『喧嘩上等』リュウジ

作者:弓月可染

●不良達の最期
 とある廃ビルの一室。扇風機すら無い、うだるような暑さの室内に、六人の男達がたむろしていた。
「暑いよなぁ、ちょっと走ってくるか?」
「ついでに何人かぶん殴りゃ、小遣いにもなるか」
 年の頃は皆二十歳に満たないくらいか。男子の秘密基地ごっこと思えば微笑ましいが、しかし交わす言葉は物騒なもの。ギャング、チーマー、アウトロー……呼び方は色々とあるが、要は不良のご一行である。
「そうだな、行くかぁ」
 よっこいせ、と腰を上げる。今日も、単車を転がして気に入らない奴をぶちのめす、そういう流れになるはずだった。
 しかし、その時。
「な、何だ!」
 ドン、と耳をつんざく衝撃音と共に、部屋のドアが吹っ飛んだ。床に跳ねてけたたましく鳴る鉄扉。それを踏み越えて、彼らと同じくらいの年恰好の男が、ぬっ、と部屋に入ってくる。
「チッ、殴りこみかよ!」
 実のところ、そうは言いつつも不良達は油断していた。どうやら相手はたった一人だ。対して彼らは六人。どれだけ喧嘩の強い相手でも、袋叩きに出来る人数差である。
 だが、その余裕はすぐに失われ、恐慌に取って代わられることとなった。男の右腕が突如膨れ上がったかと思うと、二枚の巨大な『葉』となって、まるで食虫植物のように頭から仲間の一人を喰らってしまったのだから。
 彼らは見た。
 男のシャツの胸元や袖にびっしりと蔦が絡まっているのを。葉に包まれた左腕が、眩く輝いていくのを――。
 不良達が息絶えるまで、それ程の時間はかからなかった。

●かすみがうら市へ
「今回、皆さんに向かっていただきたいのは、茨城県のかすみがうら市というところです」
 ここ最近、急に若者が集う街となったかすみがうら市では、人が集まるにつれて不良グループ同士の衝突も多くなっているんです――そう告げるのは、ヘリオライダーのセリカ・リュミエールである。
 もっとも、この場に集まったケルベロス達の中には、その説明に首を捻る者もいた。それだけなら、私達が動く理由はないんじゃないか、と口にする者さえ。
「はい、普段ならその通りでしょう。けれど、今回の事件には、どうやらデウスエクスが絡んでいるみたいなのです」
 だが、セリカの説明はそんな疑問を打ち砕く。デウスエクスである攻性植物の果実を受け入れ、力を得た人間。そんな者が居るならば、自分達の出番に違いないのだから。
「異形化したのは、襲われたのとは別のグループに所属している、リュウジさんという方です」
 曰く、植物と一体化した彼は、手を食虫植物のように変えたり、光を集め強烈な光線を放ったり、或いは身体の一部を大地と融合させて広い範囲を侵食するなど、普通の人間とは別格の強さとなっているらしい。
 もっとも、一人で正面から堂々と乗り込んでくるというのだ。例えばビルの外で待ち伏せすれれば、広い場所で、人数差を活かしながら戦うことが出来るかもしれない。
「攻性植物となったリュウジさんの仲間は、ここには現れる様子はありません。ビルの中に居た人たちも、騒ぎになれば勝手に逃げていくでしょう」
 不良達は何ら脅威にはならないが、その場に居れば巻き添えを食うかもしれない。逃げてくれる方が都合がいいだろう。
「いくら不良でも、殺されて良いわけがない」
 そう口にしたのは、ツンと尖った耳を持つ少女、セルベリア・ブランシュだ。まだ幼いともいえる華奢な身体。だが、凛とした口調と力強い瞳は、『敵』と戦う覚悟を十二分に示している。
「デウスエクスを倒して、街の平和を守るぞ」
 早くもデウスエクスへの戦意を燃やす彼女に、ケルベロス達は大きく頷いて応えたのだった。


