耳を塞いでも目を閉じても

作者:質種剰

●辛く苦しい毎日
 暗く冷たい実験室の中。
「喜びなさい、我が息子」
 実験台に寝ていた青年の意識を、嘲りにも似た笑い声が呼び覚ました。
「お前に、ドラゴン因子を植えつけてやった。ドラグナーの力を授けてやったのだ」
 開いた目を虚ろに彷徨わせる青年を見下ろして、仮面のドラグナーは滔々と語る。
「だが、お前の体は未だドラグナーとしては不完全。いずれ死ぬのが目に見えている」
「死ぬ……!?」
「ククク、死ぬのが怖いか? お前が死なずに完全なドラグナーとなる為には、与えたドラグナーの力を揮い、多くの人間を殺してグラビティ・チェインを奪い取れば良いのだ」
 仮面のドラグナー——竜技師アウルが唆すのを聞いて、青年は暫し呆然としていた。
 青年は呟く。
「……どこへ行っても誰かが僕の悪口を言うんだ。皆が僕の事嫌ってるんだ」
 彼の心を苛むきっかけが、現実の悪口や陰口だったのは事実だろう。
 だが、知人全てから擦れ違った他人に至るまで自分へ嫌悪を向けてくると今の青年は思い込んでいる。
 1人でいる時ですら、人々は自分がいないのを良い事に悪口を言い合っているに違いない——到底非現実的な被害妄想に支配されて。
 誇大化し過ぎた自意識過剰を拭う機会も無いまま、人生に絶望、日々死にたいと思うようになった。
「わかったよ。悪口を言われない為には、皆に死んで貰うしか無いもんね」
 青年はすっくと起き上がり、破綻した思考にも気づかぬまま、部屋を出た。


「……例え、全ての他人が信じられなくなっても……人にはそれぞれ優先すべき相手や生活がある。ずっと嫌いな自分の事ばかり意識されているだなんて、ある筈も無いのに……」
 ヘリポート。
「ドラグナー『竜技師アウル』からドラゴン因子を植えつけられ、新たなドラグナーとなった人が、事件を起こすでありますよ」
 沈んだ声を洩らした小檻・かけら(藍宝石ヘリオライダー・en0031)が、気を取り直して話し始める。
 この新たなドラグナーはまだ未完成の状態であり、完全なドラグナーとなる為に必要な大量のグラビティ・チェインを得ようと、また、ドラグナー化する前に惨めな思いをさせられた復讐を遂げんとして、人々を無差別に殺戮するという。
「どうか、未完成のドラグナーが事件を起こす前に、急いで現場へ向かって撃破してください。宜しくお願いするであります」
 深々と頭を下げるかけら。
「皆さんに倒して欲しい未完成ドラグナーは1体のみであります。また、この個体は未完成な状態故か、ドラゴンに変身する能力は持ってないであります」
 未完成ドラグナーは、携えたファミリアロッドを使って攻撃してくる。
「ファミリアシュートとミラージュキマイラを交互に使ってきますが、他にも……何やら竜語魔法らしき物を繰り出してもきますから、どうかご注意を」
 その竜語魔法は頑健さに満ちた斬撃を起こし、相手が既に負った状態異常の苦痛を倍加させる効果がある。
「未完成ドラグナーが現れるのは静岡県の雑踏であります。人の往来もそこそこありますから、一般人の避難誘導も必要となりましょう。皆さんのお力で一般人の方々を守って差し上げてください」
 そう補足するかけら。
「ドラグナーとなってしまった人を救うことはもう不可能です……ですが、理不尽で無差別な復讐を行わせない為、どうか確実な討伐を宜しくお願い致します」
 かけらは説明を締め括り、彼女なりにケルベロス達を激励した。


参加者
三和・悠仁(憎悪の種・e00349)
ルーカス・リーバー(道化・e00384)
日柳・蒼眞(落ちる男・e00793)
ラーナ・ユイロトス(蓮上の雨蛙・e02112)
モンジュ・アカザネ(双刃・e04831)
ウィルマ・ゴールドクレスト(地球人の降魔拳士・e23007)
岡崎・真幸(脳みそ全部研究に費やす・e30330)

■リプレイ


 静岡県の雑踏。
 現場へ急行したケルベロス達が一般人の振りをして紛れているのも知らず、未完成ドラグナーは襲撃をかけてきた。
「皆みんなどうして僕の悪口を言うんだ! どうして僕の方を見る!?」
「きゃあああ!」
