廃墟に踊る、黒い絶影

作者:河流まお

●魔法少女に憧れて
 床に散らばった窓ガラスの欠片が、外から差し込む夕日を反射してキラキラと宝石のように輝いている。
「わぁ、廃ビルっていうから、もっと汚いイメージあったけど、けっこうキレイなんだね!」
 制服を着た少女が胸の前で手を合わせながら感嘆の声をあげる。場違いにも、この廃ビルを歩くのは二人の少女だ。
「怖いところだと思った? 鈴木さん」
 隣りに立つ、どこか無機質な雰囲気を持つ赤眼の少女が問いかけてくる。
「まぁ少し……でも、メイルちゃんと一緒なら安心だよ!」
 一年前、鈴木はオークに襲われそうになったところを、このメイルという少女に助けられたことがあった。自らを魔法少女と名乗り、オークを一瞬で切り裂いたこの少女のことを、鈴木はケルベロスと信じている。
 後に同じ学校の同級生だったことを知り、鈴木はそれ以来メイルの後をついて歩くようになった。
「鈴木さんも魔法少女として覚醒めれば、私と一緒に戦えるようになるよ」
「う、うん」
 腕利きの人形職人が丹精込めて作ったかのような、メイルのその美しい横顔に、鈴木は心を奪われる。
「この場所なら良い『工場』になりそう」
 奇妙なことを呟くメイに鈴木は首を傾げる。
「工場? 魔法少女としての修行場っていってなかったっけ?」
 だが、鈴木の問いかけにメイルは応えない。
「――」
 突然、窓の外を眺めるようにしてその場で立ち止まるメイル。
「メイちゃん? ねぇ、どうしたの?」
 異変を感じ、親友の肩を揺する鈴木。
「あ、うん。あ~……帰還命令か、あとちょっとで改造できたのになぁ」
 ふう、と小さく吐息を吐くメイル。帰還? 改造? 鈴木にはメイルの言っていることがさっぱり解らない。
「ごめんね、鈴木さん。せめてグラビティ・チェインを回収させてね」
 見れば、メイルの前腕が鎌のような刃に変化している。かつてオークを一撃で切り裂き、鈴木を助けた魔法少女メイルの必殺武器だ。それが何故か今、自分に振るわれようとしている。
「――え?」
 ごとり、と落ちた鈴木の首はそれでもやっぱり不思議そうな顔のままで、崩れ落ちる自分の身体と、刃から血を振り払う親友の姿を、虚ろな瞳で見上げるのだった。

●緊急招集を受けて
「皆さん! 説明はヘリオン内でします! まずは乗ってください!」
 セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)の招集に応じて集まったケルベロス達は、そのまま急かされるようにヘリオンに搭乗することになった。
 シートベルトをかけた瞬間、ガツンと胃が飛び跳ねた様な衝撃が身体を走り抜け、ヘリオンが緊急離陸したことを告げる。
「予知がかなり遅れました……今から30分後。とある廃ビルでダモクレスの一体が、殺人事件を起こします」
 自分の不甲斐なさを呪うような苦々しい口調で、セリカが任務の概要を語り始める。
 敵は潜入・工作・諜報を得意とする指揮官型ダモクレス『コマンダー・レジーナ』の配下の一体で、名をメイル・マンティス 。
 長らく、普通の中学生として生活しながら諜報活動を行ってきたようだが、今回なんらかの理由でその任が解かれたらしく、部隊に帰還する際の手土産にと、居あわせた同級生の少女の命を奪わんとしているようだ。
「全速で飛ばしていますが、おそらく現場に着くのはギリギリとなるはずです――」
 つまり、ヘリオンをのんびりと屋上に着陸させている時間などは無い。 廃ビルの上空を通過する際に、ケルベロス達はヘリオンからそのまま飛び降りて現場に向かうことになる。タイミングを逃せばその時点でアウトだ。
 マンティスが女生徒を殺害するのは廃ビルの5階部分。ビルは8階建てなので屋上から階段を駆け下りてゆく形になる。敏捷力が勝負となるだろう。
 マンティスは階段側に背を向ける形で立っている。到着することさえできれば、敵の不意をついて少女を救い出すことが出来るはずだ、とセリカは語る。
「メイル・マンティスか……一体どんなヤツなんだ?」
 ケルベロス達の問いかけにセリカは小さく頷く。
 メイル・マンティスは蟷螂をモチーフにした少女型の機体で、螺旋忍軍の戦闘データを組み込んで得た、高い回避力を持っている。
 両腕には黒い篭手のようなマシンアームが備えられており、前腕部分からはカマキリの鎌を模した鋭い刃が生えている。
 少女型の見た目の可憐さに油断すれば、そっ首は簡単に切り離されて、床を転がることになるだろう。
 分身の術を得意としており、回避力の高さも相まって厄介な相手になるだろうとセリカ。
「目標地点はもうすぐです! 皆さん、どうか宜しくお願いします!」
 ヘリオンの胴体のハッチが開き、ごう、と風が吹き込んでくる。セリカに頷きを一つ返し、ケルベロス達は夕焼け空に飛び込むのだった。


