至高のメイド服

作者:大亀万世


 東京のとあるビルの屋上で、夜景をバックに螺旋忍軍ミス・バタフライが配下たちを見下ろしていた。
「この街であなた達は職人へ接触、そしてその技術を確認、可能ならば習得してきなさい。その後は職人を始末なさい、グラビティチェインは略奪してもしなくても構わないわ」
「了解しました、ミス・バタフライ。一見、意味の無いこの事件も、巡り巡って、地球の支配権を大きく揺るがす事になるのでしょう……して、その技術とは?」
 配下から目を離し、ビルの群れを見下ろすミス・バタフライ。
「メイド服作りよ」
 眼下には乱立するメイドカフェ、その煌めきの中に彼女は消えていった。



 集まったケルベロスに対し、セリカはホワイトボードの前に立つと今回の事件について説明を始めた。
「ミス・バタフライが動き出しました。今回の目的はメイド服職人の技術と殺害のようです」
 職人の殺害だけを見れば小さな事件かも知れないが、ミス・バタフライの起こす事件は巡り巡って大きな事件への発展するかもしれない。
 この事件を阻止しないと、まるで、風が吹けば桶屋が儲かるかのように、ケルベロスに不利な状況が発生してしまう可能性が高いのだ。
「もちろん、職人さんの命も大事ですし、その手によって作り出されるメイド服を楽しみにしている方も大勢いらっしゃいます」
 それを守るために、職人の保護と螺旋忍軍の撃破がケルベロスの任務となる。
「標的となった職人さんは、メイド服専門の仕立て屋さんです。その技術は非常に高く、メイド喫茶だけでなく海外からも注文が入るほどだと言います」
 今回の事件は予知された時期が早かったため、螺旋忍軍のあらわれる3日前から職人へ接触することができる。
 しかし、職人を避難させたりしてしまうと螺旋忍軍は、他で事件を起こす可能性が発生してしまう。
「ですが、事情を話して職人さんの技術を習得することができれば、螺旋忍軍の標的をケルベロスへと向ける事が出来るかもしれません……皆さんには短期間で見習いレベルまで技術を習得する必要がありますので、かなり頑張っていただくことになってしまいますが」
 職人の仕事場の地図を手渡しながら、セリカは言葉を続ける。
「今回現れる螺旋忍軍は、道化のメイクをした痩せた男と、サーカス服の太った男です。技術を習得できていれば、彼らに技術を伝えると言って、好きなように誘導することができるでしょう」
 仕事場はビルの一室だが、下の階は資材置き場、ビルの屋上は立ち入り禁止で普段は人が入ってこない。
 その辺りならば、周囲への被害も少なくて済むだろう。
「バタフライエフェクト、放置すればいったいどのような惨事が引き起こされるのかはわかりませんが、最初の動きを止めてしまえば防ぐことはできます」
 ケルベロスならば、と告げセリカは彼らを送り出すのだった。


参加者
毒島・漆(旅団民ファースト・e01815)
山之内・涼子(おにぎり拳士・e02918)
滝川・左文字(食肉系男子・e07099)
立花・彩月(刻を彩るカメラ女子・e07441)
ルイアーク・ロンドベル(狂乱の狂科学者・e09101)
ミスル・トゥ(本体は攻性植物・e34587)
榊原・一騎(銀腕の闘拳士・e34607)
信宮・織彦(プラトニック・e34867)

