悪夢の埠頭

作者:玖珂マフィン

●海の香りは死の香り
 水平線に太陽が沈む。赤く染まった海が綺麗で――どことなく、不気味だった。
「いやあ、大漁だったなあ!」
 埠頭は知る人ぞ知る釣りスポットだった。近くに公園やレストランもあることから、家族連れで訪れるものも珍しくはない。
 たまの休日。家族サービスに妻と子を連れ出した男も、その一人だ。
「お父さんすごかった! ねえ、また来ようね!」
 子どもにも好評、釣果も良かったようで上機嫌で家路へと着こうとしていたその時。
 ――――ばしゃん。
 背後で、水音がした。
 ……なんだろうか? 不思議に思ったのだろう。男が振り返ったその瞬間。
 ぐちゃっ。
 夕焼けにすら勝るほどの赤が撒き散らされる。
 男だったものは、臓物と血と骨の残骸へと変化した。
「…………えっ?」
 何が起こったのか、わからない。そんな顔で夫を、そして、眼前に現れた化物を母親は見つめた。
 ばしゃり。ばしゃり。……海面から、幾体も同じ怪物が陸に上がる。
「ァ、ア、アァア…………」
 呻き声のような音を鳴らしながら、化物は残された母と子を取り囲む。
 悲鳴を上げることすら出来ず、親子は立ち尽くす。
 化物たちは、その奇怪な腕を犠牲者へと振り上げた――。
 
●祟りの夕暮れ
 ケルベロスたちの活躍で冥龍ハーデスは撃破することが出来た。
 けれど、その影響は未だ残っており、日本各地の海からその配下、屍隷兵『ヘカトンケイレス』が上陸してくる事件が起きようとしている。
「…………ワタシの予感が当たったか」
 海辺にデウスエクスが出るなら、家族連れの釣り客も危険なのではないか。
 祟・イミナ(祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟・e10083)がヘリオライダーに伝えた考え通りに事件は発生してしまった。
 今回、『ヘカトンケイレス』は10体で埠頭に現れる。
 数こそ多いものの、冥龍ハーデスが倒れたことで統率も取れず、戦闘能力もさほど高くはない。ケルベロスが8人で連携をしっかり取ることができれば十分勝てる相手だろう。
「……だが、これらは人を見れば無差別に襲いかかり、虐殺して回るそうだ」
 つまり、ここで僅かでも逃してしまえば大きな被害に繋がる可能性が高い。……なんとしても、ここで倒すべきだろう。
 地の底から響くような声で、イミナはヘリオライダーから聞いた情報を伝えた。
「……敵の戦闘方法は単純明快。近くにいる敵を殴るだけ、だ」
 傷を吸収したり、防具ごと破壊しようとしたり、追撃を重ねようとしたりと、多少の差はあれど、近くにいる単体を殴ろうとすることに違いはないようだ。
 事件の現場は家族連れも訪れる釣りスポット。近くに公園や飲食店もあって、なかなか人気がある。
 今回は敵の上陸場所や時間が判明していて時間的にも余裕があるので、事前に一般人を避難させることができる。敵の対処に専念することができるだろう。
「……『ヘカトンケイレス』か。……なかなか不気味な相手のようだが、負けられないな」
 長い前髪の隙間から赤い目を光らせて、イミナは集ったケルベロスたちを眺めた。
 ――事件現場へと向かう、ヘリオンの扉が開いた。
 家族が安心して遊べる埠頭を護るためにも、ケルベロス達は負けるわけには行かなかった。


参加者
レティシア・リシュフォー(声援アステリズム・e01576)
小鳥遊・優雨(優しい雨・e01598)
リディ・ミスト(幸せ求める笑顔の少女・e03612)
祟・イミナ(祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟・e10083)
藤林・シェーラ(詐欺師・e20440)
サブリナ・ロセッティ(ブリスコラの魔女・e21766)
唯・ソルシェール(フィルギャ・e24292)
猫夜敷・愛楽礼(吼える詩声・e31454)

