桃花の誕生日 桜紅葉

作者:藍鳶カナン

●めざめ
 ――ねぇ、知ってる? 桜の美しさは、春の花ばかりじゃないってこと!
 春の爛漫をめざめさせるよう花を咲かせる桜は、秋には絢爛たる美しさをめざめさせる。
 桜紅葉(さくらもみじ)という特別な呼び名を与えられていることからも分かるように、桜は春の花ばかりでなく秋の紅葉も際立って美しい樹だ。
 殊に、華やかな秋の錦で山々を彩る、山桜の紅葉の美しさときたら――それはもう!
 凛と冷え込む深山の秋風にひときわあでやかに染めあげられて、山桜達は暖かな黄金に、山吹に、鮮やかな真紅に、薔薇色に、切なさと愛おしさをともに呼び覚ます夕空を思わす、柿色に、茜色に、己が枝々と山々を彩っていく。同じ種でも個体差の大きい山桜が、とある山深い地にかける桜紅葉の錦はまさに千紫万紅。紅葉の彩が陽射しに融けだしたかに思える夕刻に眺める様が最も美しく。
 柔らかな湯煙越しに望めば、ひときわ幽玄な絶佳を描きだす。
 深山の地にひっそり秘められた温泉郷、そこに佇むのは宮大工の手による唐破風の屋根が壮麗ながらも、落ち着いた隠れ宿の趣を持つ旅館。絶佳を望める露天風呂は天然温泉の掛け流しで、春の桜花爛漫は勿論、絢爛たる錦秋の桜紅葉を眺めながら湯につかれば極楽にいる心地になれると評判の宿。
 今年の春、ダモクレス絡みの任務で訪れたその宿の露天風呂から見霽かす桜花爛漫は噂に違わぬ絶佳であったから、絢爛たる錦秋の桜紅葉の話を聴けば居ても立ってもおられぬ程に彼の地へ心が翔ける。
 おまけに、春には叶わなかったことが今なら叶う。
 花見酒こそ叶わなかったが、この秋からは露天風呂で純米酒を楽しむことができるようになったという話。温泉にお銚子入りの湯桶を浮かべて、桜紅葉を眺めつつお猪口で一杯――あるいは、檜香る枡に酒を注いだ、枡酒を傾けて。
 なんて聴いてしまったなら、

●桜紅葉
「ああん合点承知! これはもう是非とも満喫しにいかなきゃ!! って感じなの~!!」
 真白・桃花(めざめ・en0142)の尻尾は勿論ぴこぴこぴっこーん!!
 独り占めなんて勿体なさすぎるとばかりに意気揚々と、尻尾ぴこぴこ娘はケルベロス達を誘いにかかる。何せ十二月上旬という時季は秋の行楽シーズンが一段落する頃合、すなわちケルベロス達の独占状態で楽しめる絶好の時季なのだ。
 深山の絢爛たる桜紅葉を望める露天風呂の湯は、肌理こまやかな気泡が銀に煌いて見える天然の炭酸泉。眺望絶佳のそこは、薄い湯あみ着を纏っての混浴だ。
 湯煙のように軽やかで柔らかで、なのに決して透けない優れもの。
 翼や尻尾など様々な種族のあれこれもなんやかんやでいい感じにしてくれるそれを纏い、清しい山の息吹のなかで湯につかれば、こころもからだも極楽気分で満たされるはず。
 繊細な気泡きらめく湯に浮かべて楽しむことができるのは、地元酒蔵で造られた純米酒と酒精のない米サワー。冷でも燗でも旨いと評判の純米酒を堪能するのも良し、持ち込み料を払って自分の好きなお酒やドリンクを持ち込むのも良し。
「なので! わたしはこれを持っていきますなの、お気に入りのクラフトジンなの~♪」
 胸に抱いていたそれを桃花が掲げて見せれば、氷や水晶細工を思わせる硝子のボトルに、雪解け水のごとく澄みきった無色透明の蒸留酒が揺れた。
