偽りの大僧正

作者:狐路ユッカ

●増える葬列
 葬儀を終えた僧侶が、遺族に頭を下げた。遺族は『うちは貧しいのに、こんなに立派なお葬式をあげてもらえて、おじいちゃんもきっと天国で喜んでくれているね』と涙を流す。
「ええ、おじいちゃんに直接会って、その感想をお聞きなさい」
 にっこりとほほ笑んだ僧侶は、腕を伸ばして喪主の首を掴み、そのまま握りつぶす。
「ヒッ、いやあああぁぁああ!!」
 喪主の妻が悲鳴をあげた。
「あなた方に恨みは有りませんが、折角ですし……レジーナ様の手土産になっていただこうかと、ね」
 笑みを深めた僧侶――いや、ダモクレスたる男、デリバリー大僧正は巨大な金属製の数珠を袂から引きずり出すと、大きく振るった。腰を抜かしていた参列者の首が飛ぶ。遺体が、増えていった。

●惨劇を止めるべく
「指揮官型ダモクレスの地球侵略が始まってしまったみたいなんだ」
 秦・祈里(豊饒祈るヘリオライダー・en0082)は予知した光景に震える声をなんとか落ち着けようと、ひとつ深呼吸をした。指揮官型の一体である『コマンダー・レジーナ』が、既に多くのダモクレスを地球に送り込んでいたのだ。彼女は着任と共に、潜伏させていたダモクレス達に撤退指示を出したらしい。動き出したダモクレスの多くは、そのまま撤退したようだが、中にはレジーナへの土産とばかりにグラビティ・チェインを略奪するものも少なくなく、多数の事件が予知されている。今回祈里が予知したのは、その中の一件。格安の葬儀を執り行う僧侶に擬態した『デリバリー大僧正』によるものであった。
「お金の都合でお葬式をあげるのが難しいお家に行って、お葬式をしてあげていたみたいだけど……撤退命令が出て、潜伏の必要がなくなったからこの凶行に出るんだね」
 デリバリー大僧正は、今頃葬儀を依頼されてその家に向かっているところだろう。今から向かえば、その家を守ることができる。
「奴の狙いは、良質なグラビティを奪い、持ち帰ること。ケルベロスと対峙すれば、間違いなくこちらを狙ってくれるはずだ」
 ただ、と祈里は付け足す。
「事前に家の人を避難させることは出来ないよ。予知と変わってしまうから。……だから、皆にはダモクレスの到着と同時に家の前に滑り込んで、一般人を守ってもらうことになる」
 十分に注意してね、と順繰りにケルベロスの顔を見た。
「場所は、開けた農地にぽつんと立っている古い一軒屋だよ。その家の葬儀に集まった人が家の中にいる他は、人はいないね」
 祈里は手元のメモへと視線を落とす。
「デリバリー大僧正はビルシャナについて研究していたみたいで、ビルシャナが唱えるみたいな謎のお経を唱えるんだ。……それから、大きな数珠を使って殴りつけてきたり、ゴーグルからビームを出したりするよ。気を付けてね」
 震える拳をぎゅっと握りしめて、祈里は顔を上げた。
「コマンダー・レジーナは厄介な指揮官になると思う。デリバリー大僧正から情報が行くことは、何としても避けたい。……それに、死者を悼む人にあんなひどい事……許せないよ」
 ここで、何としてもデリバリー大僧正の凶行を阻止してほしい。祈里は、戦地に赴くケルベロス達の背を祈るように見つめた。


参加者
エリヤ・シャルトリュー(籠越しの太陽・e01913)
ラーナ・ユイロトス(蓮上の雨蛙・e02112)
藤・小梢丸(カレーの人・e02656)
ミステリス・クロッサリア(文明開華のサッキュバス・e02728)
永代・久遠(小さな先生・e04240)
シエラシセロ・リズ(勿忘草・e17414)
卜部・泰孝(ジャンクチップ・e27412)
アンセルム・ビドー(人形を抱えた鹵獲術士・e34762)

