ロングコートに帽子を目深に被った影がいる。隠された中身はモザイクの塊。
ドリームイーターである。
足元には、人間の死体。今しがた殺されたばかりの。
「お前の夢は分かった。奪ってきてやろう、俺がその夢どもを」
自分は小説を書くんだ。死体にさせられた者はそう言いながら、一文字も書こうとはしなかった。
文章を紡ぐための指先と、ドリームエナジーを奪うために、ドリームイーターは近場を徘徊しながら、『夢』を探す。
「ドリームイーターが、夢を語るだけで何もしていなかった人間を殺し、その人になり代わって夢を叶えようとする事件が起きています。ドリームイーターはなり代わられた人が持っていた夢を実際に叶えている人──今回のケースは小説家を、近場で見つけて襲い、その人からドリームエナジーを奪った後、夢に該当する部位を奪って去って行きます」
セリカ・リュミエールは淡々と告げる。
「ドリームイーターが徘徊しているのは資料の多い、文筆家に人気の図書館です。小説を執筆している人間を探し狙うので、該当する人を見張っていればドリームイーターを発見出来るでしょう。また、ケルベロスは一般人に比べて夢の力が大きいようですので、ドリームイーターが狙う要素がある事を示すような行動を行えば、こちらを狙って現われる可能性が高くなります。攻撃は『心を抉る鍵』『知識喰らい』『モザイクヒーリング』と思われます」
セリカの目が真剣味を帯びて煌めく。
「他人の叶えたささやかな夢を潰そうなど、許されることではありません。小さな幸福を守るために、どうか遂行をお願いします」
参加者 | |
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メルナーゼ・カスプソーン(廃墟に佇む眠り姫・e02761) |
秋月・陽(陽だまり・e04105) |
アベル・ウォークライ(ブラックドラゴン・e04735) |
遠之城・鞠緒(死線上のアリア・e06166) |
笹ヶ根・鐐(白壁の護熊・e10049) |
ユリア・タテナシ(フレグランスリンク・e19437) |
ヴィルベル・ルイーネ(綴りて候・e21840) |
カティア・エイルノート(ヴァルキュリアのミュージックファイター・e25831) |
●知識の集積庫
至極一般的に見える図書館施設。だがここに所蔵されている本は随分とマニアックかつ詳細な調べものに向いており、文筆家、或いは文筆家を目指す者にとって非常に便利な場所となっていた。
従って、集まる、小説家に、エッセイスト、そのアシスタント、そしてドリームイーターと──ケルベロスが。
ケルベロス八名は正面玄関から入り、うちカティア・エイルノート(ヴァルキュリアのミュージックファイター・e25831)、ヴィルベル・ルイーネ(綴りて候・e21840)は図書館のマップを見つつ避難経路の確認に向かった。
アベル・ウォークライ(ブラックドラゴン・e04735)はこそりと職員に接触しに向かう。事情を説明し、いざという時は避難誘導にふさわしい館内放送を流してもらうよう取り決め、電話番号をチェックさせてもらった。ワンタップで通話可能な状態にして、くれぐれも注意してくれ、とその場を去る。
秋月・陽(陽だまり・e04105)、笹ヶ根・鐐(白壁の護熊・e10049)、ユリア・タテナシ(フレグランスリンク・e19437)は図書館内に向かい、資料を探すふりに入る。鐐はこそりと貴重書、稀観本を避難させておいた。
遠之城・鞠緒(死線上のアリア・e06166)、メルナーゼ・カスプソーン(廃墟に佇む眠り姫・e02761)は机に向かい、執筆を始める。
最初の布陣はこれで済んだ。
鞠緒は味方からも敵からも目視されやすく、書物の被害も抑えられそうな、本棚から離れた人気のない机の手前側に席を取った。メルナーゼはその隣に座る。
「うーん……魔導書ならいいんですけど他の人に伝わるように書くのは難しいです……」
メルナーゼは執筆の難しさに、途中で机に突っ伏してしまった。眠くもあるのだろう。
「付け焼き刃の知識ではまともな作品が出来んからな……」
鐐はさり気なさとわざとらしさを混ぜて呟きながら、書物に手をかける。物書きに憧れた時期もあったが、書かれる題材のほう、ケルベロスになったのは何の因果だか。そう考えながら。
陽は執筆者役の最寄りの書棚で待ち構え、ユリアは資料を探すポーズを取りながら、本来狙われそうな、実際に小説を書こうとしている者も探して目を光らせる。
避難経路を確保していたカティアとヴィルベル、アベルも確認を終えて書棚の隙間に入り込む。カティアは人が多い一角の隅で本を開き、ドリームイーターの出現を待つことにした。ヴィルベルは本を開いたり閉じたりを繰り返しながら、本来襲われそうな条件を満たす一般人を念のためにチェックし巡回していく。アベルは囮役を視認可能な位置かつ一般人の側を確保出来るところで待機していた。