■リプレイ

●上陸ネクストロマンス
 夕日に照らされて血のように赤く海が染まっていた。
 先程まで家族連れで賑わっていた埠頭には、もう殆ど人は残っていない。
 僅かに残る人影は、波の音を聞きながら待っていた。屍隷兵どもが上陸する瞬間を。
「被害を出さないためにも、ここで食い止めないとね」
 ベンチに腰を下ろし、藤林・シェーラ(詐欺師・e20440)は潮風を肌に感じている。
 年齢に似合わぬ大人びた仕草で靡く髪を抑えた。
「地域の平和を守るため、このレティ、全力で行かせてもらいます!」
 意気込んだ声を上げるのはレティシア・リシュフォー(声援アステリズム・e01576)だ。
 熱心に避難誘導を行うとともに、知らずと一般人が紛れ込まぬよう、薄い殺意を振りまいて人々を遠ざけている。
「……釣りを楽しんでいたところ悪いが、此処に残り、肉塊になるよりいいだろう」
 禍々しい空気を纏う祟・イミナ(祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟・e10083)も、真意の読めぬ呪わしげな声で呟いた。
 海に負けぬほど赤い瞳がぼうと輝く。
「この音は……皆さん、来るみたいです!」
 猫夜敷・愛楽礼(吼える詩声・e31454)の耳がピクリと動き、変わった水音を聞き当てる。
 愛楽礼のオルトロス、火無も起き上がり、海へと唸り声を向ける。
 ごぽ、こぽ、と沸き立つ泡。他のケルベロスたちにも十分聞こえるほど音が大きくなった瞬間、勢い良く飛び出す幾つもの肉。
「ア、アアアァアアアア……!!」
 呻き声をあげながら埠頭へと姿を現す屍隷兵ども。腐臭、殺意、捻れた巨躯。
 次々に上陸を始める兵たちは、生命全てを呪うかのように虐殺へと動き出す。
 当然、それを黙ってみているケルベロスたちではない。
「っ……不気味ね……」
 捻れたような四肢と腐臭を漂わせる屍隷兵に眉をひそめながらサブリナ・ロセッティ(ブリスコラの魔女・e21766)はタロットを構える。
「全部で……10体、ですか。その分個々の能力は劣るとはいえ、油断はできませんわね」
 ここで自分たちが敵を逃せば大虐殺が発生してしまう。それを許す訳にはいかないと。
 ヴァルキュリアの唯・ソルシェール(フィルギャ・e24292)はヤドリギの意匠を刻んだ槍、『ミストルティン<金枝篇の矢>』を携えて立ち塞がる。
「ええ、新しい敵ですので十分に注意して挑みましょう」
 醜悪な敵を前にしても冷静な態度を崩すことなく、小鳥遊・優雨(優しい雨・e01598)とそのボクスドラゴンのイチイは共に敵を迎え撃つ。
「月喰島で見たレブナントとは大分違うタイプ……死んだ人を好き勝手したことに腹が立つのは、変わらないけどね……っ!」
 けれど、人の意識を残していた相手よりは、よほどやりやすい。
 それが救いになるかは別としても――。リディ・ミスト(幸せ求める笑顔の少女・e03612)は義憤を胸に敵を討つ。

