夏氷見舞い申し上げます~ラシードの誕生日

作者:東間

●八月某日
 ひんやりとした硝子の器。
 銀のスプーン。
 透き通った器の中には色とりどりのかき氷。
 それがテーブルの上に勢揃いした映像と共に、ナレーターによって色ごとの紹介がなされていく。
 桜の花びらめいたものは桃を丸ごと一つ分、薔薇の花びらを思わす赤は苺をどっさり使っているらしい。苺よりもしっとりとした赤色をしたかき氷はスイカを使っていて、明るい乳白色は上品な甘さが特徴の梨。
 明るく淡いグリーンは糖度の高いメロン。華やかなイエローは味も香りも抜群なパイナップル。なぜか二つ並んでいる橙色は、すっきりとした甘さが残るマンゴー、もしくは甘酸っぱさ香る蜜柑。両方注文した時は間違えないようご注意! と声が添えられた。
 そして映像は苺かき氷を前に食レポ中のタレントに切り替わり――、
『どれも店長さんが惚れに惚れたフルーツ使ってるから、半端ない美味しさ炸裂のふわっふわかき氷になってて最高っすね。いや~この幸せをこのお値段で――……あっ。もしかして店長って神ですか?』
 真顔で言われた店長がいえいえそんなと笑い、ワイプに映っていた番組司会者が人間だよとすかさずつっこむ。スタジオの笑い声をBGMにかき氷の綺麗な映像が流れ――ふぁ~ん、と甘える声が割り込んだ。
 膝の上に寝転がって来て何分も経っているけれど、一向に終わらない灰色猫からの“もっとナデナデして!”に、ラシード・ファルカ(赫月のヘリオライダー・en0118)は応える。
 後頭部から背中までを撫で始めた途端流れ出すモーターバイクのような喉の音。初めて聞いた時驚いた音はすっかり日常の一部だ。しかし美味しそうなかき氷に目は釘付け。もう片方の手に握っているスマホで店名を検索して――、
『実はプラス100円でソフトクリームのトッピングいけちゃうんすよ』
「100円!?」
 んキャッ。
 集中してよと不満げな灰色猫の声に、ハイハイ仰せのままにと男は笑う。
 テレビでは、次のグルメ紹介が始まっていた。

●夏氷見舞い申し上げます
「というワケで、そのかき氷を思い切り楽しんでこようと思う」
 店のホームページはこれだよとタブレット画面を見せれば、花房・光(戦花・en0150)と壱条・継吾(土蔵篭り・en0279)の二人は早速スマホを取り出した。
「あら。昔ながらの駄菓子屋さん風の店構え……」
「『氷』の釣り旗、お店の前には大きなソフトクリーム……店内はテーブル席なんですね」
 硝子面積が多い引き戸の入り口にはレトロな映画ポスターが数枚。天井からは昭和レトロ硝子の傘を被った照明がぶら下がり、長方形のテーブルも鉄脚に表面だけ朱色に塗られたもの――と、行ったことはないのに“懐かしい”と感じるかき氷屋だった。
 日本生まれ日本育ちの二人が何だか懐かしいと表情を綻ばせれば、生まれも育ちもアメリカのラシードもそうらしい。ノスタルジックっていうやつだ、とうんうん頷いている。
「そんな場所で、凍らせたフルーツで作ったかき氷が食べられるんだ。これは絶対に美味しいし幸せになれるやつだね。間違いない」
 かき氷のフレーバーは桃、苺、スイカ、梨、メロン、パイナップル、蜜柑、マンゴー。
 プラス100円でソフトクリームがトッピング出来、“頭キーン”や体の冷え防止に温かい飲み物が欲しい人は緑茶か紅茶の注文を、とはホームページからの引用で。
「あっ」
 ふいにラシードが上げた声。何かしら、何でしょうか。ウェアライダーな二人の視線と獣耳がぴんっと向く中、男はひどく真剣な表情になっていた。
「大変だ、器のサイズが三種類ある……」
 大。中。小。
 並ぶ器は、店の雰囲気と同じく昭和レトロ感溢れる硝子の器。
 美しい模様が描かれた器とフルーツかき氷の組み合わせはきっと綺麗に違いない。
 問題があるとすれば、それは器のサイズと何色にしようかというところ――。