 ――雪解け水に、春を燈す。
 この一文から始まるクラフトジン誕生の物語を聴けば、思い出す者もいるだろうか。
 凛と澄んだ水で仕込まれた米の酒を蒸留して生まれるライススピリッツに、ボタニカルと総称される香味植物を漬け込み、香りや風味を引き出しながら蒸留することで創りだされるクラフトジン。
 蒸留酒を『ジン』たらしめるジュニパーベリーを筆頭に、清冽な和の香りを添える煎茶と檜に山椒、更に桜と甘夏が華やぐ春の香りを燈し、秘された比率でブレンドされたそれは、昨年の春にシャイターン絡みの任務で縁を得た品だ。
「みんなもどうかしら~? このクラフトジンとおなじボタニカルで香味をつけたソーダも持ってくから、お酒のめないひとはこっちをどうぞなの~♪」
 桜の香りが春を燈すジンを、秋の桜紅葉を眺めつつ楽しむのもきっと乙なもの。
 夕暮れへと向かう陽射しでひときわ彩りを豊かにする桜紅葉は、観るものの胸に切なさも愛おしさも綯い交ぜに呼び覚ますだろう。ゆうるり肌から染みて、身体の裡からじんわりとあたためてくれる湯につかれば、心からとけだしてくる想いもあるだろう。酒香や心地好い微酔に誘われ、口にしたくなる言の葉もあるだろう。
 桜紅葉の絶佳を望む温泉で、心ゆくまで語らえばいい。
 それでも足りなければ豊かな山の幸に彩られた夕餉を囲みつつ、あるいは部屋でゆうるり寛ぎながら。宿が気に入ったなら、何日だって好きなだけ宿泊を延ばせばいい。
 何せ戦いに追われる日々はもう終わったのだ。
 真に自由なる楽園となった世界で、望むままに心のままに、すべてを謳歌すればいい。


■リプレイ

●朱華
 錦秋の女神が、秋津島を染めあげた。
 深山に秘められた温泉郷の隠れ宿、繊細な気泡が煌く露天の湯に身も心も委ねて見霽かす桜紅葉の絶佳は、竜田姫が深き山々に齎した絢爛たる綾錦。桜を彩るのは佐保姫ばかりじゃねえってわけだと眠堂が柔い笑みを綻ばせれば、おや、何処の姫君だい? と戯れに揶揄う風情でゼレフも笑むけれど、
「ああそうか、この国の春女神と秋女神で……って、いやとっくに知ってんじゃねえ!?」
「はは、呉服屋の店主殿とも長い御縁と御付き合いになったしねえ」
 気兼ねない言の葉を交わせば、より朗らかな笑みが二人に燈る。
 凛と大気が冷え込むほど秋の錦は鮮やかに染まると聴くから、柔い湯煙越しにも幻想的な艶姿を見せる桜紅葉を眺めて浸かる温泉が心地好いのも当然のこと。遥か北の国から来たる年上の友は寒さに強いだろうが、
「温泉、好きだろ? 年寄りの冷や水よりはさ」
「こんな温かさは何よりの御褒美だからね……って、まだ言うか。君もいずれ通る道だよ」
 先程のお返しとばかりに悪戯っぽく訊ねる眠堂に、君も今から対策しておかないとなんてゼレフが負けず嫌いを発揮する処までが御約束。対策なあ、と湯煙にとけた呉服屋の声が、やっぱ温泉満喫だろ、と弾めば満を持して掲げられる純米酒。
 盃を互いに満たし合いつつ傾けるは、華やかに香り、ふくよかな旨味と酒気をなめらかな絹のごとく広げる此の地の酒、肌からじんわり染みる湯のぬくもりに、身の芯からやんわり燈る酒精の熱、そして。
 ――花より団子ならぬ紅葉より酒にはなってない……よな?
