悪逆グラン・ギニョール

作者:あき缶

●小劇場にて
 演劇の街、下北沢にある小劇場では、今日もアマチュア劇団の劇が人々の心を揺さぶる――はずだった。
「静粛に」
 舞台に立つ、険しい顔だが長身の美丈夫が低く、しかしよく通る声を劇場に響かせる。
 タキシード姿の彼の足元には、今の今まで劇を演じていた俳優たちが無残な姿で転がっていた。
 美丈夫は、機械の左手で転がっていた女優の首を掴み上げる。彼はダモクレスなのだ。
「ケルベロスがやってくるまで、お前たちは舞台装置だ。一人ずつ、少しでも声を上げたり、動いた者から殺していく」
 ダモクレスは冷酷な視線を眼鏡越しに周囲に向け、長大なるゾディアックソードを客席に突きつけた。
 緊張が走る客の間で、一人の女性がどうしても我慢できず、くしゃみをしてしまった。
 次の瞬間、くしゃみをした女の首が飛ぶ。
 血しぶきがかかった隣の男が悲鳴を上げ、彼もまた殺された。
 客達はシィンと静まり返る。
「さて……全滅するのが早いか、ケルベロスが来るのが早いか……」
 ダモクレス、矢車・智昭は目を眇めて劇場の出入り口を見やった。

●クビアラの手先
 香久山・いかる(天降り付くヘリオライダー・en0042)は焦燥感を露わに、ケルベロスの元に現れた。
「大変や。はよせな、皆死んでしまう」
 いかるは、顔をこわばらせながら緊急事態を告げた。
「こないだから指揮官型ダモクレスの地球侵略が始まってるのは知ってるよな。その中の『踏破王クビアラ』の配下が、今まさに下北沢の劇場を襲ってる!」
 クビアラは、己と配下の力を増強すべく、ケルベロスとの戦闘データを蓄積せんとしている。
 配下にケルベロスの全力を引き出させながら戦わせ、より正確なケルベロスの戦闘データを得ようとしているのだ。
 ケルベロスを釣るためならば、悪逆非道な手も進んで行うところが、厄介な軍勢である。
「配下の名前は矢車・智昭。ケルベロスが来るまで、動いた奴から殺していくって言うて……既に舞台におった劇団員は全滅してるみたいや」
 三十人ほどの観客の生命はまだ無事なようだ。観客も永遠に微動だにしないのは不可能だろう。
 一刻も早く現場に急行しなくては、罪のない一般人が虐殺されてしまう。
 いかるは、歩きながら話そう、とケルベロスを連れて、ヘリオンのところへと移動し始めた。
「矢車・智昭の目的はあくまで全力のケルベロスとの戦闘や。ケルベロスさえ出てくれば、観客には見向きもせえへん。劇場は今は暗いけど、皆が突入したら、外のスタッフと警察で照明とか避難誘導とかは全部してくれるから、皆は戦うことだけに集中してや。避難とか手伝ってると、ナメてると思ったダモクレスは、一般人を殺しまくって挑発してくる可能性があるさかい」
 矢車・智昭は単騎だが、一人で八人のケルベロスの全力を受け止められる程度には強敵だ。
 しかし、全力のケルベロスのデータを十全に採取されてしまうと、クビアラのパワーアップを手伝ってしまうことになる。
「ダモクレスを倒しつつも、データをなるべく渡さない工夫が必要やね」
 データを渡さないためには、極力短い時間で倒すことが有効だろう。
 全力の演技をしつつ手抜きするのも一案だろうが、矢車・智昭は手を抜けば敗北も有り得る強敵である上、気取られれば、挑発としてダモクレスが一般人を虐殺することも考えられる。手抜き戦法は、かなり危険な作戦だろう。
「もしくは……普通のケルベロスなら絶対やらへんような奇抜な戦略で戦って、戦闘データの信憑性を著しく下げるってのもアリやろな」
 ケルベロスも戦術実験の場となるため、奇抜戦略作戦はこちらにもメリットがある。
「……まぁ、その奇抜な戦略ってのは、誰もやらへんようなことやから、有効かどうかはバクチやけどな……」
 策士策に溺れることのないように、といかるは忠告する。
「あからさまに誘き出されてるけど、ここでケルベロスが行かへんかったら、皆を待ってる人々が絶望と恐怖の中で死んでいく。僕は見殺しなんて出来ひん。頼むわ」
 いかるは必死の眼差しでケルベロスを見つめるのだった。


参加者
安曇・柊(神の棘・e00166)
エレ・ニーレンベルギア(追憶のソール・e01027)
上月・紫緒(テンプティマイソロジー・e01167)
ダレン・カーティス(自堕落系刀剣士・e01435)
メリーナ・バクラヴァ(ヒーローズアンドヒロインズ・e01634)
鎧塚・纏(アンフィットエモーション・e03001)
伊上・流(虚構・e03819)
レスター・ストレイン(デッドエンドスナイパー・e28723)