参加者
ノア・ノワール(黒から黒へ・e00225)
筒路・茜(赤から黒へ・e00679)
皇・シオン(強襲型魔法人形・e00963)
ソラネ・ハクアサウロ(暴竜突撃・e03737)
テレサ・コール(ジャイロフラフーパー・e04242)
山田・ビート(コスプレ刀剣士・e05625)
黒鉄・鋼(黒鉄の要塞・e13471)
エルガー・シュルト(クルースニク・e30126)

■リプレイ

●降下開始
 茜色に染まる空を、切り裂くように飛ぶ機影が一つ。
「ふふっ……それじゃあ行こうか、茜?」
 長い黒髪を風になびかせながら、ノア・ノワール(黒から黒へ・e00225)が微笑む。
「――うん、ノア」
 まるで舞踏会に誘われるかのように、ノアに手を引かれながら共に降下してゆく筒路・茜(赤から黒へ・e00679)。赤く染まる頬は、きっと夕焼けを映したせいばかりではないだろう。
「今日はこんな格好ですが、メイドはメイド。仕事は優雅に完璧に、締まっていきましょう」
 普段のメイド服ではなく、ケルベロスコートを羽織ったテレサ・コール(ジャイロフラフーパー・e04242)が、その裾をはためかせながら降下してゆく。
「メイル・マンティス……まさか姉妹機と対峙することになるとは……」
 あまり感情を表に出さない皇・シオン(強襲型魔法人形・e00963)の瞳が揺れた。
 シオンとメイルは製造者が同じ姉妹機の関係なのだが――。これからシオンは彼女と戦うことになる。
 じくり、とシオンの胸の中に広がる、滲み込むような痛み。レプリカントとなって得た『心』の機能だろうか?
「大丈夫ですか? シオンさん」
 そのシオンの心の迷いを察したのか、気遣うようにソラネ・ハクアサウロ(暴竜突撃・e03737)が声をかける。
 恐らく、ダモクレスであるマンティスは戦いを迷うことはないだろう。悩む心は人の証ではあるが……こと戦闘においては命取りとなりえる要素でもある。
「――『心』を得た俺達と、未だそれを持ちえぬ敵機、か」
 自分が心を得た経緯を思い出しながらエルガー・シュルト(クルースニク・e30126)。
 レプリカント達にとってダモクレス戦とは、どこか特別な意味を持つのかもしれない。
「破壊を以て、かつての同胞達の名誉を守る、俺はそう考えている」
 黒鉄・鋼(黒鉄の要塞・e13471)が短く呟く。覆われた漆黒の兜のせいで、その表情を窺い知るは出来ない。
「――作戦開始だ、行くぞ」
 自由落下が終わりを告げ、廃ビルの屋上が迫ってくる。黒鋼の騎士が降り立つと、彼を中心として屋上の敷石が砕け割れた。脚部のサスが一気に熱を帯びるのを感じつつ、鋼は疾走を開始する。
「――っと」
 エアライドを使い、華麗な着地を決めたエルガーとソラネがまず先行する形となる。
「エルガーさん、あれを!」
 屋上の出入り口に錆び付いた扉があるのが見て取れた。恐らく鍵もかかっているだろうが、今はいちいち確かめている時間も惜しい。
「ソラネ。蹴破るぞ」
「はい!」
 走る速度そのままに、全身の体重を脚に乗せ、ダブルキックで扉を蹴破るエルガーとソラネ。甲高い金属音と共に、扉が吹き飛んだ。
「ビートさん。鈴木さんをお願いしますッ!」
「任されました!」
 猫の様なお面を付けた山田・ビート(コスプレ刀剣士・e05625)が、四足獣のような姿勢で開かれた出入り口に飛び込んだ。
 続く、下に降りる階段をビート駆け下りるのではなく踊り場から踊り場へと飛び移るようにして攻略してゆく。
「はち、なな、ろくっと――」
 まさに、猫さながらの俊敏さだ。
「5階、ここですね!」
 廃ビルの内部は、がらんどうとしていた。恐らく、フロア内を区切る内装工事の前に建設計画が頓挫したのだろう。見渡せば、予知にあった二人の姿はすぐに見つけることができた。
 今まさに、マンティスの刃が少女に振るわれんとしている。
「危ない!」
 飛び込むように割って入るビート。マンティスの刃がビートの背中に一文字の裂傷をつけた。
「――!?」
 突然のケルベロスの乱入に驚くのはマンティスだ。ビートを凝視して、その身体が硬直している。
 セリカの予知通り敵の不意を突くことが出来たようだ。この好機を逃さず動くケルベロス達。
「摸倣術式を展開、番号指定、重力鎖制御……第一番、『爆式』起動」
 鋼の掌に、術式を模した光が浮かんだ。生成された漆黒の刃が幾多にも重なり合い、術式の暴走を意図的に引き起こす。
 鋼の放った指向性を持つ爆発が炸裂し、マンティスを吹き飛ばした。
「――ぐッ!?」
 靴底から煙を吹き上げながらブレーキをかけ、なんとか姿勢を持ち直そうとするマンティス。だが、体勢の崩れたマンティスに、『ユリウスの戦錨』を振り上げた茜が襲い掛かる。
「頑張ってノアに褒めてもらうのさ。だから、避けないでね?」
 全身全霊の大上段から振り抜かれるのは、ビル全体を震わせるような赤竜の力を宿す一撃だ。
「ッッ!!」
 不意を突かれ鋼と茜の攻撃を受けたマンティスだったが、さすがにこれ以上の不覚は取らない。大きく間合いを離し、ケルベロス達を睨みつける。
 敵は高い回避力を持つ機体と聞く。きっとこの二撃は大きなアドバンテージとなるはずだ。

