外宇宙への出航~何でもないクリスマス

作者:絲上ゆいこ

●クリスマスの魔力
 ぴかぴかと飾り付けられた大きなツリー。
 いつもの商店街のお店や、普段は通らないあの道、もしかすると近所の家だって。
 イルミネーションできれいに飾り付けられ、冬だと言うのになんだか暖かく感じられる時期、クリスマス。
 ケルベロスたちが――地球に住む人々が、ケルベロス・ウォーに勝利して半年。
 ダモクレス本星のマキナクロスで整えられていたケルベロスたちの居住区と、新型ピラーの開発も遂に完成した。
 それは宇宙に異常をもたらすデウスエクスのコギトエルゴスム化の撤廃を目指して、新型ピラーをデウスエクスたちの住む惑星に広めに行くが為に。希望をしたケルベロスと、降伏したデウスエクスたちが外宇宙へと向かう、途方も無い旅の準備が整ったと言う事である。
 ――そして。
 マキナクロスの外宇宙への出航に必要な膨大なエネルギーは、季節の魔法『クリスマスの魔力』を使用する。このクリスマスの魔力の多寡によって、マキナクロスの速度は光速を超える移動すら可能となるのだ。

●メリーメリー、クリスマス!
 ひとたびマキナクロスが外宇宙へと旅立てば、旅立った者たちとはもう二度と会う事ができなくなるかもしれない。
 そのために彼らの無事を祈り、クリスマスの魔力を最大限まで高める事で、宇宙の隅々まで探索できるように。世界各地で国を挙げての壮行会も兼ねたクリスマスイベントが、盛大にとり行われる事となったのであった。
 とは言え。
 中には、そのような派手なイベントが苦手な者たちも居るであろう。
 しかし。そのような者たちにだって、クリスマスを楽しむ気持ちは確かにあるものだ。
 外宇宙へと向かう者たちにとっては、地球で過ごす最後の時間になるかもしれない。
 地球へ残る者にとっては、いつもよりちょっと特別なだけのクリスマスになるかもしれない。
 クリスマスの魔力を高める為には、クリスマスを楽しむ事が肝要だ。
 仲間や、家族や、一人で。
 自宅でかもしれないし、職場でかもしれない。
 それとも、小さなパーティ会場を借りたのかもしれない。
 お買い物途中かもしれないし、料理を作っている途中かもしれない。
 何れにせよ。
 あなた達は大きなパーティ会場では無く、静かにクリスマスを楽しむ事にしたのだろう。
 クリスマスの魔力を充填したマキナクロスは、光速を超える事が予測されている。
 万能戦艦ケルベロスブレイドで月軌道まで見送りに行く事も出来るが、ひとたび出発をすれば観測もする事も出来なくなる。
「……宇宙への旅立ちってとっても素敵なのに、旅立つ人とはもう二度と会えなくなるかもしれないのは、少しだけ寂しいわよね」
 だからこそ、――後悔だけは無いように。
 天目・なつみ(ドラゴニアンのガジェッティア・en0271)は、どこか名残惜しげに瞳を細めた。


■リプレイ


 二人で起きて二人で朝食を食べる、いつもの家のいつもの朝。それでも今日は特別な朝。
「だめだよルディ、タヴィ」
 黒と白の猫が競う様にモールを引き、飾りを転がして追って行く。
「こらー! 俺も混ぜろ!」
 ずっと我慢していたシズネは、思わず猫と一緒にモールとじゃれあい。
「あっ、待ってシズネ」
 手にしていたモールを引かれたものだからラウルも引っ張られて、思わず床に座り込み。
 シズネの頭を登るタヴィと目が合った。
「あっ、ラウルすまん!」
「羨ま……、だ、大丈夫だよ」
 猫も彼も可愛くて癒やされるけれど今はダメだ、こんな調子で本当に間に合うのかな。
 だって猫はもう、別の獲物を狙っている。
「サンタさん!」
「こらー! ぱんちするな! オレの方が飛ばせるし!」
 そんな戯れは猫達が飽きるまで続いたけれど、その頃にはツリーだって立派に輝いていた。
「星はシズネが飾ってね?」
「おう! オレ達だけのいちばん星だな」
 君と過ごす大切な夜の特別な彩りがぴかぴか瞬く。