「自分の執筆のためとはいえ。なかなか大変だ」
時折執筆役の側に寄り、資料を頼まれたり受け渡ししたりしていた鐐が、わざと周囲に聞こえるように呟いた、その時。
いつの間に、いつからそこにいたのか。
ロングコートに、目深に帽子を被った影が、小説を書く真似をしていた二人の背後に。
●騒乱する紙片たち
『館内に不審者が現われたとの情報が入りました。利用者の皆様、避難をお願いします。繰り返します、館内に不審者が──』
アベルの合図で手筈通りに避難を促す放送が流れる。静けさの図書館は騒然とするが、混乱を招かぬよう、ヴィルベルが冷静に先頭に立ち確認済みの経路へ誘導する。
「ここは危険。皆こちらに。慌てない。大丈夫。ボク達が皆を守る」
カティアもヴィルベルに続いた。ホワイトハートは避難中の人々を守るように敵を警戒する。
「パニックを起こすな、落ち着いて」
アベルは逃げ遅れそうになった一人に手を貸し、一声そえて上手く経路に続く波に乗せた。
鐐と明燐、陽が、執筆者役だった者の間に割り込む。その隙にメルナーゼは、他人の書きかけの原稿──本物の小説だ、その原稿用紙を拾い集めた。
「こちらですよ!」
鞠緒が障害物の少ないカウンター前に駆ける。ドリームイーターはそれを追う。
「どうにもドリームイーターは好きになれませんわ。人の夢を奪って殺すだなんて、傲慢にも程があります」
いざとなれば身を挺して一般人を守ろうと決めていたユリアは、避難の成功を確認して敵に向き直った。
「君が欲しい夢は私が持っているぞ? ほれほれ」
鐐がからかうように兆発しながら紙兵を大量に撒き散らす。さながら本のページの如く。
「新しい物語が生まれる可能性を殺すなんて許しません。それに図書館を戦場にするなんて!」
ぽかりと空いたカウンター前の広場を利用して鞠緒は詠唱する。
「よく思い出して……書きたかった物語。何故その夢は欠けている? 他人の夢で本当に埋まる? これは、あなたの歌。懐い、覚えよ……」
伸ばした手の先から、本が現われる。開かれたそれからこぼれ出た歌は、歪すぎてとても聞き取れたものではなかった。物語は伝わらない。けれどドリームイーターは、ぼうとそれに浸るように動きを鈍くする。ヴェクは攻撃の手を封じるべく援護に入った。
なり代わられた人間もこんなことは望んでいないでしょうに。あくまで自分を満たすためなのか。──俺は小説なんて書けないから、せめてこの結末を少しでもマシなものに。思いを込めた陽のナイフが敵の肉を切り刻む。深い一撃にドリームイーターが咆哮する。直射日光を入れにくい仕組みに作られた窓が、びりびりと震えた。
アベルの全身を、渦を巻くように炎が包み込んでいく。己への炎。戦闘能力を引き出すための紅。
「これ以上夢は奪わせない!」
鋭く光る、騎士の瞳。
前衛担当を色とりどりの爆風で支援したのはユリア。逃げ遅れがいないことを確認して後衛から命の鼓動を止めにかかる触手を呼ぶのはヴィルベル。
「書きもせずに小説家。物理的に書くことが出来なかったのか、書き出しの一文字すら、思い描けなかったのか。どちらにしろ、大言壮語な夢だこと」
絡みつく触手はじわじわと敵を蝕んでいく。
「皆大丈夫か? 遅れてすまない。もう避難は済んだ。後は倒すだけ」
カティアは闘い続ける者たちの歌を歌う。抑揚のない普段の喋り方からは想像しがたい、豊かな感情が伝わるような歌。敵に近い列を守るための。ホワイトハートも守備のため、素早く動く。
「なんか違ったみたいですけどどっちにしろ許せないからお仕置きです……!」
前衛の後ろに隠れるように距離を測ったメルナーゼの、閉じた右目のまぶたに魔法陣。ふわりと舞い、生と死の境界線から呼びつけた触手を放った。
ドリームイーターが、よろめくように、攻撃を放つ。心を抉るその鍵は、鐐の胸を引き裂き、思い出したくもない過去を引きずり出した。
敵は、眼前の目標と同時に、己の中にも。
●その物語に終止符を
鐐は即座にオーラを溜めて回復を図る。鞠緒が透けるような幻影合成獣を相手に放ち、ヴェクはその僅かな隙に回復のために翼を羽ばたかせた。
躍り出た陽の斬撃は空の霊力を帯び、傷跡を更に斬り広げる。
「この炎がある限り、後退はない!」
アベルが地獄化した胸部から放った炎は弾のかたちで相手の生命力を奪い去った。
「秘密のレシピに酔いしれて頂きます」
肌を通して浸み込む香水が、ドリームイーターの体を石のように重くしていく。
「ふふ、段々動けなくなってきたのではないですか? 回復しても良いのですよ? それが出来れば、ですが」
ユリアは軽く身を翻す。
「ドリームイーターのやり口は美しくないので、わたくし好きになれませんの」