●狩るのはどちらか
「久しぶりですね、メイル。私を覚えていますか?」
 少女・鈴木が離脱するまでの間の時間稼ぎにと、話しかけるシオン。
「……シオン?」
 だが、マンティスはそれ以上応えない。シオンのことをじっと見据えたまま、ブツブツと口元で何かを囁くのみだ。
「痛つつ……、と、大丈夫ですか?」
 鈴木の無事を確認して、ホッと一息をつくビート。
「そんな、メイちゃん、な、なんで……?」
 切り裂かれたビートの背中の血を見て、鈴木が震える声で呟く。もし彼が庇ってくれていなかったら、この一撃は鈴木を引き裂いていたに違いない。
「ここは危険です。逃げてください、鈴木さん」
 ケルベロスコートを纏ったテレサを見て、鈴木は更に目を丸くする。
「ケルベロス? あ、あの、メイちゃんもケルベロスなんです! これは、きっとなにかの間違いで――。そう、メイちゃんは、以前オークから、この私を助けてくれたんです!」
 親友を庇うように必死に言葉を探す鈴木。
「なぜ、この少女を助けた?」
 マンティスに問いかけるエルガー。マンティスは少し考えた様子だったが、もう隠す必要もないかと思ったようだ。
「まぁ、協力者がいればなにかと便利だと思ったし。手元に置いておけば改造したり、資源に換えることが出来るでしょ?」
 ケルベロス達をぐるりと見回すマンティス。
「まぁ、もっと上質な資源がたくさん来たようだし。あなたのことは、もういいわ」
 にっこりと鈴木に笑いかけるメイル。
「……ッ。メイちゃ、ん」
 ようやく状況を理解したのか、鈴木はテレサに助けられながらもなんとか立ち上がり、嗚咽を交えながら階段に走り去ってゆく。
「……気に入らないね。ペットは大切に扱うものだよ」
 鈴木の残していった涙の後を見て、ノアがひどく不機嫌そうに敵を睨む。
「許さないよ。お前の物語は、ここで終わらせてやる」
 ユリウスの戦錨を構え直しながら茜。
 ケルベロス達はマンティスの逃亡も考慮にいれて取り囲むように展開するが――。
「あら、いつでも八方に逃げられるようにかしら?」
 マンティスはこの布陣を、そういう意味として捉えたようだ。
「いいや、ここで君を逃がさないためだよ。血の通わない機械脳でも、そのぐらいは分かってほしいものだね」
 優雅に口元に手を当てて、悪戯に微笑むノア。
「――ノア。ものすごく挑発してるよ、それ」
 マンティスの凶悪な視線がご主人様に向けられていること気がつき、茜が慌てる。
「そう? じゃあ茜に守ってもらわないとね」
 あ、それが目的だったか、と納得して肩を落とす茜。いや、まぁ元よりそのつもりだけどさ。
「……どちらが狩られる立場か、解っていないようね!」
 迫りくるマンティス。窓から差し込む夕日を映して、その凶刃が妖しく煌めいた。

