ミス・ネフィラ

作者:七凪臣

●幸福
 明け始めた夜に、空の端が赤々と燃えていた。
「これは朝ごはんで、こっちはお昼に食べてね」
 始発電車がようやく動き出す時分、雛は門扉で二つの包みを祐樹へ手渡す。
「ありがと」
 返されたのは、嬉しさと照れが綯い交ぜになったような表情。仄かに色付く頬を見れば、眠い目をこすりながら台所に立った苦労も、一瞬で報われた気分になる。
 閑静な住宅街の一角に建つ築50年の一軒家は、祐樹の祖父から譲り受けたもの。
 二人の出逢いは、十数年前。夏休みの間だけ、近所にやってくる少し年上のお兄さんというのが、雛にとって祐樹の最初の印象。
 憧れて、背伸びして、恋をして――想いが通じて、手を取り合って。
 結ばれたのは、この春。雛の大学卒業を機に籍を入れ、式は再来月の予定だ。
 変わったばかりの関係に、お互い少しぎくしゃくしているけれど。気遣い合う距離感がくすぐったくて、愛おしい。
「じゃ、行ってくるよ。帰りは、早いから」
 囁きが耳元に落ちたと思った時には、祐樹の唇が雛の頬に触れていた。
 慌てて駆け出す背中を「いってらっしゃい」と見送って、雛は温もりが残る頬を擦る。苦手な早起きも、人目を気にせずこんなご褒美を貰えるのだから、やっぱり幸せ。

●櫻散
「さて、と。早めに洗濯済ませちゃおう」
 朝焼けの日は、お天気が崩れてくると言う。それを思い出した雛はいそいそと家の中に戻ろうとして――ふと、足を止めた。
 近所に咲く桜は、もう散り際。
 赤い空に舞う花弁がとても美しく、見入っていたら、
「御機嫌よう?」
 不意にかかった声に、雛は弾かれたように顔を上げる。
「っ、!」
 言葉は音にならない。何故なら伸びて来た六本の腕が雛を拘束し、二つの手が雛の口を覆ってしまったから。
 だから雛は見開いた眼でソレを凝視した。
 金色の瞳を持つ可愛らしいお人形さんのような、蜘蛛の異形を。

 仕上がったばかりの人形を前に、ミス・ネフィラは幸せの気配が残る室内でうっそりと口の端を吊り上げる。
「残念だけど、今までのお人形さんは。ぜ~んぶケルベロス達に壊されてしまったの」
 本当に酷い話よね、と忌々しげに語った異形は、「でも」と愉しそうに目を細めた。
「でも、あなたならやってくれるって信じてるわ」
 くつり、喉を鳴らして蜘蛛が嗤う。
「さぁ、可愛い可愛いお人形さん。グラビティ・チェインを集めて頂戴な――最初はあなたの大好きな旦那さまを殺すのよ」
 ふぅっと耳に吹き込まれた息は、拒絶不能な命令。

「雛!?」
 しとしとと雨が降る夕べ、温かな木造家屋に祐樹の叫びが響いた。
 彼は、きっと何も理解出来なかったろう。
 妻の変容の理由も、自らが彼女に殺められる理由も。