参加者
クロハ・ラーヴァ(熾火・e00621)
レイ・フロム(白の魔法使い・e00680)
ラピス・ウィンディア(シャドウエルフの刀剣士・e02447)
鎧塚・纏(オラトリオの自宅警備員・e03001)
角行・刹助(モータル・e04304)
アベル・ウォークライ(ブラックドラゴン・e04735)
ウェール・ウェキーナ(羊肉狩り・e07584)

■リプレイ


 ばたばたと音を立て、不良達が逃げ去っていく。そんな騒がしい気配を背に感じ、角行・刹助(モータル・e04304)はふん、と鼻を鳴らした。
「その程度でイキがるなよ、半端者」
 この一帯を包むのは、ぴんと張り詰めた糸の様な緊張感と、そして腰が抜けるほどにに濃密な死の予感。どれ程に背伸びしようとも『一般人』に過ぎない彼らに、抗う事は能わない。
 ましてや、そこにケルベロスらしき集団が屯しているならば、逃げ出すより他にはないのである。もっとも、刹助にせよ、殺意を振りまいた張本人のウェール・ウェキーナ(羊肉狩り・e07584)――ふかふかの羊頭に、何故か大きな羊のぬいぐるみを抱えている――にせよ、恐怖を与える外見では無かったのだが。
「もう戻ってきちゃ駄目よ?」
 そう言ってのけた彼女達は、だが誰一人として背後に目をやりはしない。油断無く前を向く視線の先には、一人の男が居るからだ。
「そしてこんにちは、草食系になっちゃった男子さん!」
 ガチンコ勝負、しましょっ。極上の笑みは血を啜るもののそれ。だがウェールの殺気を浴びた少年、リュウジは何ら怯む事なく、彼らの中へと単身踊り込む。
 腕の先から咲くは食虫植物の花。獲物を呑まんと涎を垂らし、ばくり口を広げて牙を剥く。
「そう、ここからは私達の領分。オイタは程々にしないと今度は死にますよ」
 両腕に籠手を嵌めたクロハ・ラーヴァ(熾火・e00621)は、今まさに襲い掛かってくる敵を前にして、なお逃げた少年達へと声をかけた。
 無論、余裕がある訳ではない。ただ、自らを兵士と定めた彼女にとって、みっともなく慌てるのは矜持が許さなかったというだけである。
「可哀想に、無口な暴力屋のままならばまだ救いはあったでしょうに」
 敵の狙いは自分にはない。ならば自分に向けさせるまで。交錯。すれ違いざまに鋭い蹴りを一つくれれば、少年リュウジの腿が裂ける。そして、食虫植物に噛み千切られたクロハの腕もまた。
「さあ、ここは防ぎます。何、こういう事は苦手ではありませんので」
「めぇ、ありがとう!」
 朗らかに笑むウェールがぬいぐるみに仕込んだのは大型のライフル。ネグリジェにスリッパ姿の衣装と合わせれば、何もかもが不釣合いで。
「よわよわビーム!」
 弾んだ声と共に、羊の口を突き破って溢れ出るエネルギー。そして、その奔流に紛れる様に喰らいつく闘気の弾。
「ホームセンターか何処かで買ったのか? 過ぎたオモチャだよ、お前には」
 直撃を見届け、馬鹿に鋏って奴だ、と呟く刹助。それに全くだと頷いて、サニーレイド・ディルクレディア(因果断ち・e02909)は黒き鎖を波打たせた。
「化け物の身体になって、使い捨ての鉄砲玉か? 素手でやりあう侠気も無いくせに」
 挑発の台詞。だが、地を這う鎖は敵には向かわず、瞬く間に魔法陣を描きその身を輝かせる。浮かぶは光の紋、守護を意味するそれは、クロハを癒し彼女らを守る盾となる。
「過ぎた力を振り回すだけか、腰抜け!」
「――やってやるよ、喧嘩上等だ」
 そして、無口な少年がようやく吐いた一言に、サニーレイドは凛とした視線を返すのだ。

