外宇宙への出航~水の都の光宴祭

作者:猫鮫樹


 最終決戦から半年。ハロウィンからはもう二か月が過ぎた。
 とうとう新型ピラーの開発が成功し、ダモクレス本星マキナクロスにおける、ケルベロス達の居住区もすぐに暮らせる状況となった。
「これはすごく喜ばしいことだよねぇ」
 相も変わらずふわふわとした声音で、中原・鴻(宵染める茜色のヘリオライダー・en0299)は至極嬉しそうに紅玉を溶かしたような瞳を細める。
 降伏したデウスエクスやケルベロスの希望者を乗せ、マキナクロスは外宇宙に進出する準備が整ったというわけだが……。
 このマキナクロスの出航には膨大なエネルギーが必要となるのだ。
「必要なエネルギーにはねぇ……そう季節の魔法『クリスマスの魔力』を利用するんだ」
 鴻はこぼれるような笑顔を浮かべながらそう口にした。
 この『クリスマスの魔力』を使用する事、『クリスマスの魔力』の多寡で、マキナクロスの速度が変化するだろうと、鴻は続けていく。
「彼らが宇宙の隅々まで探索できるように、できるだけ『クリスマスの魔力』を届けたいと思わないかい?」
 外宇宙へと向かう者、地球に残る者、二度と会う事ができなくなるかもしれない。それでも、後悔など残らないように精一杯見届ける為にもこの『クリスマスの魔力』は大切で、その為にも地球各地のクリスマスイベントに参加して盛り上げてほしいという訳だ。
「ちなみに場所なのだけれど……イタリア、水の都と言われるヴェネツィア。ここではクリスマスマーケットが開かれていて、ホットワインなんか飲みながら散策しても楽しいと思うよ、それからね……」
 楽しそうに声を弾ませて、鴻はパラパラと紐閉じの本ではなく雑誌を捲る。
 ヴェネツィアでは街中、水路までもイルミネーションでライトアップされている。
 イルミネーションで彩られた水路をゴンドラに乗ってゆっくりと進むのは中々にロマンチックだろう。
 勿論、カフェやレストランでまったりしたり、バーカロという立ち飲み形式のバルでチッケッティと呼ばれるおつまみにワインなんていうのもいいかもしれない。
「ちょっとした軽食だけなら出店みたいのも出ているみたい。ビスコッティをワインに浸して食べるのもいいよねぇ。ポルケッタっていう焼いた豚肉をパニーニにサンドしたものも美味しそう」
 鴻はうきうきとした気持ちがどんどん溢れているのだろう。それからと鴻の口からはどんどん言葉が零れ落ちていく。
 世界で最も美しいと言われる広場――サン・マルコ広場には巨大なクリスマスツリーが飾られ、そこでは結婚式も開催できるというのだ。
「パートナーがいる人はこのサン・マルコ広場で結婚式をぜひあげて、お祝いさせてほしいなぁ」
 サン・マルコ広場にある鐘楼、高さ約96mの展望台から望む夜景はきっと想像もできないほど綺麗だろう。
「街のどこからでも見えるように海のあちこちで花火もあがるみたいだから、これも楽しみだねぇ」
 そう呟いた鴻は雑誌を閉じて、浮足立った心を落ち着かせるように息をゆっくりと吐いた。
 これだけ楽しいことがあれば『クリスマスの魔力』もきっと集まるはずで、その魔力を充填したマキナクロスは外宇宙に出発することになる。
「マキナクロスは光速を超え、外宇宙に向かってしまう。うん、出発した瞬間に姿を消し、以後、観測も出来なくなる事だろうねぇ」
 だが、万能戦艦ケルベロスブレイドで月軌道まで見送りに行く事は出来る。月軌道上で最後のお別れとなるんだ、と鴻は少しだけ寂しさを滲ませる。
 今まで共に戦い、共に過ごした彼らとの最後の瞬間になるのは門出になるとはいえ、寂しくもある。
「ここで別れたら、もう二度と会う事ができなくなるかもしれない。だから後悔の無いように見送ってきて欲しいなぁ」
 そう言葉を結んだ鴻は、ほんの微かに寂しさを滲ませつつも温かな笑みを浮かべるのだった。


