忘却の獏と記憶の欠片

作者:犬塚ひなこ

●想い出喰いの獏
 大好きだったあの声も、笑顔も、温かい掌も――。
 すべて、全部が辛くて苦しくて、もう二度と思い出したくなんてなかった。

「おとうさん、おかあさん……何で、私を置いて死んじゃったの」
 奇妙なアートが壁一面に描かれた廃墟の中で少女は小さく呟く。しかし、すぐにはっとした彼女は懐中電灯の明りを頼りに先へ進んだ。
 此処は昔、芸術家が住んでいたという廃屋。子供達からカラフル屋敷と呼ばれている通り、壁面や内部には芸術家によるアートが施されていた。だが、そのどれもがバケツをひっくり返したような前衛的な絵らしい。
 そんな奇妙さがあるからなのか、この場所には或る噂があった。
 真夜中になると壁に描かれているどれかのアートの中から魔法の獏が現れる。
 それは夢ではなく、人の想い出を喰らうのだという。獏は特に忘れたいと思っている記憶が大好物らしい。
「今夜こそぜったいバクさんに食べて貰うんだ。おとうさんたちの記憶……悲しいことも、楽しかったことも、ぜんぶ。そしたら楽になれる。毎日泣かないですむよね」
 目尻に浮かんだ涙を袖で拭い、少女は廃墟を探索していく。
 獏には少し怖い噂もあった。記憶が気に入らなければ本人ごと食べられてしまうという恐ろしい話だが、少女はそれならそれで構わないとも考えていた。
 されど彼女の前に魔法の獏が現れることはない。噂はただの噂なのだ。
 しかし、その代わりに或るものが出現した。
「私のモザイクは晴れないけれど、あなたの『興味』にとても興味があります」
 不可思議な響きの言葉が聞こえた瞬間、意識を失った少女はその場に倒れる。その声の主、それは――パッチワークの魔女・アウゲイアスだった。
 
●忘れたい記憶
 そして、少女の興味から具現化されたのは獏の姿をした夢喰い。
 魔女アウゲイアスによって生み出されたドリームイーターは今、少女の夢を力として事件を起こそうとしている。
「夢じゃなくて記憶を食べる獏……何だか不思議な噂ね」
 月織・宿利(ツクヨミ・e01366)は少女が信じていたという噂について思いを馳せた後、集ったケルベロス達を見渡す。被害が出ないよう協力して欲しいと仲間に願った宿利はヘリオライダーから伝え聞いた話を語ってゆく。
「女の子は今、昔に芸術家が住んでいたっていう廃墟で倒れているみたいなの。ドリームイーターも今はまだその近くにいるはず」
 少女は廊下の隅で意識を失っており、敵を倒すまで目を覚ますことが出来ない。
 肝心の敵は屋敷の中をふわふわと浮遊しながら彷徨っていて正確な場所は割り出せていないらしい。だが、このタイプの夢喰いは自分の事を信じていたり噂をしている人が居ると引き寄せられる性質がある。
「廃墟の中で一番、戦いやすいのは廃墟に入ったすぐのエントランスかな。其処で皆で『忘れたい記憶』や『大切な思い出』について話していると寄ってくると思うの。獏は記憶を食べたいみたいだからね」
 上手く誘き寄せられれば後は全力で戦いを挑めばいい。
 敵はドリームイーターとしての力を発揮してくるが、全員で協力しあえば勝てない相手ではない。戦いについては心配していないと話した宿利はそっと微笑んだ。
 そうして、宿利はふと考える。何よりも気になるのは獏を探していたという少女の事だ。彼女は自分の両親の事を忘れたいと願っていたらしい。
 少女には少女なりの思いがあったのだろう。それでも、きっとそのことは忘れていい記憶ではないはずだ。
「ねえ……皆には、忘れたいほどの記憶って――ううん、今はやめておきましょう」
 首を緩く振った宿利はそれ以上を語るのを止めた。
 少女が抱いた興味と願いは今、捻じ曲げられて悪夢に変わろうとしている。どんなことがあったとしても決して許してはいけない。
 宿利は真剣な眼差しを仲間達に向け、腰に携えた刀の柄にそっと触れる。その仕草はまるで強い決意を示すかのようだった。


