殺戮人形は夢に酔う

作者:秋月きり

 学舎は赤く染まっていた。先程、ほんの数秒前まで一緒に勉強し、日々を共にしていた級友達は、だが、もはや何処にもいない。
 既に教室内に散乱する物体と化したそれらを見ながら、アンゲリカはクスクスと笑う。
「……さん、貴方、一体」
 腰を抜かし、教卓の奥に崩れた教師がうわごとの様に呟いた。
「先生、察しが悪いわ」
 彼女が呟いた名前は潜伏中の偽名。あまりに現実感に乏しい事態の為か、受け入れる事を拒む担任だった人間に、一つ一つ説明する。自身が潜伏中のダモクレスだった事、潜伏で過ごした学校の日々は楽しかった事、それが壊れる様子はとても哀しく、でも、心躍った事。
「先生もみんなも好きだったよ。でも、レジーナ様の手土産が必要なの。判ってね」
 答えを待つことなく、アンゲリカの手刀は女教師の胸を貫いていた。級友の血で染まった両腕が、更なる血で汚れる様にアンゲリカはウットリと視線を送る。
「さて。騒ぎが大きくなる前に撤退を開始しないと」
 恍惚の表情を無邪気な少女の笑みに戻したアンゲリカは立ち上がると、ぽつりと呟く。
「……でも、もう少しぐらい、グラビティ・チェインを集めた方がいいわよね」
 その言葉は親に褒めて貰いたい子供さながらの表情で紡がれた。

「――っ?!」 
 自身の見た予知が余程痛ましい内容だったのか。集ったケルベロスに向けるリーシャ・レヴィアタン(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0068)の瞳は揺れていた。
 目を伏せ、首を振る彼女はそれでも、目にした予知を言葉にする。それが自身の仕事と言わんばかりに。
「指揮官型ダモクレスの地球侵略が始まってしまったわ」
 リーシャの見た予知は指揮官型の一体『コマンダー・レジーナ』の配下による物。彼女は既に数多くの配下を地球に送り込んでおり、自身の着任と共に潜伏していたダモクレス達に召集令を掛けたようなのだ。
 行動を開始したダモクレス達の多くはそのまま撤退したようだが、中には行きがけの駄賃の如く、グラビティ・チェインを略奪する者の姿もあった。リーシャが見た予知もそんなダモクレスの一人による殺戮劇だった。
「ダモクレスの名前はアンゲリカ。小学生に擬態していた彼女はレジーナの命令を受けたと同時に行動を開始するわ」
 その惨劇を防いで欲しい。言葉を紡ぐリーシャの瞳は真摯なまでに、ケルベロス達に向けられている。
「アンゲリカが潜伏していたのは都内の小学校。八歳の外見に相応しく、小二のクラスにいるわ」
 彼女が所属しているクラスまでは特定出来ている。だが、問題はその先だった。
「潜伏の能力によるものか、みんなの眼力でも特定する事が出来ないの」
 だが、子供達や教師と言った一般人を避難させる訳に行かない。未来予知と違う状況を作り出せば、アンゲリカが別の場所で活動を行うだけだ。
 一方で、極力、犠牲は避けたい。その想いに応えるべく、リーシャは次の言葉を口にする。
「まず、彼女が求めているのは良質なグラビティ・チェイン。だから、これはみんなが囮になる事で解決出来るわ」
 後はそれを彼女に示す方法だ。言葉以上の強烈な呼びかけであれば、級友の殺戮よりもケルベロスの攻撃を優先するだろう。その隙に子供達の避難誘導を終えれば、戦闘に支障は来さない筈だ。
「ただの呼びかけならば殺戮を行った後、みんなを襲ってくる可能性が高い」
 強烈なイメージを送り届ける事でケルベロス達に意識を釘付けにする。それだけが犠牲者を生まない唯一の方法だった。
「とは言え、それが出来ても問題は残っているけども」
 潜伏に長けているとは言え、アンゲリカは戦闘に劣るダモクレスではない。ケルベロス達と充分に渡り合えるだけの戦闘力を有している。
「自己強化して攻撃してくるのが得意のようだから、それは気を付けてね」
 しっかりとケルベロス達が連携出来ていれば倒せない相手ではない筈だ。
「かなり多くのダモクレスが潜伏していたようね。コマンダー・レジーナ。……本当、厄介な指揮官ね」
 だが、彼女が振りまく災厄は防がなければならない。その為に彼女はケルベロス達を送り出す。
「いってらっしゃい。……貴方達なら大丈夫って信じてるわ」


