豆の通じぬ夢の鬼

作者:七尾マサムネ

「ふくはうち! おにはそと!」
 今日は、保育園の節分。男の子が豆を投げる先は、保育園の先生だ。
 紙のお面を被った先生を、元気に追いかける男の子。
「おにのしょうたいはせんせいだもんねー。コワくなんかないやい!」
「本当にそうかな?」
「えっ」
 先生がお面を取ると……鬼の顔が現れた!

「うわあ、ほんものだあ!? ……なんだ、ゆめかあ」
 飛び起きた男の子が、胸をなでおろす。きっと、楽しかった豆まきの記憶のせいで、こんな夢を見たのだろう……。
「私のモザイクは晴れないけれど、あなたの『驚き』はとても新鮮で楽しかったわ」
 だれ? という男の子の問いは声にならず。
 胸に、不思議な鍵が突き立った。魔女の手によって。
 瞬時に男の子の意識は刈り取られ、代わりに浮かびあがったモザイクが、鬼の形を取り始めていた。

●夢の鬼
「夢と笑うは容易いが、実際見たら、大人だって嫌な汗かくでござるよ」
 仙道・風(しゃべくり鎌鼬・e31694)が、仰々しく額の汗をぬぐう仕草をする。
 風の調査に基づいて、黒瀬・ダンテ(オラトリオのヘリオライダー・en0004)がケルベロス達へ正式に依頼したのは、第三の魔女・ケリュネイアの起こす事件だった。
「例の、子供の『驚き』からドリームイーターを生み出す事件っす。驚きを奪われた男の子は、放っておけばずっと眠ったままっす。だから、このドリームイーターを倒して欲しいんす」
「鬼は外、福は内、ドリームイーターは地獄、でござる。鬼の首、刈り取ってくれるでござるよ!」
 きししっ、と、物騒に笑う風。
 さて、節分鬼ドリームイーターは、突然人々の行く手に現れ、恐ろしい形相で相手を追い回す。もちろん、豆を投げて応戦する暇などない。
「節分鬼は、男の子の家の近くに現れるっす。このタイプのドリームイーターは誰かを驚かせるのが存在意義みたいなもんっすから、付近で行動していれば、鬼の方から勝手に接触してくるはずっす」
 ドリームイーターは、自分を見ても動じない相手を優先的に狙ってくるというから、その性質を生かせば有利に戦う事もできるだろう。
 節分鬼の手にした金棒は、こちらのトラウマをえぐりだすだけでなく、先端をミサイルのように発射する遠近両用の優れもの。
 更に、その吠声で、攻撃者に干渉してくる。
「夢は夢。大人しく幻となって消えてもらわなくちゃいけないっす。みんなの力で、鬼を退治してほしいっす!」
 ダンテの声に後押しされ、ケルベロス達は勇ましく出陣していった。


参加者
天谷・砂太郎(月夜に狂いしポンコツ・e00661)
カリーナ・ブラック(黒豚カリー・e07985)
ケイト・クリーパー(灼魂乙女・e13441)
ノーグ・ルーシェ(二つ牙の狼剣士・e17068)
仙道・風(しゃべくり鎌鼬・e31694)
イリア・シャンティーナ(飢餓魔拳士・e34021)
長篠・ゴロベエ(人見知り系おっさん自宅警備員・e34485)
比良坂・りんね(廻魂のオートマタ・e34851)

