外宇宙への出航なら私を倒してからにしてもらおうか

作者:つじ

●旅立ちの日
 アダム・カドモンとの最終決戦、あの戦いからもう半年になるんだね、と五条坂・キララ(ブラックウィザード・en0275)はしみじみ呟く。マキナクロスと共に開発を行っていた新型ピラーもついに完成し、旅立ちの準備はほぼ整いつつあった。
 降伏したデウスエクスと、ケルベロスの希望者を乗せ、外宇宙へ。それは「宇宙に異常をもたらすデウスエクスのコギトエルゴスム化の撤廃」を行うため、「新型ピラー」をまだ見ぬデウスエクスの住む惑星に広めにいくという、途方も無い旅路だ。
「出航に必要な膨大なエネルギーについては、季節の魔法『クリスマスの魔力』を利用することに決まったよ」
 クリスマスの魔力を利用する事で、マキナクロスは竜業合体のように光速を超える移動すら可能になるという。とはいえそれもまたエネルギーの溜まり方次第、ケルベロスにとっては慣れたものかも知れないが、後は人々と共にクリスマスイベントを大いに楽しみ、盛り上げることで、そのエネルギーを最大限まで高めるのみ。
 彼らが宇宙の隅々まで探索できるように、目一杯楽しんで、旅立ちを共に見送ろう――。
 
●いざ、決着を
「――だが、ちょっと待ってくれないかな?」
 しみじみと遠くを見る感じになっていたキララが、そう言って振り返る。季節の魔力を集めれば、マキナクロスは出航する……つまり、このクリスマスは外宇宙に旅立つ面々と、地球に残る者達の別れの日となるのだ。途方も無い旅、それはこれが永遠の別れとなる可能性も示唆していた。
「その前に、やり残したことはないかい? 保留にしたままのものや、うやむやになっていることは? ここではっきりさせておくべきことが、あるんじゃないか?」
 内面を覗き見るようにしながら、ふふんと笑う。どうやら、彼女にはあるようだ。最後の時に相応しい、はっきりさせておくべきこと、それは。
「たとえば、『私と君、本当はどっちが強いか?』とかね――!!」
 高らかにそう宣言し、キララはびしっとチラシを突きつけてみせた。

 季節の魔力を高めるため、世界各国それぞれの方法で協力を申し出てくれている。スウェーデンでは観光用に使われている氷で出来た宿泊施設――アイスホテルを解放し、ドーム状の氷の客室や、氷で出来たアイスバーなどでクリスマスらしい料理を楽しめるパーティが企画されている。客室のベッドやイス、バーのカウンターやグラスまで全部氷で出来ており、特別な体験を味わうことができるだろう。
 だがキララが言及しているのはそれだけではない。スウェーデンでも北部にあるここは、北極圏に位置している。季節的にも冬であり、運が良ければオーロラにも出会えるほどに寒い。
 そして、そう。雪は良い感じに降り積もっている。
「雪合戦で、私と勝負しようじゃないか!!!」
 無茶苦茶である。
 とはいえ、マキナクロスが外宇宙へと旅立てば、連絡どころか観測すら不可能となる。万能戦艦ケルベロスブレイドで、月軌道まで見送りにはいけるが、そこで最後のお別れを行う事になるだろう。旅立ちによる別離、そうでなくても節目の時を前に、後悔の無いように振舞うのは決して悪い事ではないはずだ。
 言えなかったことも、やれなかったことも、こういう時ならば。

「さあ、覚悟は決まったかな? 皆、あったかくして来ると良い!」
 そんな内心はあるのか無いのか。キララはただ威勢良く一同を誘った。


■リプレイ

●一つの節目
「キララ、ドッヂボールの時の決着、しよう」
 そんなティアンの誘いで始まったタイマン。雪うさぎの要領で作られた顔つきの雪玉は、「それかわいいね」などと呑気な事を言っていたキララの顔面に命中する。飛び道具を教わった時の言葉通り、見事眉間を撃ち抜いたティアンの前で、彼女は悲鳴を上げてひっくり返った。
「ティアンの勝ちで良い?」
「あー……」
 涙目になっている彼女を見下ろして、思い付いたように彼女も雪の上に寝そべってみる。こうすれば雪に人型の跡が付いて面白い、というのもかつて教わったことだ。
 雪に囲まれる静けさと冷たさを味わいながら、極光の踊る空を見上げる。
「決着がついても、また遊べるだろうか」
「……もちろんさ。でも、次こそ私が勝つからね」
 その前半にだけ頷いて、ティアンは「ふむ」と小さく鼻を鳴らした。
「ぶつけるだけなら胴でもいいな、そういえば」
「……君、結構負けず嫌いだよね」

