外宇宙への出航~君が生きる、この世界で

作者:犬塚ひなこ

●今までとこれから
 最終決戦、ケルベロス・ウォーに勝利して半年。
 あれから新型ピラーの開発が成功したことで、ダモクレス本星のマキナクロスにおけるケルベロス達の居住区も整った。即ち、外宇宙に向かう準備が出来たということ。
 外宇宙への進出は、宇宙に異常をもたらすデウスエクスのコギトエルゴスム化の撤廃と、新型ピラーをまだ見ぬデウスエクスの住む惑星に広めにいくという途方も無い旅だ。
 ケルベロスの希望者と、デウスエクス――地球を愛せず定命化できなかった者や、外宇宙へ向いたいと願った者は旅立ちの時を迎えている。

 マキナクロスの出航に必要なエネルギーは、季節の魔法『クリスマスの魔力』を利用することになった。この魔力を利用することにより、竜業合体のように光速を超える移動すら可能になることだろう。
 つまり、今年のクリスマスは大きな転機となる。
 地球に残る者、外宇宙に向かう者。果てしない旅が始まることで、両者はもう二度と会うことが出来なくなるかもしれない。
 そして――世界が変わる、その日が訪れる。

●クリスマスパーティーでお別れを
「メリークリスマス、でございます!」
「あはは。ちょっと早いけどメリークリスマスだよ、みんな!」
「パーティーの招待状だ。受け取ってくれ」
 ケルベロス達を迎えたのは雨森・リルリカ(花雫のヘリオライダー・en0030)と彩羽・アヤ(絢色・en0276)、遊星・ダイチ(戰医・en0062)の三人。
 平和が訪れた世界の最中、ケルベロス達は新たな未来を歩みはじめた。
 たとえばリルリカは大学進学の準備を整え、アヤは世界を巡る絵描きの旅をしており、ダイチは故郷の地下世界に帰っていた。それぞれが別の生活を送る中で、こうして彼女達が一堂に会した理由は――勿論、クリスマスパーティーがあるからだ。
 外宇宙への出航を控えた今、世界中で賑やかな催しが企画されている。
 その中のひとつである或るパーティーに出席しないかというお誘いと、その招待状がケルベロスに渡された。
「あたしたちが行くのはね、東京にある高層ホテル! すっごい美味しいものが揃えられた立食パーティーが開催されるんだって!」
「硝子張りの窓からは、外の綺麗なイルミネーションが見られるそうです」
 アヤ達はごくごく普通のクリスマスパーティーを選んだ。もちろん豪華で絢爛な催しもいいのだが、これからも続いていく世界の普通――そして、その中でのちいさな特別を味わいたいからだという。
「ホテルの中層にある空中庭園では写真を撮ってもいいらしい。ドレスやスーツなんかの貸衣装を着て、ライトアップされたガーデンで特別な夜の光景が撮れるようだ」
 ダイチは仲間達にパーティーの催しを伝えていく。
 ひとつは、ビュッフェスタイルのクリスマスディナー会場。
 此処では古今東西の様々な料理やスイーツが揃えられており、窓辺からは綺羅びやかに彩られたイルミネーションを眺めることが出来る。
 ふたつめは空中庭園。
 ホワイトガーデンと呼ばれる美しい場所で過ごすことも許されている。クリスマスに因んだツリーや雪の装飾、ライトアップされた白い石畳の道は美しい。
 そして、ガーデンの奥には小さなチャペルを模した建物がある。其処でちいさな結婚式を行うことも出来る。既に結婚している者も、これから結婚する予定であったり、将来を誓い合いたいと思っている相手同士で使っても良いらしい。
 また、友人同士の記念にしたり、星が見える空中庭園で宇宙に思いを馳せるのもいい。
 日常の中の少しの特別。
 こういった時間を重ねていくことで、世界の未来が紡がれていく。

●いつかの未来へ
 それぞれが楽しく過ごせばクリスマスの魔力が巡る。
 力を充填したマキナクロスは外宇宙に出発していき、光速を超えて外宇宙に向かう。つまり、出発した瞬間から観測が出来なくなるのだ。
 リルリカはそっと目を閉じた後、宇宙に向かう人達に思いを馳せる。
「楽しいクリスマスパーティーが終わったら、万能戦艦ケルベロスブレイドで月軌道まで見送りにいけます。外宇宙に旅立つ方々を月軌道上でお見送りして、本当に最後のお別れを行うことになりますです」
「ここで別れたら、おそらく……もう二度と会うことができなくなるだろうな」
「だからね、ゼッタイに後悔の無いようにしようね!」
 ダイチも宇宙への思いを巡らせ、穏やかに笑んだ。続けて明るい笑みを浮かべたアヤは楽しいお別れにしよう、と宣言する。
 頷いたリルリカは仲間達を見つめ、満面の笑みを湛えた。
「それでは皆様、パーティーに出発です!」