■リプレイ

 暑さのあまり合致した意見は夏氷へ。夏の町に馴染み熱くなっていた浴衣は、空調で心地よく冷えていく。
「僕はマンゴーがいいな。大陽の果実とか呼ばれるらしいよ?」
「ふふ、太陽を食べるなんてこの上ない贅沢ですね。僕は……」
 悩んだ時間は微妙に違えど二人の前には大が一つずつ。景臣は瑞々しい花弁に白い氷菓も添え、ゼレフは窓向こうの夏空と橙の氷山、桜色を並べて夏の鮮やかな一場面をパシャリ。
「――芸術品だね」
「後で送って下さいね?」
「任しといて」
 頼もしい笑みは果実弾ける一口目で幸せそうに眦を下げる。
 色鮮やかに煌めく氷の花弁に硝子器。確かに芸術品だと景臣は匙を――引っ込めた。崩すのはと夏氷に魅入られた心は花弁を微かに溶かし、するり。
「あ、」
 瞬き一回の刹那、見事ゼレフに“掬”われた一角は無事笑む口の中。夏氷の風味が花咲くようにふわり満ちていく。
「世は油断大敵なのだよ」
「……っふ、はは。全く、目敏いですねぇ。でも……確かに」
「ほら、こっちのも如何だい。一口と言わず、どうぞ存分に」
「ええ、では」
 美味しい内に、食いしん坊へのお裾分けはたっぷりと。
 きんと響く冷たさも夏氷が見せた全ても。夏陽が傍らの笑顔と共に眩く焼き付ける。

「いただきまーす! わ、おいしー♪」
「灯、交換しないか。おいしいものは分け合うともっとおいしい。シアも食べる?」
 二人は今の季節と夏氷に似合いな浴衣姿で舌鼓。ティアンは白の氷菓添えたパイナップルの中をそっと押し、灯はシアと仲良く目を輝かせ、一口食べてまた揃ってキラキラリ。
「分け合って、美味しいって言いあうと幸せが何倍にもなりますよね」
 それにティアンとの外出が嬉しくて。乙女の王道、苺夏氷・氷菓添えを貰ったティアンも、とけゆく苺味に大満足の証を耳に現していた。
 煌めく瞳。揺れる尻尾。上下に動く耳。それが一時止まるのは“キーン”のせい。揃ってこめかみ押さえる中、綺麗な灰色視線に灯はそわそわする。
「……灯、髪って、自分で結んでる?」
「……昔はお母さんにやって貰ってたけど、今は自分で」
 答える灯の目は結い上げられた灰髪に釘付けだ。普段と違う様も凄く素敵と言われ、ティアンは現状をぽそり。簡単な髪飾りは使えても、今日のようにするのは難しい。
「今日もひとに頼んだんだ。こう、コツがあったらそのうち教えてほしくて」
「はい、一緒に……大事な髪飾りに合う、髪型の研究をしましょう」
 夏氷にそうなったように、見た人全員ときめいちゃうように!

 レトロな店で夏氷。喫茶店巡りが常の久遠に来ない選択肢はなく、桜のようと聞いた桃を流れるように選んでいた。後を考え器は小。温かい紅茶も頼んで――待つ間は内装に興味津々だ。
(「……あ。照明の傘が一つずつ違う」)
 夢中な間、箱竜の咲々はというとベテラン店員の黒猫の接客を受けていて。これなら寂しい思いをさせずに済むと微笑んだ久遠は、ラシードの姿を見付けると暫し咲々の事を頼んで席を立つ。
 自分に気付き笑顔で手を振った男へ贈るのは、家族の事も考えた祝福と可愛らしいお守り達。日本好きの男に大感激されたのは、言うまでもない。