 叫びながら、雑巾のような物体を通行人の女性へ投げつける未完成ドラグナー。
「もう嫌だ! 嫌なんだ毎日毎日毎日毎日僕の陰口に怯え続けるのは嫌だァァァッ!!」
 その雑巾がファミリアロッドのペット形態だと果たして誰が気づくだろう。犬なのか猫なのかも判然としない程に汚れている。
 恐らく原因は未完成ドラグナーの不安定な精神状態のせい、身の回りの雑事や身繕いに意識が向かないのだ。
「自意識過剰もいいかげんにしなよ」
 すかさず、未完成ドラグナーと女性の間へロストーク・ヴィスナー(庇翼・e02023)が割って入り、我が身でファミリアシュートを受けた。
 白いジャスミンの咲き添う短髪はよく干された古い藁の色、明るい緑の瞳は、冬の終わりに霜の降りた新芽を思わせるオラトリオの青年。
 年の離れたきょうだいを多数を持つ優しい長男気質な為か、子どもと遊ぶのが好きだとか。
 優しく紳士的な性格だが、平和を脅かす者に対しては容赦しない、童顔ながら背の高い鎧装騎兵である。
「誰もが自分を嫌う、なんて決めつけているから嫌われるんだ」
 決して声は荒げず、静かで冷え冷えとした挑発を心がけるロストーク。
 高い身長と整って綺麗な顔立ちによって、威圧感や冷たさがいや増すと経験上知っているからだ。
(「救えないならせめて。これ以上の被害が出る前に、止めるよ」)
 故に、わざと眉を顰めて嫌悪を表したまま、ロストークは音声認識によるプログラムを起動。
 群れ成すヒールドローンへ管制機から指示して、未完成ドラグナーを襲わせた。
 彼のボクスドラゴンであるプラーミァは、すぐさま火属性をインストール、主の怪我の治癒に努めた。
「ふむ、これはまた、一般人の皆さまが多いですねえ」
 と、見た目に違わず丁寧な言葉遣いをするのはルーカス・リーバー(道化・e00384)。
 顔の上半分を碧い仮面で覆ったシャドウエルフの男性。
 雰囲気はどこか胡散臭く、礼儀正しく穏やかな物腰もいささか大仰で芝居がかっているが、実際は至極常識人の紳士である。
 常に微笑んでいてあまり本心を見せないが、一度懐へ入れた者に対してなら割と甘くなるそうな。
「万が一にも被害が出ないよう、万全を期して挑みましょうか」
 ルーカスは柔和な表情を浮かべたまま、身体から強い殺気を放つ。
 通行人達が無意識に自分から——ひいては戦場と化すこの場から——可能な限り遠ざかってくれるよう殺界を形成して、避難誘導の大きな足しにした。
 それでいて、
「おやおや、私たちを放っておいて弱いものいじめですか。はっはっは、さすがですねえ」
 光の尾を靡かせた重い飛び蹴りを未完成ドラグナーへ繰り出し、奴の機動力を奪った。
「その、何とかいう、仮面のドラグナー、さん。とて、もよい趣味をしていらしゃい、ます、ね」
 ウィルマ・ゴールドクレスト(地球人の降魔拳士・e23007)は、一種独特の感想を呟く。
「ぜ、ひ、一度お会いしてみたいもの、です」
 クスリと口角を吊り上げて笑う様子も、どこか空恐ろしさを感じさせる。
 薄く落ち着いた色味の茶髪が控えめなイメージを与えるメカクレ系女子。
 人の心情——特に弱さや歪みを垣間見る事を好み、それらが無様に乱れ狂い揺れ動くのへ安堵を覚える、本人曰く性根の腐った最悪の性格らしい。
 未完成ドラグナーの行動を快く思っているのも、その為であろう。
 しかし、それらの醜い葛藤は生きていればこそという考えでもあるので、死なれてしまうのは至極残念に思っているウィルマ。
「お、おかしな人、です、ね。そんなことを、しても、意味、ないでしょう、に」
 そんな彼女も、巨大な鉄塊剣を叩きつけて未完成ドラグナーを挑発するが。
「ああ……。本当に、どうしようもない、人、です、ね」
 単純かつ重厚無比の一撃を見舞うと同時に洩れた声からは、やはり奴を惜しんでいるのが看て取れた。
「嫌われる……弱い者いじめ…どうしようもない……」
 未完成ドラグナーは、次々肉体へ襲う激痛よりも、ケルベロス達の挑発に気を取られているようだ。
「……力を得た事が悪いのか、力を得た者が悪いのか。憐れみの一つも湧かない、とは言わないが……」
