ケルベロスハロウィン~十月の長い夜

作者:土師三良

●音々子かく語りき
「今年もまたハロウィンの季節がやって来ましたよー!」
 ヘリオンが緊急出動する事態もめっきり減ったヘリポート。
 そこに集まったケルベロスたちの前でヘリオライダーの根占・音々子が陽気な声をあげた。ちなみに今日の彼女の衣装はケルベロスコート。ちょっとした仮装のつもりなのだろう。
「『今年もまた』と言っても、デウスエクスとの戦いは終わりましたから、去年までのハロウィンとはぜっんぜん違うんですけどねー。そう、ドリームイーターを誘き出したりとかはしなくていいんです! 普通に楽しめるんですよ! ふ、つ、う、に!」
 もっとも、デウスエクスとの戦いという要素こそないが、今年のハロウィンも『普通』には程遠い。
 ケルベロスたちの居住区などを加えられた新生マキナクロスを活用するからだ。
 マキナクロスはいつまでも地球の傍にいるわけではない。今年中にケルベロスの希望者や降伏したデウスエクスたちを乗せて外宇宙に進出するだろう。宇宙に異常をもたらすデウスエクスのコギトエルゴスム化を撤廃するために。そして、未知のデウスエクスたちの星々を見つけ出し、新型のピラーを届けるために。
 そのデモンストレーションも兼ねて、マキナクロスはハロウィン当日に世界中を巡るのである。
「いろんな国のいろんな地域でハロウィンのイベントが開催されるので、どれに参加しようか迷っちゃう人もいるかもしれませんが……心配御無用! マキナクロスは地球の軌道上を超々々高速で回ってますし、いざという時は魔空回廊も使えますから、会場を梯子しまくって全エリアを制覇することもできちゃいまーす!」
 当然のことながら、音々子が言うところの『いろんな国のいろんな地域』には海外ばかりでなく、日本も含まれている。
「世界を巡るのもきっと楽しいですが、地元愛を忘れちゃいけませんよねー。私がとくにお勧めしたいのは、茨城県日置市でおこなわれるイベントです。海が見える丘の上の広ぉーい児童公園でお菓子を配るという実にシンプルなイベントなんですが、シンプルだからこそ逆に新鮮な感じがしません?」
 新鮮かどうかはさておき、ケルベロスたちが菓子を配るとなれば(また、逆にケルベロスたちに菓子を配ることができるとなれば)、市民たちは大喜びすることだろう。
 もちろん、仮装という楽しみもある。仮装するだけでは物足りないというのなら、海上で大がかりのパフォーマンスをして人々の目を楽しませるのもいいかもしれない(音々子が言ったように件の公園からは海が見えるのだ)。
「デウスエクスに襲撃される危険性があることを承知の上で日本で生活してきた人たち――彼らや彼女らの信頼があったからこそ、私たちは戦ってこれたわけです。その恩返しとして、楽しい一夜をプレゼントしてはいかがでしょー? 美味しいお菓子をそえて!」
 戦いの日々から解放された戦士たちに向かって、ケルベロスコート姿のヘリオライダーはにっこりと微笑みかけた。


