ケルベロス大運動会~ヴェルサイユお嬢様競争

作者:つじ

●祝祭
 長く厳しい戦いの果てに、ケルベロス達はデウスエクスの脅威を完全に撥ね退け、勝利を、平和を、その手に掴んだ。この完全勝利を祝うため、今年も『大運動会』が開催されるわけだが。
「今回の舞台は!! この地球全てになります!!!!」
 白鳥沢・慧斗(暁のヘリオライダー・en0250)が拡声器越しに宣言した通り、今回は地球そのもの、世界各地で様々な競技が開催されることになっている。大概無茶なことを言っているが、この万能戦艦ケルベロスブレイドを以てすればそれも十分に可能。世界規模の移動のほか、小剣型艦載機群をカメラドローンのように使っての競技の撮影、そして全世界への配信だってできてしまう。

「なお、今回の収益は、復興が遅れている地域の開発援助などに使用される予定です! 皆さんの圧倒的なパフォーマンスで世界中の人々を熱狂させ、盛り上げていきましょう!!」
 
●優雅に華麗に美しく
「ご機嫌よう、お嬢様諸君。こちらの競技は私から説明しよう」
 いつもより気合の入ったドレス姿で、五条坂・キララ(ブラックウィザード・en0275)が一礼する。舞台はフランス、パリより南東へ22km、ヴェルサイユである。かのフランス革命の中心にもなったこの場所には、観光地の一つとして、当時の王族の暮らしていた煌びやかな宮殿が残されている。
 このヴェルサイユ宮殿にちなんで、催される競技――それが『お嬢様競争』だ。

「お嬢様競争! それはケルベロスの持つ魅力を前面に押し出すための競技だよ!!
 我々の持てる力を駆使して、優雅に、華麗に、美しく、気品あふれる姿を目指せばここまでやれる、というのを世界に知らしめるんだ!!!」

 君達だってきらきら輝いたり、周囲の人間を魅了したりできるだろう? 照れも躊躇いもなく言い放った彼女は、早速コースの説明に入る。
「控室も兼ねて、市街の古城ホテルを押さえてある。参加者はそれぞれの場所から決められたコースを走り、ヴェルサイユ宮殿にある『鏡の回廊』を目指すことになるようだよ」
 実際にやる事は障害物競走のようなものらしい。道中にはチェックポイントがいくつか存在し、そこを如何にお嬢様らしく突破するかが鍵になる。

 まずはスタートから程なく訪れる事になるメインストリート。特殊効果で薔薇の花弁を舞わせたその道は、いわばお披露目の場。衣装や姿勢など、所謂ファッションチェックが行われることになるだろう。
 それを切り抜けた後にもそれぞれの難関が待ち受けている。やたら格調高いお茶会の場になっている給水所や、ダンスパーティの会場になっている広場、どこからともなく現れ立ち塞がるライバルお嬢様。
 それらを華麗に乗り越え、配信映えを意識しながら優勝を目指すのだ。
「説明は以上だよ。それでは、誰が一番お嬢様に相応しいか、勝負といこうじゃないか」
 そうして説明を終えたキララは、こほんと咳ばらいを一つ。精一杯お嬢様らしく――具体的には手の甲を口元に当てて笑ってみせた。
「トップスターお嬢様として輝くのがどなたか、楽しみですわね」
 おーほほほほ、ごめんあそばせ。