●平和な戦い
 渡り鳥の群れのような、統率の取れた編隊を見上げ、天音はグリムドヴァルキリーズと呼ばれた彼女等を思う。
 戦うための機能だって、戦場以外……こういう遊びに昇華できるのだとわかれば、きっと本当に仲良くなることができるはずなのだと。すれ違いも、悲しい別れも、繰り返す必要はないのだから。
 極圏の冷たい風を切って、天音もまたジェットパックで空へと上がる。
 地球を去っていくみんなにも、大事なそれを伝えられるように。いずれ遠い未来で会えたときには、思い出を語らえるように。
「えーい!」
 天音の願いを込めた雪玉が、白く輝く軌跡を描いた。

●あの日のこと
 雪合戦の手を止めて、「そういえば」とシフカが口を開く。
「仇敵について、占ってもらったことを覚えていますか?」
「ああ、タロットを引いた時のやつだね」
 ぜーはーと肩で息をしつつ、キララは頷いて返した。
「近く状況は変わる、と言われたその月に本当に状況が変わったんですからね。あの時はとても驚きましたよ」
「いやあ、あれは私もびっくりしたよ」
 当たる時は当たるものだよね、と笑い合って。
「この件の礼を話すのは今しかないと思ったので、話させてもらいました」
「お役に立てたのなら良かった。……でも一番すごいのは、そこからちゃんと決着をつけた君だよ」
 一息吐いて雪玉を手に取る。それじゃあそろそろ、こっちも決着を付けようか!

●氷に乗せた愛情
「実は俺、キサナさんと模擬戦とかしたかったんっす!」
「そうだな……オレと琢磨、マジでやり合ったことって無かったよな」
 ここまで来てそんな未練を残しておくわけにはいかないと、キサナが頷く。
「さすがに頂いた相棒の銃口を向けるのは気が引けるので……雪合戦で勝負しましょうっすよ!」
「よし――決着をつけよう。表に出ろ」
 あ、でも暖かくしていけよ。マフラー巻いた? いつも巻いてるか。ネクタイを直すようにマフラーを締め直させて、ついでに抱擁と口付けもして――。
「おらおら琢磨見ろこれがドワーフ握力だ!」
 外に出たキサナが拳を固めると、その手で圧縮された雪玉が氷塊と化す。ぎょっとする琢磨に向かって、彼女はそのまま、想いを乗せた氷を投げた。キャッチボールの基本は、そう、『胸に向けて投げる』こと。
「受け止めてくれ、オレの氷点下の愛を!」
「……!」
 そう言われては、躱すことなど出来はしない。しっかりとそれを胸に受け、琢磨もまたキサナの胸元に狙いを付けた。
 ガンマンらしい素早く正確な一撃が、過たずキサナの胸を撃つ。
 それは柔らかき剛の愛。疑似的なものかも知れないが、二人にとってはそれで充分。雪だらけになりながら、笑って、二人は再び永遠の愛を誓い合った。

●虹霓
 いざ、決着の時。決戦の地となった雪原にて、シロを引き連れた翔子と俊輝が対峙する。何か、つい最近も似たような構図を見たような気がするが。
「今回も2対1、アンタに勝てるかい?」
「今度こそは勝つさ」
 開戦と同時に、翔子は区切っておいた線に合わせて手を伸ばす。雪玉一個分に相当するそれを握れば、手の内にあっという間に雪玉が。
「なッ……翔子、なんでそんなに雪玉作るの早いんだ!?」
「そらそら、雪の中でその黒コートはよく目立つ的だよ!」
 効率的な補充方法による絶え間ない攻撃が俊輝へと降りかかる。しかし戦いは始まったばかり、俊輝とて娘が見ている以上このまま負けるわけにはいかない――!
「せんせい、俊さん、シロさん~、みなさん頑張って下さいませね!」
 二人の戦いを見下ろせるような丘の上で、シアと美雨、それからキララはホットココアを啜りながら応援役に回っていた。
「戦法にも性格が出ているというか……」
「お二人とも楽しそうですねえ」
 ふふふと笑って、シアは取り出したスマホを戦う二人の方へと向ける。
「そうそう、ついに私、動画を撮れるようになったのです!」
「え、この前までパカパカしていたのに!?」
「時代は進むのですよキララさん」
 録画をぽちっと。それから今回はからあげもないようなので、美雨もまた、雪玉を投げ合う二人の方へと視線を向けた。

