、みんなの命を奪うのは許せないよ。絶対にあなたを倒して、みんなを守ってみせる！　あたしだって、みんなにだって、生きて帰らなきゃいけない理由があるの！」
「……左様か」
「行こう、アネリー！」
　二振りの細身のチェーンソー剣を構えるとヴィヴィアンは、鮮やかな紫毛の相棒『アネリー』と共に前へと躍り出る。
「――百丸・千助――推して参る！」
　少年竜が強く名乗ると千助と一太が正義の爆煙を起こす。
　その言葉を聞き、ケルベロス達の覚悟の瞳を見ると、ウィリディスも瞳を細め臓腑に響く咆哮を挙げた。

●攻防
「今宵の全ては鏡写しの世界と成る」
　言葉と共に自身の分身を生み出すと、二人の綾はそれぞれ、ウイリディスの眼を狙い雷光が反射するナイフを振り下ろす。
　普通のデウスエクスならば確実に瞳を穿つ事が出来ただろう……だが、ドラゴンの……ウィリディスの瞳は刃に鈍い衝撃を与えるとはね返す。
「流石はドラゴンって所か……なら、命そのものの攻撃だ」
　言うと、司は生命エネルギーを圧縮するとウィリディスに狙いを定め、爆発させる。
「……攻撃と言うのはこう言うものを言うのだ」
　小さく言うと、ウィリディスは息を吸い風を力に変え、刃と成してブレスを吐く。
　そのブレスは、フラッタリーが獣染みた動きで庇った、宗近以外の前を固める者達に浅くない裂傷を作ったが、ケルベロス達は怯む事無く、前へと進む。
「我wA運ビ手。聴懸、孤々ニ在ル死ヲ」
　死の呪言で編んだ『衣領樹の骸布』が裂け、表れた白い肌に流れる紅の鮮血にも構わず、フラッタリーは猛る狂気を笑みに変え、地獄の炎を剣に纏わせると、ウィリディスを強引に斬り付ける。
「アネリー！　回復援護を！　あたしは！」
　視線を向けず相棒に指示を出すとヴィヴィアンは、水平に構えた二本の剣を摩擦炎と共に横に薙ぐ。
　ヴィヴィアンが身軽にウィリディスを蹴り射線を開くと、ヴィヴィアンのそれとは質量からして全く違う、巨大な日本の剣を構えた宗近が炎の斬撃でウィリディスを十字に斬る。
「回復は俺が支えて見せる！　臨む我らの慈雨と成れ！　百丸流『憂断』！』
　叫びと共に千助が放った数多の霊力球はケルベロス達に雨の様に降り注ぐと、身体から流れ出るグラビティ・チェインを抑えていく。
「はっ、その程度の風じゃ、俺の帽子一つ飛ばすことはできないぜ？　本気でかかって来いよ。おまえの最期にふさわしい、満足できる死をくれてやる。《蠍》には毒がつきものさ！」
　精神を研ぎ澄ましたアルトゥーロの放った弾丸は蠍の猛毒の様に、ウィリディスの身体を蝕んでいく。
「その傷口、広げさせてもらう」
　獰猛な獣の色を宿した蒼い瞳で言うと一太は、長大な龍体に付いた傷口をナイフでこじ開ける様に力任せに動かし、緑鱗すら剥がしていく。
　更に司もナイフを手にすれば、容赦なく突き刺していく。
「ドラゴンと言えど病の罹患者……負ける訳にはいかないでしょう」
　癒しの雨を降らしながら言う綾だったが、綾の瞳に映った病に侵されたドラゴン……ウィリディスは口元に笑みを湛えていた……。

