『基礎』のノーナ

作者:柊透胡

 奈良県下、山間部――その日、限界集落と目されていた村落が1つ、消滅した。
 人口約50人の半数以上が高齢者。突然の災厄に逃れる術もなく、次々と、ビームやミサイルの餌食となっていく。
「……う……あ……」
 へたり込み、言葉にならぬ呻きを上げる老女。ほんの10分前まで、金婚式も過ぎた連れ合いと日課の散歩を楽しんでいた。
 それなのに……傍らに転がる、肉塊は、ナンダ?
「……あ、ああぁぁぁ」
 ――――!!
 紫雷の如き一条のビームが迸る。一瞬で炭化した老女が、最後の1人。
「現場リポート。現在地、奈良県下山間部集落……生体反応ナシ。グラビティ・チェイン収奪完了」
 砲塔やミサイルポッドを具えた紫の雌獅子――ダモクレスは、徐に首を巡らせる。自ら作り出した酸鼻の光景に何ら感慨も見せず、淡々と報告を続ける。
「引キ続キ、捜索続行。グラビティ・チェイン収奪作戦ヲ継続シマス」
 機械音声のような声音は高く、女性的に聞こえない事も無い。
「識別コード『クァンタ・ベリーの十姉妹』九番機『基礎のノーナ』。オールオーバー」

「年明けより始まった『指揮官型ダモクレス』6基による地球侵略作戦は、今も継続されています」
 都築・創(青謐のヘリオライダー・en0054)は硬い表情のまま、集まったケルベロス達を見回した。
「グラビティ・チェインの略奪を任務とする軍団を率いる指揮官型ダモクレスの呼称は、『ディザスター・キング』。その軍容は6つの軍団の中で最大、主力と言って過言でありません」
 他の指揮官の多くが『今後の戦いの為の準備』を行う中、最初から全力で、グラビティ・チェインを奪いに来ている。
「奈良県の山村に現れたディザスター・キング配下の名は、『基礎のノーナ』。識別コード『クァンタ・ベリーの十姉妹』の九番機、だそうです」
 タブレット画面に目を落とし、創は粛々とデータを読み上げる。
「ディザスター・キングの軍団の作戦は、襲撃と略奪に特化している為、襲撃前に予知しての阻止が不可能という特性があります……奈良県の山村も、残念ながら生存者は」
 犠牲者は約50名。集落1つが全滅した事になる。
「非常に悔しい事ですが、最初の襲撃の予知は叶いませんでした。しかし、基礎のノーナが次の襲撃場所へと移動するタイミングでならば、迎撃は可能です」
 このまま、危険なダモクレスを放置しておく訳にはいかない。
「山村を後にした基礎のノーナは、次の標的を捜しています」
 基礎のノーナは『紫の雌獅子』のような姿。更なるグラビティ・チェインを求め、速いスピードで下山している。
「単独行動ではありますが、その火力は侮れません。砲塔やミサイルポッドを具えており、重火器による殲滅を得意としています」
 幸い、基礎のノーナの移動ルートは、特定されている。一部、山中の自動車道を通過するようなので、ヘリオンより直接降下して待ち構えれば良いだろう。舗装された自動車道ならば、足場もスペースも戦闘に差し支えない。
「ただし、基礎のノーナの目的はあくまでも『グラビティ・チェインの略奪』です。彼女にしてみれば、わざわざケルベロスを相手取るより、進攻ルートを変える方が手っ取り早いでしょう。迎撃時には必ず『逃がさない対策』を講じておいて下さい」
 逃走が難しいと判断すれば、基礎のノーナはケルベロスに挑んでくるし、1度戦闘が始まれば、逃走もしなくなる。全力でケルベロスを倒そうとしてくる筈だ。
「基礎のノーナの攻撃は、ビーム砲やミサイルによる重火器が基本です。しかし……どうやら隠し玉を持っているようです」
 そのグラビティは『基盤(イェソド)』と呼称されているが、詳細は不明。
「隠し玉だけに、強力な攻撃と思われます。くれぐれも油断されないよう、お気を付け下さい」
 ここで、基礎のノーナを逃がしてしまえば、更に多くの一般人が殺されてしまうだろう。
「犠牲になった人々の無念を晴らす為にも……どうか、皆さんの力をお貸し下さい。武運をお祈りしています」