 過ぎ去った日々。紡いでいく未来。
 君は何を想い、どのような選択をするのか。新たな世界が今、此処から始まっていく。


■リプレイ

●君と過ごす時
 今宵は特別な煌めきを宿す夜。
 星の外に旅立つ者達を送る日として。そして、これからも続く日々へ思いを抱いて。
 ティアンとキソラ、アガサの三人は、今夜のイルミネーションにも負けないほどのキラキラな衣装で着飾ってきた。
 夜景が一望できるフロアにて、シャンパングラスを傾ければ心も躍る。
「随分大人びて見えるな、ティアンちゃん」
「うれしい、ありがとう。でも、もうニ十歳はこえてる」
「アガサちゃんの可愛さもいつもとは違う雰囲気がイイ」
「キソラのスーツもいいね、カッコよく決まってる」
「二人の正装もしゃんとしてて似合う」
 首を傾け、長耳を揺らすティアンに対してキソラが笑い、アガサも二人が綺麗だと褒める。こうして楽しむのは中々に新鮮で、世界的な新たな門出を祝するのにもぴったり。
 キソラの眼差しは妹達を見守るような優しいものだ。
 お姫様みたいだとティアンを眺めるアガサは、近くに施されている綺羅びやかな装飾にも目を向ける。
「年に一度のクリスマス。たまにはこういう雰囲気の中で過ごすのもいいよね」
「夜景にも負けないキラキラな思い出を残そう」
「それがいい」
 三人はグラスを掲げて、乾杯、と声を合わせる。
 平和になった世界と自分達の未来を思えば、今日という特別な日の記憶と記録を残しておきたくなった。
 写真を撮ろうという事に決めた三人は窓際の煌めきがよく映る場所に移動する。
「折角だ、キソラもちゃんと写ってほしい」
「そうだね、キソラも今夜は一緒に写ろう」
「そーだな、じゃあこうしよう」
 カメラを第三者に預けた三人は、夜空が広がる窓辺を背にした。ティアンは仄かに口元を緩め、キソラは双眸を細め、アガサも懸命に笑顔を浮かべる。
 ぱちりと瞬けば、ほら――今夜という二度と訪れない特別な一瞬が刻まれる。

「わぁ、豪華やねぇ」
 あれもこれも美味しそうだと燥ぐ保と、その傍に並ぶ零はビュッフェを楽しむ。
 その際に語るのは今後のこと。
「……そういえば八千草さんは地球に残るんですっけ?」
「うん、ボクは地球でがんばることにしたよ」
 零が問うと保は、自然の中で誰かや何かを癒して歩いていくと答えた。研究所に入ろうと思うのだと語った保には確かな想いがある。
 オラトリオとして。この星を愛した創造主の種族として、誇りを持つこと。
「……僕も残る側なんだ」
「なんや、ほっとしたなぁ。零はんらしゅうて素敵やね」
 零が告げた事を聞き、保はふわりと微笑んだ。零は皆を待っていたいのだと話す。だから宿も続けるつもりであり、皆を出迎える準備をいつでもしていたいのだという。
「……八千草さんも気が向いたら、うちの宿に遊びにおいでよ」
「ふふ、喜んで、遊びに行くよ」
「いつでも歓迎するからさ」
「これからもよろしゅうね、零はん」
「えぇ、これからもよろしくね、八千草さん」
 二人は乾杯を重ね、後で外宇宙に向かう人々を見送りに行くことにした。
 これから、どんな未来が訪れるのか。未だ見ぬ先を思う保と零は笑みを交わす。
 いつか――おかえり、と皆に告げるために。

「リューデ! これも美味しそうだね!」
「テイクアウトは可能だろうか」
 アルベルトとリューデの二人はたくさんの料理を更に山盛りにしていた。一度に取りすぎないように、と注意を告げあいつつもどれも美味しそうなので目移りする。
 しかし、帰ったらケーキが用意されているので食べ過ぎは禁物。
「ケーキ、どんなのかなぁ」
「料理は逃げない、平和も逃げはしない」
「でもリューデのお皿もかなり山盛りだね」
 二人は笑いあい、今という時間の楽しさを満喫していた。
 平和を実感できることは何よりも嬉しいことだ。アルベルトにとってはリューデの笑みが見られるだけで穏やかな気持ちになれる。
 重ねた年月が彼を変え、世界までも変えてくれた。
 対するリューデは出会った頃から変わらないアルベルトの姿を好ましく思っている。
 変わった事。変わらない事。
 どちらも内包した、素晴らしい日々がこれから続いていくのだろう。
「それにしても宇宙かあ……僕には想像もつかないな」
「地球に残る我々もしっかりと見送ろう」
「うん、皆にとっていい旅になるといいね!」
 二人は旅立つ者達を思いながら果てしなく遠い空を振り仰いだ。
 どうか、皆の旅路に幸在らん事を。

