拳と剣

作者:森高兼

 地球に平和は訪れたものの、街などの復興が完全に済んでいるわけではない。
 レプリカントのジェミ・フロート(紅蓮の守護者・e20983)は復興前の街の管理者に立ち入り許可をもらい、一から作り直しても良さそうな街に足を運んでいた。
 いつもの明るさは影を潜めていて……ぽつんと街中に立つジェミ。ダモクレスについて色々と思うところがあり、かつての同胞達に壊されたという街で1人ゆっくりと考え事をしたかったのだ。実は街にやってきた目的はそれだけじゃないけど。
 不意に、誰も来ないはずの街で背後より声がしてくる。
「お姉ちゃん」
「!」
 声の主は密かに邂逅を期待していた者かもしれず、ジェミが緊張の面持ちで振り返った。そして、ダモクレスの姿が彼女の目に映る。
「……レラ」
 話しかけてきたのは『レラ・フロート』だった。だがジェミを姉と呼びながら、別の誰かの面影を追っているようにも感じられる。
 今年の七夕で起こった特殊な邂逅において、近しい相手と宿縁の繋がった者がいた。それ以外の邂逅だと関係性はいつも否定されている。今回も……その例には漏れていないのだろうか。
(「妹のレラかもって私が思うことは……構わないよね?」)
 ジェミ自身は眼前のレラを、『フロートシリーズ』の末娘である妹として見ることに決めた。
 あくまでジェミの認識によれば、定命化に至った彼女に執着していて疑似プログラムから感情豊かなレラ。
 少しだけジェミと遊ぼうと、レラが無刃の剣に空振りを前提で光刃を作り出してきた。
「お姉ちゃん♪」
 ジェミとの邂逅を喜ぶように剣を振り下ろしてくるレラ。
「お姉ちゃん!」
 ジェミに置いていかれたと怒るように剣で刺突を放ってくるレラ。
「お姉ちゃん……」
 ジェミを殺さないといけなくて悲しむように剣を構え直してくるレラ。
「お姉ちゃん☆」
 ジェミと僅かな時間でも一緒に遊べて楽しむように剣で一閃してくるレラ。
 心が壊れてしまった者のごとく結局プログラムに従っているだけで感情と行動が一致していないレラは、脈絡もなく真顔に戻ると今度こそしっかりと光刃の剣を構えてきた。
「そろそろ、本気でいくよ?」
 ケルベロスらしいと考えるガチの語り合いのため、ジェミが身構えて自慢の拳を握る。
「うん。思いっきりいくからねっ!」
 ダモクレスのレラをもう認めており、後はレプリカントの自分を認めてもらうことができたら……それ以上は望まない。
 ジェミの拳とレラの剣による一撃目の勝負は相殺が発生して引き分けとなった。

 ジェミの窮地に際し、サーシャ・ライロット(黒魔のヘリオライダー・en0141)が少し疲れたような顔でケルベロス達にぼやいてくる。
「ダモクレスに『心』は無いと言うが。心がある側は大変だな」
 小サイズのチョコを口に含み、希望者には好きな数だけお裾分けしてくれた。気を引き締めると説明を始めてくる。
「ケルベロスのジェミ・フロートと連絡がつかない。ジェミがダモクレスに命を狙われようとしている」
 宿敵に襲撃されるケルベロスのために何ができるか……それは解り切っていることだ。
「君達は急ぎジェミを救援してくれ」
 サーシャは『レラ・フロート』の情報を纏めた資料を並べてきた。
「あぁ、そうだ。ジェミはレラを妹と判断しているぞ。真相はどうあれ、ジェミの気持ちを汲むといいだろう」
 戦場やグラビティの詳細は資料を確認してほしいとのとこ。
「感情を再現しようとした疑似プログラムの影響か、レラが攻撃する時は感情を乗せてくるようだ」
 ここからの説明が大事と言わんばかりに、サーシャが険しい表情をしてくる。
「今、君達の中にはレラの説得を思案した者がいるだろう。もちろん、地球に平和をもたらしてくれた君達の意思を尊重する。ジェミもレラを撃破しないで済むように話をするつもりのはずだ」
