ケルベロス大運動会~アイスブルー・アドベンチャー!

作者:藍鳶カナン

●ケルベロス大運動会
 世界中に満ちた歓喜はいまだ冷めやらず、更なる高揚のうねりへと繋がっていく。
 この星に住むひとびとすべての胸に膨らむ期待は、毎年恒例となったケルベロス大運動会開催に向けてのもの。平和を勝ち得た今、全世界決戦体制(ケルベロス・ウォー)の戦費を賄うための大運動会もその役目をまっとうしたのだけれども、
「あなた達ケルベロスの活躍をぜひ観たいっていう世界中の声に、自分の地元へもぜひ来て欲しいっていう世界中の声に応えるために。そして、あなた達の完全勝利を祝うためにも、この星すべてを舞台にしたケルベロス大運動会の開催が決定した」
 ――って話、もう聴いてるよね?
 狼耳をぴんと立てた天堂・遥夏(ブルーヘリオライダー・en0232)が楽しげな笑みでそう語る。今回の収益は復興が遅れている地域の開発援助に活かされるから、大いに盛り上げ、世界中のひとびとを熱狂させるような大運動会にしたいところ。
 皆の願いを叶えるのはもちろん万能戦艦ケルベロスブレイド。
 万能戦艦でこの星すべてを巡ることによって、ケルベロス達は世界各地で催される数多の競技に挑むことが可能となった。様々な国へ、様々な地へ、さあ、行こうか。
 荒く切り立つ山々と、美しき氷河や湖に彩られた、地球の最果てと呼ばれる地へも。
 そんなわけで、と続けた遥夏の瞳が悪戯っぽく煌いた。
「世界の最果てで、蒼く輝く氷河を――冒険してみない?」

●アイスブルー・アドベンチャー!
 地球の最果て、風の大地――。
 誰もが息を呑む圧倒的な大自然を擁する、荒々しくも美しい地・パタゴニア。
 南米大陸の南端、アルゼンチンとチリにまたがるこの地域は南極とグリーンランドに次ぐ世界第三位の規模の氷河を有することでも知られている。数ある氷河のうち最も有名なのが今回の競技の舞台となる『ペリト・モレノ氷河』だ。
 極東の島国に生まれ育った身には想像を絶するほど巨大にして広大な氷河。
 雄大な白銀の氷が光を透かし、限りなく美しい青で世界を彩る地。
 明るく鮮やかに澄みきった、アイスブルーの輝きに満ちたそこで。
「今回の為に改造強化されたジェットボードで氷河を滑る、氷河すべりレースが行われる」
 元は水上を自在に滑る電動ジェットボード、それをケルベロス達が思う存分にその超人的身体能力を活かして氷河を滑っていける仕様に改造強化したもので、つまるところは。
「ああん、スノボかスケボー感覚で氷河を滑るレースってことかしら、合点承知なの~!」
 尻尾ぴこぴこな真白・桃花(めざめ・en0142)がそう言を継ぎ、ボードの経験がなくてもあなた達ケルベロスなら誰でもすぐ乗りこなせると思うよ、と請け合う遥夏が話を進める。
 全員一斉スタートで、ペリト・モレノ氷河の先端、氷河が流れ込むアルヘンティーノ湖を目指して滑る氷河すべりレース。滑るというより翔ける感覚に近いかもしれない。
 スタート地点は氷のテーブルめいた平坦な氷の地、なれど氷河は平らなばかりではなく、大岩のごとき氷塊が数多連なる一帯もあれば、氷河の中に生まれた空洞、アイスドームともアイスケーブとも呼ばれる氷の洞窟を潜り抜けていくところも、氷河にはつきものたる氷の割れ目、クレバスが口を開けているところもある。
 限りなく美しい氷の青、アイスブルーが、時に淡く時に濃く彩りを変え、純度の高い青の輝きで満たす氷の世界。その氷河を滑り、大岩のごとき氷塊の頂から跳び、氷の洞窟を滑り抜け、クレバスをも跳び越えて、最後には氷の断崖たる氷河の先端から湖へ跳ぶ――。この競技に挑めば、そんなスピード感あふれる冒険気分が味わえるはず。
 レースの展開を左右するのは各々の滑りかたや心意気、そして改造強化によってボードに搭載された小型ジェットの噴射。このジェット噴射は全員一斉スタート時に使用され、更にレース中に一回限り、各々の好きなタイミングで使用しての加速を可能にする。