「お肉は多めが良いよね」
 パックとにらめっこする有理に、冬真は笑みを。
「そうだね、沢山あった方がいいかもね」
 今夜は特別な夜だから、いつもの様に二人並んでお買い物。
「腕によりをかけるよ」
「楽しみだ」
 カートを引く冬真は、子連れの親子を何となく目で追い。
「来年は新しい家族が増えているのかな」
 無意識に零れた言葉に気づくと、かっと頬が熱くなった。
「……来年の今頃はきっと、もっと幸せだね」
 そんな彼の言葉が嬉しくて、幸せで。有理の頬も朱色に染まる。
「……うん、楽しみだね」
 その言葉が嬉しくて、心地よくて。冬真は眦を和らげて頷いた。
「がお」
 そこへ戻ってきたのはお菓子入りのブーツを持ったリムだ。
「ああ、リム……」
 ねだる箱竜の瞳はきらきらで、つい甘やかしたくなってしまう。
「じゃあ家族皆の分も、持ってきてくれる?」
「がお!」
「ふふ、クリスマスだものね」
 自然に手を繋いだ二人は愛おしい温もりに笑みを交わして――こんな幸せをどうかこれからも。

「せんせ!」
「おっ! 上手に出来たなぁ。何処に飾りたい?」
 パトリックはしゃがんで担当する園児と目線を合わせ、星飾りを受け取る。
 ここは彼の勤務先の保育園。
「上のほう~!」
 園児達とクリスマスツリーを彩る彼は――マキナクロスの事を考えない様に笑う。
 旅立つ仲間との別れは惜しく寂しいけれど、今は目前の子達の幸せを。
 復興だって全て終えた訳では無いのだ。
 仲間が帰ってくる時までに素晴らしい世界にしなくては、な。

 控えめなノックにあかりが振り返ると、そこには陣内が立っていた。
「そろそろ休憩にしようぜ」
「うん」
 あかりが用意するいつもの珈琲の香りの向こう側、クロッキー帳の上で陣内の筆が舞っている。彼の個展まで後少し、栄養補給にとエポワスも添えて。
「タマちゃん、何を描いてるの?」
「……ん」
 覗き込めば、木香薔薇の溢れる背景に白いドレスのあかりの姿。
「どんなドレスが似合うかなって」
 その色彩にあかりの胸裏は優しく暖まる。
 仕事の息抜きに良く描くんだ、なんて。
「高校を卒業したら――気が早いと思うかい?」
「いま僕、世界で一番幸せな花嫁の顔をしてると思う」
 陣内の言葉にあかりは眦を和らげて笑う。
「……これでも長い事待ったつもりだよ」
 あかりは彼の横に腰掛けて。
「ねえ、僕の隣が寂しいな」
「じゃあ、あかりが描いてくれよ」
 猫さんと愛しい旦那さまと並ぼう。
「『本番』が今から待ち遠しいよ」
「『初めての共同作業』位はフライングしてもいいだろ?」
 エポワスを君に。

「変わらないわね」
 ピアノすら十年以上前から変わらぬ病院。
 光咲は入院中にも良く弾いていたピアノに近寄ると、指に良く馴染む鍵盤を弾く。
 地獄と化した翼は、未だに母と故郷の事を思い出させるけれど。
 今なら光咲にも解る気がした。
 喪失を乗り越えて目覚めた炎が、戦いを終えた今もなお燃え続ける理由を。
 そのままクリスマスソングの演奏を終えると、患者達が耳を傾けている。
 光咲は柔く笑み、次の曲を弾く。この曲があなたの心を癒やしますように、なんて。

 夜色に響く賛美歌に、ふと月音は教会の前で足を止めた。
 ――クリスマスは嫌い。
 教会も、賛美歌も、神様も、信じていたって救ってくれなかった。
 だからデウスエクスに復讐してやろうと思っていた、それなのに。
「ふふ」
 それも全て終わってしまった、自らが空っぽだと気づいてしまった。
「……でも、そうね」
 空っぽなら、また何かを注げば良いと思えた。
 自然に鼻歌は、賛美歌を紡ぎだす。
 ――手始めにケーキにチキン。
 後はワインでも買って陳腐なクリスマスから、始めましょうか。