 戦況はもちろん翔子が優勢。こういう時の大人げのなさは相変わらずだと俊輝が嘆息する。
 けれど、思うのだ。こんな時間はあとどれだけ続けられるのか。あの時から変わってしまったものと、変わらないものがあって。
 翔子は、人間のままだ。
「――長生きしろよ!!」
 雪玉と共に、思わず上げてしまった言葉は、翔子の足を止めた。作戦やら軽口ではなく、それは本心なのだろうと、彼女には分かったから。
「じゃ、何処にもいかずに見張ってりゃイイじゃないか」
「……!」
 自分の口をついて出たそれに、彼女は「らしくないわ」と苦笑する。
 ぎゅっと握りしめていた雪玉は、虚を突かれた顔をしていた男の顔面に命中した。

「皆さん、お疲れ様でした~」
 決着はついたと言っても良いだろう。手を振るシアと美雨の元へと向かう途中で、俊輝は先程言えなかったそれを小さく口にした。
「……何処にもいかないよ」
「あっそ」
 そう、今度こそ。そんな言葉に、翔子は俊輝の方を向かないまま返事をする。少なくとも口調は、いつもの通り。
「……どうしたんだい、シア?」
「いえいえ、何でもありませんわ~」
 もしや、思ったより大事なシーンが撮れてしまったのでは? 厳重にデータを保存しながら、シアはそんな二人を笑顔で出迎えた。

●妖精譚の一節
 宇宙の彼方へと旅立てば、そう簡単には戻ってこれない。この星の風景とも、しばしお別れとなるだろう。
「ということで、地球の雪景色に派手に別れを告げに来た!!」
「そうかいザラ君! でもそれは私を倒してからにしてもらおうか!!」
 この日のためにお嬢様力を磨いてきたのだ、などと言いながら、キララがザラの前に立ち塞がった。
「ごめんあそばせ!」
 両手で放たれた大きな雪玉の下を、身を沈める形でザラが躱す。蝶の翅と、ダウンジャケットの鮮やかな水色が、銀世界を優雅に舞って。
「まだ妾には及ばぬようだな!」
「あーっ!?」
 相手が捉えにくい低位置から雪玉を放ち、目の前の敵を打倒した。
「さあ次の者、かかってくるが良い!」
 眩い笑顔で宣言し、ザラは飛び交う雪玉の中へと飛び込んで行く。
 思うさま遊んで、きらきらと輝くこの星の思い出を、宇宙の彼方まで大切に持っていけるように。

●野球しようぜ
 清算すべき因縁、二人の想い出を反芻して、千鶴はリティアの前にそれを列挙する。
「ホラ、ずーーっと前にさァ、つばぶっかけられたとか、ファミレスで奢らされたとか、喫茶店で奢らされたとかあったじゃなァい? だからさァ、この勝負に勝ったらホテルのディナー代、奢ってくれてもイイんだよォ」
「後ろ二つは身に覚えがないですねぇ、ボケてしまうにはまだ早いんじゃないですかぁ!?」
 あ、唾は本当なんですね。
 笑顔のまま千鶴が顔面に向けて投げた雪玉を、こちらも笑顔のままリティアの金属バットが粉砕する。
「さっすがリッティー。その調子なら『コンナノ』もヘッチャラだよネェ!」
「くくく……上等じゃあないですか」
 割と加減を知らないサイズの石を雪玉に埋め込み始めた千鶴に、リティアはバットの先端を突きつけるようにして応えた。
「それじゃ、ホントに投げるよォ!」
「っしゃこぉおおおい!!」
 双方渾身の一撃、デッドボールしか狙ってない投球に対し、撲殺上等の殺人スイングが芯を捉える。
 ――勝利を確信した笑み。打球は空に綺麗な弧を描きながら、ホテル所有の氷像に命中し、軽やかな破砕音を雪原に響かせた。

「……」
「……」

「こらそこ、何てコトするんですかー!!」
「リッティーがやりましたァ!!」
 飛んで来た拡声器越しの怒声に、千鶴は速やかに告げ口するが、当のリティアは既に走り去る体勢に入っている。
「この勝負、お預けですね!!!」
「アッ、財布だけ置いてってよォ!!!!」
 二人ともちゃんとヒールしてから帰るんですよ。

