噂の妖婆は人を喰う

作者:日野木尾


 森の奥にはちっぽけな小屋が有るんだ。そいつはそこに住んでるのさ。
 誰かって? 魔女だよ。人食い魔女さ。
 痩せた婆さんの姿をしているそうだ。まるで骨と皮だけで出来てるみたいにな。
 森の奥はそいつの縄張りさ。だから命が惜しいなら近付かない方が良いぜ。
 ーーそんな噂が少年の耳に入ったのは、つい先程の事。彼は思わず叫んだ。
「その小屋は僕の秘密基地だ! 魔女だって?! 会って文句を言わなくちゃ!」
 怖いもの知らずの彼は、すぐさま遊び場の侵犯者を探しに乗り出した。
 森へ駆け込み、張り出した木の根をくぐり、小川の飛び石の上を跳ね、草むらをかき分け、ついに『魔女』と対峙したのであった。
 そして今、心臓を鍵で穿たれ倒れ伏す少年の姿と、それを見下ろし微笑む『魔女』の姿が有る。
「私のモザイクは晴れないけれど、あなたの『興味』にとても興味があります」
 その言葉を最後に『魔女』アウゲイアスは去った。残されるのは少年と、新たな魔女。
 興味より生まれた醜い魔女は、誕生の喜びを噛みしめるように骨と皮ばかりの身を震わせ、モザイクに覆われた口から哄笑を溢れさせた。


「魔女というより山姥でしょうか、これは」
 予知の説明を終えた後、セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)は小首を傾げた。
「ともあれ、ドリームイーターが奪った強い『興味』から誕生した怪物。『興味』を奪った方のドリームイーターは既に姿を晦ましてしまいましたので、皆さんにお願いするのはこちらの撃破です」
 怪物の撃破に成功すれば『興味』を奪われ、意識を失った少年は目を覚ます。だから被害が出るより前に怪物を撃破出来れば万々歳だと彼女は言う。
「怪物は1体、配下などは居ません。痩せ細った小柄な老婆の姿をしています。ドリームイーターである証のモザイクは口元ですね」
 セリカの説明が続く。
 曰く、怪物は自らの事を信じている者或いは噂している者に引き寄せられる性質が有る。故に噂話を行う事で誘き出す事が可能である。誘き出さない場合、噂をする者の多い市街地に姿を現す可能性が高い。
 曰く、怪物は人間を見つけると『自分が何者であるか』を問いかけ、正しい返答をしなかった者を殺害するといった行動をとる。この場合の正答は「魔女」である。
 曰く、怪物は『人食い魔女』の名の通り、モザイクで覆われた口で噛み付いてくる他、モザイクを飛ばしての遠距離攻撃も行う。
「怪物についての説明は以上です。場所は岐阜県、隣り合わせの森と小さな町。時間は夕刻ですから、町にはまだまだ人通りが絶えません」
 そこでセリカは一息つくと、集まったケルベロス達を見回した。
「人命を失わず終われるかもしれない事件です。大団円を目指しましょう」


参加者
不知火・梓(酔虎・e00528)
入谷・クリス(虹と彼方の境界線・e02764)
クロード・リガルディ(行雲流水・e13438)
タカ・スアーマ(はらぺこ守護騎士・e14830)
小花衣・雅(星謐・e22451)
比良坂・陸也(化け狸・e28489)
柔・宇佐子(ナインチェプラウス・e33881)
カバネ・エイワズ(ヴァルキュリアのガンスリンガー・e35461)

