海辺に現れる屍の兵たち。その魂は徒に血を望む

作者:ほむらもやし

●日常の終わり
 千葉県銚子市犬吠埼付近。
 昼間の明るさを残す夕方、その殺戮者は海からやってきた。
「あ、海の中で遊んでいる人がいるよ!」
 民宿の窓から身を乗り出した少女が、海の方を指さして、私も水遊びがしたいな。と笑った。
 空気は澄んでいて、うろこ雲の並ぶ青空は、普段は目にすることのできない遠い世界まで続いているように見えた。だが、少女が言うように、この日は暑かった。
「本当? もう11月なのにね。……ん、でも、なんかあれ、大きすぎない?」
 つられるように後から身を出した2人の姉弟のうち姉が海面から出ている身体の高さに気がついた。そんなタイミングで、部屋の奥の方から父親の声がする。
「そんなことよりも、夕飯にしよう。タイのおつくりに、アンコウの鍋、高級和牛のステーキやプリンもあるぞー!」
「あープリンは私のだからねー」
「プリンはご飯の後になさいね」
「もう名前書いちゃったもん」
「えーっ!?」
 楽しい会話は、海から近づいてくる存在のことを忘れさせた。そして5人家族の幸せいっぱいの夕食が始まった。
 それは、時間が進めば、もう二度と巡ってこない日常。
 数分後、少女が人と思っていたものたちは海岸に到達した。それはヘカトンケイレスと呼称される、体長4メートルほどの巨人型の屍隷兵の群れだった。
 そして殺戮の幕は切って落とされた。
 ヘカトンケイレスの一群は楽しげな気配がする民宿を目がけて突然に走り始めた。
 轟音と共に建物が揺れて、階下から主人の怒号、続いて悲鳴がこだまする。
「お客さま! お逃げ下さい!!」
 次の瞬間、あり得ない方向に折り曲がった女将の身体がふすまを打ち倒して部屋に投げ込まれる。
「車に急げ!」
 緊急事態にも冷静に反応した父親であったが、薙がれた腕の一撃で首を飛ばされた。
「い、いやあああああっ!」
 姉の悲鳴、同時に首の無くなった父親の身体が、その場に倒れ伏す。
「早く、早くお逃げな――」
 続けて叫ぶ母、姉、弟が、肉が潰される音と共に絶命する。
 身体が小さく身軽であった少女だけが、運動神経の良さにも助けられて民宿の外に脱出できた。
 だがそこもヘカトンケイレスだらけだった。
「……お化け、絶対に許さない」
 直後、少女の小さな身体はヘカトンケイレスの大きな手で握りつぶされ、無造作に投げ捨てられる。また別のヘカトンケイレスは走り出したワンボックスに襲いかかる。
 まもなく海辺の集落は地獄と化して、人々は獲物となり、みな殺されてしまった。
 
●依頼
「冥龍ハーデスの件はもう終わりと思っていたんだけど、この判断は性急過ぎた。申し訳ない」
 苛々した様子で告げて頭を下げると、ケンジ・サルヴァトーレ(シャドウエルフのヘリオライダー・en0076)は、関東地方の地図を広げた。
「現れるのは、『ヘカトンケイレス』と名付けられた屍隷兵だ。灰木・殯(釁りの花・e00496)君の懸念通り、ハーデスは月喰島から配下を進軍させていた。そしていま正に太平洋側の日本各地に上陸しようとしている」
 冥龍ハーデスは死んでいるため、現在のところ、この屍隷兵には軍団としての指揮系統は確認されておらず、統率もとれていない。ただ10体程度の小規模な群れに分かれて、それぞれの群れが遭遇した人間に襲いかかる。
「皆さんにはこの地点に出現する、ヘカトンケイレスの迎撃をお願いしたい」
 言葉と共に房総半島の北側利根川の河口付近にある犬吠埼に印をつける。
「屍隷兵はアンデットの一種で、体長4メートルとかなり大きい。攻撃手段は腕のなぎ払いによる斬撃に、巨躯を活用した体当たり及び拳や蹴りの一撃、毒液をまき散らす。と言ったところだ。個体としての戦闘力は君らひとりひとりとさほど変わりはない。だけど知性も無い分、うまく立ち回れば、互角以上に渡り合える相手のはずだよ」
 ただし10体と数が多いから、討ち漏らしには注意してねと、念を押す。1体でも漏らせば予知されたような惨劇が別の形で発生してしまう。
「波打ち際から、民宿までは200メートルほどある。砂浜と浸食された砂岩が広がる岩場が混在する地形だけど、ここで敵を殲滅できればベストだと思う」
 浜を突破されれば、民宿があり、さらには民家もある。
「幸いと言ったら怒られるかも知れないけど、今回は敵の上陸の判明が早かったから、既に宿泊客や住民の避難は終わっているよ」
「つまり戦いに集中できると言うわけですの?」
「そういうことになるかな。皆が思いきり戦えるように配慮させてもらった」
 ナオミ・グリーンハート(地球人の刀剣士・en0078) の言葉に返しつつ、だから、絶対に殲滅して欲しい。そう強い調子で締めくくる。そしてケンジは話を聞いてくれたケルベロスたちひとりひとりの顔をジーッと見つめてから、丁寧に頭を下げた。