●腐敗アンチビート
 意志なき殺意に区別はない。それが只人でも、番犬でも。
 立ち塞がったケルベロスへと、ヘカトンケイレスは襲いかかる。
 一体一体の実力は番犬たちを下回るとは言え――その破壊力は侮れない。
 巨大な身体に見合わぬ俊敏さで、振り上げた腕を叩きつける。
「……来たな。……禍々しき業の塊よ。……今此処で祟り殺す」
 ――呪わしげにゆらりと。イミナは巨腕の前に躍り出た。
 何一つ躊躇うことなく屍は生命を摘み取らんと殴りつける。
 激しい衝撃。揺らぐ身体。……けれど、その赤い瞳は揺らがず敵の姿を見据えていた。
 イミナの手が、自分を押し潰さんとする敵の腕に、添えられる。
「……その身の内から爆ぜるがいい」
 螺旋がヘカトンケイレスに浸透する。血と肉が体内で渦巻き裂ける。
「ガアアアァァアアア……!」
 怒りか混乱か、濁った瞳がイミナを映して吠える。
「……忌まわしいのは、お互い様だ」
 ビハインドの蝕影鬼による足止めを行うとともに距離を取ってイミナは呟いた。
「――ありがとうございました、イミナさん」
 イミナに初撃を庇われた優雨が、入れ替わるように駆ける。翼を広げて。
 その手に握られているのは無骨な鉄槌。生命の可能性を奪う一撃が、傷を負った屍隷兵へと向かう。
 激しく叩きつけられる衝撃は、屍の体を氷結させながら、勢いのままに跳ね飛ばす。
「イチイ、そっちにいきますよ」
 優雨に応えるよう、ボクスドラゴンのイチイは鳴いて、飛び込んでくる屍へと体当たりする。
 巨大なヘカトンケイレスを、その小さな身体で跳ね返した。
 膝を付くヘカトンケイレスから勢いのまま、交差するように離れる優雨とイチイ。
「ストーンズキャスト! 固まって!」
 瞬間、生まれた間隙を射抜くように、石化の光線が放たれる。
 レティシアの星の剣の切っ先がヘカトンケイレスへと向けられていた。
 レティシアは争いを好まない。敵と切り合うのも得意ではない。
 ――けれど、未来の悲劇を変えられるのは、自分たちケルベロスだけだから。
「精一杯、頑張りますです!」
 眩く光る緑光が、ヘカトンケイレスの背を灼きつけた。
 固まりつつあるその背へと、愛楽礼が向かう。
 多対多の集団戦であるからこそ、一体ずつ確実に落としていく。
 それがケルベロスたちの選んだ作戦だった。
「長々と見ていたい奴らでもありませんし、さっさと蹴り倒して終わりにしましょう!」
 獣の如く俊敏に、風吹く埠頭を愛楽礼は駆ける。
 シベリアンハスキーのオルトロス、火無も青白い炎を引きながらその隣を疾走する。
 反撃せんと立ち上がったその足に、蹴撃一閃。彗星のように尾を引いて、青い軌道に続くよう火無の剣が続く。
「ここが最終防衛線です! 先には一体たりとも通しません!」
 決してこの先には進ませない。ヘカトンケイレスの足を止めるべく、愛楽礼と火無の高速戦闘は続く。
 その他のヘカトンケイレスが割り込めぬほどの連撃で、ケルベロスたちは敵を追い詰めていく。
 数は多くとも本能的に生命を攻撃する屍隷兵と、目的を同じくする仲間である番犬たち。
 多数をより活かせるのがどちらであるかは自明だった。

●凄惨スプラッタレイン
 幾度もの攻防を交わしながら、ケルベロスたちの戦いは続いていた。
 集中攻撃の成果か。何体もの敵を倒すことに成功していたが、代償として身体に刻まれた傷は、決して浅いものではない。
 疲労感が、じわじわとケルベロスたちに降りかかる。
「さあ、皆。私の分までもう少しお願いするよ!」
 シェーラの芝居がかった仕草とともに、前線で戦うケルベロスたちの背後で七色の爆発が起こる。
 鼓舞するような衝撃に背を押され、勇気と気力を取り戻し、番犬達はさらなる戦闘へ繰り出していく。
「――私は、私の役割を全うしよう」
 ヘカトンケイレスの数と破壊力は決して侮れない。シェーラの補助と回復がなければ、戦線が崩壊していた可能性もある。
 シェーラ自身は敵を倒すわけではない。けれど、その役割は確かに重要だった。
 それを十分理解しながら。シェーラはその遂行に努めた。
「少しは減ったけど――やっぱり多いね!」
 ヘカトンケイレスの巨体と数の多さ、破壊力が、番犬たちに圧力を与えていた。
 爆風に後押しされながらリディは戦場を駆け続ける。
 少しでも立ち止まれば、敵に飲まれてしまいそうだった。
「行くよ!」
 リディの手の中で、精神を束ねた光が剣となって輝いた。煌めく刃が敵を裂く。
 十分な深手。けれど一瞬、リディの足が止まる。その隙をつくように、殺到する屍隷兵。
「油断大敵、ですわよ」
 激しい打撃の嵐を時に流し時に止め、ソルシェールはリディへのダメージを代わって受ける。
「わっ、ごめんね! ありがとっ!」
「いいえ、どういたしまして」
 例を言ってまた駆け出すリディを見送りながら、ソルシェールは黄金の柄と宝石で飾られた棍棒、『Buzdygan zloty』を真っ直ぐに構える。
 死してなおも繋がれる屍に、死せる英雄を導いていたヴァルキュリアとして、何を思えばいいのか。
 ソルシェールには答えが出せない。
「――けれど、虐殺を見過ごすわけに行きませんわ」
 ただ、目の前の敵を粉砕することこそ、更なる地獄を避ける手段となる。
 ソルシェールは『Buzdygan zloty』を振り上げた。
 確実に、一体、また一体と敵を屠る番犬たち。けれどまた、ヘカトンケイレスの反撃も生易しいものではなかった。
「アレッタ……!」
 サブリナの声が響く。味方への攻撃を庇い続けたウイングキャットのアレッタは、ついに力尽きて消えていく。
 ……ホラーは嫌いだ。サブリナは思う。屍隷兵の外見も臭いも動作も、全部嫌いだ。
 だけど、だから。――サブリナはタロットのカードを引く。
 小アルカナ。火のエレメント、ワンドの6。
 沸き上がる炎を解き放つ。象徴するは勝利。激しい焔が敵を焦がす。
「アレッタが、こんなに頑張ってくれたんだから」
 埠頭を護り、勝利を手にするため。ケルベロスたちのグラビティは、まだ収まることはない。