「お前の喧嘩、我々が買ってやろう」
 ドラゴニアンの中でも爬虫類じみた外見を黒一色の装甲で包み、アベル・ウォークライ(ブラックドラゴン・e04735)が斬りかかる。
 ぶん、と頭上で振り回すのは両端に刃を備えた大鎌。もとより重量のある得物をその膂力にて振り回せば、その威力は想像を絶するものになる。
「弱い者しか相手にした事が無いのだろう? 正々堂々の戦いというものを教えてやる」
 おそらく年の程は変わるまい。だからこそ、力に溺れたこの少年に対する憤りは一層強いのだ。ぶうん、と唸りを上げる刃に宿った地獄の炎が、強かにリュウジを斬り裂いて傷口を灼く。
「ここから先へは行かせないよ。帰すつもりも無い」
 白装束にふわりとたなびく純白のフード。レイ・フロム(白の魔法使い・e00680)が薙ぎ払う様に右腕を振れば、その軌跡に沿って淡く輝く符が現れる。
「まずは一手――」
 その一つに手を添える。途端、符は凍りつき、微塵に砕けた。次の瞬間、急激に拡散したエネルギーが凝縮し、人の形をとる。
「氷の騎士よ。我に仇なす者に冷厳なる鉄槌を」
 現れしは氷の甲冑。その穂先は、植物に侵された少年に容赦なく凍て付く傷を刻むのだ。
「恐怖の魅力は強者だけを酔わせるもの、だけど……」
 その背には三枚の羽。非対称のシルエットを映し出す鎧塚・纏(オラトリオの自宅警備員・e03001)は、両の手に二台のスマートフォンを握り締め、敢然と立ち向かう。
「あなたもそうなのかしら? リュウジちゃん」
 兎耳と熊の耳、かわいらしいシルエットのスマホは実に女の子らしいものだったが――勿論、ケルベロスがただ可愛いだけのものを戦闘中に手にするわけがない。
「じゃあ、今日は気持ちよくなる事はできないわ。残念ね」
 目にも留まらぬ指捌きは、二台のスマホへの高速入力。地域コミュニティ、不良の溜まり場掲示板、それら関係しそうなありとあらゆるサイトが瞬く間に炎上し、摩訶不思議なエネルギーとなってリュウジに降り注ぐ。なんやかんやで。
「こんな時代だから……、力を求めるのは……仕方ないけど……」
 ぼそぼそと喋るラピス・ウィンディア(シャドウエルフの刀剣士・e02447)が、それでも勇気を振り絞って刀を構え、するりと敵の懐に迫る。
「……理性なき力は、正義に非ず……」
 冴え冴えと輝くは清浄なる霊力。濃密な力が刀を物質ならぬものへと変え、悪心のみを斬るべく振り下ろされた。
「……暴虐は、止める」
 そう言い切って、けれどラピスは、人と戦いに慣れていないのを隠すかの様に俯いた。