参加者
天尊・日仙丸(通販忍者・e00955)
巫・縁(魂の亡失者・e01047)
セシル・ソルシオン(修羅秘めし陽光の剣士・e01673)
相馬・竜人(掟守・e01889)
アイリス・フィリス(アイリスシールド・e02148)
森沢・志成(半人前ケルベロス・e02572)
鳴門・潮流(渦潮忍者・e15900)
浜咲・アルメリア(シュクレプワゾン・e27886)

■リプレイ

●会敵
 潮の香りをたっぷりと含んだ風が吹き続けていた。
 陽光が黄味を帯び始め、風景は緩慢な時間の流れの中で、夜を迎え入れる刻を待っている。
 無人となった海沿いの集落に動くものは無く、上空と、波打ち際に10ほどの人影があるだけだ。
 それはヘカトンケイレス――予知された屍隷兵の群れを迎撃せんと待ち構えるケルベロスたち。
(「……守るわ、必ず」)
 ふと陸地側に視線を移動させた、浜咲・アルメリア(シュクレプワゾン・e27886)は口元に決意をにじませる。
 波打ち際から集落までの距離はおよそ200メートル、標高差は5メートル程度だろうか、正確な高低差までは分からないが、なだらかな傾斜の先に防波堤を見ればおおよその見当はつく。この200メートルの範囲内で敵を殲滅できれば最良のはずだ。
「しかし遅い。まだ現れないのか?」
 高性能スコープ越しに波立つ海上を見渡す、森沢・志成(半人前ケルベロス・e02572)が少し苛立った様子を見せる。敵が泳いで来るのか、それとも海底を歩いてくるのかは解らないが、少なくとも足が着く水深となれば歩くだろう。
 一方、ナオミ・グリーンハート(地球人の刀剣士・en0078)に向かって、天尊・日仙丸(通販忍者・e00955)がぶつぶつと何かを話しかけている。
「……そういうの、本当は良くないですけど、それっぽく立ち回ってみますわ」
 ナオミが水商売の女の如き玉虫色の 切り返しを見せたタイミングで、上空から、フレック・ヴィクター(武器を鳴らす者・e24378)の、ヘカトンケイレス発見を告げる声が響いた。低い波打ち際よりも高い場所の方がより広く遠くを見渡せると言うことだ。
 少し遅れて、志成、そして水際に布陣するケルベロスたちも海面に姿を覗かせたヘカトンケイレスに気づく。
「来ました! ほら、あそこに!」
 志成の声が響くのと前後して、油断無く警戒していたアルメリアが確固たる意思と共に、全身から光り輝く粒子を放出する。 輝く粒子は風に流されることもなく、狙い通りの効果を発動する中、髑髏の仮面で顔を覆った、相馬・竜人(掟守・e01889)もまた、光る粒子を展開する。
 ――あたしたちの力は、守るためにあるのよ。
 思いを強めて、アルメリアは迫り来る敵を見据える。
 その数は10、知らされていた通りだ。
「遠路はるばるご苦労さん。だがテメエらはここで終いだよ」
「あの人たちもかつては人間だったのかな。月喰島の人たちのように、殺されて、利用されて……」
 吐き捨てるような竜人の言葉に、月喰島調査の記憶を重ねた、アイリス・フィリス(アイリスシールド・e02148)は、複雑な思いと共に爆破スイッチを押す。『利用されて』の後に続く言葉は何だったのか、それは彼女しか知らない。瞬間、海岸線に七色の炎が爆ぜた。轟く爆音と共に力強い爆風がケルベロスたちの背中を押すように吹き抜けた。
「感傷的になっている暇なんてないよね。今は敵を倒すことだけ考えるべきね」
「その通りだな、片付けるのが先だろ」
「ですが、ただ暴れるだけと聞きましたが、この数じゃ指揮系統など関係ないでしょう」
 今更であったが、鳴門・潮流(渦潮忍者・e15900)は気づいた。バラバラに分かれた敵を各個撃破すると判断した時点で、現場の負担は大きな極大となる。
「大変そうだけど、腕がなるな! 皆はそう思わないのかい?」
 軍団としての敵がどれほどのものかは分からないが、目の前の敵を倒せば確実に市民を助けることができる。
 潮流の言葉に自分の決意を重ね合わせて、巫・縁(魂の亡失者・e01047)は誓いを新たにするように、マスク越しに迫る敵の陣容を見詰めた。
「戦う前に、指揮官を失った兵士か、哀れなものだな」
 一方、海岸で待ち構える敵性存在に気づいた、浜で遊ぶ市民を偽装していれば状況は予知の通りに進んでいたが、ヘカトンケイレス側もまた、万全の攻撃態勢に入る。結果として、最も消耗が激しくなる真正面からの戦いを選んだケルベロスたちの顔に緊張の色がにじむ。
「神造デウスエクス、よくわからないけど、虐殺なんかさせません」
 最も恐れることは敵の討ち漏らし。志成の構える二挺のバスターライフルから撃ち放たれた巨大な魔力の奔流が海面を撫でて、そして消えた。
「くそっ」
 こちらの攻撃が届くと言うことは、敵の攻撃もまた届く。
 志成が眉をしかめた瞬間、敵の群れはまるで艦砲射撃のように毒液を放ち始めた。
 しまった。
 砂浜と浸食された砂岩が広がるだけの海岸だ。身を隠せると言えば浸食でできた僅かな窪みくらい。直後、土砂降りの雨のように降り注ぐ毒液が海岸を薄汚い色で塗り尽くす。
「ま、細かいこと気にすんなって、近寄ってぶった斬れば、問題ないじゃん」
 毒液に汚された金髪を軽く振り払い、セシル・ソルシオン(修羅秘めし陽光の剣士・e01673)は岩を踏み込むと、海面に小島のように突き出た岩から岩へと跳び、一挙に敵群との距離を詰める。
「でかいな。外れる気がまったくしないぜ!」
 跳び抜けながら、セシルが二本の刃を上下と左右に振り抜いた直後、十文字を刻まれたヘカトンケイレスの胴体から黒く濁ったような血があふれ出る。
 波打ち際で待つだけでは、状況は打破できない。敵中に飛び込んで行く者、ならばリスクは承知の上で突っ込むしか無い。進んでくる敵を迎えうつ者、この海岸に集うケルベロスの誰もが役割というものを考えながらも、他人に強制をされることなく、自分の自由な意思によって動いていた。