 ――手遅れかもねえ。
 人懐こい笑みを燈す友とのそんな語らいが、まだ無意識に剣を握らんとするゼレフの手をゆうるりほどいていく。それを知ってか知らずか、
「任務とかもうねえし、温泉地巡りの旅ってのも良いな」
「そうだなあ……何を追うでもなく季節の巡りとともに、そんな旅も楽しそうだ」
 愉しげに続ける眠堂の肩を、道連れがいれば尚更ね、と叩いてみれば。
 ――いつでもどこまでも、誘ってくれよ。
 夕映えの世界は桜紅葉の千紫万紅。
 眩く熟れた夕陽の光に輝くような黄金に山吹色に、陽射しに融けだしていきそうな朱金に照柿、まだ淡い緑を残す葉が風にさざめけば、鶸色の鳥が仄かな紅鶸色の翼を翻すようで。
 深山の桜紅葉は驚くほど彩り豊かな綾錦、なれどスバルの瞳が鮮やかな紅赤や真紅により強く惹きつけられるのは、髪に紅椿を、瞳に赤き彩を咲かせる大切なひとが傍らにいるからこそ。凛と香る西洋杜松の奥から和の春を咲かせるジンでなくソーダを傾けるのは、
「……ヒナキは紅が似合うからさ。酔ったりせずに、ちゃんと、見ておきたいじゃん」
「――!! ずるいです、最近の貴方は」
 なんて胸の裡を彼が明かすから、途端にヒナキの頬にも紅が咲く。艶めいた意味ではなく純粋な気持ちなのだろうとは察せられるけれど、肩までだけでなく顎の先が触れるほど深く湯に浸かったスバルが、
 ――ヒナキ、綺麗だよ。紅葉にも夕陽にも負けてない。
 夕暮れの風に浚われそうに微かな声で紡いだ言の葉がしっかり届いたヒナキの耳までも、指先までもさあっと紅が咲いた。隣にいたはずの彼がひとりで大人のきざはしを昇っていく気がして、
「あんまり、いじわるしないでくださいね」
「いじわるも何も、思ったことが口に出ちゃっただけなんだけど……、……!!」
 追いつきたい心地で頬に口づければ、今度はスバルにも鮮やかな熱の彩。
 のぼせてしまいそうなのは勿論、温泉にではなく――。
 凛と立ち昇る香りが、雪と樹氷の幻想を誘った。
 初めて臨むジンが香らす西洋杜松、ジュニパーベリー。その香気の滴を含めば滴の奥から香りを開く煎茶と、檜と山椒が雪の中に覗く春緑を思わせ、酒精の熱が桜と甘夏でカルナの裡に春を咲き誇らせる。美味しいですか? と訊く春緑の翼の天使に微笑んで、
「とても。きっと酒精の分、僕のほうがより鮮やかに春を感じるでしょうね」
「カルナさんずるーい! 二カ月後には完璧なお揃いで乾杯ですからね!!」
 弾けるように笑い合えば、今は香味だけお揃いのジンとソーダで乾杯を。
 春の爛漫、秋の絢爛。
 あの時まさかの悲劇を乗り越えて至った極楽で、春のみならず秋の綾錦までをも楽しめる贅沢に、灯の心の扉もいっそう開かれていく心地。彼とふたりで何処までも翔けていける。この地の春と秋のように、今には今の、未来にはきっと未来の新しい感動があるはずだから一緒にずっと、それを見つけに――。
 想い馳せれば、同じく春の爛漫と秋の絢爛に心馳せていたひとと知らず肩が触れ合って。
 ――抱き寄せても、良い?
 小さな勇気とともにカルナが囁けば、跳ねる鼓動とともに、はいと淡く上擦る、灯の声。片腕に包み、包まれれば、温泉にあたためられた互いの肌の熱がひときわ鮮やかで柔らかで胸が早鐘を打つけれど、心は何処までも優しい幸福に包まれていく。
「春になったら、一緒に暮らしませんか?」
「ええ、次の春になったら……二人のおうちも、重ねましょう」
 ――貴方と一緒に、暮らしたいです。
 心を重ねれば、両腕に包み、包まれて。春になれば、
 世界で一番安心できる、落ち着ける――愛しいひとの傍が、二人の還るところになる。

●真朱
 ――雪解け水に、春を燈す。
 昨年の春に誕生したクラフトジン、まだ酒精に手が届かなかったあの春に訊けば春色が、桜餅とのマリアージュをティアンに勧めてくれたから、
「ジンは湯上がりのお楽しみというやつ。桜餅は欠かせないから」