参加者
アリス・ティアラハート(ケルベロスの国のアリス・e00426)
エニーケ・スコルーク(戦馬乙女・e00486)
神白・鈴(天狼姉弟の天使なお姉ちゃん・e04623)
阿南・つむぎ(食欲の春夏秋冬・e05146)
神白・煉(死神を追う天狼姉弟の弟狼・e07023)
軋峰・双吉(黒液双翼・e21069)
シルヴィア・アストレイア(祝福の歌姫・e24410)

■リプレイ

●ケルベロスがやってきた!
「……分かったわ。速やかな撤退、ね」
 校内の喧噪を避け、屋上でその命令を受けたアンゲリカは通信を切った後、晴れやかな表情を浮かべた。
(「とは言え、これからの作戦、グラビティ・チェインは必要よね」)
 自身の潜伏先――小学校には生徒、教師併せて600人は下らない人間が所属している。その全てのグラビティ・チェインを手土産にすればレジーナは喜んでくれるだろう。褒められるだけで無く、相応の報酬もあるかもしれない。
「大丈夫。少し遅れるだけだから」
 ダモクレスであるアンゲリカがその気になれば、一時間と掛からずこの学び舎からグラビティ・チェインを収穫する事が出来る。『速やかな撤退』と言う命令からは外れるが、その分は得たグラビティ・チェインで勘弁して貰おう。
 まずは手始めに自分のクラスから。
 意気揚々と自身のクラスに戻るの彼女は、思惑の歯車が狂いだした事に、まだ気付いていなかった。

「あれ?」
 手洗いから戻った風を装ったアンゲリカへ、クラスにただ一人で待機していた学級委員長が言葉を告げる。
「ケルベロスの人が『いもん』に来たんだって」
 だから、全校生徒みんな、体育館に集まっている、との事だった。
「行こう。――ちゃん」
 潜伏用の偽名を口にした委員長は立ち上がり、先導するように歩き出す。
(「ケルベロス……? このタイミングで?」)
 潜伏中のアンゲリカに与えられた役割は諜報活動だ。無論、ケルベロスの存在は知っている。軽んじるデウスエクスもいるが、不死の彼らに死をもたらす存在が如何に脅威か、子供でも分かる理屈だ。
 頭の中に警鐘が響く。だが、同時に。
(「……全校生徒が集められている、か」)
 事を起こすのに都合がいい。その誘惑は抗い難い。
 何より、ケルベロスの持つグラビティ・チェインは良質な物だと聞く。全校生徒分とケルベロスのグラビティ・チェインは手土産として充分過ぎる。
 斯くして、彼女は委員長に次いで体育館に向かう事を決めたのだった。
 ――ここが、自身の破滅への分水嶺だとは、想像すらしていなかった。

(「こうしてみると圧巻だぜ……」)
 教職員含めて600人は超える人々の前に立った神白・煉(死神を追う天狼姉弟の弟狼・e07023)は額に一筋、汗を搔きながら感嘆する。
 彼の背後には、アイドル衣装を纏ったアリス・ティアラハート(ケルベロスの国のアリス・e00426)とシルヴィア・アストレイア(祝福の歌姫・e24410)が佇み、自身の出番を今か今かと待ち受けている。
 講壇の袖には姉の神白・鈴(天狼姉弟の天使なお姉ちゃん・e04623)が控え、パフォーマンスが始まった瞬間に彼をサポートする手筈だった。
 仲間の位置を確認しようと視線を走らせる。避難経路となる出入り口にはエニーケ・スコルーク(戦馬乙女・e00486)と阿南・つむぎ(食欲の春夏秋冬・e05146)の姿が見て取れる。今は姿を見せないアンゼリカ・アーベントロート(黄金騎使・e09974)も、潜伏中のダモクレス――アンゲリカを捕縛する為、体育館の何処かに潜んでいる筈だ。
 準備は整っている。だが。
「……やはり、前情報の通り、ダモクレスを特定する手段はないな」
 生徒のみならず、職員全てを眼力で確認してきた軋峰・双吉(黒液双翼・e21069)が囁くように告げる。今、最後に到着した女生徒二名の確認を終えたが、いずれも一般人としか思えない数値であった。ここまで偽装が完璧だと、コマンダー・レジーナの手腕に畏怖にも似た恐ろしさを覚えてしまう。
「では、後は俺たちが来たとアピールするのみだな」
 心持ち緊張した声で紡ぐ煉に避難誘導は任せろ、と力強く頷き、彼は講壇袖へと降りていく。

