創造の美しい世界

作者:土師三良

●宿縁のビジョン
 新月の夜。
 玉榮・陣内(双頭の豹・e05753)はマンションの屋上に一人で佇んでいた。
 いや、正確には一人ではない。頭の少し上でウイングキャットが滞空している。
「にゃあ?」
 ウイングキャットが鳴いたのが先か、背後の気配に自分で気付いたのが先か……なんにせよ、陣内は振り返った。
 視界に入ったのは、初老の男を模した機械人形のごとき存在。
 レプリカントに見えないこともないが、陣内は約六年の戦いで培った経験と勘で見抜いた。
 それがダモクレスであることを。
「なにやら沈んでいるね」
 ダモクレスが語りかけた。機械生命とは思えぬ柔らかい声だが、柔らかすぎる故に非人間的な印象を受ける。
「いや、沈んじゃいないさ。上機嫌だよ。『死生と夢幻の翅/翼展』でゲージュツを堪能してきた帰りなんでな」
 緊張を顔に出すことなく、陣内は適当なことを喋り出した。仲間たちがここに来ることを見越し、それまでの時間を稼ごうとしているのだ。
「オラース・ヴェルネとセイニャク以外に目玉はないと聞いていたが、なかなか悪くなかったぜ。ちなみに入場料は無料だ。経済を回すために欲しくもない土産をいくつも買ったけどな。使う機会がなくて引き出しの肥やしになることを運命づけられたポストカードだの、どこぞのヒョーロンカが酒代目当てに書いた駄文が載ってるパンフレットだの」
「ふむ。面白そうな展覧会だね。私も行ってみよう」
 ダモクレスはにっこり笑った。声と同様、人間的であることを過剰に意識しすぎたために非人間的に見える笑み。
 そして、その笑顔を崩すことなく、付け加えた。
「君を殺した後でね」
「やーれやれ」
 陣内はおどけた顔をつくり、芝居がかった調子で溜息をついた。
「物騒なことを言いなさんな。お偉いデウスエクスサマはもう哀れな定命者を迫害しなくても生きていけるはずだぜ。ピラーが直ったことくらい知ってるだろ?」
「知ってはいるが、この殺意を抑えることはできないね」
「なぜだ?」
「我が名はピュグマリオン――そう言えば、判るんじゃないかな」
「なるほど……」
 真顔に戻る陣内。
 戦いが避けられないことを彼は悟った。
 これ以上の時間を稼げないことも悟った。
「やれやれ」
 再び溜息をつくと(今度は芝居ではなく、本気の溜息だ)、陣内は夜空を見上げて、恨めしげに呟いた。
「まだかよ?」

●音々子かく語りき
 平和に馴れてきたケルベロスたちではあるが、戦いの日々から完全に解き放たれたわけではない。
 この日も彼らや彼女らはヘリポートに緊急招集された。
「陣内さんがピンチですー!」
 と、皆に告げたのはヘリオライダーの根占・音々子だ。
「予知によると、東京都荒川区にある築三十五年のマンションの屋上でダモクレスの残党に襲われちゃうみたいなんですよー。その残党ってのは見た目は物腰柔らかなナイスミドルって感じなんですが、まともな奴じゃありません。もう人を襲ってグラビティ・チェインを奪う必要はないのに、それが判った上で凶行に走っているんですからね」
 件のダモクレスの名は『ピュグマリオン』。ギリシア神話に出てくる王にして彫刻家に肖ったのか? あるいはそのダモクレスこそがギリシア神話のピュグマリオンの源流なのか? あるいは偶然の一致に過ぎないのか? そのあたりのことは判らない。
「この前、陣内さんは『ガラテア』という名のオラトリオ型ダモクレスに襲われたんですよー。どうやら、ピュグマリオンはそのガラテアの生みの親っぽいです。もしかしたら、これは意趣返しみたいなものなのかもしれませんね。まあ、動機がなんであろうが――」
 音々子は薄い胸を張り、そして、声も張った。
「――見逃すわけにいきません! ギッタンギッタンにして思い知らせてやってくださいよ! この平和な新時代に武闘派デウスエクスの居場所なんて一ミリもないってことを!」


