外宇宙への出航~ビフレストの光

作者:坂本ピエロギ

 アダム・カドモンとの最終決戦、ケルベロス・ウォーの勝利から半年。
 改良を行うダモクレス本星マキナクロスの出航準備が遂に完了したことを、フリージア・フィンブルヴェトル(アイスエルフの巫術士・en0306)はケルベロス達へ告げた。
「新型ピラーが開発され、居住区も完成したと報告が入っています。ケルベロスである皆様の希望者と、降伏したデウスエクス達を乗せて、外宇宙へと出航する――その準備が、全て整ったのです」
 今回の進出は、宇宙に異常をもたらすもの――即ち、デウスエクスのコギトエルゴスム化の撤廃が目的だ。まだ見ぬデウスエクス達の住む惑星へ新型ピラーを設置するという、途方もない旅となる。何年か、何十年か……長い、長い時間を要することだろう。
「外宇宙への出航には、季節の魔法『クリスマスの魔力』を利用します。この魔力の多寡でマキナクロスの速度は変化するでしょう。出発する方々が宇宙の隅々まで探索できるよう、皆様には、クリスマスの魔力を集めて欲しいのです」

 フリージアの依頼で舞台となるのは、日本の鎌倉市だ。
 かつて魔導神殿群ヴァルハラの巨蟹宮ビフレストを巡って、史上初のケルベロス・ウォーが行われた場所。そして後には金牛宮ビルスキルニルが出現した場所でもある。ケルベロスの戦いにおいても、地球の勝利においても、大きな意味を持つ場所のひとつだ。
「クリスマス当日は、駅周辺で盛大なパレードが催されます。多数の電飾で飾られた金牛宮の巨大山車が設けられ、辺りの一帯を行進します」
 現地の祭りで出来ることはふたつ。
 ひとつめはパレードの参加だ。この選択肢では参加者が思い思いの仮装をしてクリスマスの会場を行進しつつ、人々にプレゼントを配って歩く。プレゼントの中身は、ケルベロスが各自で決めて構わない。サイズや量などもすべて自由だ。
 なお今回のイベントは、宇宙の平和を守る地球規模の一大事業であり、各種予算は潤沢に確保されている。その為、大抵のプレゼントは用意できる筈だとフリージアは付け加えた。
「会場には、地球を救ったケルベロスを一目見ようと、大勢の人が詰めかけています。皆様の御力で、思いきり派手に盛り上げましょう。私やムッカさん、ホゥさんも現地にいますから、ぜひ気軽に声をかけて下さいね」
 そう言ってフリージアが掲げたスマートフォンには、手を振るムッカとホゥの姿がある。
 二人とも、ケルベロス達が依頼に専念できるように事前準備を進めている最中のようだ。
「駅前には、クリスマスのお菓子を楽しめるお店も揃っています。街中で行われるパレードを見ながら、冬のひと時を楽しむ……というのが、出来ることの『ふたつめ』です」
 お菓子の目玉はケーキとクッキーの二種類だ。
 大粒苺の赤色がまぶしいクリスマスケーキ。
 紅茶の薫るバターケーキに、カカオの芳しいビュッシュ・ド・ノエル。
 ドライフルーツとバターをたっぷりと混ぜたシュトレンのほか、チョコチップクッキーやシュガークッキー、ジンジャーブレッドマンも揃っている。飾っても食べても美味しい品々は人型やツリー型、星や靴下など種類も多い。
「仮装をしたり、お菓子を食べたり……心行くまで楽みましょうね」
 そうして魔力の充填を終えれば、マキナクロスは外宇宙へと出発する。

「別れを済ませた後、地球に残る皆様はケルベロスブレイドで月の軌道上まで移動します。そこが、宇宙船マキナクロスを見送る場所……本当のお別れの場所になるでしょう」
 宇宙を旅するマキナクロスの速度は、光速を越えると予測されている。
 出発した瞬間に船は消滅し、以後は観測することも出来なくなる。
 そして全ての任務を果たし終えるまで、マキナクロスは戻って来ない。
「外宇宙への旅路は、とてもとても長いものになります。生きて帰れる保証はありません。帰って来た時に、皆様が再び会えるかどうかも……」
 ケルベロスの勝利によって、地球には平和が訪れた。だがそれは、肩を並べた戦友達との別れをも意味する。これより後、ケルベロスとして戦った戦士達は、各々が自分の未来へと歩み出すことになるだろう。
「どうか皆様、悔いのないように。別れの時を過ごして下さいね」
 過ぎ去りゆく時間は、決して巻き戻ることはない。
 だからこそ――ケルベロス達が紡いだ物語は、永遠に輝き続けるのだ。