「長いようで短かったな……ここまで来るのに」
「大変でしたね」
「色々あったからな」
 ティムスとネリィ、絽貴。しみじみと語り合う三人はこれまでとこれからのことに思いを馳せている。
「さて、これからどうするかな。未来のために頑張るか!」
「でも、今は料理を楽しむのなのです」
「それもそうか。よし! 今を楽しむか」
 ティムスとネリィは周囲の料理に目を向け、特別な夜を楽しもうと決めた。特にネリィは瞳を輝かせている。
「はわー、美味しそうなものがたくさんありますね。どれから選べば迷うなのです」
「色んなものがあるんだな。好きな物を選べばいいだろうに」
 絽貴は料理の皿を示し、ネリィ達を手招いた。
 ティムスは二人の後についていき、これから始まる今に思いを馳せた。食事が終われば皆で外宇宙に向かう者達の見送りが待っている。
 誰も予想の出来ない未来だけれど、きっと――行く先は眩しくて、明るいはず。

 アンセルムと環とエルム。
 世界が平和になった今も、三人はいつものように一緒。
 彼らはこれまでと変わらずに、この地球で暮らしていく。そんな訳で今宵は三人にとっての打ち上げ会だ。
「ということで、お疲れ様!」
「いつの間にか三人でいるのも当たり前になってたんですよね」
「よーし、いっぱい食べますよー!」
 しみじみとするエルムと、意気込む環はは皆で食べるご飯の美味しさを知っている。平和な時間と共に味わえるならば更に格別だ。
 手作りの料理もいいけれど、外食もまた楽しいもの。
 環は皆でシェアするための料理を皿に盛っていき、アンセルムは珍しい料理を探し、エルムはいつか二人にご馳走するための参考にしていく。
 誰もが明るく笑っている。
 それはこれからも三人の時が続いていく証。
「イルミネーション、綺麗ですね。よく考えたらゆっくり見たの初めてかも」
「そういえば……たしかに、落ち着いて見る機会って初めてかもしれないね」
「絶景を眺めながらのご飯はまた格別ですね」
 環とアンセルムは煌めく光をじっくりと眺め、エルムも食事を楽しく味わった。
「皆が幸せで、アンちゃんとエルムさんがいて、おいしいご飯があって。綺麗な景色も見られて贅沢な夜ですー」
「そうですね、贅沢過ぎます」
「これからも続いていくよ、きっと。ううん……絶対に」
 今までは、この光景をまた見るために戦おうという気持ちでいたが、もう違う。穏やかな時間を絶やさないように過ごすのが、これからの目標なのだから。

●君と歩む日々
 ましろのドレスを着て、キカは玩具のロボと庭園を歩いていく。
 ふわりと揺れた裾を翻した少女は夜を彩る光を見つめた。静かな樹々に白い石畳に反射する光の欠片。星と光の海のような景色は全部が綺麗で、とても眩しい。
「キキ、写真も撮れるんだって」
 とびきりのおめかし姿の記念を作ったキカとキキは遠い空を見上げた。
 この世界で生きる人、遠い宇宙に向かう人。
 どうかこれからも、すべての人が大切な誰かと笑いあえるように――。
 歌をうたおう。
 この声が、見知らぬ誰かに届くように。泣いているあなたに気付けるように。
 この星で。だいすきな歌で。誰かを幸せにしたいから。

 雫は真白なウェディングドレス。
 ミハイルは凛としたタキシード姿。そっと雫が視線を向ければ、ミハイルが穏やかに微笑む。今宵、二人は此処で愛を誓い合う。
「綺麗だね雫ちゃん」
 この世の何よりもキミは美しい。
 ミハイルが語る言葉に頬を染めた雫はチャペルの下で静かに目を閉じた。そして、次に瞼をひらいた時。ミハイルが誓いの言葉を紡いでいく。
「ボク、ミハイル・アストルフォーンは雫ちゃんの夫として病める時も、健やかなる時も、互いに愛をもって支え合う事を誓います」
「私、真島・雫はミーシャの妻として、病めるときも健やかなるときも、愛をもって互いに支えあうことをちか、誓います!」
 互いに嘘偽りのない真実を語り合い、二人は口付けを交わす。胸の内から幸せな気持ちがいっぱいに溢れていき、雫は嬉し涙を浮かべた。
「……あ、改めて、此れからもよろしく、ね、ミーシャ」
「よろしく雫ちゃん。な、何だか照れくさくなってきたねぇ」
 笑いあった二人はこれから巡る時を想い、揺るぎない幸福な気持ちを抱いた。

