心無い少女人形

作者:森高兼

 ある山中の集落では毎年大雪が降る。通常の積雪以外に急斜面の雪が崩れれば、街に通じる道路が断絶されそうな豪雪地帯だ。数時間前も吹雪だった。
 集落に徒歩でやってきたドレスの少女が、近くの民家を訪ねて老夫婦に穏やかに微笑みかける。
「ごきげんよう。さようなら」
 挨拶の後すぐに別れを告げ、話すような声量でソプラノの歌声を響かせた。
 老爺が何かの幻に囚われて倒れ、続いて驚愕していた老婆も狂って息絶える。
 グラビティ・チェインの略奪に民家を訪ね歩き、『レナータ・ドール』は住民の命を奪っていった。まるで記録された曲を再生するように音程が一律の歌声。あくまで密かな行動にて、外に出ていた者は……。
「あら、お散歩でしょうか?」
 質問の回答を待たずして、ドレスの裾から展開させた剣で優雅に踊りながら血祭りにあげた。
 集落全体を見渡せる場所に居を構えた長を歌声で殺し、レナータが回り残しの家がないことを認識する。
「この集落は全滅ね。新たなターゲットを見つけましょう」
 誰もいなくなった集落を後にするため、どこか空虚でうろ覚えのような鼻歌と共に歩き出した。

 指揮官型ダモクレスの地球侵略が始まり、その内の一体『ディザスター・キング』が派遣する配下によって襲撃事件が引き起こされている。襲撃自体は防ぐことのできない案件だ。
 サーシャ・ライロット(黒魔のヘリオライダー・en0141)が集ったケルベロス達に此度も険しい表情で告げてくる。
「ディザスター・キングが再び配下を派遣してきたぞ。被害に遭ったのは集落で、襲撃したのはレナータ・ドールというダモクレスだ。立ち居振る舞いこそ丁寧な少女のようだが……人々に容赦ない奴だぞ」
 人が残っておらず、長の家を発って集落の出入口を目指すレナータ。
「このままでは被害が広がってしまうだろう。奴を迎撃するのは今しかない」
 戦場となりそうな地域に何かあるらしく、サーシャが困ったように眉根を寄せてきた。
「車道は二車線になっている。斜面の反対側にある崖の下は川だ。飛び込まれることはないだろう。だが身を潜めて挟撃するのは難しいかもしれないぞ。周辺の雪を利用して戦わざるを得ない状況に追い込んでくれ。ただでさえ……逃走を優先する敵だからな」
 一旦レナータを戦闘に集中させれば、それ以降の逃走は心配しなくとも済むのだ。
「奴の歌声は嫌な記憶を呼び起こす呪力が帯びている。効果を受けるのは一人だけだが、その分強力だ。足には複数の剣が収納されているらしい。一つ一つが独立して動き、足元を中心に斬りかかってくるようだな」
 レナータは2つの攻撃の他に、ヒールで歌詞の無い唄を歌う。容姿に見合った可愛らしい声で自身にかかった呪力を解除可能だ。彼女の戦闘態勢から長期戦もありうるだろうか。
 サーシャが少し表情を緩め、ケルベロス達を一瞥してくる。
「ディザスター・キングが率いているのは主力軍団だ。最初の被害は防ぐことができないのならば……その派遣されてくる戦力を討ち、奴に多大な損失を思い知らせてやるといい」
「はいっ」
 両拳を握り締めながら、綾小路・千影(がんばる地球人の巫術士・en0024)はサーシャの一言に頷き返していた。


参加者
アリス・ティアラハート(ケルベロスの国のアリス・e00426)
ウィゼ・ヘキシリエン(髭っ娘ドワーフ・e05426)
芹沢・響(黒鉄の融合術士・e10525)
イッパイアッテナ・ルドルフ(ドワーフの鎧装騎兵・e10770)
アラタ・ユージーン(一雫の愛・e11331)
シルヴィア・アストレイア(祝福の歌姫・e24410)
天変・地異(ディザスタードラグーン・e30226)
ドルミール・ファーゲル(忘れ去られた唄・e31016)