 光流が選んだ物は菜園では出来ないメロンのトッピング付き。ウォーレンは、おかわりの名案を聞き選んだ小の苺にトッピング付き。最初の一口に目を瞠った光流に続いたウォーレンの夏氷は、粉雪に似た食感と甘酸っぱさがひとつになっていた。
「幸せー」
「せやな。しかしほんま平和になって良かったわ」
 水を差す明王等が現れて忙しかったのがこれまでの夏。
 今となっては懐かしいくらいだ。
「あの頃に戻りたかったり、する?」
「そんな訳ないやろ。平和が一番やで」
「うん、平和なのが一番だよね」
 即答が嬉しくてほっとする。笑ったウォーレンの戦い方に胸を痛めてた為即答した光流も、今が在る事に笑い――と、真白と緑が溶け合うそこを見て目を丸くした。
「よく見たら君と同じ色やな。通りで美味いはずや」
「言われてみれば似てる、かな?」
 食べて浮かんだ“芳醇な”、は主に酒へ使う言葉だったと思うけれど。光流はウォーレンを見つめ、何事か囁いた。すると今度はウォーレンが目を丸くして。
「……なあ、君の顔、イチゴみたいになってるで」
「そりゃ赤くもなるよ」
 今は、おかわりの西瓜を頼もうか。

 ケーキ代わりに蝋燭? パフェに挿した花火的な? 祝辞直後の提案への思わぬ反応に萌花は笑い、ラシードが選んだマンゴーを見てふむふむ。
「ラシードさん苺まだなら試してみる?」
「いいのかい?」
「勿論」
 この赤は果実そのままだからこその色と味わいを持つ。甘さ控えめながら苺シロップの物とは全然違うと、萌花の食レポに男が成る程と関心する。
「溶けても薄まる心配とかないしさ。ゆっくり食べてられるのっていいよね」
「確かに。たっぷり楽しめるのは嬉しいな」
 後味が紅茶の残り香と相俟ってフレーバーティーのよう、と萌花の発見に赤い目が輝くのはすぐの事。

「サイズ小で三種類頼むのと、大でソフトクリームトッピングどっちが良いと思う?」
「……ここハ、小で色々食べ比べてみるのはいかがでショウ」
 味と器サイズが複数故に選ぶ二人の顔は真剣そのもの。
 そんな夏氷会議の結果は六種の小。テーブルの上がきらきら明るく可愛い様となり、エトヴァもジェミも思わず微笑む。そして当然シェアの流れへと。食べやすく貴重なビタミンを夏氷になんて天才と喜ぶジェミは、蜜柑に匙を入れた。
「はい、エトヴァ、あーん」
「……ンー。果汁の旨味が優しくて、心地良いひんやりが嬉しいデス」
 もう一口とねだる声へ笑顔でもう一口。自分でも味わえば美味しくて、二人笑顔を綻ばす。見目華やかな苺、心躍る黄色のマンゴー。酸味と甘味輝くパイナップル。エトヴァの匙が西瓜を掬えばその行き先は。
「ハイ、ジェミもあーん」
「あーん。……んん、美味しい!」
 微笑と共に差し出された一口が舌の上に夏の味を溶かして広げて、幸せ笑顔がより重なった。
「次はメロンなのデス」
「僕は苺」
 二人なら食べ比べと食べさせ合う楽しさ無限大。満ちる心で気分はふわふわ。笑顔と甘くカラフルな時は氷が溶けても終わらない。

 メニューを行き来するバラフィールの目。翼猫カッツェの尻尾もゆらゆらり。全て魅力的だからこそ悩む一人と一匹は暫し無言だったけれど。
「やはり、折角ですから桃にしましょうか。器は小に……」
 サイズは誕生日の男にあやかって。味は桃に。
「まだ食べられそうなら別のフレーバーを頼めばいいですしね。どうですか?」
 にゃあと太鼓判を貰えば無事解決。冷え対策に紅茶とカッツェ用ホットミルクも頼んだら後は楽しみに待ち――誕生日の男には猫印なエコバッグを。満面の笑みと礼の後、届いた桃の夏氷は優美な甘さに満ちていた。

