黒き塔の支配者

作者:茉莉花

●塔の支配者
 見るもおぞましいような、黒く禍々しい尖塔。その内部は所々崩れ落ち、まるでミミズのような汚ならしい触手たちが壁を這っている。
 そんな塔の最上階にある一部屋に、彼らは集まっていた。

 ローブを被り、鋭く光る大きな一つ目で、冷たく辺りを見渡す長躯。その体は半分が鱗で覆われ、肘から先の腕が蛇と化している。
 その周りを取り囲むようにひざまずくのは、全部で20体程のオークたちだった。
 オーク――人型ながら豚を思わせる頭部を持ち、身体から複数本の触手を生やしているという、異形のデウスエクス。言わずもがな、壁を這う触手たちも、彼らの身体から生やされたものである。
 そんなオークたちを見下ろしながら、ローブの男性は口元の弧を開いた。
「我が黒き塔は完成した。お前たちは、お前たちの望む雌を攫ってくるがいい。繁殖せよ、お前たちはそれだけしか能がないのだからな」
 男の言葉に、次々とその欲望に満ちた雄叫びを上げるオークたち。
 それは男の高笑いと共に、いつまでも塔に響いていた。

●ヘリオライダー
「今日は、集まってくれてありがとうございました」
 言いながら、集まったケルベロス達に深くお辞儀する金髪の少女――名は、セリカ・リュミエール。
 彼女は、態度からも分かるとおりいつも丁寧な物腰を崩さず、真面目な性格のヘリオライダーだ。
「それでは、早速本題に入らさせて頂きますが……。実は近々、横浜の沿岸沿いに建つビルの1つが、デウスエクスに占拠されてしまう事件が起こります」
 黒い尖塔と化し、デウスエクスたちの拠点となったビルからは、多くのオークが現れ、女性たちを連れ去ってしまう。
 そうなれば、ビルの中で繁殖が繰り返され、更に多くのオークが街中に溢れてしまうだろう。
「ですから、ビルの拠点化は絶対に阻止しなければなりません。ビルに乗り込んでオークたちを倒し、ビルを黒い尖塔に変えようとしている謎の敵を撃退しましょう」

●デウスエクスらの拠点
「皆さんは、ビルの最上階部分が黒い尖塔の一部に変化し始めたところで、一階から潜入してビルを制圧してください。変化が始まる前に突入すれば、別のビルを占拠化してしまうでしょう。そうなると、事件を阻止することが難しくなってしまいます」
 淡々と続けるセリカ。
「オークは、20体程度です。最上階に集まっていますが、音を立てるなどして侵入者の存在に気付かせれば、様子を見に来たオークを各個撃破していくことができるでしょう」
 10体以上のオークと一度に戦えば、いくらケルベロスでも勝利は難しいということだろう。
 セリカはもう一度各個撃破を強調して、再び言葉を続けた。
「また、ビル周辺には避難勧告を行っていますが、まだビルに残っている人がいるかもしれません。もしも取り残された人がいるようでしたら、可能な範囲で救出をお願いします」
 しばしの沈黙。
「なるほどね……。そういうことなら、私も気合い入れなくちゃ!」
 第一に口を開いたのは、ドワーフの降魔拳士、結城・美緒だった。
「オークもその司令塔も、私たちがみんなまとめて倒してあげましょう。占拠なんて、絶対させないんだから!」
「そうですね。では、よろしくお願いします」
 そうして、セリカはケルベロスたちを見送ったのだった。


参加者
フィオレンツィア・グアレンテ(キャプチャーキラー・e00223)
ミューシエル・フォード(キュリオシティウィンド・e00331)
スレイン・フォード(シンフォニックガンシューター・e00886)
シーネ・シュメルツェ(白夜の息吹・e00889)
ペテス・アイティオ(エクシリウム・e01194)
アリオン・ゴッツォ(へたれ騎兵・e02016)
ロヴィーサ・エルヴァスティ(サキュバスの鹵獲術士・e09130)
竜造寺・マヤ(ウェアライダーの刀剣士・e10463)