 三和・悠仁(憎悪の種・e00349)は、己が逡巡を噛み砕くかのごとく、物静かに言った。
 右目を地獄化したブレイズキャリバーで、裏地が赤の黒いケルベロスコートや、凝魂塊マスカルウィンなど地獄の風合いが印象的な青年。
 デウスエクスのみならず、無力だった自分自身をも激しく憎悪していて、それらへの復讐心だけが生きる原動力となっている。
「……加減したくなるほどの情も、感じないな。……詰まる所、自業自得の一言か」
 地獄化して補った夢が果たして叶う日が来るのかは定かで無いが、悠仁自身飽く事なき煩悶を抱えている為か、未完成ドラグナーの愚行を冷静に見極められるのだろう。
「嫌われ者か……そうだな、その通り。現に、俺はお前が嫌いだ」
 わざとはっきり悪口を言うや、凝血剣ザレンを振り下ろす悠仁。
「理由も原因も知りはしないし知ろうとも思わないが、どの道、周りを犠牲にという考えに至った時点で、お前の事は、反吐が出るほど醜悪な敵にしか見えはしない」
 ウィルマ同様にデストロイブレイドをぶち当て、未完成ドラグナーの怒りを煽り立てる事で、奴の意識が一般人から逸れるのを狙った。
 ガイバーン・テンペスト(洒脱・en0014)も、この日は後方からルビーアックスを振り回し、大地をも断ち割るかの如き一撃を未完成ドラグナーへ喰らわせた。
「醜悪……僕は醜悪な敵……」
 わなわなと震え出す未完成ドラグナーだが、苛立たしげにボロ雑巾を投げつけるのは止めようとしない。
 一方。
 ——どさっ。
 日柳・蒼眞(落ちる男・e00793)は、相変わらず石英から蹴落とされて落下してきた。
 人生を儚んだ末に自ら望んで竜技師アウルに改造された未完成ドラグナー達の心の闇を思うと、自分の心までささくれ立ちそうになる蒼眞。
 それ故に何とか気分を変えるべく、到着までの間、小檻へおっぱいダイブしたのだ。
 実際、気分転換になったのは蒼眞だけではあるまい。
「……ある意味では、未完成ドラグナーは自分の悪口を言っていると信じ込んだ相手を好きに殺せる現状が幸せで、望みを叶えて貰ったと言えるのかもしれないけど……最後に得をするのは竜技師アウルだけだろうな……」
 かように事件を捉えつつも蒼眞は膨大な殺気と剣気を解放、戸惑う通行人を敢えて虚脱させ、スムーズな避難誘導に努めた。
「これよりケルベロスの戦闘が行われます」
 ラーナ・ユイロトス(蓮上の雨蛙・e02112)は、割り込みヴォイスを用いて大音声を張り上げ、人々へ避難を促す。
「この声を聴かれた市民の皆様、速やかに落ち着いて、この場を離れ、近くの建物、地下等に避難をしてください」
 突然の事態に通行人達が焦らないよう、動揺しないようにと気を配って、冷静な物言いを努めたラーナ。
 水晶のように透き通ったツノと翼を持つ、ドラゴニアンのウィッチドクターだ。
 いつもにこやかに微笑んでいる風に見えるが、実際は特に笑っている訳でもなく、元々こんな顔立ちなのだとか。
 マイペースでたまに辛辣だが、基本は傍観に徹している、ミステリアスな女性である。
「おーい、皆大丈夫か? もしも動けない奴がいたら、手を貸すからな!」
 さて、翼飛行を用いて空から人々へ声をかけるのは、モンジュ・アカザネ(双刃・e04831)。
 赤い長髪と切れ長の緑の瞳が爽やかで、端整な顔立ちのドラゴニアンの男性。
 遠国に生まれるも長年を日本で暮らし、着物の着こなしも堂に入った刀剣士である。
「皆、こっちから大通りに出た方がいいぜ。土地勘無い奴も心配しなくて大丈夫だからな!」
 モンジュは、建造物に遮られぬ利点と雑音に掻き消されない声を活かして自由に空を飛び回り、狼狽える人々へ最適な避難経路を教えて回っていた。
「良いよな死を選べて」
 岡崎・真幸(脳みそ全部研究に費やす・e30330)は、抑揚のない声で本気とも揶揄ともつかない一言を放つ。
 否、恐らく彼は本気だ。
 赤白黄の彼岸花を髪に咲かせたオラトリオの美青年で、普段からその物言いはかなりキツい真幸。
 デウスエクスに対しては羨望、同情、妬み、軽蔑等複雑な感情を抱いている彼だから、先のセリフは我知らず漏れ出た本音であろう。
