外宇宙への出航~レヴォントゥレットの絆

作者:柚烏

 ――それは、天の割れ目から噴き出す炎のように。或いは狐の尾の舞い上げた粉雪が、火花と化して空へ昇っていくかのように。
 冬の夜空にぽつりと生まれた光は、突如として頭上に広がり、波打ち、激しく揺らめいてその色彩を変えていく。
 薔薇色の指が、緑の葉をなぞるようにして溶けていく。やがてそこから滴り落ちる雫が、青の色となって弾けていくと――たなびく異国の薄絹は、紫色の輝きを放ったのちに深紅に染まるのだ。
 オーロラ、揺れるその光は天空のカーテン。ふっと現れゆっくり消えて、瞬きを繰り返すうちにまた光が弾けて。渦を巻く夜空はそうして、無数の生命がひしめき合うように踊り続ける。
 しん、と痛いほどの静寂に満ちた世界で、天の霜が雪になり地上へ降り注ぐ時。
 耳をすませば、きっと――オーロラの精の駆け抜ける音を、貴方も聴くことが出来るだろう。

 アダム・カドモンとの最終決戦、ケルベロス・ウォーに勝利して半年が過ぎた。
 そうして先日、ついに新型ピラーの開発が完了した。更に、マキナクロス本星におけるケルベロス達の居住区の方も、すぐに暮らせる状態まで持っていけたのだと言う。
「……いよいよ、外宇宙への旅が始まるんだね」
 そんな風に経緯の説明をして、感慨深げに溜息を吐くエリオット・ワーズワース(白翠のヘリオライダー・en0051)の表情は、喜びと寂しさが入り混じっているようだった。
 ――降伏したデウスエクスと、ケルベロスの希望者を乗せて、これからマキナクロス本星は長い長い旅に出る。
 それは、宇宙の歪みの引き金となる『コギトエルゴスム化』の撤廃を行う為、まだ見ぬデウスエクスの惑星へ『新型ピラー』を広めに行くと言う、途方も無い旅になるのだ。
「それでね……出航に必要なエネルギーに、季節の魔法である『クリスマスの魔力』を使うことになって、クリスマスに世界中で盛大なイベントが行われるんだ」
 この魔力がどれ位得られたかで、マキナクロスの速度も変わってくる。恐らくは竜業合体のように、光速を超える移動すら可能になることだろう。
「だから、旅立つ皆が宇宙の隅々まで探索できるように。できるだけのクリスマスの魔力を届けたいと、思っているんだよ」

 このイベントは宇宙の平和を守る為に行われる、地球規模の一大事業だ。予算は潤沢で、どこの国もこぞって力を入れ、盛大にクリスマスを祝おうとしている。
「僕が案内するのは北欧、フィンランドになるよ。クリスマスの夜にはブレイクアップと呼ばれる、オーロラが爆発的に広がる光景が見られそうなんだ」
 この時期は寒さも厳しいけれど、天井がガラス張りになった丸い家――ガラス・イグルーなら、暖かな室内でゆったり寛ぎながら夜空を眺めることが出来る。
「空一面を覆う、色とりどりの鮮やかな光の帯……同じものは二度と見られないかも知れない、なんて言われているよね。皆はどんなオーロラと出会うのかな」
 見上げるドームの天井は、正に自然が創り出すプラネタリウム。ベッドに寝転がりながら、或いは食事を楽しみながらでも、素敵な時間を過ごして欲しい。
「ケーキでお祝いしたり、ジンジャーブレッドを摘まんだり……あとは、フィンランドの伝統的な料理もあるよ」
 クリスマスの食卓に並ぶヨウルプーロはミルク粥のことで、たっぷりのハム肉であるヨウルキンクを切り分けつつ、ディナーを楽しむのも楽しそうだ。
 ホットワインのようなグロッギは、スパイスの効いたドリンクにドライフルーツやナッツを散らした、クリスマスで良く飲まれているものだとか。
「ガラス・イグルーは充分な広さがあるから、仲間同士で集まって過ごすのも大丈夫だよ。もちろん外で過ごしても良いし」
「おー、犬ぞりの体験もさせて貰えるらしいからな!」
 と、大自然の魅力に惹かれているのは、ヴェヒター・クリューガー(葬想刃・en0103)のようで。彼が言うには、お伽噺に出てくるような森の中をソリで駆け抜けることも出来るのだと言う。
「トナカイのソリなら、サンタクロース気分も味わえるかもな。……イグルーでにゃんこと過ごすのも捨てがたいが」
 サウナで一息つくのも良いかな、むむむ――と、主にもふもふの間で揺れ動いている彼はさておき。イベントを大いに盛り上げようと、近くの教会ではケルベロス達の結婚式も執り行ってくれる。
 優しいぬくもりに満ちた北欧の木造建築は、ゴシック風の教会とはまた違った雰囲気で、愛を誓うことが出来るだろう。ちなみにオーロラの下で結ばれたカップルには、幸せが訪れるとの言い伝えもあるらしい。
「きっと……多分、外宇宙に向かうひとと地球に残るひとは、もう二度と会うことは出来ないと思う」
 光の速さで遠ざかっていく星と地球――その間に横たわる時間と距離は絶望的だ。出発するマキナクロスはその瞬間に消滅したように見え、以後は観測も行えなくなるだろうとエリオットは言った。
「魔力の充填が終わったら、万能戦艦ケルベロスブレイドで月軌道まで見送りに行く。……きっと其処が、最後のお別れになる。だから、」
 ――だから、どうか後悔の無いように。顔を上げたエリオットは、寂しさを呑み込みながら微笑んでみせる。
 揺らめくオーロラが、ひと時でも外と内、ふたつの世界に分かれていく者たちを繋いでくれるように。オーロラの囁きが精霊たちの詩となり、誰かと誰かを結ぶ絆を、密かな魔法をかけてくれるように、と。