■リプレイ

●ハッピー・ハロウィンだから!
 十月三十一日。
 月の出にはまだ早い。しかし、海が見える小高い丘の上にある公園――その名も『猫皿町なかよし公園』は月明かりなど必要としていなかった。
 ジャックオーランタンを模した電灯がそこかしこに設置されているからだ。
 それらが照らし出すのは奇っ怪な呪文を唱える妖怪やモンスターの群れ――、
「とりっく・おあ・とりーと♪」
 ――ではなく、仮装した市民たちである。
「トリック・オア・トリートだと? よーし、覚悟するがいい!」
 百鬼夜行じみた仮装者たちに戦いを挑んでいるのは人型ウェアライダーの篁・悠。もちろん、この場合の『戦いを挑んでいる』というのは『菓子を配っている』という意味だ。
 正義のスーパーヒーローに憧れる悠ではあるが、今夜は魔女の出で立ちをしていた。先端が折れ曲がった黒い唾広の帽子は薔薇の花で装飾されている。市民たちに手渡しているのも薔薇の形の飴。
 魔女の横には西洋風の剣士が立ち、一緒に飴を配っていた。人派ドラゴニアンのハインツ・エクハルトである。
「しかし、こうやって改めて見ると……なんか、フシギっていうかスゴいよな」
 ハインツは夜空を見上げた。
 前述したように月はまだ出ていないが、より存在感のあるものが浮かんでいる。
 マキナクロスだ。
「あんなに大きなものが宇宙の彼方に飛んでっちゃうなんて」
「きゃん!」
 お菓子の代わりに愛想を振りまいていたオルトロスのチビ助が主人に倣って月を見上げた。高らかに鳴いたのは、満月に遠吠えする野生の狼を意識したからか? チャウチャウ型なので迫力に欠けるが。
「アレに乗って旅立ってゆくケルベロスも少なくないんだろうなぁ。ハインツさんも――」
 悠もまたマキナクロスへと目を向け、ハインツに尋ねた。
「――宇宙に行っちゃうのか?」
「いや、オレは残るぜ。ドイツに家族もいるし、それに……」
「それに?」
「他にやりたいことがあるんだぜ。今の……今からのオレに必要なことがいっぱいな。あと、やっぱり、ヒーローとしてなにかしたいも気持ちもあるし」
 そこまで言ったところで、悠と同じくヒーローに憧れるハインツは寂しげかつ爽やかな微苦笑を浮かべた。
「でも、ヒーローの需要なんて、もうないかな? 平和な世界になったんだから」
「そんなことはないだろう。ただ戦うだけがヒーローじゃない。力の使いようはいくらでもある。たとえば、ほら……災害救助とか?」
「ふむ。それもそうなんだぜ」
 微苦笑を普通の微笑に変えて、ハインツは頷いた。
「悠もやりたいことをやるといいんだぜ」
「言われるまでもない。既にやりたい放題さ」
「きゃん!」
 合いの手を入れるかのようにチビ助がまた鳴いた。そのつぶらな瞳はまだ夜空のマキナクロスへと向けられている。
 しかし、悠とハインツは違う。いつの間にか、両者は互いの顔を見ていた。見つめ合っていた。
「あのぉ……」
 と、市民の一人が遠慮がちに声をかけた。
「お二人の世界に浸るのも結構ですが、そろそろお菓子配りを再開していただけませんかね?」

 夜空から菓子が降ってきた。
 透明の包装紙にくるまれたマシュマロや綿飴だ。
「そーら、受け取れーい! トリート・アンド・トリートだ!」
 それらを降らせているのは夏音・陽。化け猫の仮装をして、夜空を舞っている……が、自力で飛んでいるわけではない。悪魔を思わせる黒いドレスに身を包んだオラトリオ――リーズレット・ヴィッセンシャフトが手伝っているのだ。
 リーズレットとしては、本物の猫を運ぶかのように首根っこを摘みたかったのだが、さすがにそれは無理がありすぎたので、後ろから両脇を抱えるような姿勢で飛んでいた。その代わりというわけでもないが、ボクスドラゴンの響が二人の間に挟まれ、陽の襟首を小さな口でくわえている。
「はるにゃんと一緒にお出かけするのは久々だな!」
「うん! 思い切り楽しむぞい!」
「おう!」
 翼をはためかせるリーズレット。
 マシュマロや綿飴をばら撒く陽。
 眼下では子供たちが楽しげな声をあげてタンデム飛行の二人を追い、菓子を受け止め、あるいは拾っている。
「わー! 雪が降ってるみたいで綺麗だなあ!」
「うむ。いい感じだ」
『雪』を降らせている陽の歓声に頷いた後、リーズレットは問いかけた。
「ところで、はるにゃんは今後どうするとか決めてるのか?」
「うーん。まだはっきりとした目標はないけど……いろんな国を回れたらいいなって思ってる。世界も平和になったことだしね」
「ほほう。それは楽しそうだな。地球を一周して、様々な国を……いや、はるにゃんのことだから、一周では満足できまい。五十周くらい回っちゃったりして」
「あははは! そうかもね。なんなら、リズ姉も一緒に回ってみる?」
 そう尋ねた陽であったが、相手の返事を待たずに大声をあげた。
「あ!? お菓子がもうなくなっちゃった!」
「補充するか?」
「ううん。今度はもらう側になろう」
「よし!」
 与える側から与えられる側になるため、高度を下げていくリーズレット。
 多くの『与える側』が待っている地表に向かって、陽は叫んだ。
「トリック・オア・トリィーック!」
 響も襟首から口を離し、元気よく鳴いた。
「ぎゃおーう!」