 自身らを囮に使う為にケルベロス達が用意した手段は、自身らの誇示だった。しかし、グラビティを伴う作戦である以上、如何にヒールグラビティとは言え、教室に乱入して使用する訳にいかない。
 よって、慰問と言う形をとる事にした。
 ケルベロスの活動を一般人にも理解して貰う。それはそれで、地球上で活動する彼らにとって、大切な仕事であったのだ。

(「慰問、ねぇ」)
 体育座りで講壇を見上げるアンゲリカは、欠伸混じりの感想を浮かべる。講壇で行われている炎や光、歌や踊りのパフォーマンスはヒーローショウ、あるいはアイドルのコンサートさながらだった。クラスメイト達ならず、全校生徒一同はそれを目の当たりにして、沸き立っていた。
 だが、アンゲリカにとっては退屈そのものだ。自身の存在がバレたのかと警戒したのだが、その様子はなさそうだった。
(「事を起こすなら、今ね」)
 手始めに手近なクラスメイト。その後は体育館内にいる全ての生徒だ。ケルベロス達が止めに入るなら、それも殺す。自身の能力ならそれも容易い筈だった。
 立ち上がったアンゲリカは両腕にグラビティを込める。後は、それを解き放つだけ。

 ――『声』が響いたのは、その時だった。

●小さな悪魔
「うるさい――」
 喧噪に包まれた体育館内が静まり返る。響いた声は子供の声色であったが、全てを平伏させる侵略者の重圧を孕み、周囲に響く。
「この声を……やめろっ!」
 頭を押さえる少女はうわ言のような文言を口にすると、元凶へと飛びかかった。
 講壇に集うケルベロス達では無く、避難誘導の為に待機していた双吉へ、だった。
「そんなに奪って欲しいなら、貴方からグラビティ・チェインを奪ってあげるわ!!」
 悲鳴じみた声と共に、アンゲリカは双吉を解体すべく腕を伸ばす。だが、その小さな腕は、展開した彼のブラックスライムによって阻まれ、その身体に届く事は無かった。
「――壇上に行くと思ったんだがな」
 二度三度の攻撃に傷を負いながらも、双吉は不敵に笑った。疑問と言うよりも挑発行為のそれに、アンゲリカの攻撃が激しさをますが、それこそが彼の狙いだった。
 割り込みヴォイスによって無理矢理アンゲリカに叩き付けたイメージは、餌としては充分な効力を発揮したようだ。特定の対象に邪魔無く声を届ける効果は、アンゲリカがここにいる事さえ分かっていればそれで充分。無論、声を届けるだけでは彼女を燻り出す事は出来なかっただろう。壇上でアピールする仲間達あっての事だ。
 アンゲリカが正体を現すと同時に、壇上の煉は避難を指示している。ここに集う一般人達の避難誘導は、彼の姉、鈴やアリス、エニーケやつむぎと言った面々に任せていれば問題無い。後は今、生き餌として囮になっている自身だけだった、が。
「観念したまえよ、ダモクレス。君が奪える命などありはしない! さぁ、黄金騎使がお相手しよう!」
 天井から降ってきたアンゼリカが光を放ち、ダモクレスを牽制する。壇上の仲間もすぐに駆けつける筈だ。
(「まずは何とかなった、な」)
 安堵の吐息は心の底から零れる。後は、このダモクレスを倒すだけだ。