●千載一遇
 ――何とかミス・ネフィラの犯行現場を取り押さえられないものでしょうか。
 悲劇を未然に防ぎたい。
 その一心で立花・ハヤト(白櫻絡繰ドール・e00969)が行った懸命な調査は、一つの実を結んだ。
「ミス・ネフィラの新たな動きを掴めたんです。しかも今回は、被害者の改造が開始される直前に踏み込む事が出来るでしょう」
 告げるリザベッタ・オーバーロード(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0064)の口調が熱を帯びるのも当然だろう。
 ミス・ネフィラはとても用心深い。改造を終えるとすぐさま姿を消し、ケルベロス達は直接遭遇する事が能わずにいた。
 だが、今回は違う。
「狙うタイミングは、雛さんが祐樹さんを見送った後。門扉の付近でミス・ネフィラに捕らわれる瞬間です。この時以外だと、予知が狂ってしまって何がどうなるか分からなくなりますので」
 定められた瞬間さえ見逃さなければ、ミス・ネフィラを逃さず捕捉出来る。
 ようやく訪れた、千載一遇の好機。
「これは極めて貴重なチャンスです。どうかこの機に、ミス・ネフィラを何としても倒して下さい」
 かくて常より少し息の荒い少年紳士は、戦いに必要な事項を一つ一つ詳らかにしてゆく。
 一つは戦場について。
 現場となるのは、古い一軒家。道路にも面しているし、そこそこの広さがある庭もある。かなり早い時間帯なので、余人が関わる可能性はゼロに等しい。
 二つ目はミス・ネフィラの戦い方に関して。
「小狡く嫌らしい性格のようですから、まずは雛さんを盾にすると思います。ですが皆さんが最初に猛攻を仕掛ければ、雛さんを救い出す隙も作れるでしょう」
 肝心なのは手を休めない事。ミス・ネフィラに余裕を持たせない事。
「或いは、雛さんが盾の役目を果たせないとミス・ネフィラに思わせる事でしょうか……」
 そこまで語ったリザベッタは、ふぅと重い溜め息で区切りを一つ置く。そして、紡ぐのは苦渋の決断について。
「万一の場合は、雛さんの命よりミス・ネフィラの撃破を優先して下さい」
 此処でミス・ネフィラを逃してしまえば、悲劇の連鎖は終わらない。
「厄介な相手です。油断は出来ません」
 取り逃がす事だけは絶対に避けたいと、願うリザベッタの顔もまた、苦しげだった。
「皆さんも、覚悟を決めて下さい。何としても、ミス・ネフィラによる悲劇をここで終わらせる為に」
 もう、これ以上泣かせたくない。
 愛する女を失う男を。
 愛する男を手にかけようとしてしまう女の心を。


参加者
朽葉・斑鳩(太陽に拒されし翼・e00081)
雨月・シエラ(ファントムペイン・e00749)
樋口・琴(復讐誓う未亡人・e00905)
立花・ハヤト(白櫻絡繰ドール・e00969)
狗上・士浪(天狼・e01564)
大御堂・千鶴(幻想胡蝶・e02496)
安曇野・真白(霞月・e03308)
エリオット・アガートラム(若枝の騎士・e22850)

■リプレイ

 いなくなった人は、還って来ない。
 喪った人は、痛みを抱えて生きていくしかない。
 ――でも、もう沢山だよ。
 諸悪の根源を断った所で癒えぬ傷があるのを、雨月・シエラ(ファントムペイン・e00749)は識っている。
 ――世界が少しマシになる。まずは、それで……充分だろう?