●緑龍
「Ｇｕあｗａあああ！？」
　獣の様な叫びを口から発しフラッタリーは竜巻に呑まれ、宙へ高く飛ばされると無慈悲に地に落とされる。
「フラッタリー！」
　全身のエネルギーを絞り出す様にオーラを作り出すと、千助は己のグラビティ・チェインをフラッタリーに送り込む。
「倒れるにはまだ早いですからね」
　千助のヒールだけでは足りないと判断した綾も、すぐにフラッタリーへと魔術施術を行うが、フラッタリーが受けている傷から判断するに、まだ足りない……。
　ウィリディスとの戦闘開始から１０分以上が経過していた。
　その間、ケルベロス達が油断する事は一時も無かった……だが、ウィリディスはケルベロス達を真の敵と認識すると、恐るべき攻撃力を誇る敵となった。
　ケルベロス達も万に一つも負けられないと、幾つものグラビティ阻害の力をウィリディスに与え続けた。
　それをしても、ウィリディスの神にも等しい力は、ケルベロス達を無情に傷つける。
　ウィリディスの爪はヴィヴィアンの黒衣を容赦なく切り裂いていたし、ウィリディスが尾に力を込めて横に薙げば、攻撃態勢に入っていたケルベロス達を一気に吹き飛ばした。
　一度目のディザスターテンペストが綾を襲った時、宗近達が予備動作を見つけようとしたが、大気が振動するのを感じただけで、それらしいものを見つける事は出来なかった。
　ケルベロス達はまだ全員戦場に立てているが、既にアネリー、ガジガジ２体のサーヴァントはグラビティ・チェインが枯渇し、その姿を消している。
「動きを止めるな！　ウィリディスの体力はかなり落ちているって話だ！　殺やれる前に、倒すしかない！」
　重厚な一撃をウィリディスに与えながら、宗近が叫ぶ。
「我wA負けＮｕ！　キサマ如キに！」
　滴る赤……それすらも化粧として、フラッタリーは空をも断ずる斬撃を放つ。
「攻撃力の底上げをする。噛み殺せるまで休むな！」
　一太が手にしたスイッチを押せば数度目のカラフルな爆発が起こる。
　アルトゥーロは一太の言葉には応えず、ただ静かに銃のトリガーを引く。
　……少しでも、銃を握る手を緩めればウィリディスの力に呑まれてしまうのではないかと思ってしまう。
（「……ドラゴンにはトラウマがあるんだよなぁ。城ヶ島調査の時の光雷竜バルバレル。いつか奴を自分の銃で撃ち抜くまで、この屈辱は晴れない。……今回も同じことを繰り返せば……俺は俺の誇りを失ってしまう！」）
　握る銃が誇りならば、銃口を下げた時自身が自身で無くなる……それを打ち消す様にアルトゥーロはウィリディスを睨み据える。
「フラッタリーちゃんの回復が優先だよね……」
　生きる事の罪を肯定するメッセージをフラッタリーに贈りながら、ヴィヴィアンは考える。
（「あの竜巻……大気にグラビティを混ぜて放っているとしたら……？　空気中の何かの条件が揃うまで撃てない……？」）
「ヴィヴィアン！　爪だ！」
　ほんの少しヴィヴィアンが思考を巡らした瞬間をウィリディスは見逃さなかった。
　司が叫んだ時には、ヴィヴィアンの肩口にウィリディスの爪が喰い込んでいた。
　前のめりに倒れる、ヴィヴィアン。
「くそがぁ！　全て壊れろウィリディス！　これがテメェの送り火だ！」
　右腕から蒼き炎と烈風を巻き起こし、その炎風と共に司は青い鳳凰と一体化した拳をウィリディスに叩きこむ。
　雨に打たれても消えぬ蒼き炎に包まれながら、ウィリディスは静かに呟く。
「……どちらにせよ、もう直終わる」
　綾には、ウィリディスから感じ取れるグラビティ・チェインが死に瀕したモノのものとはとても思えなかった……。

●死する運命
　雷と暴風はさらに激しさを増していた。
　ウィリディスの死を恐れぬ猛攻は、凄まじいの一言で済むものでは無かった。
　まず、回復援護と味方のカバーに回ったヴィヴィアンが倒れ、猛攻を続けていたフラッタリーが深く刺さった爪で意識を無くし、数人が巻き込まれた風の刃でゆずにゃんが消失した。そして、数度目の竜巻のターゲットにされた綾も立ち上がる事は無かった。
　前で、必死に仲間達を庇うように立ち回っているのは、ポジションチェンジをしたアルトゥーロ１人だ。
　だが、そのアルトゥーロも千助のヒールが僅かにでも遅れれば、いつ倒れてもおかしくない状態だ。
「これ以上誰も……倒れさせない！」
　千助の翠の瞳の意志の炎こそ消えていないが、千助自身も十分傷を受けている。
　自身がこの戦いの要と言う意識のみで、両脚を地に根付かせていると言っても過言では無かった。
「俺達の命の火も、人々の命の火も消させるか！　貴様だけが燃え尽きろ！」
　司が幾度目かの蒼き炎を撃ち出す。
「ドラゴンのトラウマはもう要らねえよ！」
　アルトゥーロの両の銃が弾丸を放つと、反動で深く被っていたテンガロンハットが風に飛ぶ。
「……拒絶などせずに、定住することを受け入れる選択もあるんじゃないのかい？」
　傷ついた足を引きずりながらも、力を込め宗近が剣をウィリディスに突き刺し問いかける。
「……死する運命にあるのが我だけだったなら、その選択もあったかもしれぬ」
　そう言うウィリディスの言葉が、宗近には酷く悲しみを帯びているように聞こえた。
「……分かったぜ。テメェの覚悟、誇りに敬意を表し――咬み殺す」
　一太は宣告する様にウィリディスに言うと、ウィリディスの残りの生を喰らい尽くす様にウィリディスの首元に牙を立てると……喰い千切った。
「――その誇りと名、地獄の果てまでもって行く」
　ウィリディスには聞こえただろうか、一太の最後の言葉が……。
　緑龍は何も言わず瞳を閉じると、大地に身を落とし……やがて、大気の一部となって消えた。
　…………ケルベロス達を濡らす雨は少しずつ弱くなっていった。

作者：陸野蛍	重傷：獅子堂・綾（獅子堂診療所所長・e00070） フラッタリー・フラッタラー（絶対平常フラフラさん・e00172） ヴィヴィアン・ローゼット（色彩の聖歌・e02608）  死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2017年2月23日 難度：やや難 参加：8人 結果：成功！
得票：格好よかった 9／感動した 0／素敵だった 0／キャラが大事にされていた 0
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