■リプレイ

●序曲を奏でて
 暗い舞台の上、ぽつりと一点煌々と明るい。
 光を浴びて、剣呑な表情を客席に向ける美丈夫は、パァッと光が眼前に飛び込んだことに気づいて、剣を構えた。
「来たな」
 ダモクレスが放つ凍りつくような星座の一閃が光に向かって殺到する。
「さあ、舞台の開幕ですよ」
 その星座を阻むように、暗い劇場の観客席頭上に広がる星辰。
 上月・紫緒(テンプティマイソロジー・e01167)が解放するゾディアックソードの力がケルベロスを包む。
「ここは劇場、ここは舞台、役割を演じその様を魅せる場所。私は紫緒。ケルベロスとしての役割を演じましょう♪」
 笑顔で対峙する紫緒が高らかに言った瞬間、劇場中に光が満ちる。全ての照明が灯ったのだ。
 緊張を強いられていた観客たちが一斉に安堵の息を吐く音がする。
 職員と警察官が即座に避難誘導を始める。
「随分と遅参したな」
 ダモクレス矢車・智昭は逃げる観客にはもう目もくれない。
 なにせ、彼が求めていたのは最初からケルベロスなのだから。
「さあ、全力で俺を殺しに来い」
 がらんとした劇場、舞台の上には血まみれの死体とダモクレス。
 そして、客席にはケルベロス。
「どーも、今回はケルベロスを御指名だそーで、コッチとしても探す手間が省けてありがたいぐらいだ。まァ、こんな手ェ使ってまで態々呼んでくれた礼ってコトで……」
 ダレン・カーティス(自堕落系刀剣士・e01435)は凶悪な笑みを浮かべながら、日本刀を水平に構え、バッと引き抜いた。
「お望み通り徹底的に叩きのめしてやるよ」
 矢車の足元に広がる血の海に、ダレンは眉をひそめる。
 ――ヒーローはいつも少し遅れて来るのがお約束。
(「でも今回ばかりは遅すぎたな」)
 怒りを秘めて、ダレンは矢車に月光の剣戟を浴びせる。
 続いて殺到するのは彼の婚約者。ふんわりとしたミルクティー色の髪を揺らして、ダレンの背後から飛び出す鎧塚・纏(アンフィットエモーション・e03001)は、ナイフを閃かせ、血を浴びる。
「輝かしいスポットライトに当たってナルシズムに浸るなんて不似合いですこと。圧制を強いる王にでもなったつもり?」
 ざくりと裂いた矢車の表面装甲の破片が纏の横をかすめる。
「舞台袖に引き摺り降ろしてあげるわ!」
 続けざま、火柱と猫の爪が矢車を襲う。振り上げた足を下ろし、安曇・柊(神の棘・e00166)はびくびくと弱気な顔を、なんとか引き締めた。
「ぼ、僕達は僕達に出来ることを……」
 ウイングキャットの冬苺も真っ白な毛を逆立ててダモクレスを威嚇する。
 ばふんばふんと七色の煙は立ち昇り、羽が舞い落ちる。もちろん舞台演出ではなく、エレ・ニーレンベルギア(追憶のソール・e01027)と彼女のサーヴァント、ラズリのグラビティである。
「罪のない人たちを巻き込むなんて……!」
 エレの表情はいつも以上に険しい。
 ふわりと舞った女、冴え冴えとした青の髪をたなびかせて、機械の男を蹴り飛ばす。
「踏破王の『観劇』のお手伝い、ご苦労様ですね」
 淡々と微笑み、メリーナ・バクラヴァ(ヒーローズアンドヒロインズ・e01634)は言う。
 太い寒色の光線が矢車を正確に撃ち抜いた。狙撃手、レスター・ストレイン(デッドエンドスナイパー・e28723)は銃口を少し上に上げ、己の仕事の正確さを確認するかのように軽く頷いた。
「矢車智昭か……さしずめ狂気の演出家だね」
「しかしまぁ……わざわざ劇団の舞台を選ぶとは……パフォーマー気取りなのだろうか?」
 伊上・流(虚構・e03819)は地を蹴った。黒衣の裾を翻して高い天井近くで反転、その足裏を矢車に当てようとしたが、矢車は身を引いて流の一撃を避けた。

