外宇宙への出航~See You Again

作者:秋月きり

「あれからもうすぐ半年、か」
 2021年6月27日。ケルベロス・ウォー。超神機アダム・カドモン率いるダモクレス軍を打ち破ったその日より、数えて半年になる。
 あの日、ケルベロス達の戦いは終わった。完全勝利の形で全ての戦いの幕を閉じたのだ。
 ヘリポートで感慨深げに呟く彼女の名は、リーシャ・レヴィアタン(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0068)。これまでもケルベロス達と共に歩んできたヘリオライダーの一人であった。
「さて。もう既に新型ピラーの開発成功の報は聞いているかしら? それと、ハロウィンの刻にお目見えしたマキナクロスの居住区についても、整備が終わったそうよ」
 それは、マキナクロスを用いて外宇宙へと進出する準備が整った、と言う事であった。ケルベロス達に降伏したデウスエクスと、ケルベロス達の中の希望者を乗せ、『宇宙に異常をもたらすデウスエクスのコギトエルゴスム化の撤廃』を行う為の旅は、直ぐそこまで迫っている。
「外宇宙への出航には、季節の魔法『クリスマスの魔力』を用いて行うとの事よ。そうすることによって、あんまりこの例えはどうかと思うんだけど、竜業合体の様な超光速的な移動も可能になるわ」
 その為に、クリスマスの魔力を高める必要がある。その為に力を貸して欲しい。それが彼女の祈りだった。
「これは今までと同じね。クリスマスの魔力を最大限に高めるため、みんなにはクリスマスイベントに参加し、地球を充分に盛り上げて貰いたいの。……ほら。これから旅立つみんなの為の壮行会も兼ねて、ね」
 外宇宙への旅路は途方もないものだ。それに参加するケルベロス達とはもう二度と、会うことが出来ない可能性がある。
「そんなみんなを心置きなく旅立たせること、それと……みんなが宇宙の隅々まで探索出来るよう、沢山のクリスマスの魔力を届けたい」
 うん。頑張ろう。
 少しぎこちない微笑みで、彼女は言葉を紡ぐ。
「さて。今回、みんなに向かって貰う地域は……まー、うん。何回も紹介しているから耳にタコな子もいるかも、だけど」
 苦笑しながら、言葉を続ける。
「国は日本。大分県別府市ね。この温泉地では毎年、クリスマス・ファンタジアと称した花火大会が開催されるのだけど」
 今回はケルベロス達を送り出す、言わば『宇宙の平和を守る為』の地球規模的な一大事業となるため、例年と画した巨大な物になる、とのことだ。
「いやー。それもどうなんだと思うけども」
 例えば花火。過去の開催に於いても、地方都市としては大きめの花火大会であったが、此度はその量を遙かに凌駕すると言う。市内の無数の場所より打ち上げられた華々は、聖夜に沸く街を、神々しく照らす灯りとなるだろう。
 あと、場所的な物で言えば、温泉。
 此度、市内の全ての温泉が無料開放されるらしい。流石に親しい者達で楽しむ家族湯でも無い限り男女混浴まではないが、一部、水着着用を前提とした温泉プールも存在する用だ。冬の寒空の下だが、温泉の中でリゾート気分を味わうことも出来るだろう。
「あと、食べ物ね」
 九州各地の食材が集まり、一大屋台村を形成しているらしい。豊後水道産の海産物を用いた海鮮丼や海鮮鍋は元より、宮崎の地鶏や鹿児島の黒豚、福岡の水炊きやラーメンなど、挙げればキリが無いほどの食事処が目白押しの用だ。
「……グリゼルダが喜びそうね」
 おそらく戦乙女はその屋台村を根城に、方々を飛び回るのだろう。
「それと、街を見下ろす鶴見岳をライトアップし、クリスマスツリー風に仕立て上げるそうよ」
 灯りに飾られた鶴見岳を登り、頂上から街を見渡す事も出来る。山頂では名物のかき氷や素麺も振るわれるそうだが……こちらはそれなりに楽しめば良いだろう。
「もしも希望する人が居れば、この山頂で結婚式を挙げることも出来るみたいね」
 鶴見岳とその隣に佇む豊後富士こと由布岳は、古くから夫婦岳として山岳信仰の対象となっているようだ。共に育む熱量が別府温泉の原泉となっている……と言う民話もあるほど、とのこと。
「結婚式もそうだけど、ケルベロスの皆が楽しむ事で、周りも楽しんでクリスマスの魔力が満ちていく……。だから、みんなが楽しむ事が肝心なのかな」
 それが何よりの様子だった。
「そして、クリスマスの魔力を充填したマキナクロスは、外宇宙へと出発するわ」
 その出発を見送ることは可能だ。万能戦艦ケルベロスブレイドで月軌道上まで進出し、別れを交わす――。それが最後の別れとなるだろう。
「……あー。だからね、みんなで言おうね」
 後悔の無いように。新たな旅路を祝福する為に。
 いつも彼女が送り出していた言葉をマキナクロスへ、そして共に旅立つ皆へ告げよう。それが彼女の想いだ。
「それじゃ、いってらっしゃい」
 ――と。