 今日は普段一緒の存在がいない、二人きり。宝と並んだ奈津美は迷いに迷って桃にしたが。
「宝も同じのにしたの?」
「奈津美の好きなものを知りたいからな、俺も同じものにした」
 真っ直ぐな言葉にほんのり染まった頬の赤はなかなか引かず。二人で外出は何だか新鮮と会話を始めて少し、そこに夏氷が来たのはタイミングが良いのか否か。だが煌めく果実氷の山は思わず目が輝く美しさで、奈津美は歓声上げ早速一口。
「ひんやり甘くておいしい!」
 上機嫌で冷たさと甘さ堪能する横顔は、今日の誘いに乗ってくれたからこそ見られるもの。それを想うと宝の眼差しは熱くなり――。
「……誘いに乗ってくれた、って事は今後も期待していいのか?」
 囁くような問に奈津美が頷く。黒い瞳が宝をそっと見つめ返す。わたしもまた宝とデートしたい。その言葉に宝は目を瞠り深まる想いと共に細めた。それは奈津美も同じで。
「今日みたいに宝と一緒に素敵な時間を過ごしていきたいな」
「ありがとう。それじゃあ次は……」
 傍らにある愛しい存在。蕩ける桃の甘さ。時が過ぎれど尽きぬものを感じながら交わすのは、二回目の――。

 42歳が全制覇に励むと聞き、キソラは誕生祝いにと手伝い役を自薦した。
「別に色々食べたいケド胃腸が心配とかじゃナイぞ、ナイからな」
「ああ、よく解ってるさ」
「んー仲間見る目してンな? あ、勿論ソフトクリーム乗せるだろ?」
 勿論と答えたラシードと映え夏氷の最高場面狙いという目論見もある。店内の様を楽しみつつカメラも構え、ドレ推しかとメニューを覗く。
「オレ果物はどれも好きナンだけど……やっぱ蜜柑。この店みたく懐かしいカンジ」
 そういう懐かしい物はと問えば、前職の休憩中によく食べたパニーニと珈琲だとか。
「したらさあ、今度はソレ楽しみに行こ」
「お、いいね。何なら米国行く?」
 話しつつ減るのはクリーム以外だが、人が堪能してると気になるもので。
「美味い?」
「美味いし甘さ控えめ」
 じゃ、少しちょーだい。なんて。

 全種か迷った末ギフトの中で勝ったのは好きなの目一杯という欲。大盛り西瓜、真白い氷菓乗せ。だが一つにした影響か、ロコの前に並ぶ苺にマンゴーメロンと彩り豊かなそこへ匙が伸びてしまう。
「な、な、味見させてくんね? 一口だけ」
「抉りすぎじゃない? 1/3のくらい減ってない?」
「一口でいけるから間違ってねェし」
「美味しい?」
「うまい! あまい! つべてェ! アイスとの組合せがたまんねェ。コッチのもやるから怒んなよな? ほら」
「怒ってないけど。うん、貰う」
 差し出された一口を食めば溶ける西瓜味と共に文句は引っ込んで。うまい? うまい。いつかと同じ問いに頬緩める様は一つでなく二つ。
 俺にこんな事する日が来るなんてな。ギフトの呟きをロコは拾いきれずこれ幸いとギフトは誤魔化すも、喉をくつくつ楽しげに鳴らしたロコは退いてくれない。
「何でもないことないだろう」
 間。大きな一口の後にギフトが次メロンでと言えば、圧と共に苺が“あーん”。雪めいた氷を順に掬い分け合う毎に味と言葉、笑みが交わされる。匙は西瓜にも向かい、結局半分こだ。
「それでいいか。それのがいいな」
「僕もそう思う」
 緑茶から昇る湯気。じんわり広がる温もりの名は――。

