「見たかよ、あいつらの顔!」
「笑えるよなー、ちょっと前まで粋がってたのがあのザマだぜ」
泡を食って逃げ出す敵対グループの様子を思い返し、若者の一団が一頻り笑い声を上げる。品の無いそれは、廃工場の中を我が物顔で反響する。割れた窓や建物の破損部分から声が漏れ出るが、この近くを通りかかる人間などそうはいない、特に問題は無いだろう。
「『こーせーしょくぶつ』だっけ? アイツのおかげでこの辺は全部俺等のモノに出来そうだな」
恐らくこの若者たちが持ち込んだであろうソファが軋む。どうやらこのグループのメンバーには、攻性植物となった者が居るようだ。
「笑えるっつったらよぉ、あの花!」
「ああ、よりによってあの花だもんなー」
だが、その事を重く捉えている人間は居ない。
「おい、やめろよ。アイツに悪いだろ?」
止める声にも侮蔑の笑みが含まれている。若者は勝利の高揚感、そして元からの無思慮と大胆さで、その攻性植物と化した人物の渾名を口にした。
「だってよぉ、お似合いじゃねぇの『クズ子』ちゃん!」
げらげらと下卑た笑い声が響く。
話に夢中になっている彼等は気付いていない。彼等の足元、カーペットの残骸の隙間を這い回るツタの存在を。
「どうしてそんなこと言うのぉ?」
ゆらりと、影から少女が進み出る。病的に白い肌、眼の下の深い隈、そしてその足元からは、おびただしい量のツタが止まる事無く伸び続けていた。
悲鳴、苦悶、罵倒。それらの声を他所に、伸びたツタはその場の全員に絡みつき、拘束する。
「あたしは、みんなのために、みんなが言うからぁ……!」
木々が折れ、果実の潰れる音がして、辺りはすぐに静かになった。
●葛
「今回は茨城県、かすみがうら市、攻性植物についての案件です」
集まったケルベロス達に、セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)が事務的に説明を開始する。
「近年急激に発展したこの街では、現在若者のグループ同士の抗争事件が多発しています」
嘆かわしい事ですが、と彼女は付け足す。だが、現状それ自体については特に言うことも無いだろう。
「その通りです。それだけならばケルベロスの皆さんが関わる必要はありません。ですが……その中に、デウスエクスである攻性植物をその身に受け入れた者が居ます」
確かに、そうなれば話は別か。
「対象は異形化し、半人半植物の状態になっています。葉や花を見る限り、植物部分はどうやらこちらで言う『葛』のような形状をしているようです」
予言された『彼女』は、指先や足の半ばから植物と化している。主な攻撃はそのツルクサによるものになるだろう。
一人を狙っての捕縛攻撃、また足元に広がったそれで広範囲を捉え、催眠状態に引き込む攻撃を行ってくると予想される。そしてもう一点脅威と考えられるのは、そのツタの伸びるスピード、驚異的な再生能力だろう。
「それから、攻性植物以外のメンバーについてですが……こちらは素行に問題があるだけの普通の人間です。戦闘に置いては全く脅威にならないでしょう」
無謀とは言え力の差は分かるはずだ。戦闘が始まれば勝手に逃げていく事だろう。
「かすみがうら市の攻性植物は、鎌倉の戦いとは関わっていない為、他と比べ状況は大きく動いていません。ですが、これを放置する事はできません」
攻性植物達の狙いは今の所不明……というか、意図があるのかすら掴めていない。謎の多い相手ではあるが。
「他の若者たちについては、皆さんにお任せします。ですがまずは第一に、攻性植物の撃破をお願い致します」
皆さんの力を信じます、と。そう言ってセリカは一同を送り出した。
参加者 | |
---|---|
星川・エリー(迷える金羊・e00076) |
リコリス・ラジアータ(錆びた真鍮歯車・e02164) |
九頭・竜一(地球人の自宅警備員・e03704) |
土竜・岳(ジュエルファインダー・e04093) |
黒白・黒白(勧善超悪・e05357) |
クリス・コンバラリア(レプリカントの鎧装騎兵・e07499) |
ウォリア・トゥバーン(獄界の流浪者・e12736) |
クライアス・アルハント(のんべんだらり・e13523) |
●咲く花
無謀さと無軌道さは若者の特権、と言えなくもないだろう。だが今回の彼等……かすみがうらに根城を構えるこの若者のグループは、そのまま重要な一線を越えてしまった。
「だってよぉ、お似合いじゃねぇの『クズ子』ちゃん!」