●急襲
 最後の桜が、赤い空に燃えていた。
「さて、と。早めに洗濯済ませちゃおう」
 春風にひらりとエプロンが翻る。
「御機嫌よう?」
 掛けられる声は麗しく、されどぞっとするほど平坦で。甘いフリルを重ねた袖から出た白い手が雛の肩へ置かれた――その、瞬間。
「!?」
 飛来したオーラの弾丸に、雛ではなく巻き毛の女――ミス・ネフィラが身を震わせた。
「何事っ」
 腹部を穿った一撃の軌跡を追った視線が見つけたのは、すぐ近くの茂みから姿を現す複数の影。
「人形の使い方がなってないお子様には、オシオキが必要だよネェ?」
 起きた事象を理解する暇は与えない。初撃を放ったシエラに続き、大御堂・千鶴(幻想胡蝶・e02496)はデウスエクスの残滓より造り出した黒い液体を槍のように伸ばし、標的の腕を貫く。
「お前たちは、ケルベロ――っ」
「はぁぁっ!」
 問答無用の突進をしかけたのは、立花・ハヤト(白櫻絡繰ドール・e00969)だった。
 小柄な体躯に見合わぬ灼熱する鉄塊剣を振り翳し、只管にミス・ネフィラだけを見据えて。そうして殺さぬ勢いのまま刃を振り下ろす様は、一切の躊躇を捨てたよう。
 だから蜘蛛の女は、その一撃が自分や駒の雛ではなく近くの門扉を砕いた事を、望外の幸運と見做した。
 突如直面した事態に、用心深い機械人形は踏鞴を踏んで門の奥へ転がり入りながら、懸命に思考を巡らす。
「ようやく手に入れたチャンスなんだよ、逃がすわけないよね」
 しかし、走り出した時は止まらない。
 純白の翼を広げて疾駆した朽葉・斑鳩(太陽に拒されし翼・e00081)の拳が、雛に殴り掛かる。
「きゃあぁっ」
 細い糸を絡め盾にせんとするお人形候補の口から上がった悲鳴に、ミス・ネフィラは正確な解を弾き出せぬ侭の回路で、対峙する者たちが形振り構わず自分を殺しに来たと判断した。
(「……ごめん、ヒナ。でもどうか、耐えてくれ。そうしたら必ず君を助けるから」)
 触れた肌と肌を通し、斑鳩がそんな言葉を雛へ伝えていたとは知りもせず!
 追い縋る安曇野・真白(霞月・e03308)の蹴りに、雛が血を噴く。その鮮やかさが、真白が連れるボクスドラゴンの挙措に目隠しした。
 もし、ハヤトが微塵の迷いもない気迫を見せなかったら。奸智に長けたデウスエクスは、斑鳩と真白の一撃が、雛を殺めぬよう腐心されたものであった事に気付いただろう。そしてボクスドラゴンの銀華が斑鳩へ加護を与える隙に、彼女にとっての理想を練り上げたに違いない。
 或いは、ハヤトの一閃が門扉に当る事なく、雛を直撃していたら。肉体より先に雛の心が負けていたかもしれない。
 けれど、大事なのは過去の仮定ではなく。目の前にある現実。
「天空に輝く明け星よ。赫々と燃える西方の焔よ。邪心と絶望に穢れし牙を打ち砕き、我らを導く光となれ!!」
 深く息を吸い、高鳴る心音を沈め。ぎりぎりと張り詰めさせた精神で狙いを定めたエリオット・アガートラム(若枝の騎士・e22850)の掲げた聖剣から放たれた光芒が、雛に纏わりつく細糸を断ち切った。
「――っ」
 黄金の双眸が見開かれたのは、この瞬間こそ、ミス・ネフィラがケルベロス達の猛攻の真意を悟ったから。
 しかし、新たな糸が雛を絡め取る前に、樋口・琴(復讐誓う未亡人・e00905)ががむしゃらに雛を抱き締める。
(「三笠彩葉さんと産まれる事が出来なかったお子さん、それに立石知夏さん……!」)
 救えなかった女たちの名を胸で唱え、琴は敵に背を晒して雛を護った。纏う黒衣越しに伝わる鼓動が、心を奮い立たせる。
「雛さん……貴女は、私たちの希望なんです」
「ケルベロス!」
「――懺悔はいらねぇ」
 目を剥くデウスエクスと、その足元の女たち。位置関係と動きを素早く見定めて、狗上・士浪(天狼・e01564)は両手に意識を集中させた。
「解体してやんぜ、蜘蛛人形」
 赤い眼を眇めて一瞬、ふっと肩から余計な力が抜ける絶妙なタイミングで士浪は拳を突き出す。まっすぐに放たれる波動弾は、琴を掠めて不気味に蠢く腕の一本を吹き飛ばした。
「また邪魔をするの」
 ゆらり。立ち昇る陽炎のように揺らめく黒い気配が帯びる剣呑さが増す。
「ならば、全員お人形さんにしてあげるわ――まずは、お前」
 ミス・ネフィラが背に生えた腕を激しく撓らせる。生まれ出た鋭い一閃は、凶悪な破壊力となって琴の背を切り裂く。
 たった一撃、けれど極限まで威力を高められた一撃に、刹那、琴の息が詰まる。だが、意識も事も手放さなかった女は、己と同じ色を纏う人形を振り返り見上げて微笑む。
「生憎、素直に人形になる気はないんです」
 自分の夫を奪った相手を彷彿させるミス・ネフィラへの怒りと憎しみが、琴を支えていた。