参加者
伏見・勇名(鯨鯢の滓・e00099)
セレスティン・ウィンディア(穹天の死霊術師・e00184)
玉榮・陣内(双頭の豹・e05753)
月杜・イサギ(蘭奢待・e13792)
比嘉・アガサ(のらねこ・e16711)
君乃・眸(ブリキノ心臓・e22801)
死道・刃蓙理(野獣の凱旋・e44807)
村崎・優(黄昏色の牙・e61387)

■リプレイ

●玉榮・陣内(双頭の豹・e05753)
 外見だけで判断するなら、ピュグマリオンとやらは武闘派って感じじゃない。
 しかし、腐ってもダモクレス。一人で相手をするのは荷が勝ちすぎるわな。
 俺は空を見上げて呟いた。
「まだかよ?」
「まだかなー?」
 あ? この声には――、
「まだだよー……まだー? ……まだまだー」
 ――聞き覚えがあるぞ。
「どぉーん」
 俺とピュグマリオンの間に小さな流星が落下した。屋上を突き破って階下に消えてしまいそうな勢いで。
 その流星の正体は、大きな赤いハンマーを持った小さなレプリカント――勇名だ。
「とうちゃくー」
 勇名がハンマーをぶんぶんと振り回している間に他のケルベロスたちが次々と屋上に降りてきた。見知った奴が何人もいる。
「陣ってば、妙なオンナばっかりに絡まれてたけど、こんなオヤジにまで人気があったんだね」
 頭に生えた猫耳を不快げに伏せて、ピュグマリオンを睨みつけてるのは従姉妹のアギー。見知りすぎてるじゃじゃ馬だ。
「スゴイネー、オニーチャン。モテモテダネー」
 睨む相手を俺に変えた。ジト目と棒読みのコンボ。この愛嬌欠乏症め。
「愛嬌がなくて悪かったね」
「心を読むなっての!」
「顔に出てんのよ。ホント、めんどくさいくせして判りやすいんだから」
 さいですか。

●伏見・勇名(鯨鯢の滓・e00099)
「これはまた随分と賑やかになったものだ」
 ピュグマーがヨユーシャクシャクなかんじでなにかいってるけど、そんなのはほっといて、ぼくはうしろの玉榮さンーにきいた。
「玉榮さンー、だいじょぶか?」
「ああ、『だいじょぶ』だ」
「無事でなにヨリ」
 そういいながら、君乃がぼくのよこにならんだ。君乃はレプリカントのおにーさんで、玉榮さンーのともだち。
「私もいますよ、玉榮さん……」
 おくじょうのフェンスのむこうから、シャドウエルフのおねーさんがニョキッとでてきた。ぼくらとはちがうルートでやってきた死道。これでぜんいん? いや、ちがうかー。
「俺もいるぜぇーっ!」
 ひっしにアピールしながら、ヴァオがギターで『こうどうかくせい』をひきはじめた。
「もう戦うこともないかと思っていたが――」
 君乃がガラスのガネーシャパズルをカチャカチャ。
「――ケルベロスとしてのワタシにもまだ存在意義があルようだ」
 パズルからヒーリングパピヨンがヒラヒラでてきて、ぼくのかたにとまった。めーちゅーりつアップ。
 死道がケルベロスチェインをあしもとでウネウネうごかしてサークリットチェインしてくれたので、ぼーぎょりょくもアーップ。

