邪龍の手先へ堕ちんと欲す

作者:白石小梅

●龍の堕とし子
 どことも知れぬ、暗い暗い一室。
 灯されている蒼白い炎は、部屋の闇を躍らせるばかり。
「……上手く行ったの?」
 黒髪の少女が、無言で天井を見ている。
「喜びなさい、我が娘……ドラゴン因子の移植は成功。これでお前も、ドラグナーです」
 足音を立てて近づいてくるのは、仮面の技師。
「恐ろしい龍の手先ね」
 少女の声は、凍てついた剃刀のよう。事実その右腕は混沌化し、棘のように無数の刃を生やしている。
「偉大な龍のしもべです。ですが元は人間ゆえ、お前の器はまだ不完全。そのままではいずれ死に至る。完全なドラグナーとなる為には、人々を殺してグラビティ・チェインを奪い取る必要があります」
 少女は語った。間を、置くこともなく。
「両親はあたしを捨てたの。施設の虐めっ子気取りが煩わしくて、あたしナイフで斬り付けてやった。みんなあたしが悪いと言うの」
「ほう?」
「この世界全部が嫌いよ、あたし。でも、壊す力もないし。死のうかな、って思ってたの」
 素通りする会話。
 少女は起き上がり、その顔に疲れた笑みを浮かべた。
「……だからね。これでいいの。あたしを必要としない世界なんて、壊れてしまえばいい。あたしと一緒にね」
 けらけらと甲高く笑い出しながら、病人服の少女は歩き出す。
 仮面の向こうで、技師は笑んだ。磨き上げた宝石の輝きを、うっとりと眺めるように。
 そして暖かな闇の戸が開き、龍の堕とし子が放たれた……。
 
●竜技師アウル
「ドラゴン勢力に動きがありました。ドラグナー、竜技師アウルによってドラゴン因子を移植され、ドラグナーへ変異した人々が事件を起こそうとしています」
 望月・小夜(キャリア系のヘリオライダー・en0133)は、溜息を落として資料を提示する。
「ドラグナー化した人々は、因子と適合しただけではまだ不完全。完全なドラグナーとなるのに大量のグラビティ・チェインを必要とします。そのため、人々を無差別に虐殺しようとするのです」
 未完成ならば、助けられるのか?
 その問いに、小夜は首を振る。
「残念ながら、不可能です。更に、アウルは端から世を恨んでいる人々を素体としているらしく、本人たちにも凶行を止める気持ちはありません」
 解き放たれたドラグナーの若子を撃破する。それが今回の任務。
 重い任務と、なりそうだ。
 
●技師の娘
「皆さんに撃破していただくドラグナーは……こちらになります」
 小夜が出した写真には、十二、三歳と思われる少女が一人。
 幾人かの番犬が、思わず視線を上げる。小夜の表情も、重い。
「小日向・若葉。非常に暴力的な問題児であったようで、傷害事件を起こした後に行方不明となりました。その間にアウルの誘いを受け、ドラグナーへ転じたようです」
 敵は若葉一人。未完成な上に契約主がいないため、ドラゴンに変身する能力はない。アウルに与えられた簒奪者の鎌と竜語魔法を駆使するのみ。
「ですがドラグナーは変身などしなくとも、ドラゴン勢力の精鋭種族。魔術師としての力だけで皆さんを凌駕します。更に、子供ならではの容赦のなさで、苛烈に攻めて来るでしょう。決して、侮らないでください」
 戦場は。と、誰かが問う。
「夜半、神奈川県のとある駅前ロータリーが戦場となります。事前の避難は不可能。若葉は手当たり次第に一般人を攻撃しようとし、皆さんだけになればそのまま襲い掛かって来るでしょう」
 避難誘導は必要だが、逃走防止の策は必要ない。力を略奪出来なければ、彼女は勝手に朽ちて死ぬ。
 龍の罠は、冷酷かつ残忍。甘く、そして無慈悲。
 
 説明を終え、小夜は溜息を落とす。
「彼女は、誘いに乗ったのです。自らの意志で。もはやこの子を救うことは出来ません。出来ることは……罪を冒す前に、龍の尖兵と化す前に、死なせてあげることだけ。背後に潜むゴミクズにはいずれ相応の仕打ちで報いましょう」
 出撃準備を、よろしくお願い申し上げます。
 小夜はそう言って頭を下げた。