■リプレイ

●その重み
 『レナータ・ドール』と対峙する時は刻一刻と迫っていた。
 相次ぐ家族との戦いを前に、ドルミール・ファーゲル(忘れ去られた唄・e31016)が不安げな顔をする。
「兄さまの事を思うと、姉さまと会うのは……少し怖いわ。でも、姉さまだからこそ……止めなきゃよね」
 アリス・ティアラハート(ケルベロスの国のアリス・e00426)はドルミールを心配そうに見やった。だが、かける言葉が頭に浮かんでくれない。
(「ドルミールさん……さぞ、お辛いでしょう……」)
 先の戦いでドルミールに力添えした、芹沢・響(黒鉄の融合術士・e10525)がいずれ自分も力を借りるかもしれなくて吐露する。
「戦わなきゃなんなくても身内と戦うのに慣れるわけねぇよな。オレも見知った奴が敵にいるから少し解るぜ」
「ダモクレス……か。ディザスター・キング派の容赦なさは酷いぜ。弱者を守り強敵を討つ。それが正義だ」
 天変・地異(ディザスタードラグーン・e30226)はその姓から敵指揮官の名に妙な気分だった。とはいえ、意気込みは十二分だ。
 すでに集落は被害に遭っており、ウィゼ・ヘキシリエン(髭っ娘ドワーフ・e05426)が嘆息する。
「襲撃を妨害できぬのは歯がゆいのぅ」
(「たとえ、復旧しても……」)
 イッパイアッテナ・ルドルフ(ドワーフの鎧装騎兵・e10770)は住民達の遺族を慮っていた。やりきれない気持ちは切り替えていくしかない。
 少女ながらも付け髭をしているウィゼが、落ち着こうと髭を整えて腰に手を当てた。
「あたし達のできることをしっかりと果たして、次を無くすのじゃ」
 ドルミールが頼れる仲間達がいることを噛み締めて気丈に頷いてみせる。
 少女の健気さに応えるように、綾小路・千影(がんばる地球人の巫術士・en0024)は深く頷き返してきた。
 ケルベロス達がレナータの逃走を封じる作戦決行のため、緩やかなカーブとなっている道路で散開する。
 舗装されていない道路脇の土中に潜むウィゼとイッパイアッテナは、諸々の不可欠な計算をした地点で立ち止まった。
「ここで良いかのぅ」
「除雪の跡がありますね」
 上手く雪をどかすことでレナータも気には留めないだろうか。
 集落出入口からは死角かつある程度離れた道路脇で、シルヴィア・アストレイア(祝福の歌姫・e24410)が足を止める。
「この辺りの雪は高く積もっているみたいね」
 白いマントを用いる者もいて隠密気流の役に立つはずだ。
 アラタ・ユージーン(一雫の愛・e11331)は確認をとっておこうと、一旦道路の中央に出て遠方の斜面を指差した。
「あそこに射撃するのだろう?」
「間違いないよ!」
 しばらくして……雪の陰から奥を覗いていたシルヴィアが、身振り手振りでレナータが来たことを合図する。
 指定ポイントに皆がグラビティを発動させ、地異は最後にアームドフォートを展開した。
「いっくぜぇーッ!」
 火と煙を噴く3メートル弱の特大ミサイルを発射し、素早く上へと乗る。軌道修正させてから跳んで離脱して皆の所に戻った。着弾点に拳を向けて意気揚々と叫ぶ。
「どッかーん!」
 怒涛のグラビティで斜面から大量の雪が流れ、レナータの背後に続いていた道路に堆積した。斜面反対側はどうにか移動できそうな状態になっている。雪が偏ってしまうのは仕方ない。
 皆がレナータを突破させないように横並びで立つ。戦列にはイッパイアッテナのミミック『相箱のザラキ』がいた。サーヴァントは響のボクスドラゴン『黒彪』とアラタのウイングキャット『先生』もおり、易々と超えられはしないだろう。
 集中砲火を承知の上か、レナータは踵を返してきた。ヒール特化で強引に雪の少ない端から抜ける算段らしい。
 しかし、イッパイアッテナ達が自ら被っていた雪から飛び出した。少々無茶な待機だったかもしれないものの、目覚めてから雪の冷たさには耐えていたのだ。ウィゼと肩を並べてレナータに立ちはだかる。
「もう集落の土は踏ませない!」
「逃げようと思えば、逃げられてしまうからのぅ。ここから先は通行禁止じゃ」
 ウィゼはレナータに睨みを利かせた。此度に思い切った作戦をとることができたのは、人々が根絶やしになっているからでもある。失われてしまった者達の命……無駄にするわけにはいかない。