 蒼炎を纏った電光石火の蹴りが、アンゲリカの身体を捕らえる。両腕を交差し、それを受け止めたアンゲリカは後方へと跳躍、痺れの残る両腕を振りながら、ちっと悪態じみた表情を浮かべた。
 そこに再び繰り出された蹴りは彼とよく似たオラトリオからだった。煌めく蹴撃に足を削られ、跪いてしまう。
「虐殺なんかやらせるかよ」
「好きだった筈の友達も笑って殺せてしまう。その歪さが……許せない」
 二つの非難の言葉が、蒼狼の姉妹から飛び出す。物理攻撃を伴った責め苦に、アンゲリカは眉をひそめた。
「私が君と遊んであげようか。ただし、これが最後の遊びとなる!」
「とっとと移動しちゃえば良かったのにねー」
「子供達への手出し、絶対にさせないよ!」
 アンゼリカとつむぎの言葉は挑発を、シルヴィアの宣言は決意を紡ぐ。共に施す三者のグラビティは、仲間の傷を癒やし、力を付与していった。
「クラスの皆さんは貴方をお友達だと、信じていらしているのに!」
 アリスから迸る緊縛は悲痛な叫びを伴って放たれた。紙一重でそれを交わした彼女に、螺旋を描く無数の手裏剣が突き刺さる。
「そうだな。お前はデウスエクスだ。友達を殺す事に何の忌避感も抱かねーよな」
 双吉の思いは自身の回想だった。過去の自分が望み、手に入らなかった友達と言う存在をいとも簡単に殺そうとする。そんな悪鬼が許せるわけなかった。
 だが、その上で彼は問う。潜伏した生活の中で、何も感じる事は無かったのか、と。
「貴方達が何を言いたいか、全然分からないわ」
 湧き上がる苛立ちを舌打ち一つで制すると、自身を切り裂いた手裏剣を引き抜き、投げ捨てる。ケルベロス達の言葉が自身に響くことはない。双吉の言葉通り、地球人とデウスエクス。相入れる事はない。交流するための心をダモクレスは持ち合わせていないのだ。彼女が抱く苛立ちはただ一つ。グラビティ・チェインの奪取に余計な手間が入りそうなこと。それだけだった。
 だが。
「ガブリエラ、このお名前に聞き覚えございませんかしら?」
 回復用のドローンを召喚しながらのエニーケの言葉に、アンゲリカの足が止まった。
(「誰? それ?」)
 知らない名だった。クラスメイトにもいたか覚えていない。
「ガブリエラに代わり、君をここで完全に破壊する」
 エニーケに続いたアンゼリカの宣言も耳に届く。知らないそれは何のことも無い雑音の筈だ。だが、その名は。
 ――アンゲリカの中の何かを、泡立たせていた。 

