黄昏の邂逅

作者:森高兼

 とても……懐かしい感じがする。
 尾方・広喜(量産型イロハ式ヲ型・e36130)は森の中を駆けていた。ふと潮の匂いがしてきて、行き止まりの崖に近づいているらしい。奇妙な形に曲がった木々が散見し始めてから、最後には樹木が1本たりとも見当たらなくなっていく。
 視界が開ければ人影を容易に発見できるものだと思ったが、念のために崖際まで足を運んでみても誰かの姿は無かった。仕方なく気配の正体を探ることを諦めて来た道を戻る。
 しかし、不気味な木々が並ぶ地点にて……『イロハ式人型』は、量産型ダモクレスである『イロハ式』の指揮官として広喜を待ち受けていた。
 レプリカントになって久しくもはや曖昧な記憶を頼りに、常時笑顔の広喜が不意打ちしてこなかったイロハ式人型に問いかける。
「マキナクロスのプログラムとしてデータのみで存在してたはずだ。肉体を得て準備運動中だったってわけか?」
「お主の記録媒体に残っているその者は真に我か? それはどうでも良い事。だが……お主に用はあるのだ」
 広喜に静かなる殺気を放ってくるイロハ式人型。
「ダモクレスこそが真の『ヒト』である」
 その一言は認めていないレプリカントの広喜を廃棄対象と告げているのだろうか。
 広喜は表情こそ笑顔ながらも一気に警戒心を強めて身構えた。
「あの戦いでダモクレスが負けたと思ってねえんだな」
「ケルベロスの力はすでに証明されている」
 どうやら種族の敗北自体に異議は無く、イロハ式人型はあくまで先程の主張から広喜の命を狙うつもりのようだ。
「受けて立つぜ」
 1人だと絶対敵わない相手を前に、広喜が自信に満ち溢れる笑顔を浮かべた。
「何故、余裕そうな顔をする?」
 時を経て、笑顔に心の機微が表われるようになっている広喜。本人と似た姿で自傷に見えてしまいそうだった相棒の宿敵を彼に代わって止めを刺せた際も、哀愁の感情を滲ませていた。もはや彼の笑顔はそのままの意味とは限らない。それでは……今の笑顔は?
「皆が来てくれるって信じてるからだぜ!」
 たとえ広喜が常時笑顔じゃなかったとしても、頼もしきケルベロス達の到着を思って笑顔を崩さないのは当然のことであった。

 本当は緊急事態のはずなのに、サーシャ・ライロット(黒魔のヘリオライダー・en0141)が至って普通にケルベロスを出迎えてくる。
「尾方・広喜がダモクレスに襲われようとしているが、連絡がつかない……すまないな」
 その謝罪は全く別の意味だったのか、微苦笑して肩を竦めたサーシャ。
「広喜は予知でダモクレスに君達が来ると豪語していた。あまりに自信満々な笑顔のおかげか、少し落ち着き過ぎているらしい」
 サーシャが数秒目を閉じ、目を開くと凛とした表情になって皆を見やる。
「君達に頼むのは広喜の救援だ」
 イロハ式人型の仕業で戦場に遮蔽物は何一つ無い。
「ダモクレスの名は『イロハ式人型』で4つのグラビティを使いこなしてくる。まずは物理的質量をもった光について説明しよう」
 それは戦場付近の木々を軒並み消滅させていったと思われる強力な一撃だ。くらった者を容赦なく押し潰そうとしてくる。
「イロハ式人型の頭上には光の環が幾重もある。それを拡大して触れた者達の精神にダメージを与えてくるぞ」
 光の環は体を切り刻むわけではないため、痛みによって攻撃された実感が湧かない。
「複数人が対象の思念波も厄介だな。行動を乱すプログラムが組み込まれている」
 同士討ちの発生してしまう可能性が出てくるだろう。
「最後は対象者の情報を瞬時に整理するというグラビティだが……実にダモクレスらしい方法のヒールと言えるな」