攻性植物をその身に宿した仲間を嗤う。それは恐らく、以前までの力関係の名残だろう。組み伏せる側はもはや逆になったと言うのに。
「どうしてそんなこと言うのぉ?」
それを聞いてしまった『彼女』が彼等をツタで絡め取る。だがそのまま『握りつぶす』直前。
「えいっ!」
外からの衝撃に、脆くなっていた壁が弾け飛んだ。
「ッ……!?」
「ケルベロスです! デウスエクスを撃破します。すぐに避難してください」
開いた大穴から、ライトニングロッドを手にした土竜・岳(ジュエルファインダー・e04093)を先頭に、ケルベロス達が踏み込んだ。
「ケルベロスが除草にお伺いだぜ。命が惜しけりゃとっとと……あぁ?」
続けて踏み入った九頭・竜一(地球人の自宅警備員・e03704)が、足元で悲鳴を上げる何かに言葉を切る。どうやら壁の破砕に少しばかり巻き込まれた者が居たらしい。大した負傷ではないようだが。
「くっそ、何なんだよ……!」
「壊すポイント、ちょっとズレたみたいっスねぇ」
呻く一人を、黒白・黒白(勧善超悪・e05357)が平然と踏み越えていく。イシコロエフェクトを使った彼が事前に位置を探っていた事など、この若者達には知る由も無いだろう。
「そこから逃げてください」
「走れるわよね? だったら早く行って」
壁の大穴へと促すリコリス・ラジアータ(錆びた真鍮歯車・e02164)と星川・エリー(迷える金羊・e00076)の声に、一般人達が我に帰る。
「お、おかげで助かったぜ!」
「あんな奴やっちまってくれよケルベロスの皆さん!」
そして緩んだツタから脱した彼等の声に、動転していた『彼女』もまたその怒りを取り戻した。
「このぉ……!」
伸ばされた片腕から先がツタが伸び、奔流となって彼等に迫る。
「うおっ!?」
「あー、くそ。良いから早く逃げろっス」
それに対して黒白身を呈し、クリス・コンバラリア(レプリカントの鎧装騎兵・e07499)も敵の前へと立ち塞がる。そしてそれに並んだウォリア・トゥバーン(獄界の流浪者・e12736)は、騒ぐ若者達へと一度視線を向けた。
「……醜い」
「ひっ……!?」
全身を地獄で覆った彼の威容に、若者グループが絶句する。燃える炎は、彼の内心を映すように滾っていた。
「どうでもいい……けど……正直、オマエラ気に入らない……」
脅すようにウォリアは言う。だが仲間達が助けようとしているものを無駄にする気も当然、無い。さっさといけと顎で示す彼に、若者達が震えながら頷き返す。
「GRRRAAAAAAAAAR!」
彼等が外に出た頃合に、クライアス・アルハント(のんべんだらり・e13523)が咆哮を上げた。音の衝撃が彼等を追ったツタの波を散らす。
「あー、喉痛い」
ついでに今のグラビティは逃げて行く若者達を脅す意味もある。これだけやれば、彼等が戦闘中に戻ってくるような事も無いだろう。
喉を押さえたクライアスが目を向けたのは、突入前にウォンテッドで用意した手配書である。上手く行けば事後に捕えて話を聞く事もできるだろう、だがこの手配書は効果時間は10分程度。
「まぁ、こっちは気休めだよね」
呟く彼に対し、足元を這うツタが間合いを窺うように蠢き出した。
●『ウラミグサ』
「さてと、クソガキ達の不始末を代わってあげましょうっすか」
「な、何なのあんた達、邪魔する気……?」
ツタを払う黒白、そして立ちはだかるケルベロス達を上目遣いに睨みつけながら、トワコが言う。
「ええ、被害が広がる前に倒させてもらいます」
「何者でも……敵を殺す、ただ……それだけ……」
クリスが言い、ウォリアが見返すと、すぐにトワコの目が泳ぐ。ちらちらと壁の穴を窺っているようだが、逃げる気なのか、逃げた彼等を追う気なのか、その辺りは判別が付かない。が、とにかく。
「それより俺らと遊ぼうぜ、クズ子ちゃん」
竜一のその言葉で、彼女の意思は決まったらしい。一度奥歯を噛み締めて、その隙間から彼女は言葉を吐いた。
「あ、あたしはクゼよ。句瀬トワコって名前があるの。そんな風に呼ばないでよ……ッ!」
ざわ、と地面が脈打つ。事務所区画に散乱する物の影から、次々とツタが立ち昇る。
「まあ、俺もクズなんだけどね!」
この狭い場所では分が悪いか。そう判断した『九頭』・竜一が飛び退ったそこを、ツタが鞭のように鋭い勢いで通過した。
「邪魔するなら、あんた達からぁ……!」