■リプレイ

●極光の灯火
 澄んだ夜空にオーロラの光が揺らめくと、ガラス越しにヴィヴィアンの明るい声が響いた。
「ふわー、オーロラすっごく綺麗……!」
「すごい……いや、本当に」
 色々ひと段落したから、二人でゆっくりしに――と思っていた鬼人だったが、いざオーロラを目にすると言葉が出て来ない。
「ああ。……ヴィヴィアン、綺麗だなぁ」
 ――思わずそう呟いてしまったのは、夜空を埋め尽くす色彩に、彼女の歌声を重ねてしまったからか。
(「!」)
 寄り添う婚約者の頬がぽっと染まったことに、きっと鬼人は気づかなかっただろう。照れ隠しにアネリーを抱きしめつつ、ヴィヴィアンはじんわりと平穏を噛み締める。
(「ようやく、本当の意味で羽を伸ばせるようになったんだなぁ」)
 だけど、新たな使命に向けて旅立つ者たちも居る。なぁ、と鬼人が口にしたのは、そんな彼らを想ったからだろう。
「オーロラって、宇宙でも見れるのかな?」
「見えるって聞いたことあるよ」
「なら……地球に残る俺達は、この景色がずっと観れる様に、守っていかなきゃな」
 同じものを目にするのなら、きっと地球を思い出す。今も門出を祝福してくれるようだと、七色のヴェールを見上げるヴィヴィアンも一緒に、旅路の果ての幸いを祈る。
「まぁ、いつになるかわからないから、子供たちに託す事に……いや、なんか凄い事、言っちまった!」
「ふふっ、何がすごいのかな~?」
 今度は鬼人が顔を赤くする番で、悪戯っぽく顔を覗き込んだヴィヴィアンは、やがてふふっと柔らかく微笑んでいた。
「あたしたちもう婚約者じゃなくなるんだから、全然すごいことじゃないよ、普通のことだよ」
 ――だから、ね。子供たちに誇れる未来、これから作っていかないとね。

 ふかふかのベッドに横になって、ふたり一緒に天井を見上げる。ドームの向こうに広がる夜空には、輝く光の帯が生まれては消えて――まるでゆらゆらと色合いを変える硝子玉の中に、ふたりだけが吸い込まれたかのよう。
「わ、とってもきれいだわ……! オーロラって、こんなにきれいに見られるのね」
 見える? と隣の梅太の肩をつつけば、彼は無邪気な笑みを浮かべるメロゥの瞳をじぃっと覗き込んできた。
「……うん、見えてる」
 ――星の瞳にかかる光のカーテン。それは夜空の魔法より素敵な、彼にとっての輝きだ。
「ふふ……きらきら、とってもきれい」
「……め、メロを見て言わないで」
 穏やかな梅太のまなざしから、ふぃっと逃れるようにして目を逸らす。きれいなのに、と零れる笑い声を背に枕へ顔を埋めると、ふわふわしたぬくもりにメロゥの瞼が下がっていった。
「こうしていると何だか……ふふ、眠くなってしまいそうだわ」
 そっと手を繋いで、そうなったら起こしてとお願いをする。少し悩む素振りを見せた梅太だったが、ややあってから悪戯っぽく微笑んでみせた。
「それなら……幸せそうな寝顔とオーロラを堪能してから、起こしてあげましょう」
「……メロの寝顔を見てどうするの」
「だめですか?」
 オーロラの光の中で眠るメロ、なんて。眠り姫のようで絵になると思うのだけど――そんな風に続けた梅太によって、白雪の肌にさっと赤みが差す。
「……ふふ、冗談。ちゃんと起こしてあげますよ」
 頬を膨らませて、それでも笑うメロゥとふたり、眠りにつくまで一緒に見ていたいから。
「うん、……お願いね」

