黒刃の狂騎士

作者:雷紋寺音弥

●血を求める黒影
 入相の鐘が鳴り響く時刻、沈む夕日が街を赤く照らして行く。道路沿いに植えられた街路樹が、公園に長い影を落としている。
 橙色に染まった広場。だが、そこに広がっているものは、夕陽の赤よりも赤い色。
「クックック……ようやく、痛みに耐えながら隠れる生活からもオサラバできるんだ。このくらい派手に暴れされてもらわねぇと、割に合わねぇぜ」
 血溜りの中に沈んだ、かつて人間だった者達。憐れな老人や親子連れの変わり果てた姿を前に、漆黒の人影が片手で顔の半分を覆ったまま告げた。
 顔と、そして全身に施された、何かを継ぎ合わせたような傷痕。巨大な大剣は今しがた殺めたばかりの者達の鮮血で濡れ、その瞳には深い狂気の色が刻まれている。
「ん? なぁんだ、まだ生き残りがいやがったか?」
 遊具の影で泣いている少女の姿を捉え、その人影はにやりと邪悪な笑みを浮かべ。
「調度いい……。てめぇも、コマンダー・レジーナ様の手土産に……そして、俺の痛み止めになりなぁっ!!」
 何ら躊躇うことなしに、憐れな少女へ黒き剛刃を振り落ろした。

●血と、鋼と
「召集に応じてくれ、感謝する。どうやら、指揮官型ダモクレスの内の一体、『コマンダー・レジーナ』による地球侵攻作戦が開始されたようだ」
 その日、クロート・エステス(ドワーフのヘリオライダー・en0211)からケルベロス達に告げられたのは、地球に潜伏していたコマンダー・レジーナの配下達が、彼女の着任と同時に動き出したとの報だった。
「動き出したダモクレスの大半は、そのまま撤退したようだな。だが、中には行きがけの駄賃として、グラビティ・チェインを略奪するものもいるようだ」
 今回の事件を引き起こすダモクレスも、そんな連中の内の一体である。そう結んで、クロートはしばし言葉を切ってから説明を続けた。
「セイルMk1……それが、俺の予知した未来に現れたダモクレスだ。継ぎ接ぎの鎧と顔面が特徴的な、黒騎士のような姿をしている」
 使用する武器は、巨大な剣と背部に装備した砲塔。ケルベロス達の用いる鉄塊剣やアームドフォートと同様のグラビティを使用できる他、腕を回転させて手刀で敵を貫くといった技も使えるらしい。
「こいつは、以前に何らかの戦いで、自分の身体の一部を損傷しているみたいだな。その結果、応急処置の拒絶反応から、常に痛みを感じているようだが……」
 その痛みを止めるため、セイルMk1は他でもない人間の血を欲しているとクロートは告げた。故に、グラビティ・チェインと痛み止めの素材を同時に入手できる『殺戮』という行為は、セイルMk1にとって他でもない至上の喜びなのだと。
「やつが現れるのは、夕暮れ時の公園だ。二組の親子連れに加え、散歩中の老夫婦もいる。彼らを先に逃がすと予知が狂ってしまうから、事前の避難ができないのは厄介だな」
 もっとも、一度戦闘に突入してしまえば、敵も一般人の殺戮よりはケルベロス達との戦いを優先するだろう。公園には先回りして潜伏しておくことも可能なので、開戦と同時に迅速な避難誘導を行うことも可能だ。
「敵に地球の情報を渡さないことも重要だが、それ以上に、人々の命には代えられないからな。コマンダー・レジーナ……厄介な指揮官になりそうだぜ」
 夕陽の街を、それよりも赤い血の色に染めぬために。最後に、それだけ言って、クロートはケルベロス達に依頼した。


参加者
ジョルディ・クレイグ(黒影の重騎士・e00466)
呉羽・律(凱歌継承者・e00780)
スプーキー・ドリズル(凪時雨・e01608)
エリオット・シャルトリュー(イカロス・e01740)
レイ・ブリストル(金色の夢・e02619)
不破野・翼(参番・e04393)
天那・摘木(ビハインドとお姉さん・e05696)
野和泉・不律(ノイズキャンセラー・e17493)

