赤と碧の探究者

作者:こーや

 ゴボリ、血を吐いた男の瞳から光が失われる。
 その体は、白衣を着た人間型のダモクレスの腕に貫かれていた。
「ふぅん?」
 ダモクレスが腕を引き抜けば、絶命した男はただ地面に落ちるのみ。
「悲鳴なりは上がると思ったんだがね。部位が悪かったか? こいつが脆かっただけか?」
 血で濡れた手を顎に当てて首をひねる姿が、その場にいる人々に恐怖を植え付けた。
 1人がじりと後退ったのを合図に、全員が悲鳴を上げ、逃げ惑う。
 日本の古い景観を売りにしたカルチャーパークの一画だ。
 和服を着た人が多く――結果として、慣れない服のせいで全力で駆け出せない人々が狙われた。
 1人、また1人と白衣のダモクレスによって命が奪われていく。
 その度にダモクレスは何かを確認するように、へらへらと笑いながら首を傾げる。新しい玩具の遊び方を考える子供のように。
「随分と反応に差があるな。ふむふむ、なかなかに興味深い。今のところ性差はないようだが、統計だとどうなるかな?」
 白衣のダモクレス――サリエリ・コンダクターはそう呟くと、ニイッと口角をさらに吊り上げた。
「ああ、ケルベロス。君達を数値化するのが楽しみで仕方ないよ」

「1人……ううん、1体のダモクレスを、倒してください」
 目を閉じたまま河内・山河(唐傘のヘリオライダー・en0106)は言った。
 トレードマークといえる赤い唐傘は閉じられている。
「指揮官型ダモクレスが動き出したいう話を知ってる方も多いと思いますが、今回もその件です。指揮官型の一体『踏破王クビアラ』が配下を送り込んできました」
 その目的は、ケルベロスを交戦することでデータを得ること。
 データを解析し、自らの戦闘経験とすることで自分と配下のパワーアップを目論んでいるのだという。
「せやから、皆さんのデータを取る為なら手段は選びません。見せしめとして近くの人を殺すことも、人質を取ることもあり得ます」
 ほんと、嫌な連中です。そう呟いた山河の黒髪を風が巻き上げる。
「昔の日本を舞台にしたカルチャーパークに現れます。かなり荒い操縦になってしまいますが、ダモクレスに誰かが殺される直前に割り込めるはずです」
 ダモクレスの名は『サリエリ・コンダクター』。
 人型ではあるが、カルチャーパークに見合わない白衣と機械的な杖によって一目で敵だと判別できる。
 攻撃手段は3つ。スパイラルアームとライトニングボルトに加え、武器の数値を書き替え、新たな公式を与える衝撃波を放ってくる。
「誘いには乗らなあきませんけど、敵にお土産まで渡したる必要なんてありませんから。データを取らせんような工夫が大事です」
 例えば、短時間での撃破。敵が得られるデータが少なくなるはず。
 奇策――普段のケルベロスであれば使用しないような戦略を用いるのも手段の一つだ。敵が得るデータの信憑性を下げつつ、新戦略を試す形になる。
 そして。
「……手を抜いて戦うことも、データの信憑性を下げる方法の1つではあります。せやけど、それで負けてしまったら元も子もありませんし……周囲の一般人に被害が及ぶことにも繋がりかねません」
 だから、手を抜くのであれば細心の注意が必要だと山河は言い添えた。
 山河は唐傘の石突でこつり、アスファルトを叩く。
「ほんまに厄介な敵です。せやけど、1つずつでも解決していけば……必ず、次に繋がるはずです」


参加者
ミオリ・ノウムカストゥルム(銀のテスタメント・e00629)
霧島・カイト(凍護機人と甘味な仔竜・e01725)
カナネ・カナタ(やりたい砲台の固定放題・e01955)
リーズレット・ヴィッセンシャフト(最後のワンダーランド・e02234)
エフイー・ゼノ(希望と絶望を司る機人・e08092)
鋼・柳司(雷華戴天・e19340)
カリュクス・アレース(ごはんをおやつをくださいまし・e27718)
伊勢崎・恭弥(有象無象の中の一・e34826)