■リプレイ

●鬼退治ご一行様
 夜の住宅街。
 かつては人々に畏れられし闇の時間を征くは、勇敢なるケルベロスの群れ。
「こういうの、ちょっとワルな感じがしてワクワクするね!」
 静ひつな空気の中を歩む比良坂・りんね(廻魂のオートマタ・e34851)の声は、どこか弾んでいた。
 今回の任務は鬼退治。だが、鬼など怖くない。何せ、頼もしい友達がついている。
「確かにワクワクでござるな!この現代に鬼と闘えるとは思わなかったでござるよ!」
 仲間の1人である仙道・風(しゃべくり鎌鼬・e31694)が、きしし、と笑う。
「鬼かあ……節分は終わったというのにめんどくさいことで。さっさと始末して一杯やりたいところだね」
 提灯ぶらさげ、空いた手で頭をかく天谷・砂太郎(月夜に狂いしポンコツ・e00661)。くいっ、と杯を傾ける仕草が様になる。
 風と砂太郎、2人の反応は一見正反対。しかし、漂う余裕は共通だ。
「そういえば、みんな節分には年の数だけ豆たべたの?」
 カリーナ・ブラック(黒豚カリー・e07985)が小首をかしげると、頭に乗せたかまぼこも同じポーズをした。
 律儀に数を守ると、カリーナやノーグ・ルーシェ(二つ牙の狼剣士・e17068)辺りには、物足りないかもしれない。
 その点、恵方巻なら……などと、節分トークに興じていると、ポリポリと音が響く。発信源は、炒り豆をつまむ長篠・ゴロベエ(人見知り系おっさん自宅警備員・e34485)。
「鬼には……お豆……お豆を食べてれば、お腹が空かない……なるほど……。」
 『鬼には煎り豆』。そんな情報を聞いたイリア・シャンティーナ(飢餓魔拳士・e34021)も、持ってきた大袋に、早くも手を付けてしまっている。モッシャモッシャと。
「さて、ふー様、とりあえず人払いをお願いしたいのでございますが」
 住宅を見渡したケイト・クリーパー(灼魂乙女・e13441)に促された風だったが。
「ちょっとくらい巻き込まれても……って、あー、こほん! ならば我輩にお任せ!」
 そういうと、風は、ぎん、と赤眼に力をこめた。恐るべき殺気が、空気ごと周囲を威圧する。暗殺者の面目躍如、といったところか。
 今や遅しと鬼の出現を待つ一行が、曲がり角に差し掛かった時。
「わっ……!?」
 カリーナのピンクの瞳が、丸くなった。
 たてがみのごとき髪、食いしばられた歯。
 赤い肌に、天衝く角一対。
 いた。
 鬼が。

●おにがあらわれた!
「グガアアアア!!」
 鬼の咆声が、夜気を震わせた。
 右手に握られた鬼の象徴たる金棒は、もはや自身の身長すら凌駕している。
「うわ、なんだその顔!」
「ひゃあ! この迫力、全子供びっくり仰天間違いなしでござるよ!」
 大げさに驚いてみせる砂太郎と風。無論、これは演技だ。
 しかし、その反応を真に受けたか、鬼の口が裂けた。笑顔のつもりらしい。
 邪悪という概念を凝り固めたかのような容貌を、じっ、と睨み返すりんね。
「僕にとっては初めてのデウスエクス戦になるけれど、別に怖くは……って、ごめんなさい! 嘘です! 何あの顔! 超怖い!!」
 ぴゅーッと、りんねが、ケイト達の後ろに隠れた。
「そんなにおびえなくても大丈夫でございま……きゃあ」
 一歩押し出されたケイトが棒読みすると、ライドキャリバー・ノーブルマインドの背後へ隠れる。
 一同の矢面に立たされたノーブルマインドだが、一切動揺が見受けられない。流石、心も体も鋼のよう。
「ガアア!」
「…………!」
 鬼の巨躯を見上げるカリーナとかまぼこも、絶句したまま。
 わざと驚いて狙いを逸らす作戦、良い感じ! と仲間が称賛の眼差しを送るが……実は、素、だった。
 恐怖こそ好物。夢より生まれし鬼の口元が、喜悦に歪む。だが。
「こいつもドリームイーター、なんだよな? 最近の子供の想像力って半端ないな……俺も子供だけどさ」
 特撮辺りの影響か? と首を傾げるノーグ。
 リアルすら超越してしまったかのようなディテールには、迫力を覚える。かと言って、ノーグも驚くわけではない。リアルな怪異の登場する和風ダークファンタジーなゲームで耐性を付けてきたし、何より自分達はケルベロス。今更、鬼で驚いてたまるか。
「鬼は外、夢は幻、だ」
 言うや否や、ノーグは懐に手を突っ込んだ。放たれたのは……豆。
 ゴロベエも便乗し、「自分達は驚かないぞチーム」による節分行事が始まった。
「……投げる……?」
 食べ物を粗末にしては駄目な気が。
 一瞬戸惑いつつも、イリアは仲間にならって豆を投げ始めた。
「お豆さん、ごめんなさい……とりゃ」
 ぺしんぺしん。
「ガアアアアッ!」
 豆を一身に受けた鬼は、金棒で、あるいは剛腕でそれを弾いた。
 ぱらりぱらりと地面に転がる豆の群れを、イリアは素早く拾って回る。
「3秒……3秒るーる……」
「…………」
 まるで驚く気のない豆まき組を見て、鬼の表情が歪んだ。
「ガアアアア!」
 文字通り鬼の形相になると、咆哮、襲い掛かって来たのである。
「っしゃー! かかってこいやー!」
 ナイフを構え、威勢のいい声を上げるりんね。ただし仲間の後ろに隠れたまま。
「そんじゃま、準備も済んだところで、鬼退治と洒落こむでございますか。――さぁ、戦争でございます!」
 ケイトが、開戦を告げた。