●マンティスとの闘い
 廃ビルの内部を、さながら激しく跳弾する弾丸のように高速で動き回るマンティス。
「どこを狙っているのかしら?」
 ケルベロスの優れた動体視力を以てしても、少しでも油断すれば一瞬で敵の姿を見失うことになる。そして一拍遅れてくる激痛で、ようやく自分が斬られたことに気がつくのだ。
「……ッ、なんという機動力だ」
 黒煙あげて駆動する鋼のチェーンソー剣が横薙ぎに振われるが、惜しくも切り裂いたのはマンティスの髪の先だけだった。命中力の高い技を優先して使用してなお、この敵の回避性能か。
「さっきの攻撃、とても痛かったわ。あなたの攻撃は貰いたくないわね」
 爆式の威力を思い出しながら、マンティスが先程のお返しとばかりに鋼を切り裂く。
 ケルベロス達の攻撃を次々と回避しながら、廃墟の中を華麗に踊る黒い絶影。
「チート乙ってところですね」
 攻撃を回避され、ビートが苦々しげに呟く。もしこれがゲーム動画ならクソゲー認定待ったなしである。だが、敵の回避力も絶対ではない。
 先程のターンでは、パーティー内で敵に最初に一撃を命中させたビート。『足止め』を付加するまでには至らなかったが、それでも命中させたという事実は仲間の士気を大きく上げた。
 攻撃が回避されるかどうかは多分に運も絡む。諦めずに攻撃し続ければ、勝機も見えてくるはずだ。
「大丈夫! なんとかなるさ」
 仲間を鼓舞するようにビートは叫び、その愛刀を構えなおす。
「確かに恐ろしいまでの回避性能ですが、私もそう何度も外したりはしません」
 ソラネの瞳に高速演算の光が灯る。敵のこれまでの回避パターンを集積し、敵の軌道を予測する。
「そこです!」
 狙い澄ましたソラネの蹴りが、流星の様な煌めきを残しながらマンティスの脚部に突き刺さった。
「――くっ」
 後転をしながらすぐに間合いを離すマンティスだが、その動きのキレが先程より僅かに鈍っているのが見て取れた。足止めの付加に成功だ。
 更に、エルガーのメタリックバーストの支援がこれに加わる。次第にケルベロス達の攻撃が敵に命中するようになってきた。
 マンティスの攻撃も熾烈を極めてくるが、黒い霧を従える魔女ノアが仲間を支える。
 マンティスにとって最も厄介な存在なのがこのノアとエルガーだが、彼等を落とそうにも、優れた頑強性能を持つテレサが盾としてこれを阻んでくる。
「ちッ、邪魔なのよ貴女!」
 攻防一体のテレサの武装『ジャイロフラフープ』が、再び凶刃を防いだ。火花を散らせながら回転するジャイロフラフープが、反撃とばかりにその銃口をマンティスの喉元に向ける。
「当たれっ!!」
 前髪を焦がしながらも、これをなんとか回避するマンティス。
「く、裏切者のレプリカント共め……」
 機械郷を裏切り、ダモクレスだったころから大きく性能を減じたレプリカント達をマンティスは軽蔑しているようだった。
「心とやらを得て欠陥品になったお前たちが、この純粋な機械生命である私に、勝てるわけないのよ!」
 その狂信にも似たマンティスの瞳が映すのは、姉妹機であるシオンの姿。
「私は、この心を欠陥とは思いません」
 義母のことを思い出しながらコアブラスターとペトリフィケイションを続けざまに放ってゆくシオン。
「裏切者か。耳の痛い話だ」
 破鎧衝を叩き込みながら鋼。エルガーも頷く。
「心が欠陥、か」
 エルガーが持つ過去の記憶。いまだ消えぬ『心』を得た時の痛み。こうして悩むのもダモクレスから言わせれば欠陥故なのだろうか。だが、それでもエルガーは人を救い続けると覚悟したのだ。
「我が身に来たれ、雷鳴の牙。我と共に咆哮せよ――」
 エルガーの足元に磁場が展開される。弾かれたような急加速と共に敵に接近するエルガー。放たれるのは蒼雷を纏う掌底だ。
「――か、は」
 マンティスが一瞬、その膝を折りそうになった。すぐに持ち直し、自己回復で時間を稼ぐが――。
「舞姫も踊り疲れたようだ。この舞踏会も、そろそろお開きにさせてもらおうか」
 装飾美しいゲシュタルトグレイブ『黒白の螺』を構えながら、終曲を歌うようにノアが詠唱を開始する。
「存在は偏在しながらも、遍く在り――」
 紡ぎあげるは旧き神が用いたといわれるエンチャントの再現。ノアの『ウェンティの惑乱』だ。
「幕を下ろしてくれ、茜。あとでたくさんご褒美をあげるから」
 ノアの支援を受けながら茜が頷く。差し込む夕日を受けて、その髪が燃えるような朱色に見えた。
「さあ、餌の時間だよ、ドライグッ!!!」
 茜が手を掲げると、次元牢の鍵が開かれる。召喚されるのは幾千もの鎖に縛られた巨竜の頭。ビルの内部を窮屈そうにしながらも、その瞳が獲物の姿を捉えると、灼炎を滾らせるその口内を敵に向けた。
「――!!」
 放たれたブレスがマンティスを吹き飛ばす。もはや力を失ったその身体は窓ガラスを突き破って、夕焼け空にその身を躍らせるのだった。

