外宇宙への出航~お別れのまえに

作者:寅杜柳

●クリスマスを祝う
 夏の最終決戦に勝利して半年、クリスマスを前にしたある日のこと。
「新型ピラーの開発も成功して、マキナクロスでのケルベロス達の居住区の方もすぐに暮らせるように準備が整った」
 そう雨河・知香(白熊ヘリオライダー・en0259)は笑顔で切り出した。
「以前から計画していたマキナクロスで外宇宙に進出する話……宇宙に異常をもたらすデウスエクスのコギトエルゴスム化を撤廃させるために、まだ見ぬデウスエクスの惑星に新型ピラーを広めに行くって目的なんだけれども、その途方もない旅の準備ができたってことだよ。元々のマキナクロスの住民のダモクレスもケルベロスの意見を受け入れた強力な種族として同行してくれるけども、最後のケルベロス・ウォーの後に降伏したデウスエクスの中でも『地球を愛せず定命化できなかった者』も一緒に外宇宙へ旅立ってくれるそうだ」
 その出発の為には季節の魔法を用いるのだと知香は言う。
「『クリスマスの魔力』を用いる事でマキナクロスの出航に必要な膨大なエネルギーを賄えて、竜業合体のような光速を超えた移動すら可能になる。地球各地で外宇宙に向かうケルベロス達の壮行会もかねたクリスマスイベントが行われるから、その力を最大限に高めるよう参加して盛り上げようってお誘いがあるんだけど……どうだい?」
 そう白熊のヘリオライダーは言って、北アメリカ大陸の地図を広げる。
「今回アタシが案内するのはカナダのトロントでの盛大なクリスマスマーケットになる。宇宙の平和を守る為のケルベロス達の出発って事で予算も潤沢、飛びきり豪華なイベントにするみたいだね」
 カナダで十二月と言えば真冬、相当に冷え込む日もあるようだが当日はよく晴れて比較的温暖な一日になるようだと知香は言う。
「とは言っても日没後は氷点下になるから、日中でもある程度は着込んでいった方がいいかもしれないね。屋内は十分暖かいからお店などを中心に回って楽しむなら程々でもいいかもね」
 そしてクリスマスマーケットではクリスマスに纏わるお菓子や料理、飾りや小物以外にもカナダのあちこちから名産品が持ち込まれているとのこと。
「通りには選りすぐりのクリスマスツリーが並んで建物と共に電飾やオーナメントに飾られていて華やかに煌めいているみたいだよ。日没も早くて夜景も驚くほどに綺麗だろうし。それから広場……集められた中でも一番大きなクリスマスツリーが目印となっていて、その周りではクリスマスパーティーが開かれるみたいだよ」
 料理もクリスマスに因んだジンジャーブレッドや七面鳥、ケーキにホットチョコにと普通に思いつくものは何でもあると、知香は説明する。
「ああ、あとクリスマスのイベントを盛り上げる為に広場の近くにケルベロス達の為の結婚式場も用意されてるみたいだ。もし希望する人がいるならそこで結婚式を挙げるのもいいかもしれないね」
 洋風の結婚式に限定されるようだけれども、これだけ華やかな時に行うケルベロス達の式はきっとこのクリスマスマーケットを大いに盛り上げる事だろう。
「この地の人々が宇宙平和の為に盛大に開いたクリスマスのイベント、きっと楽しい一日になると思うよ」
 そう言って知香はにっこりと笑い、イベントの説明を終えて。
「それから……クリスマスの魔力を充填したマキナクロスは光速を越えた速度で外宇宙に出発する事になる。そうなるともう観測もできなくなるだろうし、二度と会う事もできなくなるかもしれない。万能戦艦ケルベロスブレイドで月軌道までは見送りに行くことができるから、後悔のないように別れを惜しんだ方がいいかもしれないね」
 少しだけ寂しそうにそう付け加える。
 ――戦乱の時代は終わり、まだ見ぬデウスエクス達に新型ピラーを広めるための途方もない旅へと向かうケルベロスもいる。
 もう会う事はないかもしれないけれども、だからこそ納得のできる別れを。
「……まあ湿っぽい話は後回し! とにかく戦いは終わった事だし、区切りとしていっぱい楽しもうじゃないか!」
 そんな風に、知香は話を締め括ったのであった。