■リプレイ

●Vi auguriamo buon natale
 煌めく光はキラキラと眩く、弾む声が冷えた空気に溶けて消えていく。
「憧れの水の都なのよ!」
 水に囲まれた都、合間に見える水路にもしっかりとイルミネーションの光は輝いていた。
 ここサン・マルコ広場にアザリアの弾んだ声が響き渡る。
「みんなでお出かけ! ふふ、嬉しいなあ」
 アザリアと手を繋ぐステラも嬉しそうに笑っていて、その二人を追うようにルーチェとネーロがゆっくりと歩いてくる。
 まるで鏡合わせのような双子の間に突入してきたエイルは、ルーチェとネーロの腕に自分の腕を絡める。
「ふふ、ダーリンの故郷へ凱旋ですわね」
「サン・マルコ広場も美しいけれど、僕のお気に入りはサンタマリアフォルモーザ広場だよ」
「サンタマリアフォルモーザ広場? 今度見てみたいのよ」
 ステラはさりげなく自分の兄の間を陣取っているエイルに笑いながら、ルーチェの言う広場に興味を示した。
 ルーチェとネーロの地元でもあるこの水の都。沢山の思い出があるのだろう。
「観光客が少ないし、時折ちょっとした自動遊具なんかも設置される。住宅街の上にあるアルターナも独特だねぇ」
 アザリアとステラが仲良く手を繋ぐ姿にほっこり目を細めるネーロは、自分とルーチェの腕をしっかりと組むエイルの好きにさせつつ、ルーチェの懐かしむ声に小さく頷いていた。
 外に出るよりも家で遊ぶ方が好きだったネーロ、勉強嫌いで活発だったルーチェ、 双子とはいえ、性格や好みは違うのだろう。
 時折、アザリアは持ってきていたカメラを構えて広場のイルミネーションやルーチェ達にシャッターを切っていた。
「それにしてもヴェネツィアって本当にちゃりんこ走ってませんのね」
 橋のアーチと迷路みたいな道なりを歩きまわりながら、エイルは街並みをきょろきょろと見回す。少しだけ荒くなった呼吸を整えつつ、歩くのではなく飛べばいいのでは? なんてエイルは思ってしまった。
「写真撮るのよ! 思い出いっぱい残すの!」
「わたしもわたしも!」
 仲睦まじいステラとアザリアが、自由に、それでも3人から離れすぎない場所で何度かシャッターを切っていく。
「エイル姉様、もっと普通に写って良いのよ?!」
 広場でのひと時を過ごしてから、5人はバーカロへと向かっていく。
「リア、自分で注文してご覧? 僕らのイタリア語レッスンの成果、見せて?」
「リアちゃん、イタリア語のレッスン頑張ったの? ならわたしのぶんも、注文してみてほしいんだよう!」
 バーカロについた一行はまず注文へ。ルーチェとネーロはアペロールスプリッツを頼み、未成年であるアザリアとステラにはクロディーノかなと思いつつ、ルーチェはアザリアの背中を押した。
 ネーロとともに、ルーチェはアザリアにイタリア語のレッスンをしていたのだ。
 アザリアは緊張した面持ちで、ステラに頷いてゆっくりと習ったことを思い出すようにイタリア語を口にする。
「Due CRODINO、 per favore!」
 わずかに強張った声は緊張しているせいだろう。それでもアザリアの発したイタリア語は店員に上手く伝わったようで、すぐにクロディーノが二つ手渡された。
「誕生日ニアミスなのよ……」
「ああそうか……アザリア嬢は残念だったね。誕生日を迎えたら、また改めてお酒を楽しむ場を設けられたらいいね」
 ネーロとルーチェとエイルのグラスに入るビビットなオレンジ色を見つめるアザリアは、少しだけ悔しそうに呟いた。
 誕生日を迎えていれば、三人と同じようにお酒が飲めていたのになんて、アザリアはふくれっ面を見せる。だがそれもステラが「リアちゃんと同じの飲めて嬉しいよ」なんて笑顔をみせると、アザリアの顔に笑顔が戻った。
「そろそろ乾杯いたしましょうか」
 エイルがグラスを持ち上げてそう零すと、それにつられて皆もグラスを持ち上げる。