「座して夢だけを強請り欲する奴も、人の夢に縋り付き絡み奪う奴も、どちらも世界にとっての害悪でしかない」
ヴィルベルは冷たく淡く毒を吐き、騎士槍のかたちを召喚する。
「嫌いだよね、こういう輩は……世界を、穿て」
暴嵐の精霊は周囲の大気と無数の書物を巻き込んで、螺旋回転と共に敵を刳り貫いた。
カティアの歌は、守るために響く。盾を作るように柔らかに。ホワイトハートも支援を徒労には終わらせない。
「夢を奪うなんて許せないのですよ……夢を司る魔導士として説教するのですよ……」
メルナーゼは魔導書から弾丸を精製し、目標を撃つ。凍結しそうな、一瞬の鋭さ。
揺らぐ、夢喰らい。
鈍い攻撃は近場の相手を狙ったようだが、誰ひとりにもかすらなかった。
書物に埋もれる哀れな魔物は、切れ切れに咆哮を上げる。
「悪いがこの後執筆があるのだよ、さっさと斃れてもらおう!」
鐐の繰り出した突きは急所近くを深々と抉り抜いた。
続けて小動物の姿に戻った鞠緒の杖が、魔力を籠められぶつけられる。
陽の刃は正確無比に傷口を広げ続ける。濁流のようにほとばしる呪いによく似た呻き声。
大鎌を、柄の両端に刃の付いたそれを、ドラゴニアンの戦士は全霊をもって振り回し──投擲した。
ドリームイーターが、裂けた。
書かれなかった書物と同じ場所だったろうか、夢喰いの消えた先は。
数えきれない文字の奔流の中で、一体の敵との決着が今、つけられた。
●エピローグはプロローグのように
被害箇所の修繕を終えても、ケルベロス八名は若干忙しかった。
インタビュー? 体験談? 後で受けるから! と鐐はせわしなく本を整理していく。特に貴重な本を無事書棚に挿せる喜びがそこにはあったが、ついそれを読んでしまうのも本好きのお約束である。
ユリアが何か読みたいかもって言ってたけど、この後片付けの忙しさじゃあ、と陽が振り返った先で、ユリア本人は料理の本を手に取っていた。
「ユリア? 料理に興味があるの?」
「べ、別に不摂生な生活の陽さんが心配なわけではありません。ちょっと気が向いただけです」
ぱたんと本を閉じて整頓にいそしむユリアは、実はまだ料理をしたことがない。帰りには本屋に行こうと思った彼女の頬は、若干赤らんでいる。
「自分を表現する手段としての憧れもあったのだろうか。犠牲者も小説が好きな気持ちに偽りはなかったと思いたい」
アベルは静かに、古い文芸書の表紙の埃をよけてやる。
「しかし図書館の空気は実に良い。こんな用事がない状態でまた訪れたいものだよ。まだ見ぬ本と出合うことが出来るかもしれないし、見知った本との邂逅が果たせるかもしれないし」
だから此処で戦うなんて嫌だったんだよね、あの敵が手にかけた一冊の本よりも、あの敵には価値がないのだから。ヴィルベルは自身の角によく似た呪詛を淡々と吐き続けながら、丁寧に辞書を揃えていった。
メルナーゼは、机を枕にこてんと寝ていた。疲れていよいよ眠気に勝てなくなったらしい。鞠緒が肩を叩こうとするが、どういう具合か上手く避けられてしまう。
耳元で名を呼ぶ。ようやく起きた。
「終わりです……? じゃあ、後片付けを始めるですよ……」
拾い集めておいた原稿用紙を、どうやって憶えていたのか、きちんと持ち主一人一人に返していく。戦場だった場所をきれいにしながら、メルナーゼは鞠緒に問う。
「何を書いていたのです……?」
彼女が書いていたのは、残しておきたかったのは、かつてデウスエクスに壊滅させられた、自分の組織の記録だ。
「わたしですか? いえ、その……兄が小説家なんです。小説家になっても書きたい物語が書ける訳ではないみたい」
鞠緒がすっと一冊の本を取り出す。
「これ……兄の『歌姫探偵☆まりお』の新刊です。少女向けラノベなの。アニメ化しているからご存知の方もいるかも。でも本当は幻想ミステリを書きたいみたい」
「モデルは鞠緒なのです?」
「そう見えますけれど、全然違いますからね! 兄は極度のシスコンで……」
お返しに兄がモデルの小説を書いていた、と鞠緒は説明した。
書棚は脅威の来訪前よりも美麗に並び、本来の目的を取り戻す。
帰る間際、カティアは一つの歌を思いついた。書かれた小説から得たインスピレーションで出来た歌。
無表情で口ずさむ。物語は音色に乗って、図書館の出口に残された。
後には静けさが残るのみ。
取り戻された、知の集合体の平穏。守られた、文字を紡ぐ幸福。
作者:古賀伊万里 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2016年5月20日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 1
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