 しかし、レラの状態は非常に不安定。皆の言葉を聞いてくれるとしても、絶対に攻撃の手を止めてこないだろう。
「君達に無茶をさせるわけにはいかないからな。私から1つ言えるのは……説得できるのが『レラの命が続く限り』ということだ」
 ジェミに代わってレラを撃破する覚悟ぐらいはしておくべきか。
 レラの撃破……その覚悟は、ジェミにも必要なことである。
 綾小路・千影(がんばる地球人の巫術士・en0024)はいつもの真面目さで両拳を握り締めてきた。
「ジェミさんとレラさん、そして皆さんが納得できる結末を迎えられるようにお供いたしますっ!」
 ジェミいわく、姉妹喧嘩の開幕だ。


参加者
シル・ウィンディア(鳳翼の精霊姫・e00695)
伏見・万(万獣の檻・e02075)
華輪・灯(春色の翼・e04881)
ジェミ・フロート(紅蓮の守護者・e20983)
ティユ・キューブ(虹星・e21021)
エトヴァ・ヒンメルブラウエ(フェーラーノイズ・e39731)
村崎・優(黄昏色の牙・e61387)
リリエッタ・スノウ(未来へ踏み出す小さな一歩・e63102)

■リプレイ

●レラの感情
 ケルベロス達の姿を見やると、『レラ・フロート』は皆から距離をとってきた。悲しげに剣を構えてエネルギーを迸らせてくる。
 ジェミ・フロート(紅蓮の守護者・e20983)が拳を開いて皆を守ろうと立ち続ける前線にドローンの群れを発進させた。攻撃時に武器を手に取っても、レラを想う心は忘れない。
「凄い強くなったわね、レラ」
「お姉ちゃんは弱くなった」
「レプリカントになったからね。でも、私はレラの定命化には拘らない」
「やっぱり……私と一緒にいたくないの?」
「レラが望む姿で未来を生きて欲しいんだよ」
 1つ重要な事を確認する。
「私達が今日のところは撤退したらどうする?」
「今度はお姉ちゃんが逃げたりしないようにするよ」
 人々を襲うかもしれないレラの説得に……次の機会は無いようだ。
 ジェミには悪いと思いつつ、リリエッタ・スノウ(未来へ踏み出す小さな一歩・e63102)はレラを撃破する覚悟ができていた。
(「んっ……どうしようもない時、手を汚さなきゃいけないならリリがやるよ」)
 伏見・万(万獣の檻・e02075)も明確にレラの撃破の覚悟を決めている。
(「恨まれんのは俺で良いか」)
 ジェミに責める気は無かろうと彼女の心に一生の傷が刻まれてしまうことは必至であり、最悪の結末は避けたい。
 皆の中には宿縁を断ち切って途方もなく傷心した者達がいる。
「家族を自らの手で討つ……そんな悲しいことはもうしなくていいのなら、わたしはそれに賭けたい」
 シル・ウィンディア(鳳翼の精霊姫・e00695)は魔法の木の葉を幾重にも纏った。彼女は左手薬指に鳳琴との絆の指輪を2つはめている。その左手を胸の前で握り締めた。
(「……お母さん、わたし達に力を貸してね」)
 ジェミの背中に向かって声を上げる。
「あんな思いは、わたしだけで十分だから。悔いのないように、あなたの思うようにね!」
「届かせるっ!」
 親愛なるジェミと肩を並べ、ティユ・キューブ(虹星・e21021)が星の輝きを宿す魔力の柱を周囲に出現させた。壊されようと何度だって積み重ねる。
「最後の戦いの後に巡ってきたこの縁……違う景色を見るならば、ここだと信じる」
「私の戦いは終わってない!」
 ティユのボクスドラゴン『ペルル』は封印箱に入ってシルの近くからレラに突進するも、彼女にひらりと回避されてしまった。だが主と同様に諦めず頑張るのみだ。
 通常の光刃は及ばない後方でエトヴァ・ヒンメルブラウエ(フェーラーノイズ・e39731)が、光を弾いて瞬く銀の鎖『星唱』を地面に展開した。