参加者
五継・うつぎ(ブランクガール・e00485)
鳳・ミコト(レプリカントのウィッチドクター・e00733)
比良坂・黄泉(静かなる狂気・e03024)
桂木・京(ダモクレスハンター・e03102)
土竜・岳(ジュエルファインダー・e04093)
浦戸・希里笑(黒鉄の鬼械殺し・e13064)
空木・樒(病葉落とし・e19729)
知井宮・信乃(特別保線係・e23899)

■リプレイ

●『基礎』のノーナ
 奈良県山中――寒気が身に滲みる自動車道で、比良坂・黄泉(静かなる狂気・e03024)は腹ごしらえにあったかな肉まんをもぐもぐと。
 もうすぐこの道路を、ディザスター・キング配下「基礎のノーナ」が通過する。
「基礎、って何の事でしょう?」
 首を傾げる知井宮・信乃(特別保線係・e23899)の呟きに、鳳・ミコト(レプリカントのウィッチドクター・e00733)はガードレールを跨ごうとした足を止める。
「生命の樹って知ってる? イェソド、『基礎』は第9のセフィラ。だから、ノーナは『クァンタ・ベリーの十姉妹』の九番機」
 そして、十番機の『王国』は『心』を得て離反した。
「姉妹で相争うなんて、さぞお辛いでしょうね」
 土竜・岳(ジュエルファインダー・e04093)の気遣いに、ミコトは肩を竦める。
「どうかな……大分離れていたような気もするし、確かに、現状は気になるよ」
 子供っぽい表情に違う、他人事のような返答も束の間。小さく頭を振る。
「……うん、何も感じてないと言うと嘘になるかな。裏切ったのは、わたしの方なんだから」
「それは……」
「そろそろ、時間だ」
 桂木・京(ダモクレスハンター・e03102)のクールな声に、車道の左右に分かれて待ち伏せるケルベロス達。
「指揮官型ダモクレス達には毎回後手に回ってしまうね……」
「村の被害を防げなかったのは痛ましいですが、これ以上の犠牲を出させないように頑張りましょう」
 思わず溜息を吐く浦戸・希里笑(黒鉄の鬼械殺し・e13064)も、五継・うつぎ(ブランクガール・e00485)の決意に否やは無い。
(「村の人を皆殺しにするなんて……絶対に破壊しないと」)
 肉まんを食べ終えた黄泉も、鋭く紅の瞳を眇めて待ち構える。
 ――果たして、重々しくも速い足音が地響きとなって伝わるや、ケルベロス達の視界にメタリックパープルの影を捕える。
「ノーナ、久し振り、かな」
 気負う様子もなく、ミコトはダモクレスの進行を阻むように立ち塞がる。
「逃がしません。この道路が貴女の終点です」
 やはり機獣の真正面から、凛々しく言い放つうつぎ。
「……」
 軽やかに止まったものの、基礎のノーナは何も答えない。首を巡らせる素振りは、迂回路を探しているようにも見える。
 ブオォォォッ!
 轟くエンジン音。急斜面より飛び出したのは、ライドキャリバー「ハリー・エスケープ」に騎乗した希里笑。素早く基礎のノーナの後方に回り込む彼女と、空木・樒(病葉落とし・e19729)はいっそにこやかに肩を並べる。
「狩るモノが狩られる側に回る、貴方も無念を抱えて討たれては如何でしょう」
「ダモクレスにはただの標的でも、私にとってはお客様であり得たかも知れない人達でした。掛替えの無い人生を、壊したあなたは許しません!」
 後方を塞いで声を張る信乃。同時に、後のケルベロス達が側面から包囲する。
(「村人の無念を晴らす為にも、これ以上の犠牲を出させない為にも」)
 眼前の雌獅子は、確実に狩る――手袋を脱ぎ捨てた京の右腕より噴き上がる『地獄』。それは、ダモクレスへの復讐の証。
「これ以上はやらせません!」
 岳としても、取り戻せない命があるのは本当に悔しい。だからこそ、ここで守り抜く気概だ。
 剣呑を漂わせて黄泉が徐に魔導書を開けば、静かに身構える基礎のノーナ。
「敵性確認。掃討開始」
 判断すれば速攻。ケルベロス達が動くより早く、ミサイルポッドから幾つものミサイルが射出。前衛4人+1体に降り注いだ。