■リプレイ

●湯の町の聖夜
 2021年12月24日。クリスマスイブ。
 その日の出来事は、忘れることの出来ない一生の想い出になったと、後にリーシャ・レヴィアタン(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0068)は述懐する事になる。
 沢山のケルベロス達がキラキラと輝き、未来を想ったあの日。
 世界は確かに平和への道を歩み始めていた。その事を強く思った日であった。

 その日、彼女は湯煙の町、大分県別府市に訪れていた。
(「もう何度目だろうなぁ」)
 数えられないほど、この地に足を運んだ気がする。その都度、温泉とお酒、甘い物、そして、ケルベロスの皆の笑顔が彼女を支え、癒やしてくれた。
「大好きだよ、みんな」
 町全体のみならず、町の象徴である鶴見岳すら光に彩り、夜には空に大輪の花々を咲かせる。それはこの町だけではない。世界が彼らを祝福し、そして感謝している証拠だ。
 その感謝に便乗するつもりはないけれども。
 ただ、いつか告げようと思った言葉を、思わず口にしてしまった。
「それは、愛の告白ですか?」
 グリゼルダ・スノウフレーク(ヴァルキュリアの鎧装騎兵・en0166)の言葉に、思わず浮かんだのは苦笑だった。
 そんな未来がもしかしたらあったかも知れない。無かったかも知れない。ともあれ、今後の未来については乞うご期待、と言う奴だろう。
「思えばグリゼルダとの付き合いも長いわよね」
 2016年2月からだから、都合、5年と10ヶ月。言うならばもう6年近くにもなる。その期間で、世間知らずの元デウスエクスは、一端の淑女になってしまった。月日の流れは速く、長かったような短かったようなだなーと思ってしまう。
「これからもよろしくお願いしますね。リーシャ様」
 笑顔を見せられれば、悪い気もしない。
「はい、よろしくね。グリゼルダ」
 二人が迎えた聖夜は、そんな挨拶から始まっていた。

●九州グルメ紀行
 【Jardin de fleurs】の二人、シエナ・ジャルディニエ(攻性植物を愛する悩める人形娘・e00858)とミリム・ウィアテスト(リベレーショントルーパー・e07815)は駅前に広がる屋台村で九州ご当地グルメに舌鼓を打っていた。
 日田やきそば、ふぐ雑炊、豊後牛を贅沢に使用したフランクフルトもあれば、有名になってしまったご当地メニュー、とり天も二人の前に鎮座している。
 なお、それらを食するのは二人だけではない。シエナの喚び出した攻性植物、ヴィオロンテ達もまた、凄い勢いでそれらを口に運んでは咀嚼、飲み下して行っていた。
「あ、グリゼルダさん。ハロハロー」
 相変わらず凄い食欲を見せ、食べ歩き――否、食べ飛びをするグリゼルダにミリムは手をぶんぶんと振る。この光景も、しかし、今で見納めなのだろうなぁ、と少しだけ、寂しい気持ちが襲ってきた。
「おっとっと。ヴィオロンテちゃん。博多ラーメンも、黒豚のカツサンドもあるよ」
「Suppression……。みんな、程々に食べるですの」
 ミリムの餌付けに少しだけ眉を顰め、しかしそれ以上はシエナも口にしない。楽しい夜を無粋な言葉で穢したくなかった。
「Refuser……。でも、食べ尽くすのは駄目ですの」
「いやー、それは難しいんじゃないかなぁ」
 ケルベロス以外にも幾多の一般人が紛れているが、その全てに供給してやる、と屋台運営側の人々も燃えに燃えている。ああ、長崎の鯨料理にカステラ、熊本の野菜や果物達。そして宮崎の畜産肉や魚介類達。どれだけの食材が運ばれ、調理されているのか。もはや、運営側が力尽きるのが先か、客側が食べ収めるのが先か、の勝負の体を為してきていた。
「平和になったんだよね」
「D'accord avec……。当然、そう思いますわ」
 喧噪に包まれる屋台村の中で、二人は目を細めた。