●死道・刃蓙理(野獣の凱旋・e44807)
「君乃さんには悪いけどさ。ケルベロスとしての存在意義なんて、ないほうがいいんだよ。もう戦いは終わったんだから」
 私と同族の村崎さんが……キシキシと音を立てています。左右の手に持った喰霊刀の刃を擦り合わせて……。
「平和になったこの世界にまた無意味な争いをもたらするというのなら――」
 村崎さんは二本の刀を離し……敵に突っ込みました。
「――その根性を叩き直してやる!」
 左手に持った黒い刀で敵を刺し貫き……すぐに引き抜いて後退。その途中、小さな影と……すれ違いました。
 伏見さんが発射した小型ミサイルです……。
「ずどーん」
 ミサイルは敵の足下に着弾し……伏見さんの声に合わせるかのように爆発……。
「そこの黒豹くん以外に用はなかったのだが――」
 攻撃に怯む様子も見せず……敵が両腕を広げました。
「――君たちにも荒っぽい対応をしなくてはいけないようだね」
 彼の前腕と大腿がぐにゃりと曲がるように変形して表面にいくつもの穴が生じ……ミサイルが次々と撃ち出されました。
 標的になったのは私と村崎さん。だけど……どちらも無傷。
 仲間たちが……盾となってくれたからです。

●村崎・優(黄昏色の牙・e61387)
 僕を庇ってくれたのは君乃さん。そして、死道さんを庇ったのはウィンディアさん。ちなみに彼女は僕や死道さんと同じくシャドウエルフだ。
「頼めルか?」
「任せて」
 君乃さんと短く言葉を交わし、猫系の人型ウェアライダーの比嘉さんがサークリットチェインでヒール&エンンチャント。
「ミサイルを撃ち込むというのは『荒っぽい対応』なんてレベルじゃないわ」
 ウィンディアさんがジャンプして、フェアリーブーツから生じる虹で七色の軌跡を引き、風で逆立つ髪で黒い色も加えて急降下。敵にファナティックレインボウを食らわせた。
「紳士というからには淑女には優しくしてくださらないと」
「私は『紳士』を自称した覚えはないよ」
 敵はまだ余裕のある態度を示している。でも、本当は苛立ちを感じているんだろうな。今の攻撃で怒りを付与されたはずだから。
「それに『淑女』と呼ぶに値する者がここにいるとは思えないねえ」
「おいおい。ちょっと失礼だぞ」
 問題発言を注意しながら、玉榮さんが獣撃拳を敵に叩き込んだ。
 そして、小声(のようで、実はしっかり聞こえるレベルの声量)で付け加えた。
「アギー以外のご婦人がたに対してな」
「うっさい」
 猫耳の淑女が玉榮さんの尻を蹴りつけた。

●セレスティン・ウィンディア(穹天の死霊術師・e00184)
「まったく……お優しくて頼りがいのある連中ばっかり来てくれたもんだ。心強いねえ」
 アガサさんに蹴られたお尻をさすりながら、陣内さんがぼやいてる。皮肉っぽい言動だけど、感謝の気持ちは隠し切れていない。助太刀に来た甲斐があるというもの。
「しかし、俺の武装のほうは心許ないな。まさか戦うことになるなんて思っていなかったから、『まくとぅ丸』を家に置いてきちまった……」
「だから、言ったんだよ。平和ボケもほどほどにって」
 陣内さんの独白に対して、頭上から声が降ってきた。
 そして、すぐに声の主も降ってきた。黒い翼をはためかせて。
 オラトリオのイサギさん。
 その登場は優美であると同時に豪快でもあった。着地ざまに両手の刀を振るい、ピュグマリオンめがけて二刀斬空閃を放ったのだから。
「遅刻だぞ、堕天使」
 陣内さんがニヤリと笑うと、イサギさんも薄く笑った。
「真打ちは遅れて登場するものさ」
「よく言うぜ。真打ちを気取るためにわざと遅れてきたんだろうが」
「心外だな。実のところ、私が遅れてきたのは――」
 イサギさんは二本の刀を地面に突き立て、腰に差していた三本目の刀を鞘ごと抜き取り、無造作に回転させた。
「――玉さんの家にこれを取りに行ってたからだよ」