 ガラス・イグルーの優しい灯りに包まれて、家族みんなで聖夜を過ごす。
「リィンも飲める歳になったからね」
「……かんがいぶかい、てやつ?」
 ワインのボトルを空ける熾月をドキドキ見守りつつ、ケーキを切り分けていくのはリィンハルト。
「で、ロティたちはジュースね」
「ふふ、美味しいものは分け合お」
 その上に乗っかった苺は、サーヴァント達にプレゼントすることにして――彼らのジュースも準備すれば、楽しいひと時の始まりだ。
(「リィンは変わらず優しいね」)
 宝石みたいな苺を前に、目を輝かせているロティとぴよも楽しそうだ。猫のミントを膝の上に乗せて、そっとワインを口にしたリィンハルトが宙を見上げる。
「……外宇宙ってどんなところなんだろう」
 頭上ではオーロラが煌めき、翻るカーテンの向こうで新たな光が生まれていた。想像はつかないけれど、綺麗なものなら沢山あるかもと熾月は呟く。
 ――ああ、そんな冒険も楽しいだろうけど。
「俺は、この世界で君たちと生きて行きたいよ」
「うん……そうだね。ずうっと、一緒に」
 いつか故郷の家族にも、新しい家族を紹介したい。そう言ってくれたリィンハルトに、喜びを隠せない熾月も静かに問う。
「なら、俺の仲間たちへの墓参りも一緒に来てくれる?」
 新しい家族が出来たよって、今なら彼らに紹介出来るから、と。
「いいの? うれしいっ」
 ――燦めくオーロラの下で、未来の約束を交わす。

「「メリークリスマス!!」」
 可愛らしいサンタの格好をして、マイヤと摩琴は乙女同士のクリパを堪能する。ノースリーブにミニスカート姿だって大丈夫――外は寒くても、ガラス・イグルーの中ならぽかぽか暖かい。
「サンタさんにもプレゼントがないとね♪」
 ディナーの合間、可愛らしいラッピングの箱を取り出した摩琴は、そう言ってマイヤにウィンクをした。
「わ、ありがとう、摩琴ー!」
「もう、マイヤったら♪」
 感極まった妹分が、こちらに飛び込んで来るのを受け止めて、ふかふかベッドにごろんとダイブ。つい猫可愛がりしちゃうのを止められないまま、摩琴はマイヤと寄り添っていた。
「……ふふふっ」
 いつしか夜も更けて。隣からは、興奮冷めやらぬと言った感じの笑みが聴こえてくる。頬が緩むのを抑え切れないマイヤが、見上げた天井で光の揺らめきを捉えると、摩琴の方でも息を呑むのが伝わってきた。
「あ、オーロラが広がり始めたよ」
 指さす空では、光輝くヴェールがゆらゆら変化しながら色合いを変えていく。波打つ髪が広がったような、あのオーロラは――、
「見た見た? あの辺りのピンク色の光……!」
「うん、ボクたちの髪の色♪」
 心がほわっとあたたかくなるのを感じて、ふたり一緒に、いつまでも空を見続ける。