●一線
 気付けば、緑の庭が戦場になっていた。それは偶然ではなく、ケルベロス達が意図的に敵を追い込んだ結果。
 ずるり、ずるり。軽くは無いダメージを負った琴が、傷付いた雛を引き摺る。
「大丈夫!?」
 ぱっと身を翻したシエラは二人の元へ駆け寄ると、浅い息を繰り返す雛へ癒しを施す。
 その隙を埋めるよう――否、もしかすると己が心の赴く侭に――千鶴が朗々と咆えた。
「ヒトの運命を弄ぶ奴ってだァいキライ! ねェ、相応の覚悟は出来てるよネ?」
 手袋で覆った指を鍵のように曲げて口元へ当て、狂乱の華はクツリと笑う。
「キミには手向ける花さえ無いネェ。仕方ないから、コレで見舞ってあげるよォっ――強欲なる柊よ、無垢を棄てる兇刃と成れ!」
 カツンッとヒールを打ち鳴らし、芝植わる地面から千鶴が召喚するのは巨大な柊木犀。主の命に従った植物は、葉で黒のゴシックドレスを引き裂き、散った体液で白い花を濡らす。
「……っく」
 衝撃に華奢な体躯が怯む所へ、斑鳩は握る大鎌へ意識を注いだ。
「月よりの矢羽、貫け、眠れ。闇夜を纏え」
 敵を屠る為の刃から立ち昇る月光。その輝きを弓矢へ転じ、凛と背筋を伸ばした斑鳩はミス・ネフィラへ射掛ける。朝焼けを翔けた一条の光は過つ事なく目標を貫き、瞬時に対極の闇へと変わって敵を飲む。
「やっと……やっと、この日が来ましたね」
 雛を守り続ける琴へ真白と銀華が力を割くのを確認し、ハヤトは冷えた心を『敵』へと向けた。
「貴女に殺された方々と、御遺族の無念と。わたくしの無力さを毎日のように考えていました――受け取る覚悟は宜しいですよね?」
 小柄な体躯で大振りの得物を振り回し、時に子供の爛漫さを愉しむハヤトの胸裡には、ミス・ネフィラを殺すという思いだけが渦巻く。澱む憎悪は醜い。が、確かな原動力になることもある。事実、重い思いに任せ、ハヤトは己が身の丈程もある無骨な片刃剣を軽々と扱うと、蜘蛛人形の肩を激しく薙いだ。
「多くの人の無念、絶望……必ずここで終わらせる」
 ようやく追いついた諸悪の根源へ、エリオットがナイフを掲げる。歪な刃にミス・ネフィラの厭う何かを写し取り、彼女がこれまで与え続けたものに似る痛みを内側へ刻み込めば、悶える体躯に合わせて黒いフリルが踊った。
「……本当に、邪魔」
 爛々と輝く眼に、士浪はエリオットと同じ構えを取りつつボソリと零す。
「成程な」
 対峙するデウスエクスの事は又聞き程度だったが、『これ』が募らせた憎悪の理由は、面しただけで十分知れた。
「どす黒ぇ何かを眺めてる気分……ってのか、こういうのは」
 例えるなら、酷く苦い物を強引に口に押し込まれる感覚。根本的な噛み合わなさを本能で悟った士浪は、燻る怒りを敵を滅する力に換える。
「もう大丈夫です」
 激しさを増す戦いを背に、琴は庭の片隅に雛を横たえた。安堵からか、新妻は意識を手放している。しかし、琴の袖をきゅっと握る手には感謝と信頼が溢れていた。
 それに応えるべく琴は仲間の元へ取って返す。が、そんな琴を待っていたのは、歪んだ執心。
「何が『もう大丈夫』なものですか」
 うっすらと黒い蜘蛛が微笑んだ。