「ここまで共に居てくれた面々に、心からGrazie mille」
「こうして皆で共にあれることに、感謝を」
「今後とも好き勝手しますので、お付き合いしなさい」
「皆はリアの宝物! 今ここに居られることが幸せなのよ、大好きよ!」
 まずはルーチェが、続いてネーロがグラスを掲げ、そしてエイルが宝石の様な左目を細め、アザリアもクロディーノが満たされたグラスを持ち上げた。
 四人にならってステラもグラスを持ち上げてみせれば、
「Salute!」
 5人の声がバーカロに響いていくのだった。

 広場からクリスマスマーケットがある市街は人が多く行ったり来たりしていて、その中で広場に用意されたテーブルに白く立ち上る湯気がいくつもあった。
 蕩けるチーズに、濃厚なトマトソースとバジルの香り。一口頬張れば本場の味が口の中を満たしていく。
「ナポリとはまた違って、これはこれでとてもよい」
「切り売りピザ、イタリアならではだよな」
 ハインツも同じようにピザを食べてそう口にする。
 イタリア料理が好きな悠と一緒に、ここイタリアの地に来られたことはよかったとハインツは思っていた。
「インボルティーニも頂こうじゃないか。さあハインツさん、あーん」
 イタリアの家庭料理であるインボルティーニを悠は一口サイズに切って、上機嫌な様子でハインツに差し出せば、ハインツはぱくりとそれを口にし美味しい料理を堪能していく。
「ゴンドラ乗りたいんだぜ、折角だし!」
「ではエスコートをお願いしようじゃないか、愛しい人よ」
 改めて悠に言われて、ハインツは赤くなる頬を指で掻いてゴンドラ乗り場へと歩いていく。
 ハインツが悠を支えてゴンドラに乗り込めば、鮮やかな光が広がる水路の世界へ向かうのだ。
「やはりイタリアはいい。何か独特の世界観で」
「わかるぜ。悠と来られて本当によかった」
 長く入り組んだ水路をゆっくりと進んでいくゴンドラ。その流れはきっと人生と似ているのかもしれない。
「オレたちはこれからもこの地球に残るけど、それでもやっぱり新しい出発って感じだよな」
「一つの大きな区切りであることは間違いないね」
 この後、クリスマスの魔力を蓄えたマキナクロスが出発する。悠とハインツは地球に残るという選択をしているわけだが、もちろん外宇宙へと向かう事を選択したケルベロスもいる。
「人生は長くて、けど短くて。戦いの中で託された願いと命の分だけ、一生懸命生きていきたいな。その旅路の側に悠が居てくれるんなら、こんなに心強いことはないんだぜ!」
 これからも共に歩いていこう! そう言ってハインツは水路を彩る光よりも、明るい笑顔を悠に見せた。
「降り積もった願いの中から、我々は生れたのだ。きっと」
 輝くような眩しい笑顔のハインツに向けた悠の言葉が空気に溶ける。
「こちらこそ。これからも一緒だよ、ハインツさん」
 悠の優しい声で紡がれた言葉。それにハインツはさらに嬉しそうに笑みを深めていった。

 同じようにゴンドラに乗って水路に向かうケルベロスは他にもいた。
 ベルベット生地の座席にキカとひなみく、そしてミミックのタカラバコが座っている。
 ひなみくはホットワイン、キカはミルクティーをそれぞれ手にして優雅なゴンドラの旅へと出ていた。
 温かなドリンクからは白い湯気があがり、ゆっくりと風に揺れて消えていく。
「ん~! 美味しいんだよ!」
 ひなみくがホットワインをしみ込ませたビスコッティを食べてそう思わず声を漏らした。
 キカもひなみくと同じように、ビスコッティをミルクティーに浸してから口にする。
「ホットワインも、美味しいのかな」
「キカちゃんは……まだ駄目だな~! オトナの味だからね!」
「あと五年かぁ……我慢だね」
 じぃっとひなみくを見つめていたキカはそう答えてから、今度はタカラバコへ視線を向けた。