■リプレイ

●クリスマスパーティーは賑やかに
 カナダ、トロントはクリスマスの時期は悪天候の日も多い地だ。
 だがこの日、外宇宙へと向かう為のクリスマスの魔力を高める為に盛大に開かれるクリスマスパーティーの日。
 いつもは耳が痛くなる程に冷たく強い風も驚くほど静かで、前日までに降り積もっていた雪をやわらかな陽光が照らしている。
 ただでさえデウスエクスの侵略が終わって初めてのクリスマス、気候的な好条件も相まってトロントの街は寒さも吹き飛ばす程に賑わっていた。
 ランドマークの電波塔も遠くに見える雪化粧された街中は、この日の為に現地の芸術家があちこちの壁に絵を描いているから白一面という訳でもなく彩り豊かな様相を呈している。
 街のあちこちで響く音楽はクリスマスに合わせた楽しくなるような曲で。
 そんな街中を歩くローレライ・ウィッシュスター(e00352)とオイナス・リンヌンラータ(e04033)はきょろきょろとお店に並ぶお菓子を見て回っている。
 白くふわふわのオルトロスのプロイネンは雪の上を駆け回り、もこもこ羊ぐるみテレビウムのシュテルネは主であるローレライについてきている。
 二人が歩くのはクリスマスマーケットの店立ち並ぶ通り。しっかりした造りの建物だけでなくこの日の為にカナダ各地からやってきたらしい屋台なども多くてどれを選ぶか迷ってしまう程。
「かわいいクッキーとかないかな……」
「確かに甘いものはクリスマスにぴったりなのです」
 オイナスもローレライに同意し、目移りしつつ丁度いいお菓子のお店を探している。
 彼の好みにはフルーツタルトやチーズタルトもあって、どちらかといえばそちらのお店が目に留まりやすくなっている。
「あ、これとかどう?」
 そんな店々の中で、ローレライが目を付けたのはブッシュ・ド・ノエル。加えて名産のメープルシロップをふんだんに使ったクッキーも甘い香りを漂わせている。
 その香りにオイナスも好感触で、その反応を見てローレライはお店へとダッシュ。
「ふふ、家で待ってる人のお土産にもいいかも!」
 これ沢山ください! とシャドウエルフの騎士は元気よく店主に告げ、どっさり包みを抱えてオイナスの元へと戻っていく。
「こっちも買っていっていいですかね?」
 戻ってきた彼女にショーウインドウに美味しそうなタルトが並ぶお店をオイナスが示せば、ローレライも勿論! とテンション高くそのお店に一緒に向かった。

 とびきり盛大に準備されたクリスマスマーケットの店はとても多く、それこそ回り切れるかもわからないほど。
 そんな店立ち並ぶ通りは念入りに除雪されていて、親子のようにも見えるサキュバスの男とドラゴニアンの少女が周囲を見渡しながら歩いていた。
 実際は竜の少女の方が年上の事実婚夫婦なのだけれども、そんな風には見えない二人は華やかに彩られた街並みを楽しんでいるようで。
「おまえさま、やっぱしカナダは寒いねぇ……」
 たっぷりと上着を着込んだ音琴・ねごと (e12519)は言葉とは裏腹にはしゃいだように男に振り返る。
 彼女のたぬき模様のふさふさウイングキャットも防寒装備は十分、けれど動きはやや寒さに縮こまっているようにも見えなくもない。
「お嫁さま、寒いですから風邪ひかないようにしてくださいねぇ」
 ねごとを労わるサキュバスの男、守篠・紺(e05463)も十分防寒対策はしているけれど、ずっと寒風の中に居れば冷えてしまう。
 比較的温暖とはいえ日本の大体の地域よりも強烈な寒さ、たっぷり着込み着込まされた二人はのんびりと歩いていく。
 今回二人がこの地を訪れた目的は結婚式場――の下見。
 このクリスマスパーティーで結婚式を挙げるという選択もあったのだろうが、勢いに任せるよりは自分達のペースで式場を見極めて納得のいく結婚式をしたいという事なのかもしれない。
 式場の下見は既に終えた二人だけれど、まだ日は高くパーティーやマーケットを楽しむ時間は十分にある。
「一番最初のクリスマスは出遅れてデートできなかったっけ……」
 思えば六年前から多くの事を体験してきた。その中でも二人で過ごしてきた時間の占める割合はとても多くて、平和なパーティーを行っている街並みを見ると不思議とそれらが思い出される。
 その直後の初詣は一緒に行って、続くバレンタインも共に過ごしてきた二人。そんな昔話をしながらねごとが紺の腕を取り、離れぬように腕を組み引っ張っていくように歩いていく。
 娘に、義弟に、そして隣の旦那さまに。ねごとの欲しい物はいっぱいある。
 ハイテンションだからか、普段弱弱し気な雰囲気の紺の姿もどことなく浮足立っているように感じられて。
(「えへへ、しあわせ……♪」)
「へぇ、あれは……お嫁さま」
 幸せ気分に浸っているねごとにちょいちょいと声をかける紺、ねごとが紺の示した方を見れば、落ち着いた雰囲気のケーキの屋台があった。
「お留守番のみんなにお土産を買いましょうか」
 そう言って二人はケーキの屋台へと近づいていくのであった。