■リプレイ

●一
 それはひとつの物語の終わりであり、始まりとなる日であった。
 西暦2021年、12月24日、夜。
 惑星マキナクロスが地球を発ち、外宇宙へと出航する日。クリスマスの魔力を得るため、鎌倉の地で盛大なパレードが始まろうとしていた――。

●二
 歓声がクリスマスソングに乗って、街を包む。
 普段は車の往来が絶えない街の道路は、今日は地球を救った英雄達の貸し切りだ。車道を進む金牛の山車。歩道には溢れんばかりの人、人、人。そんな彼らに手を振りながら、仮装したケルベロス達がパレードを練り歩いていく。
「四足で駆けるセントールサンタと言えばこの私。そう記憶されるまで駆けましょう!」
 先陣を駆けていくのは、サンタ衣装のローゼス・シャンパーニュだった。
 人馬一体の姿で道路を駆けていくローゼス。その勇姿に目を奪われる子供達へ贈るのは、戦艦ケルベロスブレイドの模型も混ざった玩具達だ。
「メリークリスマス! ふむ。存外悪くないものですね」
 外宇宙へと旅立つこの日に、『赤き風』の意味を変えて征く。なんともセントール冥利に尽きる任務ではないか――そうして、一層高らかに蹄を鳴り響かせるローゼスの後方では、サンタ服を着た葛城・かごめがプレゼントを配り歩く。
 彼女の贈り物は、雪だるまのクッキーに、サンタのキャンディ。クリスマス特製のお菓子に喜ぶ子供の笑顔を見ながら、かごめは思う。
(「最後の日に、地球の人々の笑顔を見られて……本当によかった」)
 デウスエクスの脅威が去った今、この星に留まる理由はない。
 宇宙探査に参加し、未知の世界を見てみたい――それがかごめの選択だった。
(「今生の別れとも限りません。いつかまた、きっと会いましょう」)
 地球の人々と、そして地球に残る仲間達との再開を誓うかごめ。
 その隣では腕を組んだキサナ・ドゥと逢魔・琢磨が思い出の地を行く。
「駅前の小町通りも、すっかり見違えるようになったよな。あの巨大な迷路がさ……最初の出撃では、なんとなくコンビ組んだんだよな、琢磨?」
「む、昔の話っすから……」
「それがまあ……なかなかどうして……えへへぇ」
 歩幅を合わせる琢磨と並びながら、キサナは思う。
 鎌倉奪還戦から6年。あれから本当に、本当に沢山のことがあった。
 地球にも、そして自分達にも。
「あの時戦ったのはココと、御霊神社神殿、それから……」
 昔のデータを片手に、鎌倉の土地を巡るキサナと琢磨。そこで彼らを迎えるのは、平和なイルミネーションの光だ。廃墟が広がる荒涼の景色はもうどこにもない。
「さすがにあの頃とは……いや、あの頃『が』違ったんだな」
 改めて、いい街だよな――万感の思いを噛みしめながら、キサナは琢磨と共に鎌倉の地を見て回る。一つ一つの光景を胸に刻むように。
 今日この景色が、二人にとっては見納めになるだろうから。
「守れてよかった。出会えた場所が、ずっと残っていってくれるんだからさ」
「本当に。……それと」
 琢磨はキサナに歩み寄り、その小さな体をそっと抱きしめた。
「誕生日おめでとうございます、キサナさん。これからも、宇宙でも――」
「ああ。沢山思い出を作ろうぜ、琢磨」
 駅前を出発したパレードは、あちこちで熱狂の渦に迎えられた。
 歓迎の声を送る人々へ、灰山・恭介と煉獄寺・カナはとびきりの笑顔を返す。
「皆、ケルベロスサンタからのプレゼントだ!」
「幸せが詰まったお菓子を、どうか受け取ってくださいね」
 サンタ姿の二人が配るのは甘い幸せの詰まった贈り物。ケーキ、シュトレン、色鮮やかなコンフィズリー……すべてが二人の手作りだ。
「戦いの日々はもう終わる。今日が俺の最後の任務だ」
「はい」
「だが俺は、人々の笑顔をこれからも見たい。灰山・恭介のお菓子でだ」
 頷くカナに、恭介は宣言する。
「カナ。俺はパティシエになるぞ!」
「ふふっ。私、応援しますね」
「ありがとう。……死んだ幼馴染も、喜んでくれる筈だ」
「はい。きっと……とても喜んでいますよ」
 誰にも聞こえないような小声で呟く恭介に、微笑みを返すカナ。
 そんな彼女の存在は恭介にとって計り知れない。だが同時に、不思議でもあった。
「カナ。どうしてそこまで俺に――」
「あっ、灰山さん。見て下さい!」
 カナの指さす先、夜空に流れ星が光る。
 プレゼントを配る手を少しだけ止めて、二人は星へ願いを込めた。
(「いつか、カナが話してくれますように」)
(「いつか、話せますように。あなたの幼馴染は、今もこうして傍にいます、と」)
 そうして再び仕事に戻ると、恭介は言った。
 門出を祝う菓子を沢山用意した。祝杯代わりに後で食べよう、と。
「なら、どっちが沢山食べられるか競争ですね。灰山さん」
「望むところだ、負けんぞ!」
 二人の笑う声が、夜空の下で響きあう。