■リプレイ


 螺旋忍軍の暗躍を予知したケルベロス達は、都内のビルへの向かっていた。
「至高の道を行く人を狙うミスバタフライの悪だくみはボクたちがきっちりとめてみせるんだよ!」
 気合は十分とこぶしを握り締め、山之内・涼子(おにぎり拳士・e02918)見上げるビルには、『オーダーメイドテーラー寺田』と看板が掲げられている。
「我が野望の同士とも言えよう、メイド服職人寺田・シャーリー氏を襲撃するとは許せません」
 長髪の奥から強い意志を感じさせる瞳を輝かせ、ルイアーク・ロンドベル(狂乱の狂科学者・e09101)も涼子の言葉に頷く。
 そんな二人とは対照的に、ミスル・トゥ(本体は攻性植物・e34587)は冷めた目でビルの扉を潜る。
(「どこをどう思えばメイド服作りが必要だと思うのか……まぁ螺旋忍軍的には技術であれば何でもいいのか……元螺旋忍軍の身としては今回の件に関しては本当に疑問……」)
 小さくため息をつき、階段を上るミスルに続いて、ケルベロス達はシャーリーの元に向かう。
「寺田シャーリーさんですね?」
「ええ……そんな大勢で注文かしら?」
 毒島・漆(旅団民ファースト・e01815)の問いかけに、眼鏡の弦を指で押さえながらメイド服に身を包んだシャーリーが首をかしげる。
「単刀直入に言わせていただきます。螺旋忍軍があなたと、あなたの技術を狙っています。あなたの身代わりとなるため、俺たちにあなたの技術を教えていただけませんか?」
 自分たちをケルベロスだと明かし、持ち掛けられた提案にシャーリーは快くケルベロス達を受け入れる。
 3日間でシャーリーの技術を習得するのは容易ではない、ケルベロス達は寝る間も惜しんで裁縫にいそしんでいた。
(「ミス・バタフライの目的はわからないけど、この作戦は潰させてもらうよ! それとメイド服製作は楽しみだよ。めったに出来ない経験だから頑張って覚えるよ」) 
 そう思いを秘めた榊原・一騎(銀腕の闘拳士・e34607)も、慣れないながらも懸命に針と糸を使って、布を合わせていく。
「素人の身で、たった3日で技術を学ぼうとするのは、おこがましいと思います。その代わり、必ず先生をお救いできるよう、ベストを尽くします」
 学校で少し触った程度の経験しかないと言う信宮・織彦(プラトニック・e34867)だったが、真剣に取り組む様子にシャーリーも指導に熱が入る。
「ここは丁寧に、メイド服は働くための服であることを忘れないように」
 縫いかけの布地を手に取ると、見やすいように丁寧に針を通す。
「……なるほど」
 間近でシャーリーの動きを見ていた立花・彩月(刻を彩るカメラ女子・e07441)は、それを真似て真剣にメイド服を縫い上げていく。
 そんな中で、一際大きな布を手にしているのはスキンヘッドの滝川・左文字(食肉系男子・e07099)だった。
「あなたの作っているのは、とても大きな方なのですね」
「特別サイズっすからね」
 平均的なサイズの倍は優にあろうか……それは成人男性にしても大きいように見える。
「適度に休憩は取ってくださいね」
「おやつも置いておくよー」
 すでにメイド服作りには自信のあるルイアークはサポートに回り、涼子も仲間たちを手伝うべく動き回っている。
(「メイド服……いいかも」)
 シャーリーの拘りなのか働くならばと渡されたメイド服を身に着け、涼子は何処か楽しげに作業場の中を動き回るのだった。


「いらっしゃいませ、メイド服のお仕立てですか?」
 3日間の手伝いですっかり看板娘が板についた涼子が、二人組の男の来店を迎える。
「いや、我らは寺田氏に弟子入りを希望いたします」
「弟子入り……? どうしてもっていうならそこの弟子から聞いてちょうだい」
 打ち合わせ通りにシャーリーは、2人をケルベロス達に引き合わせる。
「あなた達が弟子? 失礼ですがとてもそんな風には」
 不満そうな2人を一騎が手招く。
「これが私たちの腕前ですが、まだ不満ですか?」
 彼の手が指し示す先には、彩月が見事なヴィクトリアンメイド服を試着していた。
 シャーリーの手を借りた部分が有るとしても、彼女が自分用に手掛けた一着は、ほれぼれするような見事な出来だった。
「む、むぅ……確かにすばらしい出来栄えだ」
 2人はまじまじと彼女のメイド服を眺めて、納得したようにうなずく。
「しかし、我々も忙しい……どうしてもと言うならコツだけ教えましょうか?」
 上達にはただ練習あるのみと、シャーリーに寝る間も惜しんで叩き込まれた技術にそんなものは無いのだが、漆の言葉に男たちは身を乗り出して乗ってくる。
「ぜひ、それはお聞きしたい」
「教えるのは構わんが、こっちの手伝いもしてくれ。……そっちのアンタ仕上がりを確認したい、試着をしてくれないか?」
「俺が?」
「いろんなニーズがあるんだよ、そのちょっと特殊なヤツだ」
「それで、それは何処にあるんだ?」
「秘伝ですので、人気のない場所でお教えしたいのです」
 困惑する顔を見せながらも、指名された太った男はとりあえず頷き、織彦がチラリと扉の方を見る。
「きっとあなたがたに習得して欲しいと指示した人はこの技術がいかに高レベルで他言無用な技術かは知ってるはずよ。だから屋上に行く必要があるの」
「指示……?」
 彩月の一言に、2人組の顔に疑うような表情が浮かぶ。
「男性がメイド服を自分用にというのはあまり聞きませんからね、やはりメイド服は女性が身に着けて、いや着ただけではなく心持ちと言いますかそういったものも……」
 だが、絶え間なく続くルイアークの熱心なメイド談義から逃げるように、2人は屋上へと向かって行くのだった。