 ミス・ネフィラは執拗に琴を狙った。雛の回復を優先した事で、苛烈な初撃も尾を引いた。
(「識ってる。これは、正義でも使命でもない」)
 血濡れた同朋が、すぐ近くに居る。それでも、シエラは琴を省みる事無く少女の器をした外道だけを見据えた。
「私の、私怨。ただの、八つ当たりっ」
 胸に在る温かなモノたちを、今だけシエラは殺す。代わりに、脳裡に先日出逢った青年を――亡くした妻に縋りつく夫の姿を描いて。
(「きっと、彼は今も戦っている……だから、負けたくない。負けられない」)
 彼の前に在る長い空虚の時を想い、シエラが大地を蹴った。
「……さあ、捉えられるものなら。捉えてみろ!」
 感覚神経を活性化させた事で一時的に得た常識を超えた運動力で宙を舞い、猫のように身を捻り、力任せに振るった大剣をミス・ネフィラの頭上へ叩き込む。ぶつかる鋼と鋼に火花が散り、ダモクレスを飾るレースと艶やかな髪がざんばらに落ちた。
 ミス・ネフィラへ注がれるケルベロス達の意識。前のめりな戦いが続けば、回復が足りなくなるのは必定。
「申し訳ございません、琴さま……」
「気に、しないで下さい」
 真白の細い声に、琴が苦しい息の中でやんわりと笑う。真白は、懸命に琴を癒した。でも、どうしたって命は削れる。
(「誰かが、誰かの大切な人。誰一人、喪いたくはございません……」)
 立たせ続けられるなら、何も惜しまず真白は与え続けたろう。幼さを多く残しはしても、真白はそういう少女だ。日常と変わらぬ未来を奪われ、両親と双子の兄を奪われた『あの日』があるから。一人遺される絶望と虚無感を、識っているから。
 でも。
「この機を逃すわけには参りません」
 故に情を捨て、勝ちを取りに征く――かくして。
「絶望に啼いてもいいのよ?」
「お断り、します」
 ミス・ネフィラが掲げた腕に腹を深々と抉られた琴は、ゆっくりと血の池へ沈む。
「気を付けて! 絶対に逃がしたらダメだ!」
 感傷に浸る間も無く、斑鳩は吼える。包囲の壁の一枚は砕けた。だが、獲物は籠の外へ絶対に出してはならない。
 自分たちは、終わらせる為に此処へ来たのだ。それだけは絶対に譲れない。