■リプレイ


「夢喰いの事件っつーのは、ガキが犠牲になるのが多いなぁ……」
 咥えた長楊枝を口端で弄びながら、嫌になるねぇと不知火・梓(酔虎・e00528)は首を振る。
 場所は森の入口。ケルベロス達は一般人を戦闘に巻き込まぬため、人気の無い此処を戦場と定めた。
 加えてキープアウトテープ、殺界形成による二重の人払いも施されている。万が一にも一般人が立ち入る事は無いだろう。
「だがまあ、まだ助けられっし、とっとと夢喰いをぶっ飛ばすとするかね」
「そうなのよ。こわいおばけはさっさとパンチでぶっとばすのよ!」
 梓の言葉に同調し、尻尾をぷるぷると震わせつつも、手をぐっと握りしめたのは柔・宇佐子(ナインチェプラウス・e33881)。
「おばけっつーか、魔女だな。婆だ」
「そうなのよ! おばあちゃんみたいなおばけで魔女なのよ!」
「……まあ、おばけでもいいか」
 ツッコミを入れた比良坂・陸也(化け狸・e28489)だったが、宇佐子の弁に一応の納得を見せる。ふわふわもこもことした体を躍動させた熱弁を前にしては、そうせざるを得なかった。
 それに、本当に構わないのだ。彼にとって肝心なのは「婆である」という事。
 婆に狸は鬼門。古来よりそう決まっているのだ。陸也は内心で獰猛な感情を滾らせる。
「森の奥の魔女ですか。地球の古い童話では、よくある話だそうですね」
「私は都市伝説のようだと感じたな」
「そうだな……。口裂け女と似たようなものを感じる」
 カバネ・エイワズ(ヴァルキュリアのガンスリンガー・e35461)、タカ・スアーマ(はらぺこ守護騎士・e14830)、クロード・リガルディ(行雲流水・e13438)の3人は、噂のおばけことドリームイーターに思いを巡らせ、噂話に興じる。
 件の敵は、自らの噂をする者の前に現れる。その特徴を利用して、誘引するための語らいであった。
 そして特徴はもう一つ。
「問答を要求してくるなんて、不思議な魔女ね。誰とでも、例えば私とでも、語らってくれるのかしら?」
 かくりと小首を傾げる小花衣・雅(星謐・e22451)の声音には、ささやかな期待が滲む。
 彼女にとって、言葉を交わす事は喜びである。たとえ相手が誰であったとしても、それは変わるものではない。
「少し変わった敵みたいだけど、どんな相手だろうと絶対に負けないもん!」
 真紅の瞳に気力をみなぎらせた入谷・クリス(虹と彼方の境界線・e02764)の宣言。ケルベロス達の耳が異音を捉えたのはまさにその時だった。
 小枝の折れる音に、聞く者に不快感を与えるしゃがれた嗤い声。
 振り返れば木陰から、濁った黄色い瞳がぎょろりと覗いていた。
「ガ……ワガ……ワタ……」
 噂話に招かれ姿を見せた醜悪な老婆。噂の魔女。興味より生まれた怪物。打倒すべきドリームイーター。
 そのモザイクの覆われた口から、物を引っ掻いたような耳障りな雑音が漏れる。
 ケルベロス達が臨戦態勢を取り、油断なく見澄ます中、雑音は次第に意味有る言葉と化していく。
「わ……ワタシハ……。ワタシは、だァれ?」
 遂に形を成した問に、誰より早く答を示したのは赤き竜人。
「お前は怪物。私達の敵だ」
「……キヒッ」
 タカの宣告を受けて、ドリームイーターのモザイクが泡立つ。殺意が膨らむ。
「ヒヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャ!」
 モザイクを撒き散らさんばかり勢いの哄笑は止まらない。
 そうしてピリピリと肌を刺すような緊張が頂点に達した時、魔女の小柄な体は弾丸のようにケルベロス達に飛びかかった。