■リプレイ

●スタート前の市街上空からお届けします
 ――いよいよ始まりますヴェルサイユお嬢様競争! まずは競技開始を目前に控えた、市街の様子をご覧いただきましょう。

 ヴェルサイユ市街に色とりどりの花が咲く。上空から見たその一輪一輪が、それぞれ着飾ったお嬢様の姿である。
「ぃよっし、やりました……!」
 まだ始まってすらいないけれど、橙と緋色のドレスが眩しいお嬢様、環は満足気な息を吐いていた。
「まずはボクのプロフィール音読してみようか、環」
「僕、撮影係だって聞いてたんですけど?」
 そこには人形と揃いのクラシックな装いをしたお嬢様と、爽やかな青いドレスを着たお嬢様の姿が。
「高身長で若い青年のアンセルムお嬢様でしょう? エルムお嬢様も後で一緒に撮影しましょうね!」
「くっ……どうしてこうなった」
 既にばっちり化粧までされているし、沿道からの観客の視線が痛い。歯噛みするエルムに、アンセルムの溜息が届く。
「エルムは似合ってるから良いけどさ……」
「フォローになってないですし、逃げないでくださいよ」
 そう牽制しあっていた男二人だが、やがて覚悟は決まったようで。
「優雅な表情も所作も、やってやろうじゃないですか」
「ええ、ええ、こういうのは恥ずかしがると逆にお見苦しいのですわ」
「やる気になってもらえて私も嬉しいですー」
 沿道の観客に向かってカーテシー。なに、この苦行も、レースが終わるまでの辛抱のはずだ。
「写真は後で消してくださいませね」
「ええ、もちろん永久保存でしてよ」
 当然のように、環はそう微笑んだ。

「僕は応援に来たはずだったのですが……」
 ロリータ風のドレスに化粧まで済ませ、エリオットが嘆息する。そんな彼の着付けを手伝ったチェレスタは、柔らかく微笑んで。
「とてもよく似合ってましてよ?」
「はい……」
 何と答えていいものか迷う彼に、「せっかくですから楽しみましょう」と彼女は促す。そう言われては仕方がないと、エリオットはそこで腹を決めた。
「英国紳士……もといレディの名に懸けて、正々堂々競技に挑みます……わ」
「その意気です」
 お嬢様に種族も性別も関係ない。気高く、そして優しく、人々を慈しみ守る。それこそがお嬢様道。それから勿論、画面の向こうで見守ってくれている彼――愛しい人のためにも。
「では、参りましょう」
「ええ、わたくし、がんばりますわ!」

 皆が意気込みを語る中、参加者の誰よりも慣れた様子で歩く影が一つ。
「これは、わたくしのためにあるような競技ですわね!」
 そう、ハイパーお嬢様、アンジェリカにとってはこれこそが自然体。社交界の流れで見知った場所でもある上に、作法も、財団で用意したドレスも完璧、もはや勝利以外ありえないと確信する彼女を先頭に、ついに戦いの火蓋は切って落とされた。
 ヴェルサイユお嬢様競争、競技開始である。

●ファッションチェックメインストリート
 ――スタートから間も無く、先頭のお嬢様達が大通りにやってきました! 沿道には多くの観客、その目は今回の最優お嬢様を見極めようと興味深げに輝いて見えます! そう、全国配信は元より、お嬢様たるもの皆を満足させねばならないのです! それでは、こちらの区画を彩ったお嬢様達の様子をご覧ください!

 先頭を切ったのは、タイタニアのザラお嬢様だった。青のローブ・ア・ラ・フランセーズ、王道お嬢様衣装をまとった彼女の歩みは、しなやかながら堂々たるもの。
「皆! 妾の覇道をご覧くださいまし!!」
 勿論アピールも自信たっぷり。カメラの位置を把握し、カーテシーでドレスのリボン飾りを強調。ウインクも決めて、大盛り上がりの観客に手を振りながら彼女は行く。

 続いてのエントリーはギターと共に。愛用のそれを掻き鳴らし、シィカがメインストリートに躍り出る。
「ロックなお嬢様力の見せ所なのデスわー!」
 その衣装は高貴な黒薔薇。演奏しながら駆ける姿は優雅に華麗に、その実元気で賑やかに。これぞロックパワーとお嬢様パワーの調和……調和か?
 いやとにかくイベントの滑り出しとしては最高だから良し!
「応援よろしくデース……デスわ!」

 賑やかな先行二人とは対照的に、バッスルドレスのお嬢様は物静かに通りを進む。何しろ、声を出したら性別がバレてしまうので。
 イギリスの方のイベントを目指したパトリックは、何の因果かお嬢様コースに乗ってしまっていた。困ったところだが、幸い彼はクロスドレッサー。普段通りであればこそ、熟れた着こなしは彼を熟練お嬢様に見せてくれることだろう。