●芸術点
 身内が誰も宇宙に行かなくたって、楽しむ権利は等しくある。決着をつけるべきことだって、勿論。
「それではここに、第831029回雪合戦Finalを開催する!」
 リーズレットの声に、キースが素直に驚いて見せる。
「えっ。俺に内緒でそんなにやっていたのか!?」
「ソウダゾキースさん!」
 一度くらい誘ってくれても良かったのでは。若干悩みつつも、彼はこの催しを楽しむことにした。きっとそれが、旅立つ者達への餞になるはず。
「というわけで解説のグレイシアさん、改めてルール説明をお願いします!」
 実況席とか書かれた席に座った慧斗に応じて、グレイシアがフリップを示す。
「基本的には雪玉の投げ合いだけどね、それだけだとつまらないから、今回は芸術点制度を採用しているよぉ」
「ははーん、芸術点ですか」
「雪玉のヒット数に加えて、どれだけ優雅で華麗に雪玉を投げる事が出来るかも加味されるからね」
「なお審査員には僕等二人と一緒に、キララさんと八ツ音さんにも入ってもらっていまーす!」
 みんながんばれー、と審査員席から手が振られたところで、グレイシアが高らかに試合開始を宣言した。
「さぁ、気合いの入った雪合戦を魅せて貰おうか!」
 返事の代わりに、和の鳴らした法螺貝が雪原に響き渡った。
 ぼえぇぇ。

「呼ばれて飛び出て、美の化身降臨YO!」
「ふっふっふ! 芸術力が高い私に芸術点で勝てるかな!?」
「ふふふ、僕だって容赦しないんだからねっ」
 芸術点と聞いては黙っていられない清春とリーズロッテに対し、先手を取ったのはユアだった。『妹』のユエと共に翼を広げ、二人揃って一同の頭上を取る。絶対有利のポジションから放たれるのは、息の合った連投である。
「そんな、飛べる上に実質手が四本あるなんて……!」
 ぷぎゃ、と悲鳴を上げて、自分も飛び上がろうとしたリーズレットが雪玉を食らう。せめて互角の空中戦に持ち込みたいところだが――。
「アタシにも美しい翼があるわ……広背筋という翼がNE☆」
 アン、ドゥ、トロワ、と軽やかなステップと共に清春が舞う。これはさながら雪上の妖精、と自分で言わんばかりのドヤ顔が眩しい。
「雪原にはためくスカートと精悍なおみあし! これは得点高いのでは!?」
「一言で言って地獄絵図ですねぇ」
 やけくそみたいな実況解説を背景に、清春はユア達との戦いに入る。もちろん筋肉で空は飛べないので即座に撃墜されるが、瞬間のインパクトでなら十分に勝っていると言えるだろう。
「飛行メンバー相手では分が悪いが……」
 そんな二人に加えてリーズレットも空を舞い、サーヴァント達も各々にそれを援護していく。戦況を冷静に分析しながら、キースはそう呟いた。飛べぬこの身ではじり貧、だが。
「しかし、俺もホッキョクギツネのウェアライダー、雪上での動きを舐めてもらっては困る!!」
「おっと、あれは獣化ですか!?」
「足だけを獣化してるねぇ。狙いどころは悪くないんじゃないかな?」
 空中では雪玉の補充が出来ないはず。それに対し、キースは走りながら雪玉を握って、敵の死角へ素早く回った。
「背中がお留守だぞ」
「くっそ、やりおる……!」
 数撃てば当たる連続投擲も、タイミングと狙いが良ければこの通り。キースが猛烈な追い上げを見せる中、スコア的に取り残される形となった和が焦りの表情を浮かべる。
「くっ、こうなれば……いくよりかー!」
 切り札の出し所はきっとここだ。アルマジロに変身した和は、雪原の上で体を丸める。呼びかけを受けたりかーがそれを掴み――。
「あら、和ちゃん素敵な作戦だわァ。あたしも協力していーい?」
「うん、よろしくね!」
「任せて☆ それじゃ行くわよぉ……おら゛ぁぁぁぁ!!」
 清春の援護も加えた渾身の投球を受け、アルマジロボールが発射された。

「え…?」
「うん? 何だこの音……」
 激戦を繰り広げていたキース達の元へ、轟音が迫る。
「最終兵器さ~い~つ~よ~~!」
「さぁぁぁいぃぃぃつぅぅぅよぉぉぉ」
 悲鳴みたいな声を伴い、巨大な雪の塊と化した和玉が、蛇行しながら皆を狙って転がってきていた。
「?! 和さん自身が雪玉?! ぴゃーっ!」
「えっ、すいませんそのままだと解説席に……!」
「ちょっとぉ! 何でこっちくるのさ?!」
「ごめん☆ 止まれない☆」
「そこ。しれっと逃げようったってそうはいかん」
「そう言うの良いからー!」
 キースの投球で出足を潰され、グレイシアも逃げ時を失い――。
「あらあら、みんなであんなにハシャいじゃって……美しき友情ねェ」
 解説席の大騒ぎを見守り、清春がふふふと微笑む。大きく成長したアルマジロ雪玉は、さすがに丘の上までは転がり切れなかったのか、坂を逆に転げ落ち、戻ってきた。
「……あ?」
 犠牲者一名追加。