「炎!」
 クリスの喚んだ御業の炎弾が、魔女を打ち据え、生ける松明と変える。
 しかし火だるまと化しながらも、敵はまっすぐにタカを襲った。
 モザイクに覆われた口が、オウガメタルに覆われた赤い鱗に齧りつき、牙が肉を抉る。
「ぬぅ……なんのっ!」
 タカは痛みを堪え、魔女を地面に叩き伏せるようにして振り払う。地面に転がった魔女に、刀を構えた巨躯の影が覆いかぶさった。
「喰らいな」
 梓の背後で、彩り豊かに地が爆ぜる。タカがもたらした士気を高揚させる爆炎に照らされ、露わになった青黒い刀身が、神速を以て魔女の肩口を切り裂く。
「はっ、まだまだ余裕って感じだな。それでいい。お互い、血に酔いしれようや!」
「ギギ……」
 梓の言葉を挑発と受け取ったのかどうかは分からない。しかし魔女は双眸はぎょろりと梓を睨めつけた。
「させない! 砕!」
「どうやら、誤答をした相手だけを執拗に狙うという訳ではないらしいな……」
 梓を狙った魔女の跳躍は、横合いより放たれた光線と謎の爆発によって阻まれた。
 光線の主であるクロードは、眼鏡の奥から緑色の瞳で魔女をじっと観察する。そして、その口元のモザイクが波立つように震え始めたのを確認した。
「モザイクを飛ばしてくるな……。みんな、気をつけろ」
「そのようだ、な!」
 クロードの警告とほぼ同時に放たれたモザイクを、前進したタカが体を張って受け止める。
 多少鱗を抉られたものの、大した傷にはならなかった。しかし、
「ギヒ、ヒヒ」
「なに、してるの。あれ」
 クリスの顔が引き攣る。魔女は汚い笑い声を零しながら、頬をゆるゆると上下に動かしていた。まるで、それは、何かを咀嚼しているような。
「……この」
 カニバル。多くの人類が価値観を共有する忌避すべきそれを彷彿とさせる行為。
 振り切れた嫌悪感から、タカの額に青筋が浮かぶ。体を覆う金属が一箇所に集まり、巨大な拳を形作る。
 憤怒のままにその拳を掲げ、振り下ろさんとしたその時、ほっそりとした手が彼の肩に触れた。
「心配しないで。患いは癒やすわ、一つ残らず」
 雅が触れたところから癒やしが伝わり、タカの傷が塞がると同時に脳を焼いていた怒りの情もふっと消え失せた。
 彼女が頷くと、続いてサーヴァントのアステルが前衛を担うケルベロス達の頭上を羽ばたきまわり、清浄な輝きが彼らに邪気に対する加護を与えた。
「…………」
 面白くないのは魔女の方である。笑い声はとうに止み、憎々しげに黄色の眼で雅を見つめている。やがてその口元が再び波打ち始めた。
「おおっと、見過ごす訳にはいかねーな」
 しかしその時、魔女の眼前を霧が覆った。触れれば傷つき、力が抜けるような感覚に襲われるそれは、間違いなく自然のものではない。
「カミサマカミサマオイノリモウシアゲマス オレラノメセンマデオリテクレ」
 超越者よ零落せよ。霧の名は魔蝕之霧(ヒトノイノリ)。デウスエクスという存在を蝕む陸也のグラビティである。
「観念しな、婆。てめぇ喰らって、俺の力の糧にしてやるぜ」
 陸也の獰猛な笑みに、魔女はカチカチと歯を鳴らして応える。
 木々の隙間から見えていた空が、赤から黒へ、その色を変えようとしていた。