■リプレイ

●白
 その男は長屋の屋根から軽やかに跳び下りてきた。
 これも何かのイベントなのだろうかと不思議そうな観光客に対し、イベントであるはずがないと知っているスタッフは怪訝な表情。
「さて、まずは一つ目のテストだ」
 言うやいなや、男――『サリエリ・コンダクター』の腕がギュルルルと音を立てて回転を始めた。
 突然の事態に硬直している男性観光客へ向けて、サリエリが悠然と足を踏み出した途端。響き渡る女の声。
「ケルベロスが来たよ!」
 同時に、霧島・カイト(凍護機人と甘味な仔竜・e01725)がサリエリと一般男性の間に身を滑り込ませた。
 腕を盾にして受け止めると、回転するアームとの摩擦で火花が散る。
 声の主たるカナネ・カナタ(やりたい砲台の固定放題・e01955)が敵に向けた目はただただ鋭い。
「私、数値だのデータだの上っ面だけ見る人って嫌いなのよね。……先生、出番よ!」
 現れた自動砲台が火を噴く。
 着弾。刹那、体勢を崩したサリエリはへらへらと笑いながら、新たに増えた白衣の汚れをはたく。
「数値こそが根源だよ。それを知らないとは勿体無いねぇ」
 その間を好機と捉え、伊勢崎・恭弥(有象無象の中の一・e34826)は叫んだ。
「逃げろッ!」
 はっと我に返った観光客が悲鳴を上げながら走り出した。この場に残ろうという者は1人もいない。ケルベロスだと名乗ったのも良かったのだろう。
 対し、その流れを無視するように鋼・柳司(雷華戴天・e19340)は飛び上がり、流星の煌きを乗せた蹴りを落とす。
「お望み通り、ケルベロスが来てやったぞ」
「ハハッ、ケルベロス! 計算通りだよ! 来ると思っていたさ」
「その前に」
 凛とした声。
 ミオリ・ノウムカストゥルム(銀のテスタメント・e00629)は耳を彩る紅玉の飾りに触れ、言う。
「ご記憶ですか? 私は貴方によって生み出され、そして人によって心を得たケルベロス」
 両の目はじっとサリエリを見据えている。
「貴方に引導を渡しに来ました」
 言葉通りにミオリの銃口から凍結光線が放たれた。
 ニイッとサリエリは目を細め、唇をさらに歪に吊り上げる。何かの計算式を口早に呟きながら、ひらりと身を翻した。
「記録にはあるかもしれないけどね、記憶にはないなぁ? そんなことよりも」
 教鞭を扱うかのように、サリエリはパチパチと音を立てる杖を一振り。
 逃げる観光客を追わせないとばかりに立ちはだかるエフイー・ゼノ(希望と絶望を司る機人・e08092)へと雷が放たれたが、柔らかな見た目のボクスドラゴン『響』が庇う。
 他者のサーヴァントだが、エフイーにとっては見慣れた存在で。その主へ、振り向きもせずに言う。
「ここから先には行かせん……背中は任せたぞ、リーズレット」
「後ろは任せておけ。バッチリ狙い撃ってやるぞ!」
 力強く答えると、リーズレット・ヴィッセンシャフト(最後のワンダーランド・e02234)は上半身ごと鎌を振るい、投げつけた。
 モチーフである歯車のように回転する大鎌がサリエリの白衣を刻む。
 その合間に、金の髪をなびかせながらカリュクス・アレース(ごはんをおやつをくださいまし・e27718)が迫る。
『攻』に重きを置いた者の、猛獣の口を思わせる剣による無慈悲な斬撃。
 しかし、ダモクレスの笑みは変わらない。
「君達の数値化を急ぎたいんだ。僕はそれが楽しみで楽しみで、楽しみで仕方ないんだよ!」
 もはやサリエリの眼中に観光客の姿がないのは一目瞭然。
 パニックテレパスに時間を割いてまで避難誘導をする必要はないと判断し、恭弥は殺気を放って殺界の形成のみを行う。
 張り詰めた空気の中、穏やかでありながらもどこか厳しさが窺える声で、カリュクスが言った。
「それでは参りましょう!」