■リプレイ

●暁に集う
 赤い夕陽が公園を照らす。遊びを終えて、家路に向かう親子連れ。買い物がてら、夕刻の散歩を楽しんでいる老夫婦。どこにでもある、のどかな風景。そんな彼らの日常を引き裂くようにして、それは唐突に現れた。
「クックック……いやがったな、脆弱なタンパク質の塊どもが! てめぇら全員、俺様の痛み止めにしてやるぜぇっ!」
 公園に舞い降りる漆黒の騎士、セイルMk1。身の丈に迫る巨大な大剣と、何よりも背中から伸びた砲塔が、彼が人間でないことを物語っている。
 振り下ろされる剛剣。何事が起きたのかと気づくまでもなく、その刃は無常にも硬直したままの母子へと迫るが。
「……ッ! もう、大丈夫です……」
 その背に刃を受けながら、不破野・翼(参番・e04393)が怯える母と子へ微笑みながら告げた。
 背中に深々と食い込んだ剛刃。後少し、当たり所が悪ければ、そのまま腕を切断されたかもしれぬ一撃。流れ落ちる鮮血が地を赤く染めて行くが、しかし今はそれに構っている暇もなかった。
「ダモクレスの攻勢もいよいよ本格化と言ったところか。だが、ケルベロスが居る限り、殺戮は許さないぞ」
 逃げ遅れた老夫婦に手を差し伸べつつ、人々を鼓舞するようにして現れる野和泉・不律(ノイズキャンセラー・e17493)。
「……間もなく此処で、ダモクレスとの交戦が開始されます、急ぎ避難を」
 スプーキー・ドリズル(凪時雨・e01608)もまた、別の親子連れに事情を告げて、公園の外へ逃げるよう促して行く。
「なんだぁ、てめぇら! 人様の素敵な殺戮タイムに、横から割り込んで邪魔してんじゃねぇよ!」
 もっとも、それを黙って眺めている程、セイルMk1も御人好しではなかった。
 再び振り上げられる大剣。しかし、その動きは目の前に現れた、自身とよく似た姿の騎士を前にして止まる。
「いよぅ、2年ぶりだなSAIL! 俺と相棒が壊してやった顔はどうなったかと思っていたが、随分男前になったじゃないか!」
 割り込むようにして現れたのは、ジョルディ・クレイグ(黒影の重騎士・e00466)に他ならなかった。
 Mk-44。かつて、己が未だ人でなかったとき、そう呼ばれていた際の装甲を身に纏い。
「だが、今日は顔だけで済むと思うなよ……。我が嘴を以て貴様を破断する!」
 それだけ言って、容赦なく巨斧の一撃を叩き込む。敵の顔と身体に刻まれた、忌むべき古傷を抉るようにして。
「……ガッ!? てめぇ……どこの出来損ないだか知らねぇが、やってくれるじゃ……!?」
 胸板を真一文字に切り裂かれ、思わず怒りの表情を露わにするセイルMk1。しかし、その怒号さえも最後まで紡がせることは許さない。二つの星辰を宿した超重力の一撃が、後ろから彼の身体を斬り裂いたのだから。
「血が欲しいか? くれてやるよ、殺せたらね」
 御託は要らない。遠慮も不要。二振りの長剣を携えて、呉羽・律(凱歌継承者・e00780)は淡々と告げる。
「てめぇは……そうだ、思い出したぜ! 歌とかいう不愉快なノイズで、俺達を狂わせるウイルス野郎か!」
 顔面を抑えながらも、セイルMk1の顔が瞬く間に歪んで行く。思い出したくない記憶。メモリーの底に封じ、デリートしたはずのデータが、彼の身体を蝕む痛みを強めているのだろうか。
「痛みに狂う……いや、痛みで狂ってるのか? 深く考えちゃいけないやつかもな、これは。こっちまで嫌な気分になりそうだ」
 継ぎ接ぎの身体と顔が醜く歪んで行く様を見て、エリオット・シャルトリュー(イカロス・e01740)は思わず吐き捨てるようにして言った。
 自分は痛みという感覚を失って久しいが、しかしこのような醜態を晒すくらいならば、いっそのこと失ったままの方が幸せだと思える。そんなことを考えつつ、まずは紙兵を散布して。
「ダモクレスは見逃せないけど……今回はいっそう、だね」
 レイ・ブリストル(金色の夢・e02619)の構えたバスターライフルの銃口から、発射されるのは中和光線。閃光に相手が怯んだところで、天那・摘木(ビハインドとお姉さん・e05696)は手にした杖からジョルディへ向かって生命力を活性化させる稲妻を飛ばす。
「痛いのなら、お医者さんにみてもらった方がいいわ」
 ビハインドの彼に援護をさせながら、さらりと流すようにして言い放った。
「野郎……やってくれるじゃねぇか! こうなりゃ、作戦変更だ! まずはてめぇらを全員ぶっ殺して、俺様の痛み止めにしてやるぜ!」
 もはや、完全に一般人への興味は失ったのか、セイルMk1が背中の砲塔を展開して叫んだ。
「ヒャハハハッ! 死ねぇぇぇっ!!」
 瞬間、砲塔より放たれる無数の光。こちらの武器さえも穿つ光線が驟雨の如く降り注ぎ、ケルベロス達の身体を貫いた。