 一瞬の間に不具合を検知すれば随時修正が実行されていくことになる。
「尾方さんがお待ちしていますっ!」
 同行者の綾小路・千影(がんばる地球人の巫術士・en0024)も、広喜の強気に釣られていて気合い十分だ。
 一連の説明が済み、サーシャは今度こそ素直に微笑んできた。
「さぁ、君達を信頼して待っている広喜を迎えにいこうか」


参加者
伏見・勇名(鯨鯢の滓・e00099)
ウォーレン・ホリィウッド(マシュマロ大臣・e00813)
カルナ・ロッシュ(彷徨える霧雨・e05112)
ジェミ・フロート(紅蓮の守護者・e20983)
君乃・眸(ブリキノ心臓・e22801)
櫟・千梨(踊る狛鼠・e23597)
バラフィール・アルシク(闇を照らす光の翼・e32965)
尾方・広喜(量産型イロハ式ヲ型・e36130)

■リプレイ

●宿縁の戦い
 支援者を含む12人のケルベロスは、不気味に変貌させられた森を抜けて可及的速やかに尾方・広喜(量産型イロハ式ヲ型・e36130)と合流した。
 世界情勢は激変しているため、此度は『イロハ式人型』の説得を考えている者が多い。
 しかし、現状では取りつく島も無さそうなイロハ式人型。
 広喜にとても懐いており、伏見・勇名(鯨鯢の滓・e00099)が薄い表情はそのままにほっとしたように息をつく。
「……んう。ぎゅんって、たすけに、きた。ぎゅん」
「広喜さんー! 助けに来たよ」
「心待ちにしてたぜ!」
 ウォーレン・ホリィウッド(マシュマロ大臣・e00813)は広喜の友達で、笑顔の彼にゆるふわお兄さんらしく微笑み返した。
 広喜を気にかけはしながら、カルナ・ロッシュ(彷徨える霧雨・e05112)があえて普段通りのマイペースに振舞う。
「期待されたからには、ばっちり援護に来ましたよ」
「うん、いつだってどこだって駆けつける。ずっとそうして来たんだから」
 皆はウォーレンの言葉に頷き合い、まずはイロハ式人型と一度ぶつかり合ってみようと散開していった。
 誰1人やられないで戦いを乗り切る……そのためには皆と力の差が大きい綾小路・千影(がんばる地球人の巫術士・en0024)が懸念事項となる。だが彼女の同行で支援の余地が生じたはずだ。
 イロハ式人型は合理的に千影の真上に白光を迸らせてきた。
「カッツェ!」
 バラフィール・アルシク(闇を照らす光の翼・e32965)のウイングキャット『カッツェ』が、降らんとする光の外に千影を押し出して代わりに潰される。
 攻撃と回避に重点を置く中衛として、バラフィールは実体化された『マインドウィスパー・デバイス』の細いインカムマイクを装着済みだった。イロハ式人型に何らかの動きを確認すれば、各デバイス装着者に思念会話で呼びかけられる。
 広喜が内蔵モーターによって肘から先を回転させ始めた。
「あんたに紹介したかったんだ。俺の相棒を、最高の仲間たちを、地球を。俺は俺を、俺の見つけた大事なもんを、あんたに認めてもらいてえ……どっちが優れてるとかじゃなくて、俺たちを俺たちとして認めてもらいてえ」
 広喜の役目は攻めることでイロハ式人型へと肉迫する。
「だから全力でいくぜ」
 ドリルのごとく回る腕の刺突を一発お見舞いした。
「ぜんりょく、みせるの、りょーかい」
 広喜の贈り物である赤き『じゃすてぃすハンマー』の柄を握り締める勇名。
「だいじょぶ……たたかうは、ぼくのしごと。ほんとのひとか、そうじゃないか、ぼくには……わかんない、な。でも尾方はぐらぐらしない、それでいい」
「広喜が昔の部隊の者に会いたいと言っていたから……指揮官であった貴様に会えて、良かっタと思う。ワタシの広喜に会いに来てくれてありがとウ」