■リプレイ

●潜入開始
「じっ……じゃあ、早速突入としましょうか!」
 目的のビルの真横。
 輝く笑顔で、ヘリオンから道路脇に顔面落ちしたペテス・アイティオ(エクシリウム・e01194)の言葉に、各々の面持ちで頷く面々の姿があった。
「そうね。このビルの一番上に、ーク達が……」
 軽く上空を見上げたフィオレンツィア・グアレンテ(キャプチャーキラー・e00223)の視界に移るのは、既に先端が元の端整な形を失い始めた高層ビルだ。先端だけとはいえ、変形し、まさに禍々しいといった表現がぴったりなその風貌は、見るもおぞましいことこの上ない。
 ほとばしる緊張。そんな中、口を開いたのはスレイン・フォード(シンフォニックガンシューター・e00886)だった。
「皆、これを見てくれ」
 ゆっくりと、片目を開く彼。
「これは、私が今アイズフォンで調べあげた、この建物の内部構造だ。参考になるだろうか」
 おお、と感嘆の声が漏れる。
 メンバー達の視線の先、スレインの掌には、目の前の建物の立体映像が映し出されていた。
「……ってことは、オークたちが集まってるのはここの部屋ですかね?最上階って言ってましたし」
「それなら、誘き出すのはこの部屋にするのはどうかしら。扉も少ないし、丁度いいと思うわ」
 そう言って、ロヴィーサ・エルヴァスティ(サキュバスの鹵獲術士・e09130)が提案したのは、アリオン・ゴッツォ(へたれ騎兵・e02016)が指差した丁度真下。つまり、現在オーク達が集まっているとされる最上階の、一つ下の階の部屋だ。
「いいんじゃないでしょうか。じゃあ、そこを目指しましょう」
「ぜったい、オークたちのすきになんてさせないんだから!」
 意気込む戦士達。
「Sound Analysis Layer Full Deploy!」
 そして、スレインの言葉を合図に、12人はビルの中へと突入したのだった。

●決意の瞳
 廊下は、まさに荒れていた。
 観葉植物は倒れ、壁紙は剥がれかかり、天井の蛍光灯は割れてチカチカと不気味に点滅している。
「……酷い有り様ですね」
 思わず呟いたシーネ・シュメルツェ(白夜の息吹・e00889)の言葉に、ミューシエル・フォード(キュリオシティウィンド・e00331)が眉を寄せた。
「ほんとにひどい!」
「これが終われば、ヒールで治してあげられる。これ以上被害を拡大させないためにも、さっさとオーク達を片付けるですね」
 返したシーネだったが、何も、これはシーネだけの思いではない。この場にいる他のケルベロス達も、皆がそう思っていることだろう。
「……先に進みましょう。早く敵を撃破するためにも」
 竜造寺・マヤ(ウェアライダーの刀剣士・e10463)の促しに、皆が瞳を交わして頷く。
 そうして、戦士達は、再び上層階へと歩を進めたのだった。

「……ここで、敵を誘き寄せればいいのね!」
 小声ながらも、溌剌と口を開いたのは、結城・美緒(ドワーフの降魔拳士・en0015)だった。
「結局、一般人の方は残されていませんでしたね」
「まあ、いいことじゃよ。それより、早くオーク共を誘き出さねば」
 ニッと微笑んだ端境・括(鎮守の二挺拳銃・e07288)に相槌を打ち、ペテスが奥の扉の方へ目を向けた。
「扉のバリケードも、完璧ですね!」
「一応、鳴子も取り付けておいた。これで、敵の動きも少しは察知しやすくなるだろう」
「さっすがスレイン!」
 部屋には、扉が2つ。その片方は、元々部屋に置いてあったはずの机が、積み木のようにうずたかく積み上げられている。
 ――準備は、万端だった。
「いやぁあっ!」
 ロヴィーサ渾身の悲鳴が、ビル内に響く。
 何故だか無駄に色っぽいのは別として、言わずもがな、オーク達を誘き出すための。
「……おいでなすったみたいね」
 微かに、でも着実に近付く、4,5体程の足音。
 それらに耳を研ぎ澄ませながら、ケルベロス達は扉の前に構えたのだった。