●三
「はふっ、熱い……!」
 店先に、若生・めぐみの白い吐息が漂う。
 彼女が抱えるのはお椀一杯のお汁粉。和菓子屋さんに作ってもらった特別の一杯だ。
 よく煮えた小豆の中に浮かぶのは、狐色に焼けたお餅。それをふうふうと冷ましながら、めぐみは鎌倉大仏を眺める。
「……平和ですね」
 鎌倉奪還戦、初めてのケルベロス・ウォー。
 自分は本番では役に立てないからと色々準備を頑張ったものだ。あれが6年前のこととは信じがたいくらい、今の鎌倉の景色は平和に満ちていた。
「よしっ! 旅立つ前の見納めに、ぐるりと回って来ましょう!」

 一方、街中のとある菓子店では。
「誰もが皆、笑顔でクリスマスを祝っている。良いものです」
 据灸庵・赤煙は旅団の仲間達とテーブルを囲みながら、ほっと息を吐いた。
 彼が注文したのは珈琲を効かせたオペラ。お供のウイスキーと相性抜群の品だ。向かいの席へ目を向ければ、仲間の二人も極上のスイーツに目を輝かせている。
「アスティンも一緒に食べようっ!」
 シュセリカ・アリアスティルは大粒苺のケーキとシュガークッキー。
「クリスマスと言えばこれでしょう。イチイも沢山食べていいですよ」
 小鳥遊・優雨は、苺たっぷりのビュッシュ・ド・ノエル。
 それぞれシャーマンズゴーストとボクスドラゴンを連れてのひと時だ。そうしてケーキが揃ったテーブルで、赤煙は「では」と一声。
「呑んで食べて、パーッと祝いましょう」
 クリスマスの宴が、こうして幕を開ける。
 クリームの白が艶めかしいケーキへ、そっとフォークを入れるシュセリカ。
 頬張る一口はうっとりするほど濃厚で、大粒苺の鮮烈な酸味は最高のアクセントだ。独り占めは勿体ないと、半分はアスティンへお裾分け。かたや優雨はビュッシュ・ド・ノエルをイチイと一緒に黙々と平らげていく。
「アスティン、クッキーも半分こしよう!」
「美味です。これはお土産も欲しいところですね」
「いやはや、良いものですな。戦いを忘れて楽しむひと時というのは」
 赤煙にとってこの地は鎌倉奪還戦以来、幾度も訪れた場所だ。
 そんな場所で、皆笑顔でクリスマスを祝う。季節の魔力を奪われる心配もない、初めての休息。なんと贅沢な時間だろうと思う。
(「さしずめ、平和の味ですな」)
 赤煙はウイスキーの杯を片手に甘味を堪能する。重点的に攻めるのは珈琲やチョコ系だ。オペラから始まりガトーショコラ、ビュッシュ・ド・ノエル。ケーキの苦みとスモーキーなフレーバーの相性が実に良い。
「赤煙、これもお勧めです」
「大粒苺ケーキも美味しいよ!」
 優雨が勧めて来たのは、サヴァランと呼ばれる菓子だった。
 シュセリカとお土産を買っていて見つけたというその品は、真っ赤な苺を載せた生地の中へクリームを詰めた一品だった。匙で掬った一口を噛み締めれば、生地の中に蓄えたラム酒が甘いシロップと共にじわりと滲む。シュセリカのケーキと甲乙つけ難い美味だ。
「うむ、どちらも誠に乙なものですな」
「そうでしょう。遠慮せずに沢山食べると良いです」
 満足の吐息を漏らす赤煙に、得たりと頷く優雨。
 一方シュセリカはお土産の金平糖を、アスティンへと贈る。
「はい、プレゼントだよ。これからもよろしくなんだよっ!」
 金平糖を齧るアスティンに微笑むシュセリカ。お土産のクッキーをイチイへ手渡す優雨。そんな二人の寛ぐ姿を赤煙はのんびりと眺めていた。
 自分達三人は、これからも地球に残る。いずれこうして季節の祝いをすることも、組んで仕事をすることもきっとあるだろう。
「今後とも、よろしくお願いします」
 赤煙の言葉に、シュセリカと優雨は笑顔で頷くのだった。