「さてさて、不良のなれの果てにしては中々のものだな」
 油断無く隙を伺っていたサニーレイドが、刀を中段に構え精神を集中させる。得物に埋め込まれた魔術回路が唸りを上げ、吸い上げた霊力を刀身に纏わせた。
「まあ、同情だけはしよう。残念ながら、手加減は許されないが」
 せめて、苦痛が少なくなる様に仕留めて見せる、と。
 そして斬撃。抜き打つ一閃。彼女はタイミングを計った踏み込みで一息の間に距離をゼロとし、美しき刀でリュウジの傷をなぞってみせた。
「力に溺れ、化物に堕ちた人間、か」
 無論、デウスエクスが干渉した結果である事くらい、レイにも判っている。与えられた力が強ければ強いほどより強く狂わせる、人外の力とはそういうものだろうから。
 真に憎むべきは、他者を踏みにじる事を何とも思わないデウスエクス。
「奴らは神にでもなったつもりか。神の位を自負するか」
 その不遜にこそレイは震える。過去の記憶がふつふつと血を滾らせる。なれど。
「……いや。魔法使いらしく、か」
 コントロールを手放しかけていた感情を押し止め、彼は白きローブの下、暗器の如く身体に撒きつけていた黒い液体に命じる。ゲル状のスライムはデウスエクスの残滓。
 幾分か冷静さを取り戻した攻撃の手は、鋭い穂先となってリュウジを貫くのだ。
「その気になれば、幾らでも人間辞められるってか」
 刹助もまた二人と同じく、力に溺れた少年に複雑な思いを抱く。
 手にした力で成り上がりたかったのか、それとも仲間を守る為の力だったのか。考えても仕方ないと彼は首を振る。一つだけ確かなのは、それが借り物の力に過ぎないという事だ。
「過ぎた力を易々と得るなんて、旨い話がある訳無いだろ。抗う為の力なんて持たなくても――」
 そこまで口にして、彼は口を閉ざす。代わりに懐から取り出したのは、粗くカットの施された硝子の小瓶。だが、もちろんそれはただの瓶ではない。
「いや、お互い命張ってるんだ。洒落た台詞は必要ないな」
 栓を抜いて振り撒いたのは、古のドワーフ族が残したという秘薬。口伝の製法で毒性を弱められたそれは、ケルベロス達――殊に、サニーレイドら果敢に斬り込む者達を蝕む瘴気を祓い、絶大なる膂力を与えるのだ。
「ありがたい!」
 アベルの無骨な感謝に、ひらひらと手を振る刹助。正面から正々堂々力比べを挑む誇り高きドラゴニアンの戦士だからこそ、この援護は心強い。
「さあ、次は私が相手になろう!」
 ただでさえ硬い竜の爪と鱗が、その声と共にますます硬度を上げる。びきびきという音は、生体が結晶化していく悲鳴か。
 瞳を彩る炎が、悪を倒せと燃え盛る。その赤を二つに裂く蜥蜴の動向。てらりとした虹彩を放つそれは、ぴたりと彼の敵を見据えて。
 アベルが動く。それは瞬きほどの間。全身を発条にして間合いに飛び込み、迎撃されるよりも速く目にも留まらぬ蹴りがリュウジの腹を捉える。唯の一蹴りで、彼のブーツは内側から鋭い爪に引き裂かれていた。
 ああ、だが。
 彼の敵は、決して惰弱なる有象無象ではない。
「……手前!」
 低く呟いて、リュウジはぎり、と歯を食いしばる。次の瞬間、彼を中心とした大地が大きく盛り上がり、足から張り巡らした根と共にケルベロス達を呑み込んで。
「くっ、ひとまず食い止める!」
 リュウジの攻勢。すんでのところで回避したセルベリア・ブランシュ(シャドウエルフの鎧装騎兵・en0017)が、背負った長大なキャノンから砲弾を叩き込む。
「派手にやらかしてくれたな。まあこれも仕事、こっちも派手に行こうか」
 不良達の逃走を見届けて戻ってきたジャックと彼のライドキャリバーもまた銃弾の雨を見舞う。ジャックが披露したコイン狙撃による破片の散弾は、彼の実力を十二分に示すものだ。
「オーダーメイドの高級品だ、遠慮せず全弾持っていけ!」
「二つ名には親近感だけど、悪さはメッ、よね」
 無残な姿になったぬいぐるみを華奢な身体で抱え、ウェールはそう言い放ってみせる。その台詞だけを取ってみれば、気合、あるいは怒りの声。声色はふわふわと優しい少女のもの。
 けれど。彼女の瞳に浮かぶ艶は、そんな通り一遍のものではない。
「これはどうかしら、ばきゅーん!」
 微笑みは羊の装いのまま、ウェールの愛銃は凍て付く波動を解き放つ。リュウジの脚に命中させ、大地と一体化した根ごと結晶した氷の中に叩き込んで。
「めぇ!」
 実に愉しげに、彼女はまた一声啼いた。