 続くこちらも普段通り、ベルローズはケルベロスの仕事着でこの場に挑んでいた。日傘の下にはいつものローブ。お嬢様にしては露出が多いかもしれないが、それは惨劇の記録を肌で感じられるようにという、合理性と矜持によるもの。
「最期の記憶を伝えたい犠牲者に……失礼ですからね」
 そして、お嬢様はがっつくものではないと、落ち着き静かに歩みを進めた。

「おーっほっほっほっ! この勝負、わたくしがいただきますわっ!」
「をーっほほほ! やるからには全力でお相手しますわ!」
 シルの高笑いに、リボンの可愛いロリータ風ドレス、さらには縦ロールまで施したジェミ・フロートの声が続く。そしてその後ろには、同じく大きなリボンの橙色ドレスを纏ったラグナの姿もあった。
 一見自信満々、のように見えるが。
「お嬢様には根拠ない自信が必要って本に書いてましたわ!」
「言われてみると、お嬢様は精神的に逞しい方が多いですわね!」
 悪役令嬢モノで読んだ、とラグナがそれに頷く。とはいえ、しずしずと歩くシルは、足元のピンヒールが気になるようで。
「こんな安定性ないものでよく歩けるよね……」
「そういうもの?」
 こちらは走りやすいようパンプスを用意してきたラグナが首を傾げる。そして。
「わかりますわ。わたくしも何だか、足が重くて……」
 ジェミ・フロートがスカートの裾を摘まむと、同時にゴトリと音を立てて、足元にダンベルが転がった。
「……」
「スタイル維持もお嬢様の嗜みです、ですわよね?」
 ……。
「わたくしお先に失礼いたしますわ。ごめんあそばせっ!」
「そうですわね、行きますわよロク!」
「ああっ、お待ちになってっ!?」
 橙リボンで飾ったボクスドラゴンも引き連れて、一行は共に駆けていった。

 元気の良いお嬢様達に続いて、訪れたのはロココ調のお嬢様。羽扇子で口元を隠し、滑るような歩みを見せる完璧具合。ここまで固めれば、中身が誰かなどわかりようもないはず。
 と、そこで赤いドレスのお嬢様――千梨と目が合った。
「……ご機嫌よう」
「何してらっしゃるんですのカルナお嬢様」
「はい? 人違いではなくて? それよりあちらのお嬢様を応援いたしましょう??」
 そうしてロココ調お嬢様の指差した先には、ウォーレンの姿があった。お嬢様ってプリンセスのことだよね? という解釈から入った彼の姿は正にお姫様。しかしどうやら周りの姿に引け目を感じている様子。
「お気張りあそばせ!」
 そこで声援の主に気付いたウォーレンは、瞳を輝かせて手を振り返した。
「ありがとう! カルナさーん! 僕頑張るよー!」
「ウフフ誰のことだか分かりませんわ」
 自信を取り戻した彼は、正にお姫様の如く愛と希望と笑顔と輝きを振り撒き始めた。
 しゃらんら、とその輝きに応じるように、勇名も赤いドレスを靡かせて歩む。編んだ髪とドレスの裾は優雅に泳ぐ金魚のよう。最初は動きにくかったけれど、それもだんだんと慣れるもの。
「ひらふわきらきらー……です、わ」
 そして、そんな輝きに紛れるようにして、駆け抜けていく影が一つ。灰色のイブニングドレスは、お嬢様だらけの周囲に紛れるための忍び装束。忍者らしく、普段通り普通であることに努めて、英賀は音も無く通りを進む。
 静かな笑顔と会釈できっちり周囲に溶け込んで――。
「みんなすごいおじょうさま。てれなくてもいい……です、のに」
「何でこちらを見るんですの?」
 勇名に視線を向けられて、ロココ調お嬢様は顔を背けた。