●ハッピー・ハロウィンだもの!
 少女型のダモクレスが夜空を飛んでいた。
 かつて小松空港でケルベロスと激闘を繰り広げたグリムドヴァルキリーズのうちの一体だ。
 キョンシーの仮装をしたレプリカント――霧崎・天音がその様子を地上から見守っていた。
「もっと沢山の娘に来てほしかったのだけど……」
 この公園にやってきたグリムドヴァルキリーズは一体だけだった。他のヴァルキリーズは定命者と馴れ合うつもりなどないらしい。あるいはドレッドノート攻略戦等でほぼ壊滅し、一体しか生き残っていないのかもしれない。
「今はまだダモクレスだけど、レプリカントとして生きる道を選んでほしい」
 少女型ダモクレスへの希望を呟く天音。だが、それはあくまでも天音の希望であり、少女型ダモクレスのそれではない。レプリカントに退化して、地球という住み慣れぬ場所で限りある生涯を送る――そのような道を選ぶには相応の覚悟が必要だ。マキナクロスに乗って同胞たちと旅立つ道を本人が選んだとしても、それを止めることや責めることは誰にもできないだろう。
 ところで、公園には天音の他にもレプリカントがいた。
 ヘリオライダーの根占・音々子である。身に着けてるのは猫の着ぐるみ。その上から自作のケルベロスコートを羽織っている。
「音々子さん、そのコートと着ぐるみの下はどんなコーデになってるの?」
 ヴァルキュリアのエマ・ブランが話しかけてきた。彼女もまたケルベロスコートを纏っているが、こちらはボタンひとつで脱着できる純正品だ。
「どんなって……いつも通りのちょいセク&めちゃカワなツナギですよー。エマちゃんのほうはどんな感じなんですか?」
「こんな感じだよ」
『ちょいセク&めちゃカワ』という謎のワードには一切触れることなく(賢明な判断だ)、エマはボタンを押してコートを脱ぎ捨てた。
 現れ出たのは魔女風の衣装。外からは判らないが、『アイテムポケット』の機能を有した水着を下に着込んでいる。もちろん、ポケットの中身は大量の菓子だ。
「はーい、集合! お姉さんがお菓子を配っちゃうよー」
 エマの呼びかけに応じて、子供たちが集まってきた。とても『子供』とは呼べないむくつけき男もちらほら混じっているが、エマは嫌な顔一つせず(それどころか、好感度抜群の笑顔を見せて)菓子を配っていく。芸能人も裸足で逃げ出す神対応。ケルベロスの鑑と言えよう。
「ハッピー・ハロウィーン!」
「ハッピー! ハッピー! ハッピー・ハロウィィィーン!」
 エマに続いて唱和したのはオラトリオのブランシュ・フルール。
 その声はエマのそれより一段も二段も高いところから響いた。翼で飛んでいるわけではない。ピンク色のパンダのオブジェが組み込まれたジャングルジムの頂上で仁王立ちしているのだ。
 そんな彼女の衣装は江戸時代の豪商を意識したもの。衣装だけでなく、長い髪を髷風に結っている。
「わーはっはっはっ! 好きなだけ拾うがいいわ!」
 ブランシュは豪商になりきって、小判を模したチョコを盛大にばら撒き始めた。テレビ番組ならば、『それにしてもこのオラトリオ、ノリノリである』というナレーションが流れるところ。
 周囲の人々もまたノリノリの状態だった。欲望に踊らされて目の色を変える庶民になりきり、小判型チョコに群がっている。
 その様子を高所から見下ろして、ブランシュは更にテンションアップ。これがケルベロス・ウォーであれば、戦場を三つか四つはスルーできるだろう。
「いいぞ、いいぞぉ! ほうら、そっちにも撒いてやろう! そうら、次はこっちだ! 拾え、拾え、貧乏人ども! わーはっはっはっはっはっ!」
「いいかげんにしなさーい!」
 ノリノリを通り越して悪ノリを始めたブランシュの後頭部にヴァルキュリアの九田葉・礼がハリセン(鋼鉄製)を叩きつけた。ちなみに礼も髪を髷状にしているが、豪商の仮装ではない。その豪商に使える実直な番頭の役である。
「『拾え、拾えーっ』とか、一般人相手になにやってるのよ!」
「ごめん、ごめん。役に入り込みすぎちゃった……」
 苦笑を浮かべて謝罪しながらも、ブランシュは小判型チョコを撒くのをやめなかった。
 しかし、人々はもう這いつくばうようにして拾い上げる必要はなかった。礼がキュアウインドを巻き起こし、地上に落ちる前に浮かせたからだ。更に礼はヒーリングパピヨンを飛ばし、黄金に輝くオウガ粒子を散布して、周囲を幻想的かつ煌びやかな空間へと変えた。
「あ?」
 礼が声をあげた。宙を舞う小判型チョコを受け取る人々の中に見知った顔を見つけたのだ。
 竜派ドラゴニアンのヴァオ・ヴァーミスラックスである。
「ヴァオさん! よかったら、仮装しませんか?」
「礼が忙しい間を縫って、こんなのを作ってくれたのよ」
 礼とブランシュがヴァオに見せたのはバセットハウンドの着ぐるみ。モデルはヴァオのサーヴァントのイヌマルだ。
「いやいやいやいや」
 残像が見えるほどの勢いでヴァオはかぶりを振った。
「絶対、そんなの着ねーし!」
「そんなこと言わないでくださいよ。音々子さんは、私が作ったニャンコ着ぐるみを喜んで着てくれましたよ」
「あれ、おまえが用意したやつだったのか……とにかく、俺は着ない! 絶対に着ないからな!」