参加者
ギルボーク・ジユーシア(十ー聖天使姫守護騎士ー十・e00474)
八蘇上・瀬理(家族の為に猛る虎・e00484)
草火部・あぽろ(超太陽砲・e01028)
六条・深々見(喪失アポトーシス・e02781)
御門・愛華(魔竜の落とし子・e03827)
ランドルフ・シュマイザー(白銀のスマイルキーパー・e14490)
キーア・フラム(黒炎竜・e27514)

■リプレイ

●心裂かれる夜
 神奈川県、某駅。
 都心の夜。ロータリーにはバスが行き交い、通りの店舗は煌々と明かりを灯す。
 人々で賑わう駅前繁華街の入り口で、八人の番犬が柱に寄りかかるように、じっとその時を待つ。
(「これより訪れるのは、両親の愛を知らずに育った可哀想な子……その境遇には同情します。でも、だからと言って人を傷つけていい理由にはなりません」)
 リモーネ・アプリコット(銀閃・e14900)は星空を睨んで。
 対して、ランドルフ・シュマイザー(白銀のスマイルキーパー・e14490)は、俯いたまま。
(「師匠……俺を救ってくれたアンタなら今から来る娘も救えたんだろうか……でも今の俺は……」)
 番犬となる身には、事情のある者も多い。
 愛する者を喪った者。愛してくれる者のいなかった者。
 御門・愛華(魔竜の落とし子・e03827)もその一人。
(「私と似た、でも鏡映しのように正反対の少女……絶対に止めて見せる」)
 寂し気な目に深い決意を宿して、少女は白く、息を吐く。
 逆に、愛を知るからこそ、と、考える者もいる。
(「僕だって一歩間違えば……勇者の一族としての誇りや、ヒメちゃんとの出会いがなければ、邪悪なデウスエクスの甘言に惑わされ、同じ様な立場になっていたのやも……」)
 ギルボーク・ジユーシア(十ー聖天使姫守護騎士ー十・e00474)の自問の脇を、人々が笑いながら通りすぎていく。
 誘惑があったとき、彼らのどれだけが、それに抗えるのだろう?
(「……求められるっていうのも過ぎれば毒にしかならないんだけどね。持つ者から持たざる者へ……じゃないか。捨てた者から諦めた者へ、なんて。何が言えるって言うんだろう」)
 六条・深々見(喪失アポトーシス・e02781)は、ため息を落として時計を見る。
 時刻は、そろそろ。
「来たで」
 八蘇上・瀬理(家族の為に猛る虎・e00484)が顔を上げると、駅の上には病人服を纏った少女が独り。
 波打つ黒髪を払い、空へ向けて龍の咆哮を放つ。
「……まるで、構ってほしいて泣いとうみたいやな」
 己の存在を誇示する叫びの中、キーア・フラム(黒炎竜・e27514)が目を細める。
(「……ホント、ムカつく……まるで自分を見てる様……」)
 街中の人々が足を止め、ドラグナーの若子は鎌を背に構えて飛び降りた。
 八人の番犬はその前に扇状に立ち塞がって。
「よう。ケルベロスだ、ドラグナー。俺たちにはもうお前を殺すことしかできねえ……悪いな」
 草火部・あぽろ(超太陽砲・e01028)が口火を切る。
 少女は、へえ、と眉を寄せて。
「……わざわざ殺しに来てくれたんだ? そうね。殺し合いなんて、刺激的」
 小さな唇を弓なりに釣り上げて、刃だらけの右腕が巨大な鎌を振り上げる。
「見ていて不愉快だわ……ここで私が必ず焼き尽くす……! 行くわよ、オーガ! キキョウ!」
 オウガメタルと攻性植物を開放したキーアを先頭に、番犬たちが跳躍する。
 そして、破滅へひた走る悲劇が、幕を開けた……。