 お嬢様。それはふんわりと、可愛らしく、そして気高さ溢れる者。――それってつまり猫じゃない? だとするならそれを表現できるのは、これしかなくない?
 そんな天才的発想を基に、白猫の着ぐるみを着込んだジェミ・ニアが愛らしい仕草で顔を洗う。
「完璧ですね」
「やっぱお嬢様と言えばフワフワの着ぐるみだよな」
 天才の発想に納得してしまった広喜が、チワワの着ぐるみを着込んで頷く。とはいえ、彼の目的は主に応援のようで。
「皆ー、カッコいいですワンだぜーっ」
「わん?」
「お嬢様は語尾にワンってつけるんだろ?」
 あれ、ワだっけ? そう首を傾げる内に、語尾は勇名にうつった。
「なるほど、ですわん」
 そんなやりとりの合間に、お仲間を見つけた感じなのか、エティとカッツェが白猫お嬢様の元に合流。スポットライトを当てると何だか白くて眩しい。
「あら、皆さまふわふわです、のね?」
「美しきは輝く個性……皆様、よくお似合いですわ」
 緑のリボンのカッツェを追ってきたバラフィール、そして何か誤解があるのか関西人調で喋るエトヴァもそこに混ざる。
 バラフィールはカッツェと合わせた白の長袖フリルブラウスに緑のスカート、ポショットやパンプスも緑に揃えて爽やかな出で立ち。そして彼女は、ハットの広いつばを上げてエトヴァを見上げる。
「スラリとしたお嬢様も素敵ですわ」
 そちらの姿は独特で、黒を基調としたローブに青の和花柄とゴールドの装飾が眩しい、芸術と異国情緒を漂わせた謎めく世紀末お嬢様――といったところだろうか。
 黒帽子の下で眼を細めたエトヴァは、花飾りの黒羽扇で口元を隠し、微笑む。
「煌びやかで麗しきお嬢様方に囲まれておりますと、お嬢様冥利につきるというものですわ」
「あら、でも、何だか本当に眩しく……?」
 バラフィールもまた目を細める。白く輝くフワフワ猫達と共に、もう一人――光流が、そこに。
「やはり、白ければ白いほどお嬢様力は高いんやな」
 舞い散る薔薇の花弁の下、音も無く現れた彼が纏うのは、言葉通りの白一色。なおワンピースにはLEDが仕込んであるので物理的に光っている。
「せやけど皆は覚えとき? 光が強ければ強いほど――」
「――そう、闇もまた深くなるものですわ」
 後を継いだのは黒の喪服お嬢様、セレスティンだ。くるぶしまでおおうロングスカートにレースのついたトーク帽、ハンカチで目元を拭うその様からは、気品と悲哀を感じさせる。
 そして離別を思わせる流し目。先程までとの明暗の差で眼が眩みそうである。

 ここまでの革命的なお嬢様達の姿を改めて見直し、「普通過ぎたか」と悟った千梨お嬢様が木陰へと消える。だがそれも一瞬の事、チワワお嬢様の手も借り、早拵えの色直しお嬢様が、打掛姿へ変身を遂げた。
「千梨、いってらっしゃいませですワンだぜっ」
「ご照覧あれ……!」
 とか勢いで言ってしまったが別に目立ちたいわけではないな。そう思い直した千梨は降りかかるスポットライトを操作している人間へと視線を返した。
「カルナお嬢様!」
「とりあえずこっちに振れば良いと思ってませんこと!?」

「皆様、素敵なお召し物ですわね」
 和洋折衷、ハイカラ女学生お嬢様な装いの括が、一同を集める。
 庶民の方々が求めるものを体現して魅せるのも、お嬢様たる者の務め。例えば、そう。お嬢様らしいお茶目な振る舞いとか。
「お写真一枚よろしいかしら?」
 目立ちたくない、逃げ回りたい者もいるようだけれど、今は観念してもらおう。
「さて折角やし、ここらで全員揃ってポーズでも決めよか」
「いや撮影はちょっと」
「スポットライトどこに当てますの?」
「カメラ引きでお願いしますわー」
 光流の一言から、それぞれ個性的なお嬢様達の記念写真が出来上がった。