 数分後、そこには直立型バセットハウンドと化したヴァオの姿があった。
 それにしてもこのドラゴニアン、ノリノリである。

●ハッピー・ハロウィンだよね!
「にゃんにゃん、にゃにゃにゃーん!」
 可愛い鳴き声と素っ頓狂なイントネーションという合わせ技を披露しながら(『ハッピー・ハロウィン!』と言ってるつもりなのかもしれない)、名無しのウイングキャットが人々の間を飛び回っていた。両の前足からぶらさげた駕籠には、ジャックオーランタン風のアイシングが施されたマフィンが詰まっている。
 ウイングキャットの主人である獣人型ウェアライダーの玉榮・陣内は菓子の配布に参加することなく、難しい顔をして考え込み、悩み込んでいた。一応、仕事の悩みである。一週間ほど前に画家として大口の依頼を受け、意気揚々と絵を描き始めたのだが、ここに来て創作に息詰まってしまったのだ。
「下世話なことを訊くようだけど、『大口』ってのはどれくらいなの?」
 従妹にして精神的な妹でもある人型ウェアライダーの比嘉・アガサが親指と人差し指で小さな輪を作ってみせた。
「これくらいだ……」
 陣内が同じジェスチャーをして具体的な額を告げると、アガサは目を丸くした。
「随分と太っ腹だな。依頼主はどこぞの石油王か有閑マダムか?」
「知るかよ。どうせ、アートのことを投機の対象か節税の手段としか思ってないクソ金満家だろうさ」
「うわー、絵描きがそうやって依頼主を口汚く罵るのは悪い兆候だね。不遇かつ孤高の巨匠を気取って、めんどくさいことをしでかしたりするなよ。後始末が大変なんだから」
「いや、巨匠なんか気取ってねーし。おまえは俺をなんだと思ってるんだ」
「そう言う陣こそ、自分をなんだと思ってるわけ?」
「……え?」
 アガサに虚を衝かれて、今度は陣内のほうが目を丸くした。
 その顔を見据えて、精神的な妹(実は母も兼ねているかもしれない)は容赦なく畳みかけていく。
「おまえ、自分のこと判ってないだろ。グダグダ悩んでないで、天使でも悪魔でも妖精でも、描きたいものを描きたいように描けばいいんだよ。それが陣なんだから」
「……ふん」
 鼻を鳴らしてそっぽを向く陣内。あまりにも判りやすい照れ隠しだが、本人は上手くごまかせたつもりなのだろう。
『そっぽ』が夜空であったため、マキナクロスが視界に入った。
「そういえば、あのデカブツのハロウィン巡行の寄港先にはマンハッタンもあるんだっけか」
 陣内は表情を笑顔に変えると、興奮気味に尻尾を立てて、アガサに向き直った。
「おい! メット、行こうぜ!」
「また唐突にめんどくさいことを言い出す……メトロポリタン美術館を『メット』とか略するところがもう……巨匠気取りからただのアートオタクになってるよ」
「そうそう。あそこにはジェロームの『ピグマリオンとガラテア』があるんだよ」
「人の話、聞いてないし! そういうところだぞ、そういうところ!」
「にゃんにゃん、にゃにゃにゃーん!」
 ウイングキャットがまた鳴いた。喧喧囂囂とやり合う兄妹に構うことなく、マイペースに菓子を配り続けている。
「がうがーう」
 いつの間にか、ボスクドラゴンのラグナルがウイングキャットと並んで飛んでいた。頭巾を被り(角が突き破っているが)、小槌を手にして。大黒天の仮装である。
「ハッピー・ハロウィン」
 と、静かに唱えたのは竜派ドラゴニアンの神崎・晟。ラグナルの主人である彼は毘沙門天の仮装をしていた。