●血の渇望
 夕刻の公園が血に染まる。ケルベロス達の身体を貫いた光線。それにより滴る鮮血を前にして、セイルMk1の狂笑が天へと響く。
「ヒハハハハッ! 血だ! 血だ! 血だぁぁぁっ! ここに流れる全ての血を、俺様の痛み止めにしてやるぜぇぇぇっ!」
 不完全な修復による拒絶反応。断続的に襲い来る痛みの波。心を持たないセイルMk1にとって、それは極めて深刻なエラーという形で、AIそのものを蝕んでいた。
「……しばらく見ぬ間に、随分と破天荒な存在になったようだな、SAIL! だが……」
 その身に開けられた穴から流れ出る鮮血を強引に抑え、ジョルディは自らもまた背中の砲塔を展開して行く。
「俺の後継機なら、無様に逃げるような真似だけはするなよ!」
 目には目を、歯には歯を、そして砲撃には砲撃を。主砲の一斉発射によって放たれた砲弾がセイルMk1に降り注ぐが、それだけでは終わらない。
「ちっ……! 脅かしやがっ……!?」
 爆炎を剛剣で受け止め、振り払うセイルMk1だったが、その眼前には既に燃え盛る三日月状の炎が迫っていた。
「自分に合わない顔パーツつけてるから痛むのだろう? だったら俺が取ってやろう」
 律が、にやりと笑った。彼の放った紅蓮の一撃。それはセイルMk1の胸板の、鎧に刻まれた継ぎ目へと燃え移り。
「うがぁぁぁっ! お、俺の身体がぁぁぁっ!」
 さすがに、これは効いたようだ。古傷を焼かれる痛みに耐え兼ね、胸元を押さえて崩れ落ちるセイルMk1。その間に、エリオットが無数のドローンを展開して守りを固める中、まずはレイが砲塔を向けた。
「目標ロック……ファイヤ!」
 再び炸裂する無数の砲弾。今度は避けようにも避けられない距離。情け容赦なく爆炎に包まれて行くセイルMk1へ向けて、続けて摘木が雷の障壁を創造しつつ問いかける。
「痛み止めは、結局原因を治療することにはならないの。必要なのは、適切な処置と治療よ」
 もっとも、今回ばかりは治す術も存在しないのかもしれないが。そう、彼女が告げたところで、ビハインドの彼が無数の刃を巧みに操って斬り掛かり。
「ガハッ……! てめぇら、ここまで好き勝手して、ただで済むと思……っ!?」
 立ち上がろうとしたセイルMk1へ、横殴りに襲い掛かる強烈な気弾。
「乱暴な男は嫌われるのだぞ」
 公園の遊具を背に、不律が指差すような体勢のまま淡々と告げた。避難誘導を終え、残る仲間達が戦列に復帰したのだ。
「お待たせして、申し訳ございません」
 ボクスドラゴンのシュタールにフォローをさせつつ、カラフルな爆発と共にはせ参じる翼。スプーキーもまた遊具の影から、ここぞとばかりに深紅の弾丸を叩き込み。
「That's original sin」
 それほど血を好むのであれば、代わりに赤き弾を食らうがいい。貫かれた傷口から広がる紅は瞬く間にセイルMk1の肉体を蝕んで、その身の自由を奪って行く。
「うぐぁっ!? てめぇら……もう、容赦しねぇぞ! 痛み止めにするだけじゃ、物足りねぇ! 全員、元の形も残らねぇくらい、バラバラにしてやるから覚悟しな!」
 大剣を杖の代わりにし、再び立ち上がる漆黒の狂騎士。その瞳に宿る狂気は未だ消えず、自らの部品に生じた不具合は、そのまま憤怒という形で熱を帯び。
「うらぁぁぁっ! 死ねよやぁぁぁぁっ!!」
 横薙ぎに払われた重たい一撃。剛刃は荒れ狂う黒旋風となり、狂騎士を取り囲んだケルベロス達を、一振りで纏めて薙ぎ倒した。