「準備が済んだな」
 郊外に立つ龍次と獅晏の家。ツリーもご馳走も出揃った。
「まだ実感がわかないけれど、平和になったんだよなぁ」
「そうだね、そう思うと今年のクリスマスはいつもと同じようで特別かも」
 獅晏からすれば、蒼志と始めて一緒にクリスマスの準備をしているのだから尚更だ。
 蒼志の前のご馳走を見遣って。
「あれ?」
「……少なくないかな?」
 龍次と獅晏は、その量に首を傾いだ。
「……実は母さんと過ごすつもりでな」
 黙っていてすまん、と。蒼志は二人に小さく頭を下げる。
「楽しそうに準備していたから、つい言いうのが遅れてな」
 龍次は父の言葉に視線を落とし。
「そっかぁ、でも母さんが一人になっちゃうのは寂しいよな」
「それに、二人の幸せな時間に割り込むほど無粋ではないさ」
 そして蒼志は目配せを一つ。
「獅晏くん、息子をよろしく。二人共幸せにな」
「……そうでしたか、お義母さんにもよろしくお伝え下さい」
「うん、いっぱい幸せになるよ」
 獅晏が頭を下げると、龍次は少し照れながらも頷き父を見送って。
 改めて準備を終えたご馳走の前で、獅晏は首を傾いだ。
「ねえ、龍次。今日は久しぶりに乾杯しない?」
「うん? いいよ、――酔っちゃうかもしれないけど」
「構わないさ」
 酔っても介抱してあげる。なんたって、今日は二人きり。
「なんだか出会った頃のようだね」
「懐かしいな」
 父さんが帰ってよかったかも――甘えてる所を見られずに済むし。
 龍次はコップを手に、少しだけ笑った。

「まるく、今日は猫缶もありだよー!」
 こたつの上にはご馳走が一杯。まるくが翼を揺らして、ご相伴に預かるべくつむりに寄ってくる。
 スマホでネット上の催しを眺めながら、ケーキを摘み。
「あ! クリスマスを楽しむ猫動画! まるく~、ぬくぬくー!」
 可愛い動画の勢いでまるくを猫吸いしようとして、逃げられた。
「駄目? そんなー」
 こんな時間が大切だから――つむりは悩んだけれども、地球に残る事にしたのだ。
 ちゃんとお見送りも、後で行くからね!

 二人が出会った、始まりの場所。始まりの森。
 イサギと瑪璃瑠は手を繋いで、ほの青い月を見上げていた。
 思い返すは、初めて世界が美しいと感じた日の事。
「メリー、あの夜のようだね」
 イサギの言葉に、瑪璃瑠は頷く。
 あの日、わたしは月よりも美しいヒトを目にした。
 ――初めて得た感情にわたしは砕け、ボク達が生まれて兄様の妹になった。
 ボク達はあの時の兄様のように、誰かを救えるお医者さんになりたいんだよ。
 そうだね、旅のお医者さんも素敵だね。
「ねえ、兄様」
 月よりも美しい貴方と出逢った。幾つもの美しいものを見た。月が暗夜の宝石だと知った。
 これはわたしが抱いたものとは違う想い。
「なんだい、瑪璃瑠」
「月が綺麗なんだよ」
 それでも――この絆は愛にだって負けない。
「月が綺麗だね」
 恋とも愛とも違う想いに、イサギは眦を下げて頷いた。
 君と見て行く世界は美しくて広かった、世界は変わってしまった。
 ――こんなにも故郷が美しいのは、君と出会えたからだね。

 苺のケーキにコンビニのチキン、それより何より。
「メインディッシュと言えば、酒!」
 様々な酒を前に市松はこたつの中で上機嫌。
「随分と奮発したな」
「まあいつもと一緒だけどよ」
 ヒコがこたつに足を押し込むと、へらっと笑った市松が手酌する。
「ん……、中々に美味いな」
「おーう、コンビニのチキンも侮れねぇだろい」
 洒落込んでワインなんか合わせれば、大体海外のパーティみたいなものだろう。
「俺にもワイン……折角だしそっちのシャンパンも開けねぇ?」
 ヒコは肉を齧りつつ、グラスを差し出し。
「どーれ、開けちまうかあ」
 市松は大きな音を立てて開いた瓶を、グラスに傾ける。
「一年なんかあっと言う間に終わっちまうなあ」
「実感湧かねえな」
「来年も変わらず、餅食ってみかん食ってお前さんと過ごしてぇもんだなあ」
「食うばっかじゃねえか」
 彼らしい計画にヒコは笑って。
「……お前が望む限り、傍に居座ってやるよ」
「んじゃ、改めて乾杯しようぜ」
 ――まずは目の前の飯と、日常に乾杯。