 タカラバコの口にはお菓子が袋ごと放り込まれていて、キカが「食べかす溢さなくてえらいね」と笑みを浮かべている。
 袋ごと食べている自分のミミックに少し呆れつつも、ひなみくは水路を彩る光をその瞳に映すと、キカも誘われるように青い瞳を向けた。
 きらきらのイルミネーション、水面に反射する光の海。
「全部全部、幸せの彩。キキ、よく見える?」
 ちょこんと席に座らせた玩具のロボ――キキにキカが問いかけた。
「きぃもひなみくも知らない、クリスマスの景色がもっと沢山あるんだよね」
「私は世界に旅立つけれど、宇宙じゃないから帰ってこれる」
 外宇宙へと向かってしまうケルベロスはもう地球に戻ってくることができなくなるかもしれない。だが、他の世界に行くひなみくはキカの元へいつだって帰ることができる。
「キカちゃんをいつか、誰も知らない綺麗な場所へ連れて行ってあげる。キキちゃんも勿論一緒だよ、タカラバコちゃんもね!」
「うん、迎えに来てね。ひなみくが見つけた素敵な場所、一緒に行こ」
 跳ねるタカラバコをぎゅうっとひなみくは抱きしめ、キカも嬉しそうに笑う。
「きぃもうんと大きくなってね、どんな場所でも冒険できるようになるよ。それで、ひなみくとワインを飲むの!」
「うん、皆でワイン飲むんだよ!」
 温かな優しい約束を一つ。きらきらと輝く水路の中で交わしていく。
 そんなゴンドラから、再びバーカロでは……。
「前に言ってた、世界巡りの第一弾か? なるほど悪くねェ」
 すでに酔いが回っている万はそう言いながら、グラスを煽るとからりと氷が音を立てた。
「万殿、こちらもどうぞ」
「……ツマミも食えって、おめェは俺の親かなんかか」
 そっとレフィナードが差し出した皿に、万はにやりと笑ってみせる。酒ばかりで、食の方を疎かにしがちなのは万自身わかっていることで。
 そんな万を気遣ってレフィナードが差し出す皿には、美味しそうなつまみがのっていて、万は軽口を叩いて、そのつまみを素直に食べていく。
「そういえば、何に乾杯、なんでしょうね」
「何に乾杯って、別に何でもいいじゃねェか。今日も酒が美味い、それだけで十分だ」
「では、友と美味い酒に」
 乾杯と、万とレフィナードが再びグラスを持ち上げた。触れるか触れないか、絶妙な距離感のグラスがバーカロの控えめな光に反射して、琥珀色の液体が輝く様だった。
 クリスマスと言っても何も変わらない。万の中に眠る獣など気になるところはレフィナードにはあるが、そういった気遣いを万が好まないのも知っている。
 だからこそ普段通り、何も変わらないまま互いに酒を酌み交わしていくのだ。
「ゴンドラにでも乗ってみますか?」
 ちょうどバーカロの入り口から見えるゴンドラ乗り場。そこに視線を向けたレフィナードが万にそう言ってみせると、万は眉間に皺をよせる。
「ゴンドラ? 野郎二人で? 寝そうなんだが」
「おや、流石に水路に浮かぶ友人を肴にする趣味はありませんし、やめておきましょうか」
「……なンで水路に落ちるまでセットなンだよ」
 ゴンドラに乗り込んでいく人を眺めるレフィナードが目を伏せて軽口を叩けば、万も文句を返してまたグラスを煽った。
 バーカロの外は煌めく光が溢れて賑わっていて、万はグラスの中の溶けかけた氷をくるりと回して金色の瞳を少しだけ細めた。
「何かありましたか?」
「……別に、なんでもねェよ」
 万は咄嗟に言葉を飲み込んだ。宇宙へ行く知人の事を考えていたとは、なんとなく言えなかったのだ。それに、レフィナードもきっと気付いているだろう。
 だが、それに敢えてレフィナードは深追いせず、「そうですか」と一言呟いて、万の氷が踊るグラスに酒を注いでいくのだった。

 新婚旅行も兼ねてヴェネツィアに来たが、結婚した年に行くのは全部新婚旅行だと花が咲いたように摩琴が笑う。
「みんなの行く先に幸あれ、ってね」
 暁人と腕を組んだ摩琴は夜空を見上げた。