●死闘
「哀れとは思いますがドラグナーとなった以上、放っては置けません。この刀の露と消えなさい!」
 ギルボークの突きが稲妻の如く閃いて。身を捻るドラグナーの少女を突き抜けるように奔り、彼は叫ぶ。
「皆さん、避難を! ここは僕たちが引き受けます!」
 途端に人々の悲鳴が響き始め、駅前を混乱が包み込んだ。
「あはは、出来る?」
 少女は笑いながら、得体のしれない低い呪文を紡ぎあげる。瞬間、爆炎が波と化して広がった。
「いくよ、ヒルコ……あの子の力を喰らい尽くして」
 愛華が左腕の拘束を解放し、火炎の波にその身をぶつける。炎を突き抜け、地獄化した竜の左腕が少女の刃の右腕とぶつかり合う。
「その混沌の炎、地獄の冷気で斬り裂いてあげるね」
 打ち合う二人の背後で、深々見が炎を掃って飛び出した。庇った前衛を攻撃へ導きながら、背後のパニックを振り返って。
「警察の人達、落ち着いてみんなを避難させて。みんなは、指示に従って急いで、でも落ち着いて逃げるよーに。大丈夫。私たちが必ず守り通すから」
 言うなり振り返ると、ランドルフの蹴りに並んで、戦術超鋼拳で突進する。
 一斉に雪崩れ込まれ、ドラグナーの少女はさすがに舌を打って、ビルの壁際にさがる。
「ったく、軽い気持ちで怪物化して大暴れしやがって。どうせお前がドラグナーになった理由なんて、大したことじゃねーんだろ?」
 更に、あぽろが敵の狙いを引き受けるべく、嘲りを交えて鼻で笑った。すぐさまその手から、石化の光弾を撃ち放って。
「誰もあんたを助けてくれんかった。不運やったなー残念やったなーええ事なーんも無いまま今日ここでぷちっと死ぬんやなー……無意味な人生やったなぁ」
 続けざまに罵声を浴びせかけるのは、瀬理。肚に憤怒と憐れみを、舌の上に心裂く苦みを抑え込み、愛華へ深々見へと続けざまに光の盾の加護を呼びながら。
「ふん。じゃあ、軽い理由で無意味に死ぬようなあたしが……これから沢山殺してやるわ! 素敵ね!」
 大鎌が閃き、少女が番犬たちの隙間を跳躍する。
 振り上げられた大鎌が迫り、避難を促していた警官が目を見開いた。
「……っ!」
 血が、飛沫を上げて飛び散る。
 リモーネの肩口から。
「……世の中……あなたと同じような境遇の人なんてたくさんいます。しかし、貴方は何かを変えようと努力したんですか? 誰かに必要とされる為に何かしたんですか!」
 全方位から少女の動きを抑える陣を整えたのが功を奏した。大鎌は、横合いから飛び込んで来たリモーネの刀とぶつかり合い、軌道を変えたのだった。
 腰を抜かした警官を後ろに、月を断つ一閃が大鎌を押し戻す。
「守る! 守ってみせる! お前がShitと決めつけたこの世界をッ! ああそうだ……今の俺は……どうしようもねえほどケルベロスだッ!」
 吹き荒れるのは、ランドルフの瞬速の早撃ち。舌打ちと共に受けに回る少女を弾丸の嵐が抑え込み、右腕を流体金属で覆ったキーアが走り抜ける。
「私もあなたと同じ……愛なんて知らないし、周りに虐げられ、親には売り飛ばされた。それでも、私は世界を恨んだりなんてしない……!」
 全力を籠めた超鋼拳が、刃の防御を叩き割って小さな肢体を吹き飛ばす。ビルの壁を穿ち、崩れ落ちる飾り煉瓦と土煙が、その姿を呑み込んで……。
 次の瞬間、爆炎が吹き飛んだ。居並んだ面々を火炎の波が打ち据える。
 戦闘に巻き込まれかかっていた警官が、悲鳴を上げてしゃがみ込んだ。
「もう大丈夫……さがって。避難を進めて。あいつは、みんなを狙うから」
 再び彼が目を開いた時、その眼前に立つは深々見。生々しい火傷を、裂帛の気合を吐いて塞ぎながら。
 飛び退いて離れていく警官に、これ以上の声を掛ける余裕はない。向き合うのは、縦に裂けた瞳孔に、爛々と怒りを輝かせた、ドラグナーの若子だ。
「……あなたに何言っても意味の一つもあるかどうか怪しいけどさ。少なくとも私達は綺麗な言葉で誤魔化したりは、しないよ」
「馬鹿にしてみたり、熱く喚いたり、なだめすかしたり……本当、煩わしい犬コロ。うるさい吠え声から、止めてやるわ」
 挑発は成った。人々はもうほとんど逃げ散って、敵の目はこちらだけを向いている。
 ここからは、守りは必要ない。
 死闘の始まりだ。