●激闘
「まずいな、攻撃に関しては、敵の方が上手だ」
 爆炎に包まれる敵とオルトロスのアマツの動向を交互に見遣り、縁は眉間に深い皺を刻んだ。手数と継戦能力では優位にあると確信していたが、毒液の射出と前進と腕力任せの斬撃、あるいは体当たりを繰り返しながら進撃してくるヘカトンケイレスの圧力は想定していたよりもずっと強い。
「長丁場となれば、拙者どもが有利、焦らず、でござるよ」
 軽やかに跳ねるは日仙丸、細工の施されたドラゴニックハンマーの柄を強く握り締め、一拍の間を挟んで繰り出すのは、破鎧衝。
「行くでござる」
 速度を増しながら岩場を駆けて、手近な敵よりも最も傷ついた敵を敢えて狙う。
「惜しいな。少しだけ、足りてないみたいだぜ!」
 鈴を転がしたような陽気な声と共に、手にした剣と頭髪を白く輝かせたセシルが突っ込んでくる。
「永遠に沈まぬ陽―――白き闇の焔に抱かれるがいい!!」
 その言葉の通りに、白い闇の太陽と白焔の如き残像を纏った無数の斬撃が日仙丸の一撃に傷ついたヘカトンケイレスを斬り刻む。
 新しい血の臭気と悲鳴の如き咆吼が、白い湯気と共に立ち昇り、身体中に剥き出しの赤い傷口を開いた、ヘカトンケイレスが海面に倒れ、泡となって消滅して行く。
 そんな惨憺たる敵の末路に、日仙丸は刹那、顔をしかめる。
 次の瞬間、手袋を脱ぎ放ち、精神を集中させた縁は指を打ち鳴らす。
「爆ぜろ……!」
 発動されたサイコフォースが、激烈な威力を持つ爆発を発生させ、ヘカトンケイレスの肉を引き千切り、空高く舞い上げる。
 爆炎が止み、衝撃波が過ぎれば、味を感じる程の濃い腐臭と共に、汁と肉とが、辺り一面に降り注いだ。
「臭いですわ。どうせなら綺麗に散りなさい」
「こんな戦い、したくはありません!」
 ナオミの攻撃に機を合わせるようにして、アイリスは叫びと共に足元に魔方陣を展開する。直後、呼び出された4本の刃が突出したヘカトンケイレスに執拗に襲いかかる。
「よし、これで2体」
 次いで刃に切り刻まれたヘカトンケイレスに、志成の撃ち放ったフロストレーザーが命中すると、その巨体は一瞬にして凍り付き、次の瞬間鋭い音と共に四散した。
 ヘカトンケイレスの6体が海岸への上陸を果たし、うち2体が撃破された。そして残り8体のうち4体までの消耗が大きい。対するケルベロス側は、セシルとアルメリア以外には大きな傷を負っている者は居ない。志成は絶対に敵を全滅させると強い決意の元、戦況をつぶさに観察していた。
「無茶は困ります。今回はたまたま上手くいっているだけです」
 守りなど考えずに、海中と岩場を跳び回り続けるセシルに向かって、潮流が叫ぶ。
「まったくだ。俺らはお前のサポーターか? これだけお膳立てしてしてんだ。負けんじゃねえぞ」
 呪われた禁断の書物、その断章を紐解き、竜人は詠唱する。発動されたのは脳髄の賦活、それはセシルの脳に常軌を逸した強化をもたらした。
「ひゃっはー! やっぱり強敵と戦うのは楽しいな!」
 ヘカトンケイレスの肩を踏み台代わりにセシルは上空に跳び上がると、セシル横薙ぎに剣を一閃すると、ヘカトンケイレスは水っぽい音を立てて、臓腑のようなものを撒き散らしながら崩れ折れる。
 崩れ落ちた肉片が猛烈な異臭を放ちながら、泡と消えて行く中、新たに上陸してきたヘカトンケイレスの一撃をアルメリアが、身体で食い止める。
「……あたしは、負けない」
 言いかけた瞬間、アルメリアの口から、こみ上げて来た肉片混じりに血が噴き出る。実際のところ、ここまで誰も倒れずに来られたのは、癒やし手の手厚い支援と、彼女の身を挺した努力があってこそであった。
「……護らなきゃならないものがあるから」
「その通りです。護るものがあるから、私たちは強いんです」
 アイリスは入れ違いに足を踏み出すと、迫るヘカトンケイレスの前に躍り出ると目を見開き、覚悟を孕んだ視線を向ける。残る敵は7体。あと少し撃破すれば、敵は総崩れになるはず。
「神造デウスエクス、あなた方が何から作られたか、分かる気がします」
 複雑な感情を孕んだ言葉と共に、解き放たれた莫大なオーラの力でアイリスはアルメリアの傷を癒やした。
 次の瞬間、後方からの志成、潮流、ナオミらの攻撃が飛び乱れて、ヘカトンケイレスの前進を押しとどめた。
「どうした? 貴様の相手はこの私だ!」
 あるべき剣のない鞘を頭上に翳して、縁は気合いと共に振り下ろした。瞬間、小細工無き重厚無比な打撃が肉を抉り、骨を砕きながらヘカトンケイレスの巨体の体内深くにめり込み、続くアマツと名付けられたオルトロスが口に咥えた刃の一閃が、その命を潰えさせた。それは勝敗の天秤がケルベロスの側に大きく傾いた瞬間でもあった。