●茜空の墓標
 窓ガラスを突き破り、廃ビルの5階から地面に向けて落下を始めるマンティスの身体。
 墜ちてゆく中、シオンが5階から身を乗り出すようにしてこちらを見ているのが視界の隅に写った。
「シオン……?」
 シオンが何か呟いているようだったが、既に破壊されたマンティスの聴覚センサーではその音声を拾うことが出来ない。
 彼女の電脳がシオンの表情パターン分析し、これを『悲しみの表情』と報告してくるが、メイル・マンティスには何故シオンが悲しんでいるのかまでは解らない。
 地表に激突し完全破壊がなされるまでの僅かな時間、メイルはその理由に解を求めてみるのだが――。それを見出す『心』を得る機会は、彼女にはもう残されていなかった。

 落下して砕け散ったマンティスの機体を確認した鋼。
「俺は、最後までダモクレスとして戦った貴方を誇りに思います」
 まるで弔うような静かな声で呟く。
 戦いが終わり、階段を降り始めると1階で鈴木がケルベロス達を待っていた。
「助けてくれてありがとうございます……あの、背中。私のせいで、すいません……」
 庇ってくれたビートに深々と頭を下げる鈴木。
「どういたしまして。なんのこれしきですよ」
 けっこう深手だが鈴木を心配させないように精一杯強がるビート。
 ケルベロス達が無事に降りてきたことで結末を察したようで、鈴木の目から再び涙が溢れてくる。
「申し訳ありません。あなたの親友を取り戻すことは出来ませんでした」
 鈴木に怪我がないことを確認しながらテレサが語り掛ける。
「嘘だったのかな、全部、ぜんぶ、うそ、だったのかな? メイちゃんが、私を助けてくれたのも、親友だって言ってくれたのも……」
 しゃくりあげる鈴木。
「メイルさんとの思い出は、嘘偽りではないと私は思いますよ」
 テレサは、小さな嘘をついた。
「うぅ……あぁぁああ~!!」
 よりいっそう鈴木が泣き出してしまい、戸惑うテレサ。
「宜しければ、あなたとメイルさんのことを聞かせてください。私、最後まで聞きますから」
 ソラネが優しく鈴木を抱く。夕焼け空にそびえたつ廃ビルは、まるで巨大な墓標のようで、少女の泣き声がいつまでもそこに響き渡っていた。

作者:河流まお 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年2月14日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 1
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