 君乃・眸(ブリキノ心臓・e22801)は攻め手の片割れで相棒の広喜と肩を並べた。
「元々戦いのために生まれてきたワタシ達は、戦いの中でしか分かりあえなイこともあろう。全力で相手をさせてもらウ」
 超高度演算で捉えたイロハ式人型を刺し貫き、対象の構成物質を分析と分解して刻むのは容易には癒えぬ傷跡だ。
 周辺を見渡せるような戦場の奥に布陣しており、眸のビハインド『キリノ』が地面に点々と散乱する木屑などに念を籠めてイロハ式人型に飛ばす。
 勇名は防御を意識しながら、イロハ式人型に一撃をくらわせた。
 けっして誰も倒れさせず、誰の意志も濁らせまいと戦いに臨む櫟・千梨(踊る狛鼠・e23597)が……ぽつりと呟く。
「俺は、戦いは苦手だが。何かを壊すだけのモノではないとも……知っているつもりだ」
 癒し手として正面から受けて立つべく、思念波などに備えてエクトプラズムで後衛陣に疑似肉体を作った。
 呪力耐性を一気に高めるために隊列の中央で、ゾディアックソードにて守護星座を地面に描くカルナ。守護星座が光り出し、前衛陣に加護を付与した。
「積もる話も沢山あるでしょうから、思いっ切り拳で語り合ってください。広喜さんがまた笑って……みんなで帰られる様に全力を尽くしますね」
「笑顔で信じてくれるなら、応えないとね。ガチで拳で語り合うなんて! なんだか私たちらしいかなって思いますっ!」
 そう述べつつも、今はジェミ・フロート(紅蓮の守護者・e20983)が自慢の拳を振るう時ではない。ここは素直にドラゴニックハンマーを『砲撃形態』に変形させる。
「手伝うから、どうか存分に」
 竜砲弾の衝撃をもって機動力を鈍らせるため、キリノの近くでイロハ式人型を狙い撃った。
「ずっと会いたがってた元仲間に……全力でぶつかるって、広喜さんは言ったから」
 ウォーレンが地面に伸縮自在のケルベロスチェインを伸ばす。
「全力で守るよ」
 黒き鎖で前衛陣を守護する魔法陣を描き、イロハ式人型の攻撃に反応できるように目を光らせた。

●ダモクレスとして
 カッツェのおかげで強力な攻撃より難を逃れていた癒し手の千影は、千梨に比べると微力ながらも鎧に変化させた『御業』にて黒猫の傷を治してきた。
「先程はありがとうございましたっ!」
 イロハ式人型のモノアイが点滅し、プログラムを含有する思念波を後衛陣に拡散させてくる。
「しっかり守るよ」
 視認できない思念波を勘で察知すると、ウォーレンは圏内からジェミを遠ざけた。仲間のためならば仮に押し潰されても平気だ。その仲間を攻撃しかねない思念波はちょっと嫌とはいえ、身体の不調は仲間を守られたことの証だろう。
 森の手前で歌い、後衛陣を元気づけて万が一の事態を防ぐ深緋。
「広喜さんの親的なダモクレスかー……ま、悲しい顔させたくはないしー? 笑顔じゃない広喜さんはちょっと違うもんなー」
 眸は広喜に貰ったものゆえに持ち込んだ『氷晶ギアユニット』を戦場に舞わせた。氷を纏う金と銀の歯車が交差して切り裂いたイロハ式人型の装甲を凍てつかせる。
(「ワタシと広喜はいつでも共にあル」)
 相棒関係の自分達を想起させる……どちらも欠けてはならない一対の歯車が、眸の意志に応じて一緒に戻ってきた。
 自らの魔力を圧縮させていき、カルナが不可視の魔剣を形成する。
「穿て、幻魔の剣よ」
 イロハ式人型の出力は高密度な魔力の塊による斬撃で大幅に低下した。攻撃の勢いが弱まると皆の負担も軽くなる。
 ジェミはフェアリーブーツに理力を籠めていった。
「あなたの装甲を削らせてもらうよ!」
 針の穴に糸を通すように仲間達を避けてイロハ式人型に星型オーラを蹴り込み、衝突したオーラが弾けて消えて装甲を薄くさせる。