 天上に揺れる光を追いかけるように、スパイスとフルーツの甘い香りが漂ってきて、ギフトとロコは暫しの沈黙に浸る。
 ――丁度、ブレイクアップの最中だ。見上げる光のカーテンは色も形も瞬間ごとに違っていて、ロコは瞬きせずに夜空を見つめていた。
「……今の見た?」
 ほんの一瞬、紫の炎と化した空に向けて記憶のシャッターを切る。その声に我に返ったギフトの隣で、グラスを置く音が聞こえてくると、しゅっと燭台にあたたかな火が灯った。
「君の眦に同じ色」
「……そんなに似てたか?」
 ワインに似たグロッギをひと口啜れば、「そっくりだった」とロコが笑う。今夜は願いを叶える日――キャンドルの灯に照らされた唇が、祝福を囁いた。
「これで2度目だね、21歳おめでとう」
「ありがとうなロコ、……今年も願いを叶えてくれて」
 ノルマはどんな感じと会話を交わしていく中、視線を遮る銀髪を優しく指で梳く。悪魔と竜の尾が絡まって、戯れながら互いを引き寄せると、笑顔が弾けた。
 ――彼方へ旅立つ皆にも、この星で生きる皆にも。涙の数よりひとつでも多く、優しい笑顔があると良い。
 ならば、笑おう。何度でも一緒に笑い合えるよう。
「ねぇ、ギフト、」
「なんだ? ロコ」
 ――何よりも、君が笑顔でいるように。朝日がオーロラを呑み込むまで、今夜は沢山話をしよう。

●白の旅路
 吐く息も白く、カメラを手にティアン達が目指すのは、満天の星に空のカーテンが映えるとっておきの場所。
「星景にオーロラ、ちゃんと映るんすかね」
 三角傘を台代わりにカメラを設置していくのは哭で、出来上がりがどうなるかは不安半分といったところ。
「星は線になるとして、オーロラはどう写るんだろうな」
 失敗しても笑い話に――と彼は言うが、そんな思い出の一頁を映す間にも、のんびりと記念撮影をする。
(「一緒に来た、と残せる風でいい……だったか」)
 空を映し込んで二人並ぶ、そのやり方はティアンに哭が教えてくれたものだ。
「お互い地球に居続けるから、いつでもこの星の軌跡が確かめられるな」
「そっすね、まだ此処にいるから」
 年月のうつろいも些細なもの。もっとたくさんアルバムに映して、色々な場所を見せ合って――そうして過ぎた月日の分を、後で確かめてみるのも面白そうだ。
(「そんな先の話が、まだできる!」)
 寒さで鼻が赤くなってきた頃、わくわくとカメラを取り出す哭に向かって、ティアンが声を掛ける。
「――そろそろ線になったか?」
「うん、出来たらティアンの分も渡すっす」
 もし上手く行かなくても、何度もやれば上手くなる。こうして遊びに行く約束も、何度だってできるのだ。
「そういう星に、此処は、なった」

 犬ぞりに乗ってオーロラを――そんな文句に惹かれてルルが向かった先。きりっとしたハスキー犬に紛れて、どう見ても柴なわんこが尻尾を振っていた。
(「……めっちゃこっち見てるし」)
「ニホンゴ・デキマス」
(「喋った」)
 ああ、現地のわんこ達が「連れて帰って」と言いたげな目でルルを見ている。
「チップ・クダサイ」
「ってチロちゃんだよね、何やってんの!?」
 友人を引っ張って事情を聞くと、新たなビジネスプランを模索している最中なのだそう。
「……と、先人に弟子入り志願したのじゃよ」
 もっふもっふと頷くチロだったが、炬燵の温かさを知った今、雪原を走るのは無理ゲーに近い。ついでに地元では、公道を走ったら普通に逮捕だ。
「え? 無理なの? ……ぐぎぎ」
 あいつら何の恨みが有るんだよ、と歯を鳴らしているところを見るに、過去にも何かあったらしい――それでも滅多にない機会なので、お試しでソリを曳いて貰うことにする。
「ルル、地球の鼓動を聞いて、ケルベロスの力に目覚めたんだよね……」
 しゃんしゃんしゃん。ソリに飾られたベルが澄んだ音色を奏でる中、オーロラに照らされたチロの尾が炎のように揺れていた。
「多分、今、その時と同じ鼓動が聞こえている気がするんだよ」
「そうだね、今なら少し、分かるかも……」