 【天牙】こと神白・鈴(天狼姉弟の天使なお姉ちゃん・e04623)、神白・煉(死神を追う天狼姉弟の弟狼・e07023)姉弟もまた、祭り会場内のテーブルを陣取っていた。
 目当ては屋台ではなく、町の夜空を染め上げる数々の花火だったけれども。
「色々あったよね」
「色々あったんだよなぁ」
「色々ありましたね」
 これは姉弟と、そして二人が呼び止めたグリゼルダの台詞であった。2015年の第二次大侵略期から6年と少々。長い時間、戦い続けた姉弟には色々と思うところがあるのだろう。
 倒した敵もいた。助けた人もいれば、助けられなかった人もいた。そして、友と呼ぶ出会いもあった。
 それがエインヘリアルのザイフリート王子。そして、その配下であったヴァルキュリアの一人、グリゼルダだ。
 星の数ほどの出会いと別れを繰り返し、しかし、二人が、そして多くの元デウスエクス達を仲間と迎える事が出来たのは、まさしく奇跡としか言いようが無い。
 そう、鈴は言葉を紡ぎ。
「グリゼルダがオークに傷つけられて、姉ちゃんがキレたこととかもあったよな」
 弟に茶化されて、もうっと拳を振り上げたりする様は、いつも見ている光景だなぁ、と思ってしまう。
「煉ちゃんなんて、出会った当初、グリちゃんの名前、間違えたくせに!」
「いつまで言うんだよ。それ。掘り返すなよ」
「私は気にしていませんよ? 気を引きたかったから、と捉えています」
 ミルクティを喉に流し込みながらのグリゼルダの台詞に、煉はむぅっと呻ってしまう。ちなみにグリゼルダの飲み物に入っている粒々は流行が終息の兆しを見せたタピオカではなく、わらび餅とのこと。流行とは、日々、移り変わっていくものの様だ。
「……どうなんだろうな」
 不意に真顔で、煉は言葉を紡ぐ。それは名前間違いの件ではなく、自身らの戦いの事だった。
 世界は確かに平和になった。しかし、自分達はそれに貢献出来たのか、と。
「当然ですよ」
 グリゼルダの応えは即答だった。
 大小など関係ない。全てのケルベロス達がデウスエクスに抗い、そして、その果ての勝利が先のケルベロス・ウォーだ。そこに至るまでに幾多もの戦いがあり、それに勝利し、そして、それらが次の勝利へと繋がっていく。そうして、訪れたのが今の平和であるならば、戦い続けたケルベロス達が今の平和に関与していない理由などないのだ。
「それは……」
 言葉を紡ごうとした煉は、しかし、続きを紡げない。
 空に大輪が舞ったからだ。
 轟音と共に咲いたそれは、所謂八尺玉。青白く、黄色く、そして赤く。視界の空を染め上げていた。
「そうだね。今の世界をお父さんとお母さんも見てて……きっと、祝福してくれるよ」
「そうだな。仇を取ったこと、親父に伝えなきゃな」
 同じ笑顔を鈴と煉の姉弟は紡ぎ。
「さぁて、肉でも食いたくなったな。俺の奢りでぱーっと行こうぜ」
 煉の提案に、鈴とグリゼルダはぱっと表情を明るくする。
 牛、豚、鳥に飽き足らず、ジビエや海獣など、肉だけ見ても飽き足らない屋台だ。その言葉はとても頼もしく輝いていた。
「グリちゃん、ありがとう。今までも、そして、これからも、よろしくね」
「ええ。これからも、ですね」
 諸々の屋台に視線を送る弟の背後で、鈴がグリゼルダに笑いかける。
 これからもずっと、仲良くしよう、と。