「戦線を支えマス」
 銀鎖の澄んだ音色を奏でながら前衛陣を守護する魔方陣を描いていく。
 ふわふわの白いウイングキャット『エトセテラ』はエトヴァの傍で羽ばたき、邪気を祓う風を前線に発生させた。
(「あの子がジェミの妹じゃなかったとしても……争う必要なんて、ないよ」)
 絶対零度の冷気を込められた弾丸を精製し、リリエッタがカスタマイズされた突撃銃の『LC-X12 Type ASSAULT』に装填する。攻撃に集中しやすい地点でスコープを覗き込んだ。
「足を止めるよ。フリージング・バレット!」
 レラの足元を狙撃して彼女の足を凍りつかせる。
「メカナノナノみたいに説得できるといいんだけど……」
 思い浮かべたのは『ケルベロス・ウォー』の後に邂逅したダモクレスの事。ぴゅあな心を求めてきたメカナノナノは、リリエッタ達の心が伝わって休眠中である。
 華輪・灯(春色の翼・e04881)は仲間の盾となるべく、ウイングキャット『アナスタシア』を隣に連れていた。
「ジェミさんはあなたをずっと愛してた。もし戦場であなたと会って、混乱して我を失ったら……殴ってねって、頼まれてました」
 光刃の出力を弱めようと尻尾の輪を当てたアナスタシア。
「えへへ、そんな必要なかった。倒れない、倒さない。真っ直ぐな強さも優しさも……全部全部ジェミさんそのもの」
 灯が元気一杯に強い決意を表明する。
「ジェミさんもレラさんも、守ります!」
「……私も?」
 5人の守り手の一枠を担いながら、万はケルベロスチェインを精神操作してレラに絡みつかせた。
(「正直、説得の言葉は浮かばねェ」)
 作戦の纏め役とて特に指示を出すことはなく、皆には思い思いにレラを説得してもらう。
 逆効果にならない場合は説得の一要素として傷ついたレラを回復する予定だ。時間稼ぎは攻撃の手加減という方法もあったが……回復を試してみなければ何とも言い切れないか。
「やめろ……もう、やめてくれ。この出会いは、殺し合うためのものじゃないだろう?」
「私とお姉ちゃんの邪魔をしないで!」
 勢い余った突進後のペルルに手を貸していた村崎・優(黄昏色の牙・e61387)が、流星の煌めきと重力をエアシューズに宿した。聞く耳を持ってくれないレラに飛び蹴りして一気に機動力を奪う。
「こんな理不尽な殺し合いは受け入れられない。キミ達は姉妹じゃないか。お互いに大切に思ってる者同士じゃないか。なのになぜ……その絆を絶つような行いをする!」
 それは親友のアマリリスを葬る結末しか許されなかった者の悲痛な魂の叫びである。

●ジェミの心
 苛立ち怒るように光刃を突き出し、レラはエトヴァの右足を狙ってきた。
 ジェミがゲシュタルトグレイブによってレラの神経回路を突く。
「……この6年、貴女の事を忘れたことはないわ。一緒にいられなくてごめんなさい」
「レラさん」
 シルの『翼の伴侶』で旅団長の鳳琴は、団員のジェミがレラをずっと気にかけていた事実を知る者だ。
「あなたの『剣』は、どこに進もうとしているのですか? 大切な存在と殺し合う、そんな世界はもうない。どうか……その剣を今は下ろしてください!」
 鳳琴にエトヴァを回復してもらい、ジェミがレラに堂々と告げる。
「誰も倒れない。これがケルベロスよ。6年間で共にあった素敵な人達」
「私からお姉ちゃんを奪った人達……」
 ユグドラシルの力を左手人差し指の指先に魔力として収束させるシル。蒼風の精霊術士を包む『黄龍の心魂』は鳳琴より分けられた彼女の闘気であり、本人の支援も心強い。
「琴、ジェミさんに届かせてあげようねっ!」
「ええ、シル!」
 魔力弾が撃ち出されてレラに命中し、魔力状の蔦や蔓が彼女を拘束する。
「レラ殿に踏み出す勇気ヲ」