 実際、敵は多いが味方は少ない彼だ。気遣いや配慮など持ち合わせない偏屈な性格の鹵獲術士でもある——長年オカルトを追い続けた結果、魔術師と呼ばれる程になったという。
 かように到底良い人とは言えない真幸だが、子どもにはまだ寛大な面を見せるようだ。
 ともかく、未完成ドラグナーの姿を見るなり真幸は飛翔、モンジュと同じように割り込みヴォイスを併用して、人々へ避難を促した。
 ボクスドラゴンのチビは、その場に残されて未完成ドラグナーの足止め役として対峙、属性インストールでロストークの回復を手伝っている。


「……さて、誘導はあらかた片付きそうですかね。それでは覚悟はよろしいですかね?」
 ルーカスがそれはそれは慇懃無礼な言い回しで未完成ドラグナーへ問いかける通り、蒼眞達は一般人の避難誘導を恙なく終えたらしく、真っ直ぐ仲間と合流して戦闘に加わった。
「……いじめられっ子だったのか、それとも友人だと思っていた相手に陰口でも叩かれたのか……?」
 蒼眞は愛用の斬霊刀を引き抜き様、未完成ドラグナーをそんな風に分析する。
「必ずしも本人だけのせいでこうなったとも思えないけど……」
 言い澱む声とは裏腹に、閃く太刀筋へ迷いは一切感じられず、その卓越した剣技は奴を恐怖で凍りつかせるに充分だった。
「みっつ、よっつ、いつつ……」
 当たると大変な事になりそうなボール、もとい鋲付き鉄球を使って器用にジャグリングをこなすのはルーカス。
「おっと、いやあ、すみません、手が滑っちゃいました」
 うっかりに見せかけて意図的に手を滑らせ、重い鉄球を未完成ドラグナーの腹や足に見事命中させると、必然的に突き刺さった鋲で大きなダメージを与えた。
「耳を塞ぎ、目を閉じ、誰もあなたに興味を持たない世界をお望みでしたか?」
 ラーナは未完成ドラグナーへ真摯に語りかけながら、ルドラの子供達を掲げて雷の壁を構築。
「本当に誰も信じられないなら、一体誰があなたに悪意を抱くほど興味を持つのでしょうか」
 真理を突いた人生哲学を披露する傍ら、まずは前衛陣の異常耐性を高めた。
「興味を持たない世界……その方が、幸せだったのかな……少なくとも、何も聞こえない方が、きっと落ち着いて眠れる気がする……」
 だが、未完成ドラグナーが虚ろに呟くのは、ラーナの真意を理解していると思えない——心底人間に期待を持たなくなった者の言葉であった。
(「気付いてほしかったんだろうけれど、きっと同情はもっと尊厳を傷つけるだけだ」)
 未完成ドラグナーから多少距離を置いて着地したモンジュは、御魂刀「霊呪之唯言」に空の霊力を注ぎ込む。
(「なら、せめて墓に花でも手向けてやろう。そして、忘れないでいてやろう」)
 そのまま流れるような刀捌きで幾度も斬りつけ、奴が持て余す怒りを尚も倍加させるべく、正確に鉄塊剣の傷を斬り広げた。
「お前、精神疾患のケがあるらしいな。その悪口人類全部殺しても聞こえるぜ?」
 真幸は未完成ドラグナーを見据えて、情け容赦ない嘲罵を浴びせる。
「そもそもお前みたいなガキ槍玉にあげて大量の人間が批判するかっての、そんな暇じゃねえよ」
 同時に地面へ展開したケルベロスチェインで魔法陣を描き、前衛陣を守護して防御を固めた。
「そんな事……実際に殺してみないと解らないじゃないか! 現に僕は毎日聞いているんだ! 外だけじゃない、家に帰ってもずっとずっと、壁の裏から、窓の下から、みんなみんな詰ってくる!!」
 時が経つにつれ、未完成ドラグナーの躁鬱は激しさを増し、精神の綻びが露わになってくる。
「みんなの口を塞ぐには殺すしかないんだ!!」
 根深い思い込みに取り憑かれたまま、ミラージュキマイラを放つ未完成ドラグナー。
 古びたモップとボロ雑巾にしか見えない2体がが融合した姿は、彼の心象風景を具現化したようにも見える。
「ああ……。本当に、本当に、なんて、もったいない、人」
 ウィルマが、途切れ途切れの話し方からは意外に思える俊敏さでラーナを庇い、代わりにダメージを受ける。
「ああ……。本当に、本当に、どうしようもない、人」
 そして反撃とばかりに、冷めた殺意が膨らむに任せて強く念じる。