●紡がれる想い
 公園に響き渡る金属音。鋼の身体を武器が穿ち、放たれた砲撃が爆風を呼ぶ。
「クソがっ! さっさと離れやがれ!」
 その身を抉られても決して怯まずに食らい付いて来る翼を、セイルMk1は強引に引き剥がそうと必死だった。
 脇腹は大きく穿たれ、逆流した血液が口からも溢れ出している。回転する敵の手刀を抑え込む左腕は、既に感覚らしい感覚がない。シュタールが回復を絶やせば、瞬く間に意識を彼岸の彼方へと持って行かれていたことだろう。
「貴方は戦士ではありません……。ですので……俺も……名乗る名前を持ちません……」
 口腔に溢れ出る鮮血に咳込みつつも、翼は不敵な笑みを絶やさずに告げた。そのまま気を込めた拳と足を構え、不格好な姿勢のまま強引に反撃へ出る。
「不破野に伝わる終の型を……お見せいたします」
 叩き込まれる四つの打撃。気に覆われた拳と脚は、それがそのまま凶器と化す。身体を動かす度に傷口が開き、骨が軋んだが、その痛みさえも乗り越えて。
「……うざってぇんだよ! この下等生物がぁっ!」
 立て続けに放たれた攻撃によって装甲を砕かれ、セイルMk1は半ば無理やりに翼の身体を引き剥がした。しかし、口では強がりを言っているものの、消耗していることは誰の目から見ても明白だった。
「直接怨みはないけど……倒させてもらうよ」
 バスターライフルの照準を定め、冷凍光線を発射するレイ。青白い閃光が命中した途端に純白の氷煙が舞い上がり、敵の装甲を劣化させつつ視界を奪う。
「ったく、見てるだけで吐き気がするようなやつだな」
「同感だ。こんなやつが、元同族とは思いたくはないが……」
 どちらにせよ、そろそろ引導を渡してやった方が良さそうだと、互いに頷き仕掛けるエリオットと不律。
 唸りを上げて回転するチェーンソー剣の刃。虚の力を纏った巨大な鎌。それぞれの武器を片手に、二人は左右から交錯するようにして、擦れ違い様に敵を斬る。装甲が爆ぜ、傷口からエネルギーを奪われて、敵の瞳から徐々に輝きが失われて行く。
「決着に水を差すつもりはない。セイル……君には、君を護りたいと願う友はいないのかい?」
 もはや、これまで。傷つき、倒れた翼へと集約した気の力を与えつつ、スプーキーは改めてセイルMk1へと問う。
「ふざ……けるなぁっ! 俺様が誰かに護られるような、脆弱な存在だってぇのかぁっ!?」
 もっとも、返ってきたのは完全なる否定。まあ、元より期待もしていないが、しかしやはり聞くに堪えぬ言葉ではあり。
「とにかく、ひどいことはいけないわ! 痛いからってやつあたりはいけないって、子供でも知っているもの! 悪い子は、めっ! なのよ!」
 粗暴な幼児を叱り付けるかの如く、摘木は真正面から告げて杖先から稲妻を飛ばした。
「……ちっ! その程度の電撃で、俺様がショートするはず……が……?」
 そこまで言って、セイルMk1の動きが急に止まった。否、この場合は、止められたと言った方が正しいか。
 ビハインドの彼による金縛り攻撃。それも確かに一員の一つではあったが、しかしそれだけが理由ではない。見れば、先程スプーキーの銃撃によって生まれた銃痕が、今やセイルMk1の全身に広がりつつあったのだ。
 もう、これ以上は遠慮をする必要もないだろう。動きを止めた漆黒の狂騎士を見据え、ジョルディと律は互いに無言のまま頷いた。
「てめぇら……何を!?」
 高々と飛翔するジョルディの身体が巨大な斧と化して行くのを前にして、セイルMk1の顔が驚愕の色に染まる。己のメモリーに残された記憶の断片が、甦って来たのだろうか。
「2年前は未完成だったが……これならば!」
 オウガメタルで拳を覆い、その勢いをジョルディの攻撃へと乗せる律。元より、人の身と連携することは考えられていない技。だが、その体格差を補う術を、オウガメタルによって得た今ならば。
「これが完成形だ! 超必殺! Buddy Dynamic!」
「なっ……馬鹿なっ! 俺が……こんな……死に損ないにぃぃぃっ!」
 大瀑布のように迫る巨斧の刃が、セイルMk1を肩口から真っ二つに両断する。それは、スタンドアローンでの戦いを前提に造られた、ダモクレスの定めだったのだろうか。
 渇望に狂い、鮮血を求めたバーサーカー。そんな彼の敗因は、最後の瞬間まで常に独りであったことなのかもしれなかった。