●湯煙の中のメリークリスマス
 ペル・ディティオ(破滅へ歩む・e29224)と那磁霧・摩琴(医女神の万能箱・e42383)は星空を見上げ、夜闇へ想う。
 二人を包むのは少し熱いくらいの温泉と、そして親愛なる友と過ごす緩やかな時間だ。
 祭りに沸く世間の喧噪を遠くで聞きながら、まったりと、ゆったりと、のんびりと。
 ここに居る二人が全てで、それ以外はいらない。二人が過ごす時間はそんな柔らかな空気に満ちていた。

「さぁ、ペル! 乙女の湯浴みはまず髪を洗う所からだよ!」
 摩琴の声に、ふっとペルは笑みを浮かべる。
 そんな事、当然と言わんばかりの表情だった。背は低く、歳は若くとも、ペルは一端の淑女だ。背伸びしたい年頃とかそんな域はとっくに過ぎた。ここに居るのは紛れもなく乙女なのだ。
 だが、摩琴の指導の前では、それが虚勢だったのではないかと思い直してしまう。ブラッシングに予洗い、そしてマッサージにコンディショナーと、まさしく隙の無い的確な洗髪に、ほぅっと思わず呻ってしまった。
「きちんとケアしてね」
 湯上がりにと取り出すヘアオイルに、成る程、髪とはここまでケアする物なのか、と頷いてしまう。
「摩琴には感謝しよう。だが、我は施しばかりを受ける性質ではないからな、どれ、礼に背中を流してやるぞ」
「よろしく!」
 10歳年上の親友の背中は大きくて広くて。
 丁寧に作った泡を撫でるようにゆっくりと塗り広げつつ、併せて、マッサージ代わりの軽い指圧を行っていく。
 互いの身体の洗い合いが終われば、次は湯船の中だ。
 見上げる空は広く、昏く、だけれど、明るく。満天の星が、二人を見下ろしていた。
「――我は愉しめる玩具の一つのつもりであったが、気付けば恋としてその戦友に執着していたのさ」
 ベルの紡ぐ恋愛話は何処か物悲しく、切なくて。
(「でも、そう言う顔をする時は……」)
「らしくないぞ~♪」
 と摩琴はベルの白い肌を指でつつく。
 自身の外見が恨めしいと零していたペルは、しかし、次の瞬間に紡いだのは笑顔だった。やってくれたな、と、お返しは湯鉄砲。ぴゅっと飛び出たお湯が、摩琴の顔を濡らす。
 乙女達の戯れが、そこに在った。
「まったく……本当に最高の親友だ」
「楽しく過ごそう。だって今日は」
 二人で過ごす、最高のクリスマスだから。
 摩琴の言葉に、ペルは力強く頷いた。

「シィカは宇宙へ行くのよね」
 リーシャの言葉に『デスデス』と応じるのは、シィカ・セィカ(デッドオアライブ・e00612)である。
「いざ行かん、広大な宇宙へ! 宇宙にもロックを広めるのデース!」
 岩風呂の縁に足を掛け、空を指差す。弾けるような元気さも、体当たりの若さも、何もかもが少しだけ羨ましく思えた。
「そっかー。地球は静かになっちゃうわね」
 彼女の賑やかさは嫌いじゃなかった。むしろ好きだったなぁ、と笑ってしまう。
 寂しい、と思う反面、頑張って欲しいとも思う。ヘリオライダーの胸中は胸中で、結構複雑であったのだ。
「だったら、一曲、披露もしちゃうのデス! いい湯だなーに対するお礼も兼ねるのデース!」
 そして、即興のライブが始まった。
 湯船で身体を休める人々は「なんだなんだ」と視線を送るも、楽しげなシィカの様子に絆されたのだろうか。やがて、音楽に耳を傾けながら、それぞれの湯を楽しんでいく。
 中にはひゅーひゅーとライブそのものへ、積極的に身を投じる者もいた。
「温泉ライブは流石に、宇宙に行ったら出来ないデスからね!」
 笑顔の裏に、しかし、しんみりした色を見てしまう。
 ああ、そうか。とリーシャも理解してしまう。いつもハイテンションに見える彼女だが、それでもやはり、寂しいのだ。
 不安と名残。それらを全て纏めて、だが、いつもの様に笑い飛ばしている。
 元気な姿を見られなくて寂しいと思うのは自分だけではない。彼女もまた、地球に残す人々を想い、憂い、だけれども、それでも進むことを選んだのだ。
 思わず手を取ってしまう。湯で温まった白いそれは、だけれど、外気の所為か、とても冷たく感じた。
「頑張ってね」
 ただそれだけを願う。
 いつも見送る事しか出来ない自分だけれど、応援だけならば出来る。それだけは常にしてきたつもりだ。
 だから、ここでも。これからも。
「デス! ご機嫌な歌とロックをみんなに届けていくのデスよー!」
 いつものギターはなく、だからこそのア・カペラで。シィカの歌は、湯煙の町の空へと広がっていく。
「レッツ、ロック! ボクの歌を聞けー! デース!!」
 いつかその声で素敵な凱旋歌を奏でて欲しい。
 傍らに添うヘリオライダーは、心からそう思うのだった。