●再殺ダブルエンド
「……数多の屍が継ぎ接ぎされたようなお前達は相応に祟ってやろう」
 呪わしげに、イミナは祟りを呼び起こす。
 掴み、引き裂き、締め上げ、祟る。
 黒々と湧き上がる沼は余りにも深く具現化された呪い。足を囚われれば、亡者の腕に引き摺られる。
 周囲の屍全てを巻き込んで展開された亡者腕の沼は、深く傷ついて抵抗できぬ1体を飲み込んで沈んでいく。
 残る敵は僅か。数で優位を作ったケルベロスたちだが、傷も深まってきている。油断はできない。
 これまで以上、繊細に大胆に、ヘカトンケイレスの数を減らしていく。
「――ちょっとチクッってしますけど、動かないでくださいね」
 一見にして浅い傷。けれど、そこからは仇なすものに反応する毒が仕込まれていた。
 憂いの雨が敵を蝕む。優雨の与えた小さな傷が、ヘカトンケイレスを停止させる。
「……あと1体、ですね」
 イチイに癒やしを受けながら優雨は残る屍隷兵へ目を向ける。
 ヘカトンケイレスは腕を振りかぶる。ここまでくれば勝機などないことは目に見えている。
 けれど、動く屍にすぎない彼らに、有利も不利もありはしない。ただ、目の前の生命を殺すために。
「させませんわ……」
 攻撃を受け止めたソルシェールが弾き飛ばされる。何度となく盾として仲間を庇った彼女も、そろそろ限界が近い。
 膝をついたソルシェールにシェーラは光球を当てて傷を癒やしながら激励の声を上げる。
「さあ、いよいよ大詰めだ。頼んだよ、英雄諸君!」
 蹴りつけた路面が燃える。愛楽礼の後に炎が道のように奔る。
 追走する火無とともに、ヘカトンケイレスの至近距離から跳躍する。
「ゾンビは火に弱い……はず! やっちゃえ火無!」
 火の車輪が回る。火無の青い炎と、愛楽礼の赤い炎が交わるように、敵の上で交差した。
「そろそろ終わらせましょう」
 サブリナがタロットを引いて敵へと翳す。
 引かれたカードは、小アルカナ・ソードの8。意味は束縛。
 不可視の力場がヘカトンケイレスを雁字搦めに縛り付けた。
 あわせるように、鎖が放たれる。リディの瞳は未来を捉えていた。
 かつて失われた、時を支配する力の一端。鈍い動きながら逃れようとするヘカトンケイレスを、運命の鎖は確かに捉えていた。
「幸せを奪う敵は、逃がさない―――!」
 宙を切って鎖は進み、正確に急所を穿ち貫いた。
 ヘカトンケイレスの動きが止まる。
「"血塗られた手が霧の奥から伸ばされる" "黒いコートと黒い帽子" "あなたの肩を掴んだのはだぁれ?"」
 二度とその身体が動くことがないように、再殺を誓ってレティシアは伝承魔法を使った。
 霧が周囲を包み込んでいく。遠い場所から星の剣を振り下ろす。斬りつける。
 届かぬはずの刃が届く。見えない殺人鬼に出会ったように屍隷兵は刻まれた。
「――これで、終わりですね」
 霧が晴れたその時、残されているのは安堵の笑みを浮かべるレティシアと、動かない死体だけだった。
 ――そうして、長い戦いが終わった。番犬たちは互いの顔を見合わせた。
 誰の顔にも疲れが見えて、けれど、確かに一つの苦難を乗り越えた表情だった。
 夕日が沈む。赤かった海が黒く染まっていく。惨劇を防いだ番犬を労うように。
 穏やかな波の音が、心地よい平常を訴えていた。

作者:玖珂マフィン 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年11月12日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 8/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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