●劇中歌を唄いて
「これで全てか。……ケルベロスは基本八人で行動することはインプット済みだ。八パターンの情報、いただくとする」
 矢車は身をかがめると、電光石火の勢いで流を蹴らんとする。
「!」
 痛烈な一撃を、冬苺が庇う。衝撃の大きさに、真っ赤な口を開いて、ウイングキャットはもんどり打って落ちる。
「あ、冬苺……ッ!」
 痛そうで痛そうで、柊は怯えを顔に浮かべた。
 怖いことも痛いことも大嫌いだ。死にたくないという恐怖が柊の腹から突き上がってくる。
 だが、それをなんとか柊は歯を食いしばって押さえ込む。
 必死で精一杯で、しかし柊は、譲ることができるほど融通がきくオラトリオではない。
「ヒイラギさん、しっかり。ほらっ」
 笑顔で紫緒は冬苺に祝福の一矢を撃ち込む。
「紫緒がしっかりと治しますよ」
「あっ……は、はい……っ」
 紫緒の笑顔に少なからず励まされ、柊は食いしばった歯を緩め、なんとか情けない形ながらも笑みを浮かべる。
(「手の内を知られない様にしろってか……。今日はポーカーフェイス気取ってる余裕なんてないのによ……っ」)
 的確に矢車を足止めしつつも、ダレンは敵の一撃の重さを見て、こっそりと冷や汗を流す。
 しかし、彼の肩を軽く叩いて通り過ぎた恋人は軽やかに舞う。
「All the world’s a stage、この世は全て舞台ってね」
 纏の突き立てる簒奪者の鎌が虚をもってダモクレスの生力を吸上げる。
 柊の拳をひょいと避け、エレの足も躱し、メリーナの刃もかいくぐり、矢車は無表情に眼鏡の奥からじぃっとケルベロスを観察している。
(「一体、私たちの何のデータを取って、どう対策するつもりでしょうね。配下じゃ分析的な部分は管轄外でしょうし、彼の挙動を気にしても意味は無いかもしれませんが……」)
 メリーナは矢車を見つめ、思案した。
(「情報が武器になることは、俺自身重々理解している……だからこそ迅速に」)
 流はマインドリングから練り上げた剣を矢車に突き立てる。
 武器の力だけで戦うことで、出来る限り『多様な情報』を与えぬ作戦だが、それでも最低限のデータは奪われてしまう。
「速やかに惨劇の幕を引く!」
 レスターは矢車の背後から中和光線を浴びせる。闇討ち騙し討ち上等の精神は昔からだ。
(「こんな明るい表舞台は、俺には似合わないけれど……」)
 それでも、舞台を選んでいる余地がないなら、レスターはどこででも引き金を引く。
 矢車は己の長大なるゾディアックソードに星座の重力をまとわせた。
「邪魔だ。蚊蜻蛉から消えていけ」
 風を切って、重たい剣戟が冬苺を叩き伏せる。
 たまらず消えていくウイングキャットを見やり、矢車はハッと鼻で笑った。
「あっ……。っ!」
 柊が矢車を睨めつける。
 その横を紫が飛んでいく。
「あはっ」
 音速の拳を矢車は受け止めた。ぎりぎりと押し合いながら、紫緒は笑顔で、無表情の矢車と目を合わせる。
「ねえ、私の愛は届いてる? あ、でも今回はあまりアナタには愛を届けれてないよね。私の愛は今はヒイラギさんやみんなに向かっているんだから、残念残念です、ねっ♪」
 反発力を利用して、紫緒がパッと離れるなり、ダレンが刀を、纏がナイフを矢車の腹に差し込む。
「そうね、貴方、役者にしてはちょっと表情筋が固いのではなくって? わたしのフィアンセの様なチャーミングさを見習うべきね。あぁ……でも今は、チャーミングというよりは、精悍……かしら?」
 纏の軽い口調に反して、続くダレンのセリフはシリアスだ。
「戦闘データでも何でも持って行きゃ良い……その序でだ。いつまでもテメェの思い通りにゃさせねえ。お前らの親玉に伝えとけ」
 冷ややかな仏頂面に、ダレンは怒りをたぎらせた瞳をひたりと当てた。
 柊が作り上げた豪火を突き抜け、エレの拳が矢車に当たる。
「戦闘がお望みなら、全力で応えましょう。私もラズリも全力です!」
 エレの肩に止まったラズリのリングも矢車を打ちのめす。
「『私たち』が見たい?えぇ、ご自由に。……死にたい方、最前列へどうぞ?」
 足を地面に擦り付け、焔を生んだメリーナの体からぶわりと漆黒が広がる。
「芝居は虚像。現実を浸蝕したらそれはもう芝居じゃない」
 後ろ指さされる暗黒が似合う狙撃手レスターも、今はスポットライトの下。