●完
「邪魔をしないで!」
 漆黒の少女が短く吐いて、細糸を幾重にも繰る。絡め取られたのは、盾と破壊を担う者たち。交わす攻守のうちに銀華は倒れ、守りの要が斑鳩一人になった今、次の獲物と定められたシエラの息は疾うに荒い。
 けれど、誰一人躊躇わない、立ち止まらない。
 不利を察して逃亡を図るミス・ネフィラを、身体を張って阻止し続けた。
 そして――。
「今ってどんな気分? オモチャをぜェんぶ取り上げられてさァ」
 ケルベロスに包囲された獲物を、千鶴は小首を傾げる。応えはないが、漂う気配からは焦りが感じられ、千鶴は二ッと口の端を吊り上げた。
「安心して? キミもきちんと壊してあげるからネェ!」
 甲高く嗤い、千鶴は両手に構えたガトリングガンを派手に連射する。的になった機械人形は、数を減らした手足を無様に揺らして身悶えた。
「人の命の重み、思い知れ。誰一人、お前の人形なんかじゃなかったんだ」
 戦禍で亡くした妹を想い、斑鳩も薙いだ刃で礫を飛ばす。デウスエクスだから、という理由だけじゃない。ミス・ネフィラが用い続けた卑劣なやり口が、許せなかった。
 浴びせ掛けられる集中砲火に、黒い蜘蛛が地を這う。逃げ果せようとするその姿に、エリオットは柳眉を潜めた。
「お前が散々命を弄んだ人々も、今のお前のような思いをしてきたんだ。自分だけがのうのうと生き延びられると思うな」
 静かに、けれど苛烈に断罪し、エリオットは放ったオーラの弾丸で憎き敵を打つ。そうしてそのまま、激しい流れにようにもう一撃を重ねる。
 決して楽な戦いだった訳ではない。絶体絶命の窮地に陥った時のみに引けるトリガー――暴走も脳裏を過りはしたが、その状況には至らず。故にケルベロス達は、昂ぶる感情と今を読み解く理性を駆使し、足掻くデウスエクスを追い詰めた。時に、庭の際まで走り、時に近接して拳を叩き込んで。
 人形の白面には、少し前まで浮かべていた薄暗い余裕はない。体表を美しく彩った多くが壊れ、剥き出しになった内部を晒す様は、元の姿の面影を残すのみ。それでも、ミス・ネフィラはケルベロス達を掻き分けて往こうとする。
「人形になるのが嫌、なら、死んでおしまいなさい」
 立ち上がった幽鬼が二本になった腕を掲げた。
「……くっ」
 旋風の如く襲い来た漆黒の一閃に、ついにシエラの膝が崩れるが、
「それは、君の方、だよ」
 少女の瞳は光を消さず、だから仲間が想いを継いで征く。
「ゲーム放棄は許さないよォ!」
「この縁は、ここで断たせてもらうっ」
 出来た包囲の隙間へ駆けるミス・ネフィラの足元を千鶴が撃ち抜き、足が止まった所に斑鳩が気迫の塊をぶつける。
「罰を受けなさい、ネフィラ!」
 鉄塊剣を振り上げる勢いの侭に、ハヤトが跳んだ。上から下へ、渾身の力で重い刃を叩きつければ、盛る紅蓮に巻かれてデウスエクスが再び地に伏す。
(「もう、何も失くさない」)
 手の中にあった大事なものを全て失くしてしまった真白は、だからこそと最後の構えを取る。
(「ここで止められなければ、本当に何もなくなってしまうから」)
 終わりの予感に癒しをかなぐり捨て、真白も精一杯の気咬弾を撃ち出す。
「因果応報……報いあれ!」
「――ッ」
 長く追い続けた宿敵へ、エリオットも真白と同じグラビティを放った。込められたエリオットの想いは重く、ミス・ネフィラは衝撃に背を撓らせて音無き苦しみを地へ吐く。
「テメェが玩具にした連中はな、必死こいて生きて、幸せを掴んだとこだったんだ」
 小刻みに痙攣する機械人形を、士浪は冷えた視線で睥睨する。
「それをテメェは踏み躙った。趣味のワリィやり方でな」
 ありのままをただ受け止めていた士浪の裡で、沸々と怒りが燃えていた。燃えて、滲み出て、終わりの烈火を形作る。
 全身にグラビティ・チェインを滾らせて、士浪が走った。一歩、二歩、三歩――そして、零距離。
「只管に喰らい尽くせ」
 反動を省みない無数の連撃が、ダモクレスを打ち据えた。
「……、……ッ、――……」
 断末魔の声は上がらなかった。否、きっと上げられなかったのだ。多くの機能を、失って。
 そうしてミス・ネフィラは。
 此れまで破壊を余儀なくされた人形たちと同じように完全停止し、空の際燃える朝に砕け散った。

 いなくなった人は、やはり還らない。
 でも。
 世界は少しマシになったはず。

作者:七凪臣 重傷:樋口・琴(復讐誓う未亡人・e00905) 
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年4月27日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 39/感動した 12/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 4
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