「Interroger……。宿主がいない子達のお世話をする人が必要ではありませんの?」
 宇宙に想いを馳せるのは、シエナも同じだ。お湯の中から花火を見上げつつ、ミリムへと語り掛ける。
「私も一緒に旅に出るんですよ」
 優しげな微笑のシエナに、目的は別だけれど、とミリムは笑って応じる。
 マキナクロスでも攻性植物に手を差し伸べ、共に生きていくと決めたシエナがいる。宇宙に旅立って友を探すと豪語するシィカの姿もある。
 二人の慈愛在る生き方に感服してしまう。
「だから、途中まで一緒ですね」
 自分はそこまで優しくなれているだろうか。
 それは判らない。周りが自分を見て判断することだろうから。
「この宇宙の何処かで、孤立した攻性植物がいるかもしれない。その子達を探しに行くのも、いいかもしれませんの」
「そうですね」
 それはきっと、素敵な旅になるだろう。
「これからもよろしくね。シエナさん」
 目的を別とする彼女とは、何れ、旅路すらも異なる物になってしまうだろうけれども。それまでは共に居る。その喜びが伝わって欲しい。そう思った。

 【臥龍院】の面々もまた、お湯と共に花火を楽しんでいた。
 湯船に桶を浮かべ、その中に徳利と御猪口が鎮座している。雪見酒ならぬ花火酒と言った処か。
「ホンマ、デウスエクスも出のぉなって、平和になったんやねぇ」
 瑠璃堂・寧々花(甲冑乙女・e44607)は御猪口片手に、陽気な関西弁を紡ぐ。尚、いつも甲冑姿の彼女だが、当然、お湯の中では色白の裸身を惜しげも無く晒していた。かなりレアな光景であった。
「そうね。だからこうして、平和にお祭りを楽しめるわ」
 これは氷霄・かぐら(地球人の鎧装騎兵・e05716)の台詞だ。唯織・雅(告死天使・e25132)のサーヴァント、セクメトの喉を撫でながら遠い目をする彼女の表情は優しく、そして桜色に染まったそれは艶っぽい。
「長い戦いでしたね」
 雅はしみじみと言葉を紡ぐ。地球の一員となって早五年。少女だった彼女は、もう淑女そのものだ。皆とお酒を酌み交わす現在、それを想ってしまう。
「以前、こうやって皆さんと温泉に来たときは、まだ、お酒も、飲めませんでしたから」
 それが、いつの間にか皆とお酒を飲めるようになった。時の流れの速さを感じてしまう。
「あんとき、雅はギリギリ19歳やったんよね。代わりに見た富士山が凄ぅ大きかったん、覚えとるわ」
 なお、そう言う寧々花も当時、二十歳そこそこであった。
「何にせよ、みんなと一緒に楽しめる。それが大事よ」
 最年少のかぐらは、事前調達した鳥天と共に、地酒を嚥下する。
 焼酎大国と言われがちな九州だが、日本酒が劣っている訳ではない。中にはワインのようにスッキリとした飲み心地のお酒もあり、その甘露な飲み口に驚いたものだ。
 見上げる空には、花火が盛大に咲き誇っている。それもまた、素敵な肴へと変化している。
「そう言えば、鶴見岳そのものもライトアップするんだっけ」
 標高1375メートルの山を輝かせるなんて、どれ程、皆が浮かれているのかを示すようで面白く、それが自分達への祝辞と考えると少しだけ、面映ゆかった。
「ライトアップだけやのうて、結婚式もするらしいわ。……ええよね」
 ハロウィンに続き、クリスマスも結婚ラッシュだ。これを機に、と共に歩むことを決めたカップルも多い、とのこと。
 目を細める寧々花もまた、何れ、その幸せを享受する日が来るのだろう。付き合う一歩手前の幼馴染みを思い出し、にゃははと照れた笑みを浮かべてしまう。頬の紅潮はお湯の所為にも酒の所為に見えたため、二人に気付かれる事は無かったけれども。
「わたしは相変わらず全然ね」
 幸せそうな寧々花に微笑するように、かぐらは言葉を紡ぐ。
(「そう言えば、前にみんなで温泉に行った時も恋バナになったっけ……」)
 恋バナと温泉はセットなのかも知れないなぁ、と少しだけ感心してしまった。
「確かに。こういった、イベントは……、踏ん切り付ける。良い機会では……ありますよね。私は、お相手……居ませんので。論の外では、ありますが……」
 雅の返答も物悲しい。まぁ、相手が居れば折角のクリスマス、姦しく温泉を楽しんでいないのかも知れない。
「や。でも、逆に、こうやってみんなで楽しめるんも、いい夜やと思うんよ!」
 慌てて発せられた寧々花のフォローに、二人の苦笑いは、くすりと次第に笑みへと変わっていく。
 何にせよ、今が楽しい。それで充分だった。
「戦う必要がなくなったのはええ事なんやろうけどね」
「平和になったからこそ、色々頑張ることがあるわ」
「はい! 頑張り、ましょう」
 それぞれの想いを夜空と花火と日本酒に載せ、三人の夜は更けていくのであった。