「まといは、正面からの殴り合いは正直向いていないと思うけれど」
 握り締めた改造スマホ。家から出ないのにタフ仕様が必要か、かつては疑問に思ったものだが、これは自分の居場所を守る為に必要なものだ。
「おいたが過ぎるのよ、リュウジちゃん」
 だから、強大な化け物を前にしても、決して纏は逃げない。目を逸らさない。ただ、確りと目だけは彼を見据えて。
 飛び上がってぐん、と振り下ろした拳が、リュウジのこめかみに叩きつけられる。もちろん鈍器扱いされているスマホ。捻りこむ様にして纏の全体重と遠心力とを加えたそれは、ハンマーよりなお激しい打撃を少年に与えて。
「……父と母と、同じ、戦場……」
 例え僅かなものであっても、ラピスが自らの感情を露にするのは珍しい。だが今日に限っては、それは必然と言えた。彼女が初陣を飾る、今日この場所では。
「殺るか……殺られるか……」
 かつて暗殺を司り、故に死の色濃き種族とはいえ、死は平等に訪れる。そして、それに伴う愛惜もまた。つかの間身を支配する感慨。そして、彼女は愛刀の柄を強く握り締める。
 ――我欲するは蒼穹の果てより召されし光の祝福。
 天に捧げる様に高く掲げ、ラピスは唱える。それは真言。それは詠唱。意味と音と韻律に無限の意味を篭めた祝詞。これだけは詰まる事なく紡いでみせ、彼女は戦場に奇跡を呼ぶ。
 ――目に見えぬ隷属を解き放ち、賦活の力を!
 自分自身と、そして共に肩を並べ戦う仲間達に降り注ぐ柔らかな光。それは傷癒す再生の祝福。大きく息をついた彼女へと、クロハが目礼する。
「さて――受け入れてしまったからには戻れませんよ」
 むしろ彼女は、この少年を哀れんでいた。不良同士の争いなど所詮は少年の稚気だ。いずれ記憶の中に仕舞いこまれ、やがて思い返す度恥じらいを覚える程度の。
 だが、少年は『至ってしまった』のだ。デウスエクスの謀略とはいえ、もう戻れない事には違いがない。
 それでも、見逃すわけにはいかないのだ。ならば、全力で倒すまで、とクロハは心に決めていた。
「どうぞ、一曲お相手を」
 洒脱に言ってのけたのは、死地を求め彷徨う彼女が見せた、僅かながらのバッド・ジョーク。陽炎沸き立つ地獄化した脚が、演舞の様に次々と敵に叩き込まれていった。


「攻性植物の生存戦略なんだよ。共生に見せ掛けた寄生、つまりは搾取だ」
 なんでそれが判らんかね、と吐き捨てる刹助。小さな身体を高速で回転させ、巨大なる腕で強かにリュウジを打つ。
 衝撃に半ば破けた上着は吹き飛んで、蔦にみっしりと覆われた攻性植物の半身が露になった。
「仲間が居りゃ、それなりに穏やかには暮らせたろうに。今や燃費の悪い、意地汚い身体だ」
「せめて、葬ってやらなければな。私達の手で」
 サニーレイドがそう応じ、ケルベロスコートを脱ぎ捨る。夏も終わりと言ってもまだ暑い。薄手の衣装になった彼女の額から流れる、汗一滴。
「我が身は一振りの刃なれば――」
 真っ直ぐに向き合う。もはや自我すらあやふやな化け物に堕ちようとも、命のやり取りをする以上は通すべき筋があった。
 冴え冴えと鋭い。刃も、彼女自身の闘気も。
「――これを通すは意を通すなり!」
 庇う様に重ねられた蔦を裂き、真っ直ぐな斬撃が肉を断つ。次いで、ラピスが死角から湧き出るかの様に身を差し入れて、真っ直ぐに突き出した太刀を振り下ろした。
「……ユグドラシル、エインヘリアル……全て……滅びれば……」
 彼女に正々堂々の美学はない。シャドウエルフだから、という訳でもあるまいが、まずは勝たなければ意味がないと知っている。帰って来れないと知っている。
「この力、その為に……鍛え上げた……!」
 脚払いから跳ね上がる様に身を起こし、逆袈裟に叩っ斬る。この剣は勝つ為の剣。桜吹雪の幻もまた、敵を討つ為の道具なのだ。
「結局、これではただ力が強いだけの獣に過ぎない」
 それを判らせてやるさ、とレイは呟いた。如何に大きな力を手に入れても、それを制御できなければ何の意味も無いのだから。
「蹴りをつけよう。手負いといえども強敵だ。全力で当たるよ」
 纏の攻撃が起こした爆風が彼の白いフードを捲り上げさせる。零れたのは白よりなお透明な、美しい銀の髪。そこからぞぶりと溢れ出た黒きものが、一息に呑み込まんとリュウジに覆い被さって。
「舐めんじゃねぇよ……!」
 腕に咲く光の花、そこから放った光線がスライムを引き裂いた。