●空の心
 ケルベロス達を警戒しながらも仕かけてはこないレナータ。短絡的に見れば戦力が2人の側を見据え、まだ逃走は諦めていないようだ。
 響はひとまず話しかけてみることにした。
「あんたが、レナータか。シスコンダモクレスのおねーちゃんだったよな?」
「何のことかしら」
 微笑んでいてとぼけているのか判断しかねるレナータに、地異が包囲完了と言わんばかりに言い放つ。
「罠に気づかないとは、ディザスター・キングがっかりするだろうな」
「ただこの場を切り抜けるのみね」
「レナータさん……グラビティ・チェインをご所望でしたら……私達から取ったらいかがです……? それとも、私達に倒されるのが怖くてできませんか……?」
「皆さんの力を侮るつもりはありません」
 結局はアリスの挑発にも乗ってこないレナータだった。彼女が反応しそうなのは、やはりある者に関してなのだろう。
 アラタは響とドルミールに目配せした。それから、レナータに告げる。
「レナートは死んだよ。嘘じゃない、ここに立ち合った者がいる。お前達の妹も」
「そういや妹に勝てなかったよな、レナートの坊やはよ。その場合、なんて呼ばれちまうんだ? ダメクレスとか?」
「…………」
 響の一言に、レナータが仮面のような微笑から無表情になってきた。怒っているのかもしれないが、かえって『人形』ということを強調させる態度だ。
「姉さま、ルミィの演奏を聴いてほしいの」
 ドルミールはレナートの遺品たるバイオリンで演奏を開始した。彼と本当に僅かながらも似ていたのか、レナータに無表情のまま耳を傾けられる。状況を考慮した演奏者の中断で完奏には至らなかった。
「……兄さまはもっとうまく弾いていたけれど」
 バイオリンを拙く鳴らしたドルミールが、ちょっとの間でも聴き入ってくれた『姉』に微苦笑する。その直後に憂い顔となった。
「でも、兄さまはもういないわ。弱かったから、やっつけられちゃったのよ。兄さまもきっと、『失敗作』だったのね……姉さまはどうかしら?」
「双子の私達に妹がいたとしても関係ないわ」
 『兄』の時と同様に拒絶されることは予想できていたけど。やはり心に突き刺さってくるものだ。
 あくまでプログラムに従うように、レナータは命令遵守するべく目線を移して隙を窺ってきた。戦闘不可避の結論が覆ることはないはず。ようやく……激しい殺気を迸らせてくる。
「貴方達を排除します」
 のどかに暮らしていた人々の血を吸った刃を展開し、ダンスしながら周囲の前衛陣に襲いかかってきた。
 表情を読み取られるぐらいの近さでレナータに攻撃され、アラタが彼女に問いかける。
「レナータ、憶えているか? お前がさっき手にかけた人たちのこと。集落の人たちは大切な人と肩を寄せ合い生きていた。奪われていい命なんて一つも無かった。だから……アラタはお前が許せないよ」
 ある日に芽生えた『心』があるゆえ、どう転んでも悲しい結果にしかならない戦いに思わず涙ぐんだ。
(「先生……胸が張り裂けそうだ」)
 歯を食いしばって堪え、肘から先をドリル回転させてレナータのドレスを穿つ。
 同じく危険を顧みない間合いにいるウィゼは、レナータの一挙手一投足を観察して高速演算で弱点を見定めた。
「砕いてみせるのじゃ!」
 気炎を上げて導き出した攻撃部位はレナータの右手だ。身構えられていて固いガードをあえて打ち破らんと、シュシュをはめた手首に打撃を加えた。
「……っ!」
「これより先へは、通すわけにはいきません……!」
 アリスが自身を優しく包み込む虹色のオーラから弾丸を精製し、レナータの時を凍結させようと彼女に撃ち込む。
 刃にグラビティ籠め、イッパイアッテナは遮る物全てを貫いて大地に突き立てた。
「大地の力を今ここに……顕れ出でよ!」
 この地と龍穴の次元を一時的に繋げて共鳴させ、大地に眠っている清浄なる力を呼び覚ます。
 相箱のザラキが前衛の一員として恩恵を受けながら、レナータにエクトプラズムで模ったバイオリンを思わせる鈍器を振るった。
 仲間が苦痛を抱えて戦うのならば、シルヴィアはその者達のために歌わずにはいられない。何故なら……。
「私はアイドルだからね。歌を殺人の道具に使うっていうのは許せないよ! この歌でみんなを守ってみせる!」
 守りの加護を与えられるのは前衛陣だが、応援の心は誰しも届くように奮起させる歌を奏でた。