「やらせるかよ!」
「リューちゃん、カバーっ!」
 師弟の悲痛な声が響く。二人、否、七人のケルベロスの前で繰り広げられている光景は、一方的な虐殺だった。
「ねぇ? 誰? 誰なの? ねぇ?」
 自身に突き刺さるグラビティを無視し、アンゲリカはエニーケに吶喊する。煉が放つ地獄の炎やつむぎの蹴り、鈴の矢や双吉の螺旋はその小さな身体を阻む事は出来なかった。
「さぁ、お前の相手は私だ!」
 アンゼリカの放つ輝きも、一瞥を向けただけ。攻撃の届かない先に興味はないと、視線をエニーケに戻し、拳を振りかざす。
「Flowery Princess Vanadialice♪ ――♪ Princess Live♪ ――私も歌います。元気を出して……!」
「魂よ響け!  この世界中に。この地球を守る為。未来に希望紡いで。さぁ、進もう 闇を払い、世界に祝福を♪」
 幾度と無く叩き付けられる拳からエニーケを守ろうと、アリスとシルヴィアが歌を紡いだ。だが、執拗な連撃は二人が癒やした傷ごと、その身体を破壊していく。
「この野郎!」
 自身の体を盾に飛び出した煉はしかし、それが無意味だと悟ってしまった。
 自分が庇う事で手数を減らす事は出来る。だが、それを上回るほどの攻撃がエニーケを襲っていた。ディフェンダーの恩恵に与る彼女だからこそ、今は健在。だが、それも時間の問題だった。
 せめて、エニーケの纏う防具がアンゲリカからの攻撃に特化したものならば。
 自身の纏う極炎の拘束服を一瞥し、益体無い言葉を零してしまう。
「この脚で蹴り殺してあげますわ。もう御存じかもしれませんが……馬に蹴られたら痛いじゃすみませんわよ?」
 双吉が施した分身を攻撃し、体勢を崩したアンゲリカにエニーケの美脚が襲撃した。馬の膂力が込められた蹴りはアンゲリカの額を割り、小柄な体を吹き飛ばす。血ともオイルとも知れない液体を額から零しながら、床に叩きつけられたアンゲリカはしかし、その勢いを止める事は無い。
「答えなさいよ。ねぇってば?」
 エニーケに取り付き、解体の攻撃と共に執拗に問う。
 やがて、拳を深紅に染めたアンゲリカは、ぐるりと頭を巡らせた。
 視線の先には先ほど、その名を口にした少女、アンゼリカの姿がある。
「あっちは教えてくれなくなっちゃったから、貴方でいいわ」
 少女の顔が獰猛に笑う。動かなくなったエニーケを投げ捨てたアンゲリカはゆらりと、アンゼリカに迫る。
「これ以上はやらせねぇって言っただろう!」
「私達を突破しないと、それは無理だね」
 煉の蒼炎が、つむぎの蹴りが行く手を阻み。
「どうしてこんな酷い事が出来るんですか!!」
「残す言葉はねーよな?」
 アリスの悲鳴は地獄の炎を召喚し、双吉は赤く染まり、灼熱を孕むブラックスライムの一撃と共に再びアンゲリカに問う。だが、アンゲリカは彼の問いに何も答えない。それが答えだった。
「守護者に祝福を……! 罪人に罰を……!」
 皮切りはシルヴィアの歌だった。世界の破壊者に叩き付けられる歌は罪人への拒絶。歌声に呼応し、アンゲリカの体内にあるグラビティ・チェインが暴走する。
「生命に愛を、不死者に裁きを!」
 鈴の放つ矢は咎人への審判だった。不死者への裁きの矢がアンゲリカを貫き、その身体を縫い止める。
 そこに飛び出る二つの影は、蒼炎、そして小柄な弾丸と化した拳士だった。
「この青き星の力……思いしれ!」
「天国にーー! レディ~ゴーーッ!」
 重なる二つの拳に吹き飛ばされ、アンゲリカは壁に叩き付けられる。そして、そのまま力無く崩れていく。
「……そんな、私が、何で……」
 潜伏し、組織の命令を無視したダモクレスは、最後の最後まで自身を襲った現実を受け入れる事が出来なかった、いまわの際まで、驚愕に目を見開き、やがて、動きを停止する。
 アンゲリカの名を持つダモクレスの最期は、奇しくも、予知で彼女が与えた最期を思い出させる、そんな終焉だった。

●守れた物、その代償
「……偽りで、人殺しでも、ダチだった奴を殺っちまったんだ。ガキ共には恨まれるかもな」
 光の粒子へと転じてしまった亡骸を前に、双吉がぽつりと零す。
「こんなダモクレスが他にも、いるのでしょうか……?」
「どうだろう? ヘリオライダーの言葉通りならば、大人しく撤退したダモクレスも相当数いそうだけど」
 アリスの問いへの答えはアンゼリカから発せられた。アンゲリカのように行きがけの駄賃と暴れたダモクレスは氷山の一角。彼女と違い、命令通りに撤退したダモクレスは事件を起こさない為、補足が出来ないのだろう。
「……ある日突然、隣人が行方不明に、と言う事ね」
 そして恐らく、その一人一人――否、一体一体はアンゲリカと同じ強さを秘めている。ダモクレスの底知れない脅威を感じながら、シルヴィアが形の良い眉をひそめた。
「姉ちゃん、子供らには手厚いケア、頼むわ」
「あ、うん」
「おっと。手伝うよ」
 それでも、戦うのがケルベロスの使命だ。煉は病院に運ぶべくエニーケの身体を抱き上げ、その身体をつむぎが支える。
「弟君は小柄でサポートしやすいね」
「小さい言うなよ!」
 いつもの遣り取りに、クスリと鈴は微笑みを浮かべる。
 ケルベロス達の前途は多難だ。こうやって傷つく事もあるだろう。だが。それでも何とかなる。
 戯れる仲間達を見ていると、不思議と、そう思うのだった。

作者:秋月きり 重傷:エニーケ・スコルーク(黒馬の騎婦人・e00486) 
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年2月12日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 5
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