 一帯を蹂躙した後、雪玉の残骸の中心で、和は目を回していた。
「大丈夫~?」
 ぎりぎり空中に逃れていたユアが心配そうにつついている横で、慧斗が雪の中から這い出してくる。
「……えー、審査員全滅につき、優勝は最後まで立っていたユア選手でーす」
 芸術点とは一体。とはいえこれも、一つの決着の形である。

●未来への道筋
「キララ……宇宙に行ってもアタシのこと忘れないでね!」
「いや行かないけど??」
 奪い取ったスマホを思い出のシールまみれにしていた玲衣亜は、それを聞いてさらっと表情を変える。
「あ、そうなんだ」
 じゃあこれからどうするの? そんな問いに、キララは口ごもって。
「え……学校出てずっと専業ケルベロスしてたから……」
「何も決まってないってコト?」
「うぐっ」
 無職じゃんうけるー。そうひと笑いして、玲衣亜は彼女の背を叩いた。
「まあまあ、平和になったし、これからはアタシとなんか楽しーことやろ!」
 手始めに雪合戦だっけ? 言いつつ、ハリネズミ君を雪の中に転がしていく。
「そうだ、アタシが勝ったらあの隠れ家貰っていい?」
「ああ、うん……えっ?」
「キャバ開くわ」
「独立するの!?」
 はー、やっぱりなゆきち君はすごいね。そんな溜息を背景に、放り投げられたハリネズミ君入り雪玉は、空に真っ直ぐ線を引いて。

「ぎゃーっ、何ですかこれ!?」
 何か慧斗に刺さった。

●挙式
 憩は。そう抑揚のない声で名前を呼ばれ、彼女はそちらに視線を向けた。
「宇宙に、行きたい?」
「行かない」
 機械化した両手で固めた雪を、答えと一緒に鋭く放る。雪原に対峙してのやりとりは、言葉と同じくらいの数の雪玉が伴っていた。淡々としていながらも、強情な彼女等は、どうやら手加減とは無縁のようで。
「かだんは行くのか」
 ギチギチに固められた雪玉が当たって、かだんの眉が少し動いた。
「行くって言ったら? きてくれる?」
「死んでも止めるけど」
 よし、と僅かばかり口角を上げて、投げ返す。
「行かない」
 これ以上、土から離れたいとは思わない。両手を雪に付けながらかだんが言う。
「いこい。平和になったから言える事だけれど」
「なん ぶふぁ」
 隙ありだ。隠していた巨大雪玉が、見事憩を直撃した。
「私は。山からおりて、よかった」
「……そうか」
 頭に乗った雪を払って、ついでにその一部を投げ返す。
「私は、かだんが店に来てくれて本当に良かった」
 かだんの頭の鹿角が、それを打ち払うのを見ながら、憩は拳を固く、硬く握った。掌中の雪は、思いと、言葉と、それからその辺の雪を力ずくで込められ、氷の塊みたいになっている。
 す、と息を深く吸って、憩はそれを振りかぶった。
「これからも"よかった"を、私と一緒に増やしてくれオラァ!!」
 渾身の速球。それを、かだんは正面から迎え討った。放たれた拳が球体中央を貫通、残った氷だけが輪になってかだんの腕に残った。
「こちらこそァ」
 同じようにぎゅっと固めた雪玉を投げ返し――。