参加者
イェロ・カナン(赫・e00116)
八王子・東西南北(ヒキコモゴミニート・e00658)
雨月・シエラ(ファントムペイン・e00749)
月織・宿利(ツクヨミ・e01366)
尾守・夜野(パラドックス・e02885)
ヴェルトゥ・エマイユ(星綴・e21569)
メィメ・ドルミル(夢路前より・e34276)

■リプレイ

●記憶
 ――ふと、思い出す。
 これまで過ごしてきた日々を。もう無くなってしまった過去を。
 あれは確か幼い頃。まるでこの屋敷のように、たくさんのアートに囲まれた美術館に兄に連れられて遊びに行ったことがある。
「懐かしいな。つい夢中になって帰りが遅くなって……父様にも母様にも叱られたの」
 月織・宿利(ツクヨミ・e01366)の語りから始まるのは『忘れたい記憶』の話。
 それは忘れてしまいたくなるくらいに大切な想い出。
 二度と触れられない、家族で過ごした日々。夢喰いを引き寄せる要因となった少女にも、そんな思い出があるのだろうか。
 アウレリア・ドレヴァンツ(白夜・e26848)はエントランスを見渡し、皆に問う。
「記憶を食べてしまう獏がいるのですって。ねえ、みんなには忘れたい記憶や大切な想い出って、ある?」
 すると雨月・シエラ(ファントムペイン・e00749)が思いを巡らせ、ぽつりと呟く。
「忘れたい記憶、ね」
 多過ぎて困る、と口にしたシエラは少し俯いた。その中には人前で言葉にするには憚られることもある。そんな中で八王子・東西南北(ヒキコモゴミニート・e00658)は仲間の様子を慮り、静かに言葉を次いだ。
「思い出を食べる獏……悪食ですね」
 けれど悲しい思い出を食べてくれるなら会いたい気もする。虐められていた過去を持つ東西南北は俯きそうになり、嫌な考えを振り払った。
 誰だってきっと、そんな思いがある。
「無かった事に出来たならどんなに楽だったか。忘れたいと思う時もあったな」
 ヴェルトゥ・エマイユ(星綴・e21569)がひとり思いを馳せたのは、大切なものを全て失ったあの日の記憶。
 そうだね、と答えた尾守・夜野(パラドックス・e02885)は虚空を振り仰ぐ。
「ボクもこの間おとーさんと繋いでいた手は、自分から離してしまったけど……それを忘れたいとは思えないよ」
 覚えているヒトが居なくなったら、もう一回バイバイすることになっちゃうんだって。そう語った夜野は思いを幼い胸の奥に仕舞い込んだ。
「いつか、おれの魔法であのひとたちをしあわせにしたかった」
 メィメ・ドルミル(夢路前より・e34276)は己の掌を見下ろし、思いを言葉にする。
 喉から手が出るほど欲しかった。
 その為のちからも、その結果に得られるはずの自身のしあわせも、ぜんぶ。しかし今、この手には何もない。大切なのか、忘れたいのか。複雑な思いがメィメの中で廻っていた。
 仲間の言葉に耳を傾けた後、イェロ・カナン(赫・e00116)も記憶を思い起こす。
 あたたかくは無かったけれど、触れた掌の温度。
 やわらかな笑顔にやさしい声。一緒に巡ったひととせも、喪ったあとにも忘れたくない大切なもの。忘れたいと思う記憶ほど、刻んでおきたいはず。
「思い出が餌になるなら、幾らでも語ろう。……ひとつもやらないけど」
 虚空のはずの左胸が早鐘を打つ気がする。
 たとえそれが、自分の手で下した決断だとしても――と、顔をあげたイェロは敵の気配を探り、双眸を鋭く細めた。
 辺りを見回した東西南北とシエラも夢喰いが現れる予感を覚える。アウレリアはもう少しで敵を誘き寄せられると察し、自らも記憶を語ってゆく。
「……忘れてしまいたいと思った事は、あるよ。大切な人を永遠に失った日のこと」
 何も出来ずに見ていることしか出来なかったあの日。
 代償として得たものを思い出そうとすれば胸が痛んで苦しくなる。忘れるなんて出来ないけれど、という言葉は胸に秘め、アウレリアは屋敷の壁を見遣った。
 そのとき――赤い色が塗られた空間から不思議な獏が出現する。仲間達身構え、夢喰いを捉えた。そして、宿利が静かに言い放つ。
「いらっしゃい。でも、誰の思い出も記憶も食べさせないから」
 夢を抱き、願いを持つことは悪いことではない。
 それでも、その夢の中にも叶えてはいけないものがある。少女の思いと記憶を守る為にいま、悪夢と闇夜の戦いが始まりを迎えた。 