 パーティー会場の大きな広場には、あちこちにクリスマスツリーが飾られている。
 どれも技術と発想の粋を凝らしていて、一つ一つが眺め続けても飽きないような一品。
 そんなツリーの間の道を、二人のシャドウエルフがツリーや芸術を鑑賞しながら歩いている。
 金の髪のアメリア・ツァオ(e00208)と赤い髪のマリア・テミルカーノヴァ(e05708)、二人は寒気の中でパーティー会場を巡り人々の熱気を楽しんでいた。
 デウスエクスの侵略も終結し、平和になった世界各地を見て回ってきてこの地にやってきた二人は、クリスマスパーティーを存分に楽しんでいるようだ。
 一方、パーティー会場のクリスマス料理全てを食べ尽くさんばかりの勢いで堪能しているのは相馬・泰地(e00550)。
 少々寒そうな格好だけれども、格闘家である彼は寒さをあまり気にしないのかもしれない。
「うん、どれもうめーな!」
 じっくりと香ばしく焼き上げられた七面鳥を齧り、率直に感想を述べる彼。
 牛のステーキやジンジャーブレッドなどの料理もお菓子も区別なく美味しく平らげている彼は、マキナクロスで宇宙への旅へと向かう事を決めている。
(「……しかし、デウスエクスが起こす事件を気にせず普通にクリスマスを楽しむことができるのって初めての事なんじゃねえか?」)
 最初のケルベロス・ウォーから今日まで戦い続けてきた泰地、そんな彼のクリスマスにはいつもデウスエクスの存在が付きまとっていた。
 だからそれらを気にせず存分に楽しめるこの平和な光景は、もしかするとどこかで待ち望んでいたものなのかもしれない。
「おお、すげぇな!」
 一際大きなクリスマスツリーを中心に華麗に飛び回り彩っていくドローンを見上げ、ホットココアをすすりながら泰地は感嘆の声を漏らす。
 そのツリーだけではない。会場のあちこちに飾り付けたドローンを飛ばし、賑やかに空とツリー、建物を彩る青き竜人の青年はセット・サンダークラップ(e14228)。
 クリスマスマーケットで彼が選び、購入したボール型のオーナメントやモール、リボン。それらに飾られ結ばれたドローンは青空にきらきら賑やかな絵を描きだしていく。
 彼はこの地球に残ると決めていた。だからこそこのクリスマスを盛り上げ季節の魔力をチャージし、旅に向かう仲間達が憂いなく出発できるように盛り上げようとしているのだ。
 彼の操る曲芸飛行ドローンを、サンタ風の格好をした少女と老人が見上げていた。
「わぁ、ここすごく寒いよね」
 白い息を吐きながら言うのは赤と白、サンタ風のふわふわもこもこなファーを着た入谷・クリス (e02764)。
 彼女の祖父である小梁川・千晴 (e35194)も普段タンクトップ姿なのだけれど、カナダの寒さは流石に厳しいからよく知られたサンタの服を着こんでいる。
 長身だから少々威圧感はあるけれど、ケルベロスだから子供達もすぐに打ち解けてその近くではしゃいでまわっている。
 この格好でクリスマスパーティ、ならば当然やるべきこともあり。
「ふぉっふぉっふぉ、よい子にはプレゼントじゃ」
 千晴が背に担ぐのはプレゼント袋、それも一つではなくいくつも一気に担いで会場の子供や人々に配りまわっている。
 ちなみにプレゼントはイベントの偉い人と話を付けて、ぜひともと渡された品々だったりする。
 そんな祖父の様子にクリスもちょっとばかり考える。
 厳密にはサンタファッションではないけれども、サンタと言えば押し通せそうな格好である。
 だから、
「私も手伝うよ」
 そう言って千晴が抱えていたサンタの袋の一つを持って、千晴と同じようにプレゼントを配り始める。
 祖父と孫、二人のサンタケルベロスの参加にパーティーは一層に盛り上がりを見せる。
 あちこちからやってきたちびっ子達に、期待の目を向けられる千晴。
「ふぉっふぉっふぉ、それなら日本の童歌を歌ってあげよう」
 サウンドソルジャーとして高らかに童歌を歌い上げ、子供たちの拍手を受けている。
 ケルベロスがパーティーの盛り上げを手伝ってくれた事で、クリスマスパーティーは一気に盛り上がっていった。