 手を伸ばせば星まで掴めそうな夜空。
 その下で寄り添っているのはシャインとジョニーの二人。
 これまで色々あった。そして、これからもそれ以上の色々な事があるのだろう。シャインは空から視線を下ろし、ジョニーを見つめる。
「私の一番は貴方と出会ったこと」
 空虚な気持ちを押し流してくれた。喧嘩も沢山したけれど、それでもジョニーと一緒の未来を選びたい。
 結婚して家族になってから一年。愛しい気持ちは変わらず、前よりも強くなっている。
「俺だってそうだよ?」
 シャインは自分を優しく照らしてくれる月。その光を影らせないよう、夫として寄り添っていきたいという思いがジョニーの本心だ。
 気持ちも変わらないし、変える気は無い。
「誰よりも君を愛し続けるよ」
「ジョニー、私の全てはあなたのもの」
 額を合わせた二人は思いを重ねる。
 愛おしい人、いつまでもそばにいて。護り、愛し抜くことを誓うから。
 想いよ、届け。
 薬指の指輪が光り耀くさまは、二人の誓いを見守っているかのようだった。

「え? え? これってタキシード?」
「由奈姉さんと決めちゃったのよね。歩くんと結婚しようって……♪」
「ふふ、実は結婚式を用意してました♪」
 冥と由奈に連れてこられたチャペルにて、歩は白い礼服に着替えさせられていた。どうやら二人は歩に内緒で計画を立てていたらしい。彼女達も白いウェディングドレスに身を包んでおり、嬉しそうに微笑んでいた。
「そっか、ボク……二人と結婚しちゃうんだ……♪」
 冥は歩の左薬指にそっと指輪をはめ、由奈も右の薬指に指輪を付けてやる。
「私たち二人とも幸せにしてくれますか?」
「なんだか不思議な気分だけども、三人で幸せになれれば……ね♪」
「はい、ちかいます!」
 歩は真っ直ぐに愛を誓い、三人はぎゅっと抱き締めあった。あらん限りの愛を伝えるように温もりを伝えあった彼女達は幸福な気分に浸る。
 思いを伝えあい、これからもずっと一緒にいることを心に決めた。世間からどのように思われたとしても愛しい気持ちは嘘ではない。
「大好き、歩くん」
「愛してしまったからには、止めようもないものね」
「うん、みんなで幸せになろうねっ♪」
 歩は背伸びしていき、二人と誓いの口付けを交わした。
 これからどんな日々が巡るのか。それはきっと幸せと愛に満ちたものに違いない。

 戦い続けた数年。
 時間にすれば短いものだが、エルスにとっては一生分を経験したようなもの。
 宇宙の彼方には焦がれるが、足の下の大地はもっと恋しい。
 エルスは清士朗が巻いてくれたマフラーの温もりを確かめながら、大切だと思える日々と世界を想った。
「私が生まれた世界、私が生きている世界。そして、あなたがいる世界。まだまだ、全然見飽きていないんです」
 だから此処に居たい。エルスの思いを聞き、清士朗はそっと頷く。
 戦いが始まってエルスと出逢い、あの島へ行って――色々なことが、あった。
「エルスは高校を卒業したらどうする?」
 清士朗はこれまでの事を思い返しながら未来を問う。何をしてくれてもいい。俺の傍にいてくれさえすれば、と話す彼に向けて、エルスは穏やかに笑む。
「あなたさえが、私の側にいればどんなことでも出来る気がするの」
 手を重ねた二人は互いの熱と思いを伝えあう。
 同じ未来を歩むことが幻ではないと感じしながら、エルスは清士朗に耳打ちした。
「実はですね……」
 遠くない未来に、また家族が増える。
 寒風の中で握る指先。その温もりも言の葉も、何より確かなものだった。

 家族になりたい。
 それがリリエッタとルーシィドが選んだ、これからの道。
 しかし家族というものがどんなものか。どうすれば家族と呼べるのか。リリエッタとルーシィドにはまだ分からない。
 色々と考えていた時、遠目に見えたのは結婚式の景色。
「結婚式、やれば家族になるんだよね……?」
 羨ましそうに見つめている彼女の様子に気付き、ルーシィドはその手を引く。
 そして、ルーシィドは魔力を紡いでいく。其処に出来上がったのは緑の蔦のリング。
「これで準備が整いましたわ」
「ルー……うん、二人だけの結婚式、しよう」
「二人が家族である証に、このリングを毎日新しく作りますわ」
「ありがとう……」
「これがわたくしの約束ですわ」
 微笑みを重ねた二人は指輪を交換しあい、誓いの口付けをした。
「んっ、これでルーと家族になれたんだよね」
 リリエッタは今まで見せたことのないような満面の笑みを浮かべ、ルーシィドをそっと抱き締めた。こうして二人は家族としての縁を繋いだ。
 誓いと約束は、ずっとこの胸の中にある。