●比嘉・アガサ(のらねこ・e16711)
 遠心力で鞘から飛び出した『まくとぅ丸』の柄を陣がキャッチ。勢いを殺すたためにそれを体の前で回転させる様はさっきのイサギの姿の鏡像のよう。外見に共通点なんかないのにね。
「ところで、どうやって俺の家に入った?」
 似ても似つかぬ鏡像が尋ねると、イサギはしれっと答えた。
「壊して入ったに決まってるじゃないか」
「勘弁してくれ。おまえに家を壊されるのはこれで二度目だぞ」
「随分と古い話を持ち出すね。あの時と違って、今回は玄関の鍵しか壊してないよ。ちょっとのヒールで直せるさ」
「バッカ、おまえ……ヒールのせいで玄関のドアノブがファンタジック仕様になった日にゃあ、ご近所さんのいい笑いもんじゃねえか」
 笑いを提供するのはいいことだと思うよ。
「なんなら、後でヒールを手伝おうか」
 親切な申し出を口にしながら、優がピュグマリオンを蹴りつけた。
「必要とあラば、ワタシも協力しよウ」
 次に動いたのは眸。空間に浮かび上がったタッチパネルめいた画面を片手で操作しながら、反対の手を突きだしてバトルオーラを発射。オーラは槍状になり、ピュグマリオンに突き刺さった。

●君乃・眸(ブリキノ心臓・e22801)
 六分経過。
 ワタシとセレスティンは他の者たチよりも多くのダメージを受けていル。二人とも盾役を務め、なおかつ敵に怒りを付与しタからだ。
 もっトも、敵は攻撃以外の手段で怒りを表すことなく、悠然たる表情ヲ維持しているが。
「その取リ澄ましたエセ紳士ヅラを崩してやるよ」
 比嘉が鈍色の光を敵にぶつけタ。
「是非とも崩してほしいものだ。実は表情のバリエーションに乏しいのがコンプレックスでね」
 敵は紫色のガスを放出して反撃。ただし、比嘉を含む後衛陣ではなく、ワタシのいる前衛陣に向かッて。怒りが効いてイる証拠。
「まあ、コンプレクッスもまた創造の原動力の一つなのだが」
「聞いた話によると、あなたは……オラトリオ型ダモクレスを生み出そうとしているのだとか……」
 薔薇の剣戟を見舞いナがら、死道が問いかケた。
「……その原動力も……コンプレックスだと?」
「いや、なによりも大きな原動力は、完璧なものを求める心だよ」
「完璧なものなど、ありはしない」
 セレスティンが即座に異ヲ唱え、惨殺ナイフでシャドウリッパーを披露シた。
「この世は儚くて、脆くて……それ故に美しい。朽ちていくものの美を追求する者からすれば、形あるものはすべて仮初めでしかないわ」

●月杜・イサギ(蘭奢待・e13792)
 敵はセレスティン君の言葉にも斬撃にも動じなかった。
「生憎だが、私は『朽ちていくものの美を追求する者』などではない。そして、君たちのような定命者でもない。無限の寿命を創作にあてがい、仮初めのものを永遠の存在に変えることができるのだよ」
 ふーん。正直、どうでもいい。私にとって、この敵は(そして、他のすべてのデウスエクスも)斬るべき獲物に過ぎない。下世話な言い方をすると、『飯の種』だね。
「最初に『根性を叩き直してやる』と宣言したけど、訂正するよ」
 下世話ならざる意思で戦っているであろう優君が敵に突進した。
「その性根を焼き焦がしてやる!」
 黒い喰霊刀が敵に突き刺さり――、
「っ゛ら゛ぁん゛うぅけ゛えぇぇぇーっ!!!」
 ――絶叫が響き渡った。敵が悲鳴をあげているのではなく、優君が吠えているんだ。なにやら凶悪な力を喰霊刀伝いに流し込んでいるらしい。
 その咆哮にザーっという音が重なった。地面に散乱していたコンクリートの破片(戦闘の余波で地面のあちこちが壊れているんだ)が浮かび上がり、敵だけをピンポイントに狙って降り注いだから。眸君の寡黙な相棒――キリノによるポルターガイスト。
 そして、硬い雨が止むやいなや、玉さんの饒舌な相棒が尻尾の輪を飛ばした。
「にゃにゃーん!」