 己の回復を仲間に頼った上で、エトヴァがレラに想いを伝えるように澄んだ声で歌った。彼の歌声を耳にした中衛陣の『障壁を打ち破る力と勇気』を増幅させていく。
 綾小路・千影(がんばる地球人の巫術士・en0024)は『御業』を招来してきた。御業が鎧になってエトヴァを守護する。
「皆さんの想いを存分にぶつけてくださいっ!」
 光刃出力を上げたレラが、前衛陣ごと障害物を排除することを楽しんできた。
 深緋はジェミを『真に自由なる者のオーラ』で覆ってレラを見つめた。
(「赤ジェミさんの妹かー」)
 髪は赤くないかと思えば……よくよく見るとジェミを意識して染めているのか、一房だけ彼女と同じだ。
 斬りかかってくるレラに素早く立ちふさがり、ティユがシルの壁となった。自身を顧みてダモクレスに心は芽生えるものと疑わず、ドローンの飛行隊に自分達を警護させる。
「レラ、君には心を得る先達にして何よりの相手がいるのだから、急ぐことは全くない」
「お姉ちゃんを奪った心なんていらない!」
 優がエゴの具現化で無数の黒鎖を生み出すとレラを捕縛した。
「僕はいつから信じ始めただろう」
 ジェミ自身を見ていない節があるレラのようにどこか遠い目をする。
「宿縁に結ばれたデウスエクスとケルベロスであっても、争いになるとは限らないことを。『傷つけ合う』という道だとしても、その果てに『笑い合う』という結末があることを」
 魔力の植物や黒鎖を静かに振り解いて身構えてくるレラ。
「そんな結末なんてない」
 今度こそペルルのタックルはレラに炸裂し、破壊の力を無効化させた。皆が安全であればジェミも自由に動けるだろう。
 レラが再度シルに強力な光刃を振るってくる。
「微力だけど、みんなで笑い合う結末のためにリリもお手伝いするよ」
 『ジェットエアシューズ』に搭載された小型ジェットエンジンを起動すると、リリエッタは謙遜の一言とは裏腹に斬撃のごとき鋭い蹴りでレラの傷を裂いた。
 派手に攻撃してレラを回復する際の反発を軽減させておきたいところだ。
 チェーンソー剣でレラの右腕の傷口を広げた万が、前衛陣への一閃よりジェミを庇う。
(「俺ァ、倒れても構わねェ」)
 その思考には……自己犠牲と別の意思が孕んでいた。だが状況次第で万以外の戦闘不能者が出てしまう可能性は高い。
 エトヴァは前衛陣の防御態勢を強化した。
 レラの光刃がエトヴァに襲いかかり、灯が長距離刺突の軌道上に割り込む。
「えんじぇりっくな私にお任せです!」
 右腕を刺された直後に皆から手厚く治療してもらえた。元気モリモリになる気がしてくる『やるきげんきオーラ』の気力を蒸気に変えてさらに傷を治す。
 次に優へと光刃を振り下ろしてきたレラは、彼に痛手を負わせた一撃の手応えに口角を少し上げていた。その彼女もかなり傷ついており……そろそろ回復の頃合いか。
 やはり一番手になるべきはジェミである。優の回復を皆に任せ、レラに駆け寄った。
「定命化の切欠は、レラが『大好き』って言ってくれたおかげだよ」
「えっ……」
「私に『心』をくれて、ありがとう。私もレラが『大好き』だよ」
 レラを回復すると後退して叫ぶ。
「心をもらった妹を死なせるものか!」
「……私のせいだったんだ」
「違いマス」
 エトヴァは浮遊する光の盾を創造して優を防護させた。
「おかげという言葉はどちらの意味もありますが、ジェミ殿は良い意味で言ったのデス」
 戦闘不能者の緊急退避に使う『レスキュードローン・デバイス』を飛ばしているものの、そんな事態は訪れないでほしい。
 レラに後衛陣を一閃されそうになり、アナスタシアがエトヴァの頭に勢いよく乗っかって屈ませる。
「ありがとうございまシタ」
 感謝するように鳴いたエトセテラにも元気よく鳴くと前線に飛んでいった。

●迷い
 シルは光の盾でレラを回復した。不慮の撃破を防ぐ守りも固められて一石二鳥だ。