●耐戦の幕開け
「ありがとう」
 早速盾となってくれた希里笑に声を掛け、雷刃突を敢行する信乃。
「お怪我はありませんか? なら良かったです」
 素早く樒を庇ったうつぎは、柔らかく目を細める。微笑みを返した樒は、身構えるや――その表情が険しくなった。
(「まさか、これ程とは……」)
 技の命中率は眼力で知れる。まさか、その何れもが樒が定めた基準を下回るとは。
「わたくしの前で仲間が倒れ伏すなど、決してさせたりは致しません」
 常は回復特化で動いている樒。咄嗟に、王薬【elixir】を投擲してディフェンダー達を癒したが……今回は、ダメージディーラーと成り得るかどうか。
 続いて、前衛にサークリットチェインを描いたミコトの表情も芳しくない。うつぎの破鎧衝、希里笑のスパイラルアームは相次いでかわされた。その動きは通常より鈍い。メディックのヒールをしてキュアしきれぬならば、敵のポジションは1つ。
「ジャマーだね」
 淡々と断言し、黄泉はペトリフィケイションを詠唱する。
「蜂の巣になるがいい」
 冷ややかに言い放つ京のクイックドロウに続き、岳より紫電が迸る。
「ビリビリしちゃって下さい!」
 ジャマー2人の攻撃は相次いで機獣に爆ぜるも、すぐ一筋縄でいかないと実感する。
 どんなに威力が高かろうと、当たらない攻撃は無いも同然。あらゆる厄は、まず敵に命中しなければ撒く事すら叶わない。
(「足止めにもなりやしない」)
 故に、如何に迅速に『全員の攻撃が当たる』状態にするかが肝心だが――内心で吐き捨てた京も含め、命中に関するグラビティを用意したケルベロスは皆無。ライドキャリバーのキャリバースピンは、使役修正故に心許ない。これに、ジャマーのプレッシャー攻撃を頻繁に被れば、苦境はすぐ予想出来た。
 ジャマーの厄には、ジャマーのキュアが1番手っ取り早い。だが、岳にも京にも、範囲型キュアやBS耐性の用意は無かった。最大効率を以て、忽ち積み上がる前衛の厄の対応にはミコトのサークリットチェインや希里笑の紙兵散布では足りず、個々のヒールで火力が減ずる悪循環にもなりかねない。
「私の眼から逃げられると思うなよ……お前はすでに丸裸だ」
 苛立ちを隠し、強気を言い放つ京。サイコフォースを独自に変質させたフォースバーストは、基礎のノーナの装甲を微細な粒子にまで破砕する。
「ターゲット変更」
 一転して、機獣の砲塔が京に向けられる。幸いとばかりに殺到する前衛の攻撃をあしらいながら、時に岳をも巻き込み、重火力が執拗に中衛へと降り注ぐ。
「……っ」
 灼熱の集中砲火に、京の義骸装甲はよく耐えた。ディフェンダーにも庇われ、ヒールも注がれた。だが、徹底した集中攻撃を凌ぎきるには、地力が及ばず。
「この銃弾の檻、抜けてくるとは……」
 交錯する跳弾の一切を呑まん勢いで浴びせられた集中砲火に耐え切れず、右腕の地獄を噴き上げ京は崩れ落ちる。
(「ノーナ、らしい……」)
 続いての砲撃は後衛に。侵蝕弾をサークリットチェインで対応しながら、ミコトは苦笑を浮かべる。
 黄泉を巻き込みながら、ミコトが2番目に狙われたのはメディックであり2番目に打たれ弱いから。実戦経験の程は、眼力で量った命中率からある程度知れよう。清々しいまでの効率最優先。
 尤もどんな姿のダモクレスも、レプリカント化すれば人型となる。基礎のノーナが『デキマ』を認識しているかは怪しい。
(「『心』を得て、十姉妹から離反して……間違っていたのはわたしの方かもしれない」)
 それでも、今まで得た全てが背を押してくれるから。ミコトは集中攻撃を凌がんと懸命にヒールに専念する。だが、防具耐性の相性の悪さからも、少女に限界が訪れるのは京よりも早かった。