●終わりの始まり
 毒液の雨が降る。それはまるで熱せられた針の如くに焼けるような痛覚と共に傷に染み入った。
「心配ありませんよ。私たちも支えますから」
 攻性植物を狂おしい光を湛えた収穫形態に変えた、弘前・仁王(魂のざわめき・e02120)の声、続いて、飛来したボクスドラゴンが属性インストールを発動すると、その加護を受けた、セシルは疲れた身体に鞭打つように駆ける。
「不謹慎か。悪いな。その代わり、全部ぶっ倒してやるから勘弁な」
 最後まで矢面で戦い続ける。その信念を揺らがせず、セシルは電光石火の蹴りを振るった。瞬間、食べ頃を過ぎ、熟れ過ぎた果実を潰すような音がして、急所を蹴り抜かれたヘカトンケイレスの胴体が上下二つに切れる。
 残る敵は5体。この時点で勝利できる見込みは無くなったにも関わらず、ヘカトンケイレスは毒液をまき散らし、そして力任せに前進しようとする。
 戦いの場所は波打ち際から、少し内陸側に入ったところまで押し込まれている。
「俺が攻撃に参加してる時点でテメエら詰んでるんだよ」
 討ち漏らす可能性はまず無いように思われたが、油断が生みだす失策の可能性に微かな不安を覚えつつ、全身をオウガメタルの輝きで覆い、鋼の鬼と化した竜人は必殺の拳を突き出した。
 胸を大きくへこませて、ヘカトンケイレスが波打ち際に吹き飛ばされて動かなくなる。
 癒しの技と守りに徹していた、アルメリアもまた身体を覆うオウガメタルを鋼の鬼と変えて、攻めに転ずる。
 もはやヘカトンケイレスは圧倒的な攻撃を受ける以外に何もできなかった。
 戦力差や数えることを絶望しそうになるバッドステータスだけが理由ではない、暗い海を進み続け、人々を虐殺するために、ただ振り下ろされる拳としての価値しか与えられなかった者の末路とも言えるだろう。
 蹴りの一撃と共に屠ったアイリスはバトルオーラの輝きを強めながら、薄暗くなり始めた海岸に残る3体の敵を見据える。
 橙色を帯びた光を受ける、ヘカトンケイレスには会敵したばかりの頃の強大さは感じられず、滅び行く運命の十字架を背負ったまま戦い続けるもの悲しさしか感じられなかった。
(「こんな結末、変えたい、でもどうしたら良いのか分からない」) 
 月喰島での記憶が蘇る。
 ただこのような悲劇は繰り返したくは無い。
 アイリスは奥歯が軋む程に噛み締めて、感情を押し殺す中、もはや戦闘は一方的に掃討戦と化していた。
「より深く、より鋭く。猛き螺旋に壊せぬもの無し!」
 気合を込めた低い声ともに、日仙丸が触れたヘカトンケイレスの上半身は爆散する。上半身を失った巨大な下半身が血を溢れさせながら、泡となって消滅する。
「どうしたんだ、最後まで戦おうよ!!」
 苦々しげに叫んで、セシルは二本の刃を縦横に振るい超重力の十字の斬撃を刻んだ。
 変色した体液と肉片を散らし、残り少なくなったヘカトンケイレスが倒れる。
「どうやってここまで改造できるのだろうな」
 苦々しい呟きと共に、縁が意識を集中させると、最後のヘカトンケイレスが爆炎に包まれる。爆発の炎が消えた後には、原型を留めない肉の塊が残るだけだった。
 その肉塊も間もなく、猛烈な異臭を放ちながら、泡と消え、ケルベロスたちは戦いが勝利に終わったことを確認するのだった。