 街を彩る光に負けないように、輝く数多の星々達。あの夜空を、宇宙をついにマキナクロスが出発する。
 ゴンドラから、この地球から摩琴と暁人は見送るために空を見上げるのだ。
 天を仰いだまま暁人はこれからのことについて思いを馳せる。戦ってばかりで、ケルベロスとしての役目が終わったらどうなるのかと思っていた。
 だけれども摩琴と出会い、これからのこと、やりたいことを沢山見つけることが出来た。
「ねえ、あきと。ボクたちの旅立ちは、いつにしよっか?」
 現れては流れていく灯りを見ながら、摩琴は少しだけ悩みながら言葉を探す。
「準備が出来ればすぐにでも世界中を駆け回りたいけど。でももう少し穏やかな暮らしを楽しみたい気持ちもある」
 何かに迷うような摩琴に、暁人は優しく見つめてそう口にした。
「途上国の復興支援をする亡きとーさんの意志を継ぐこと、それもあるけど……」
 摩琴の頬に紅が差した。それはイルミネーションの灯りのせいか、それともほかのせいか。
「新しい家族も欲しいんだよね」
 女として妻として、摩琴は暁人にそう尋ねたのだ。意を決したような言葉であるが、それは暁人とずっと一緒にいることが摩琴にとっての願いで。
 暁人はそんな摩琴に驚いて、それからすぐに摩琴の柔らかな体を抱きしめていた。
 色々なことの覚悟を決めなきゃいけないなぁと暁人は内心緊張していたのかもしれない。これからの人生、戦いとは別の大変さがきっと待ち受けている。
 それでも……。
「摩琴さんと一緒ならきっと大丈夫だ」
 色んな思いが回る中、暁人の口から零れたのはその言葉だった。
「出発までに、授かれれば幸せだね。ふふ、帰ってからもこれからも、いっぱい愛してね。旦那様♪」
「うん。改めてよろしくね、大切な奥さん」
 二人はゴンドラの上で強く抱きしめ合った。互いの体温を感じるように、しっかりと視線を見合わせて、微笑み合うのだった。

 ゴンドラが進む度に、水が揺れて波紋を広げていく。
 ゆるりと軌跡を描いていくゴンドラの上には、3人のケルベロスの姿があった。
「今日は沢山思い出を作りましょう」
 曇りなく笑ってかなみはそう言った。もちろんだと、なごもレヴィンもそれに笑顔で答えてみせる。
 父親と旅をしていた時も、ケルベロスとして活動していた時も、出会った人達との絆は何よりの宝だとレヴィンは感じていた。
 そんな出会いと旅が大好きで、今回のマキナクロスでの出発。宇宙への旅はまさにレヴィンの夢が叶うことだった。
 なごも、獣医になって困っている動物を助けるという夢を持っているから地球に残るという選択をした。
 ずっと一緒に過ごしていたレヴィンとなごの二人。難しい選択なことは容易に想像ができる。
 だが、ここで決めた事に後悔なんて微塵もなかった。笹船に乗せた約束は消えないのだから。
「光がきらきらしてキレイだね」
「だな、こんなにイルミネーションがすごいとはな」
「ほんとだねー! ねえねえ、そういうのどうなのさ?」
 煌びやかな光の世界を楽しむ中、なごが広場を指差した。
 そこには大きなクリスマスツリーがライトアップされていて、そのすぐ近くには結婚式場が併設されている。
 レヴィンは結婚式場を見つめてから、小さく息を吐く。白い吐息が夜空に消えていく間際、レヴィンはそっと小さな箱を取り出す。
「本当は旅が一段落してからと思ってたけど」
 小箱の中の指輪を取り出したレヴィンは、かなみの手を取りその指に指輪をはめた。
「あ……愛してるよ、かなみ」
「わ、私もレヴィンさんの事愛してますー!」
「おおー、やるねー。2人ともおめでとう!」
 真っ赤な顔したレヴィンになごは嬉しそうに笑って、かなみはレヴィンにつられて熱くなる頬に手を当てた。
「オレの分もあるんだ。今度はかなみがはめてくれよ」