●因縁の終焉
 地平線に沈みかけた夕陽を背に、建物や木々が長い影を生んでいた。
「それにしても……無茶をしたものだね」
「命に別状はない。しばらくすれば、目を覚ますとは思うけどな」
 レイと不律が見守る中、翼は未だ意識を失ったままだ。無理もない。自らの身体を顧みず、敵の攻撃を一身で受け止め続けていたのだから。
「今は、あまり動かさない方がよさそうね」
 応急手当てを終えた摘木が、額の汗を軽く拭った。再起不能にならなかったのは、不幸中の幸いである。
(「たとえ痛覚が戻ったとしても、それで狂いたくはねぇな……」)
 そんな中、エリオットはかつてセイルMk1であった残骸を横目に、心の中で呟いていた。
 痛みは人に生を実感させるものだが、しかしそれで狂ってしまっては元も子もない。人でありながら痛みを失った自分と、機械でありながら痛みだけを知ってしまったセイルMk1。果たして、どちらが不幸で、どちらが幸せであったのかと。
「さぞ、プレッシャーだったろう……こんな美丈夫の後釜では。せめて穏やかにおやすみ」
 墓標のように突き刺さった大剣に、スプーキーは追悼の意を述べる。その横に転がっている顔面の部品を、律はそっと拾い上げた。
「それは相棒の顔だ、勝手に使うな」
 失ったものは、形だけでも取り返す。その上で、彼は改めてジョルディへ尋ねた。
「恨んでいるか? 友を奪った俺を」
「いや……。しかし、相棒……胸が痛み、目が熱く疼く……。この状態を、人はなんと呼ぶのだ?」
 それは痛みではなく、悲しみである。そう、律が告げたところで、ジョルディは徐にセイルMk1の使っていた大剣を引き抜いた。
「そうか……。俺は……悲しいのか……」
 狂気に支配され、最後まで殺戮マシンで在り続けたかつての同胞。せめて、彼にも自分のように、人の心へ目覚めるきっかけがあれば。
 引き抜いた巨大な剣が、やけに重たく感じられた。戦いに勝利し、全てを取り戻したはずのジョルディは、しかし自分の心の中に、空虚な何かが新しく刻まれたことを感じていた。

作者:雷紋寺音弥 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年2月17日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 4/感動した 1/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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