「今年もお疲れ様でした!」
 ミレッタがグラスを掲げると雨祈も倣うよう、クリスマスソングの流れるバルは酔客達で賑々しい。
「今年は特にがんばったわよね、なんせ地球救ったし」
「そか、そう言えばそうだね」
 雨祈としては目前の敵に精一杯で、実感なんて余り無いのだけれども。
「無事にこうして酒が飲めて良かったねー」
「地球のお酒を救ったわね」
「重要だね」
 今年もこうして無事に一緒にお酒を飲めている。
 顔を見合わせた二人は笑い、タパスを摘まむ。
「ウイスキーも味がきゅっとしてるし、ご飯も美味しい……良いバルねえ」
 ミレッタは耳を倒して幸せスマイル。
「飲み比べって感じで、店長イチオシウイスキーとかも頼んじゃおうか?」
「そうね。あ、でもそれなら食べる方もガツンと行こうかしら」
「イイね、頼もう」
 今日集まったのだって、お酒の口実。
 聖夜だって、忘年会だって、楽しく一緒に飲めればそれで良い。
 来年もよろしく、なんて二人は再びグラスを掲げあった。

 沢山二人で出かけて来た。家に行く事だってもう慣れている筈なのに……あれ、こうして家で二人きりは初めて?
 アンセルムの横に腰掛けた環は妙な緊張感、そりゃお付き合いを始めた訳ですけど。
「……」
 環は思い切って彼の肩にもたれ掛かり。刹那、尾先が揺れた。
 ……すごい幸せかも。
 もう少し、と収まりの良い場所を求めて更に頭をすり寄せ。
「環」
「は、はひっ」
 そこに掛けられた声に環は肩を跳ねた。
「嫌じゃないなら、もう少し傍に寄ってもいい? ……抱き締めたいと言えばいいのかな」
「抱きしめ……っ!? 動物変身無しで!?」
 次いだ彼の言葉に軽い混乱。
「嫌じゃないですけども、あの、顔面と心臓が大惨事で」
「お互い様だよ、その先に行く度胸も無いけれど……」
 困った様に彼は笑い。
「できたら、満足するまで」
「……満足するまで、いっぱいぎゅっとしてください……」
 そんな環の言葉に、アンセルムはきゅっと胸が締め付けられる。
 ――朝まで離せないかも、なんて。

 奏とリーズレットの自宅、一階の喫茶店。
 ローストチキンにビーフシチュー、ショコラケーキ。
 机の上に並んだご馳走は、リーズレットのお手製だ。
「お、リズ張り切ってるね、美味しそうな香りが漂ってるよ」
 箱竜達とツリーを飾っていた奏は、嬉しそうに笑って。
「樅木とか常緑樹に飾り付けするのは、永遠の命を祝うにも因んでるらしいよ」
「へえ、飾り付けってそんな意味があったんだ」
 一通り準備を終えたリーズレットは、そのまま奏の膝の上へとちょこんと納まり。
 彼は悪戯げに笑って、モールやリボンで彼女を飾りはじめた。
「メリークリスマス」
 そしてリーズレットの膝の上にプレゼントを差し出すと、彼女は眦を下げてはにかんで。
「ん――愛してるぞ」
 きっと、もっと、ずっと。
 奏の頬に口づけを落としてから、プレゼントを渡す。
「メリークリスマス、奏っ♪」
「……負けないくらい愛してるよ、奥さん♪」
 とびきりの笑顔を浮かべる嫁を、奏はぎゅっと抱きしめ直した。