●想い出
 記憶とは、自分自身を形作るものだ。
 もしそれを喰らわれてしまったらどうなるのか。目の前の獏型ドリームイーターを見据え、ヴェルトゥは相棒のボクスドラゴンに呼び掛ける。
「行こう、モリオン」
 ヴェルトゥは獏が放った魔力を受け止める為、強く前に踏み出した。
 未だ心の奥底に小さな灯火は燻り続けている。いつまでも消さず絶やさないのは、大事な思い出も一緒に燃やし尽くしてしまいそうだから。
 負けないよ、と告げた彼に続き、イェロが床を大きく蹴った。
「兎に角今は出来る事を、やれるだけ」
 敵に目掛けて流星の如き一撃を見舞ったイェロはしっかりと前を見る。今やれることは少女を救いあげること。その為に戦うのだと心に決め、イェロは次の一手に備えた。
 東西南北もテレビウムの小金井に癒しを願い、攻勢に出る。
「虐められていたときの事は正直忘れたい……消したい記憶です。でも、」
 あの記憶があるからボクはボクでいられる。そう口にした東西南北は如意棒を振り上げて敵を思いきり貫いた。
 その間にシエラが光り輝く粒子を解き放ち、夜野が紙兵を散布して援護に回る。アウレリアはくるりと雷杖を廻して構え、そのままの勢いで敵を穿ちに駆けた。
「獏には眠って貰うわ」
「うん。忘れさせない為にもバクさんにはご退場願わないとねぇ」
 夜野もアウレリアに同意を示し、敵の動きを確りと捉える。仲間達の動きに合わせて宿利のオルトロス、成親もパイロキネシスを発動させた。
 其処へメィメが古代語魔法を紡ぐ。
「おれの夢、おれの望み。そう簡単に食えると思うなよ」
 腹壊すぞ、と挑発めいた言葉に魔力を乗せたメィメはひといきに魔法の光を放った。
 敵は東西南北を狙って更なる一撃を放とうとする。構えた彼が攻撃を受け止める中、シエラは今一度の援護に回った。
 そのとき、思うのは先程は口にしなかったこと。
「痛かった思い出とか、辛かった思い出とかそう言うのはとても多い。けれどその先に今があって、今を一緒に生きている子もいるから……」
 過去の全てを忘れたりとか、なかった事にしたりは出来ない。シエラは僅かに迷っていた気持ちを切り捨て、現在を想った。
 宿利はその声を聞き、胸に手を置いて考える。
 喪失は悲しい、置いて行かれるのは辛い。自分は何か出来たのか、何故遺されたのか、聞く事すらもう叶わない。それでも、その記憶が今の自分を突き動かす。
「過去がなければ今の私は無い。私が消さない限り、記憶の底で大切な人達は今も私を支えてくれる。だから――」
 忘れたいなんて思えない。
 強く思った宿利は雪白の刃を敵に差し向け、雷刃の突きを放った。その一撃が敵を揺らがせたことに気付き、イェロも刃を重ねに駆ける。
 地獄の炎を纏った夕暉の一閃が獏を斬り裂き、焔が戦場を照らした。
 だが、同時にイェロは敵が反撃に移ろうとしていると悟る。気を付けて、と呼びかけたイェロだったが既に獏は想い出を縛ろうとアウレリアに向かっていた。
「――危ない!」
 咄嗟にヴェルトゥが飛び出して彼女を庇い、激しい痺れを受け止める。
「ありがとう。無理はしないで」
 アウレリアは礼を告げ、心配そうにちらりと彼を見遣った。だが、今は戦うことに集中することがヴェルトゥへの報いにもなる。それに小金井が癒しに入ったこともあり、仲間の傷は深手にはならないでいた。
 そうして戦いは巡り、何度も攻防が重ねられる。
 獏は記憶を喰らおうと襲い掛かり、奇妙な鳴き声を響かせた。されど誰もが気圧されずに其々の役割を担いながら戦い続けている。
 その中で、夜野の脳裏には様々な思い出が駆け巡っていた。
「繋いだ手の暖かさも、もう追いかけられない背中の大きさも忘れたくないの。でも……最後に手を濡らした赤さえもいつか忘れちゃうのかなぁ」
 それは絶対に嫌だ、と首を横に振った夜野は拳を握り、敵へと振り下ろす。其処へ更にメィメが繰り出した旋刃の蹴りが炸裂した。
「ひとは忘却するいきものなんだって。それでも、忘れたくないなら……」
 それ以上の言葉は続けず、メィメはもう一度構えなおす。
 深く考え込むのは止めだ。今はただ記憶を喰らう化け物を倒す使命だけを見つめようと心に決め、メィメは仲間達と共に真っ直ぐに敵を見据えた。