 早めに使用してスタートダッシュをかけるのも、大岩のごとき氷塊から跳ぶタイミングで噴射するのも、ライバルを追い越す際に加速するのも、ラストスパートまで取っておくのもすべて、各々の心のままに。
 南半球に位置する現地は冬、つまり真夏の暑さを忘れるにはもってこいの地だ。
 風の大地たる二つ名の所以である強い風もケルベロス達の障害になりはしない。おそらく相当な速度になるだろうボードでの滑走も、高さ数十メートルにも達する氷の断崖、巨大な氷河の先端から湖へ跳ぶのだって、優れた身体能力を備え、ヘリオンからの降下にも慣れたケルベロス達なら心から楽しめるはず。
 皆の活躍を世界中のひとびとに見せるのは、万能戦艦から放たれ氷河に配備される撮影用小剣型艦載機群。これらが搭載するモバイルカメラからの映像がゴールである湖に停泊する万能戦艦の処女宮特設ステージで放映され、空中映像投射装置により投影される立体映像が観客席のひとびとを、配信される映像が世界中のひとびとを魅了するだろう。
「近年ではさ、世界各地で氷河の縮小や後退が観測されているって聴くけれど、この競技の舞台になるペリト・モレノ氷河は、今も成長と崩壊を繰り返しながら規模を保ち続けていることから――『生きた氷河』って呼び名もあるんだって」
 当日の現地は快晴、なれど冬ゆえに『生きた氷河』は氷の崩壊よりも成長の時期にある。
 奇跡の絶景を彩るのは、完全勝利という奇跡を掴み獲ったケルベロス達。
 相乗する奇跡の光景が、きっと世界中のひとびとを感動させるよ、と遥夏が話を結べば、
「ああん、それはもうぜひぜひ挑ませてもらいますなの、みんなと一緒に『生きた氷河』に逢いにいって、一緒に思いっきりレースを楽しめたら嬉しいの~♪」
 飛びきりの笑顔満開で、桃花が仲間達を振り返る。
 真に自由なる楽園への扉は解き放たれた。
 だから、どこまでだって翔けていけるはず。
 ――地球の最果てまでだって、心のままに。


■リプレイ

●エアウェイ・ブルー
 遥かな蒼穹がこんなにも近い。
 氷河の最奥部ほどでなくとも競技開始地点の標高も中々のもの、迫るような青空から降る陽射しは白銀の氷に吸い込まれ、限りなく澄んだ青の輝きを氷の世界へ躍らせる。青き空と青き氷が視界いっぱいに広がる絶景に誰もが息を呑んだけれど、それも出走までのこと!
 ――レース、スタート!!
 開始と同時に全員のボードが小型ジェットの噴射で雄大なるペリト・モレノ氷河へと跳び出した。余波で噴き上がる氷粒がダイヤモンドダストめいて煌けば思い出すは銀葉ポプラ、あの時は過激なロケットスタートで壮大な出オチを飾ってしまったから、
「その反省を活かし……気をつけてスタートダッシュです!」
「それ本当に気をつけてるんですか灯さん――!?」
 開幕直後の追加噴射、砲撃さながらの力強い勢いで一気に先頭へ躍り出る灯の姿に思わず瞠目するもカルナの双眸は一瞬で狙撃手の眼差しに変わる。春色の流星に並ぶは赤き流星、
「そうこなくっちゃ! でもトップは譲らないわよ!!」
 灯とほぼ同時の追加噴射で先陣を切ったジェミは強気な笑み咲かせ、リードは護りぬくと気概も露わに凛冽な風を斬り裂いていく。氷が起伏を描き出せば青も深みを増して。
 地球を循環する水のめぐりと悠久の時の流れが生み出す氷河の青、ペリト・モレノの青は世界でも有数の美しさだというから、
「うん、新婚旅行としてぴったり!」
「だよね! めいっぱい楽しんでいっちゃうよ!」
 氷の絶景と先頭集団を捉える瞳を鳳琴が輝かせれば、傍らには輝くようなシルの笑み。
 異星にだって行ってきたけれど、この星にもまだまだ知るべき場所があるから。
 ――真の楽園となった地球を、存分に楽しもう!