 ウォーレンとバラフィールもオウガメタルの拳撃でイロハ式人型の装甲を少し砕いた。
 浮遊状態で頭上と足元に視覚化されている光の環における前者の方を、イロハ式人型が前衛陣に襲いかからせるために展開してくる。
 勇名は千梨と同じ目標に挑んでいた。特に広喜の戦線離脱だけは確実に阻止したい。
「尾方、じゃんぷ」
 柄を最大である2メートルに調整させたじゃすてぃすハンマーの打面を広喜に足場としてもらい、自身の負傷は覚悟の上で半ば強引に庇った。電子の輪に晒された身体に痺れを感じる勇名だが、斬られた実感が無いのは幸いか。
「助かったぜ、勇名。親父にありったけをぶち込んでくるな」
 全身の回路と眼球パーツに青い地獄の炎を惜しみなく充填し、広喜が演算速度を強制的に上昇させる。イロハ式人型の空中制御において刹那の隙があることを解析できた。
「これが、俺だ」
 腕部パーツの開放で蒼炎を噴出させると爆発的な推力を得て拳を打つ。
 腕をドリル回転させてイロハ式人型の装甲に叩き込む眸。
 千梨は優しい奇跡を信じて祈りながら、舞踊で長大な龍の『御業』を招いて金の花弁を降らせた。
「形を成すのは、守護の誓い」
 花弁が滝の幕のように前衛陣を暖かく包んで癒しの効果を発揮する。猛々しくも柔らかい守護の力は龍の加護だ。
 イロハ式人型の弱点を見抜き、カルナが脆い装甲を破壊する。
「焦がれた雨が降り注ぐから、共に祝おう」
 頭上にかざした両手を開き……ウォーレンは土砂降りの雨を呼び寄せた。イロハ式人型を祝祭の気配を纏った『喜雨』あるいは『鬼雨』に巻き込む。そして一時的に喜びとも恐怖ともつかない奇妙な感覚に陥らせた。
 バラフィールが頼りになる黒銀に光るオウガメタル『Schutz』と心通わせる。
「シュッツ、行きますよ」
 イロハ式人型を殴打すると同時に魔力の拘束具が顕現した。
「雷よ、絡めとれ!」
 魔力の拘束具から雷が発生して網のごとく広がってイロハ式人型を麻痺させる。
 前衛陣の邪気を祓うべく、先端は白い黒翼で羽ばたいたカッツェ。ちなみに手足の先も白いのは余談である。
 イロハ式人型が情報整理と並行で破損部位を直してくるものの、装甲の修理はあまり捗らなかった。だが戦意は衰えない。
 最初で最後の『親子喧嘩』を楽しんでいるのか、広喜は幸せそうに活き活きと戦っていた。ピアスのように片耳を飾る『蒼石イヤーデバイス』にはめ込まれた蒼石にそっと触れ、イロハ式人型に貼りつけていた『見えない爆弾』を起爆させる。
「俺達はあんたの全力を受け止められているか?」

●ケルベロスとして
 キリノはイロハ式人型の背後に出現して攻撃を仕かけた。
 イロハ式人型の修復困難だったはずの損傷は綺麗さっぱりで、勇名が掻き毟ったみたいな傷を重ねられる丸鋸を幾つも射出する。
「がりがりーの、ぎゃりぎゃりー」
 回転する丸鋸はイロハ式人型の脇腹に命中した。鋸刃が修理を阻害する複雑な手傷を負わせていく。
 千梨は強撃のダメージが残っているカッツェに光の『蝶』で治療を施した。
 白梟のファミリア『ネレイド』に大量の魔力を籠めながら、カルナが首を傾げる。
「ヒトって何なんですかね……心があるのがヒトなのか、不死なる完璧な個体こそがヒトなのか。僕にはよく分からないです」
 イロハ式人型のあらゆる不具合を悪化させるためにネレイドを射出し、火力に影響を与えた。
「ヒトであろうとなかろうと、存在している事に意味を見出せたなら、それで良いんじゃないかなって気がします。お互いの力を出し切って、その存在をぶつけ合えば……きっと気づく事はあると思うのです」
 再び星型のオーラを放ってイロハ式人型の装甲を削るジェミ。