●下劣な奴等
 黒々しく光る幾つもの触手が、部屋中をうねる。
 しかしそれは、目の前でニタニタと気持ち悪い笑みを浮かべている5体のオーク達のものではない。2つの魔導書をそれぞれ片手に開き先方を見据える、フィオレンツィアから繰り出されたものだった。
「最初に踊りたいのは誰かしら?」
 解き放たれたそれらは、猛スピードでオーク達へ伸びていく。
 バシィンッ!
 薙ぎ払われ、勢い良く吹っ飛んだオーク達を、今度はアリオンのミサイルが待っていた。
「汚物は消毒だァ!」
 ミサイルポッドからばら撒かれた焼夷弾が、ごうごうと敵群を焼尽する。
 燃え盛る炎の中、本能的に扉の方へ足を向けたオーク達の前に、シーネが容赦なく立ちはだかった。
「群れてワラワラ、見苦しいのですよ。ベーコンにでもしてやるです」
 瞬間、シーネの身体が燃え盛る炎に包まれる。
 そして、その華奢な体躯からは想像もつかない巨大剣を両手に持ち、オークの1匹に力一杯それを叩き込んだ。
「その程度で転がってるんですか? まさか、違いますよね。……かかってきやがれ、三下」
 シーネの挑発に、オークはその身体を持ち上げようとするも――届かない。
 やがてソイツは動かなくなり、シーネは次のオークへと照準を移したのだった。
 一方。
「すべてを焼き付くす電子の力よ」
 自宅警備員のペテスが、その特徴的な専用武器、改造スマートフォンを構える。
 否。正確には、スマートフォンのバッテリーを……だった。
「燃え上がれ!」
 刹那、凛とした声と共に、1匹のオークの元へ宙を舞うバッテリー。
 ――そして。それは、地に落ちるなり、ボウッと物凄い勢いで炎を噴き上げた。
「豚の丸焼き、一丁上がりっ! ですね!」

 青白く光る雷を纏った斬霊刀の神速の突きが、背後からオークに炸裂する。
 呻き声を上げ、倒れるオークを冷たく見下ろしながら、マヤは小さく吐き捨てた。
「……所詮はオークね。隙だらけ」
 けれど、その息の根はまだ止まっていない。
 マヤの雷刃突をまともに食らいながらも、オークはまだフラフラと立ち上がった。
 しかし、それも束の間。
「オークたちは、おんなのこにらんぼーするんだよね」
 立ち上がったオークの方へと歩み寄るミューシエルの目は、幼いながらに怒気を含んでいた。
「――らんぼーするこは、だいっきらいなんだから!」
 ミューシエルが、オークに触れる。
 それは別に、殴ったわけでも叩いたわけでもない。
 けれど、最初こそ警戒しながらも怪訝な顔をしていたオークだったが、数秒も経たないうちに踞り苦しみ出した。のたうち回る触手が、その苦しさを訴えている。
 そしてそこに、畳み掛けてスレインがリボルバー銃を発砲、オークは、今度こそ完全に動かなくなった。
 ――その時だった。
「敵の増援よ!さらにまた、オークが5体!」
 見れば、扉から再び駆け込んでくる、5体のオーク達の姿。
「おおよそ、前に来た5体の帰りが遅いから、様子を見に来たのでしょうね……」
「面倒だな。さっさと片付けて上に行きましょう」
「そうね。この調子で、オーク達を誘き出していくわよ!」
 漆黒の魔力弾を撃ち出しながら、ロヴィーサが声を上げる。
 士気は十分。あとは、この下劣な者共を蜂の巣にしてやるだけなのだった。

●目前の勝利
「ふぅ……こんなもんですかね?」
 額の汗を拭い、周囲に散らばる無数の肉塊を見下ろしながら、アリオンが口を開く。
「そうね。もう待ってても来てはくれなさそうだし、上に行ってもいいんじゃないかしら」
「私もそう思うわ。数を考えると、恐らくオークはまだ残ってる。でもまあ、このくらいなら支障無いんじゃないかしら」
 口々に、賛同の意を唱えるケルベロス達。
「じゃあ……行きましょうか」
 満場一致。
 そうして彼らは、謎の男の待つ最上階へと足を向けたのだった。

