
●見捨てられた南天は
肌寒い風が世界をめぐり、人々を凍えさせようとしたとしても、優しい陽射しが程よく体を温めてくれる。雲一つない晴天に恵まれた、平和な日。子供たちは勉学に励み、大人たちは仕事をこなす。浮世から離れた老人たちは思い思いの時間を過ごしている、お昼前。
遊歩道近くにある閑静な住宅街もまた穏やかな雰囲気に抱かれている……はずだった。
「あ……あ……」
腰を落とした老婆の瞳の中、鮮やかな赤が踊っている。
人の腕くらいのサイズの幹をしならせながら、枝を腕のように振るい赤い実を踊らせている……南天を元にしただろう攻性植物だ。
にじり寄る攻性植物から逃げるために少しずつ後退しながら、老婆は精一杯の声を張り上げた。
「あ、あんた! 大丈夫かい!? 大丈夫なら返事を……」
幹の上の方に浮かんでいる、エプロン姿の太った女性のシルエット……宿主となってしまった介護士の、無事を確かめるため。
返答はない、攻性植物にも変化はない。
ただただ、攻性植物はゆっくりと老婆との距離を詰め……。
「……!」
老婆は攻性植物に背を向けて、ほうほうの体で逃げ出した。
逃げなければ殺される。殺されたら、誰が危険を知らせれば良いのだろう? と。
瞳に涙を溜めながら、老婆は駆けていく。
見送る形となった攻性植物は、ゆっくりと踵を返していき……。
●攻性植物討伐作戦
「なるほど、では……」
「はい……。あ……」
ワルゼロム・ワルゼー(枢機卿・e00300)と会話を交わしていたセリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)は、足を運んできたケルベロスたちと挨拶を交わしていく。
メンバーが揃ったことを確認し、説明を開始した。
「ワルゼロムさんの予想によって、京都府の街外れ……徐々に人が少なくなり空き家が目立っている場所に攻性植物が発生する……そんな事件を察知しました」
何らかの胞子を受け入れて攻性植物と化したのは、赤い実が特徴的な南天。恐らく、何処かの空き家に植えられていたものだろう。
「また、この攻性植物が散歩するお婆さんのサポートをしていた介護士の女性を襲い、宿主にしてしまったんです。ですので、急ぎ現場に向かい、攻性植物を退治してきて欲しいんです」
続いて……と、セリカは地図を取り出した。
「攻性植物が発生しているのは、この区域。空き家が目立ちますがまだ人は住んでいる……そんな場所になります」
不幸中の幸いと言うべきか。攻性植物から運良く逃げることができたお婆さんが危険を知らせて回ったため、周囲の人々も逃げ出している。不意に迷い込んでくる可能性はあるが、大々的な人払いを行う必要はないだろう。
「ですので全力で、南天を元にした攻性植物を探して下さい。そして、戦って下さい」
姿は、腕くらいのサイズの幹をしならせ、根を脚のように枝を腕のように、赤い実の束を手のようにして用いる南天型の攻性植物。
命中精度に絶対の自信を持っており、力量差も相成り攻撃を避けることは非常に困難だろう。体の一部をハエトリグサの如き形状に変えて敵を喰らい毒を注入する捕食形態、一部を蔓のように変化させ絡みつき締め上げる蔓触手形態。そして、南天の実をマシンガンのように撃ち出し複数人に催眠毒を打ち込む機銃形態。
「また、非常に困難な道となりますが……宿主にされた介護士の女性を救う方法が存在します」
それは、攻性植物にヒールをかけながら戦うこと。
癒やしきれぬダメージを少しずつ積み重ねれば、いずれ攻性植物だけを倒し宿主を救うことが可能となるのだ。
以上で説明は終了と、セリカは資料をまとめていく。
「救うための道は非常に困難。しかし、一つの命を救うことができるなら、可能な限り……どうか、よろしくお願いします」
参加者 | |
---|---|
![]() ワルゼロム・ワルゼー(枢機卿・e00300) |
![]() 戯・久遠(紫唐揚羽師団のヤブ医者・e02253) |