 盛り上がりを見せる会場の歓声を遠くに聞きながら、オイナスとローレライの二人はクリスマスマーケットを回っていた。
 たっぷりお土産も買っているがまだ大切なものを買っていない事にローレライが気づく。
「あとは……そうね、オーナメントを見にいきましょう!」
 家のツリーに飾り付けるオーナメント、それを探しに行こうと二人はお洒落なお店に飛び込んでいった。
 この日に合わせて一番いい飾りの並べられたお店、様々な飾りをを見て回りその綺麗さに二人して胸をときめかせる。
「あ、こっちの飾りもかわいいわ……!
 雪の結晶をモチーフにした飾りを手に取りローレライが目を輝かせ、
「ローはその雪の結晶の飾りが気になるのです?」
 横からオイナスがその手元をのぞき込む。
「せっかくなのでプレゼントするのです!」
「え、いいの。有難う!」
 胸を張って言うオイナスに、ローレライが笑顔でお礼を言ってカウンターへと向かう。
 ――次にいつ来れるか、わからないから。
 今のうちに楽しみたいと、はしゃぐローレライの背を見てオイナスは思った。

●夕暮れと、誓いと
 パーティーの始まりから時間が経って、クリスマスマーケットもパーティーも賑わいはむしろ増すばかり。
 千晴と一緒にサンタ風の格好で人々にプレゼントを配るお手伝いをしていたクリスも一段落ついて、会場の料理の数々に目を輝かせていた。
「食事もすごいね」
 いただきまーすと行儀よく、けれど楽しさは隠しきれていない様子のクリスの姿を千晴はいい笑顔で見つめつつ、千晴自身ももパーティー会場の料理の数々を口にし味わっていた。
 移民も多く料理の種類も様々で、いつもよりも勢いよく、スタミナをつける為と言わんばかりに食す千晴は還暦越えにはとても見えない程。
 ――まるで地球での最後の食事を楽しむかのように。

 太陽の色が夕焼け色に変わってきて、ケルベロスとして共に戦ってきたドローンで盛り上げていたセットもベンチに座り会場の様子を見つめていた。
 会場のメープルクッキーとホットココアが朝から盛り上げ続けた彼の疲労をじんわり暖めほぐしていく。
 料理の方では格闘家の格好の泰地がショートケーキやチョコケーキ、レアチーズなど様々なケーキに挑戦しているのが見える。
 セットがドローンでパフォーマンスを行っている間もずっと食べ続けていて、それでも勢いも衰えない彼。
 豪快な食べっぷりに人々は感嘆の声を上げていて、ケルベロスのお墨付きとかちゃっかり周囲も宣伝したりもしているようだ。
 周囲に視線を移せば狸のような色合いの翼猫を連れた竜人とサキュバスの男女、年は離れているようだけど二人とも楽しそうにしているようだ。
 レプリカントとシャドウエルフのカップルも羊ぐるみのテレビウムや白い毛並のオルトロスと一緒にあちこちを見て回り、料理やお店を堪能している様子。
 友人と共に来ているのか、シャドウエルフの女性二人も落ち着いた様子でこのクリスマス仕様のツリーの数々を見上げて回っていて、その向こうにはお日様色の竜の少女やふかふか真っ白な熊のウェアライダーも楽しんでいるようだ。
 この平和な光景こそケルベロスとして守りたかったもの、戦いに必要なくなったドローンに軽く触れつつ彼は考える。
(「病魔との戦いは続くっすが……」)
 ウィッチドクターである彼の戦いは終わらないけれど、デウスエクスとの大きな戦いは終わりを迎えた。
 これからはまた別の戦いが続くのだろうが、それ以外の時間も増えていくのだろう。
 そして大きな戦いが終わったからこそ、ドローンをこれまでみたいに誰かを守る為の盾としてではなく楽しい事に使おうと彼は考えていて、パーティーの盛り上げを成功できた事に手応えを感じていた。
 ジンジャーブレッドやブッシュドノエル、ケーキ以外の菓子類に挑み始めた泰地を見つつ、
「もうひと頑張りするっす!」
 そう言って空色の鱗の彼はベンチから立って伸びをし、手慣れた所作でドローンを浮かべる。
 もう少し暗くなってきたら電飾も追加して更に盛り上げよう、そんな事を考えながら再びセットは持ち前の明るさで会場を盛り上げるのであった。