 買ったばかりの長方形をした6人用の炬燵の上で、くつくつと寄せ鍋が煮えている。
 戦いを終えて平和になった世界で、初めてのクリスマス。
 去年のように出かけても良かったのだけれども、那岐と沙耶のお腹には新しい命が宿っているそうで。
 お嫁さんたちの大事を取って、今日は家で家族パーティにする事に決めたのであった。
「今まで色々あったね」
「去年はこんなゆっくり過ごすなんて、考えたこともなかったな」
 十六夜の言葉に、瑠璃は感慨深そうに鍋を突きながら頷いて。
 それは戦いを終えただけでは無い、自分たちの境遇の変化も勿論含まれた言葉だ。
「縁が巡りあって4人で祝えてうれしいよ」
「今まで色々ありましたから、本当に今日は4人で過ごせて幸せです」
「私の境遇からして、こんな風にゆっくり過ごせるなんて夢のようですね」
 幸せそうに笑った那岐に沙耶も同意を重ねると、那岐は家族皆の顔を見やって。
「あっ。来年は6人で、ですね?」
 十六夜は那岐に身体を寄せて、大きく頷く。
「うん。増える家族と共に皆で、笑顔溢れる日々を過ごしたいね♪」
 姉夫婦が睦まじくするものだから、瑠璃も沙耶へとくっついて。
「そうだね、これからも一杯幸せを作っていこうね、……増える家族も一緒に」
「はい、これからも幸せに過ごしていきましょう」
 そんな瑠璃に鍋の具をよそいながら、沙耶も甘やかに眦を下げた。
「家族一緒に、未来に向かって歩んでいきましょう」
 那岐はお腹を柔く撫でてから、未だ見ぬ家族を歓迎するかのようにくすくすと笑った。
 きっと数年後には、この炬燵は満員になっている事だろうから。
 ――もしかするともっと大きな炬燵が必要になっているかもしれない。

 月代家の食卓の上に、ご馳走が立ち並んでいる。
「……明日は二人で出かけてきては?」
 瑛士からすれば、兄妹で過ごすクリスマスにお邪魔している形だと感じていた。
 しかし泰臣からすれば逆で、恋人同士を邪魔をしている様に思ったのだろう。
「……明日はお出かけするので」
「なるほど」
 元々出かける予定を隠そうと思っていた訳でも無い。
 しかし泰臣の相槌に思わず即答してしまった瑛士と詩織は、気恥ずかしさから頬が熱くなるのを感じた。
 家族で過ごせるクリスマスは大切な時間だ。詩織を家族から引き剥がしてまで、独占したいと瑛士は考えていない。それでも彼女の兄にデートをしますと宣言するのは照れてしまう事。
「あの、差し入れが」
 誤魔化すように瑛士は手土産のワインとチーズの詰め合わせの包みを差し出し。
「ありがとうございます」
「あ、とても美味しそうですね」
 受け取った泰臣が早速取り出すと、詩織も中身を覗き込んだ。
「軽めのを選んだけれど、どうかな」
「なら、食前酒に頂きましょうか」
「良いですね、瑛士さんありがとうございます」
 泰臣が栓を抜くと、詩織が早速グラスを並べ出し。
 ふと、いつか彼に兄と呼ばれる事も在るのだろう、なんて。
 考えた泰臣は、違和感が凄そうだと頭を振った。
「ケーキは私が用意したのですよ」
 まだ秘密ですけれどプレゼントだって。
 詩織が微笑むと、瑛士も仄かに笑んで。
「楽しみだな」
 穏やかで優しい聖夜に、内心感謝をするのだった。