![]() 御門・愛華(魔竜の落とし子・e03827) |
![]() リィンハルト・アデナウアー(燦雨の一雫・e04723) |
![]() 彼方・悠乃(永遠のひとかけら・e07456) |
![]() シア・ベクルクス(秘すれば花・e10131) |
![]() 七生・柚季(金剛清玉・e24667) |
![]() マーシャ・メルクロフ(月落ち烏啼いて霜天に満つ・e26659) |
●赤き実を宿す木を探して
雲一つない空の下、熱を奪うことなく行き交っていく優しい風。ぬくもりの保たれた世界は優しいものであるはずなのに、壊そうとしているものがいる。
シア・ベクルクス(秘すれば花・e10131)は仲間とともにひと気のない……人々が安全な場所へと退避した街を歩く中、目線を落とし呟いていく。
「目撃したおばあさまもさぞショックでしょうね……。介護士の方をちゃんと助けて、良い報告をしなくては」
ケルベロスたちの抱く思いは、概ね一緒。
時に地面を改めて、時に物陰へと視線を向け、時に曲がり角の向こう側の気配をうかがい……探していく。
介護士の女性を捕らえた、南天を元とする攻性植物の在り処を……。
●赤き実の中には祝福が
探索を始めてから、おおよそ十五分ほどの時が経った後。大通りへと繋がる横道の前に、赤い実をいくつも実らせた南天は……攻性植物は佇んでいた。
根を脚のように枝を腕のように用い、しなる幹にふくよかな女性のシルエットを浮かべている攻性植物。
少しでも早く囚われている女性を救うため、マーシャ・メルクロフ(月落ち烏啼いて霜天に満つ・e26659)は飛び出した。
「ヘルパーさんを助けるヘルパーヘルパーとは我々のこと! 今救助しますが故、今しばらくの辛抱を!」
声に反応したらしい攻性が振り向かんとした瞬間に飛び上がり、人で言う頬と思しき辺りにキックをぶちかます。
巨体が揺らめく中、御門・愛華(魔竜の落とし子・e03827)が懐へと踏み込んだ。
「彼女を解放します」
間髪入れずに蹴りを放ち、攻性植物の体をくの字に折った。
次の刹那にはワルゼロム・ワルゼー(枢機卿・e00300)が間合いの内側へと踏み込んで、静かに睨みつけていく。
「冬に紅き実を付ける美しい南天も、こうなればただの化生よな。ご婦人を救出し、速やかなる駆除を行おうか」
拒絶するかのように、攻性植物は枝の一本をウツボカズラのような形状へと変化させた。
すかさずワルゼーが飛び上がり、ウツボカズラに斧をぶつけていく。
弾かれてもすぐさま振り下ろす。
勢いのままに振り上げる。
空中にて打ち合いへ発展していく両者を見つめながら、シアはハンマーを砲撃形態へと切り替えた。
「一瞬だけでも、気を反らせたなら……」
押し切られてしまわぬよう、幹の中心めがけて砲弾を放った。
側面から砲弾を受けた攻性植物が激しく揺さぶられていく中、戯・久遠(紫唐揚羽師団のヤブ医者・e02253)が拳を握りしめる。
「ったく……厄介だな、おい」
口にしていた唐揚げを飲み込んだ後、眼鏡を外して足元へと踏み込んだ。
次の刹那には地面をぶっ叩き、波打つような衝撃波で攻性植物を電信柱へと叩きつけられていく。
すかさず、リィンハルト・アデナウアー(燦雨の一雫・e04723)が攻性植物の足元にブラックスライムのムーちゃんを差し向けた。
避けられぬタイミングで攻性植物の体を包み込み、少しずつ締め付けていく。
「ひとりぼっちで残されちゃったら、寂しくて、それで胞子も受け入れちゃったのかな?」
攻性植物の発生した地域は空き家も多く、手入れされないまま残されている植物も多かった。
「近くにきた介護士さんを、取り込んじゃったのかな? ひとりぼっちは寂しいよね、置いて行かれるのは寂しいよね」
――でも、だめ。
「その方法はだめだよ。寂しくっても誰かを害しちゃだめだよ。介護士さんも南天の君も絶対助けてあげる」
誰の手も汚れぬうちに。
「……君を助ける方法は一つしかないけど。こんなこと本当は君も望んでないと思うから」