「オッサンはよー、平和になっちまったケドまだココにいとくわけ?」
「ああ。家業の日本支社が結構いい感じだしね」
 苺夏氷の小さな山をさくさく崩し、ほんの雑談が如く尋ねたのに。家業。支社。思わず目を丸くしたサイガだが、すぐに石油かとすっかり定番のジョークを飛ばし――さくさく。
 夏氷は全て試してこれが最後。真白が溶けて苺牛乳のような様はここまで切り出せなかった証だが、にまり笑うラシードにンだよと普段の笑みを返してやる。
「ソッチにしかねぇ果物も美味いだろうなつって思っただけだし」
 いつでもあそこで会えた親父的存在とはもう、なんて。
「なあサイガ、俺は口が堅い。別れを惜しむ心をベラベラ喋らないし」
「ハイハイハイ。ハッピーなバースデーで良かったなオイ」
 包み押し付け強制終了。だが笑顔ばかりは終わりに出来ず。

 祝辞を贈った男曰くどれも最高という夏氷のメニュー写真はそれを裏付けるよう。
「ウチはメロンの中サイズにするけどヒスイ兄ぃは?」
「そうだなァ……目移りしちまうけど、この桃のヤツにしようかな。中サイズで、緑茶も頼む」
 届いた夏氷を早速食べれば果実ごと食べたような瑞々しさ。感心したヒスイはふいに聞こえたシャッター音に目を向け、目の合った形兎は。
「記念に一枚と思って」
「映えってヤツ?」
 納得したその姿が氷よりも綺麗な翡翠色だから、そこにフォーカスが合うのは、きっと仕方のない事。ふわふわ甘い味に優しい笑顔。噛みしめるほど幸せで。
「ねえ、ヒスイ兄ぃ、ウチのとちょっと交換こしない? 美味しそうに食べてるから気になってきちゃった!」
「ああ、美味いぜコレも。食ってみな」
 交換すれば夏氷の桜色とぴょこぴょこ兎耳の色が重なるよう。不思議そうに首傾げる形兎へ、ヒスイは軽く笑む。
「いや、メロンも美味いなと思ってさ」
「でしょ! メロンも美味しいよねー。……けどね、桃も凄く美味しいよ!」
 甘い時間をありがととキラキラ咲いた笑顔に、あの時ふと緩んだのは表情だけではなかったと知る。だが、それも悪くないかもしれない。

 誕生日祝いにと、幸いを願いながら贈った花で42になりたての男をいたく感動させた数分後。市邨とムジカは穏やかな笑顔と共に夏氷選びを楽しんでいた。
 市邨は迷った末、紅茶に合いそうな桃を。ムジカはマンゴーの大サイズ。大の理由は勿論、分けっこで一緒に食べたいからだ。そして夏氷が運ばれれば待ってる間も浮かべていた笑顔はより輝いて、彩豊かな雪めいた様と香る果実に心もワクワクしちゃうもので。
「器もとってもキレイね」
「ね、交換こしよ」
「もちろん。はい、あーん♪」
 へにゃり甘えるように笑む市邨へ、ムジカも甘い笑顔で鮮やか橙色の一口を差し出した。すっきり甘い風味は優しさもあり、頬綻ばせた市邨は暖かい紅茶にもほっとひと息。じわり染みて広がるこの心地は――、
「幸せだなあ」
 その呟きにムジカの瞳がやわらかに笑む。緑の眼差しが寄り添うように絡み合う。
「ね、ムゥ、俺は君と一緒にいる日々が、ずっと幸せで。これからも、きっと、ずっと、ずっと、幸せで在れるのだと思う」
「アタシがあなたの幸せなら、アタシは市邨ちゃんがいてくれてやっと時間が動き出したの」
 だから今もこの先も、ずっとずっと一緒に。傍に。
 二人願う幸いは同じもの。
 これからも君と、あなたと。いつまでも。