 その横にはヴァオがいた。バセットハウンドの着ぐるみを脱ぎ、晟たちに合わせて七福神の恵比寿の仮装を……するようなサービス精神は持ち合わせていないのか、赤いバンダナを巻いて素肌の上に黒い革ジャンを着込むという往年のロッカー・スタイルを決めていた。ちなみに仮装ではなく、普段着である。
「ふむ」
 毘沙門天は菓子を配る手を休め、時代遅れのロッカーをまじまじと眺めた。
「普段通りの格好とは芸がないな。『あのヴァオ大先生が普通の格好でお菓子を配るはずなんてない!』といった感じのコンセプトを密かに期待していたんだが……」
「いや、意味わかんねーわ! なんだよ、その『まともに小説を読んだこともないような素人がどこぞの投稿サイトで書き散らして、同じくまともに小説を読んだこともないようなアホな層にもてはやされて、売れりゃなんでもいいっていう節操なきハイエナ出版社に目をつけられて、テキトーに漫画化&アニメ化されて、あっという間に消費されちゃうファストフード的作品群』みたいな名前は!? カッコ、個人の意見です、カッコ閉じぃー!」
「ところで、普通に菓子を配るだけでは面白くない。なにか派手な演出を頼む」
「二百字にも及ぶツッコミを無視すんなよぉーっ!」
 半泣きで訴えるヴァオをまたもや無視して、晟は『派手な演出』を求めた真意を口にした。
「マキナクロスに乗って旅立つ者にとっては、これが地球での最後のハロウィンになるかもしれんのだ。心残りがないよう、盛大な花火でも打ち上げてやりたい」
「判ったよぉ。花火は無理だけど、音楽なら……」
 渋々とバイオレンスギターを弾き始めるヴァオであった。
 その演奏に負けじとばかりに――、
「ようやく、この日がやってきたの!」
 ――声を張り上げたのは、四半世紀前の今日に生を受けたオラトリオの大弓・言葉。ドレスに施された幾つものスイーツモチーフの装飾が叫んだ拍子にぷるぷると揺れた。なにやら美味しそうな光景である。
「そう! 毎年のようにデウスエクスに邪魔されてきたけど、今年こそはなんの憂いもなく誕生日を祝うことができるのよー! ……あと、ハロウィンもね」
 感動に身を震わせている彼女の横では、ボクスドラゴンのぶーちゃんが『なんでハロウィンのほうがオマケくさいんスか?』と目顔で問いかけていた。
 その声なきツッコミに気付かぬ振りをして――、
「さあ、ぶーちゃん! 皆さんに幸せをお裾分けしちゃうわよー!」
 ――言葉は菓子を配り始めた。食用花で飾られたマカロンだ。
 そのカラフルな『お裾分け』は市民に大好評であった。ツッコミ役だったはずのぶーちゃんも『どんなもんっスか!』とばかりに胸を反らしている(べつにマカロン作りに大きな貢献をしたわけではないのだが)。
「Trick or Treat!」
 美しいキングス・イングリッシュを披露して、言葉は『お裾分け』に笑顔を加えた。天然の可愛さを装う所謂『養殖系』の彼女ではあるが、その笑顔は本物だ。
 そして、笑顔に込めた願いも。
(「来年も、再来年も、その先も、ずっとずっとずぅーっと平和なハロウィンを過ごせるといいわね!」)

作者:土師三良 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2021年10月31日
難度:易しい
参加:12人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 0
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