●幸福、瞬く刻
 2021年12月24日。方々で行われるクリスマスイベントの最中、結婚式を執り行うケルベロス達の姿もあった。
 ここ、鶴見岳もまた、その会場の一つ。
 そして、今日、この日。皇・アスカ(混沌地獄の迷える童鬼・e53213)とアリス・ガーデンフィールド(オウガの土蔵篭り・e53268)の二人は、共に歩み、共に過ごす事を神霊祭る山へと誓い、結ばれるのだった。

 別府高原駅から鶴見山上駅へ。大きな車体に揺れる様は、挙式の中のゴンドラを想起させた。
(「いや、この乗り物も『ゴンドラ』と言うらしいけども」)
 明るく染まった外を見下ろし、アスカはむぅっと呻る。
 結婚と初夜をここで迎える。明るく言い放ったアリスに、『バカ! 何言っているんだ』と抵抗するも、しかし、彼女を御することは出来なかった。これも惚れた弱みと言う奴だろうか。
 可愛いらしいドレス姿の二人を見れば、今宵、二人が結ばれることは周囲にとって周知の事実であった。中には「おめでとうございます。ケルベロス様」と祝福の声を掛けてくる一般市民の姿もあった。
「アスカ、あなたと一生一緒、ですわ♪」
(「早えよ! 周り見てるだろ!」)
 不意に抱きつき、唇を重ねて来るアリスに、しかし、アスカは逆らえない。むぐっと呻き声に反して、従順な様に、周囲は「あれあれ」と、だが、柔らかい反応だった。
「お幸せに」
「今までありがとうございます。ケルベロス様」
「でも、妬いちゃうので、周りの目があるところでは程々にお願いしますよ」
 祝辞と囃子の言葉と、澄み渡った山頂の空気と、そして、明るく照らされた山の色と。
 見下ろす花火もまた、とても綺麗で。
 それが、二人の結婚式の想い出となった。

 所変わって市内の旅館。
 離れに位置する露天部屋風呂付きの客室に二人の姿はあった。
 山頂で指輪を交わした早々、二人は再度ロープウェイで下山。大層豪華な宿へと場所を移したのだった。
「……やっぱり新婚夫婦が泊まる前提のプランかよ!」
 アスカのツッコミも何の其の。新婚夫婦と言うべきか、新婚婦々と言うべきか。ともあれ、二人の門出は温泉の中から始まろうとしていた。
「アスカ、身も心もずっと一緒ですわよ♪」
「煩ぇよアリス、責任取れよな……ひゃうん!?」
 可愛らしい悲鳴は、アリスに首筋を撫でられたからだ。
 過剰なスキンシップも、今は二人だけの世界。少しやり過ぎな感も有る彼女だが、それでも惚れたのは自身から。それも含め、大切にしていこうと思う。
「畜生」
「何か言いましたか? アスカ?」
「言ってねーよ」
 この日々を大切にしていこう。そう思うのだった。