「宇宙の果てまで歌いに行くって決めたから、地球の最果てにだって当然来るのです!」
 氷河の起伏と昼の陽射しで生まれた氷のアーチ、今にも割れそうなその上を敢えて攻めるミライの姿にフローネの目許が和らいだのも僅か一瞬、
「ふふ、氷のフィールドでは誰にも負けませんよ。勿論フローネにもね」
「氷河ではミチェーリに一日の長がありますけれど。全力で挑ませてもらいますからね」
 先に言い交わした恋人との真剣勝負が何よりも互いの心を躍らせるから、雪国育ちゆえの大胆さで迷わぬ滑走を見せるミチェーリを全力で追う。
 終端の一部がマガジャネス半島へ達しアルヘンティーノ湖とリコ水道を分断する事もあるペリト・モレノも、フローネが思い描く辺りまで至る事はないだろうけど――心はプンタ・バンデラ港をめざす勢いで!
 今年降った雪が長い歳月をかけて圧縮され、氷河となって流れくるのは遥か未来の話。
「って聴いたっすけど、新雪に華麗なシュプールを描くような気持ちでいくっすよー!」
「素敵ですね! 私も中盤から魅せまくりますよ!」
 青き氷の世界はシキにとって未知なるキャンバス、追加噴射で得た加速のまま描く軌跡が誰をも鼓舞するよう願えば、左右に翼を描くような彼の滑走に佐祐理がいっそう奮起した。事前に万能戦艦の競技データにアクセスした情報の妖精さんから映えポイントは確認済み!
 北半球が夏なら勿論ここ南半球は冬なれど、
「桃花、こんなミームを知っているかい? 北欧人は気温が-10℃になったら、シャツを長袖にする……ってね」
「ぴゃあああ!? 今日のスプーキーさんてば無敵さアルティメット! なのー!!」
 童心に帰った心地で悪戯っぽく告げて、芬蘭ならぬ瑞典出身の男は湖を意識した水着姿で氷上の風をものともせずにボードで翔ける。竜翼を舵代わりに彼が航るは蒼き氷河、
「むぅ、寒さに強いひともいるんだね。けどリリは防寒ばっちりで挑むんだよ」
 凛冽な氷の彩に更なるクールな黒と白を添え、ペンギン着ぐるみで冷気を確りと遮断するリリエッタが颯爽たる滑りを見せたなら、ペンギンちゃんと一緒に滑れるなんて! と瞳を輝かせたルルが、
「地球の最果てまで逃、もとい、やってきた甲斐があったんだよ……!」
 夏休みの宿題から逃亡してきた解放感いっぱいの笑顔を撮影用小剣型艦載機へと無邪気に振りまき、何処までも自由に翔けていく。
「暑いところで大運動会! ってのが恒例だったから、この寒さが新鮮だよね!」
「うん。同じ星の中というのが不思議なくらいだ」
 凍てる風が奔流のごとく押し寄せ翔け去るのは元々の風速のみならずボードの速度ゆえ、それをも楽しむリナの声が風と届けばティアンの声も氷上の風が浚う。常夏の楽園で生まれ育った身には遥か星の彼方と同じくらい日常から遠い、氷の世界。
 ――けれど確かに、望めば己の足で再訪することも叶う、風と氷の大地。
 氷上を翔ける速度が増すほどに、瞳に映る世界もアイスブルーの奔流めいた彩を見せる。
 もしかしたらきぃにも、このボードみたいな機能が隠されているのかも――!
「って力をいれてみたけど、ジェット噴射とかロケット射出とかはなかったね……」
「まだわかんないよ、大人になった時に秘密の機能が解除されたりするのかも!!」
 高速の滑走でも少女レプリカントな友と繋いだ手は離さずに、ひなみくは弾む声とともに天使の翼を羽ばたかせた。前のめりに駆け出したくなるのはぐっと堪えて、一緒にゴールをめざして。
 ――今日はわたしが、キカちゃんの翼になるから!