●音の欠片
 レナータが『トラウマ』に囚われる歌を轟かせてきた。可愛らしい、あるいは綺麗でありつつ……どす黒い何かが、その歌声には宿っている。
 ウィゼの正面まで飛んで庇うことに成功するも、唸り出す黒彪。対象者以外とて何となく不快感は覚えさせるものであり、くらった者ならば苦しみ悶えて当然だ。
 ドルミールは以前に元気をくれた黒彪を気にかけていて、己の幻について考えてしまった。
(「兄さまも姉さまも倒せたら……ルミィは『失敗作』じゃないかしら。パパも、帰ってきてくれるかしら……」)
 敵同士で道が交わる可能性は無い。『パパ』に受け入れてもらえない悪夢を再現されそうな恐怖に負けまいと頭を振った。
 精神攻撃を行ってきたレナータに対し、ウィゼが攻性植物を『蔓触手形態』に変形させて物理的に彼女を捕える。
「お返しといこうかのぅ」
 複雑に絡みつかせるよりダメージを優先してきつく締め上げた。
 グラビティの応酬で前衛陣がレナータに脚を斬られ、千影は戦場へと切り傷に適した薬液を降らせた。
「皆さんが安心して戦えるように全力を尽くしますっ!」
 拘束に屈しなかったレナータが、ヒールの唄ではなく魔歌をアラタに響かせてくる。
「守護者に祝福を……!」
 シルヴィアは瞬間の雰囲気に沿った即興の歌を創作した。最大の祝福でウィゼのグラビティ・チェインを増幅させて呪いを解く。
「千影、シルヴィア!」
 一振りにてレナータに呪力を多重付与しようと、地異がゾディアックソードを天にかざした。
「お互い、仕事を全うしようぜ!」
 正義の名の下、剣に宿った星座のオーラを繰り出して雪を舞い散らせながらレナータを凍てつかせる。
 さすがのレナータも皆の猛攻に疲弊してきたらしく、歌詞が無いという唄を歌ってきた。レナートの演奏を聴いたことがある者には……所々で初めて聴く気がしない唄だ。
 アラタが頭上にからし種を、手に魔導書を出現させてレナータに忠告する。
「気をつけろ! ツーンっとするぞ!」
 からし種から金色の荷電粒子を纏った追尾砲が放たれた。1発、また1発と絶え間なく押し寄せ、弾けて煌めく13発の衝撃がレナータの全身を捉えていく。
 刃を内蔵するレナータの足を守るドレスに、先生は尻尾の輪を飛ばして命中させた。
 響が二枚のシャーマンズカードの力を解放する。
「いくぜ、『氷結の槍騎兵』と『悪戯猫の召喚』を除外し召喚! ぶった斬れ! 『蒼氷の猫武者』ッ!」
 異なるエネルギー体の融合で、氷属性の帯びた甲冑を纏いし二足歩行の猫侍が出現した。冷気を発する刀を構え、レナータに接敵して一撃を見舞う。
 先程に唄で回復を図って生じた余裕から、レナータは懲りずにアラタの精神を蝕んできた。
 ウィゼが道路を駆け回りながらも器用に劇薬『エリクドトキシン』を調合していく。
「ピンチの時のお薬なのじゃ」
 その劇薬は配合によって毒にもなりうる。他者には見た目と臭いで区別をつけることができない。本人曰く『威厳』と『知性』を象徴する付け髭に誓って、アラタに飲ませるのは薬だ。
 解呪能力は無いため、千影は祈りを込めてアラタにオーラを撃ち出した。
「お祓い……できましたっ!」
 レナータが攻撃手の回復に回ったタイミングを狙い、あの唄でヒールしてくる。双子が揃っての曲調をイメージできる者にすら、完成した曲に感じられないのはどうしてか。
 ヒールが強力でも確実に弱ってきており、シルヴィアが一気に畳みかけるために攻めの歌を作り出す。
「歌なら負けないよっ! さぁ、私たちの歌を聴けーってね♪」
 明るく振る舞いはしたが、今度の歌は……洗脳されていた過去の罪を懺悔する想いが含まれていた。人々を殺したレナータに解らせようとするように、グラビティ・チェインの暴走を誘発する。
 始めから全員で挑み、さらなる攻防を繰り広げた戦闘も節目を迎えつつあった。ヒールで癒しきれない傷を数多く負った、レナータとの決着がもうじきつくことになるだろう。
「そろそろ、ケリをつけるぜ!」
 地異はひたすらエゴの正義を貫くためにチェーンソー剣を振りかざした。彼にとっては絶えずレナータを制するのが重要なこと。直前にウィゼの打撃をくらっていた彼女の右手を何度も斬りつけた。
「正義の斬撃は効くだろ!?」
「……歌うことに支障は無いわ」
 そんな強がりを言った後、レナータが唄をウィゼに聴かせようとしてくる。
 間一髪でウィゼに代わり呪われたのはイッパイアッテナだった。
「私は大丈夫です」
 攻撃目標にレナータが私情を挟み、ドルミールの負担になることはもうないと安心してよさそうだ。その一方で少女には、納得がいくまで戦って望みの結末をつかんでほしくもあった。
 アリスがイッパイアッテナとドルミールに呼吸を合わせる。
「これ以上、レナータさんの手を汚させないためにも……」
 花をあしらったデバイス付きウェストポーチに『クラブのA』をスラッシュした。魔法音声の再生と同時にメタモルフォーゼでエプロンドレスが変化していき、レナータを治癒の打ち消す闇の力に包み込む。
 二律背反の中で悩んでいたイッパイアッテナは、杖から変身させたペットを射出した。
「ドルミールさん!」
「ご決着を……!」
 イッパイアッテナとアリスのドルミールに願う事の根本は一致しており、少女の背中を押すように声が上げられた。
 ドルミールがマインドリングから光の剣を具現化させる。後方から無心でレナータに肉迫していった。
「姉さま……さような、らっ……!」
 喉元への一閃が決まり、無力な者を殺めてしまう声と共に命を奪った。斬られていた襟元のリボンが雪の上に落ちる。
 糸が切れた操り人形のごとくドルミールに向かって倒れ込んでくるレナータ。だが弟の名を呼べずに口だけを動かしながら、彼女が受け止める前に消滅していった……。
 別々の戦いを経て、識別コード『双子のオルゴール』は二体とも討ち果たすことができたのだ。