 暗い表情をしながらも剣を構え直すレラ。
「心なんて……いらない」
(「意固地になってンのかねェ」)
 今回は説得に有効の回復を中断させる理由は無く、万が無言のまま黒き鎖を操ってレラを締め上げた。説得の妨げにはならないように注意したい。
 レラの袈裟斬りをシルが躱し、灯は心置きなく説得に挑むことにした。
「ジェミさんは別の姉妹とも戦いました。その後、一緒に和栗スイーツを食べて、姉妹にも食べて欲しかったって呟いて、ずっと妹達を想ってた……本当に優しいお姉さんです」
 とりどりの花の輪を編んでレラを包み込む。
「あなたと一緒に食べたいスイーツが、沢山あります。輪に入りませんか?」
「……ケルベロスは私の敵よ!」
 光刃で左肩を貫かれたシルが、皆を拒絶するレラに左手を伸ばした。
「レラさん。もう、あなたを縛るものはないの」
 存在しないはずの『魂』を縛る何かを喰らう思いでレラの右肩に触れる。
「アダム・カドモンも……『何を為すべきか、自ら考え、そして己の魂に従え』と、最後に言ってたよ」
 今一度、レラは光刃で前衛陣を一閃してきた。
「ジェミさんには、ずっと助けてもらった。いっぱい力と元気をもらった」
 ウォーレンが真珠色の光をジェミに投げかける。
「プログラムされた感情でも……繰り返し行えば魂に影響が出ないはずがないよ。ねえ……その人はジェミさん。おねえちゃん、だよ? 良く見て!」
「レラ。君の従うべき『魂』は、剣を置いた先にあるのではないかね」
 ほっとけない年上のジェミにオーラを送るアンゼリカ。
「さぁ……この戦いを悲劇で終わらせる気かね? 気合を入れ直せ、ジェミ! 君は幸せを求めていいんだ!」
 レラを救えずしてケルベロスたることは誇れないだろう。
 溌剌と輝くオーラを蒸気に変換させていき、灯がジェミを癒して微笑む。
「ふふ、ジェミさんは私を友達として大切に想ってくれています。でも……私をレラさんに重ねた時もあるそうです」
「貴女を私と……」
 優は今までの宿縁邂逅と違う答えを2人に見つけ出してほしいと願うばかりだった。
「真相を聞いた今なら、笑い合う結末にできるのではないか?」
「私のせいだったんだよ……」
 いまだに戸惑っているレラを轟く雷吼で目を覚まさせるため、姉が遺した喰霊刀『暗牙』を手に跳躍する。
「凍てつく夜を砕け、黄金の神鳴よ」
 レラに唐竹割りを放ち、暗牙に宿っている呪詛が求む『揺ぎ無き怒り』として喰らわせてやるのは残酷な運命に対する怒りだ。
 レラの負傷具合を分析し、万が光刃でえぐられたエトヴァの腹にオーラをぶん投げた。
(「様子見すっかね」)
 身体の痺れによって誰もレラに攻撃されず、銃を下ろすリリエッタ。表情はあまり変えないで精神を落ち着かせて強く言う。
「メカナノナノは解ってくれた……今度だってきっといけるはず」
 優はオーラをエトヴァに飛ばしておいた。
 麻痺を払拭させ、レラがしっかりと剣を構えてくる。
「あなたの感じるまま、思うままに言葉を伝えてみて」
 シルは6色の小さな宝石が施された『精霊石の指輪』で精霊の力を引き出すと、光る盾をレラの周りに具現化した。
「まだまだ戸惑いはあると思うけど……受け止めてくれる人が、目の前にいる。それって、とっても素敵なことなんだよ? だから、伝えてあげて。あなたの想いをっ!」
「私の、想い……」

●ジェミとレラ
 光刃に激情を帯びさせたレラは、シルの左肩に刺突してきた。
 内に秘めた熱い想いを吐露させるように、リリエッタが皆を激励する。
「レラだって解ってくれるはず」
 優は溜めておいたオーラでシルを治癒した。
「ケルベロスだなんて、デウスエクスだなんて、そんなの知るものか。大好きな人だと言うのなら、『ずっと一緒に生きる』という道の他に何がある。頼む、もう目を覚ましてくれ」