 時空を歪ませ呼び出した地獄から、借り受けた悪魔の力の蒼い炎纏いし巨大な剣を引きずり出し、詠唱に合わせて未完成ドラグナーの腹部をばっさり斬り払った。
「まあ結局現実にしちまった。死は始まりに過ぎんが一時の安息はもたらしてくれんだろ」
 真幸は、未完成ドラグナーの言葉から被害妄想のみならず予言の自己成就までを指摘してから、
「殺してやるよ。良いよな、普通に死ねてお前は幸福だぜ?」
 奴への挑発を続けながら、その一方でウィルマへオラトリオの歌を聴かせ、傷を癒した。
 他方、チビは懸命にボクスタックルをぶちかましていた。
「Tempus edax rerum. ……Si sic, ede!! 【Abyssus abyssum invocat】!!」
 最早抑えられぬ復讐心に身を委ね、殺戮のみへと全てを捧げる、暴走寸前の状態へと移行するのは悠仁。
 地獄の如き景色の中で更なる地獄を求め歩む為に、悠仁は幾度も凝骨斧セザルビルで未完成ドラグナーの身体を叩き潰した。
「蒼を抱きし我が魂。鎮めの唄にて討ち払わん……!」
 モンジュは精神を集中して高め、己が身に宿る霊剣術の一端を引き出す。
 蒼い光を放つ御魂刀「霊呪之唯言」に移った剣術の神髄は、未完成ドラグナーの腕を斬り落とした僅か二撃に、全てが籠められていた。
「一つ肯定するなら、人間は他人には幾らでも残酷になれるもんだし、誰かが裏で悪口を言っている『事もある』というのは確かだとは思うけどな」
 そう複雑そうな面持ちで告げるのは蒼眞。
 とある冒険者の意志と能力を己の身に宿し、太陽の光を内包して輝く斬霊刀を未完成ドラグナーへ振り下ろした。
「きみの好きなところを、見つけたかったよ」
 ロストークは哀しそうに語りかけるや、高々と跳躍。
 着地の勢いに乗じてледниковを振り下ろし、未完成ドラグナーを頭部を思いきり叩き割った。
 プラーミァも主の意志に忠実に、ボクスブレス——烈しい火炎を吹きかけている。
「こうだったでしょうか?」
 ——ゴスゴスガスゴスッ!
 最後、未完成ドラグナーへトドメを刺したのは、ラーナがうろ覚えのコマンドを頼りに繰り出した、テキトーながらも力の籠った蹴りのコンボであった。
「よかった、です、ね。もうあなたを悪く言う人、はいません。あなた、が、それを聞くことも、もう、ありません」
 ウィルマは、消えゆく未完成ドラグナーの遺骸をぎゅっと抱き締めて、耳へ囁きかける。
 その声音に憐憫の情が滲んでいたのは気のせいか、口元はクスリと笑っていた。
「ご協力、ありがとうございました」
 ラーナは再び割り込みヴォイスにて声を張り上げ、避難してくれた人々へ戦いが終わった事を報せる。
「……大丈夫か、ロストーク」
 苦い顔つきで道路をヒールするロストークを案じて、モンジュが小さく声をかけた。
「仕方ないのはわかっているけれど……僕はもっと、優しい言葉をかけたかった」
 ロストークは戦闘の間嵌めていた白手袋を外し、近しい仲間にしか見せない落ち込んだ顔で、
「僕の心を決めつけられたのも嫌だし、傷だらけの彼の気持ちをさらに傷つけたのも嫌だった」
 偽らざる本音を寂しそうに洩らす。
「あー……人の心ってのは、目に見えねぇからいいこともある。……今回はそれが仇になったんだな」
 モンジュは、ロストークの自己嫌悪を斟酌した様子で、優しく肩を叩いた。
「気負うなよ。お前にそんな顔させたくて暴れたんじゃねぇんだから」
 同じ旅団に在籍する知己からの慰めへ救われたのか、微かに笑顔を取り戻すロストーク。
「ありがとう……」
 そんな遣り取りがある傍ら。
「全く……欺くも知らない事の幸福さよ。無知の愚かさよ」
 真幸が独り静かに呟く。
 それは、死んでいった未完成ドラグナーへの餞けか、それとも己を嘲笑っての言葉か。
 真意は彼にしか解らない。

作者:質種剰 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年3月9日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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