「ああ、今日でも――明日でも、後の楽しみにとっとけるな」
 彼女の両手が小さく包み込むのは純米酒香るお猪口。純米酒に檜の香りを溶け込ませる枡を軽く掲げて呷れば、華やかな酒香のみならず深山の澄んだ大気までもがレスターの芯まで染みていく心地。いずれは離れねばならぬ、なれど大人になるその先までも見届けたい、とあの春に綯い交ぜになる胸の裡で希った心は、遂に鮮やかな自覚を芽吹かせたから。
 少女の頃には識らなかった緊張を大人になった今ティアンが感じているのは、歳月に伴う心の変化か、あるいは彼が自覚した心を伝えてくれたからか。
 どうなるのだろう。
 どう変わるだろう。
 大切な存在と想う気持ちはきっと同じ。けれど想いの名が同じであるのかはまだ確り掴むことができなくて。心に燈る炎は赤橙に、銀にと揺れる。
 寄る辺の定まらぬ想いの波間を揺蕩う彼女を強引に己の岸に引き寄せてしまわぬよう、
 ――今夜のおれの寝床は、座椅子にするか。
 密かに決意すれば灰の瞳と眼が合って、銀の瞳は逸らせたのか逸らせなかったのか。
「芯から温まるな」
「……のぼせた?」
 燈る熱のわけを誤魔化すよう熱い手巾で顔を拭うレスターの丸い耳の赤さに、ティアンの尖り耳がぴこりと揺れた。
 時と場所が変われば酒の楽しみ方も変わる。
 此の地の純米酒も春を燈すクラフトジンも美味に違いないだろうが、
「既に旨さ折り紙つきの『命の水』も祝いにいいかと思ってな」
「桃花、いつも素敵なものを分けてくれてありがとう。そして、誕生日おめでとう」
「ぴゃー! ここでこれが呑めるなんて! ああん嬉しい、ありがとうなのー!!」
 尻尾ぴこぴこ娘にアッシュが手渡したのは、とある高原に広がる森を越えた先、山の麓に建つ蒸留所で生まれたウイスキー。あのときも美味しかったからなと瞳李も笑って祝福し、自分達の傍らに浮かべるのはまず此の地の美酒。
 肌理こまやかな気泡が昇る湯に身を委ね絢爛たる桜紅葉の絶佳を見霽かせば、温泉の熱も錦秋の彩も魂まで染み渡る心地。瞳李が注げばアッシュの手許のお猪口に揺れる酒、それが消えては揺れ、消えては揺れ。
「美味しいから進むのは分かるが、いつもよりペース早くないか?」
「あー……まぁ、少し回りは早いかもな。温泉だしなってのもあるが――」
 気が抜けたのも、あるんだろ。
 泡が浮かびあがるような声音とともに眼差し交わせば、軍人として、ケルベロスとして、戦友として、恋人として、二人で戦場を駆けた日々が懐かしさに彩られていく。互いに燈る柔らかな笑み、だが男はそれを不敵な笑みに塗り替えて、
 ――酔ったことにしておけば、少しくらいいちゃついてても構わんだろ。
 耳許で囁かれた女はひときわあでやかな紅葉の彩に染まる顔を、伴侶の肩に埋めて隠す。
 ――本当に、敵わない。
 淡い靄のように、柔い繭のように。
 優しく白くけぶる湯煙の紗を潜れば、茜色の夕空を映す露天の湯。
 夕映えの空に融け込む心地で温泉に浸かったなら、ジェミの肌にしゅわりしゅわり集まる繊細な気泡達が銀に煌いて、同じ煌きを瞳に宿す家族をおいでおいでと手招けば、夕映えの空も桜紅葉の彩もすべて瞳に映したエトヴァが、美しイ、と心からの感嘆を溢した。
 魂まで、この彩に染まりそう。
 頬を撫でる風は凛と冷たくて、だからこそ湯から肌身へ染みる熱が心地好い。
 芯からもっとあったまろうかと新緑の瞳を楽しげに煌かせ、ジェミの手が引き寄せるのは燗をした純米酒のお銚子を乗せた湯桶の舟、
「ふふ、おっとなー! それじゃ早速、おひとつどうぞ」
「熱燗ですカ。ふふ、おっとなーですネ」
 色なく透きとおって蕩ける酒をお猪口に酌めば、揺れる酒が映したのは茜空か桜紅葉か。微笑み返したエトヴァからも酌み返したなら、互いの手に茜の彩。あたたかに花開く香りは華やかさに仄かな切なさを秘め、なのに口当たり柔らかな優しい旨味を熱く染み渡らせて。
「幾つもの景色を二人で眺めてきたね。今日もまたひとつ増えた」