 渾身の一刀がシルに繰り出されかけ、ジェミがまぶしい夜明けの輝きを伴う『赫翼』の翼みたいなオーラを全開にする。鍛え上げた肉体で攻撃を受け止めた末にレラを回復した。
 前衛陣は幾度となく一閃を浴びており、もしも隊列が乱れてしまえれば取り返しがつかなくなるだろう。
 ラスト1分に全てを賭けるため……皆に目配せするジェミ。
 時間を無駄にするわけにはいかず、リリエッタがレラに語りかける。
「ぷろぐらむだからって、心が無いなんて思えないよ。きっとケルベロスとの戦いを経て心を得る進化を遂げてきたはずだよ」
 エトヴァとティユは掌の上に立体映像でジェミとの思い出の数々を表示していった。
「これが、ダモクレスだった俺たちが、地球で手にしたもの。自ら選び、歩いた先にあったもの。レラ殿にも、その先がある。あなた自身の道を歩いてほしイ」
「時間はきっと味方になる。だから今も、まず時間を得る為に」
「もう、戦わずとも良い。迷っても、惑ってもいいのデス。ジェミ殿に会い、今感じることヲ、聞かせてくだサイ。どうかレラの惹かれるままに、手を伸ばして」
「今なければ今後もないなんてことは絶対にない。それについては僕達が有言実行済みだろう? だからまずは一緒に過ごして判断してみないかい」
「お姉ちゃんは私のままでいいって」
 ジェミの想いは1つだったことをようやく自覚すると、口をつぐんできたレラ。
 灯が友好の輪に加えたいレラに尋ねる。
「ダモクレスでも、ジェミさんの優しさや愛情は、変わらない。レラさんは、ジェミさんをどう思ってるのか……教えて欲しい、な」
「私は……お姉ちゃんと……」
 傷だらけのレラに心が痛み、ジェミは強引にでも彼女の頬に両手を添えて額を合わせた。
「今日で終わりなんて嫌」
 駄々っ子みたいに体を叩かれたって愛しきレラを絶対に離さない。
「私達は、もう戦わなくていいの」
 レラを家に帰した時のためにとっておいた涙が溢れ出す。
「どうか未来を共に生きて欲しい。楽しいこと、素敵なこと、一緒にたくさんしよう!」
「…………私と、仲直り、してくれるの……?」
「もちろんだよっ!」
 レラの手から光刃の消えた剣が零れ落ちた。緊張の糸が切れたのか、気絶してジェミの胸に寄りかかってくる。
 無事に解決し、最初からいなかったと皆に錯覚させる程に忽然と街を去った万。
 ジェミがレラに膝枕する。
 武具を愛する者として、シルは暴発に気をつけてレラに自慢の剣を握らせてあげた。
 やがて起きたレラが……空白の時間を埋めるようにジェミに甘えてくる。満足すると皆もびっくりの切り替えの早さで真顔になって、マキナクロスに戻って身の振りを考えてくると言われた。
 少女が別人だとしても彼女を通じて本人に必ず心が届くと、ジェミには確信めいた気持ちがある。
 安定した疑似プロブラムはレラが今どんな表情になるべきかを、もう解っているだろう。
「またね、お姉ちゃん!」
 本来のレラらしく凛々しい笑みを残して走っていく。
 ジェミが応じてくれた者と抱き合い、嬉し涙を流しながら浮かべるのは最高の笑顔だ。
「ありがとう、みんな……私、この世界が、大好きですっ!」

作者:森高兼 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2021年9月30日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 4/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 4
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