 未来を誓い合い、リングを交換して。それでも、この無骨な結婚式に決着がつくのは、まだもう少し先だろう。

●最後の大勝負
 宇宙へ旅立つ仲間を盛大に送るために、彼等はこの場所に集まった。
「これは、譲れない戦いよね」
「俺達を倒してから……ってやつやな」
 雪原に映える喪服の女性、セレスティンの言葉に光流が頷く。
「手練れが相手ですが、これが別れとなれば……」
「みおくりはぜんりょく、りょーかい」
 ジェミと勇名も、別れを惜しむ心を胸に仕舞い、今は涙を堪えるようにして、構えを取る。そんな彼等の手荒い送別会へと挑むのは、鳳琴とシルの二人だ。
「思えば色々な戦いがありましたが……」
 長い戦いの日々を、共に潜り抜けてきた仲間が居る。時には隣に並び戦い、そして時には模擬戦などで鎬を削ってきた彼等への想いと、掛け替えのない相棒への感謝を胸に、二人の戦士は堂々と宣言した。
「皆さんの思い、受けて立ちましょう!」
「さぁ、纏めてかかってきなさいっ!」
 やる気に満ちた、けれど爽やかな闘気が、極寒の地を震わせる。迫る戦いの気配の中、光流は密かに隣のエトヴァと視線を交わした。
「……今日のシル先輩、テンション高ない?」
「手加減すル空気じゃなくなってマスネ」
「全く勝てる気せえへん……」
「ええ、人数デハ勝ってるんデスガ……」
 そう、送り出す地球チームが5人に対し、宇宙への旅立ちチームは2人……と思われたが。
「英賀殿はなぜそちらへ?」
「えっ……人数調整だけど……?」
「千梨殿は?」
「俺は平和を愛し、戦いを好まぬエルフだから……」
 勘違いしないで欲しい。俺はどちらにも属さない、とシルの背後に隠れた千梨が答える。
「でも、たぶんそこ、あぶないよ……?」
「え?」
 勇名と同じことを思ったのか、英賀は既にそこには居ない。じゃあ俺も、と千梨が口にする前に、戦いの火蓋は切って落とされた。
「勝ち負けやあらへん、大事なんは気持ちやな!」
「それでハ、二人の門出を祝って雪玉デス!」
「胸を借りるつもりでドーンと行くのです!」
 ポジションはキャスターですけど。そう言いながら、ジェミも勿論雪玉を用意している。
「え!? でもさすがに全員で集中砲火は無しだと思うのっ!?」
「狙っている方が多いというのも、シルの人気の証ですね」
「寂しくなるけれど……その思いも全て雪玉に詰めるわ……」
「というわけで、全力で行くで! ファイヤ!」
 問答無用。固く固く握られたセレスティンの雪玉を皮切りに、地球残留組の雪玉が次々と投げ付けられた。人数に任せた連続攻撃により、着弾地点に雪煙が立ち込める。
「……やったか?」
 飛び散った雪煙がもうもうと立ち込める先へと目を凝らし、光流がそう呟いた。

「まあ、やれてるわけないんだよなあ」
 集中砲火からどうにか脱出した千梨が、酷い目に遭ったと溜息を吐く。頭からかぶった雪を払って、その雪で作った雪兎を、雪だるまの隣に置いた。振り返れば、雪煙の中から無傷の二人が現れたところで。
「砲撃する精霊姫には常に彼女を守る龍拳士が傍にいること、忘れないことです!」
「鳳琴殿、さすがのガード……!」
「シル、さすがのさいきょー……どみ……どみ……」
 そんな感じで反撃が始まろうとしていた。
 安全地帯にて、千梨の隣まで雪だるまの胴体を転がしてきたウォーレンも、そちらへと目を向ける。
「でも、今日でお別れなんだよね……」
 旅立つ彼女等と、こうして楽しくやりあうのは、これが最後となる可能性が高い。零れそうになった涙を堪えて、ウォーレンは皆に似せた雪だるまを並べていく。こうして同じ時を過ごした証のように――。
「それじゃ、覚悟はいいよね?」
「シル、合わせるよっ!」
「さあ、いざシル殿! その志、余すところなく全力で受けとめまショウ――!」
「しっずめーっ!!」
 風に乗って、「この時に備えて防具は魔法耐性です」とかそんな声が聞こえてくる。
「怪我人とか……出ないよね……?」
「多分……」
 ウォーレンと千梨が遠い目をする中、でかい雪玉が砲弾みたいにかっ飛んでいった。

「あーこらあかんな、英賀先輩の陰に避難しよ」
「え、嫌だよ」
 熾烈な戦場から一時離脱した光流は、とっくに逃れていた英賀を盾にしようと試みる。一応敵チームのはずなので雪玉も投げて……。
「威力がいまひとつやな」
「は!?」
 ちょっと物足りなかったので、螺旋忍者の技法をここに。
「もう雪でも何でもないじゃないか!」
 こちらも同じ技で応戦。共に螺旋の奴等に難儀させられた縁、これもある種の決着だろう。
 そんな応酬の横、主戦場では鳳琴の雪玉乱打が猛威を振るっていた。
「拳法家の動きを甘く見ないでくださいね!」
「くっ、速いですね……!」
 回避重視でもこれは分が悪いか、しかし追い詰められたジェミの前に、ウォーレンが庇いに入る。たとえ相手が圧倒的な威力の雪玉だとしても、ウォーレンとてここまで体を張って戦ってきたのだ。
「そう簡単には倒れないよ……!」
 壁となり仲間を守る、そうすれば自由に動ける者も出てくるのだ。
「見よ! 奥義、猫分身!」
 高らかな宣言と同時に、ジェミの姿が掻き消える。三毛猫と過ごす日々で会得した敏捷さを活かし、高速で駆けた彼は、敵味方問わず全ての者に猫耳を取り付けた――!
「なんで……?」
 巻き添えを喰らった千梨が首を傾げるが、当のジェミは「ふっ」と勝利の笑みを浮かべている。
「なんとおそろしいわざ。にゃーん」
「しかし、見切りました!」
「えっ」
 猫耳付けたところで概ね満足してしまったのが敗因だろうか、鳳琴の投げた雪玉が、見事ジェミに命中した。
「ぎゃー! 猫耳は是非宇宙までお持ちくださいー!!」