 ガラスの向こうは、すごく寒かったけれど。ふかふかに着込んで一歩を踏み出せば、真新しい雪原に点々とふたり分の足跡が続いていく。
(「……弥鳥の隣なら暖かい、かな」)
 さり気なく彼が風除けになってくれたことに、白空が気づくよりも先にオーロラが広がった。きらきら、きらきら――まるで音符が踊るように、空は刻々と色合いを変えていく。
「すごく、きれい」
 空のカーテンなのだと教えて貰ったが、それは白空にとっての弥鳥みたいに眩しく見えた。初めて見る光景に目を奪われて、だけど弥鳥も初めてなのだと教えてくれて。
「弥鳥、も?」
「俺も未体験の物事は、まだ沢山あるんだよ」
 ――はじめてが一緒なのは、ちょっと嬉しい。だけどなんでなのかは分からないから、内緒のままぎゅっと手を握る。
「そうだな……俺が、白と過ごす日々もオーロラみたいな煌めきなのかも」
 きらきらして見えると言ってくれた白空の言葉が、やっぱり嬉しくて弥鳥も笑う。それを言うなら、自分だって彼女といる時はほっと一息つけるのだけど――何だか情けない気もして、彼の方も内緒にする。
(「これからも、楽しく幸せに」)
 知らないことがまだ多すぎて、白空には気持ちを上手く言葉にできないけど。きっと、幸せって――こんなことをいうのだと思う。

●永遠の誓い
 北欧は故郷なのだと言うロゼと共に、教会で愛を誓う者たちを祝福するのは季由。
(「叶うなら、俺だって」)
 あんな風に、とは願うが、叶わないと分かっているから、それは胸に秘めたまま。
「……結婚って、新しい船出と等しいのね」
「ロゼは地球に残るんだろう?」
 門出を祝う讃美歌に、七彩の声を想い描きながら季由が問う。星の舟にのって世界を語り綴る――そんな物語を、彼女は歌っていた。
「本当は宇宙に行きたかった? ……行きたいなら、俺は」
 ――着いていく。ずっと君の傍にいたいから、と。そっと季由の口にした告白に、ロゼが応える。
「私も、考えたの」
 未知の世界に行って、新たな物語を歌うこと。自分の歌が、誰かの彩の欠片になれば――なんてことを。
「でも、私が歌っていられるのは……大好きな人達がそばに居てくれるから」
 だからこれからも、自分が生まれたこの星で。愛する皆の為に、物語を歌い綴って咲かせていく。
「ロゼらしいな。じゃあ、今だけは独り占めしていい?」
 冗談のつもりで言った筈が、頬を赤くしたロゼはこくんと季由に頷いた。
「……じゃあ側にいて下さい。今だけと言わず、ずっと」
 物語はまだ未完成なのだ。最後まで寄り添って、共に歌い奏でていこう。
「俺は、ロゼを愛してるんだ――」

 結婚式を体験する為、ペルが同行を頼んだのは竜人。半ば強制的だったが、彼女のわがままは今に始まった話ではない――そんな訳で礼装に着替えたふたりは、花びら舞うヴァージンロードを歩く。
「どうだ、我は綺麗か?」
「へいへい、お綺麗ですよお姫サマ」
 無茶振りへの文句を言いつつも、ちゃんとペルのお願いを叶えるべく、お姫様抱っこもしたりして。
「さて……褒美の一つくらい、くれてやらねばな」
 ふわりと揺れるドレスの向こう、「目を瞑れ」と不遜な声が聞こえてきたと思ったら、竜人の頬にそっと口づけが落とされた。
「十年早ぇんだよなあ、このマセガキが」
「……ふん、子供の戯れとでも思っておけ」
 少しばかり驚いた顔を見せる竜人に、ククと笑ったペルは、「此方が良かったか」と唇を指さして目を細める。
「ふ、冗談さ」
「ほら、オーロラ見に行くなら、ちゃんと防寒着着込んでいけよ」
 己の手を引くペルには逆らわず、風邪をひかないようにとだけ釘を刺しておく。
「……しかしそういうの、どこで仕入れてくるんだか」
 懐かれていることは喜ぶべきだが。この気持ちは兄貴分と言うより、親心か――そんなことを思う竜人だった。

 お伽噺に出てくるような教会で、このかと咲耶が式に臨む。
「ドレスのこのか、すっごく綺麗だな」
「ややちゃん、すごく眩しい。シリウスみたいだよ……」
 オーロラの女神のよう――と胸がいっぱいになる咲耶の隣で、このかも同じように彼女に見惚れていた。
「健やかなる時も病める時も――」
 誓いの言葉が響くなか、「死がふたりを分かつまで」と言ったところで咲耶がかぶりを振る。
「……ううん、きっと死にわかたれてもずっと、永遠に」
 このかに、誠実で唯一で真実の愛を誓います――強気な唇が紡いだまっすぐな言葉に、このかの柔らかな瞳に涙が滲んだ。
「はい、誓います。天国でも地獄でも、その先でも……ずーっと、ややちゃんを愛しています」
 ――あなたは、わたしに空をくれたひと。天使でいられるのも、奏でられるのも、あなたがいるから。
「愛したい、愛してる……」
「これからもずっと、あたしの隣で生きてください」
 片翼のように、翔ぶ時も堕ちる時もずっと一緒。指輪を交換してヴェールに手をかければ、重なる唇がぬくもりを分け合った。
 どうしよう、震えが止まらない。今、たまらなく幸せで――幸せすぎて怖い。一雫の涙が落ちて、ここから新しい人生が始まる。でも、きっと。
「2人なら、大丈夫だよ」