●四
 赤と青。二人の少女サンタ達がパレードを彩る。
「あなたに聖夜の祝福を!」
 赤髪のフィロヴェール・クレーズが贈る箱は、きらきら光る星の魔法が目を奪う。
 中から飛び出すのは甘い香りのチョコレート。奴隷だった彼女が自由を得た時に、初めて食べた地球のお菓子だ。
「皆さんに、良いことがありますように」
 青髪の仁江・かりんが配る箱は、ピンクの花が心を惹きつける。
 包みから顔を出すのは肉球型の手作りチョコクッキー。前に作った時に、可愛いと言ってもらえた思い出のお菓子だった。
「良い子のフィロヴェールにもプレゼントです」
「わたしも、かりんちゃんにプレゼントよ!」
 交換し合った贈り物を大事にポケットへ仕舞い込むと、かりんはフィロヴェールとともにクリスマスの歌を唄いながら、再びパレードへと戻っていく。
「Merry Christmas! お猫様の祝福を、皆に!」
 皆が聖夜を祝う中、一際高らかに響くのはリューデ・ロストワードの声だ。
 リューデが配るのは甘く美味しいキャンディーケーン。トラ模様に三毛、ブチに黒に白、彼が愛してやまない猫の尻尾を模したもの。だが何より目を引くのはその出で立ちだ。
 彼の衣装はクリスマスツリー。それも全身をすっぽり覆う巨大サイズで、さらにそのうえお猫様の触り心地にも負けていない特別仕様もふもふ木ぐるみなのだ。
「笑顔で、メリークリスマス!」
 そんな彼の横では、これまた仮装姿のヨハン・バルトルトが、重低音ヴォイスを響かせてお菓子を配っている。
 こちらは着ぐるみから手足と顔だけ出した、愛嬌ある巨大シャンパンボトルだ。お菓子は白赤の鮮やかな苺大福、チューリップ型のロリポップ、そして軍用食のビスケット。子供が食べても大丈夫なようにと、すべてノンアルコールである。
「どれだけ食べても酔いません。ご安心を!」
 重低音ヴォイスが響き、着ぐるみボトルの栓がシュポッ、と抜ける。それを見た子供達は目を輝かせて大はしゃぎだ。ギミックの出来栄えに、思わず唸るリューデ。
「紳士的な上に栓が抜ける、凛々しくダンディなシャンパンぐるみ……見事だヨハン」
「いえいえ。ロストワードさんの木ぐるみこそ奇抜で素敵です」
 体を折り曲げて笑いあう、巨大ボトルと巨大ツリー。
 その間に割って入るのは一頭のふわもこトナカイ――クラリス・レミントンである。
「ふふふっ。3人並べば季節感とめでたさ全開だね!」
「全くですね! クラリスさんのお菓子はクッキーですか?」
「うん。頑張って焼いてみたの」
 そう言ってクラリスが人々に配るのは、可愛い飾りつけの施された小箱である。箱の中には雪だるま、真っ赤なブーツ、お星様……どれも丁寧なアイシングが施された、可愛らしいクッキー達だ。
「メリークリスマス。素敵な聖夜になりますように」
「リューデさん、僕達も配りましょう!」
「ああ。……是非来年も、こうして皆でクリスマスを祝おう」
 クッキーにキャンディにビスケット。
 3人のお菓子が鎌倉の聖夜を甘く彩り、通りの歓声は一層熱気を帯びていく。
「みんな、メリークリスマース!」
 サンタ服の月岡・ユアが手を振れば、喝采が街中に木霊する。
 ユアの手にはお菓子の入った袋。それを人々へ手渡すたび、補充をするのはビハインドのユエだ。ユエは今ディオニクス・ウィガルフと共に、トナカイ姿で皆を手伝っている。
「クリスマスの魔法、送り出してやる為にも張り切らねェとなァ?」
 お菓子を配って渡して、ディオニクスは大忙し。そんな彼とユエ、そしてボクスドラゴンのりかー達トナカイ三頭の後ろを、サンタ姿の癒月・和が練り歩く。
「良い子も悪い子も大人も子供もみーんな一緒に! ハッピーメリークリスマース!」
 和達のお菓子は、どれもクリスマスの意匠が施されたものだ。
 目玉つは和のフォーチュンクッキー。ルーンとともに幸運のメッセージを添えた、まさに幸運のクッキーだ。彼女の弟分と、そして沢山の人々に良いことがあるようと願って焼いたものだった。
「ユア。そろそろ始める?」
「うん!」
 ユアは元気に頷くと、大事な仲間と、ユエと、皆で一緒に聖夜の歌を人々へ捧げる。
 歌使のオラトリオたるユアが贈るとっておきのプレゼントだ。
「この時間を、幸せを、歌声と一緒に届けるよ!」
 ユアのグラビティが可愛い猫に姿を変えて、夜空の下を跳ね回る。
 歌声が響く中、ディオニクスが雪結晶のクッキーを配って歩く。皆の幸せを願って焼いたクッキーは、その美味しさも保証付きだ。
「わあ……! ディオさんのクッキーもだし、二人ともすごい!」
 パレードを彩る光景に目を輝かせながら、和はプレゼントを贈り続ける。
 ユアの歌声、ディオニクスの雪結晶クッキーが彩る聖夜。それはまさに――。
「ハッピーメリーホワイトクリスマス、だね!」
「僕も幸せ……! 皆、大好きだよ!」
「ハーッハッハァ! メルィィィクリスマァァス!!」
 ユアが、ディオニクスが、和が、人々と一緒に聖夜を祝う。
 留まる者にも旅立つ者にも、すべてのケルベロスへ幸せが訪れるよう祈りながら。