●鬼神討伐戦
 電柱、屋根、外壁を自在に跳び回る、二筋の赤光。風だ。
 無音で乱舞するその様は、正に風。
 そして、家の門柱を蹴ると同時に放つ銀閃は、鎖鎌。ぐるり、鬼の足首を絡めとる。
「きしししっ! そのクビ頂くでござるよ!」
 交錯する二者、閃く刃。血を噴いたのは、極太の鬼の首の方。
 しかし、まだまだ皮一枚を割いただけ。鬼退治は、ここからが本番だ。
「さぁ皆。支援回復は全力でやってやるから、さっさと終わらせようぜ!」
 砂太郎が、木剣型のロッドを掲げると、夜闇に雷光が閃いた。体内で練り上げた力の発露。
 それをこけおどしと見たか。丸太を束ねたような太い足で、疾走してくる鬼。
 だが、その足を狙い、ケイトが蹴りを決めた。衝撃の余波で、舞い散るアスファルト。
「さあ、出番でございますよ、相棒!」
 ケイトに応じ、ノーブルマインドが進撃した。道路に灼炎の軌跡を描いて。
「ガアア!」
 がしッ! 鬼の怪力が、ライドキャリバーを押し返す。2者の相撲にも似た力比べの中、不意に鬼が目を細めた。ノーグの振りかざした爪が、月光を反射したからだ。
 直後、裂かれた肉を、じわり、毒が侵す。
「ぐ、グガ……ッ!」
 毒に精神を高揚させられ、狂戦士よろしく前進する鬼目がけ、ゴロベエが豆をぶつけた。
 先ほどの延長……ではない。その威力とモーションの派手さは、比較にならぬ。音速超過の豆が、鬼の体表に穴を穿っていく。
「これが鬼を追い払う自宅警備術『MAMEMAKI』……鬼はー外! 福はー内! ドリームイーターは地獄行きだ!」
 「だ!」のタイミングで、豆を握りこんで鬼の左頬を殴り飛ばす。
 ここで問題です。豆撒きってなんだっけ?
 答。これはあくまでも『MAMEMAKI』だよ?
 ……なるほど。
「ウガアア!」
 憤慨した鬼は、ゴロベエに金棒を振り下ろす。のしかかる尋常ならざる重量……だが、ばちり、と音を立てた瞬間、鬼が武器を引く。砂太郎の雷の加護だ。
 次の手に出ようとする鬼に、無数のカラスがまとわりついた。その使役者は、イリア。
「ドリームイーター……夢を、食べる敵……」
 ぺろり。イリアの赤い舌が唇を舐める。
「夢はふわふわで甘いもの……夢を食べて育った、なら? もーっと、美味しい。……です?」
 イリアの黒き鉤爪が切り裂くは、鬼の体のみならず、魂までも。
「グオオオオッ!!」
 かように集中攻撃を受けた鬼は、金棒を振るって周囲のケルベロス達を振り払う。
 そんな鬼の一挙手一投足が、カリーナを驚かせる。表情こそ変化が乏しいように見えるけれど、結構本気。極力視線を合わせないようにしつつ、足止めを加える。
 かまぼこも、せわしなく動かす翼は、回復のためか、驚きのためか。
「グガアアア!」
「ひゃー、こっわ! 何あの顔こっわ!」
 驚く素振りでターゲッティングから外れた隙に、りんねは術式の詠唱を終えていた。
 相手の死角に入ると、人差し指を突き出す。銃の様な形で。
「バキューン☆」
 射出された光線は、巨腕によってたやすく弾かれたかに見えた。
 ……が。
「……ガア?」
 浴びた傍から、鬼の表皮が硬化を始めた。石化の術式が発動したのだ。