●見送る君へ
 月軌道でマキナクロスを見送る者達。
 彼、或いは彼女達は其々の思いを抱き、宇宙の果てを見つめていた。
「遂にマキナクロスが旅立つのですね」
 セレナは騎士として、宇宙を守る為に旅立つか少し迷っていた。しかし今は出立を決めた仲間を見送る側に付いている。
 このまま、この星を守り続けるのも騎士としての務め。
 セレナの記憶は一部だけ戻った。それは悲しいものでもあったが、いつか全ての記憶が戻った時、思い出せて良かったと思えるようになりたい。
 仲間が思いを馳せる中、リィンは旅立つ者に向けてのライブを始めていた。
「これが、星の記憶を伝える為選んだ私のやり方だから」
 身に纏う衣装は宙の蒼を思わせるもの。
 天の川の白、星の金を差し色にしたドレスが音に合わせて美しく揺らめく。ここまで歩んできた道を懐古するように響く音色。
 見送りに相応しい明るい音楽と共に、リィンが纏う星が煌めいた。
 彼女の音楽を聞き、ティオは決意を固める。
 ケルベロスとして宿敵を討ち、エインシュート家の者としての決着も付いた。一族は跡取りの弟に任せておけば安心だ。
「このままだと田舎に帰って終わりですからね。宇宙という新天地にまだ見ぬ新たな原石が待ってます! 宝石職人としてそれらを最高のジュエリーにしてみせます!」
 意気込むティオはもう一つの思いを抱いていた。
「あっちなら私みたいな小学生体型でも恋愛結婚できるかもしれませんし!」
「結婚……まあ、お互いに良い人ができれば、ですね」
 その声を聞いていたセレナは静かに微笑む。
 やがて、リィンが歌う音楽はヘリオライトへと繋がっていく。
「最後に……今までありがとうございました。……ぐずっ。結局、泣き虫は治りませんでした。では――行ってきます」
「どうか、お元気で」
 涙目になったティオを見送り、セレナは手を振った。
 いつか遠い未来、互いの子孫が再会する。素敵な奇跡が起きる事を信じて――。
 そして、リィンの歌は響き渡る。
 この声よ、宇宙に響け。
 そして――新たな歴史を歩む全ての者達と世界に、祝福を!

 葵と清和の二人。
 肩を寄せながら空を見つめる彼らは、そっと言葉を交わして行く。
「大変でしたけど、気がついたらあっという間でしたね」
「ほんと……長いようで短いような。とっても圧縮された数年だったね」
 彼らは外宇宙に旅立つ者を見送る側についた。争いの種をなくす旅は彼らに任せてしまったが、いずれ彼らの子孫が地球に帰ってくる時も訪れるだろう。
 そう信じて、清和は思いを託した。
「子孫ですか。あはは、あんまりイメージできない、途方もない話ですね」
「でも、いつかきっとね」
「いずれ……うん。あれだけたくさん、やって来たくらいですもんね」
 葵と清和は宇宙を眺める。
 清和は星の海を見つめたまま、葵の手を握った。
「帰ってくる彼らを迎えるためにも、僕らも子孫を育て、この地球を守っていこう」
 葵は手を握り返しながら、気持ち分だけそっぽを向く。
「それもそうですけど……。せっかくなら子孫のお話は、責任感ぬきで相談できたらなー、とか……?」
 冗談混じりの軽口には出来ず、葵と清和は視線を重ねた。
 これから紡ぐのは、家族として歩む大切な未来。