感情に呼応してか、複雑に絡み合うツタの間で鮮やかな色が芽吹き始める。赤と青が入り混じったようなそれは、確かに葛の花によく似ていた。
ツタによる攻撃と、ケルベロス達のグラビティが交錯する。そんな戦いの中、繁茂する攻性植物が周りの家具に絡みつき、事務所区画の部屋を緑に染めていた。
「オオォ!!」
先頭を切ったウォリアが鉄塊剣を振り下ろし、伝わせた炎で緑を散らす。その穿たれた一角を走り、黒白が獣化した足でトワコへと蹴りを放つ。
「っ!!」
言葉にならない悲鳴に応え、伸びたツタがその足裏を受け止めていた。
「邪魔くさいっすね、これ」
さらに足元に絡み付こうとするそれを引き剥がし、黒白が足場を確保する。
「ほれほれ、こっちだよん♪」
獣奔法『籠之禽』。中衛に回ったクライアスが敵の視界の隅から仕掛け、クリスもまた旋刃脚で相手の意識を散らす。明らかに荒事に慣れていない様子のトワコは、完全にそれに翻弄されているようだが。
「やめて……やめてよぉ……!」
彼女が頭を抱えた瞬間に、攻性植物が濁流となって前衛へと襲いかかった。
「くっ……!」
黒白の前に立ったクリス、そしてウォリアとエリーのテレビウム、ビウムくんに絡みついたそれは、彼等を地面へと引き摺り倒す。
眠りを誘うそれらに対応し、後衛のリコリスと岳が癒しの手を伸ばした。
「共生関係……みたいなものですか?」
黄金の果実を展開しつつリコリスが呟き、薬液の雨を降らせた岳がそれに頷いて返す。一見その共生は上手くいっているように見えるが……。
「デウスエクスを受けいれるなんて、最悪の選択だと思います」
岳が眉を顰める。攻性植物の力を得たとは言え、その代償は大きい。
「けれど……此処が貴女の居場所。他の皆は“仲間”だったのですね」
「……!」
奥歯の軋む音が僅かに響く。トワコにとっては恐らく図星だったのだろう。そして、同時に現実が彼女の前に突きつけられる。その『仲間』は、とうの昔に姿を消しているのだから。
「放っておいてよ、あんた達に何が分かるって言うの!」
癇癪を起こすような叫びと共に、また緑色が繁茂する。
見た目は少々派手ではあるが、トワコの攻撃はワンパターンと言うほか無い。戦いの経験の差もあり、ケルベロス達は徐々に状況に対応していった。
クリスとウォリア、ビウム君が草の攻撃を極力受け止め、それをリコリスと岳、時にクライアスがカバーする。催眠と拘束を解きつつ、黒白と竜一、そしてエリーが攻め立てる。
W炎上撃によって目の前のツタごと敵を焼き、射線を通してエリーの目がトワコを捉える。眉根を寄せて、歯を食いしばる、その様は必死と形容するほかない。
「あなたの気持ちを、否定する気はないわ」
思わず、と言った調子でエリーの内心が零れる。
「なによそれ……」
トワコがそちらを睨み返す。しかし同時に、岳もまたそれに応じた。
「仲間の力になりたい。仲間に認めてもらいたい。そんなお気持ちで力を求めた事は誰にも責めらないでしょう」
「だったら……!」
縋るような声に、岳は首を横に振る。憎むべきはデウスエクスだ。だがそれゆえに、彼女を見逃すわけにはいかない。
「貴女を、戒めから解放します」
やがて、戦いの趨勢は明らかになる。回復役を厚めに用意した影響も大きく、催眠の効果を封殺したケルベロス達は、揺らぐことなく敵を追い詰めていった。
再度前衛に向けられたツルを掻い潜り、クライアスが間合いを取る。その目には、勝利の見通しも映っている事だろう。
「みんなのためって思いと行動は、ボクもわかるんだけどね……」
「ま、力があって必要とされるってのは悪い気分じゃねぇしな」
続けて竜一が接近し、ツルの上から大器晩成撃を打ち込んだ。
「何にせよ、選んだのはアンタだ。同情はするが加減しないぜ」
一部のツルをまとめて凍らせ、姿勢を下げる。そこに。
「バックアップはまっかせてー」
「発火ッ!!(イグニションッ!!)」
クライアスの気力溜めでツタの拘束を脱した黒白が跳ぶ。地獄と化した身から炎を吹き出し、空中で加速、突撃攻撃を仕掛けた。
「うああッ――!?」
防御のために交差した両腕が爆散。次の瞬間には、喉首を掴んだ黒白がトワコを地に叩きつけていた。
「あたし、あたしは――ッ」
「貴女は、もう元には戻れないの。だから――」
植物と同化していた両腕を失い、もがく彼女にエリーが告げる。そして、そんなトワコを見下ろし、黒白が問うた。
「言い残した事は無いッスか?」
遺言を、と促す彼の下で、緑が急激に膨れ上がる。
●『クズ』