 更に時が過ぎ、夕方に差し掛かかって気温もぐんと下がってくる。
 パーティーもマーケットも存分に堪能してきたローレライとオイナスの二人だけれども、ちょっとばかり寒気を感じた様子。
「……ちょっと温かいものでも飲みましょうか!」
 身体が冷えてしまう前にローレライがそう言ってカフェへと入り、マシュマロを浮かべたココアを二人分手にしてオイナスの元へ戻ってくる。
 そして屋内の休憩所に入って、外気に冷やされた指先を温めつつココアの甘みをじんわりと味わった。
 ――もうすぐ楽しい時間も終わる。その前に、大事な事を伝えなければならない。
 これ以上先送りにすることもできないから、今しかない。
「……オイナスさん」
 だから、ローレライは愛しき青年に切り出した。
「……マキナクロスについていったらもう地球に帰れないかもしれないのよね」
「そうですね……でも、ローは行きたいのでしょ?」
 レプリカントの青年はシャドウエルフの騎士の言葉の先を予想して、微笑む。
 長い付き合いの二人だ、先読みされたけれども自分の言葉で伝えたいと、ローレライは続ける。
「私ね、実は宇宙へ行こうと思っているの。行かないと後悔しそうだって思って」
「宇宙ですか……」
 途方もない話だと、オイナスは思う。
 もし外宇宙への旅についていくのであれば、この地球の土を二度と踏めないかもしれない。家で待つ大切な人たちとも逢えなくなる可能性も高いだろう。
 それでも、ローレライはそう決断したのだ。
 そして、
「その、それでもし……オイナスさんが良ければ、一緒に!」
 愛しき人を旅に誘う。帰れるかどうかも分からない事はわかっているけれど、だからこそ共に同じ旅路を往きたいと。
 心臓の鼓動が早くなるローレライに、オイナスは真っ直ぐに応える。
「なら、ボクがローのそばにいないわけにはいかないのです」
 何故なら、
「ボクはローの剣。ローの道を切り開くのはボクの役目なのです!」
 昔ローレライと誓ったのだ。そして、この地球が脅威から解放されても、彼女と共に歩みたいと。そうオイナスは強く思っている。
 だから拒否はない、愛しい人の答えにローレライは礼を言い、大きく息を吐いて姿勢を正す。
「私は、あなたの騎士。いつまでも、ずっと」
 オイナスの意志に、ローレライは騎士の所作で誓いの言葉を口にした。
「そうと決まれば準備しないとです」
 まだマキナクロスの出発までに時間はある。万能戦艦ケルベロスブレイドに乗せて貰えば、一度家に帰りお別れする時間も少しはあるだろう。
 旅を選んだ二人はそうして、残り時間でできる準備に取り掛かるのであった。