●シンフォニー・ブルー
 雪や氷が白く煌くのは、裡に気泡を孕んでいるがゆえ。
 然れど、膨大な積雪が圧縮されゆくうちに空気が押し出されて生まれる、極めて透明度の高い氷が純粋な青の輝きを反射する――それが今オペレッタの翔ける、青き氷河の世界。
 雪を氷に変えるのは雪自身の重み、すなわち地球の重力。
「地球に『ひかれて』生まれた青……俺と同じなのですネ」
 蒼穹の彩を得てレプリカントとなったエトヴァが微笑すれば、その瞳が眼前に聳える氷塊越しに煌きを捕捉。先の地形を瞬時に予測し勢いのまま滑りあがった氷の頂から追加噴射で大きく跳ぶ。
 眼下には涙が零れそうなほど透きとおるアジュールブルー。
 陽射しが作りだす、氷上の湖を越えていく。
 瑠璃や藍銅鉱から人類が手にした青とは異なる、氷河の青にも礼は魅了された。
 感謝を告げるべき相手は桃花が教えてくれたから、
「こんなに綺麗なところで競技できるなんて嬉しいです! ありがとうございますね!」
 競技の様子を追う撮影用小剣型艦載機へ笑顔で声を張れば、翻訳いらずな万能戦艦の特設ステージ観客席で地元のひとびとの歓声が咲く。爆発的な歓声が沸いたのはその直後、
「ここはビッタビタに決めてみせますよ!!」
「私からも目を逸らしちゃいけません、よ♪」
 絶好の斜面で追加噴射した佐祐理が氷塊から青空へ解き放たれて魅せるロデオフリップ。優雅に裾を翻しつつもレディの秘密は決して見せぬ衣装で華やぎを添え、次々エアを決めて競技後に特別芸術賞を贈られる彼女に続き、ミライも絶好調の追加噴射。
 戦場で殲剣の理を歌う代わりに、危うい華麗さで観客を惹きつけるよう、めざすスピンは――ナインハンドレッド!!
 陽に溶け再結晶した氷は白い。
 煌く白と澄んだ青の先へ、先へ。魂までも加速する心地で翔けるアリシスフェイルの声が叶うならもう一周したいのだわと弾めば傍らから届く声。
「普通の観光でもいいんじゃないか? 氷河トレッキングツアーなんてのもあるらしい」
「ふふ、ルクスもここ気に入った? 日本じゃ暑さで溶けそうだったものね」
 悪戯に零れる笑みは風の奔流にあっても逃さず男は聴きとって、笑うなと返しつつも氷の世界に舞う、朝靄にけぶる森めく彩の髪を瞳に映して眦を緩める。
 氷河峰から吹き降ろすような風に乗るかのごとく、氷塊の間を春が一気に翔けぬけた。
 流石ですねキャプテン・クラリスと婚約者の姿に顔を綻ばせつつも青に吸い込まれるよう洞窟に突入したのはヨハンが先。途端、碧い海に跳び込んだ心地がした。
 ――氷河の中に生まれる洞窟とは、こんなにも美しいものなのですか……!
「それでも僕は、ここで攻めると決めていたのです!」
「わ、ヨハンかっこいい! けど私だって今日は一味違うからね!」
 珊瑚礁の海よりなお明るく透きとおる碧き氷に抱かれた空間が同じ彩の光で満ちる。だが竜の尾で舵を取りつつ彼が追加噴射で翔けるは氷の壁面、氷河の表面より滑らかな壁がより鮮烈な速度を齎せば、洞窟に響く神秘的な音色に惹かれつつも迷わずクラリスも彼を追う。
 海底から浮上するよう、陽の光のもとへ!
 凛冽な冷気と碧き海に溺れるような氷の洞窟、満ちる光は自然が創ったネオンブルーで、幻想めく輝きにリリエッタが心奪われれば、聴こえるのは陽に溶かされた水が氷壁に流れる音色。高く澄みきった、氷と水の歌。
 翔けぬけたリナは氷塊から心のままに高く跳ぶ。湖に流れ込んだ氷河が崩落する大音響は地球の鼓動だとも聴いたから、地球の息吹を全身全霊で感じ取るよう、高く、遠く。
「当たり前だけれど、世界は生きているんだよね」
「んっ。こんな時はリリも何度だって感動しちゃうんだよ」
 護れてよかった、とリリエッタは改めて胸に平和を抱きしめて。
 ――地球って本当に、すごいよね。
 氷塊の頂から追加噴射すれば、思いきり跳んだ先の氷河に奔る深い青。
 見つけたルルの声が明るく弾け、
「この洞窟もすっごく綺麗に違いないんだよ!」
「あ! そこは洞窟じゃないですよ、クレバスです……!!」
 礼が報せた時にはもう、氷河のお勉強が足りなかった少女は深い青に突入していた。だがケルベロスなら氷の底でも大地の底でも大丈夫!
 新たな競技ルートを開拓していくルルの大冒険(一時間くらい)が、今、始まる――!!