「皆さんと遊んだり戦ったりした日々は、わたしにとっての『全て』ですーぅ」
 旅立つ直前、エインは皆に最後の言葉を送る。
 感謝の思いを伝えれば、仲間達はそれぞれの反応や表情を見せていた。
「エイン・メア姉さん……!」
「エイン、宇宙に行っちゃうんだな……」
 スズナと真介は最後の別れを惜しんでいる。しんみりとしてしまうが、しゃんとしていなければ最後が悲しいものになってしまう。
 もしスズナが泣き顔を見せれば、出発すると決めたエインの決意を揺らがせてしまうかもしれない。きっと皆、辛いのは一緒だから堪えるのが正解のはず。
「分かっていたことだけど、寂しくなるな」
 今までに貰った物や思い出を大切にすると告げ、真介はエインを見つめた。
「う、ぅ……ぐすっ」
 嗚咽を押し隠して鼻先を擦った芙蓉は、一緒に涙を拭う。旅に出る自分や国に帰るルリナも居るが、明確な別れを経るのはエインだけ。
「ボクも平和になったから、もうすぐアイルランドのお家に帰っちゃうけど、でも……寂しいお別れじゃなくって、離れてもみんなは絶対大丈夫だよっ」
 だって仲間だから。
 ルリナは明るく皆を見渡し、苦しい事ではないと語った。
 慶も悲しい顔などは見せずに普段通りにエインを見送るつもりでいる。
「知らねえ世界に惹かれんのは、らしいっていうか。選ぶかもしれないとは思ってた」
 寂しくはあるが、エインならひょっこり戻って来そうな気がした。今までも神出鬼没っつーか、と慶が語ると皆も笑みを浮かべて頷く。
 楽しげに微笑むエインは改めて礼を言葉にしていった。
「本当に、ありがとうございましたーぁ♪」
 やがみん、たかもん。ふーちゃん、るーりゃん。そして、お嬢。
 仲間達の呼び名をひとつずつ声にしていったエインは、思いを声にした。
 もしも、あなたやわたしがその時いなくても――。
 未来の地球に、わたしたちが出会って過ごした場所に、大切なこの世界に平穏をもたらせるよう邁進したい。
 そう思いましたーぁ、といつもの調子で話したエイン。
 芙蓉はうんうんと頷き、再び溢れてきた涙を押し込めようとしている。
「こんなに楽しかったのだから、クリスマスの魔力なんか有り余ってるわねきっと! それに、エインがゆく道なら、それは順風満帆な旅になるでしょ……」
 泣いてないと主張する彼女だが、仲間達はちゃんと分かっていた。
 最後に写真を撮るといった芙蓉は皆とハグをしていき、溢れるままの衝動と気持ちに身を任せていく。
 ルリナもエインに向け、笑顔を見せた。
「毎日お空見て、エインさんあそこにいるかなって、おてて振るね。遠くからでも見えるように、いーっぱい!」
 外宇宙は未知の世界だが、エインなら絶対に大丈夫だと信じている。
 楽しい事がたくさんあるといい。探しものも見つかるといい。ルリナの言葉は何処までも真っ直ぐだ。
 慶は時折、月軌道から見える景色を眺めながら過去を振り返っていた。
「ドタバタした日々だったな」
 それに日常でも戦場でも助けられることが多かった。エインは自然と人を引っ張って、巻き込んで、輪を作るのが上手い人物だった。
「向こうでも賑やかにやれるだろうけど、はしゃぎ過ぎて周りを驚かせんなよ」
 慶が薄く笑って告げると、スズナがエインに腕を伸ばす。
「……っ!」
 別れの時が迫る今、もう何も言葉にならなかった。それでも最後に、彼女を抱きしめたいと想った。涙を流すスズナを受け止めたエインは、そっとその背を撫でる。
「終わったらちゃんと涙は拭いますから、許してください」
 笑顔できちんと、行ってらっしゃいを言いたいから。スズナとエインの姿を見つめる真介も、これからに思いを馳せた。
「これからエインは何を見るんだろうな」
 未知の世界を目指して往く、果てしない旅。皆は二度と会えないと言うが、真介はそんなことなどないと思っている。
「また会えるよ、きっと」
「んむんむーぅ」
 エインは穏やかに双眸を細めた。
 グラビティ・チェインは地球から生じて、その恩恵を受けて世界は廻る。だからわたしたちはいつでも重力で繋がっている。
「あなたもわたしも笑顔で、ひとまずのお別れとしましーょう♪」
「ええ、宇宙の事は超任せたの。信じているから安心して任せられちゃうわねっ」
 芙蓉はエインに笑顔で答え、慶も最後の言葉を掛ける。
「ああ、そうだ。たかもんって呼び名。絶対認めねえって言ったけど、結構気に入ってたぜ。元気でな!」
「それじゃあ、『また』ね!」
 ルリナが手を振り、真介とスズナもエインをそっと見送っていく。
 マキナクロスの出発は一瞬だった。
 余韻すら感じさせないほどのものだったが、それもまた良き別れかもしれない。
 行っちゃいましたね、と呟いたスズナはずっと笑顔のままでいた。大丈夫か、と慶が聞いたことで彼女は首を縦に振る。
「……私は、大丈夫ですっ」
 すぐ隣にはいなくても、もしかしたらずっと会えなくても。
 大切な思い出は、絶対に無くならないから。
 真介は星が輝く景色を瞳に映し、果てなき未来を想った。
 他の皆も其々の道に進んでいく。これからの自分はどうなるか、まだ具体的には分からない。それでも、ゆっくり考えればいい。
 急ぐ必要はない。そう、時間はたくさんあるから。
「強いて言うなら、誰かが帰ってこられる場所になりたい、かな」
 真介は宇宙に手を伸ばす。
 いつか、また――『おかえり』を伝えられる日が来ることを信じて。