 日がすっかり沈み、電飾が夜闇に包まれたトロントの街並みを照らしている。
 結婚式場の下見とクリスマスマーケットを存分に楽しんだねごとと紺は、いっとう大きなクリスマスツリーの前にいた。
「実は……初めて出会った年のこの時期、お嫁さま……当時はねごちゃんでしたか。ねごちゃんにお渡ししたいなと思ってシュネーバルを買ってたんですよ」
 ぽつり、と紺が呟く。
「でも渡せなくて……」
 言葉と共に、そっとねごとへと差し出した掌の上には小袋一つ。
 縛るリボンにはこの聖夜によく似合う雪の結晶のキーホルダーが飾られている。
 まったく想定もしていない紺からの贈り物と告白に、ねごとは胸のぎゅうっとした感覚を抑えるように手で胸を抑える。
 デートも出遅れてできなかったあの時、その時からずっと渡したいと思ってくれていたなんて、全く思いもしなかった。
「だから、今、受け取ってくださいませんか?」
 目を驚きに開き、その小袋を手に取り中身を確かめれば、名前の通り雪玉のような形のシュネーバルが二つ。
「――恋人最期のクリスマスに僕からの誓いを」
 そう言って紺は屈み、視線の高さをねごとに合わせると、どこか弱弱しげな印象の紺の雰囲気が真面目に、固い意志を持ったものへと変わる。
「根雪のように積み重なる日々を、新雪のように降り積もる愛を、君に」
 心底からの想いを、ねごとの目を真っすぐに見て、告げた。
 その告白に、胸の高鳴りのままねごとも想いを告白する。
「……わたしも、誓います。どんな時にも優しく降ってあなたを包む、温かい雪のように愛し続けるって……」
 ねごとの金の瞳が潤む。それは悲しみではなく、嬉しさからの泣き笑い。
 胸に抱えた袋の雪の結晶のキーホルダーをそうっと撫でる。
 夜空から大粒の雪が降り始め、ライトアップされた会場を照らしていく。
 気温もかなり下がってきているけれど、紺とねごとは寒さなど気にならないかのようにクリスマスパーティーに賑やかな街並みを歩き続ける。
 送られた雪の結晶とはまた別の色の解けない雪を、紺に贈りたいから。
 恋人最期の日のデートは、どうやらまだまだ続くようだ。

●別れの前のマキナクロス
 世界各地でのクリスマスパーティーは大いに盛り上がり、それに伴ってクリスマスの魔力は十分に高まっていく。
 各地で楽しんだケルベロス達は、万能戦艦ケルベロスブレイドに乗ってマキナクロスへと向かっていく。
 ケルベロス達の居住区をはじめとした外宇宙へ向かうための準備は万全な様子。
 マキナクロスの一角で行われた送別会は、先程までのクリスマスパーティーよりはやや落ち着いているものの和やかな雰囲気で進行していた。
 旅立つ者、留まる者――帰ってくる保障の無い、今生の別れとなるかもしれない一時を誰もが其々の向き合い方で惜しんでいた。
 マリアとアメリアの二人は、二度と会えないかもしれない戦友たちに別れを惜しむように挨拶を交わしている。
 ぽつぽつ見かけた知り合いと語り、そして一息ついて。
「そういえば」
 ふと、アメリアがマリアに問いかけようとすると、マリアの方も同じように一つ聞きたい事があったのだと言う。
 共に旅をしていて、けれど中々切り出せずここまで聞けずじまいだったこと。
 つまり地球に残るのか、それとも宇宙へ向かうのか――お互いに同じ疑問を相手に抱いていたのだ。
 考える事は同じかと二人は苦笑しつつ、マリアがまず穏やかに答える。
「私は地球に残るつもりですが、日本を離れるかもしれません。家族が祖国ロシアに帰るとのことなので、一緒に」
「ほほう、国元に帰るということか。……私も地球に残るつもりだが」
 まだまだ日本で研究しなければならない事があるのだとアメリアは言う。
 マリアは家族と共に故国のロシアへ帰り、アメリアは研究を続ける為に日本に留まる。一先ずは離れることになるのだろう。
「また会えそうだね」
「ええ。アメリアも地球に残るのなら、また会えそうで何よりです」
 けれど同じ地球にいるのであれば、また会う機会は幾らでも作る事ができるだろう。
 幼い頃から三十年近く研究熱心に生きてきて、現在も日本の大学院で研究生活を続けているアメリア。
 そして、人を救うという使命感によって医学の道を志したマリア。
 星の彼方に向かわずとも、探求したいものや救いたい人々は数えきれないほど。
「いろいろと忙しい毎日になりそうだ」
 しみじみと、アメリアがそんな事を口にして、
「たまには、手紙書いてくれるとうれしいな」
 普段通りの口調でちょっとしたお願いを口にする。
 離れた地でお互いの生活は忙しくなるけれども、文を送ってお互いの近況を知らせ合えれば寂しさも幾分は和らぐだろう。
 そんな友人の願いにマリアもこくんと首肯する。