 バラフィールは今までにダモクレスたる生を貫いて死を選んだ者を何度も見てきた。回答の想像はつくが、イロハ式人型に訊かずにはいられない。
「定命化の選択は無いのですか?」
 返事すらなく……若干の苦い気持ちを胸に、『戦う』ために作ってもらった『Flug Bein』に流星の煌めきと重力を宿した。
「尾方さんも、皆も死なせません」
 戦闘用インラインスケート式編み上げブーツの『フルーク・ヴァイン』による飛び蹴りをイロハ式人型に炸裂させる。
 広喜達がいる前衛陣へと……イロハ式人型は思念波を散布させてきた。
 眸と広喜が厄介なプログラムを自力で吹き飛ばす。
「ワタシはワタシの意思で敵を決めル」
「俺はもう、壊すだけの機械じゃねえ。俺は、俺だ」
 2人の叫びで反射的に体が動き、千梨は前衛陣の調子を整えようと龍の『御業』を招来した。
「どう生まれ、何の為に生きても命は等しく……無価値で尊いと、俺は思う」
 千梨にとって皆は友人で、広喜と眸は親友のつもりだ。ヒトと己を分けていた親友達が、自分は自分と、己を大切にしてくれていて……表情を殆ど変えないながらも嬉しがった。
「ヒトで在る事がアンタにとって大切な事なら、大切なままで良いとも思うけど」
 絆を結んだ者ならば判る強い感情を帯びた顔でイロハ式人型に願いを吐露する。
「我儘を言えば……広喜の事を認めて欲しい。広喜はきっと、アンタを好きだから」
 ダモクレスだった勇名にも製作者がおり、思念波を浴びて幻聴が聞こえてしまうところだった。その内容は分からずじまいとも言い切れず……心当たりが無いわけではない。
(「博士は、もう、いないけど……」)
 皆を心配させないために戦いに集中し、じゃすてぃすハンマーに搭載されたジェットエンジンを起動する。可能性がゼロに等しかろうと、地球を愛せばレプリカントになるイロハ式人型の『魂』を降魔の打撃で喰らった。
 ジェミが機動力を奪われているイロハ式人型に接敵して宣言する。
「さぁ、思いっきり殴っていくからねっ!」
 鍛え上げられた背筋を使い、最後に物を言うのは己の身一つと言わんばかりにイロハ式人型に渾身のブローを繰り出した。
「イロハ式さんの考えとは違うかもしれないけど、広喜さんは『ヒト』だよ。だから、ここまで戦い抜いてこれたんだと思う。こんなに強い大事な人たちがいるんだと思う」
 まだ撃破には至らないイロハ式人型に訴えかける。
「あなたにも『いま』を、どうか生きて欲しいな」
 突如イロハ式人型の殺気が失せてきて、ついにバラフィールのインカムマイクの出番だ。察したはずの皆に念には念を入れて伝達する。
(「敵意が抑えられてきました。一旦様子を窺いましょう」)
 イロハ式人型が抑揚の無い音声で疑問を投げかけてくる。
「中途半端な戦闘の継続は非効率的。お主達は我をどうしたいのだ?」

●対話の果てに
 実のところ……最終的な結末は天に委ねている広喜。
 皆があれこれと話しそうな中で、勇名は広喜の望みを叶えるために成り行きを見守ることにした。
(「むずかしいはなし、まかせた」)
 眸が広喜の傍らでイロハ式人型をまっすぐと見据える。
「ワタシも以前は、ヒトを特別視して、自分と分けて考えていタ。ワタシはヒトではなイかもしれない。しかしそんなことは最早どうでも良イ。ワタシはワタシで、広喜は広喜だ」
「我も我である」
 1つ提案するウォーレン。
「うまく言えないけど……僕らは戦うのは今までたくさんしてきたから、今度は色々見て聞いてデータを集めて、結論を出すのはそれからでも良いんじゃないかって思う」
 イロハ式人型がバラフィールの問いにも今更返答するように彼女を一瞥してくる。