 夜空に揺らめくオーロラは、恋人たちに幸せを運んできてくれるのだと言う。
「どうでしょうか? 晴れ姿、似合っていますでしょうか?」
「とても綺麗です……良く似合っています」
 白のドレスに身を包んだ麻亜弥と向き合って、シルフォードの指先が彼女の髪を撫でる。ホタテの髪飾りは彼女の宝物で、深い海のような髪も相まって人魚のよう。
「シルフォードさんの姿も、とてもカッコ良くて似合っていますよ」
「ん……ありがとうございます」
 黒のタキシード姿は慣れないものの、麻亜弥の隣に立つのならば、と胸を張る。そうして彼女のエスコートをする間、シルフォードの尻尾は嬉しそうに揺れていた。
「まーやさんのお陰で、どれだけ救われたことか……ありがとうございます」
「いえ、シルフォードさんのお陰で、私も今まで楽しい生活が出来たのですから」
 誓いの言葉を交わし、指輪を交換する。今までのことが思い出されて、どちらからともなく笑みが零れた。
「私達は、永遠の愛を誓います」
「……誓います。まーやさん、愛しています」
 ――少しでもクリスマスの魔力になるよう、旅路を祝福するように、ふたりは愛を囁いたのだった。

 選んだのは、ガラス・イグルーでの小さな結婚式。牧師さんの立ち合いの元、共にウェディングドレスを纏ったミチェーリとフローネが愛を誓う。
「ヤ、リュブリュー、ティビャ」
「……тебя」
 誓いの言葉はミチェーリの母国語で。楚々としたフローネの呟きに比べ、彼女の声は涼しげであったが、熱い想いが宿っていた。
「貴女を愛し、敬い、慈しむ事を誓います」
「病める時も健やかなる時も……貴女に変わらぬ愛を誓いましょう、フローネ」
 頭上に広がるオーロラは、青氷壁から紫水晶へ色合いを変えていく。その輝きに導かれるようにして、お互いの薬指に指輪を嵌めた。
 ――真剣なフローネの表情が、嬉しくて愛おしい。ヴェールに手をかけたミチェーリに向かって、顏を上げた彼女が口づけを交わすと、ふたりは静かにガラスの向こうの景色を眺める。
「ほら、ミチェーリ、すごい景色……」
「ええ、この夜空の輝きを、私は一生忘れません」
 オーロラと、雪と、こんな素敵な場所で式を挙げられるなんて、と――嬉しさにこぼれる涙を、フローネは拭うことはしなかった。
「……これから先もふたりで、もっともっと幸せになりましょうね」
 その肩を抱くミチェーリの目も、いつしか潤んでいて。この喜びが旅立つ仲間の力になるよう、共に祈る。
「うん、もっともっと、ふたりで」

●いつかの約束
 全てが終われば、ケルベロスとして戦った日々も過去のものになっていく。あたたかなイグルーで夜を過ごす姉弟は、これから別々の道を歩んでいくのだ。
「本当はソリが良いかな、と思ったけど。オリーヴィア姉様の体調とか気になって……」
「ふふ、ヴァーくんは相変わらず優しいね」
 目指す目標も見つけたからと、ヴァイスハイトはドイツの実家へ帰り――姉のオリーヴィアは世界各地へ公演に駆け回る、忙しい日々を送ることになる。
「寂しいけど、でも決めた事だから、後悔しない様に頑張るよ」
 久しぶりの再会なのに、明日にはもう別れてしまう。だけど、ゆったりとオーロラを見上げるヴァイスハイトは、こうしていられるのも沢山の力を貰ったからだと大人びた表情を見せた。
「そうね。……わたくしも、一緒にいられた時間が楽しかったわ」
 ――エーレンフリート家に拾われて、気がつけば家族に迎えられて。小さかったヴァイスハイトも、突然やって来たオリーヴィアのことを、当たり前のように受け入れてくれた。
「姉様、何処に居ても、姉様は姉様。ずっと一緒に育った家族だよ」
「え、ええ! わたくしは、ずっとヴァーくんの姉よ」
 年に何度かは、会いに帰るから。もしそれが叶わなくても、世界の何処かでまた会える。
「……家族なんだからね!」