 こちらには、マーガレットの花が四輪。チームで揃いの髪飾りを付けた四人が、共にファッションチェックの舞台に臨む。
 しかしその前に、リリエッタが慣れない衣装を着た己の姿を、改めて確認する。お店の人にお任せした真っ白なブラウスに青のサーキュラースカート、普段はぼさぼさの髪も、今は綺麗にまとめられている。
「変じゃないよね、ですわ?」
「リリちゃんは今日のお召し物も素敵に可愛いですわよ」
「フリフリなのも素敵ですけれど、シックで大人びた感じのドレスも素敵でしてよ!」
 薄緑のアフターヌーンドレスを纏ったルーシィド、そして対照的に炎をイメージした真っ赤なドレスを着たローレライが、それぞれの衣装に太鼓判を押す。とはいえ緊張はあるのか、中々最初の一歩が出ないようだが――。
「行かないの?」
 そこは物怖じしないタイプのお嬢様、ピンクのアフタヌーンドレスのエマが先陣を切った。動画で練習した、見様見真似のカーテシー。そして日傘を手にした彼女は、沿道へ笑顔を振りまきながら、ゆっくりと歩き出した。
 とてもリラックスしたその様子を目にして、ローレライも後に続く。
「これは、負けてられませんわ!」
 ヤケクソ半分だとしても自信を胸に、チョーカーに輝くルビーが良く見えるよう、胸を張って。
 ルーシィドもエマに倣ってカーテシーを、そして彼女に促されて、リリエッタも皆を追いかける。
「全力で駆け抜けたらお嬢様っぽくないんだよね、ですわ?」
「ええ、ゆっくり行きましょうね」
 きっと、二人とも待っててくださいますから。そんな彼女の言葉通り、マーガレットはちゃんと揃うのをまってから、共に通りを歩み始めた。
 輝かしい薔薇の花弁の舞う道を、栄光の象徴たる宮殿に向かって。

●ダンスパーティ
 ――パーティでございます、お嬢様! 社交界の花たる皆々様が、この煌びやかで楽し気な、そして人でごった返したこの場を如何に通り抜けるのか? 視聴者の皆様も楽しみにしておられたことでしょう!

 幾つもの難関を、ノリと勢い、そして物理的なパワーで乗り越えてきたヴァルカンとさくら。二人が次に直面したのは、ダンスパーティ会場と化した広場だった。
「ここを通れと……?」
 当然ながら、お嬢様に迂回や無視といった選択肢はない。
「ここは、一時休戦ですわ」
「致し方ありません……わね」
 二人の勝負は一旦お預け。差し出された手を取って、二人はホールへと踏み出していく。以前のダンスとは違い、衣装がアレなので、ヴァルカンの姿に気を取られる心配はなさそうだが――。
「……きゃっ!?」
「おっと」
 さくらがつまずき、軽やかなステップが途切れかけたそこで、ヴァルカンが支えてくるりと回る。
「危ないところでしたわね、さくらお嬢様」
「……」
 お気を付けて、と笑う姿に、さくらは言葉を失う。
 ああ、困ったことに。結局見惚れてしまうのだ。

「ヨハンナお嬢様ではありませんの!」
「あらクラリスお嬢様、御機嫌よう」
 庭園を歩くクラリスは、そこでヨハン――いや、ヨハンナと出会う。いつもと違うゴスロリドレス姿のヨハンナは、微笑みを浮かべて。
「今日も素敵な御召し物ですこと」
「お上手ね。ふふ、貴女のドレスも可愛らしいですわ」
 そうして、深窓の令嬢もかくや、淡いブルーのドレスの彼女に、ヨハンナがその手を差し出す。
「よければ一緒に踊りませんか?」
「ええ、喜んで」
 今日はお嬢様でもあるけれど、同時に『ヨハン』は彼女の伴侶なのだから。
 恭しく手の甲に口付け、「参りましょうか」とエスコートする彼に従って、クラリスは口元を綻ばせる。
 本当の私は庶民の娘だけれど、愛する貴方の、唯一人のお嬢様でいられたら――。

「……葉介ったら、何赤くなってるの?」
 手を握り、落ち着かない様子のビハインドをリードし、梢子はステップを踏む。うろ覚えの足運びでも、マイペースな彼女は躊躇わない。右? いや左足? まあ適当で良いでしょう! 花咲くように、深緑のドレスの裾がふわりと広がり、くるくると――回りすぎた挙句、勢い余った葉介が吹っ飛んでいった。
「あら、ごめんあそばせ?」
 ダンスホールはまだ続く。それではどうぞ、もう一曲。

●お茶会
 ――美しく、可憐に駆け抜けるお嬢様達を、さらに一層輝かせるもの、それは適切な水分補給でございます! もちろん本競技にも給水所が設けられており、そちらでも様々なドラマが生まれる事となりました! こちらは、その一部になります!