 レヴィンはもう一つの指輪をかなみに渡す。恐る恐る受け取ったかなみになごがあ、と声をあげた。
「お嬢、絶対に指輪を水の中に落しちゃだめだよ。フリじゃないからね」
「どーんと任せてくだ……きゃっ」
 まさかのフラグとなったなごの言葉に思えたが、
「いぃ! やっぱりお約束のやつー!」
 間一髪、レヴィンがキャッチして事なきを得ることが出来た。
 用意された式場ではなく、ゴンドラの中の小さな結婚式。
 かなみがレヴィンに指輪をはめ、嬉しそうに愛を誓うと、なごもとても嬉しそうに柔らかな笑みを浮かべていた。
「へへっ、2人の式に立ち会えて良かった」
「ふふ、秘密の結婚式って感じで私達らしいです」
 なごとかなみが笑い合う姿を、レヴィンは目を細めて見つめる。
「なご! 良い表情出来るようになったな、嬉しいよ」
「レヴィン、お嬢! 楽しい旅をいつまでも! 絶対また会おうね!」
「ええ、約束です!」
 三人の小さな秘密の結婚式。約束も思いも、全てを乗せたゴンドラがゆっくりと水路を進み、橋をくぐっていくのだった。

「水が溢れる都、一度で良いから来たかった。嬉しい……空牙も此処は初めてよね?」
「俺も来るのは初めて。ホントに街中水路なんだな」
 ゴンドラの操船は任せてください、なんてミリムが言ったのは数分前の事。
 自慢げに言っていた通り、ミリムのオール漕ぎは文句のつけどころがないほどうまかった。
 時折空牙は、出店で買った物をミリムの口に運びながら、自分も同じようにイタリアの味を楽しんでいく。
 空牙がミリムの口ずさむ船漕ぎの歌を聞いていると、目的の場所に着いたようだった。
「操船お疲れ様、オール捌きすごかった」
「ふふん、当たり前じゃないですか!」
「久しぶりに背もたれになろうか?」
 冗談めかして言う空牙にミリムは、そっと彼の肩に頭を乗せる。
 ミリムの温もりが空牙の肩にじんわりと滲んでいく。幸せで優しく、変わらないお互いの気持ちが溢れ出てくるようだった。
「空牙! メリークリスマス! それと、今までありがとう!」
 ミリムは一度、空牙の隣に座り直すと、花火に合わせてそう言葉を紡いでいく。
 大切で愛しくて、離れがたいのはきっとお互いそうで。
「メリークリスマス! 今まで本当に楽しかった。感謝な」
 夜空に色彩豊かな花が咲き誇る。打ち上がる音が心臓とリンクするようで、ミリムは空牙の胸に飛び込んで唇を寄せる。
 少しだけ揺れるゴンドラが波紋を広げていく中、空牙はミリムを優しく抱き止めてミリムの口付けに応じるようにそっと唇を重ねた。
 ――大好きですよ。
 花火の音に紛れてしまうほどのミリムの声。恥ずかしい言葉もこうして花火の音に隠してしまえば誤魔化せて伝えられるのだ。
「愛してるぜ?」
 そんなミリムに、空牙は花火の中でも伝わるように口にし、照れ隠しにいつも通りケラケラと笑って見せる。
 宇宙の果てに旅立つ前、悔いが残らないよう。
 いつまでも、健やかでありますように。
 二人は夜空に咲く花と景色をしっかりと記憶に刻んだ。

「良ければ皆の気に入った皿を持ち寄ってシェアしませんか?」
 とカルナがそう二人に提案したのはちょっと前の事だった。
 ティアンも彗もそれに異を唱えることはなく、むしろ大歓迎だと言ってそれぞれ好きな料理をテーブルに並べていく。
 クリスマスソングが流れるマーケット内のテーブルに並んだのは、カルナの海鮮トマトパスタ、彗のポルケッタ。そして、ティアンは悩みに悩んでチーズリゾットを選んだ。
「熱々ですっごく美味しい! こういう時はボーノ!って言うんだとか」
 ポルケッタを食べていた彗が、
「じゃこのポルケッタもボーノだね!」
 と嬉しそうに答え、同じくチーズリゾットをフォークで口に運ぶティアンもゆっくりと咀嚼して飲み込んでから、
「ぼーの」
 と目を細めてそう言った。
 それぞれの料理をシェアしつつ、食べ終わればもちろんスイーツタイムへと変わる。