●戦い終わって
「まったく、ご主人様と一緒に死んどきゃ、俺らの面倒も省けたんだがな」 
 吐き捨てるように言う、竜人に縁が煙草を取り出しながら頷きで返す。
「どうやって、作ったのか、想像もしたくないな」
「と、ともかく、全部ぶっ倒せて良かったぜ!! みんな、お疲れ様な!」
 明るく振る舞う、セシルの声にナオミも微笑みで返した。確かに虐殺を未然に食い止めた達成感はあったが、奥歯に物が挟まったような不快感が残っていた。
「本当に臭いですし、早く帰ってシャワーを浴びたいですわ」
「そうですね。間違いなく10体倒しましたし、引き上げですかね」
 ナオミの声に海岸を調べていた志成が振り向いて、返す。
 潮の香りと腐敗臭の入り交じる一服の味は思いのほか不味く、一吸いしただけで縁は顔をしかめる。
「死んだ奴らは何も言えない。何も分からないままだな」
 紫煙と共に零れた呟きは、低く苦渋に満ち、志成もまた無言で頷いた。
 仇は取りました。
 しかし、その言葉にすることは憚られ、アイリスは拳を握り締める。
 失われた命は取り返せない。それは当たり前すぎる事実であったから。
 月喰島の島民たちを襲った悲劇に思いを巡らせ、アイリスは心を痛めながら頭を垂れた。
(「何もできなくて、ごめんなさい」)
 ヘカトンケイレスが現れた海は何も答えず、打ち寄せる波の音だけが響いている。

作者:ほむらもやし 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年11月12日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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