「もしかして店長って神デスカ!?」
「神は居たんだ……」
 心が叫ぶままにシズネが選んだ苺の夏氷は、当然大サイズだしソフトクリーム付き。ラウルの前では、桃と梨の香り溢れる夏氷の花びらで小さな硝子器が甘く染まっている。こちらも入道雲めいた冷菓が添えられていて、瞳輝かす二人は匙を手にしたまま暫し釘付け状態に。無言のまま、二人が持つ匙は夏氷の山へと吸い寄せられ――しゃくり。
 淡い桜色をした桃の愛らしい彩は、ラウルの口内に雪めいた優しい訪れを齎した。何より嬉しさを芽吹かせたのは蕩ける甘さ。次は真白も添えて――と。
「はい、シズネ」
「やった!」
 じっと見つめていたシズネは、溢れる程に乗せられた桃と梨を元気いっぱいに迎え入れた。広がった甘さはラウルの笑みのように優しくて、シズネはすぐ、艶々とした大きなお返しを匙に乗せる。
「ほら、ラウル!」
 満ちる赤薔薇色にラウルは目を輝かせ、あーんと開けた口へ夏氷が――あれ。来ない。怒るかな、と試したシズネはハッとした。お預けされしゅんとしたラウルに犬耳が! ――あれ。無い。でもちょっぴりの罪悪感は確かにある訳で。
「な、なんて、冗談に決まってるだろ?」
 再び差し出した彩は、今度こそ。灯った苺彩で幸せ笑顔が咲く。

 二人で外出は久々だ。何度もしてきたから珍しくはない。けれど一つの変化を経た二人は、時々目が合っては擽ったそうな笑顔を浮かべていた。
 耳は赤くなってないだろうかと気にする男と、心が少しふわふわすると気付いた娘がそれぞれ注文すれば、然程待つ事なく夏氷がやって来た。どどんと大きな硝子器を彩る桃色と白に環は目を輝かせ、一口ずつ噛み締めて間に緑茶を挟んでと楽しんで。
「アンちゃんのもおいしそう。ここまでパイナップルの香り届いてますよ」
「ああ、環の桃味もいい香り。後で少し分けてほしいな、なんて」
「はぁい、あとで少し交換しましょー」
 共に夏氷に舌鼓をうち、飲み物で小休憩。お喋りも忘れずに楽しみながら、アンセルムは紅茶片手に「ねえ」と環を呼ぶ。華やかな黄色を一口どうかと提案した途端輝いた金眼に、くすりと笑った。
「ほら、口を開けて。食べさせてあげるよ」
 所謂“あーん”とに環は一瞬固まる。
 だって。今は、前と違う。
 故に照れ臭さと恥ずかしさが! すごい!
「……すごく甘くて、おいしい」
「ふふ、前はされた側だったから、数年越しのお返し」
「!?」
「環のそういう顔が見たかった。……怒った?」
「怒らないけど……うぐぅ、完敗……!」

 日本人でも辛い夏は、鱗の身であるヨハンと年中ひんやりな森の中が故郷であるクラリスにとっても夏バテ待ったなし。だからこそ、夏氷を前に笑顔が咲くのは当然で。
「ふふ、これは大正解の注文だったかも」
 クラリスの口内で氷の感触と一緒に広がる桃の風味が贅沢に広がった。融け合う口内は正にオアシス、紅茶との相性が予想通り抜群と来れば蕩けそうな幸せに包まれる。
 夏氷はまだまだどうぞと煌めき、同じく中で西瓜を味わっていたヨハンは夏バテ癒やす婚約者に内心でよかったと安堵していた――のだけど、ふと目を向けた彼女と夏氷、どちらも色彩とふわふわした印象がとても似て見えたものだから。
「……桃が桃を食べている」
「むっ、私は果物じゃないんだよ」
 共食いじゃないもんと膨れると増々桃のよう、とは秘密のまま、微笑ましく愛おしい婚約者殿へと匙で恭しく献上したのは西瓜夏氷と真白い甘み。
「ふふ、失敬失敬。これで何卒お赦しを」
「ええ、ソフトクリームに免じて許してあげる」
 容量都合で諦めていたから思わぬ収穫にはにんまりするも、愛しい人にはどうしても甘くなる。花咲く桃の大きな一口と、甘い真白と西瓜氷。ひんやり交わせば甘い心地が広がって、二人の記憶に笑顔と華が沿う。

作者:東間 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2021年9月13日
難度:易しい
参加:27人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 11/キャラが大事にされていた 1
 あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。