 食器のあしらわれた狼のエンブレムの看板。
 武装飲食ギルド・ベオウルフの店内はすっかり飾り付けられ。ミリムとルーシィド、そしてリリエッタもパーティの準備にてんてこまい。
 この店で行うパーティは今日で最後。だから腕によりをかけて、ご馳走にあまーいお菓子の用意を!
 クリスマス仕様に仕上がった店内。
 ミリムはもこもこトナカイきぐるみに着替えたルーシィドとリリエッタと顔を見合わせると、皆の喜ぶ顔が楽しみだと、満足げに笑った。
「いらっしゃいませ!」「メリークリスマス♪」
「さぁ食べて飲んで思いっきり味わいましょ!」
 そうして仲間達が集いミリムが始まりを告げれば、パーティの始まりだ!
「うわーっ、ご馳走だね」
「ミリ姉さまの手料理は、どれもおいしそうですね」
 おそろいのサンタ姿のエマと瑠璃音が手をあわせて微笑み、クラッカーをぱんと鳴らす。
 ――今日集まった仲間達は、宇宙に行く者たちも居る。
「ミリっちたちは宇宙に行くんでしょ?」
 普段どおりのゴシックドレスに身を纏った璃音が首を傾ぐと、ミリムは頷いて。
 店長であるミリムが宇宙に行くのならば、このお店も今日で最後と言う事だ。
「んっ」
 頷くリリエッタだって、その一人。今夜ここでパーティを楽しむ者たちの半数が、外宇宙に行ってしまう。
「そうですね。地球に残る方には、感謝と健康を祈りますわ」
 りんとトナカイの鈴を鳴らしたルーシィドも、瞳を細めて言葉を紡ぐ。
 きっと皆初めてこの店の扉を開けた時の事を、思い出しているのであろう。
「このお店で騒ぐのも今日で最後なんですね、……忘れない思い出を作りましょう!」
 雪だるまの格好をした翔は歩く時は少し動きにくそうだけれども、料理の前では異様な機敏さで料理を平らげてゆく。
「それにしてもこのシチューおいしいですね! ……あれ? 消えてませんか!?」
「食べてたよ」
「え!? まあいいです……、おかわり!」
 エマが口いっぱいにパイを頬張りながら翔に突っ込むと、翔は大きく手を挙げて宣言する。
「はいはい、沢山在りますよっ」
 ミリムが鍋ごと運んでくれば、瑠璃音はニコニコ笑ってクリスマスソングを口遊みだす。
 エマもソレに合わせて、旋律を刻む。
 だって。
 ここに来てしんみりしちゃうよりは楽しい笑顔で過ごしたい、最後まで明るく楽しく!
「んっ、それにしても本当に色々なことがあったね」
 店内を見れば思い出される様々な思い出。リリエッタの言葉に、璃音もフォークを手に頷き。
「うん。ミリっちが簀巻きにされたり、ドージン誌? なるものを描いたりなんかミリっちがアレの道に目覚めかけたり……」
「たくさんたくさん、思い出を頂きましたわ」
 ルーシィドはくすくすと笑って、クッキーを齧る。
 楽しい時間はあっという間に過ぎ去るもの。
 地球に残る皆とはもう、最後かもしれない。
 それでも瑠璃音はきっと忘れない、万感の気持ちを込めて言葉を紡いた。
「皆さまの行く先が光の祝福で満ちていますように」
「さよならは、言いません」
 この宇宙がある限り、皆とは夜空で繋がっているのだから。
「……きっとまた会えます」
 翔は笑顔で、ほろりと涙が零す。
「……リリ、地球に残るみんなのこと、絶対忘れないよ」
 瑠璃は笑顔を作ると、ミリムを見て。
「ねえ、ミリっち――ミリム店長、ラストオーダー!」
「はい! ――宇宙に旅立つ前のラストオーダー!」
 笑顔で応じたミリムの後ろから、トナカイのリリエッタとルーシィドがクリスマスケーキを配りだす。
 後は忘れない様に、写真に今を閉じ込めてしまおうか。

 羊たちが自由に過ごす夜空の下、いつもの座席の無いプラネタリウム。
 もこもこ羊ケーキ頬張った佐楡葉が頷く。
「てゆさんが行くと決めたなら、同行しますよ!」
「外宇宙かぁ……、どんな場所でも、皆と一緒ならそこが一番楽しいよね」
 瞳をぱちぱち。何より友達が行きたいと言うのならば、行かない理由が千穂には無い。
「よくわかんないけど、ワイも付いていくで!」
 チェザは拳を握ってなんか楽しそーだし、と、からっと言った。
「ちっほもらっむもよう言うた!」
 膝を叩く佐楡葉に、ティユはくすくす笑って。
「我儘に付き合わせるようで悪いけれども、いつもすまないねぇ」
 佐楡葉はそれに、かぶりを振り。
「私も私で捜査網を広げる必要がありましたしね」
「もちろん、白羽の目的も叶えたいね」
 彼女が義兄を探し続けて居る事は、ティユだってよく知っている。
「ともかく、宇宙となれば――ひとまず注意事項です!」
 佐楡葉は大きく頷いてから、早口で捲し立て。
「通信に応じない救難信号は無視、無人宇宙船は調査せず撤退、言動のおかしい人はエイリアンに寄生されてると疑う!」
「その宇宙像やけに物騒じゃない?」
 千穂の怪訝な表情に、首を傾ぐ佐楡葉。
「……え、常識ですよね?」
「お約束やな、あとは変なヤベー科学者とか出てきたらもう役満やで」
 チェザは頷いて応じると、へにゃっと笑って。
「一見普通の羊さんみたいにもふ可愛いけど、クリオネみたいにお顔がぐわーって開くエイリアン羊とか」
「……そ、想像しちゃうじゃない!」
「そういうのもいるのだろうか……?」
 怯える千穂を、ティユは宥めるよう。
「きっと、まだ見ぬ可愛い生き物とかも多い筈さ」
「そうそう、そういうのよね♪ ……ちょっとばかり遠くに友達と旅行っていうのも、悪くないわ」
「未知の宇宙でも、みんな一緒ならきっと楽しいんだよー」
「僕も帰って来るつもりだしね」
「エンジョイ&エキサイティングです!」
 ならば今日は地球のパーティ納め。
 たくさん食べて、沢山騒ごう!