●五
 商店街に並ぶ店々は、どこも賑わいに満ちていた。
 その一軒、貸切のテーブルにずらりと並ぶのは、キラキラあまあまスイーツの数々。
 君乃・眸はそこから選んだお気に入りの一品へ、早速フォークを差し入れる。
「さあ皆。ワタシ達も存分に楽しムぞ」
 眸は今、ある洋菓子店の店内で、親友達とパレードを見物している。
 戦勝パーティーを兼ねて甘味を楽しむ、大盤振る舞いの食べ放題だ。
「この紅茶ケーキ、とても美味ダ。広喜も遠慮すルな」
「ありがとよっ! 俺のチョコケーキも食べてみてくれっ!」
 尾方・広喜は眸とケーキを分け合いながら、屈託のない笑顔で笑う。取っては食べ、食べては取り、一緒にパレードを眺め……聖夜を楽しむ姿は無邪気な子供のようだ。
 一方ジェミ・ニアは、大皿の戦利品を前にご満悦の表情である。
「ふふふ。いただきまーす!」
 ジェミの皿には苺ケーキにチーズケーキにガトーショコラ、色鮮やかな甘味たち。
 ただ、量が少々おかしい。彼の姿が対面からでは隠れる程まで積み上げたケーキの山は、さしずめジェンガである。
「ああ、美味しい……!」
「凄いなジェミ。何なのそれ、プリケーキツリー?」
 ケーキを片っ端から大口で頬張るジェミを、櫟・千梨は呆然とした面持ちで眺める。
 パレードを眺め、甘いケーキをのんびり楽しむ……筈だった千梨の意識は、今や仲間達の食いっぷりにすっかり奪われていた。
「ビュッシュ・ド・ノエルは良いですね。特別なケーキって感じで好きなんです」
「カカオの深みが良イよな。ワタシも一口食べて気に入っタ」
 カルナ・ロッシュは、眸と一緒にケーキ品評会の真っ最中。
 ビュッシュ・ド・ノエルを早くも平らげ、ジェミにも負けないバターケーキをたっぷりと皿に載せる。こちらも量は少々、いや相当おかしい。
「ずいぶん豪快だな、カルナも」
「ほんの箸休めですよ、千梨さん」
 楽しまなければ損じゃないですか――そんなカルナの言葉に、千梨は頷く。
「そうだな。戦いを離れれば俺達も普通の……甘党集団だ」
「そうですそうです! ねえエトヴァ、おススメはある?」
 フォークを動かしながら質問を投げるジェミ。
 そんな彼の問いに、エトヴァ・ヒンメルブラウエは「勿論」と爽やかな笑みで応じた。
「まずは、『苺とクリームたっぷりのクリスマスケーキ』デス」
「うム、これハ美味そうダ」
 純白のクリームの上、苺と一緒に赤の彩を添えるのは可愛いサンタの砂糖菓子。
 その一皿をしみじみ味わう眸を見て、広喜もたまらず手を挙げる。
「エトヴァっ、俺も同じやつがいい!」
「ハイ、ヒロキもどうぞ。いさなサンも食べてみテ、これはじゃすてぃす」
「んぅ。ありがと、なー。ほかには、どんなのある?」
「次はシュトレン、珈琲との相性もばっちりですよ。カルナは……いえ、さすがデス」
「ふっ、甘党を舐めてもらっては困りますよ」
 エトヴァのお勧めより一足早くシュトレンを堪能しつつ、ドヤ顔を決めるカルナ。
 ……と、そこでふと、エトヴァら六名の視線が、千梨の空っぽの皿へと集中した。
「センリもどんどん食べまショウ」
「ワタシもお裾分けしよウ」
「おう、俺もだぜっ!」
 エトヴァがシュトレンをどさりと載せる。
 続くのは、眸と広喜のクリスマスケーキだ。
 さらに、ジェミと勇名のケーキが怒涛のごとく押し寄せる。
「千梨さん、たんとお食べ!」
「とんがり……よし、もっととんがれ」
「……ああ。どんどん食べる。たんと食べる。とんがるとんがる」
 色々と諦めた微笑を浮かべ、フォークを取る千梨。
「皆、飲み物あるかな? 珈琲がほしくなりますネ。センリは?」
「俺も欲しいな。ケーキと一戦交える前に、取りに行こうか」
 そうして卓に揃ったのは、7杯の珈琲だ。
 珈琲豆の香りを楽しみながら胃袋を温めれば、ふたたび食欲が込み上げる。
 山盛りのクリスマスケーキとシュトレンを噛み締めるように味わいながら、千梨は今まで共に戦ってきた仲間達を見た。
「皆、食べるの手伝ってー!」
「たべきれないか。とてもまかせろ」
「ハイ、俺も一緒に食べまショウ」
 取り過ぎたケーキに悲鳴を上げるジェミ。
 そこへ勇名とエトヴァが助けに入る。自分もこっそり後ろから。
 菓子も、幸福も。貰って、返して。戦場でも日常でもそうして支え合ってきた。
「あわ、ケーキが……!」
「おっと。危なイ」
「へへっ、大丈夫か?」
「ひと欠片も零しませんよ!」
 ぐらりと崩れそうになるケーキを、眸と広喜が受け止める。
 なおも落下していく小片を嘴でキャッチするのは、カルナの白梟ネレイドだ。
 そうして程なく真っ新になった大皿を見つめ、ジェミは嬉しさに飛び跳ねた。
「皆、ありがとう!」
 こうして皆と、いつまでも過ごせればいいね――その一言に、皆が笑顔で頷く。
「ああ。これからも宜しく、だ」
 心地よい満腹感と共にフォークを置いて、千梨は思った。
 今日皆と過ごしたひと時を、自分はきっと忘れないだろう。
 願わくばこれからも、こうして一緒に過ごせる日常が続きますように――と。