望む形で、終わらせることができるように。
そのためにも、今は……と、彼方・悠乃(永遠のひとかけら・e07456)は攻性植物に歩み寄り、仲間の攻撃によって傷ついた幹の修復を開始する。
「多くを癒やすことはできないけど、必要分だけでも……」
呪縛の解除を嫌ったが故、治療の量としては物足りない。その分、数で補い合うことができるはずと、救うための治療に注力した。
一方、七生・柚季(金剛清玉・e24667)は前衛陣に加護を与えていく。
白樺の森の幻影を瞳に移しながら、静かな息を吐いていく。
「受け入れてくれた地球への恩返し。その一つ」
「来るぞ……」
さなか、ようやく体勢を整え直したらしい攻性植物が実の連なる枝を突き出してきた。
久遠はすかさず前に立ち、間を置かずに放たれた弾丸のような実をオーラを巡らせた肉体で受け止めていく。
「っ……だが」
問題ない、治療は最低限で良いと視線で示し、薬液の雨を降らせていく。
「回復は引き受ける、攻撃は任せたぞ」
「……うん、分かった」
頷き、リィンハルトは実の弾丸を避けるために大回りで背後に回り込み、高く、高く飛び上がる。
「介護士さんを、助けるためにも……!」
斧を大上段から振り下ろし、一本の枝を根元から断ち切って……。
けたたましい音とともに放たれる、赤い実を弾丸としたマシンガン。
自らが操る攻性植物とともに赤い実を叩き落としながら、ワルゼロムは声を上げていく。
「絶対に助ける! だからお主も諦めるでないぞ!」
「大丈夫、私たちが助けますから安心して下さい」
守られている愛華は頷きながら、左腕をドラゴンの腕へと変貌させる。
赤い実のマシンガンが止むのを見計らい、ワルゼロムの横から飛び出した。
懐へ入り込むなり跳躍し、幹の中心を掴んでいく。
鉤爪がぎりぎりと食い込んでいく中、悠乃は攻性植物の背後へと回り込み別の箇所に刻まれた傷の修復を開始した。
癒えていく傷を見据えながら、戦況を頭に巡らせていく。
攻性植物の猛攻は、その殆どをワルゼロムら守る役目を担う者たちが受け持ち防いでいる。治療もまた最小限で済んでおり、攻撃の機会及び攻性植物に対しての治療の機会を失わずに済んでいた。
懸念があるとするならば、癒やしきれない傷の蓄積。しきい値を超えれば、次々と倒されてしまうだろう可能性。
時が来る前に目処を立てなければならない、救出へと向かわなければならない。
後者の状況を少しでも早く引き寄せる事ができるように、悠乃は攻性植物を修復し続けていく。
繕われていく傷口から早期討伐はないと判断し、柚季は槍を風車のごとく振り回しながら突撃した。
「あなたが命を終えるには、早すぎる」
優しく語りかけながら体を反らそうとした攻性植物に近づいて、幹を深く鋭く切り裂いていく。
木っ端が飛び散る中、攻性植物は房を一つウツボカズラのような形状に変化させた。
人であれば顔と思しき場所でケルベロスたちを見回した後、横に薙ぐようにしてウツボカズラを振るってくる。
すかさずワルゼロムが踏み込んだ、横に構えた斧で受け止め――。
「っ!」
――視界が閉ざされる。
寸前で口を開いたウツボカズラに頭から飲み込まれてしまったから。
「この……!」
気合とともに、ワルゼロムは斧を縦に移動させウツボカズラの口をこじ開けた。
抜け出すとともに笑みを浮かべ、斧を横に構え直していく。
「問題ない、我は無事である! お主も無事に救出する!!」
シルエットに視線を向けた後、気合とともに飛び上がった。
振り下ろされた斧が枝を一本切り落としていくさまを横目に、リィンハルトは幹の中心に雷を宿した槍の穂先を食い込ませた。
痛みでも覚えたかのように体が激しく振るえていく感触を覚えながら、静かに目を細めていく。
「大丈夫。きっと、きっともうすぐ……」
「……ええ」
悠乃が頷き、切断面を塞ぎつつ幹の修復を行っていく。
少しずつ増えていく繕えない傷跡を数えながら、彼我の状態へと思考を巡らせていく。
先に限界を迎えるのは、きっと……。