 頭に猫耳を生やしたシルとセレスティンが、戦場の只中で対峙する。
「どうしても、やるの?」
「ふふ、私が素直に笑顔で送り出すわけないでしょう?」
 容赦は要らない、全力の悲しみを込めた雪玉で、一瞬だけでも足止めして見せる。
「さぁ、くらえにゃーん!」
「俺も全力投球にゃーん!」
 セレスティンの渾身の一球、そしてエトヴァの一投に続くのは、斜面を転がってくる巨大な雪玉だった。
 ――雪だるまと雪兎に囲まれていた千梨は、ついに心を決めたのだ。己の幸福は地球にあるのだから、自分はそこに残るのだと。宇宙の事は頼もしい者達に託せるのだから。
「って感じでこの大玉を食らえ!!」
「させない……!」
 餞の代わりに、千梨がここまで転がしてきた巨大雪玉を、やたらと威力の高いシルの雪玉が迎え撃つ。弾け飛ぶ両者、飛び散る雪の欠片、そんな中、勇名が高く跳んでいた。
「にゃーん」
 ずっと集めて固めていた巨大な雪の塊……多分クジラっぽい形のそれを、両手に掲げて。
「えっ、何そのサイズ」
「あ、これ俺も喰らうやつ?」
 螺旋忍者大戦をしていた二人も雑に巻き込み、飛び交う大玉による雪崩のような雪の嵐が一帯を覆った。

 白く輝く風が通り過ぎたところで、ウォーレンが立ち上がって辺りを見回す。
「あれ、みんな……?」
 先程まで戦っていた皆の姿がない。白一面の世界の中、立っているのは雪だるまと化した者ばかり。
「まさか、こんなに冷たくなってしまって……!」
「それは本物の雪だるまやで」
「千梨君も大丈夫?」
「俺はこっちだ」
「ややこしいデスネ」
 雪塗れになった一同の声がして、誰からともなく笑みが零れる。

 決着はついた。
 目が沁みるのは、きっと溶けた雪のせいだろう。
 温かな思いを胸に、お別れだって私達らしく。寂しくても、心から笑って。

「いってきます」

「いってらっしゃい」

●パーティの時間
「雪合戦たのしかったー」
 一頻り戦いを終え、絢美はホテルへと戻ってきていた。氷で出来ているとは思えないほど暖かく感じるそこで、クリスマスらしい豪勢な食事を摘まむ。
 色々とやり残したことはあるけれど、思い切り身体を動かして、美味しい料理を口にして、それも少しは解消できただろうか。
 慧斗から氷のグラスを受け取って、絢美は透明な窓から空を見上げる。月での見送りまではまだ時間がある。それまでのんびり過ごそうと決めて。
「メリークリスマス!」
 このひとときに乾杯を。