 ビュッシュ・ド・ノエルとシュトレンが、木製のテーブルに向かい合って並ぶ。
 平和を満喫するには最高の夜だと月隠・三日月は思った。
「ましてお供が、美味しいチョコに苺たっぷりのケーキとあっては……」
「言うことなしですね、三日月殿」
 レフィナード・ルナティークは微笑みを浮かべ、外のパレードを窓越しに眺める。
「季節の魔法、沢山得られると良いですね」
「ああ。こうして私達がケーキを食べるのも、いわば作戦の一環だ!」
 三日月はチョコたっぷりのビュッシュ・ド・ノエルにフォークを差し、一思いに頬張る。
 旅立つ人達を送り出す為にも、思いきりクリスマスを満喫しよう。
 レフィナードのシュトレンも、ドライフルーツたっぷりで美味そうだ――。
「ん? どうしたルナティーク殿。何か気になることでも?」
「あ、いえ。古い友人が近くに住んでおりまして……」
 ケーキを頬張る三日月を、微笑みと共に見つめていたルナティークが、あわてて我に返ったように言う。
「色々と。感慨に耽っておりました」
「まあ、な。別れはさみしいが……それぞれの道に進むが故の別れだ」
 しんみりした空気は不要だ。
 戦友を見送る門出なら、笑顔こそが相応しいと三日月は思う。
「食べるぞ! とことん付き合え、ルナティーク殿!」
「ええ、賑やかに送り出しましょう。大事な戦友達を」