●再び、優
 玉榮さんのウイングキャットに続いて、二体のウイングキャットが援護をしてくれた。
 そのうちの一体の主人であるアルシクさんもね。
「微力ながら、お役に立てれば……」
「ボクも協力するよ。借りは返す主義だからねー」
 キュアを施すアルシクさんの横で、ボクスドラゴンを伴った癒月さんが敵を攻撃。
「ぼく、玉榮さンーに『なかまをだいじにするやつ』っていわれて……たぶん、うれししかったんだとおもう」
 自分の感情に『たぶん』をつけて語りながら、癒月さんの知り合い(おそらく、借りがある相手の一人)の伏見さんがハンマーを振りかぶった。
「だから、玉榮さンーのこと、たすける」
 ハンマーが火を噴いた。比喩じゃないよ。槌頭にジェットが仕込まれているんだ。

●再び、勇名
「泣かせてくれるじゃないか、勇名」
『じゃすてぃすハンマー』がピュグマーに命中すると、玉榮さンーがぜっくうざんでついげきした。
「人ん家の玄関を壊すような輩にも見習ってほしいもんだ」
「やれやれ。玉さんがひねくれ者だということはよく知っているけど――」
 月杜がつばさをひろげてとびあがり、きゅーこーかしてピュグマーに斬りつけた。
「――いくらなんでも、ひねくれすぎじゃないかい? 私への感謝がちっとも伝わってこないよ」
「実際、伝えてねーわ!」
「お二人とも……仲が良いですね……」
 つぶやきながら、死道もピュグマーをこうげき。
 玉榮さンーとは月杜はなかよし。ぼく、おぼえた。

●再び、眸
「フリ――」
 なにもナい場所をじっと見つめテ、セレスティンが誰かの名前らしキもの(前半しか聞き取れなかった)を口にした。仲間の盾となって攻撃を受けた際、トラウマの幻覚を呼び覚まされたラしい。
「気力溜め、いるか?」
「いいよ。勇名は攻撃に専念して」
 勇名と声をかけアい、アガサが気力溜めでセレスティンをキュア。
 一方、敵もトラウマの幻覚を見テいるらシい。攻撃が命中していナい時もダメージを受ケているからな。おそラく、アガサの鈍色のグラビティの効果ダろう。
「おまえはどんな幻覚を見ているんだ?」
 喰霊刀を振るいながら、優が問いかケる。
「白紙だ」
 と、敵は答えタ。薄笑いガ自嘲に見えルのは気のセいか?
「完全なる存在が描かれるはずの……しかし、なにも描かれていない設計図だよ」

●再び、刃蓙理
「いまだ見ぬ完全なるものを求め、表現しようとするのハ――」
 誰にともなく語りかけながら、エトヴァさんが仲間をヒールしてくれました。
「――芸術家の性(さが)なのでショウカ?」
 そうかも……しれませんね。完全な存在を追究するピュグマリオンを見ていると……昔を思い出します。私の場合……それは芸術ではなく、魔術でしたが……。
「ゴチャゴチャ言ってるけどさ。あんたは気に入らなかっただけじゃないの? 完全には程遠い人造オラトリオが陣なんかに興味を持ったことが」
 アガサさんがピュグマリオンを……容赦なく責め立てました。グラビティではなく、言葉で……。