 遠い宇宙の彼方に旅立った者がいる。
 敬重とめびるはマキナクロスを見送り、思いを馳せた。未知の世界に向かう前に話すべき事は話したが、もう会えないかもしれないと思うといても立ってもいられなかった。
「エイン、元気で――」
「実は気遣い上手の、優しいメアちゃん。いってらっしゃい」
 彼女はめびるがサキュバスとして生きるのが下手だった頃、身体をとても気にしてくれたひとだった。だからこそ感謝が募る。
 二人は尊敬を抱き、彼女の旅の無事を祈って手を振った。
 敬重の役目はエインがしていた魔法講師の引き継ぎ。人に物を教えるって柄でも無いんだけれど、と呟いた彼は目を細めた。
「まあまあ向こうに心配を掛けない程度に励みますかね」
「うん。……はわわ、これは悲しいお別れじゃ無いのに、涙が出てきちゃった」
「悲しい気持ちはしょうがないけど、そうだな」
 めびるの涙を指先で拭い、敬重は少し冗談めかして笑う。
「まずはエインぽい笑顔の練習からか。はは」
「そうだね、めいっぱいの笑顔でいないとね」
 果てなき涯ての未だ見ぬ世界。其処で生きていく、君を思って――。

 今宵、ソルシエル達が行うのは凱旋と壮行のコンサート。
 クリスマスの魔力を集め、外宇宙へ向かうケルベロスへのエールを送ること。マキナクロスとダモクレスへの感謝。そして、地球の文化の紹介。
 それが最後と別れを飾るに相応しいと考え、一行は此処まで来た。
 ソルシエルが音響と照明、装置の動作を確認している間に各団員は其々に自由に過ごしていた。例えば――。
 ジョルディはビュッフェでひたすらスイーツを流し込む機械と化しており、楔やイブ、京司は衣装最終検分のギリギリまでスイーツ三昧を楽しんでいた。
「アンナ様!! このケーキすんごい美味しいですよ! 京司さんもほら!」
「このムースも美味しいよ。此方はチョコ?」
 京司としては本当は酒も呑みたかったが、仕事の前なので我慢している。その代わりに目指すのは甘味全種類制覇だ。
「美味しい。……甘い。大変だったけど、幸せな日々だったな」
 イブは楔とスイーツを堪能しつつ、宙を仰いでこれまでの戦いに想いを馳せる。感慨深くなったのは此処まで歌い、生きてきた軌跡の証だ。
 同じ頃、唯覇は本番前の雰囲気をゆっくりと確かめていた。
「嗚呼、この空気は久々、だな……」
 やる事はわかっている。皆が宇宙へ行けるよう、心を込めて歌で送り出す事。歌う曲はきっとケルベロス達を送り出すのにきっといい曲となるはず。
 矢代はひとり、人の流れを眺めていた。
 戦いが終わって新たな門出を迎える者達と、思いを馳せる者。矢代はそれを見送る側として此処に要る。
「――あいつは今頃なにしてんのかねぇ」
 思い浮かべるのはそれぞれの道を歩み出し、今は別々に暮らしている自身の相棒。此処に相棒がいなくとも、遠い何処かで幸せである事を矢代は切に祈っている。
 律とナガレは、ステージまでの時間を空中庭園で過ごしていた。目を離すと何処かで眠ってしまいそうなナガレのお目付け兼エスコート役が律だ。
 あの音楽ステージで歌うのはずっと憧れだった。歌劇団の仲間と共に歌う、華々しい舞台を思うと心が弾む。
「星の歌姫殿、そろそろ時間だ」
「うん。それじゃあ、行こうか」
 ナガレは律から差し出された掌に手を重ね、これからの時間を思う。
 教師が付いていたから歌は得意な自覚があった。演技も得意な方だと気付いたのは、皆と過ごした時間があったからだ。
 今から、その一員として歌を届けられる。それはとても素敵なことだと感じているナガレには、空気が振動してきらきらして見えた。
 期待と希望。そして、輝く信頼が其処にあるからだ。
 やがて、皆はステージに足を踏み入れていく。ユアも皆に続き、舞台に目を向けた。その傍には妹のユエもいる。
 ユアとしては久しぶりに再会する人もいて、皆が元気にやっていたことを知れた。
 そして――舞台は今、幕開ける。
 まず舞台衣装を纏って登場したのはジョルディだ。
「今宵は我が『劇団SEASONS』のコンサートへようこそ!」
 仲間達の中心でステッキをくるりと回した彼は見事な開幕宣言を述べていく。
「宇宙から宇宙へ、星から星へ。渡り歩くは我等の仲間。北へ南へ、西へ東へ、根無し草が今宵選ぶのはこの星さ。さぁさお聞きよ! 我等の歌を!」
 其処からコンサートが始まる。