 パレードを見物し、勝利の美酒に酔い、皆が幸せのひとときを過ごす。
 そんな商店街の片隅にある一軒のカフェに、三和・悠仁はいた。
「ビュッシュ・ド・ノエルを」
 仲間達のパレードをひとり眺める悠仁。その傍へ寄りそうようにケーキが運ばれてきた。ビターカカオの黒とクリームの白はどこか自分の中で渦巻く感情にも似て、不思議な親近感を抱かせる。
「……美味い」
 目の覚める心地よい苦味と、優しく包み込むクリームの甘味。
 そのどちらもを等しく愛しめるようになったのも、これまで過ごしてきた日々があった故だろうか――ふと、そんなことを考える。
「もうすぐですね。出航の時刻は」
 悠仁にとって、今宵は旅立ちの時だ。
 残された時間を惜しむように、彼はパレードと冬の景色を目に焼き付けた。

●六
 クリスマスソングが終わる。パレードが終わりに近づく。
 その時、最初にその歌を口ずさんだのは誰だっただろう。
 ヘリオライト――ケルベロスの希望を、意志を紡ぐ歌を。

 一人の歌声は、二人に、五人に、十人に。
 パレードのフィナーレを飾るように街中を包み込んでいく。

『言葉にならない想いはいつも
 めくれた空のオレンジ色に飲み込まれて』

 ローゼスが、勇猛なる蹄の音を響かせる。
 セントールの誇りはいつまでも胸に。
 歩み寄りと和平の象徴として、これより彼は宇宙を駆ける。

『掲げた理想は誰かを傷付けて
 かすれた地図の上を ずっと彷徨っているだけ』

 夜空の彼方、惑星マキナクロスへかごめが一礼する。
 第二の故郷をしばし離れ、彼女は第一の故郷へと戻るのだ。

『巻き戻すことは もう出来ないけど
 創造する世界は きっと運命を変えるんだ』

 琢磨の肩で、愛用のアリアデバイスを起動するキサナ。
 夜空で溶け合う二人の声が、地球の平和を祈る。

『ヘリオライトが僕を照らすように
 君の未来へ届くように 強く光を放てたら』

 フィロヴェールとかりんが手を繋いで歌う。
 辛くても、苦しくても、自分達はけして挫けない。
 この平和も、そうして皆で掴み取ったのだから。

『欠けた地球が僕を笑っても それでもずっと輝いて
 ちぎれそうな空の隙間に 虹をかけるよ』

 眸と広喜が肩を抱き合って歌う。
 ジェミとエトヴァが手拍子を加え、千梨が、勇名が、カルナが歌を口ずさむ。
 旅立つ者達の未来を、これからも続く日常を、彼らは祝福する。