●身の破滅
 賑やかだった駅前は、もはや無人。
 轟くのは爆炎と轟音。街灯が火花を散らし、刃の煌めきが絡み合う。
 時を追うほどに、闘いは深まって。
「天旋巡りて、調を穿つ!」
 ギルボークの見せた無防備な背が、竜巻の如く回転する。彼の秘剣、七天抜刀術の一つ、緑の太刀。
「僕も両親の顔を知りません。故にその哀しさ、寂しさはわからないでもない……しかし、他者にそれをぶつける空しさは知っているのです」
 その一撃は大鎌を弾き、鋭い刃を鈍らせる。しかし、少女の殺意は鈍らない。
「お前がやってることは『ありふれたガキの癇癪』だ。付き合ってられねーっての」
 あぽろの放つ呪縛の縄が、突っ込んでくる少女に絡み付く。
「黙れ、犬め」
 語る言葉も縛る縄も引き裂いて、振り上げられた鎌はがむしゃらに番犬たちを薙ぐ。
 しかし。
「あんたの癇癪は、残念やけど何一つこの世に残らん。うちらが残さへん。……暴力でつける爪跡は、あんたの生きた証として何も残したらへん」
 瀬理が放つ癒しのオーラは、前衛を癒すのみならず、燃え広がった火炎を鎮めて。
「何もしてこなかった貴方は、ただ我儘なだけの子供……! 貴方が与えられなかった親に代わって、私が躾けて差し上げます!」
 リモーネの絶空斬と馳せ合いながらも、敵は動揺し始めている。鎌の一閃を受けた者も、火炎の波に打たれた者も。未だ一人として足を折らないから。
「うるさい……! うるさい!」
 圧倒的な実力差があるはず。それなのに何故、切り崩せないのか。
 その疑念を払うように、爆炎のヴェールが周囲を薙ぐ。
(「斬撃耐性は全員装備で、瀬理も私も回復に全力。その上キュアを忘れてるからギルボークが重ねた武器封じが効いてる。でもこっちも、もうすぐ限界……行って」)
 深々見の目配せを受けて、小さな影が炎の壁へと飛び込んでいく。
「ははっ! 灼けて融けろ!」
 少女の狂気の笑みが、次の瞬間、引き攣った。輝ける盾に守られながら、炎の壁を突き破ったのは、愛華。
「私が、教えてあげる。借り物の力じゃなく、本当の、人間の力で」
 その右腕に籠もるのは、深い想い。未来を信じる可能性。先へと続く希望。
「今が地獄でも精一杯生きれば、必ず未来が、希望があるんだよ……人はそうやって成長してきたんだよ、若葉!」
 伝われ。
 その想いを込めた大器晩成撃が、少女の胸倉を撃ち抜いた。
 大気に震えが走り、ドラグナー……否、若葉の膝が、折れる。
 つ、と、その頬に走ったのは、涙。座り込み、力なく鎌を下ろして……。
「……未来、か」
 涙の滲んだ声に、全員がハッと動きを止める。
『あたしにはもう、そんなもの……ないのよ……!』
 声が濁った、その瞬間。
 唸り声を上げて、大鎌が閃いた。
 血飛沫が飛び散り、愛華の肢体が吹き飛ばされる。同時に、若葉もまたその口から盛大に血反吐を吐いて。
『時間切れが……早すぎる……! あのヤブめ!』
 見れば、若葉の喉や胸を突き破って新たな刃が生えてきていた。
『早く……しない、と……!』
 時が来たのだ。その体は、内側から己を貫く刃に斬り裂かれ始めている。
 若葉はふらつきながら声なく咆哮し、崩壊していく身を再生させ、呪縛を解かんとする。
 だが。
「恨むなよ……いや、恨んでくれて構わん。それでも俺はお前を止めたかった……いや、本当は……救いたかったんだ……」
 機は、逸した。その行動は、今となっては隙に過ぎない。若葉が顔をあげた時、ランドルフの大柄な影が目の前にあった。
「この白銀の拳が俺の……せめてもの情けだ!」
 渾身のコンビネーションブロウが、崩れ行く体を穿つ。その一撃で無数の刃がへし折れて、折れた先からまたその肢体を貫く。
 地面に突き刺した刃で転がる身を止めるものの、もう崩壊は止まらない。
『ちくしょう……! ちくしょう!』
「なんで……なんでそっち行ったんや! 未来さえあったら、何か変化あったかも知れへんのに!」
 それは、思わず漏れた瀬理の本音。
『もういらない! 何もかも! あたしと一緒に、みんな壊れろ!』
 喚いた少女の首を、細い両腕が捕らえる。地獄の火炎を燃え立たせ、瀬理の放った光球を背負うのは、キーア。
「私の炎は尽きる事のない黒炎……壊れたいのであれば、付き合ってあげるわ……どこまでも……!」
 収束した力は黒い炎と化して、絶叫する少女を包み込んだ。火達磨と化した若葉は、黄泉路への道連れを求めて大鎌を振り回す。
 だが。
「こんなことは……もう、終わりにしましょう……!」
 飛び降りてきたリモーネの三段突きが、稲妻の如く両手と背を大地に縫い止めた。
「今です!」
 もはや外すことも、仕留めそこなうこともない。そこにいるのは、身を破る刃に血反吐を吐き散らしながら灼けていく憐れな龍の堕とし子。
「ああ……悪かったな、色々言っちまって。もうお前が苦しむ必要はねえよ……! 陽々さま、こいつの黄泉路に太陽の標を与えてくれ。行くぜ……『超太陽砲』」
 力を充填していたあぽろの両手が、闇夜に灼熱の光柱を解き放つ。
 伸び上がるのは、目も眩む激しい輝き。
 やがてそれが立ち消えた時。
 そこにはもう、何も残っていなかった……。