 粉砂糖がかかったパンドーロ、これも三人で分けつつ食べる。カルナの思った通り、パンドーロとホットチョコの相性は抜群でこちらもボーノ。
 彗の選んだケーキもクリスマスらしい飾りがついたものもボーノで。
 ティアンは透明なカクテルグラスに詰まった淡い赤色のグラニテをスプーンで掬い、それを口に運んだ。
「甘酸いベリー、ぼーの。おぼえた」
 どれも確かにボーノで、それは皆でシェアして食べたことによってさらにボーノと感じるものだった。
 食事に満足し、ならば今度はお土産探しに行こうと三人はマーケットのお店を覗くことにした。
「君、一緒に日本にくる?」
 カルナが手に取ったのはユーモラスな表情のスノーマンのマグカップだった。見れば見るほど愛嬌があり、可愛らしいマグカップ。
「あ、このキャンドルホルダーお洒落! 季節問わず使えそうだしこれにしよう」
 良い物を見つけたと言わんばかりに、彗の尻尾が揺れている。
 そんな二人が小物を選んでいる傍では、ティアンがクリスマスカードのある棚をじぃっと見つめてから、数枚カードを購入し、お土産を買った二人の元へと足早に向かう。
「彗さんのキャンドルホルダーはお洒落でカッコイイですね」
「そういえば二人とも自分用か? 渡す用もきっと喜ばれるぞ」
 お土産を購入していたカルナと彗に、ティアンはクリスマスカードを手渡していく。
「これはカルナで、これは彗な」
「なになに? クリスマスカード? 有り難う!」
 二人に渡したカードの裏面、そこにはティアンの手書きの文字で「またよろしく」と書かれていた。
 カルナと彗は受け取ったカードを見つめ、それからお互いに視線を向けると思いついたようにクリスマスカードを買いにいく。
 二人はカードに走り書きをして、ティアンへと渡した。
 この先もこうして集まれたらいいなと、皆といる幸せに心からの感謝をこめるカルナのカード。
 次もまた一緒に違う国を旅行できるようにと「次はフランスとかいいかも?」なんて彗は書いて、ティアンに渡す。
 絆はずっと続いていくものなのだ、この水路が海に繋がるのと同じように。

 付かず触れずの距離感は、長年曖昧にしてきた関係のせいなのだろうか。
「私たち、なんだかんだとこうやってずっと一緒にいるわねぇ」
 感慨深いなとリコリスは思いながら、買ってきたホットワインをカイへそっと手渡した。
 腐れ縁? 友達? 親友? どれも当てはまらず、中途半端な関係だった。
「本当に長い付き合いね。ありがとう、リコリスちゃん。嬉しいわ」
 カイはホットワインを受け取って微笑み、二人は肩を並べて賑わうマーケット内を散策することに。
 家族連れ、友達同士、恋人同士、誰も彼もが楽しむ中で、リコリスはこうしてカイとの関係について考えてしまう。
「ねぇ、私たちの関係って結局なんなのかしらね」
 口をついて出た言葉だった。誤魔化す様に小さく笑ってリコリスは、意味をつけるのは野暮っていうものかしらと言葉を重ねる。
「あら、改めて意味をつけるのが野暮だなんて私は思わないわ」
 カイは優しく目を細めてそう言った。
 リコリスは自分の思いをひた隠しにする一方、カイは自分の思いをちゃんと伝えようとしていたのだ。
 それでも決定的な何かが足りなくて、カイは自分の中で燻る思いをまだ口にできなかった。
 そうしてマーケット内を歩き続けていると、リコリスは一つのお店に目を奪われた。
 正確にはその店にあった、赤いリコリスのブローチにだが。
「ねぇ、カイさん、これをあげるわ」
 情熱的な赤色は鮮烈で、リコリスは自分が傍にいない時も思い出してほしいなんて思いを込めて、カイにそのブローチをプレセントした。
 愛しい人であるリコリスから貰ったブローチに、カイは受け取って酔うような喜びに打たれて、
「これでいつもリコリスちゃんと一緒じゃない」