●君の傍に
 雪に両膝を突いて身体の芯まで冷えてしまいそうなドルミールの傍に、シルヴィア達はそっと歩み寄った。
「兄姉と戦うのは辛かったよね……悲しいよね……。せめて、レナータさんとレナートさんが安らかに眠れるように……」
 ダモクレスだったが、ドルミールの家族である事実に変わりはない。呆然自失している彼女のためにも葬送歌を捧げていく。
 響がシルヴィアの邪魔をしないように、静かに手を合わせた。
(「人様の身内を悪く言うのは心が痛んだぜ。オレがこんなこと言う資格は無さそうだが……弟さんと仲良くな。いつかまた会う事があったら、その時はちゃんと謝るからさ」)
 取り返しのつかないことをされても非情になりきれない。その矛盾こそが心を持っているということなのかもしれない。
 葬送歌が終わってからドルミールを放っておけなかったらしく、人見知りながらも彼女に身を預けさせてくる千影。
「しばらくは千影がこうしています。大丈夫ですっ」
 地上のヒールはアラタの先生に任せて、アリスは純白の翼で羽ばたいた。高い場所で及ぶ範囲の木々をヒールしていき、降り立ってから先生に礼を述べて色々なことを憂慮する。
(「あと、どれだけのダモクレスさんが……。ドルミールさんも、大丈夫でしょうか……?」)
 先生を労っていたアラタが、ふと集落の方向を一瞥して唇を噛んだ。救えなかったのが悔しい。それで『ごめん』を言いかけそうになったからだ。ドルミールの心を案じて今一度、彼女の傍に寄っていく。
(「……ドルミールはこれからも生きていくんだ」)
 くしくも我が手で残させることになった姉のリボンを抱き締めて、ドルミールは千影の胸の中で小さな体を震わせていた。
(「姉さま……兄さま……。パパに会いたい……パパに、会いたいの……」)
 家族との再会。そして、早すぎる死別。心を整理するには長い時間が必要だろう。
 少女を見守る者達は身体が冷え切ろうとも、心は温めるように彼女の傍らで迎えを待つのだった。

作者:森高兼 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年2月27日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 2/感動した 1/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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