 ガラス・イグルーに持ち込むのは、ほかほかグロッギと二人ではもて余す位のケーキ――そしてにゃんこ。気ままにケーキをつっつきごろごろするサイガの隣で、にゃんこ達も幸せそうに寝転んでいる。
「オーロラ眺めてとか、今まで一番に贅沢じゃね」
 キソラが見上げるガラスのドームでは、青く広がる光の帯が彼らを祝福するかのように揺らめいていた。
「……旅立ちの空にゃ上出来すぎるな」
「おーおー、地球の青空サマからもお見送りってか?」
 ――青空のようであり、未知の色でもあり。カメラを持って追いかけ回した絶景も、一先ず見納めだろうか。
「オメーももふっとけよ、今日でねこ収めかもしらんぞ」
「猫? オレはでっかいの堪能するんで~」
 サイガの抱え上げたにゃんこが、縦にびろーんと伸びていくのを微笑ましく見つめながら、キソラが伸ばしたのは彼の手だった。
「ケド、地球にいる内に、しときたいコトならあるンだった」
 お? と怪訝そうな顔をするサイガの薬指――青空色のラインが綺麗な、黒の無骨な指輪が輝いている。
「おう……これ、おまえ」
「何に誓うでも無ぇが――多分この星ならではだろ」
 因みに赤色はオレのな、とキソラが揃いの指輪を翳してみれば、いつしかふたり一緒に笑っていた。
「オーロラってさ、宇宙からも見れるンだとさ。……見れるとイイな、一緒に」
「見れるだろ。なんたって長い旅だからな」

 オーロラを一緒に見上げながら、夜空の話をする。それも今日が最後で、ふたりは別々の道を歩むと決めたのだった。
「ドリームイーター達のこと、よろしくね」
「……はい、任せて欲しいのです」
 マヒナは地球に残り、ミライは外宇宙に旅立つ。コギトエルゴスムを回収し、彼らが今度こそ安心して暮らせる故郷を見つけにいくのだ。
「本当はワタシがやりたかったけど……託せるの、ミライだけだから」
 彼らの願いも元々は、滅びゆく星に救いの手を差し伸べることだった。しかしマヒナには、故郷を離れられない理由があったのだ。
「……知ってたのです。一番苦しいのは、きっとマヒナさんだって」
 ――だけどこの旅は、奇跡と軌跡への挑戦だから。夢を夢で終わらせないのだと、凛と顔を上げたミライに向けて、マヒナは青いバラのレイを贈る。
「花言葉は、『夢かなう』『奇跡』――」
「……いつか必ず、帰ってくるのです」
 彼女の夢が叶って、奇跡みたいにまた会えますようにと願いを込めて。ハグしていいかな、と呟いたマヒナの肩を、ミライも優しく抱き返した。
「だって、何度でも起こるから、奇跡っていうのですよ……!」
「きっとまた会おうね、約束だよ」
 この広い、広い宇宙で、あなたに出会えた奇跡に。また会おうねと、約束してくれたあなたに。
(「溢れる涙が、見えないように強く、強く」)
 ――とびっきりのありがとうを籠めて、抱きしめる。

●軌跡
「おー、久しぶりー!」
「不慣れで、ご迷惑を掛けてしまうかもしれませんが……」
 犬ぞりを体験することにしたリコリスの元に、ぶんぶん手を振ってヴェヒターがやって来る。どうやらリコリスをエスコートするべく練習していたそうで、彼の元気な掛け声と共にわんこ達が走り出した。
「っと、何とか行けそうだな……寒くないか?」
「はい、……その、直接お会い出来て良かったです」
 サンタ気分で雪原を駆け抜けていけば、頭上に浮かぶオーロラが虹のように揺らめいていた。
 穏やかに交わす会話は、今までの思い出話から最近あったことまで色々と――そうして外宇宙へ旅立つマキナクロスの話になった時、意を決した様子でリコリスが切り出した。
「……私は、このまま地球に残る事にしたのです」
「そっか、じゃあ一緒だな」
 ――彼はどうするのかと気になっていたが、残ると知ったらやはり安堵して本心が零れる。
「……良かった」
 そんなリコリスの呟きが聞こえたのか、ヴェヒターの尻尾がぴくんと揺れる。少し照れているらしい。
「あの。時々、お手紙を送ったり、会いに来てもよろしいですか」
「勿論、しばらく平和で暇してると思うし!」
 ご迷惑でなければ、とあくまで控えめな態度のリコリスだったが、彼のことをもっと知りたいと思うのは嘘では無い。
(「この感情が何なのか、薄々気付いていた」)
 彼女の抱える過去は、今も重く横たわっている。負担になる事は望まない――だけどどうか、彼が生きて幸福に。
(「……それだけで、私は充分です」)