●グレイシャー・ブルー
 探検家の名を冠された氷河を翔ける競技はまさに冒険。
 己が風となるかのごとき滑走、視界に流れゆく景色はすべて驚嘆に満ちて、新たに現れた氷塊にも灰の双眸を瞠る。凍える冷気そのものが冷たいまま燃え上がるような、蒼氷の焔。地球をめぐる風に誘われるまま奇岩ならぬ奇氷へ翔けあがり、追加噴射を、友と。
「桃花。青空だから、ティアンと跳ぼう」
「合点承知! 地球の最果ての空の旅! なの~!」
 蒼穹にコンドルが舞う。
 あの鳥にさえ、手が届きそうな心地。
 一緒だから怖くないよ。迷いない瞳でキカがそう笑うから、ひなみくは友の手を引くまま大きく聳える氷塊の頂から、二人揃って追加噴射! 空を翔け、彼方の湖と万能戦艦を瞳に映した次の瞬間、めいっぱい広げた天使の翼で急滑降すれば傍らを翔ける鋭い形の影。
「今の小剣型艦載機、ばっちりいい感じに撮ってくれたと思うんだよ!」
「うん! きぃ達すっごくかっこいいよね、ひなみく!」
 肩には玩具ロボのキキを固定したまま、キカはひなみくに倣って一緒にカメラの向こうの観客達へ手を振って。
 世界のみんな、地球のあなた。
 ――この大運動会を楽しんで!
 氷山と呼びたくなる大氷塊が連なる一帯へ突入しても、氷上を翔けるボードが船なら竜の翼と尾がカルナの舵。狙う道筋を減速せず滑りぬけ、白と青の頂から跳ぶ瞬間の追加噴射で青空にバックフリップを決めたなら、空から春色天使を見出した。
「その春色! 捉えましたよ!!」
「!! 魅せてくれますね、カルナさん……!!」
 相手の姿を瞳に映した途端に笑みが咲くのはお互い同じ、なれど追いつかれた焦りからか空中回転に挑んだ灯は着地でよろめき、咄嗟に支えんとした彼の腕に、ぽふん。触れ合えば再び自然と微笑み合って。
 速度が緩んだけれど構わない。一緒に翔けていこう、何処までも。
 成程、尻尾で舵取りか。と聴こえた声にアリシスフェイルが振り返ればゆったり自慢気に揺れる狼尻尾。狡いのだわルクス、と思わず声が跳ねたけれど。
 幾つもの困難をともに乗り越え、果てまで翔けて、
「ゴールも一緒に、がお望みか?」
「まさか。譲れない部分は我を貫く、それも私達でしょう?」
 揶揄いまじりの声に挑むよう笑み返す。
 鮮やかな決着を経てまた手を取り合いたいから、幾つもの氷塊を一足飛びに越える勢いでアリシスフェイルは追加噴射。成長と崩壊を繰り返す氷河を、迷わぬ速度で。
 雪国に生まれ冷気を操る身には、凍てる氷も親しき友。
 冷気の奔流たる風へと蒼銀の髪を遊ばせ追加噴射で一気に跳べば、ミチェーリは冬の嵐を貫く心地、嵐をトナカイの角で巻きとるよう雄大なバックサイドロデオで舞えば、
「――そうですか、『私をマークして』来ましたか」
「ええ。あなたが見極めた最短ルートで、確りと!」
 瞳が合った瞬間に心も交わし、後方から追うフローネが強気な笑みを覗かせる。
 機を掴めば即座に追加噴射で加速して、叶うならばグラブしつつのダブルジャンプで――蒼氷の女神を、捕まえに。
 前方に捉えた美女達の競演。然れど彼女達だけでなく幾人もがグレインより先を行く。
 勝利を狙うには策も気概も足りず上位は到底望めないけれど。
 ――湖へ跳ぶ瞬間の追加噴射で、叶うかぎり長く、湖上の飛翔気分を味わえたなら。
 アルヘンティーノ湖に流れ込む巨大氷河は唯一にあらず。
 湖へ迫る氷河の先端の『幅』が5kmに及ぶペリト・モレノも数ある巨大氷河のひとつに過ぎないと聴けば圧倒的な大自然にジェミは心を躍らせて、
 ――琴が相手だからこそ、絶対に負けないっ!!
 ――ならばこそ、私も死力を尽くすのみ!!