 今日のリティアの家はクリスマス仕様、ご馳走に飲み物だって沢山!
「イエェ~イ!! 今日は無礼講ですよ!」
「キミ、常日頃から無礼講じゃなァい?」
 リティアの元気一杯の宣言に、千鶴は首を傾ぐ。
「今日は賑やかになりそうですね」
 翼猫のみるくも尾を揺らし。大きなグラタンを運んできたルリが楽しげに眦を和らげる。
「ヨボシちゃん、うれしいね」
 きゃっきゃと獣耳を揺らしたヨヅキとヨボシは、いい匂いに微笑み合い。
「リティアさんと一緒に腕を振るいましたから、たくさん食べてくださいね」
「わわっ……、どれに、する?」
 ルリの言葉にヨヅキ達はご馳走達に目移りしてしまう。
「っかー! このチキンおいしいですわあ!」
「毒入りじゃないよネェ? ルリ~ルリが作ったの盛ってチョーダイ!」
「まぁ、それではグラタンは如何でしょうか?」
 千鶴のおねだりにルリが取り分けを始めると、リティアは目を丸くして。
「えっ、ちづるん!? 私にめちゃくちゃ失礼なこといってません!?」
「天才~」
 棒読みの返事にリティアは千鶴のグラスにドボドボお酒を注ぐ。
「もっと本気出して褒めてください!」
「スゴーイ」
「どっせい!」
「お酒はすっごォく強いんだよネェ」
 からから笑う千鶴にリティアはどんどん酒を注いで。
「お酒、おいしい……? ルリちゃんは、何、飲む? ヨヅキ、お酌、する……!」
「そうですねぇ、りんごジュースをいただきましょうか」
「ヨヅキも、いっしょ……かんぱーい……!」
「ふふふ。乾杯、です」
 対照的にヨヅキとルリは和やかに乾杯を。
「ヨヅッキーはお酒を飲んだらだめですからね! それにしてもかわいい子に囲まれて幸せなんですけど~?」
「リティアさん、あまり飲み過ぎないようにするんですよ?」
「かわいい……、うれしい!」
 ヨヅキがリティアに抱きつくと、彼女は大満足顔。鬼の居ぬ間に、千鶴はチキンを一口。
「ボクは可愛くないって?」
「うおおお、そんな事より王様ゲーム!」
「まぁ」「え」「それはちょっとしてみたいなァ!」

 コンビニのカウンター。下がった長耳と視線、サンドイッチを齧る。
「浮かねぇ顔だなオイ、なんだマズいってか?」
 勿論ティアンの微々たる表情の変化くらい、最早察せてしまう。サイガはかぶりを振って。
「しゃあねぇなぁーお兄サマが食ってやろう」
「通信すらだめなの、寂しい」
 手を制止してパンを齧った彼女は、言葉を零す。
「温かい飲物は指先も熱が回るとか」
「蝋燭作りで入れそびれた飾りを、気付かぬ内に君のに加えてくれたとか」
「ラベンダーがいいにおいとか」
「君がよくしてくれる理由が思い当たらなかった」
「あ、そ」
 サイガは頬杖を付いて、溢れる言葉を聞いてないみたいに。
「それこそ、ヒーローみたいな」
 対等を意識すると言いにくかった言葉、サイガは可笑しげに笑う。
「っへ! あんだけボコりあってんだ、だったらオメーは結局偉大なライバル様だよ」
 彼の言葉に、ティアンはずいっと手袋を差し出し。
「いってらっしゃい」
「ハイハイ、どーも」
 理由なんて、そんなの。
 楽しかっただけなのに。