 屋上へと移動したケルベロス達は、男たちの退路を塞ぐように扉の前に陣取る。
「……さて、そのコツと言うのは?」
 男たちはまだケルベロスを職人だと思っているようで、口調は真剣そのものだ。
「3日間の突貫工事で覚えた技術が門外不出の一子相伝になるはずないじゃない。いくら何でも馬鹿じゃないかしら?」
 男たちに聞こえないように口元を隠しつつ、冷めた目をした彩月が呟く。
 それが耳に入ったかどうか、男たちと対峙する左文字が、こらえ切れないとばかりに身を折って笑い始めた。
「ぷっ! くくく……想像以上にヤベェ。おいお前、こっち来んな、吐きそうだ」
「何いっ!」
 太った方の男は、屋上に上がった時に左文字特製の男性用メイド服に着替えさせられていた。
 技術の為と我慢していた男だったが、左文字の笑いに怒りを露わにする。
「正体はもうバレてるわよ、螺旋忍軍」
 屋上に1人潜んでいたミスルが、男の死角から攻性植物の蔦を伸ばして奇襲する。
「なにっ!?」
 植物に囚われた配下の側から飛び退くと、男は螺旋忍軍の証である仮面姿に変わり武器を構える。
「おのれ、我らをたばかったか」
「そう言うこと!」
 素早く距離を詰める涼の拳が、ジェットエンジンから激しく炎を吹き出し突き刺さる。
「あなたも大人しくしていてもらいます」
 漆の手から放たれた蔦が、仮面の螺旋忍者を捕え動きを封じる。
「この××××な!△△△で!■■■の※※※※野郎!臭ェんだよ、近づくな!鼻が曲がる!!」
 メイド服を着せられてしまった配下へと、左文字の聞くに堪えない罵詈雑言が浴びせられると、ますますその顔を怒りにみなぎらせ、蔦を引きちぎって突撃してくる。
「うぉぉぉ!」
 怒りにまかせた攻撃とはいえ、その一撃は深々と左文字の体を引き裂いた。
「ドローン展開!」
「大丈夫か」
 傷を負った仲間へ、彩月と一騎の元から飛び立った治療用ドローンが集まり傷を修復、そのまま盾の様に敵との間に滞空する。
『さぁ……何を迷う? 皆……『何か』に仕える従者なのです……。もう、何を言いたいか……ご理解頂けましたよねぇ?』
 ルイアークのメイドへの尋常ならざる情熱が、メイド服姿の男へ波動となり押し寄せ、その精神を侵食していく。
「そこっ!」
「ぐはぁっ!?」
 動きの鈍るメイド服に、高速演算で弱点を割り出したミスルの一撃が叩き込まれ、致命的な一撃に男は吹き飛びメイド服と共に散って行った。
「はっはっはっ、イイ死に装束だなぁおい? くたばったら写真ばら撒いてやるよ。あ、逃げても写真ばら撒くからな? ……そうだ、刃向え! かかってきな!」
「きさまら!」
 止まらない左文字の挑発に、残った仮面の螺旋忍軍が飛びかかってくる。
『愚天……混色夜叉ッ!』
 漆に突き刺さる螺旋手裏剣が重力の鎖を破壊するが、それ以上の密度で生み出される鎖が螺旋忍軍を打ち据える。
「援護します」
 お互いに深く傷を受けたが、織彦の濃密な快楽エネルギーの霧が、漆の傷を塞ぐ。
「残りはあなただけだね」
 涼の技量を結集した一撃が螺旋忍軍の身を凍りつけせ、彩月の見えざる鎖が絡みついて動きを封じる。
「これでっ!」
 高々と飛び上がった一騎が、螺旋忍軍の頭部目がけてルーンアクスを振り下ろす。
 使い慣れない武器であってもその破壊力は十分で、凍り付き動きを封じられた螺旋忍軍を仮面ごと叩き割るのだった。


 無事に螺旋忍軍を撃退したケルベロス達は、荒れた屋上の修復を終えて、シャーリーの元に戻っていく。
「……」
 消えていった螺旋忍軍に短く黙祷をささげると、ミスルも仲間の後を追う。
「よければ、打ち上げと先生へのお礼を兼ねて……いかがです?」
「残念だけど私の服を待っていてくれる方が沢山いるの。助けていただいた分も頑張って早く届けるようにしないといけないと……あ、作った服は折角だから持っていってね。たまには着てみるのも良いと思うわよ」
 織彦の誘いにシャーリーは首を振り、彼女の手で細部を仕上げられたメイド服がケルベロス達に渡される。
「あ、ありがとうございます」
 丁寧にラッピングされたメイド服を受け取り、彩月は大事そうにそれを抱えた。
「皆さん、本当にありがとうございました」
 シャーリーの笑顔に見送られ、ケルベロスはビルを後にするのだった。

作者:大亀万世 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年2月18日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 6
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