 階段を駆け上がり、最上階。
 謎の男が待つと思われる部屋の扉に手を掛け、アリオンは仲間達を振り返った。
「……開けますよ」
 それぞれの顔を確認して、扉に向き直るアリオン。
 そっと扉を引けば、室内から低い声が廊下に響いた。
「……やっと来たか」
「!」
「忍ばずとも、侵入には気付いている。よくも我が手下達を殺ってくれたな」
 場に、緊張が走る。
 部屋を覗けば、真ん中でこちらを向くローブの男と。その周りに3体のオークが、ローブの男を囲うように位置していた。
 クツクツと笑うローブの男に、スレインが腕を突き出す。
「……貴様、ドラグナーか」
「だったらなんだ?」
「貴様の招待が何だろうが、私達には関係ない。私達は、今貴様を倒すだけだ」
 言うなり、肘から先がドリルのように回転を始める。内蔵モーターで回転させるという、レプリカント特有の技だ。
 真っ直ぐに男の元へと駆け出すスレインに、ロヴィーサがにこりと微笑んだ。
「援護するわ」
 刹那、輝く水晶剣の群れが空中に現れる。それは、敵群に照準を合わせ、オーク達を無慈悲に貫いた。
 その隙に、スレインがその強烈な一撃を男に叩き込む。
 咄嗟に腕で受けながらも少しふらついた男を、アリオンのアームドフォートから発射された弾の群れが襲った。
「こんなものか!?」
 しかし、再びニタリと口元に弧を描く男。
「油断は禁物よ」
 そこを、フィオレンツィアから放たれた鋭い槍の如きブラックスライムが、男を背後から貫いた。
 けれど男も、さすがは首領を張っているだけのことはある。
 エフイー・ノワール(黒き風を纏いし機人・e07033)の繰り出すルーンアックスに血飛沫を飛ばしながらもなんとか押し返し、ミューシエルの方へその魔手を振りかざした。
 しかし、これがミューシエルの癇に障ったようで。
「ちいさいからってナメないでよね!」
 彼女がまだ6歳であるということを忘れそうになるような、強烈な回し蹴り。それは暴風を伴い、周囲のオークごと迫り来る男の手を薙ぎ払う。
 掠れた呻き声を上げる彼の横で、美緒が勝ち誇ったように微笑んだ。
「見なさい、小さいからってナメると痛い目みるのよ!思い知ったか!」
「なんで貴女ちょっと楽しそうなの」
 そんなやり取りを背に、男は最後の力を振り絞って、窓の方へ駆け寄った。
「まさか、逃げる気!?」
「待ちなさい!」
 既に、3体いたオークは残り1体。彼だってもう虫の息なのだから、あと一発。あと一発攻撃が当たりさえすれば、勝利は目前なのだ。
「待ちなさいってば!」
 咄嗟に、ペテスが手に持っていたスマートフォンのバッテリーを投げ付ける。
 しかし、それが当たったのは、ドラグナーの男ではなかった。
「なっ……オークを盾に!?」
 ペテスのスマートフォンにやられ黒焦げになっていたのは、1匹残っていたオークだった。男が、咄嗟に引き寄せて盾としたのである。
「仮にも、自分の手下を……!」
「残念だったな。今回は破られたが、次こそは計画を成功させてみせる……さらばだ!」
 言うなり、背中からドラゴンの翼を生やし、窓枠に手を掛ける彼。
 そして、そのままその禍々しい翼を羽ばたかせ、飛び立っていってしまったのだった。

●油断大敵
 男は、飛び立っていった。追い付くことは、既に不可能だろう。
 ――もう、諦めるしかない――。
 ……なんて、考えるケルベロス達ではなかった。
「絶対に逃がしません」
 シーネが、男のあとを追うように窓へと駆け寄る。――そして。
 ズドォン!
 シーネが、飛行する彼の後ろ姿へ向けた剣の切っ先から、鋭利な白銀の弾丸が放たれる。
 それは、ビルから逃げ出し油断しきっていた彼の心臓部を勢い良く貫いた。
「やった!」
 羽ばたく力をも失い、なすすべもなく落下していく男。
 地上には、警察が配備されている。あとは、そちらでうまくやってくれることだろう。
「よくやったな、シーネ!」
 わしゃわしゃとシーネの頭を撫でる伊達・貴久(銀腕・e01812)の姿を見ながら、ロヴィーサが呟いた。
「……なんだか、癒されるわね」
 現場には、もう既にほのぼのとした空気が戻っていた。あとは、ヒールで建物を元に戻してやるだけだ。
「オーク殲滅、ボス撃破!やったのう!」
「一応、まだどこかに一般市民の方が残っているかもしれません。部屋を回りながら帰りましょう」
 マヤの言葉に、笑顔で頷く仲間達。そんな彼らの顔には、それぞれ、確かに達成感が浮かんでいた。

作者:茉莉花 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2015年9月8日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 11/感動した 2/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
 あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。