 ソルシエルはマキナクロス搭乗者や地球の人々にも見られるように手配していた。まずは律のピアノと楔のヴァイオリンが奏でるイブの楽曲が流れ出す。
 ――『Raison d'etre』
「きみが生きる、この世界に。この歌が届きますように」
 イブは自分が生涯をかけて愛した歌を伴奏に乗せて届けていった。それは彼女がこの世界でリリースした最後の曲だ。
 透明な歌声に想いを込め、この宇宙へと響かせるために。
 続けてユアが自分の曲を披露する。
 楔と二重奏を紡ぐユアもまた、高らかに想いを伝えた。それぞれの想いを秘めて旅立っていく姿に『いってらっしゃい』を伝えるべく。
「もう会えなくなっても、この星で重ねた想い出は消えないよ」
 皆と交わした時間を僕は忘れないから。
 ユアは共に戦ってきた仲間や、敵として向き合ってきた皆に惜しみない思いを送る。楔もめいっぱい想いを乗せて言葉を届け続ける。
「万能戦艦でこうして皆で歌うの……ずっと楽しみにしていました!」
 更にはジョルディと律との二重唱。
 それから、唯覇はさよならの子守唄もとい『安らぎの子守唄』のスペシャルバージョンを披露した。見事に歌い上げる唯覇、青いエレキギターを携えた矢代も交え、男声陣による合唱が熱唱されてゆく。
「これがきっと最後の時となるならば…俺はこの歌に全力を注ぐ!」
 此処に共に戦った戦士達を称える歌を。
 どうか宇宙へ行っても安らかであれ、と唯覇は思い込めた。
 京司は最後の曲のみ歌唱だが、皆の姿をしっかりと見守った。数ヶ月で律が鍛えてくれたので何も心配はない。
 ナガレも煌めく舞台を愛おしく感じている。彼女は伸びやかに、皆の音を聞きながらソプラノの声域を響かせていった。そして、ソルシエルは皆に合図を送る。
 最後の曲は『ヘリオライト』だ。
「遠い未来で私達を思い出してくれたらうれしいです! いってらっしゃい!」
「またいつかを望めるのならば。どうか、元気で」
 楔と矢代は心からの思いを声にした。
 そんな中でジョルディは思う。兵器として造られ、相棒の歌で心を得た自分が誰かの為に歌う日が来ることなど、昔は考えてもみなった。
「どんなに離れても、皆の“心”に残るように。思いの全てを込めて歌おう!」
「また、いつか」
 律も想いを馳せた。もう会えないとしても、再び会う日を願わずにはいられない。
 それゆえに、さよならは笑顔で。歌を口ずさめばそこに我等はいる、と。
「俺の思いは届いただろうか……いや、届いてるはずだよな」
 唯覇はそうであるように祈った。
 ケルベロスとしての戦いは終えても、きっと――世界を轟かす歌手としての戦いはこれからだろうから。
 京司は外宇宙から臨む地球を瞳に映す。
「これが地球。僕たちが生きる惑星……美しいな」
「地球の人だけじゃなくて、この場にいる誰かが、この先の長い旅路の中、ひととき耳を澄ました時にこの歌を思い出してくれたら嬉しいな」
 イブは高らかに声を紡ぎ、真っ直ぐな思いを歌に込めた。
 ナガレも宇宙に向かう人々へ、幸いを願った声を響かせてゆく。彼らと二度と会えなくてもいつか肉体の命が尽きたら、全てがかがやく星になるから。
「またいつか、その日まで」
「きっと、この曲は僕らの原点でこれからも道標になるんだろうな」
 ユアも未来という名の明日を見つめ、最後の最後まで歌に心を込め続けた。
 どうか――。
 いつまでも輝きを絶やさないこの曲が、皆の往く道を照らしてくれますように!

●君が生きる、この世界で

 ヘリオライトが僕を照らすように。
 君の未来に届くように。強く光を放てたら。

 紡がれる音、響く歌声、巡る命と想い。
 君が、君達が、生きていく世界はこんなにも美しい。

 空の彼方に虹をかけて、繋いだ未来を想って――。
 世界は今、希望の光に満ちている。

作者:犬塚ひなこ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2021年12月24日
難度:易しい
参加:48人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 4/素敵だった 6/キャラが大事にされていた 1
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