●残傷の夜
 闘いは終わった。
 激戦に粉砕された駅前。
 夜の帳は、その姿を優しく覆う。
「やりきれませんね……僕だって一歩間違えば、惑わされていたかもしれない。まあボクはもうあの人の以外の言葉に惑わされる事はありえませんけど」
「うん……惑わされはするんだ、って突っ込んどくね」
 頬を赤らめて笑うギルボーク。
 とりあえず突っ込んだ深々見はため息を落として。
 求めて、求められて。そんな情念に怯えて生きて来た自分。
 あの少女の叫びが、その空虚の内に残響している。
 虚ろな視線の先では、ランドルフが白く鋭い刃の残骸を拾い上げていた。
「……あいつを一人になんかしてやらねえ……俺が居場所になってやる。厚かましいが、そう思ってな」
 そう言われるのは、愛華。
 彼女もまた、夜に散った魂を祈るように吸い上げる。
「私もそう。せめて、私と一緒に見ていて欲しい……世界はあなたが思うよりも綺麗なもの、素敵なものがあるんだって見せてあげたい」
 もう、一人じゃない。共にある。
 その想いは、彼女の魂に届いたろうか。
 一方、瀬理はその光景から、顔を背ける。
「……うちは帰るで。こんなアホにいつまでも付き合うとれるか」
 腹部の傷跡を指でなぞり、キーアもまた彼女に続いた。
「そうね……自分の破滅に周囲を巻き込むような奴の末路には、相応しい結末だったわ」
 酷な言葉。冷えた態度。
 裏腹に、二人の背には深い怒りと哀しみが、影を落としている。
 座り込んでいたあぽろが、その背に向けてぽつりと漏らす。
「ガキ一人元に戻してやれない……なんで俺たちには戦う力しか無いんだろうな」
 その肩に、優しく手を乗せるのは、リモーネ。
「手を合わせましょう。野辺に倒れた人にも、戦に散った人にも……この国では昔から、そうしてきました」
 沈黙の後、二人はそっと手を合わせる。
 祈りも、願いも、嘆きも。
 等しく夜の帳は包み込んでいく……。

 今宵、混沌の若子の孵化は潰えた。
 しかし、混沌の使者は人の心に絶望と復讐の念のある限り、再びその雛を解き放つだろう。
 深い怒りを抱き抱え、番犬たちは優しい夜に身を委ねる。
 いつか、裏で糸を引く者に、相応の報いを受けさせる。
 その時の為に……。

作者:白石小梅 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年2月20日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 4/キャラが大事にされていた 0
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