■リプレイ


「近所にお坊さんがいないなら、まあデリバリーもしかたないでしょうけれど、こういうデリバリーはお呼びではないですね」
 ラーナ・ユイロトス(蓮上の雨蛙・e02112)は、事件の起こる家へと向かう道すがらぽつりと呟いた。集まったケルベロス達は皆一様に自分たちの身分を示すべくケルベロスコートを羽織り、向かう先を注視する。と、黄金色の袈裟を着た僧侶がゆったりとした足取りで家へと向かっているのを発見した。
「さー、思う存分ぶっ壊そうぜ~」
 カレーの匂いを漂わせながら、藤・小梢丸(カレーの人・e02656)が走る。ケルベロス全員で僧侶を追い抜かすように回り込み、家の前に立ちはだかった。
(「大往生したおじいちゃんの後を追わせるなんてことさせない。必ず守るからね」)
 シエラシセロ・リズ(勿忘草・e17414)は、薄紅の翼を広げると玄関を隠すように立つ。小さな村で、集まっている人たちが殺害されるという状況は自分の育った村を思い出させるためかシエラシセロの胸を締め付ける。だからこそ、絶対に守るという決意をも固くするのだ。
「よぅ、生臭坊主。グラビティが欲しいなら賭けをしようや。オレらケルベロスからむしりとるか、テメーが潰されるか簡単な賭けさ」
 卜部・泰孝(ジャンクチップ・e27412)は、左腕をガチャリと鳴らして、手のひらを上に向け、人差し指だけでデリバリー大僧正を呼ぶ。
「おやァ……? あなた方は……」
「賭け事はそっちの得意分野だろ? 見た目だけの僧侶さんよぉ」
 デリバリー大僧正は片眉をつり上げた。そのとき、家の中から人の声がする。
「あれ、お坊さんきてくれたんかね?」
 アンセルム・ビドー(人形を抱えた鹵獲術士・e34762)は、鍵の開いた引き戸をがらりと開け、中へ入っていった。扉が開いたのと同時に、家の中の人に聞こえるように永代・久遠(小さな先生・e04240)が叫ぶ。
「わたし達はケルベロスですっ! 僧侶に偽装したダモクレスの襲撃が予測された為、急行しましたっ! 民間人の方は避難をお願いします!」
「なんですって!?」
 息を飲んだ女性に、アンセルムは真摯な瞳で告げる。
「ボクたちが、絶対に勝って呼びに戻るから、信じて待ってほしい」
「あ……あ……」
 どうしよう、と震える遺族たちの背を支え、アンセルムは玄関とは反対側にあった縁側から家の人たちを逃がそうと家の奥へ入っていった。
「全く……これから葬儀を行おうというのに、邪魔をしないでいただきたい」
 ニタリ、と唇を歪めたデリバリー大僧正に、久遠が首を横に振り、P239を構えた。
「グラビティチェインが目的ならば、わたし達ケルベロスがお相手します!」
「ここから先は通さん!」
 もぐもぐとカレーを頬張りながら、小梢丸は叫ぶ。さりげなくキープアウトテープを玄関に張り、遺族がこちらへ戻ってこないよう配慮した。デリバリー大僧正はくつくつと喉の奥で笑うだけだ。
「ほぉ……?」
「弔う死者に対して思うところはあるの? 人間の儀式を模倣して感じるところはあったんじゃない?」
 ミステリス・クロッサリア(文明開華のサッキュバス・e02728)の問いかけにも、デリバリー大僧正は不気味にただ笑っているだけだ。
「何を言っているのかよくわかりませんなぁ?」
「持って帰るお土産は多い方がいいよね? 僕達も黙って倒されはしないけど」
 エリヤ・シャルトリュー(籠越しの太陽・e01913)の声にも、デリバリー大僧正は低く笑うばかり。
「そうですねぇ、そうですねぇ」
「ほらこっちの方がケルベロス・チェインたくさんある。欲しかったらかかっておいでよ」
 ボクたちはケルベロスだからね、とシエラシセロが挑発すると、ついにブゥン、と言う音と共にデリバリー大僧正の目元にゴーグルが展開された。ラーナは開戦を悟り、そのケルベロスコートをバサリと脱ぎ捨て、ライトニングロッドを構える。