●再び、アガサ
「つまるところ、自分の創造物を繋ぎ止められなかった八つ当たりでしょ。ホント、オヤジの嫉妬ってのは醜い……あ?」
 あたしは思わず言葉を切り、視線を横に向けた。
 そこにいたのはヴァオ。
「いや、べつにヴァオのことまでオヤジだとかダメオヤジだとかクソオヤジだとか言ってるわけじゃないから、気にしないでね」
「気にするわー!」
 ヴァオは半泣きでぎゃあぎゃあ喚いてるけど、ピュグマリオンのほうはエセ紳士ヅラをキープ。あたしが言うのもナンだけど、可愛げがないね。
「嫉妬か……凡俗らしい発想だね」
 憎たらしいことをほざきながら、ミサイルを発射。毎度のごとく、標的は前衛陣。そして、これも毎度のごとく、盾役の眸が仲間の盾になった。
 ちなみに眸のアームドアーム・デバイスには天使の翼のごとき腕がついてるんだけど、オラトリオ好きのはずのエセ紳士は興味を示してない。機械の腕はお気に召さないのかな。自分も機械のくせに……あ? もしかして、コンプレックス云々ってのは冗談ではなかった?

●再び、陣内
「『白紙の設計図』といウのは修辞的な表現か? ソれとも、実際に紙に設計図を描いているノか?」
 機械の翼を広げたまま、眸がプリズム型のガネーシャパズルからドラゴンサンダーを発射した。ピュグマリオンになにやら尋ねているが、皮肉の類じゃなくて、疑問を素直に口にしただけだろう。
「後者だとすれば、ダモクレスらしからぬアナクロニズムね」
 トラウマから解放されたセレスティンが血襖斬りを浴びせると、ピュグマリオンは体勢を崩し、無様に尻餅をついた。
「とどめを……」
「ああ」
 刃蓙理に促されて、俺はピュグマリオンに近付いた。
 命を狙ってきた敵を返り討ちにするという劇的なシチュエーションなわけだが、これといった感慨はない。
 今、俺の心にあるのは……いや、この戦いが始まる前からあったのは、ピュグマリオンとはなんの関係もない悩みだから。
 ケルベロスとして存在価値(眸の言葉を拝借させてもらった)が失われた後、ただの玉榮・陣内としてどう生きるのか? ――そんな悩みだ。
 いや、もっと正直な言い方をするなら、『また昔のように絵を描くのか?』って悩みだな。

●再び、イサギ
 玉さんは敵に『まくとぅ丸』の切っ先を向け――、
「今なら、降参も受け入れてやるぞ」
 ――なんと降伏勧告をした。さっさと殺せばいいものを。
「ここで生き延びれば、おまえの大好きな原初のオラトリオたる聖王女に会うこともできるかもしれない。身の振り方を賢く選ぶべきだとは思わないか?」
 身の振り方云々というのは自分自身に向けた言葉でもあるのだろうね。それくらいは判る。なにせ、十年来の……そう、家の天窓を突き破ってお邪魔した時以来のつきあいだから。
 で、当然というかなんというか、敵は玉さんの提案を受け入れなかった。
「バカにしてもらっては困るよ。いいかね、黒豹くん。私は……」
「はい、交渉終了」
 敵がすべてを言い終える前に玉さんは『まくとぅ丸』を突き出した。

●再び、セレスティン
「どうせ、『また描く』という答えは出ているんだろう? 言っておくけど、私のモデル料は高いよ」
「モデルになるのが確定事項かよ」
 骸と化したピュグマリオンの傍で言葉を交わすイサギさんと陣内さん。なんの話をしているのかは判りませんが、どちらも楽しそう。
 その様子を見ているアガサさんも笑顔は浮かべていないけれど、楽しそう。それに勇名さんも眸さんも刃蓙理さんも優さんも和さんもバラフィールさんもエトヴァさんも。ヴァオさんだけは例の『オヤジ』発言が尾を引いているのか、いじけているけれどね。
 そして、私はいうと……。

 私は、朽ちていくものの美を追求する者。
 戦いで磨耗する命に美しさを見出してきた。
 けれども、これからは平和な日々を見ていくのでしょう。
 それも悪くない。
 悪くない。

作者:土師三良 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2021年8月24日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 6
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