 後方から聴こえた声に振り返り、予想通りの姿を見つければたちまち高揚も最高潮。
「新婚旅行なんでしょ? 絶景をゆっくり堪能してきてもいいんじゃない!?」
 なんてね、と続けた軽口に返る言葉も思った通り。
「お互いに高め合って、もっともっと高く飛ぶ。それがわたし達の絆だよっ!」
「勝負となれば全力投球なのが私の愛するひと、これが私達の新婚旅行です!」
 楽しげな笑みでジェミに応えた刹那、シルと鳳琴は一気に追加噴射!
 難所を乗り越え限界も突破する気概でシルが翔けるから、鳳琴も手を繋いで湖へ跳ぶよりゴールで伴侶を抱きしめる路を選ぶ。競技の終盤、氷河の先端は、数えきれぬ氷塊や氷柱が乱立する様が、遠目には無数の巨大な氷の波が凝縮されたようにも見える地帯。ここまでの勢いと速度で、誰もが氷塊や氷柱の頂を掠めて飛ぶかのごとく滑走する。ある者は強引に、ある者は的確に、ある者は軽やかに、ある者は狙い澄まして。
 強みを活かすのは誰にとっても容易いこと。
 だからこそ、小回りが利かぬという己が弱みを補う策をも意識していたヨハンが他者より先んじた。なれど中盤まで婚約者と足並みを揃えていた彼を僅かにエトヴァが上回る。
 誰よりも早く氷の断崖へと至ったエトヴァが、次いでヨハンが、湖へ跳んだ。
 自分がちっぽけだと素直に思える巨大な氷壁の頂から、美しい湖面をめざす。
「「――……!!」」
 嗚呼。
 純粋なエメラルドグリーンより優しいこの色を、何と表現すればよいのだろう――。
 恋人の猛追を躱しきったミチェーリや伴侶からの勝利を掴み獲ったシルをはじめ、先頭を翔ける面々が次々と湖へ跳んでいく。愛しいひとの背はとうに見えなくなっていたけれど、彼が湖で迎えてくれると一片の疑いもなく信じられるから、クラリスも迷わず一直線!
「いい笑顔だね、クラリス」
「うん、スプーキーもすっごく楽しそう!」
 偶然タイミングの重なった二人が笑い合う。追加噴射の加速で湖へ跳んだのはクラリスの方が先だったけれど、一拍遅れて跳んだ瞬間に追加噴射したスプーキーが、ジャンプ競技でお馴染みの前傾姿勢で滑空、飛距離を伸ばし着水の直後にゴールへ滑り込む。
 続いたクラリスが婚約者と抱き合う様子に眦を緩めた彼が、受けとめてくださいなの~と聴こえた声に広げた腕に春色が跳び込んでくるのは、もう少し後になってからのこと。
 青き氷河の世界に氷上の湖、氷の洞窟。
 軽やかに跳び越えた、アイスブルーがコバルトブルーへ吸い込まれていく、クレバス。
「『これ』は、この競技の間に、幾つも、幾つも、知識(データ)を上書きしました」
 無味乾燥な入力情報ではなく、己が瞳で見て耳で聴いて、凍てる風の匂いと冷たさを直に感じての経験が、氷上を舞うがごとき滑走の間に、オペレッタのココロを清冽な水のように潤していく。
 止まることも、戻ることもゆるされない、生にも似た滑走の果て。
 十五階建てのビルに匹敵する高さの氷の断崖から追加噴射で跳んだなら、遥か眼下の湖がまたひとつ新たな経験でオペレッタを潤した。美しき湖の水面のいろ。
 踊りに親しむ乙女ならではの身ごなし、そしてエアライドの賜物で華麗に着水したなら、空色翡翠を淡くエメラルドグリーンにとかしたような湖面に、柔らかな波紋が広がって。
 世界に満ちる『歓喜』が、胸に燈る様を識る。
 彼女のその姿を、皆が次々と氷河から跳ぶ様を微笑みで見守っていたエトヴァの唇から、旅は人生と言うのでしたカ、と知らず零れた言葉が風にとけた。
 けれど前方の予測と即応を意識し、終始バランスの良い滑走を心掛けて首位を飾った彼の勝利者インタビューでの言葉がきっと、世界中のひとびとの胸を打ったはず。
 ケルベロスの完全勝利という奇跡の前に。
 ――俺にはこの星すべてガ、この星に在れることそのものガ、ずっと奇跡でシタ。

作者:藍鳶カナン 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2021年8月8日
難度:易しい
参加:25人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 8/キャラが大事にされていた 0
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