「数えきれないほどの時ヲ、君と一緒に過ごしてきましたネ」
 大人の粋とともに心に灼きつける絶佳を、掛け替えのない宝物にする。
 指先にまでも熱を燈した半身を乗り出し、湯あみ着越しに冷たい夕風を受けて、そろそろ戻ろうかと言いかけたジェミを引き留めるよう、湯の中でその手をエトヴァが大切に握る。跳ねた鼓動は繋いだ手から伝わっただろうか。
 ほろ酔いを深めるのは部屋に戻ってから。けれど今はもう少し、
 ――この彩ヲ、君と一緒ニ。
 煉瓦色の躯を銀の気泡が彩れば、肌からじんわり染みた湯の熱がやがて芯から照り返す。
 極楽とは然もありなん――とばかりにヨハンが露天の湯で寛ぐ姿に、来てよかったね、と寒がりな婚約者にクラリスが微笑みかけたなら、今夜は一泊していきましょうか、ゆっくり楽しんでいこうねと打てば響くような言の葉を交わし、雪解け水に春を燈すジンとソーダで乾杯を。
 秋の絢爛を見霽かしながら杯を傾ければ、凛と清冽な冬が己の芯を吹き抜け、春の息吹を連れてくるかのよう。めぐる時間、めぐる季節。
 葉も、夕方の空も。冬や夜闇の前に、よく似た朱色に染まるのは。
「役目や居場所は違えど、互いを忘れていないと証明する為かもしれません」
「……そうだね。平和になって皆が別々の場所へ向かっても――」
 一緒に戦ってきた仲間のこと、絶対忘れないのと同じかな。
 彼の言の葉で萌した感傷が、酒精で愛しく蕩けてクラリスを夢心地へと誘う。ふと彼女を見遣れば己の春告人が桜色の柔い光を纏ったように愛らしくて、無防備で。
「――……!!」
「のぼせちゃったの? だいじょーぶ?」
 甘く熱くめくるめいた胸裡ごと隠すよう両手で顔を覆うヨハンをクラリスが覗き込めば、追加のソーダありますなの~と届く声。指の間から眼差し交わせば二人で頷き合って。
 御祝いを伝えにいこう。そして、
 ――幾つものありがとうも、一緒に。

●深緋
 晩秋の黄葉が夕陽を照り返す輝き。
 暖かな光をそのまま注ぐような蜂蜜色の滴は薬草香るリキュールの女王、雪解け水めいたクラフトジンと融け合わせた杯を手渡しながらスプーキーが、
「桃花、誕生日おめでとう。仲間達とも一緒に祝いの杯を掲げたいな」
 友人知人を求めて眼差しをめぐらせれば、
「ああんそれなら十二月生まれ仲間のクラリスにゃんを確保! 更に自慢の尻尾アンテナが新婚さんの気配をきゃっちしましたなの~♪ まるっと祝杯ってどうかしら!」
「あはは、いいねそれ。そういうとこも大好きだよ、桃花」
「精度が高すぎるのだわ、桃花の尻尾……!!」
 尻尾自慢の娘がクラリスの左腕に、アリシスフェイルの右腕に己の両腕をぎゅっと絡め、撫子色と蜂蜜色の眼差しを重ねた二人にも弾けるような笑みが咲く。
「ええ。吃驚するほど高精度なんですよね、真白さんの尻尾アンテナ」
「そうなのか……。祝いに来て祝われるというのも面映いが、悪くないな、こういうのも」
 実感たっぷり重低音で鹿爪らしくヨハンが語れば、何やら得心したらしいルクスが口許を綻ばせ、尻尾技には年々磨きがかかっているからねと微笑むスプーキーが音頭をとって。
 十二月生まれの二人に、新たに結ばれた夫婦に、
 ――乾杯!!
 即席のカクテルは遥か北の大地の名を冠し、偽りなき心という言の葉を抱く。
 薄桃の光満ちる紅藤のもとで酒に映した春色の笑みは言の葉にできなかった想いとともに呑み込んだけれど、今は何度でも、この鼓動が続く限りまっすぐに。
「呑み込んでしまいたくなる程、君を愛してる」
 迷わず告げた唇を桃花の鼻先に寄せ、優しく触れれば芽吹きの眼差しが幸せそうに蕩け、
 ――わたしも、愛していますなの。
 顎先を啄むようなキスが、スプーキーへと贈り返された。
 遥かに見霽かす夕映えの空、魂をも絢爛の彩に染めてくれそうな桜紅葉の絶佳。それらを眺めて身を委ねる湯の中でアリシスフェイルが伸びをして、
 ――人生節目のイベントって体力使うのね……!