「我にその気は無い」
 いつも明るいレプリカントのジェミは、らしくない表情になった。
「もし会えるなら……今の妹を肯定したい。私のほうも肯定してもらいたい、って思うのは欲張りかな? でも、超神機さまに停戦をとりつけた少女は強欲って言われたね」
「それは未来を切り拓くために必要との事だったか」
「だから、私も欲を出すわ」
 元気を取り戻して瞳に自信を溢れ出させる。
「広喜さんを、在り方を……その『これまで』を認めて欲しい」
 もう誰かが語り出せば止まらず、千梨とカルナも率直に言う。
「自分の大切なモノの為に戦いに来たアンタに、広喜は全力で戦って応えようとしていた。俺や皆は広喜の友人で味方で、そして広喜の『心』はきっと、アンタの……味方でもあると思ったから。だから、何だろな。この戦いの全てを守りたいと思った」
「広喜さんは優しくて頼もしいヒトですよ。それはあなたの考えるヒトに足る項目ではないかもしれないけど。不要なものも捨てずに抱えてるからこその強さを持つのが、ケルベロスであり……地球に生きる『ヒト』なんじゃないかなって、僕は思います」
「ふむ。『心』と『ヒト』……か」
 皆から離れた位置にいる3人もイロハ式人型に言いたいことがあり、声を上げるフローネとジェミ・ニア。
「ダモクレスがヒトであるならば、レプリカントもまたヒトです。尾方さんをこの世界に生み出した貴方なら……きっとそれが分かるはず! 今の尾方さんをよく見てください!」
「わかってくれるかどうかわからないけれど……この僕らの絆を見てもらいたいんだ。ね、広喜さん。僕らは、元は機械だったかもしれないけれど。今はそれぞれの考えをもって生きて動いているんだよ」
 広喜の仲間かつ友人として、エトヴァが迷いなく断言する。
「ヒロキはそこにいマス。ヒロキが何者かは、ヒロキ自身が決めることデス」
 広喜はイロハ式人型の側に近づいた。
「俺な。今すげえ幸せだぜ」
 そう言って歯を見せて笑う。
「この感情は、あんたにとって必要ねえもんかもしれねえけど。それでも、伝えたかった。造られてよかった、って。俺は眸の相棒で、皆の仲間で、ケルベロスの『尾方・広喜』になったんだ。俺は……地球で生きていく」
 体感では十倍のような長さだった1分の沈黙の末、淡々と告げてくるイロハ式人型。
「ダモクレスこそが真の『ヒト』である」
 皆に戦いの再開を覚悟させるも、さらなる一言を加えてくる。
「だが力を証明したケルベロスの主張は無視できない以上、もはや我に言う事は何も無い」
 あくまで主張は曲げず、ただ皆の主張も否定はしないという……そんな遠回しの肯定だ。皆に説得成功の感傷に浸る時間をくれないで早々に去ろうとしてくる。
 マキナクロス出立まで待機する旨を聞き出し、広喜がイロハ式人型に笑いかける。
「ありがとな、親父」
 振り返らずに横顔を向けてきたイロハ式人型は、モノアイに一瞬だけノイズを走らせて森に消えていった。広喜の心が僅かでも届いてくれたのだろうか?
 眸は何かを拾った広喜に歩み寄って肩に手を乗せた。
「家に帰ろウ」
「……おう!」
 今日一番の笑顔を浮かべる広喜。
 最良の結末を迎えられ、皆はそれぞれの思いを心に灯して帰路につくのだった。

作者:森高兼 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2021年9月7日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 7/キャラが大事にされていた 1
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