●大切なもの
 ――忘れたいからこそ、忘れられない。
 ――忘れたくないものこそ、忘れてしまう。
 なんて皮肉だと軽く肩を落とし、イェロはふと浮かんだ言の葉を口にする。
「喪った人にしても、これからを支えてくれる人だって。どうにも大切ってのは簡単には捨てられないよな」
 故に、かの少女の思いとて捨てきれるものではないはずだ。イェロが降魔の拳を振るう動きに合わせ、ヴェルトゥやアウレリアも各自の反撃に入った。
 東西南北も小金井と一緒に敵の左右に回り込み、敵を睨み付ける。
 頭に過るのは惨めな負け犬の記憶。
「忘れられるものなら忘れたい。でも忘れちゃいけない!」
 それが嫌な記憶でも、と顔をあげた東西南北は獏を燃やすべく力を練り上げる。
 二重螺旋の如く絡み合い、天へと伸びたケルベロスチェインが火柱となって迸った。不死鳥の幻影となった力は獏にを包み込み、炎を巻き起こす。
 シエラの裡にもまた、小さな箱庭に閉じ込められた記憶が蘇っていた。
 誰もが痛みを乗り越える強さを持っている訳ではない。乗り越えた者が何を言ってもまるで空虚かもしれない。それでも、少女に何かの声をかけてやりたいと思う気持ちは嘘ではなかった。その為には夢喰いの獏を倒すしかない。
「更に燃えろ……っ! 何処までも……!」
 シエラは苦痛を覚悟で黒炎を燃え上がらせ、敵を一気に穿つ。更に夜野が精神世界を展開し、獏に解き放った。
「ほぉら、君の望んだ記憶だよ! どうだい? 全てを食べきることは出来るかな?」
 反響する残響思念が敵を打ち、その身を傾がせる。
 機を察した宿利も成親を呼び、共に行こうと声をかけた。敵は弱り始めており、畳みかけるなら今しかない。
「私は、今傍にいる大切な人達を護りたい」
 確かに家族に愛されていたという記憶の欠片を未来の形にする為に――。
 花のように可憐に、一瞬のうちに放たれた宿利の剣撃。其処へ魔導書を開いたメィメの魔術が重ねられてゆく。
「ゆめを、魅せてやるよ」
 刹那、メィメの書から怪物めいた影が現れて敵を包み込んだ。続いたイェロも送り火を発動させ、敵へと言い放つ。
「……悪夢は悪魔の専売特許なの」
 それによって獏はよろめき、弱々しい声で鳴いた。
 アウレリアとヴェルトゥは頷きを交わし、最後を齎す為の行動に移ってゆく。
「――花よ、風よ。力を、貸して」
 囁くように命じ落ちた声音に乗せて風が吹き荒れ、花弁の乱舞が繰り出される。白き花の娘が願い求める白刃が舞う中、ヴェルトゥは今一度記憶について考えた。
「思い出は今の自分が此処に存在する理由なんだ」
 本当に記憶を喰らって貰えるとしても、過去の自分ごと失くなってしまうならば簡単に手放す事なんて出来ない。だから、と手を伸ばした彼は力を解放した。
 白き花に重なるように絡みついた鎖から無数の桔梗が咲き誇り、戦場を彩る。
 そうして――記憶を食む獏は終に何も喰らうことなく消えた。