●『基盤』
 敵の行動を失敗させるパラライズや石化は、発動すれば確かに強力。敵が動けなければ、ダメージを被る事は無く――故に、岳を始め、拘束系のグラビティを準備してきた者は多い。
「ドリルキック、行きます!」
 プレッシャーに冒されながらもパラライズ技を浴びせる岳とうつぎ。相棒に騎乗し、希里笑もフォートレスキャノンを敢行する。医療器具のような暗器が閃く樒のシャドウリッパーに続き、空の霊力を帯びた信乃の斬撃も正確に厄を深める。
「チャンス、だね」
 発動率を考えれば、幸運と言えた。基礎のノーナの動きが止まった瞬間を逃さず、黄泉が構えるガトリングガンが烈火を噴く。うつぎの気咬弾が鮮やかな孤を描き、信乃の雷刃突は文字通り光速を帯びて。
「頭脳を焼き切って差し上げましょう」
 獅子の頭を挟んだ樒のライトニングロッド二刀が莫大な雷流を叩き込む。希里笑とハリー・エスケープの連携攻撃が、相次いで機獣に突き刺さった。
「『想い』の力、受け取って下さい!」
 車道に叩きつけた岳のライトニングロッドより光の衝撃波が迸る。その輝きは、アメジストの如き紫――石言葉は「誠実・愛情」。
「『心』がある私達の力を、貴女には理解できないでしょう。だから……私達が勝ちます!」
 高らかな宣言と共に、光の奔流はアスファルトを砕き割り機獣を呑む。
「いけました!?」
「……まだ、だね」
 もうもうと立つ土煙を透かし、小さく頭を振る黄泉。それでも、怒涛の連撃は少なからずのダメージを与えただろう。頷き合ったケルベロス達が畳み掛けようとしたその時。
「来ます!」
 基礎のノーナの橙の双眸が光る。これまでにない前兆に、信乃は警告の叫びを上げる。あわよくば発動の阻止も考えていたが、クラッシャーの身では庇う事も出来ない。
「コード・イェソド――ラン」
 黄泉を襲ったのは、名状しがたい感触だった。侵蝕と略奪――身体から何かが抉られるような。
「ハリー!」
 大事が奪われる、その寸での所で射線を遮ったライドキャリバーのエンジン音が、唐突に途切れる。身を挺して黄泉を庇い倒れた相棒からダモクレスに目を向けた希里笑は、ハッと息を呑む。
「回復して……!?」
 基礎のノーナに穿たれた傷は、消えていた。ケルベロス達を睥睨し、美しき紫の機獣は悠然と砲塔の標準を合わせる。
「……重力。わたくし達が存在する為に必要な力。重力が無ければ、星も生命も存在出来ない……正に、『基盤』」
 螺旋帯びる掌底越しに、強制的なグラビティ・チェインの流れを感じた。合点が入ったように呟く樒。命が内包するグラビティ・チェインを強奪し、己の生命力に変換する技――それが基礎のノーナの隠し玉『基盤』。
「簡単に言えば、強力なドレイン技ですね」
 岳は厄介そうに眉を顰めている。単体技の威力は侮れぬ上に、ジャマーによるドレイン技の回復量は、クラッシャーに勝る。ダメージ=回復量を抑えるにも、武器封じの技を使えた京は早々に倒れ、もう1人、信乃のサイコフォースは、プレッシャーが幾重にも重なる中では、命中も厳しいだろう。
 6対1――数の優位は、変わらずケルベロスに在る。だが、その事に安穏とする者はいない。
 ――――!!
 広域型重力光弾が、広域型腐蝕弾が幾度もケルベロス達を爆撃する。プレッシャーに苛まれ、武威を蝕まれながら、稀なるパラライズ発動による敵襲の間隙をヒールで凌ぐ――必然、戦いは長引く。既に時間の感覚は鈍化していた。