「いやよ、いや、あたしは死にたくない!」
弾き飛ばされた黒白が体勢を整える。そこには、絡み合うツタで巨大な腕を形成したトワコが立っていた。
「まじっすか……」
寄生した攻性植物は、外見上は両手両足にしか生えていない。だがそれは、確りと取り返しの付かない所まで根を張っていた。両手で自らを覆い隠した敵に、ケルベロス達は攻撃を開始する。
クライアスの気咬弾が、エリーの達人の一撃が緑の壁を越えて彼女を撃つ。
だが次の瞬間、穿った傷跡がツタで縫い合わされ、炎や氷が緑で覆われていった。
「……やりにくいね」
クライアスがさらなる攻撃箇所を窺う内にも、ウォリアの絶空斬が、クリスのセイクリッドダークネスが炸裂する。
繰り返されるケルベロス等の攻撃。一度追い詰めてからそれ以降、トワコは自己回復に徹している。こちらに負傷は全く無い。全く無いのだが。
「ああああああああッ――!」
竜一の斧、そして黒白のW炎上撃で刻んだ傷が、響く悲鳴と同時に癒えていく。
「往生際の悪ぃ奴だな!」
ケルベロス側は既にリコリス、岳も攻撃に加わっていた。
「せめて、少しでも早く――!」
苦しみを終わらせたい。その祈りを乗せて、岳がトポから紫電を迸らせる。雷はリコリスのブラックスライムが食い破った場所に突き刺さり、ツタを焼く。
ぶすぶすと蒸気を上げるそこに、地獄の炎弾を伴ったウォリアが身体を割り込ませた。
「グ……」
伸ばした腕は新たなツタに阻まれ、届くことなく止まる。だが、その隙間からウォリアは彼女の姿を目にした。
――いくら再生が早かろうと、その『養分』は無限ではない。傷跡は残り、体力は確実に失われていく。最初に比較して、トワコの目の隈は、そして肌の艶は明らかに精彩を欠いている。同時に彼女の『花』もまた、萎み、枯れて疲弊を露にしていた。
「……葛の……花言葉、知ってるか……?」
外を、そして現実を拒むように顔を下げた彼女に、ウォリアが口を開く。
「……『努力』……オレ、調べた」
微かに上げられたトワコの顔は涙と鼻水で汚れている。
「そんなの知らない。あたしは、ただ、皆の、皆が……!」
「……オマエは……頑張り方、間違えた……それだけ」
ぐずる彼女にウォリアが言う。例え苦い思いはあれど、彼が表に出すことは無い。彼女とは違い、決断も、決意も、決定も、『彼等』は既に済ませてきているのだから。
「だから、オレ、此処でオマエを……殺す……それだけ」
「こんなの嫌だよ! あたしこんな風になりたかったわけじゃ……」
「ああ、だよな」
竜一の声が上方から届く。先に彼が言ったように、トワコは選んだ。だが、この未来を望んでいたかと言えば、答えは否だろう。
そんな事は、分かっている。だから。
「助けられる所で止まっとけよ、馬鹿野郎」
振り下ろされたルーンアックスが、緑色の腕を再度両断した。そして阻むものの無くなったウォリアが、最後の一歩を刻む。
「オマエの……生きた道を、此処で……終わらせる……!」
一際大きな炎が上がり、彼女の命は燃えて、尽きた。
●散華
「なんともやりきれないお仕事だったね、ホント」
クライアスが小さく溜息を吐く。亡骸から視線を動かした先、最初に用意した手配書は、戦いの最中に時間切れで消滅していた。
「逃げた連中は……残っていないっすかね」
「ええ、残念です……」
黒白の声にエリーが応える。突入前に、工場の門にキープアウトテープを貼ってはいたのだが……逃げた若者達は、テープの無い塀なり柵なりを乗り越えていったのだろう。
「攻性植物の出所が知れれば良かったんですが」
裏で暗躍する者は数多い。攻性植物の件に限らず、彼等が救うべき人、戦うべき敵はこの後もまだまだ現れるだろう。
力尽きた彼女に、ウォリアが黙祷を捧げ、岳が手を合わせた。
「貴女のような犠牲者を失くす為、絶対デウスエクスから地球を守ることを誓います」
そうして、一同は決意を新たにする。
作者:つじ |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2015年10月18日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 7/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 6
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