●赤
 エフイーが放った竜砲弾がサリエリを打つと、ミオリの銃口から畳みかけるように凍結光線が放たれた。
 攻撃こそ最大の守りとはよく言ったものだ。一気に攻め立てることで、情報という生命線を守るのだから。
 身体、張り所だな。声には出さず、カイトの唇だけが小刻みに動く。
 カイトはバイザーを下ろすのと同時に、スイッチに手をかけた。最前に立つ者の背後で派手な爆発が発生する。
 カラフルな爆煙に背を押されるように柳司が飛び出した。左腕が唸りを上げ、回転する。碧色の鋭い眼光は絶えず敵を捉えたまま。
 サリエリの顔には余裕――否、狂気がある。
 柳司はこの敵に思うところがある。道中で聞いたミオリの境遇。それは、1人の親として抱いた感情だ。
「ふっ!」
 短い息と共に突き出した腕が杖で弾かれる。喜色を表すかのように、サリエリの眼鏡が夕日でオレンジに染まった。
「この仮定で良さそうかな。よし、証明といこうじゃないか」
「まぁ……。先に計算のやり直しが必要かと思いますが」
 サリエリが杖を振り切る直前。
 カリュクスの小型無人機が群れを成した。
 殆どが傷を癒すと姿を消したが、ボクスドラゴン『たいやき』を警護していた1機が衝撃波からその身を守る。
 そしてさらにその後ろにいたのはミオリ。
「これも、計算通りですか?」
「いやいやいや、そうじゃないと困るよ。実に興味深い! 簡単で単純な式は美しいけれどつまらないからねぇ!」
「ほんと、これだからマッドサイエンティストは質が悪い……。絆ってのは上限の無い力なんだってこと、思い知ると良いわ」
 カナネがトリガーを引く。そのタイミングを知っていたかのように、ミオリの胸部が変形した。
 発射された凍結光線は瞬く間にミオリを追い越し、サリエリへと迫る。すかさず、エネルギー光線を浴びせかける。態勢を整える時間などコンマ一秒も与えない。
「攻撃される気持ちはいかがですか?」
「君達の全てを数値化するため為なら、悪いものでもないね」
 言葉を交わす友人の背を、カナネは静かに見守る。もともと嫌いなタイプの相手で、さらに言えば大事な友人の仇敵。となれば、遠慮など必要ない。それどころか一秒たりとも待ってたまるものか。
 タンッと、リーズレットが鎌の石突で地面を叩いた。
「人の命は弄んではならんと言う事を教えてやらねばならないな……見えなき鎖よ、汝を束縛せよ」
 リーズレットの拘束魔法が敵に襲い掛かる。見えない鎖の縛り付ける力は本来よりも一際強い。
 敵は苦悶の声を漏らすも、笑みは仮面のように張り付いたままだ。
 やれやれと言わんばかりに恭弥は魔導書を閉じ、流体金属から光り輝く粒子を放出する。
「興味有る事に努力するのは美しい事ですが…残念ながら、その方法は美しくないですね」
「全ての事象に数値があるんだから、より多くを見る為の方法を選ばないと勿体無いだろう?」
「下衆め。これ以上好きにはさせん」
 眉間に皺を寄せ、ライフルを構えるエフイーの首元の栄誉と安寧のアミュレットが夕日色に染まる。
 同じように光で赤みを帯びた銀髪が、破壊光線発射の反動で勢いよく後ろへと流れた。
 躱そうとしたものの、躱し切れずサリエリは肩を被弾する。
「そう、こう来るか。式の書き換えが必要だね」
 小さなその呟きを聞き届けたのはカリュクスのみ。しばし考える。『妨害』へと位置を移すべきかどうか。
 この戦いにさまざまな想いを抱いているであろうミオリの手助けをしたい――それはカリュクスの本心だ。同時に、速攻で勝負を終わらせるべきだとも分かっている。
 ゆえに――想定外の時間を使うくらいであれば、このまま駆けまわるべきだと判断を下した。