●佳局を迎えて
 レスターは引き金を引く。再び冷凍光線が矢車を苛む。
 漆黒の衣から広がったブラックスライムがダモクレスを飲み込んだ。
「……チ」
 眼鏡を奪われ、矢車は不愉快そうに眉をひそめる。
 流は目を眇めた。
「奪うつもりで来てるのだから当然、奪われる覚悟もあっての事だと覚悟してるのだろう?」
「……特に戦闘に支障はない。だが業腹だな、死ね!!」
 なんでもなさそうに矢車はうそぶいたあと、流に必殺たる降魔の一撃を叩き込まんと腕を振り抜いた。
「っ」
 だが。
「ぐ……ぅ」
 苦鳴を漏らしたのは、流ではなく柊だった。
「庇ったか」
 冷ややかに矢車は身をくの字に折るケルベロスを見下した。
 痛いのも苦しいのも勘弁だ、だが柊は誰かのためなら我が身を省みることはない。
 守り手だが、柊はサーヴァント使い――耐久力は他のケルベロスより低い。
 ごぼっと言う音と共に矢車は、腹から機械の腕を引き抜いた。溢れ出す体液に崩れ落ちんとする柊に、紫緒とエレ、ラズリの回復グラビティが降り注ぐ。柊自身も自分の祝福の矢を刺して、なんとか舞台に立つ。
「大丈夫、大丈夫……大丈夫ですから……っっ」
 冷や汗を浮かべつつもエレは必死に笑顔を浮かべて、溜めた気力を分け続ける。笑っていれば大丈夫、そうエレは信じている。
「消えて。憐れな短い蝋燭、歩く悲しい影法師――舞台が終われば、何も残りません」
 そう矢車に言い渡すメリーナの表情は平坦な湖のようだ。彼女が見せる鏡像の惨劇から矢車は目をそらす。
「っ……幻だ」
 メリーナの鞘の赤いナイフは何を見せたのだろう。矢車の中にうっすらと残った過去の甘美な思い出だろうか。
「そして全ての男も女も役者に過ぎない、ってね。だったら俺らもその役割を果たすとしようか。コイツの仏頂面をブン殴るって役割をなっ! そろそろ幕の引き時だろ!!」
 ジグザグにナイフを閃かせ、ダレンはがなる。
「本気の一発を叩き込んでやれ!」
 纏は頷く。固めた拳を振り上げた。
「これでお終い、この演目で貴方が演じる役目に幕を降ろしましょうか……!」
 ダモクレスに美しく決まった纏のアッパーカット。放物線を描いて落ち行く矢車を、
「日常に害為す異端なる存在は狩り屠る。此処まで大胆にやってきたのだ。ちゃんと相応の駄賃は支払って貰うぞ?」
 流は『上昇する流星』よろしく蹴り上げた。
 血反吐を撒きながら錐揉みで再び落下するダモクレスを、
「キミにはここで退場してもらう!」
 レスターのバスターライフルが正確に撃ち抜く。
 爆散する矢車の破片が雨あられと墜ちて行く。
「これにて閉幕となります。なんちゃって♪」
 紫緒が呟く。
 ばしゃ、ばしゃと乾きかけてもなお液状の犠牲者の血溜まりが、破片を受けて跳ねて、立ち尽くすレスターの足元が赤茶色に汚れていった。
「……どうせ見るなら喜劇がいい。哀しい話は泣きたくなるよ……」

●されどアンコールは不要
 エレは、大きく息を吸って、吐いた。鉄臭い空気が鼻腔を苛む。
「落ち着いて、落ち着いて……」
 泣きたくなるほどの怒りはまだ治まらないが、エレが泣いている場合ではない。
 犠牲になった罪なき人々のためにも、何か手掛かりを見つけようとエレは周囲を捜索し始める。
 流はため息を吐いて、これ以上死体が辱められないように片付けに入った。
「……今は敵の事より目の前の事に集中するか」
「助けられなくて、ごめんなさい」
 纏は犠牲者の安寧を祈る。隣でダレンは無意識に煙草を探ろうとし――やめた。ここは禁煙だし、そんな状況でもない。
「お、終わりました、ね……紫緒さんもお疲れさまです、お怪我ないですか?」
 弱々しく柊が微笑むと、
「ヒイラギさんこそ、大丈夫ですか?」
 紫緒はぎゅうっと彼を腕の中に閉じ込める。
「ちょっ、あ、ああああの紫緒さん近っ、近い、です……っ!」

 メリーナは劇場を出ると、集まってきていた関係者にあえて笑顔を向けた。
「大丈夫、悪い奴は、もう居ませんから」
 それを聞いてわあっと泣き出す人は、死んだ者の近親者だろうか。
「ね、泣かないで――」
 メリーナはそう言うことしか、できなかった。

作者:あき缶 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年2月11日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 4
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