 ――頑張ってたものな、式の準備。お疲れ様。それにありがとう……すごく綺麗だった。
 新婚夫婦が先程交わしたそんな言葉がきっと桃花の耳に届いたのだろう。祝辞も感謝も、この先の幸いを願う言祝ぎも伝えた満足感にいっそう羽をのばすような妻の様子にルクスは目許を和らげる。ここで傾けるのがソーダのみなのは、俺が色々と我慢が効かなくなりそうだから、なんて囁きは確と夫婦だけの秘め事にして。
 揃いのソーダを傾けたなら、凛冽な雪解けと春の息吹が、アリシスフェイルが今いるこの季節をも鮮明にしてくれるよう。
 ――ああ、視界に広がる桜紅葉に、湯の温かさと頬を冷やす外気が堪らなく好き。
「心穏やかにこんな景色を眺められるのも、ルクスのお陰ね」
「アリスこそ、俺の見るもの感じるもの全てを鮮やかにしてくれる」
 彼女が夫の肩に頭を預けたのは息をする様に自然な所作、なのに鼓動が跳ねたのは秘して心を言の葉にして、ルクスはともに同じ方向を向いていられる幸福に魂を浸す。眠る前には雪解けの酒精を一緒に味わって、目が覚めたら朝焼けの眺めを、なんてアリシスフェイルは望み、連泊のおねだりを。だって、
 暫く帰りたくなくなるくらい、このひとときがしあわせだから。
 春の爛漫は永遠と約束の指輪に見せたけれども、秋の絢爛は永遠の約束を交わした当人と一緒に観ることが叶うから、シルの胸も声音も歓びと幸せに弾んでいくばかり。
「ここ、ほんとに素敵な温泉だからっ♪ 今日は絶対お泊りしよっ!」
「是非とも! お泊りの温泉会なんて、本当に嬉しいねっ!」
 絶景は勿論、ほんのり上気する貴女の頬も愛でさせてもらいますよ、と意気揚々と鳳琴が二十歳を迎えた伴侶へと純米酒を酌めば、折角だから乾杯しよ? とシルから年下の伴侶に酌むのは乳酸飲料めく白に気泡が唄う米サワー。
 掲げあった杯の向こうには、柔い湯煙が幻想的に透かす深山の山桜。この景色のためにも頑張っていこうと春の桜花に誓い、護り抜いた世界に訪れた秋の桜紅葉を見霽かせば、熱い感慨が露天の湯のぬくもりとともにシルの胸に燈る。
「これがわたし達の守ってきた地球の、日本の風景……」
「外宇宙への旅へ出る私達には、この景色は見収めになるのかな……」
 初めて観る紅葉の山桜、この星この国にもまだ識らない宝物がたくさんあるのだと思えば鳳琴も名残は尽きないけれど、遥かなる旅路で壮大な夢を叶えたのちに、ここへ戻ってくることが叶うなら――。
 次は一緒に、お酒を楽しもうね。
 微笑みあって額をこつり寄せあって、永遠の約束が燈る隣の――小指を絡ませて、二人で新しい約束を結ぶ。今はこの秋の絢爛を確り胸に灼きつけて、
 新しい世界へ、旅立とう。
 銀の気泡が煌く露天の湯が春よりあたたかく感じられるのは、きっと。
 深山の秋をキカが五感すべてで感じとっているから。
 夕暮れの風に冷えた爪先を湯に差し入れれば痺れるように熱く、けれども肩まで浸かれば肌に集まる気泡がしゅわりしゅわり唄うにつれ、柔らかなぬくもりが肌からじんわり芯まで温めてくれる。桃花がほっぺちゅーと一緒にくれたソーダは、凛冽な香りの奥から華やかな春の香りと淡い甘さを咲かせ、蕩ける朝靄みたいな白に気泡が唄う米サワーは、とろり甘くまろやかで。思わず瞳を細めれば、夕映えの桜紅葉の絶佳も優しく蕩けるよう。
「ふふ、春とはまた違う極楽だね、キキ」
 露天風呂の縁に座らせた玩具ロボにぽかぽかになった頬を寄せ、この国のまだ見ぬ景色に心を馳せる。湯上がりに待つ夕餉にも。鹿肉の時雨煮や山菜たっぷりの雉鍋を楽しんだ後にまた露天の湯に浸かれば、この極楽から、
「星空も、見えるといいな」
 ――今度旅立つ皆が、行く宙(そら)を。

作者:藍鳶カナン 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2021年12月19日
難度:易しい
参加:21人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 6/キャラが大事にされていた 0
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