●紙一重の結末
 只管にグラビティを放ち、反撃に耐える。命中しなければ、当るまで実直に。ヒールにも限度がある。泥臭いまでの消耗戦の中、集中攻撃で体力尽きた者から1人、又1人と膝を突く。
 それでも、敵も無傷ではない。紫の体表はあらゆる箇所が裂け、内部機構が覗く。砲塔も片方が崩壊していた。何れも限界は、近い。
「浄命機関起動・言霊認証――どうか、押し切って」
 自身のコアより精製された治癒の荷電粒子を置き土産に、とうとう希里笑が集中砲火に呑まれる。
 いよいよ戦場に立つケルベロスは、うつぎのみ。ここを突破されれば、更なる虐殺が起きる。故に、ケルベロス達に「撤退」の二文字は無かった。
「私も自我が芽生えないままだったら、貴女のように殺戮を行っていたかもしれない」
 故に――うつぎは、震える矛先を尚もダモクレスへ向ける。
「でもそうはならなかった。だから貴女を、止めます」
 不退転の決意を超高速の突撃に換え、真っ向から貫いた瞬間。基礎のノーナの橙の双眸が光る。
「コード・イェソド――ラン」
「が……は……」
 身体の芯を根こそぎ奪われるような衝撃に、うつぎは激しく身を震わせる。
「その火力、弾幕、確かに貴女は強い――だから、ここでおやすみなさい」
 限界を超えて、辛うじて、踏み止まった奇跡。伸ばされた少女の両腕は、いっそ優しく機獣を抱き締める。
 ――――!!
 自損も構わず、うつぎはありったけの弾薬を零距離で撃ち込む。その一斉掃射はダモクレスの装甲を穿ち、抉り、破壊する――長き耐戦の末、積み上がったヒール不能のダメージ量は紙一重で敵が上回った。そして、押し切れれば、「乙女の抱擁」は確実に引導を渡す技だった。
「……ダメージ、リポート……耐久限界値突破。機能、停止――」
 パチパチと体表に電気を走らせ、基礎のノーナは無感情にうつぎを見返す――地に臥すや、粉々に瓦解した。

 10分後――戦闘不能から回復したケルベロス達は、ゆっくりと身を起こした。基礎のノーナは、戦闘不能にトドメを刺す手間さえも非効率としたのだろう。死亡は勿論、重傷さえないのは幸いだった。
「ギリギリ……」
 力なく両拳を握るうつぎ。ほんの紙一重でも勝利は勝利だ。じわりと胸郭の奥が暖かくなる。
「……」
 京は無言のまま、『地獄』燃える右腕に手袋を嵌める。長く見続ける事となった苦戦を反駁してか、憮然の呈。
「……完全消失、だね」
 ノーナの亡骸は、既に跡形もなかった。淡々と荒れたアスファルトを見下ろす黄泉と肩を並べ、信乃は思う。
 休日を潰し、深夜2時の電話で叩き起こされ、無茶なスケジュールの出張もこなし――そんな生活に何かの意味があるとするなら。
(「それは、今回のような事件を見付けて、被害を食い止める事でしょう」)
 辛勝であろうと、「特別保線係」の意義を見出せた。瞑目する信乃の表情は穏やかだ。
「先に襲撃を受けた山村も、確認が必要でしょうか」
「うん、埋葬したい。でも、こっちの後片付けが先」
 犠牲をゼロに出来なかったとは言え、ここでダモクレスを撃破出来た意味は大きい。微笑み混じる樒の慇懃な言葉に返し、荒れた車道にヒールドローンを展開する希里笑。安堵の色漂う相棒を気遣うように、復活したライドキャリバーが寄り添う。
「判りました。皆様の気持ちの整理がつくまで、お付き合いしましょう」
(「良かった。暴走は……出来なかったしね。リスクとリターンが釣り合わないから」)
 屈託ない少女の外見と裏腹の判断力は、『心』を得る前と変わっていないと思う。それでも、仲間を信じて支援に専念したのは論理性だけじゃないとも、ミコトは思う。
「泣きたければ、我慢しなくていいんですよ?」
 でも、まだ人情の機微などはよく判らないから、ハンカチを差し出す岳の気遣いに少女は小首を傾げる。
「『心』があるなら当然の事です」
 大きく見開かれた赤い瞳から今にも零れ落ちそうなのは、恐らく本人も気付いていない――代わりにとてでも言うように、車道を渡る風がビョウと啼いた。

作者:柊透胡 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年2月25日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 6/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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