 そして、送別会も終わりの気配が漂ってくる。
「……おっと。そろそろ宇宙へ旅立つ時間か……」
「……え……も、もうお別れの時間なの……」
 千晴の言葉に、クリスの表情が曇る。
 そう、別れの時はすぐそこ。地球に残るクリスと、マキナクロスでの旅に出発する千晴。
 その曇りは涙となって彼女の瞳から伝い落ち、そして、
「……嫌だ! 本当はおじいちゃんとは別れたくない!」
 大きな千晴の胸にクリスが抱き着き、涙と共に願いが決壊する。
 別れはとても辛くて、そんなものなければいいとすら思えてしまう。
 ずっと、ずっといてほしい――嗚咽と共に途切れ途切れに訴える孫を千晴は優しく撫でる。
「いつかは宇宙仙人になって戻ってくるぞい」
 そう言って千晴はクリスを優しく抱きしめる。
「仙人……ある日を境になろうとは思ったが、こんな日で仙人を目指すとは思わなかったわい」
 どこまで本気なのかは分からない。それでも、千晴の瞳に宿る意志は固い。
「……でも……それがおじいちゃんが決めた道だから仕方ないよね……」
 祖父の願い――千晴が言い出したそれを、クリスは応援する事にしたのだ。
「私も自分のやりたい道を目指してがんばるから!」
 進む道は分かれても、自分もちゃんと頑張るから。
 涙を拭い、泣き笑いのような顔で千晴の顔を見上げて言った。
 そうと決めたら残りの時間で思い出を残しておきたいとクリスは思い、きょろきょろと周囲を見る。
 多くの人たちがいる中で、トロントへ誘った白熊のウェアライダーに声をかける。
「知香さん、おじいちゃんと一緒の写真を……お願い」
 悲しさを抑え込み、カメラを差し出した少女に白熊のヘリオライダーはああ、と答え。
 そして会場を背景にクリスと千晴が並び、知香が合図をしてシャッター音。
 焼き付けられたのは祖父と孫の並んだ姿――二人ともいい笑顔だ。
「いつかは宇宙一の仙人となってみせるぞい」
 写真を眺めつつ、千晴はクリスと知香にそう宣言する。
「ああ、達者でな!」
「……うん! 立派な宇宙仙人となってがんばってね!」
 千晴の夢を応援するように、知香とクリスは千晴に笑顔を向ける。
 そのまま送別会の残りの時間、祖父と孫の二人は思い出に刻むようにゆっくりと楽しんだ。

●そして、旅立つ
 マキナクロスでの送別会を終えて、万能戦艦ケルベロスブレイドはマキナクロスと月軌道に向かっていた。
 地球に残り、外宇宙へ向かうケルベロスやデウスエクスを見送るケルベロスは万能戦艦に乗り換えている。
 地球から八時間程度、長いようだがこれからの時間に比べれば僅かな時間。
 月軌道へ向かう間、クリスは万能戦艦からマキナクロスを見つめていた。
 あの大きなマキナクロスのどこに大切な祖父がいるのかは分からないけれど、既にお別れは済ませている。
 では、さらばじゃ――別れの言葉にしてはシンプルで、これから果てしない旅に出発するとはとても思えない言葉。
 それはまた夢を叶え、再び会えるのだと信じているからなのかもしれないと、クリスは思った。
 クリスの方もマキナクロスでの別れの際に、さよならは言っていない。
 いつかきっと、また会えることを信じているから。
 マキナクロスを見送るケルベロスブレイド、そこにはセットの姿もあった。
「……いつかのみんなの帰りを待つっすから……」
 宇宙の隅々まで旅をして、そしてまた帰ってくる日を夢見て。
 空色の鱗の青年は首に巻いた空色のマフラーの端をぎゅっと握った。
 月軌道に到着したマキナクロスにクリスマスの魔力が満ちていき、そして、まるでそこに何もなかったかのように姿を消した。
 光速を越えたマキナクロスは地球からの観測から外れ、残像すら見えぬ速度で旅立った。
 見送りの万能戦艦の中からアメリアとマリアは静かに祈りを捧げている。
 隣り合うお互いの、これからの人生が幸せになる事を。
 そして、星の向こうに旅立つ戦友たちの無事とこれまで出会ったすべての人の幸せを。

 かくしてマキナクロスは外宇宙への果てなき旅へと向かい、万能戦艦は地球へと帰還する。
 地球の人々と二度と巡り合う事はできないのかもしれない。それでも、新型ピラーを広めるという役割を終えて再び巡り合う事を信じる者もいる。
 いつかくるかもしれないその日が来た時、お互い胸を張って話せるように。
 生命はそれぞれの場所で懸命に生きていくのだ。

作者:寅杜柳 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2021年12月24日
難度:易しい
参加:10人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 1/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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