 所縁のある地の案内がてら、共に市街を歩いていたフィレアとシアライラは、丁度喉が渇いたあたりでここに到着した。
「丁度良い所でお茶会を催していますし、一休み致しましょうか」
「そうですね、せっかくですし」
 渡りに船と席に着いて、お茶を淹れる。
「折角のお茶会ですもの、観客の皆様もご一緒致しませんか?」
「ええ、皆様方もぜひご一緒に」
 幸いこの会場は広い。現地の人々との交流図る事くらいはできるだろう。今回のガイド役を買って出てくれたフィレアを労いながら、シアライラはお茶を、お菓子を配っていく。
 通りがかりのお嬢様も交え、しばしの歓談の後に。
「それでは、鏡の回廊までご一緒しましょう」
「競うだけがお嬢様ではありませんものね?」
 そう微笑み合って、彼女等は共に宮殿へと向かった。

「まあ、お茶会ですのね。それでは、私も」
 和が二度手を打ち鳴らせば、現れた黒子がその場に野点の場を拵える。振袖衣装が表す通り、彼は純和風のお嬢様――それゆえに、お茶会と言えばこうなる。
 点てたお茶で優雅に一服した後は、和風のそれを物珍し気に眺める観客たちへと。
「興味がお有りかしら? よろしければ、ご一緒にいかが?」
 柔らかく、そう微笑みかけた。

 そんな様子を近くのテーブルから覗き見て、あすかは小さく嘆息する。日本式の茶会がアリならそちらに回りたかったが、時既に遅し。
 しかし、要点はきっと変わらないはず。お嬢様たるもの、この程度の困難――。
「大変美味しゅうございました」
 優雅に、微笑みを浮かべる。
 他人に言われたらキレる自信があるけれど、この口調、実は自分でも悪寒がしますのよ。
 なお、レースはまだまだ続く。

 漆黒のドレスに身を包み、黒蝶のマスクで顔を隠した謎の仮面お嬢様――観客の中に多弁な解説者が湧きそうな歩法でここまで進んできた刃蓙理は、ティーセットを前にその動きを止めていた。
 テーブルマナー とは。
 脳内を検索しながら、とりあえず彼女は見に回る事に決めた。
「技の研鑽……己を高め合う事は素晴らしい事……ザマス」
 しかし手本にしたお嬢様が、何故か日本式茶会の作法で動いていることに、彼女はまだ気づいていない。
 はい、結構なお手前で。

 庭園に設えられたテーブルに、格調高いティーセット。ティアンと未明の辿り着いたそこにはピンポイントで投入、もとい招待されたメルカダンテの姿があった。
「ごきげんよう ティアン、未明」
「はい、メルカダンテ、えー……ヘーカ?」
「ああ。……いや、えーと、本日もご機嫌麗しゅう」
 やたらぎこちない返事にも、高貴な彼女は鷹揚に頷く。何やら様子が変ですが、よろしい。手本を示すのも王の役目であろう。
「今日はお茶会、ということでしたね」
「左様でございます、ですわ」
「こちら、お持ち、シマシタノ、ことよ」
 口調に難儀しつつ、未明とティアンはそれぞれ楚々とした動作でケーキバッグを取り出す。二人が用意したのは、果物たっぷりのタルトと、エディブルフラワーと夏の果物の浮かぶゼリーだ。
 満足気に頷いて、メルカダンテも持参した猫型のフィナンシェをテーブルに乗せる。準備は万端、甘味が少し強いかも知れないが、その分お茶に合うだろう。そうして優雅に、カップを口へと――。
「……あの、これは、お茶では?」
「水です」
「なに?」
 飽くまで給水所なので。
「流石お嬢様。高い味がする。ですわ」
 フィナンシェをもぐもぐする未明の横で、耳をぴこぴこさせながらティアンが頷いた。
 そういう説明は多分、事前にしておいた方が良いですよ。

●ライバルお嬢様
 最早ゴールは目前。しかしそんなお嬢様達の前に、最後の障害が立ち塞がるのです――!