 ――まだ、アスカは知らない。
 アリスの荷物の中に、おそろいの首輪が存在していることを。
 指輪交換を済ませ、深夜には首輪交換と洒落込む。そうして濃密に結ばれよう。それがアリスの計画した『初夜』であった。
「……可笑しいな。悪寒がする」
「まぁ、山頂で冷えましたのね! 存分に温まりましょう。こちらの温泉は湯上がりもぬくぬくと評判のようですわ」
 お湯の中で抱きつかれ、お湯と共に恋人の温もりを感じる。
 そんな夜がゆったりとした時間と共に流れていく。
 湯上がりにアリスが牙を剥く、その時まで。

●そして、宇宙へ。~See You Again
 月衛星軌道。万能戦艦ケルベロスブレイドから見上げるマキナクロスはとても巨大で、重厚で。その頼もしさに、皆を預けても安心出来るなぁ、とふと思ってしまう。
 ……思ってしまった。だから、これが、終わりなのだ、と。
 第二次大侵略期から六年。色々な戦いがあり、色々な事があった。それを自分は全て見つめ、そして送り出してきた。その締めとして最後にもう一度、送り出す。これはその為の儀式だ。
(「それでも……」)
 始まりがあれば終わりがあるように、出会いがあれば別離もある。その事は当然で、三十年も生きていればその事を強く実感する。
 だが、この胸が痛みを覚える事は幸いだ。それだけ、皆のことを大切に思っていた証拠だからだ。
「……着いていかなくて良かったのですか?」
 共に見送るグリゼルダの言葉に、「ええ」と微笑む。いつも浮かべていたはずのそれを、上手く形成出来ているか、あまり自信は無かった。
「もう、ヘリオライダーが必要な時期は過ぎた。その時が来ることを、何よりも私たちは望んでいたわ」
 デウスエクスの脅威が去った今、彼女達の予知能力はもはや、無用の長物だ。世界の復興に、地球を愛し、定命化を辿ったデウスエクス達の支援に、そして、地球の為に奮闘するケルベロス達の助力と、やるべき事は山積みだけれども、それでも、その時が来たことを喜びこそすれ、寂しいと思うつもりもない。
「本音を言えば、まだ見守る時間を過ごしたかった気がするけどね」
「お母さんみたいですね」
「……そこはせめて『お姉さん』って言って欲しいなぁ」
 唇を尖らせた苦笑と共に、再度、マキナクロスを見上げる。
 出航の準備が済んだのだろう。マキナクロスが示す光は停泊の赤から、出発の青に切り替わり、ゆっくりとケルベロスブレイドは距離を開けるように後退していく。
「――それに、決めたわ。後悔のない旅路を祝福するって」
 掌を広げ、それ越しにマキナクロスを見やる。
「グリゼルダ。私ね」
「……はい」
 戦乙女は独白を優しく受け止める。ヘリオライダーの吐露は彼女もまた、共感する物であったからだ。
「長生きしようと思う。流石にデウスエクスのような不死性はないけども、でも、長生きして、長生きして、そして、言うつもり。――お帰りなさい、って」
「それは、素晴らしい夢だと思います」
 そして、この人なら本当にそれをしてしまいかねないなぁ、とも思っていた。何の裏付けもないそんな凄みを彼女、リーシャ・レヴィアタンから時折感じるのは、何故だろうな、とも思ってしまう。
「本当に好きなんですね。皆さんのこと」
「ええ。それはもう。愛してるって言い切っちゃう」
 二人の眼前で、マキナクロスがゆっくりと動き出す。
 果ての無い旅路へ。終わりの無い旅路へ。宇宙そのものに平穏を戻すための、長い航海へ、幾多のデウスエクスとケルベロス達を載せ、彼の光速戦艦は旅立つのだ。
 送り出す言葉は決めている。
 それは、いつも、彼女が紡いでいた言葉だ。
「それじゃ、いってらっしゃい」
 良き旅路を。
 願いと共に、リーシャはマキナクロスに向かって、大きく手を振るのだった。

作者:秋月きり 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2021年12月24日
難度:易しい
参加:12人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 3
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