 キャンピングカーが夜道を行く。
「フフフ、ねえ、あーんはまだかしら!?」
 梓紗がクッキーを貪る横で、ハンドルを握る芙蓉は獣耳を揺らし。
「んむんむーぅ、今行きますよーぉ」
「お口の中が祭りよー!」
 エインがケーキをあーんしてあげると、芙蓉は上機嫌。飲み物を持ってきた真介も眦を下げて。
「運転ありがとね」
「あのね、ボクの作ってきたチョコも食べてっ!」
 白い羊に、黒い羊。色とりどりの羊チョコをルリナは手に。
「アッ、食べる! 食べるわッ!」
「ユキは何を食べたい?」
 にあ、と魚を示すユキ。慶の焼くホットサンドの焼けるおいしい匂い。
 山程積まれたスナック菓子に、スズナのお手製お惣菜。
 カードが舞い散り、サイは座席の上でお行儀良く。
 ――エインは外宇宙へ行く事を決めたらしい。
 芙蓉は海外を旅する事を、ルリナはアイルランドに帰る事を。
 学生生活を続けるってスズナだって、今まで通り同じ街で暮らす真介と慶とは会う事が減ってしまうだろう。
 それぞれの選んだ道がある。
 一度一本になった道が、分かたれ、離れて行く。
 すこし寂しい、と皆胸裏の何処かで感じているのであろう。
 だからこそ。
 艦へと移動する最中も楽しく、楽しく、大はしゃぎ!
 混沌とした街の混沌とした塔で、面白可笑しい出会い方をした。
 龍髭街の一番奥、Everlastってそう云う秘密結社でしょう?
 ならば今宵は、この宇宙で一番混沌とした面白可笑しい夜にしよう!
「レンタカーでパーティなんて初めてだけど楽しいね」
「ん、俺も免許取ったらまたできっかも」
「俺も持ってるけどね……」
 ペーパードライバーの真介に、慶は焼き立てのサンドを手渡しながら笑って。
「そう言えば、クリスマスプレゼントも持ってきたのですよ」
「さっすがスズナさんなのっ!」
 スズナが唐揚げをサイにあーんしながら言えば、ルリナが楽しみっとエインの持つトランプを引く。
「おやおやーぁ、わたしの貯金の全てを投じた最高額のシャンメリーもまだ待っていますよーぉ?」
「アーッ! ソレを開けるのはまだお待ちなさーいっ!?」
 エインが引かれたカードにくすくす笑うと、運転席から芙蓉の慌てた声が響いた。
「はーぁい」
「あ……っ」
 ジョーカーが回ってきてしまったルリナは、思わず大きな声を出してしまい。
 周りの皆がルリナの敗北を確信した。
「シャンメリーもわくわくですー、……えいっ」
「あ~」
 スズナはえへへ、と笑ってカードを引いて。
 全くポーカーフェイスに向かない羊は、思いのカードを引いてもらえなかったらしい。
「――こんな楽しい日が来るなんて。ね、サイ?」
 窓外の月を見上げてスズナがぽつりと呟くと、サイはかぱっと口を閉じて。
 ずっとずっとこんな時間が続けば良いのに。
「……皆、『らしく』過ごせよ。飼いならされんな」
 慶がグラスを傾けながら、どこかドヤ顔で告げた、刹那。
 車が止まり――。
「お前達! おケーキ様はまだ残っていて!?」
 芙蓉がカメラを構えながら雪崩込んできた。
「シャンメリーの時間ですーぅ!」
「……はは」
 道が分かたれる日だって、何時も通り。
 いつかまたあの街で会える事もあるだろうから。
 遙かな、すぐ近くに。

作者:絲上ゆいこ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2021年12月24日
難度:易しい
参加:53人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 1/素敵だった 7/キャラが大事にされていた 3
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