 オーロラもとても綺麗だけど、今日オーキッドが此処にやって来たのは、久しぶりに友達と過ごす為。
「エリ、オット……! キッドだよ!」
「わぁ……元気だった?」
 分かる? と首を傾げたオーキッドを、眩しそうに見つめるエリオットは、立派に成長した彼の姿に驚きを隠せない様子だった。
「ふふ、なるとも一緒なんだね」
 立派になった竜の翼を広げ、「ふふり」と笑う彼の頭には、ウイングキャットのなるとが乗っかって得意げにポーズを決めている。
「明日は出航だけど、エリオットは行っちゃうの?」
「ううん、僕はお見送り」
「! そっか、えへへ」
 ふわふわ白い息を吐き出しながら、まず訊ねたのはこれからのこと。地球に残ると言ったエリオットに頷きながら、オーキッドも同じだと天を仰ぐ。
「……だってね、大好きなお父さんとお母さんに、近くにいていっぱい恩返ししたいから」
 浮かべる笑顔は、少しだけ大人びて――だけどエリオットのよく知る、無邪気な笑顔だ。これからも一緒に遊べるねと手を引いて、わんこ達のいる方に走っていけば、なるとも羽ばたいて後に続く。
「ねえ、エリオット。一緒にソリ、乗りたい!」
 ――こうして、君との想い出をまたひとつ重ねていこう。
「うん、じゃあ行こう!」

 あたたかな丸いドームのひとつひとつに、誰かと誰かの絆が宿っている。ヨウルプーロをひと匙すくったオペレッタが甘いグロッギで一息つくと、可愛らしい包みに目がいった。
 ――オペレッタさんへ。カードに添えられた上品なメッセージは、ベルギーから届けられたもの。
(「……叶うなら」)
 ふたたび食したいと思っていたチョコレイトは、彼女がケルベロスとして戦い始めた頃、仲間たちと守った老婦人のパーティで見たものだ。
「おいしい、です」
 そんな風にかたちにした想いを、彼女は覚えていた。舌に溶ける仄かな甘さと、微かな苦さ。オーロラの揺らめきに合わせてふわりステップを踏めば、まだ見ぬ景色にココロが震えた。
(「何処へいくのかも。その先も、未確定で」)
 だけど――旅立つ母星を見送るとオペレッタが決めたのは、芽生えた夢をかなえたいと思ったから。
(「世界を廻り、旅路の果てに」)
 目指す異国の街は、青と白。ゆら、ゆらと煌めくオーロラにその色を見出しながら、ひとりきりで彼女は踊る。
 揺らめいて、彩りを変え。不確かでいて、曖昧な。それは、まるで――、
「この『ココロ』のようだと、『これ』はおもいます」

 ――白い雪を踏みしめて、たなびく息も同じく白い。
 黄昏の砂国から遥々流れて、イェロの往く先に待つのは虹の袂。
「こうして、ホントにオーロラが見られるようになるとはね」
 世界の裏側の話かと思っていたら、この目に映る星空は、今にも落ちてきそうで溜息が漏れた。
「すげー……綺麗だ」
 夜が過ぎれば、彼は宇宙を越えて次の旅路へと向かう。白縹の故郷に、ダモクレスであった宿敵の故郷も大変気になるところだ。
(「違った景色もまだまだ見たいし、見せたい」)
 胸に宿った炎がないたのは、亡くした心の音を思い出したからか。いとしいきみ――早鐘のように響く鼓動は、いつかの恋のときめきを思い起こさせた。
 ――いろんな人達に出会って、助けられた。どれもこれも大切で、好きだった。
(「それこそ、俺の手には余っちまうくらいに」)
 この星の景色も取り納めだろう。その道行の幸いを願うように、手を振るイェロが別れを告げる。

「……それじゃ、行こっか」

作者:柚烏 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2021年12月24日
難度:易しい
参加:36人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 4/キャラが大事にされていた 1
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