●君の心
 戦いは終わり、宿利達は少女が倒れている廊下の奥に急いだ。
 駆け寄ったアウレリアが暖かい毛布で包んでやると、少女はゆっくりと瞼を開く。
「あれ、私……?」
 戸惑う彼女にヴェルトゥは詳しい事情を説明してやった後、静かに問いかけた。
「君は本当にバクが記憶を食べてくれるのなら消したいと思う?」
「………」
 少女は黙り込み、俯く。
 メィメはその姿を見守り、辛いのだろうと感じた。自分に気の利いたことは言えないと自覚している彼は仲間に少女を託す。
 そんな中でシエラは考え込み、自分なりの言葉をかけようと決めた。
「忘れたいなら、忘れたって良い。前を向いて歩けとは言わないよ」
 痛みや悲しみを全部抱えて生きて行くには人生は長すぎる。覚えていたって報われるわけではない。でも、とシエラは言葉を続ける。
「それでもね、誰かが覚えていれば記憶も想いも生き続けるんだ」
 シエラの声にヴェルトゥも頷いた。
 全て無かったことにするのは、それこそ哀しい事かもしれない。辛くても思い出してあげて、と話したヴェルトゥは忘れない限りは両親も君の中に居るのだと告げる。
 綺麗事だと自分でも思う。
 それでも現実と向き合うまでの僅かな繋ぎとなるなら、とヴェルトゥは願った。
 きっと、キミは愛されていた。
 まだ愛し続けているだろう二人を、心にいさせてあげて欲しい。
「キミが忘れたら二人は本当にいなくなっちゃいますよ」
 辛いのは大好きだから。忘れたいのは苦しいから。好きなら尚更忘れちゃダメだ、と少女を抱きしめた東西南北は告げる。
「きっと忘れられた方も、全てなかったことになってしまうのは、さびしいからさ」
 同じくイェロも少女に優しく声をかけてやった。
 のこったものは悲しい事ばかりではない。大切な人たちを忘れてしまったら、今までのきみを形作るものまで無くなってしまう。
 イェロ達の言葉にはっとした少女の瞳に涙が浮かぶ。
「ごめん、なさい……私、本当は忘れたいなんて思って……ない……」
 大粒の滴が零れ落ちていく中、夜野は目を逸らした。
 夜野は仲間の言葉を聞き、自分が厳しい言葉をかけるべきではないと判断していた。苦しみながら生きていけばいい、という思いは少女に伝わったはずだ。
(「でもぼくだって本当は……」)
 そして、夜野は頭を振る。頭の中に浮かんだ思いは燻り、それ以上先の事を考えることは出来なかった。
 そうして、宿利は少女を落ち着かせるために頭を撫でる。
「ご両親が、本当に大好きだったのね。私も、家族を失くしてしまったの……」
 貴女のように思った事も何度もある。けれど、と続けた宿利は自分は家族が大好きだったのだと話した。それはきっと、少女も同じはず。
 アウレリアもそっと背を撫でてやり、静かに問いかける。
「おうちは何処なのかしら。送っていくよ」
 立ち上がった少女は、うん、と頷いてアウレリアを見上げた。メィメは仲間達の優しい気持ちを感じ取り、自分も何かしてやりたい、と少女に手を伸ばす。
「おれはおれのことだけで精一杯だ。……でも、いっしょに帰ってやることはできる」
 いこう、と差し伸べた腕はまさにメィメなりの精一杯。
 そのとき、ほんの少しだけ少女が笑った気がした。悲しみがすぐに消えることはない。辛さも苦しさも残り続けるかもしれない。
 でも、今はそれでいい。胸に宿る痛みは愛されていた証でもある。
 宿利は少女を見つめ、その未来を願った。
「――大丈夫。その記憶の欠片は、必ずいつか貴女が大切な人を護る力になるから」
 

作者:犬塚ひなこ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年2月15日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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