『声にならない願いはいつも しわがれた夜に
 かき消されて眠っていたんだ』

 三日月が、ルナティークが、拳を挙げて歌う。
 悲しい別れは似合わない。
 最後まで楽しんで、盛り上げて、最高のクリスマスにしよう。

『自分の弱さを認められずに でたらめな夢の中で
 ずっともがいているだけ』

 かつて家族を奪われた青年、恭介。
 かつて死の淵から蘇った女性、カナ。
 再び巡り合った二人は、いま新たな未来へ歩き出す。

『繰り返す過ちに気付いたとき
 想像する世界は きっと運命を超えるんだ』

 ほろ酔いの赤煙と一緒に、優雨とシュセリカが歌う。
 たとえ遠く離れても戦友達の心はひとつ。これまでも、これからも。

『月の灯が僕を照らすように
 遠い未来へ届くように 強く光を放てたら』

 ユアと和とディオニクスの歌声が響く中、光の粒子が鎌倉の地を照らす。
 それは地球が生んだクリスマスの魔力。マキナクロスを運ぶ光だ。

『割れた地球が僕を拒んでも それでもずっと瞬いて
 壊れた星のかけら集め つないでみせるよ』

 夜空に集まる魔力を見つめながら悠仁は思う。
 苦味と甘味、苦痛と安らぎ。そして憎悪と親愛。
 良くも悪くも様々を得たこの星が、今は少しだけ愛おしい。

『ヘリオライトが僕を照らすように
 君の未来へ届くように 強く光を放てたら』

 クラリスの歌声に、ヨハンとリューデの歌伴が重なって響く。
 ふわもこトナカイとダンディなシャンパン、柔らか木ぐるみが手を繋いで歌う。
 また来年も、こうして三人一緒にクリスマスを祝えるように。
 旅立つ仲間達の行く先に、希望と幸せが待っているよう願いを込めて。

『欠けた地球が僕を笑っても それでもずっと輝いて
 ちぎれそうな空の隙間に 虹をかけるよ』

 やがて魔力の光は一つとなり、鎌倉の空へと集まっていく。
 歌を終えためぐみは光が集う場所を仰ぎ見る。
 そこは、かつて巨蟹宮ビフレストが現れた、まさにその場所だった。

●七
 季節の魔法が惑星マキナクロスに注がれていく。
 出航するケルベロス達が、一人、また一人と宇宙船に向かう。
 そんな中、かりんもまたフィロヴェールに別れを告げようとしていた。
「ぼくはせいぎのみかたですからね。宇宙のみんなのお力になりたいのですよ」
「待って。……わたしも行くわ、宇宙に!」
 そう言ってフィロヴェールはかりんの手を握りしめる。
 けして揺るがぬ決意を、その黒い瞳に湛えながら。
「わたし知りたいの。自分のルーツや、おかあさんのことを……」
 だから一緒に行くと告げるフィロヴェールへ、かりんは眦の涙を拭って頷く。
 どんな危険が待っていても、彼女と一緒なら怖くない。そう信じられたから。
「えへへ、嬉しいです! 知りたいことが見つかるように、お手伝いするですよ!」
「わたしも。正義の味方のお手伝いするわ!」
 そうして二人は手を繋いで、旅立ちの一歩を歩みだす。
 いつか必ず、一緒に。胸を張ってこの星へ戻って来る――そう、誓いを交わして。
「それじゃあ――」
「いってきます!」
 仲間達に見送られながら、少女達は地球を旅立って行く。

(「自棄の気がないと、断言はできませんが」)
 悠仁の手には、憎悪の種とアルストロメリアの結びがあった。
 憎悪の闇と親愛の光。地球で得たあらゆるものを凝縮したような輝きを放つその二つを、悠仁は慈しむようにそっと包む。
(「まだ蕾。まだ咲かない。まだ未来は定まらない」)
 それを見定めるために自分は旅立つのだ。
 遠く、広く、何かを得た先にあるもの――それはきっと、憎悪と復讐心だけが全てだった自分が見続けていた夢とは違う筈だから。
 だから、さよならは言わない。
 だから、この言葉を残していこう。
「――行ってきます」
 マキナクロスが、いま出航の時を迎える。

●八
 月軌道上、ケルベロスブレイド船内。
 マキナクロスを見送るケルベロス達が集まる中、レッヘルン・ドクと愛篠・桃恵もまた、地球を発つ仲間達へ手を振り続けた。
「行ってらっしゃい!」
「元気でねー!」
 レッヘルンは言う。いつか皆が戻ってきたら、一家総出で出迎えようと。
「手を振りましょう、桃恵さん。私達の子供の分まで!」
 桃恵はレッヘルンに負けないくらい満面の笑顔で手を振る。
 別れを悲しみで彩りたくはない。だが何故だろう、マキナクロスの姿がぼやけるのは。
「……少しだけ、泣いていいよね?」
 背中に隠れる愛妻を、レッヘルンは優しく抱きしめた。
 そして――。
 マキナクロスは多くの仲間達に見送られながら、外宇宙へと旅立った。
 遠い遠い、まだ見ぬ未知の星々を目指して。

 第二次大侵略期と呼ばれた時代、ケルベロスの戦いはこうして終わった。
 新たに幕を開ける歴史を、彼らは紡いでいくのだ。
 けして巻き戻ることのない世界で――これからも、ずっと。

作者:坂本ピエロギ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2021年12月24日
難度:易しい
参加:30人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 9/キャラが大事にされていた 1
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