●祓いの儀式は春を呼ぶ
 ずしん……。
 皆の体を震動が襲った。遂に鬼が、膝をついたのだ。
「さぁ、いよいよ鬼の首をトる時間でございますよ!」
 ケイトの拳に、灼熱が宿る。機械仕掛けの体を駆動させ、燃やした魂が、鬼を打撃する。
 宙に舞う金棒。無手となった鬼の元に、変容したオウガメタルをまとったカリーナが迫る。
 鋼の鬼の拳が、夢の鬼のそれとぶつかりあう。ずん、とぶつかりあう衝撃に、地面がクレーターの如く沈む。
 やがて、弾かれたように距離を取る2者。鬼が構えを取り直した時。
「お命頂戴でござる!」
 とん。風の手が触れた次の瞬間。鬼の巨体が吹き飛んだ。
 背後で討伐戦が続く中、砂太郎がゴロベエを手招きした。
「……?」
「安心しろ、痛くなんてないぜ?」
 おもむろに、平手を振りかぶる砂太郎。それから、若干、人の悪い笑みと共に、
「気合い、入魂ーっ!!」
 衝撃波の環を生じさせつつ、ゴロベエを吹き飛ばす。
 しかし、起き上がったゴロベエはぼろ雑巾と化すどころか、活力にあふれていた。直後振り下ろされた鬼の金棒を押し返すくらいに。砂太郎の気合と情熱が注がれた上、ゴロベエ自身が魔人化を遂げた結果である。
「そろそろ夢から覚める頃だ」
 果実を宿し終えた左腕に、友にして宿敵たる存在への感傷を抱きながら、ノーグは背の孤狼丸を抜く。
 鬼の傷口をえぐったのも一瞬、即座に納刀。
 溢れる血にも構わず、鬼が金棒を突き出した。とっさに地面を蹴り、その場を離脱するノーグ。
 だが、なぜか金棒との距離は変わらぬ……否。先端がミサイルの如く射出されたのだ。
 そして爆発。周囲を包む煙……それを突っ切って現れたのは、りんねだった。低い姿勢で一気に加速して、突撃。
「ガアア!」
「ひゃっ!? あぶなっ!」
 鬼の反撃を間一髪逃れ、そのまままた後方へ。入れ代わりに進み出たのは、イリア。
 その拳が、鬼の腹部に大きな空洞を穿った。破壊に留まらず、鬼の力を吸い上げる。どん欲に。
「グ、グオオ……ッ!?」
 その存在を維持できなくなった鬼が、虚無へと還る。夢幻の如く、一片の痕跡も残さずに。
 敵の消滅を見定め、りんねが全身の緊張を解いた。
「あー、終わったー!」
「ま、ざっとこんなもんでございます」
 勝ち誇るケイト。火照った体には、冬の夜風も心地いい。
「やっぱり、びっくりさせられるのは、心臓にわるいの……」
 ほっと胸をなでおろすカリーナとかまぼこの様子が、皆をちょっぴり和ませる。
 鬼が暴れ回ったせいで、周囲は若干崩壊している。もっとも、皆が上手く立ち回ったお陰か、被害はそう大きいものではなかったが。
「この辺りの邪気や厄は祓えたかな?」
 皆と共にヒールを完了したゴロベエが、周囲を見渡した。
 ノーグは、散らかした炒り豆を片付けるのも忘れない。
「……夜も更けたか。ゲームの続きは寝てからだな」
「さて、居酒屋で一杯ひっかけて帰りましょうかね。おぉ寒い寒い」
 砂太郎が、ぶるり、と体をふるわせ提灯を手に取る。
「いやあ、ケルベロスはあまた居れども、鬼狩り経験者はそう多くないはずでござる! 一種の勲章でござるな!」
 帰途に就く仲間に続く風の表情も、すっかり晴れやか。
「……ところで皆、豆、食べるか?」
 ずん。
 ゴロベエが差し出した超・大容量パックを見て、イリアが目を輝かせた。
「豆……食べると、春が来る。……です?」
 節分も過ぎ、暦の上では春。
 実際の春の足音が聞こえるのも、もうすぐだ。

作者:七尾マサムネ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年2月17日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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