「あなた方を殺して、それから向こうの皆さんのグラビティ・チェインも頂いていきましょうか!」
 ガシャガシャと音を立てて機構を露わにしていくデリバリー大僧正に、シエラシセロは躍りかかる。
「誰も傷つけさせない」
 すさまじいスピードを持つ蹴りを炸裂させると、デリバリー大僧正の身体はダモクレスであることを示すかのようにガチン、と金属音を響かせた。飛び掛かったシエラシセロを弾くように、巨大な金属製の数珠を振る。
「ッ……」
 すかさず彼女の前に出てその一撃を受けたのは、ミステリスだ。シエラシセロが心配そうに振り返るのを、視線で大丈夫、と伝える。
「坊主なのに欲が出てるのね」
 グラビティ・チェインを欲する大僧正に、ただ、淡々と言葉にし、ブレイブマインを最前線に立つ仲間たちへ向けて炸裂させる。ミステリスのそんな言葉にも応じることはなく、デリバリー大僧正は数珠を手繰って己の方へ戻した。
「故人を悼むお葬式で虐殺だなんて見過ごせないのですっ! わたしの手の届く範囲に入った以上、絶対に阻止して見せるのですっ!」
 久遠は、杖を軽くかざすと雷の壁を前列に立つ仲間たちの前に展開し、デリバリー大僧正を見据えた。争いは、好きではない。けれど、この目の前で、この手が届く距離で苦しむ人がいるのなんて、耐えられないのだ。
「ハハハッ、デリバリー僧侶なんざみとめねー」
 泰孝はデリバリー大僧正に掌を向けると、ドラゴンの幻影がまっすぐに飛んでいき、その袈裟を焼き払う。
「南無……」
 片手を顔の前に持ち上げ、読経らしき行為を始めたデリバリー大僧正を、泰孝は見下げ果てた声色で挑発した。
「自分が死ぬぐらいの修行をしてこそ人の為に祈れるんだろーが、ニセモンがよぉ!」
 ジャリ、と数珠を握る手に力が込められ、読経の力が泰孝を苛む。
「……ぐっ……」
 小梢丸は追撃を阻むため、ぐんっと踏み込んだ。目にもとまらぬ速さでデリバリー大僧正の懐へ突撃すれば、自然、その読経も止まる。
「ガハッ……」
 尻餅をつく形でバランスを崩したデリバリー大僧正からひらりと飛び退くと、小梢丸は懐から取り出したカレールーをバリっと齧って笑った。
「美味しいッ!」
 デリバリー大僧正が立ち上がったタイミングで、ラーナは片手に黒雲、もう一方にルドラの子供達を携え、勢いよく同時に殴りつけた。
「ぐっ……遺体になるのはあなた方ですよ……クク……」
「お呼びでないと、言ったでしょう」
 存分にその体に雷を流し込むと、軽く後ろに跳んで着地する。エリヤは、傷を負ったミステリスを含めた前列のケルベロス目がけ、カラフルな爆発を起こした。仲間たちの士気が高まるのがわかる。
(「流石に人として許せない惨劇ですね。死者との別れは、もっと穏やかであるべきですよ……」)
 人々を避難させて戻ってきたアンセルムは、ヘリオライダーに告げられた光景を未然に食い止めるべく眼前のダモクレスを見据え、その掌からドラゴンの幻影を放つ。