●碧
 僅か数分の攻防は、その短さに反して激しいものとなった。
 最前に立つ者達は己や仲間と敵の体液でその身を汚していく。
 それは敵も同じこと。元より汚れが目立っていた白衣は、もはや白衣と呼べないほどに。
「ふむ」
 回復の手はそのままに、恭弥は思案する。
 1人と2体だった守備役は懸命に仲間を守っていた。しかし、たいやきが倒れ、残るカイトと響の消耗も激しい。
 勿論、全ての攻撃から庇えるわけでもない。他の仲間も傷ついている。
 回復する術を持つ者は多いが、『癒』に特化した恭弥が回復を続けなくては押し切る前に戦線が崩されかねない。
 息が追い付かなくなるほどの運動量ながらも、カイトは足を止めない。仲間を守るために直走る。冷たく輝くオーラが、意志の硬さを裏付けているようだ。
「人生は舞台、ならばお前に「相応しくない役」を与えようか」
 カイトが召喚した2つの歯車が敵を挟み込む。歯車と歯車がかみ合い、互いに互いを回転させるような動きだ。
「肉を切らせて骨を断つ。覚悟の上だ」
 応じるように、エフイーは声を張り上げた。
「……狙い撃ちにする! いくぞ、リーズレット!」
「ふふっ……ここで一気に畳みかけて……いっくぞー!」
 エフイーの凍結光線を追うように鎌が宙を走る。
 その連携攻撃の威力は高く、サリエリは呻く。
 けれど、やはりと言うべきか。ダモクレスの笑みは変わらない。それどころかより深く、刻み込まれている。
「ハ、ハははハハhaハ! 興味深イ、実にキョウ味深い! まだまd計算出キる! 別ノ式があるとイウんだね!」
 恭弥が鼻で笑う。
「……失礼、これなら踏破王とやらも大した事無さそうだなと」
 挑発めいた、嘲りの言葉。
「キングも居るのに王と言うのも、美しくないですしね。石橋叩いて渡って踏破って……ふふっ」
 サリエリは目を細めた。可笑しくて仕方がないとでも言いたげな表情だが、言葉を返す気どころか、それ以上の反応を示すつもりもないらしい。
 再び計算を紡ぎ始めたサリエリだが、それを阻む声。
「積み重ねによる情報収集は確かに大切だ」
 ヒュッ。柳司が風を切って走る。真っすぐに伸ばされた五指が、雷の魔力と共にサリエリの腹部を穿った。
「この拳法の技術にようにな!」
 風穴を開けられ、左靴から伸びた赤と青のコードが火花を散らしている。
 沈む夕日を包むようにカリュクスは両手を伸ばした。その腕に銀の茨が巻き付く。
「崇高なる青き薔薇よ!」
 詠唱と共に花開くは青い薔薇。そこから伸びた蔓が、サリエリの左足を捉えた。
 そこに、後方から飛び出してきたカナネが迫る。
「一つ良いことを教えてあげる」
 低い姿勢から放たれた痛烈な一撃が、サリエリの頭部に叩き込まれる。レンズが割れた眼鏡が高く跳びあがり、地面へと落ちていく。
「数値で測れないところに手が届くのが感情ってものよ!」
 カナネの言葉に返ってくる声はない。
 代わりに、壊れたラジオのようにサリエリは数字を羅列していく。パチパチと、いたるところでショートしたのか、光って、消える。
 次の一撃だと、誰しもが思った。
「ミオリ、行け」
 子を持つ親として、柳司が背を押す。
 ミオリは深い蒼色のリボンをなびかせながら土の上を滑る。摩擦により宿った炎は、夕日にも負けぬほどの赤。
「これで、最期です。……さようなら」
 己を破壊する一撃が迫る間も――ダモクレスが笑みを崩すことは無かった。

 戦闘を終え、恭弥は展開していた光の防壁を片付けながら先のやり取りを思い返す。
 挑発は失敗に終わった。ダモクレスに挑発は難しいというよりも、言葉だけでは無理だといったところか。
「なんとか無事に終えられたな……」
 周囲のヒールを終えた、エフイーは胸を撫でおろす。
 それならと、やはりヒールをしていたリーズレットが仲間を振り返った。その頭には響が乗っている。定位置らしい。
「疲れたから皆で甘いものでも食べに行く?」
「ふふ……素敵な提案です。ご一緒させていただきます」
 折角の誘いだ。自制が強いカリュクスもふわりと笑って応じる。
 バイザーを上げたカイトは、ボロボロになるまでに頑張ったサーヴァントを抱え上げた。
「よしっ、俺らも行くか。たいやきも頑張ったしな」
 嬉しそうにたい焼きは小さな羽をパタパタと開閉する。
 そんなやり取りを眺めていた柳司は、ミオリへと視線を移した。
 踏破王クビアラの手がかりがないかを調べていたミオリが、ふいに立ち上がった。得られたものは無いようだ。
「皆さん、ありがとうございました」
 カナネは何も言わず笑みだけを浮かべた。数分前まで対峙していた敵と違い、慈しみと友情に満ちたものだ。
「何か食べに行こうかって話らしい。希望があるなら早く言っておいた方がいい」
 柳司の言葉にこくりと頷くと、ミオリはこの後について話し始めた仲間の元へと向か――おうとして。ふと、振り返った。
 ほとんど隠れてしまった夕日を眺め、誰にも聞こえぬほどの声で何かを呟く。
 その頬を伝う一筋の涙はオレンジ色の滴へと変わり、地面へと吸い込まれていった。

作者:こーや 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年2月18日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 6
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