「来たれ、雷神!」
さなかには柚季が雷を宿した槍を放ち、幹の中心をえぐっていく。
勢いに逆らおうとした攻性植物を貫いて、その体を激しく揺さぶった。
斬り落とされた枝、貫かれた幹、傷だらけの外皮……癒やしきれぬ傷跡の数々。
陽光を受け白く輝くさまを救済の証と感じ取り、シアは小さなバスターライフルを突きつけた。
「さあ、救い出しましょう。私たちの手で!」
言葉とともにトリガーを引き、光弾をぶっ放す。
くぼみに食い込んだ光弾が攻性植物の動きを僅かに止めた時、マーシャが根を踏みしめた。
「さあさあ、さっさとお婆さんを離すでござるよ!」
王がメタルで固めた拳でぶん殴り、攻性植物をブロック塀へと叩き込む。
直後、蔓へと変わった枝が宙を舞う。
すかさず久遠が身を躍らせて、鞭のようにしなる蔓をクロスした腕で受け止めた。
袖がちぎれ、浮かび上がっていくミミズ腫れ。されど笑みは崩さずに、薬液の雨を降らせていく。
「中々に厳しいな。だが、まだ落ちる訳にはいかん」
「お婆さん。今、助けます」
浴びながら、愛華はドラゴンの左腕を幹に食い込ませた。
砕かん勢いで力を込めぎりぎりと木っ端を散らした時、攻性植物は蔓を枝に戻し……動きを止めた。
重ねてきた呪詛が通じた、肉体もまた限界を迎えようとしているのだと判断し、悠乃は飛び退きながら雷の壁を作り出す。
「さあ、終わらせて下さい! お婆さんを救うために!」
背中を押すため、前衛陣に治療と雷の加護を与えていく。
傍らでは、バスターライフルの照準を定めていたシアがトリガーに指をかけていた。
「もうすぐ、もうすぐ助けられます。ですから……!」
願いと共にぶっ放し、攻性植物を塀へと押し込んだ。
すかさず愛華が距離を詰め、攻性植物を見据えていく。
「心と体を解放します」
真っ直ぐに指を突き出して、動くことそのものを封じ込めた。
その影で、マーシャは刀を振り上げる。
攻性植物を静かに見据え、ただまっすぐに振り下ろし……。
「……おかえりなさい、でござる」
両断した攻性植物の中から飛び出してきたふくよかな女性を抱き留めて、マーシャは静かな息を吐いていく。
一方の攻性植物は地面に激突するとともに砕け散り、木っ端も残さず消滅した。
●時は優しく流れていく
穏やかな日和に相応しい、安らかな寝息。
女性の静かな寝顔を眺めながら、久遠は静かな息を吐く。
「何とかなったか。ったく、冷や冷やしたぜ。つっても、まだまだやることはあるんだが」
「そうだね。早くゆっくりと休める所に運んで、お婆さんにも知らせないと」
リィンハルトも笑みを浮かべながら、街の方角へと視線を向けた。
頷き、マーシャは口を開く。
「そうでござるな。早々に、介護士さんの無事を伝えに行かねば……」
だから、各々の治療は後回し。手早く戦場の修復を行った後、ケルベロスたちは病院に向けて歩き出す。
道中、空き家に咲く南天を見つけたワルゼロムが、ただ静かに呟いた。
「……南天の花言葉は、私の愛は増すばかり。ヤツに意思があるとすれば、一体誰への愛を求めてあのような化生になったのやら……」
確定された個体は出ない。
推測するならば、自分を育ててくれたものへの愛……家族愛といったところだろうか。
そんな言葉が交わされていく中、柚季はふとした調子で歩いてきた道を振り返る。
「……ここも、いい散歩道、かな」
穏やかな風が吹き抜ける、静寂に抱かれている街。耳をすませば川のせせらぎが聞こえてくる、遊歩道も近い場所。
きっと、何事もなかったなら……優しい時間が流れ続けていたことだろう。
作者:飛翔優 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
![]() 公開:2016年11月15日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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