 すっかり袈裟を焦がしたデリバリー大僧正の、ゴーグルが光った。前に立つケルベロス目がけて、まばゆい光線が迸る。
「危ないッ……」
 仲間を守るべくライドキャリバーの乗馬マスィーン十九と共に閃光の前へ躍り出たミステリスと小梢丸はその体をしたたかに地に打ち付ける。
「ッ……」
 シエラシセロが振り上げた簒奪者の鎌が、大僧正の腕を刈り取った。
「ぐぁあっ……」
「逃さないからね?」
 ここで息の根を止めなければ、情報を持ちかえられてしまう。なんとしてでも倒すと、シエラシセロは殺気の滲む視線を向ける。次ぐように、ラーナの拳が唸りをあげて大僧正の鳩尾を穿った。久遠は、その隙にと薬剤の雨をミステリスと小梢丸に降らせる。傷が癒えるのを感じ、小梢丸は立ち上がった。そのまま勢いをつけて破鎧衝を喰らわせれば、大僧正は叫び声をあげて倒れ伏し、手にした数珠を勢いよく振る。
「痛ッ……」
 ミステリスは足に打撃を受け、眉を顰めた。泰孝は彼女を背に庇うように前へ出ると、肘から先を勢いよく回転させてデリバリー大僧正の腹部に突き立てる。
「がああああっ……っ」
「ロクに修行もしてねぇ僧侶に祈られて、あの世で笑えるかってんだよ!」
 瞳の奥底から殺意をにじませ、泰孝は叫ぶ。泰孝を払いのけて立ち上がろうとするデリバリー大僧正目がけ、次はエリヤの時空凍結弾が飛来した。
「お土産は持って帰れなさそうだね?」
 振り向いたデリバリー大僧正が、ゴーグルから光を放つ。閃光が直撃したエリヤと泰孝の足取りが、ゆらりと不穏な動きを見せた。追撃を狙うデリバリー大僧正の背後からずるりと忍び寄ったのは、ブラックスライム。手繰るのは、アンセルムだった。黒い液体は見る間に鋭い槍と変わり、ダモクレスを打ち貫く。
「大丈夫かい?」
 催眠を受けてふらつく二人に、ダモクレス越しに問う。ミステリスが駆け寄り、サキュバスミストを展開すると、泰孝はすぐにその眼に正気を取り戻した。
「支援しますっ! 治療弾、ロード!」
 久遠は、癒しの力を封じた弾を装填すると、エリヤ目がけて放つ。これで、二人の催眠は解けた。
「赦さない」
 シエラシセロが双子の光鳥を召喚する。その手に纏った光と共に、デリバリー大僧正の懐へと飛び込み、至近距離で衝撃波を放てばまるでデリバリー大僧正は玩具のように後方へ吹っ飛んでいく。それでも何かを呟きながら、念仏を唱えようとする大僧正に小梢丸が距離を詰め、
「豊穣なる大地の恵みを受けてほんわか辛い、御出でませい華麗魔神! ああ、カレー食べたい……」
 ムキムキマッチョな華麗魔神を具現化させた。
「ぶっ飛ばせー!」
 豪快な音と共に、華麗魔神がデリバリー大僧正を殴りつける。
「ギ、ギギ……ッ!」
 機械らしい悲鳴をあげるデリバリー大僧正に、小梢丸は口の端を上げた。
「どうやらインド力は僕の方が高かったようだな」
 荒く呼吸をくりかえしながら立ち上がろうとするデリバリー大僧正を見下ろし、ラーナは静かに告げる。
「今度はあなたがあちらで苦情でも聞いてきなさいな」
 B・B・B・A・右・右・左。目にもとまらぬ足技の連撃に、デリバリー大僧正はただ沈む。グラビティ・チェインを持ち帰ることは叶わず、力尽きるのであった。


 荒れた箇所にヒールを施し、ケルベロス達はほっと胸を撫で下ろす。
「葬式を邪魔してごめんなさい」
「お葬式、中断させてしまってごめんなさい」
 アンセルムとエリヤは、喪主と見られる男性に頭を下げた。
「いいえ、危険な所を助けて下さって、どうもありがとうございました」
 初老の男は、恐縮した様子で頭を下げ返す。ヒールを終えたので、帰ろう、とアンセルムは踵を返す。少しだけ、家族に囲まれて見送られる人が羨ましいと感じた。アンセルムには、今は、そんなことをしてくれる家族はいない。
 久遠が、どこかに電話をかけていた。
「大丈夫、一時間くらいで着くそうです!」
 本物のお坊さんを手配したので、お葬式、きちんとあげましょうと安心させるように遺族に告げる。
「あ、ありがとうございます……!」
「ご協力、ありがとうございました。……改めまして、お悔やみ申し上げます。とんだ騒動が起きましたが、無事執り行われるなら、なによりです」
 ラーナがすっと手を合わせて会釈すると、喪主の男がそれよりさらに深く頭を下げた。
「本当に、お礼を言い尽くせません。ありがとう」
「もし大丈夫だったら、ボクもおじいちゃんを見送ってもいい?」
 シエラシセロは、遺族の面々に問う。
「ああ、救ってくれたあなたならきっとおじいちゃん喜ぶわ」
 初老の婦人が、優しく微笑む。どうか、顔を見ていってあげて、と。
 ――どうか安らかに。見送りに来た残された人々を、見守ってくれますように。その願いを込めて、ケルベロス達は、家を後にするのであった。

作者:狐路ユッカ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年2月14日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 5
 あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。