●ラストバトル
「俺はオウガ、柴田鬼太郎! かかって来やがれ!」
「ああ、決着を付けようじゃないか!」
 高らかな名乗りにキララが応える。今度の戦いはチーム戦、未練を洗い流す『雪剣』の名を冠した四人は、これまで腕を磨いてきたのと同じように、連携して戦に当たった。
「行くぜ!」
 口火を切ったのは鬼太郎の一撃。怪力を活かした巨大雪玉を宙へと放り、拳の一撃で散弾のようにして放つ。
「わーっ、派手なのが来ましたよ!」
「やはり彼から狙うべきかな?」
 吹き荒れる雪の嵐をやり過ごし、側面へと回り込んだキララが鬼太郎への一撃を狙う、が。
「そこだな?」
 目立つ鬼太郎を目くらましに、気配を消していたハルが右腕を振るう。通常ならば剣を射出するところだが、今回は雪玉。けれど相応の鋭さをもって、キララの手元を撃ち抜いた。
「この立ち位置からならいくらでも狙えるな」
 無闇にスタイリッシュな投擲で敵攻撃手を狙う。そして相手の攻撃を防げば、鬼太郎の剛力で押し返すことは十分可能となるのだ。
「この調子で追い詰めていきましょう」
 一方のカロンはシャベルを手に、戦場の構築にかかっていた。集めた雪で壁を作れば、迎撃や目くらましに最適な陣地が出来上がる。
「この辺に雪玉も用意しておきますね」
「応、助かるぜ」
 声をかけ合いながら前へと進めば、敵の慧斗や八ツ音は徐々に逃げ場を失い、動きに焦りが見え始める。そこを狙って、これまで鬼太郎の後ろに控えていたミリムが飛び出した。鬼太郎の放つ大雪玉に紛れて一気に切り込めば、相手は目前!
「オリャー!」
「わーっ!?」
 アイテムポケットいっぱいに貯め込んだ雪玉を一気に連投、ミリムは目の前の二人をまとめて圧倒していく。
「ひ、怯むなーやりかえせー!」
「わっぷ!?」
 雪玉を食らいながらも反撃に出られ、ミリムもいくらか被弾、一旦後退を始めた。けれど、敵が追ってくるのもチームの組んだ作戦の上。カロンの築いた壁の後ろに飛び込んで、ミリムは仲間達に合図を送った。
「みんな、やっちゃえ!」
「よーし、行くよ!」
「やるのは構わないが、君も当たって砕けてこい」
「え!?」
「虎、お前も丸くなってんじゃねえよ」
 というわけで一転攻勢、誘い出した敵を包囲して、雪剣の皆はそれぞれに雪玉を放っていった。

 見事勝利を収め、四人は共に笑い合う。
「良い手土産になったろう?」
「ああ、地球では良い思い出が沢山できたぜ」
 ハルの言葉に、鬼太郎が頷く。その物言いからも分かるように、彼はこの後、地球を離れると決めていた。
「このメンバーで共闘するのも、これが最後かも知れませんね……」
 出会いと縁に感謝を。そう胸中で呟いて、ミリムもまた空へと視線を向ける。
「さよならは言いませんよ。……べ、別に寂しい訳じゃ……」
 そんな二人から目を逸らして、カロンは言う。けれど、これが最後であるならば、『伝えそびれる』なんてしたくないから。
「寂しいに決まってるだろ……!」
 胸の奥からの言葉に、ハルも頷く。
「寂しくなるが、せめてこの地で君達の武運を祈らせてもらおう」
「二人とも、お元気で」
 冷たい、けれど爽やかな風が吹き抜ける。
 旅立ちの時は、もうすぐそこまで来ていた。

●旅立ち
 舞い上がった白いマントが、ゆっくりと雪の上に落ちる。白く染まった世界の中で、黒い影は二つ。その内の一つが、倒れたままの片割れに歩み寄り、手を差し伸べた。
「……何だか懐かしいな」
「あの時と同じです。元気そうで何よりです……」
 上体を起こしたキララは、先程ぶつけられた雪玉の欠片を払ってから、刃蓙理の手を取る。
「また名前を聞いてくれるの?」
「あなたの名は五条坂・キララ、でしょう?」
 あれからもう四年近く経つ。思い返せば、君に助け起こされたあの日が、私の旅の始まりだったね。そう笑う彼女に、刃蓙理は頷いて返す。
「これが伝説の大技……『最初に会ったシーンと同じよーな事を最後の別れのシーンでもう一回やる』です……」
「それ自分で言っちゃう?」
 でも、そうか。今度は君の旅立ちなんだ。目を細めて、キララは彼女を見送った。
「いってらっしゃい、刃蓙理君」
「我が友よ……さらばです」
 別れの言葉をそこに残して、闇の衣が、少し大げさなくらいに翻った。

●星の向こう、彼方の空へ
 世界各地で行われたパーティは、それぞれに一時の終わりを迎える。そして月の軌道上に、『ケルベロスブレイド』と『マキナクロス』が並んでいた。
 地球から空を見上げる者、ケルベロスブレイドに見送りに出た者、そして、マキナクロスに載って出航の時を待つ者。皆それぞれに、最後のお別れをする。

 ここで道は分かたれる。互いの無事と、いつの日かこの道が交わる事を願って。
 さようなら。そして、またいつか。

作者:つじ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2021年12月24日
難度:易しい
参加:36人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 1/素敵だった 5/キャラが大事にされていた 6
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