「暗くなってきたのよ。さっさとぶっとばして、早くお家に帰るのだわ!」
「灯り、持ってきて正解だったね」
 未だ完全に日没した訳ではない。しかし、森の浅いところとはいえ、木々が鬱蒼と生い茂る此処では、僅かな日差しなど木の葉に遮られ、地面までは届かない。
 もし灯りを持参していなければ、足元の視認が難しく、思わぬ苦戦を強いられたやもしれない。
 宇佐子とクリスは、灯りに照らされた地面を蹴り駆けながら、頷きあった。
「効かんぞ。たいしたことはないな」
 もう幾度目になるか、再び魔女のモザイクがタカを襲った。しかし、陸也の霧を始めとするケルベロス達の攻撃に拠って、最初ほどの勢いはもはや無い。
 流石にタカとて無傷では済まされないが、しかし彼の頑強な体はこの程度で揺らがない。
 加えて、味方の支援も有る。
「回復します! えーと、ガードもです!」
「大丈夫、それでいいのよ。慌てないで、カバネさん」
 カバネの指輪と雅の剣が同時に光る。それぞれ光の盾と地に描かれた守護星座が輝き、タカの傷をみるみる癒やした。
「ギギ……ギギギ」
 懲りた様子もなく、ぶくぶくとモザイクを泡立たせる魔女に対し、タカは防御の姿勢を取る。しかし。
「えっ……、くっ」
 モザイクが飛んだ先は雅であった。庇おうとしたタカと彼のサーヴァントのプロトメサイアの鼻先をすり抜けて、モザイクが雅の全身を覆う。
「ちっ……。狙いが無差別にも程があるな……」
「嬢ちゃんを放して貰おうか!」
 すかさずクロードが投擲した鎌と、空の霊力を帯びた梓の刀が魔女本体を切り刻み、堪らず魔女はモザイクを口元に引き戻し応戦した。
「大丈夫ですか!?」
「ええ……」
 駆け寄ってきたクロードに雅はゆるゆると頷いて大丈夫と応えた。
 しかしそうは言ったものの、どうにも頭にモヤがかかったようで思考がまとまらない。何か良くないものを受けたのは間違いなく、やるべき対処が有るはずなのに、それが何なのか今の彼女には分からなかった。
「あ、あわわわわ」
 カバネは慌てていた。実のところ、彼は今回が初陣である。
 ケルベロスとしての先輩であり頼れる相方の明白な不調に、彼の頭もまた真っ白になりそうであった。
「というかさ、あのモザイク何? 飛ばしてるし! 自主規制なの? 用意良すぎない? あ、褒めてないよ!?」
 色々といっぱいいっぱいになって、とうとう逆ギレを起こした彼は、高ぶる感情と衝動のままに、マスケット型の銃を構え照準を魔女へと向け、引き金に指をかけた。
(「……あれ?」)
 カバネの頭がすっと冷える。自分でも驚くほどに冷静になれた。
 そうして、銃口より放たれた光の奔流が魔女の側頭を穿つのを確認した後は、自分が何をするべきだったのか思い出せていた。すぐさま彼は、癒やしと防御の盾を雅へと飛ばす。
「ありがとう。……落ち着いたかしら?」
「ええ、まあ」
 雅が体勢を立て直したのを確認すると、カバネはそっと引き金を引いた指を見下ろした。銃を構えた時、強烈な既視感を覚えたのだ。
 あれは何だったのだろう。彼はそっと首を振ると、その疑問を一時的に脳から追い払う。まずはこの戦いを終える事が先決だった。彼は指輪を再び輝かせ、味方に光の盾を飛ばす。
「そろそろ終いだ! 婆は大人しく、狸に婆汁にされちまいな!」
 婆は狸に勝てない。それは日本昔ばなしにある通り、由緒正しい真理である。
 魔女の横面に陸也の流星の如き蹴りが突き刺さった。
「そのお話、知ってるわ! たしか、最後は悪い狸さんがうさぎに懲らしめられちゃうのよね!」
 よろめいた魔女に追撃の手が迫る。ぴょんぴょんともこもことした毛玉が大地を跳ねるように駆け、宙を舞うような愛らしい跳躍から、バールのようなものの先端で肉体の芯まで抉るエグい一撃が繰り出される。
「はっ、違うね」
 宇佐子の言葉に、陸也はにやりと笑った。その手には巫術の護符が握られている。
「悪い婆をうさぎと狸が懲らしめるのさ! 槍騎兵よ、弾き返せ――――急急如律令!」
「そうなの? それなら、必殺なのだわ! びょういんおくりのてっけんぱんち!」
 陸也の喚んだ氷の槍騎兵と宇佐子のてっけんぱんち。同時に受けた魔女は木の幹に体を打ち据えられ、地面に倒れ伏した。
 しかしそれでも、死なない。まるで血反吐を撒き散らしているかのように、口元のモザイクをゴボゴボと鳴らしながら、魔女は立ち上がろうとした。だが。
「だが、もう限界だろう。確実に仕留めさせてもらう」
「おうとも。それじゃあな。――我が剣気の全て、その身で味わえ」
 クロードの放つ光線が魔女の足を石へと変え、その身を大地に縫い付ける。
 その眼前には、正中に刀身を構えた梓の姿が有った。
「試製・桜霞一閃」
 刀身に込められた剣気は、刀が振り下ろされると同時に解放され飛翔する。
 魔女の体内に浸透した剣気がその心臓で炸裂し、絶命した魔女がその肉体を消失させ始めた時、既に梓の刀は鞘に収められた後であった。
「自分は何者なのか。どうしてそんな分かりきった事を聞いたのかしらね。……さようなら、魔女」
 消えていく魔女を前に、雅は一人空を見上げる。祈祷を捧ぐ空には星々が煌めいていた。


「……あれ、お姉ちゃん達、こんなところで何してるの?」
 魔女の消失に伴い目を覚ました少年は、帰路の途上の森の中で不審な集団に出くわした。
 後処理のためヒール作業を今しがた終えたばかりのケルベロス達である。
「あ、一人で戻ってこれたんだね。こんばんは」
「……こんばんは」
 クリスはにこやかに挨拶をするが、少年の顔から警戒の色は抜けない。
 これはいけないと、彼女は言葉を探る。
「あ、えーと……。わ、私達も魔女の噂を聞いて来たの!……あはは」
「苦しい言い訳だな。噂の探求を行う面子としては統一感が無さ過ぎるだろう……」
「あー、クロードさん! 思っても言わないでよ!」
 慌てふためくクリスの姿に、クロードは密かに口角を釣り上げた。彼は意外といたずら好きなのである。
「なんでもいいけど、お姉ちゃん達も僕の秘密基地に勝手に入ったりしないでよね」
「うん、しないしない」
 微笑ましいやり取りを続ける二人を目にし、ケルベロス達は深々と安堵のため息をついた。
 これで本当に問題は全て解決した。あとは少年を町まで送り届け、帰路につくだけ。
「本当に? お姉ちゃん達、怪しいなあ」
「怪しくないもん!」
 だがそれは、もう少しだけ先の事になりそうだった。

作者:日野木尾 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年2月17日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 4
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