 そう口にして、カイは嬉しそうに笑って、それからすぐに真剣な表情へと変えた。
 曖昧な関係に終止符を、リコリスの秘める思いをカイは知ることはできなくても、お互いが思いあっているはずで。
「貴女ごと大切にしていいかしら?」
 カイはブローチを胸に抱いて、空いた手をそっとリコリスの手に重ねていく。
 貰ってばかりなんて格好がつかないけれどと、少しだけ肩を落とすカイにリコリスはただ見つめる事しかできなかった。
「リコリスちゃん、愛してる」

 小さな光が点在し集まり、淡く彼らを照らしていく。
 夕暮れから夜へ、逢魔時へと変わる頃。光揺らめく水路をゴンドラで広場へ向かっていた。
 二人の出会い、家族となってからの五年目が始まった。
 それは長いような、あっという間のような。
「僕、こんなに長く一緒にいるのに、一度もエトヴァの身内の方に挨拶してない!」
 ゴンドラから降りて広場に足を踏み入れたジェミは、エトヴァに振り返りながらそう口にした。
 確かオーストリア在住だったはずで、もうここまで来たら挨拶に寄るしか! なんて息巻くジェミにエトヴァは微笑みを一つ落とす。
 彼は自分のお父さんのような人だとエトヴァは呟いて、
「一緒に会いに行こうカ」
 とジェミの隣に立つ。
 こうして沢山の人がいる中で、2人が出会えたことはこの星の奇蹟で。
 鐘楼に向かって歩き出してから、エトヴァはふと歌を口ずさんだ。
 ジェミに初めて歌ったうた。
 ――もしも君が愛する人になりたいなら。
「ずっと前にプロポーズしていたのかもしれませんネ」
 エトヴァの歌にそんな意味があったの? なんてジェミは驚きつつも、歌声に惹かれてしまったのは確かだったのだ。
 あるべき所へ引き寄せられたとでもいうのだろうか。
 鐘楼へ上がり、そこから見渡す大きなツリーは淡く穏やかな光を抱いていて。
 ツリーを見つけたジェミは、エトヴァの歌声で思い出した出会いの事が、再度脳裏に過っていくようだった。
 今もまた、新しく『家族』となったジェミへ、エトヴァはさらに歌声を響かせていく。
 水音、歌声、夜、光。すべてに祝福される愛の歌。
「また改めて宜しくエトヴァ」
「ええ、こちらこそ」
 見つめ合ってそう言いあう姿を光が祝福しているかのように、次々と点滅を繰り返していく。
 ――ずっと俺の傍にいて。
 思いを乗せた歌は空に昇っていく。
 エトヴァとジェミの指に光る銀色の輝きは、きっといつまでも色褪せることなく輝き続ける事だろう。
 そぅっとジェミがエトヴァに手を伸ばした。
 エトヴァは小さく笑んで、答えるようにジェミの手を握る。互いの体温が、繋いだ手から絡んで溶け合っていく。
 いつも、いつでも、これからも。二人で眺める景色の愛おしさを想っていこう。

●月軌道
 ケルベロス達が楽しんだおかげで、マキナクロスには膨大なクリスマスの魔力が無事に集まった。
 月軌道上にはダモクレス本星マキナクロスと万能戦艦ケルベロスブレイドが打ち上がり、着々とお別れの時間が近づいていた。
 イタリアのヴェネツィアで沢山の思い出を作って、その胸に大切にしまい込んだことだろう。
 旅立ちが近づくにつれ、寂しさを募らせ涙を零すものもいる。
 外宇宙に向かっても、地球に残っても、同じ未来に向かうことに変わりはない。
 だから、後悔を残すことなく万能戦艦ケルベロスに乗り込んだケルベロス達は、マキナクロスに大きく手を振って、平穏な時間を互いに過ごせるように思いを乗せて、見送っていくのだった。

作者:猫鮫樹 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2021年12月24日
難度:易しい
参加:25人
結果:成功!
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