 必死の抵抗。やがて戦いはケルベロスに傾く。レイの放った槍騎士が再び敵を凍て付かせるに及び、遂にリュウジは膝を突いた。
「自分の力の限界を感じて超常に逃げたのでしょう? もう一度逃げる事は許しません」
 容赦が無いと自覚しながらも、哀れな少年を追い詰めるクロハ。両腕に嵌めた超高度のガントレットが突き入れられる度、打撃の痛みと共に気脈が断たれ、リュウジの動きを鈍らせていく。
「力に酔いながら、今生に別れを告げなさい」
 ――私達が貴方の死です。敢えてそう告げ、熾火の残る瞳で少年を見つめた彼女は何を思ったか。
「禁断の果実に手を出した、という事か」
 クロハの台詞に、ただ前進だけを旨とするアベルも感慨を抱かざるを得ない。自分は誇り高き戦士だ。仲間達はこの星を守るケルベロスだ。
 なら、何故この少年は私達と戦う。戦わなければならない――。
「ならば果てる前に答えていけ。その力、どこで手に入れた!」
 答えはないと知っていて、彼は二枚刃の大鎌を振り回し、勢いのままに叩きつける。強烈な斬撃と共に、啜った血が生命力となって傷を補った。
「めぇ、動きが緩慢よ? それじゃ面白くないじゃない!」
 間髪入れず肉迫するのは、間合いを取って戦っていたはずのウェール。縫い跡目立つぬいぐるみの銃は小脇に抱え、背後を取って白く小さな手のひらを押し付ける。
「鬼さん、こーちらっ」
 可愛らしい声。だがそれをリュウジは認識できなかった。体内で荒れ狂う螺旋の力が、彼の身体を完膚なきまでに破壊していたからだ。
「ええ、でも楽しかったわ。ご馳走様!」
 再び距離を取るウェール。既に人の身体は生命力を失いつつあり、根を張った植物が弱々しく食虫の首をもたげるだけとなっていた。
「人の身にそぐわぬ物を得てしまったのね」
 まるで死体を操るかの様なその動きに、纏は唇を噛んだ。太陽の光を溜め込んだ紅茶色の髪に咲く白百合の花は、地球を守る為に戦ってきた調停者たる種族の証。
 如何に埃の溜まった名分でも、この光景を目にすれば、自分の世界を守る為にやるべき事がはっきりと感じられるのだから。
「ねぇ、その力は何処で手に入れたの? ……どうして受け入れてしまったの?」
 眼鏡の下に哀切なる光を宿らせて、少女は手にしたスマホを振り上げる。感情は何と言うにせよ、目を逸らしてはいけないと、知っていた。
「俺、は……」
「――おいたが過ぎたのよ、本当に」
 もう一度口にして、纏は鈍器と化したスマホを振り下ろす。それが止め。攻性植物の太った茎を叩き潰す湿った音が、激しい戦いの終わりを告げた。

作者:弓月可染 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2015年9月7日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
 あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。