「ふふん、そこまでだ!」
「貴方は……ライバルお嬢様!」
 期待通りの反応をくれた翔子の横で、一緒に進んでいたシアが驚いて見せる。あらあら、まあ。
 だが続く言葉は敵対するそれではなく。
「素敵なお召し物ねえ!」
「えっ」
 テーマは? 悪役令嬢? なるほど~。
 そんな風に朗らかに接して、お喋りをして、仲良くなる。それが彼女の方針だ。そう、闘う時代はもう終わったのだから。
「あたくし達が争う必要など何処にもない――そうでしょう?」
 かつて読んだ少女漫画の主役のように、凛とした佇まいの翔子がそう告げて――結局打ち解けたお嬢様達は、手を取り合う事になった。
「感動的なシーンですわね、お二人ともこちらを向いてくださいませ!」
「アッ写メはよろしくないですわよシアさん!? 」
 ぱしゃりと音が鳴って、エイティーンまで使ってお嬢様してる姿はばっちり記録に残された。うちにも一枚送ってください。

「何ですの、その見事な髪は……!?」
 狼狽えるライバルお嬢様を前に、日傘を閉じたピコは指先で縦ロールの髪を揺らす。っそれと同時に投影開始、事前に散布したナノマシンが輝く花弁を映し出し、ピコの白いドレス姿を彩った。
「その程度の縦ロールで勝つおつもり?」
「か、完敗ですわ……」
 オーホホホ、と完全に棒読みの高笑いを浴びせて、縦ロール比べの勝者は一路宮殿へと向かう。

「おーほほほほ! 手向かうおつもりですの?」
 立ち塞がる敵へ、ブランシュは白いデカ襟の向こうから告げる。
「わたくしはフランス、いえ全宇宙の女王なのですから――」
 当然、既に見抜いている! 仕込みの隠し場所に上司の連絡先、SNS裏アカさえも!
 これはもはやどっちが悪役だ? 権謀術数と防御効果で輝きながらの勝利を宣言し、彼女はライバルお嬢様を打ち負かしていった。

「そう……貴女方がライバルなのね」
 艶やかに笑う喜市お嬢様を見上げて、立ち塞がる好敵手達が若干慄く。隣を見れば、さらに上背のある玲音が微笑んでいるのだから、圧力の程は推して知るべしである。
「震えているの? 可愛らしいこと」
「あらあら、お姉様ったら大胆。でも……そんなところもス・テ・キ」
 数居るお嬢様の中でも二大巨頭とでも言うべき両名に、ライバルお嬢様達は果敢に立ち向かおうとするが。
「こ、ここから先には通しませんわよ、さもないと……」
「まあ、何をしてくれるのかしら? 見物ですわー!」
「さぁがんばって、お姉様を楽しませてあげて?」
「あら、折角だから玲音さんも一緒に楽しめるものでないと」
「もう、お姉様はいつも優しいんだから――」
 笑顔から滲み出る迫力と圧力に、小娘達が敵うはずもなく。宮殿への道は程無く開かれることだろう。

●栄光のトップスターお嬢様
 ヴェルサイユ宮殿、鏡の回廊。本競技の終着点、栄光の場となるここをその目で見ようと、周囲には観客がごった返している。
「アッ」
 そんな中、人ごみに押し出された幼子が、道を塞ぐようにして転んでしまう。
「あら、大丈夫でして?」
 行く手を阻む形になってしまった少年に、お嬢様の一人が足を止め、手を差し伸べて。
「怪我はないようですわね」
 自信に満ちた表情、そして前向きで高貴な心。少年の手を引く、その姿勢こそお嬢様に相応しい。

 ――というわけで皆様、お嬢様方、拍手でお迎えください。
「では参りますわよ! 妾の栄光の道、その最後の一歩を!!」
 本競技の優勝者、ザラ・ガルガンチュア(旧き妖精譚・e83769)お嬢様、ご到着です。

作者:つじ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2021年8月8日
難度:易しい
参加:48人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 1/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 9
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