最後の宿縁邂逅~鵲の鳴く夜に

作者:秋月きり

「もう聞き及んでいると思うけど、『七夕の魔力』に副次的な効果があったようなの」
 嘆息か、それとも好奇か。リーシャ・レヴィアタン(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0068)が発した言葉の響きはそのどちらとも取れる物であった。
 七夕の魔力――それは、銀河を超えて、遠く引き離された二つの地点を結び併せて邂逅させる季節の魔力だと言う。
「それが、宿敵を呼び覚ます事になったわ」
 場所は大分県大分市。時の頃合いは7月7日の夜22時。ケルベロス達の呼び掛けによって前倒しされた七夕まつりの最終日に、事は起こるようだ。
「お祭りそのものは終了しているし、彼らの出現場所は町の中心部から少し離れた公園だから、出現そのもので大きな被害は予測されていないのだけども」
 予知を元にした避難勧告も行う予定だ。万が一、その場所に一般人が紛れ込むことはないだろう。
 とは言え、放置をして良い訳ではない。
 呼び覚まされたデウスエクスはグラビティ・チェインを求め、或いは自身の行動原理のままに活動を始める事は明白。それを捨て置く訳にいかないのだ。
「皆には彼らを倒してきて欲しい」
 彼ら。
 先と同じく、ヘリオライダーの呼び掛けは複数形であった。
「敵は複数、と言う訳なのですね」
 些かの緊張を滲ませて、グリゼルダ・スノウフレーク(ヴァルキュリアの鎧装騎兵・en0166)が独白する。
「ええ。ダモクレスが一体、ドラグナーが一体、死神が一体、そして、……多分、螺旋忍軍が一体」
「多分?」
 グリゼルダが小首を傾げる様に、リーシャが浮かべた表情は苦笑じみた物であった。
「まず、螺旋忍軍。東北芋煮怪人。東北地方の芋煮に魅せられた彼は螺旋芋煮力を駆使して戦うわ。単純な戦闘力だけじゃなく、周囲を巻き込む戦略性も気をつけた方がいいわ」
 芋煮とは調和、そして共同作業の心だ。他の3体を懐柔する事も容易いだろう。
「次に死神。カーティレイドと言う名前のようね。攻性植物を得物としていることも注意して欲しい」
 組織やチームでは無く、己の興味を優先する性格の様だ。だが、それは言い換えれば、何かに固執せず、柔軟性があると言う事でもある。
「ドラグナー、ハートクラッシャー。彼はドラゴン・ウォーで倒れた魔竜ハート・バイターの配下だった様ね」
 主亡き後も表だった活動はせず、様々な工作を裏で行っていた様子だ。此度の戦いも、その性質は変わらない物と思われる。
「最後、ダモクレス、レグナ・クロエ。単独の戦闘能力なら彼女が優位ね」
 彼女はグラビティ・チェインの収集に固執しているようだ。その理由が故、ケルベロス達と相対すれば、決して戦いの場から退くことはないだろう。
「七夕の魔力の影響か、彼らは現状をほぼ把握していると考えてもいいわ。そして、自分達が優位に動く為にはどうすれば良いかも理解している」
「つまり、自身以外3体との合流、ですか」
 グリゼルダの呟きは正鵠を射ていた。
 4体全て、他者との行動に忌避感を抱いていない。先の説明でそれは理解している。
「だから、4体をそれぞれが抑えつつ、各個撃破と言う戦略も取れるし、ある程度合流を許容して戦う事も出来る。或いは――味方に引き込んじゃう、とかも手と言えば手ね」
 相手はデウスエクスだが、言葉が通じない相手でもない。ただ撃破するよりも難易度は跳ね上がるだろうが、手駒に出来れば戦闘そのものは楽になるだろう。
「しかし、死神は倒さねばなりませんね」
「強いて言うなら、ケルベロスに敵対する事を是とする相手も、ね」
 また、彼らがこれまで積み重ねてきた生き方を許容出来るか否か、と言うのも大きいだろう。こればかりは戦場に立つ皆に託される話となる。
「縁に導かれた強敵が4体。それでも、みんななら解決出来ると信じているわ」
 倒せなければ七夕祭りを楽しんだ多くの市民達が犠牲になってしまう。それだけは避ける必要があった。
 緊張感走るケルベロス達を前に、リーシャはいつもの言葉で送り出す。
 そう。本当にいつも通りの送り出しであった。
「それじゃ、いってらっしゃい。武運を祈ってるわ」


参加者
蒼天翼・真琴(秘めたる思いを持つ小さき騎士・e01526)
進藤・隆治(獄翼持つ黒機竜・e04573)
リューデ・ロストワード(鷽憑き・e06168)
水無月・実里(ストレイドック・e16191)
霧鷹・ユーリ(鬼天竺鼠のウィッチドクター・e30284)
ヨハン・バルトルト(ドラゴニアンの降魔医士・e30897)
億千・ガブリエラ(花咲く森の切り裂き蛇・e40821)
ドロッセル・パルフェ(黄泉比良坂の探偵少女・e44117)

■リプレイ

●四つの邂逅
 2021年7月7日。
 日本が、否、世界がTANABATAで沸き立ったその夜、様々な場所で、季節の魔力の余波が世界を覆っていた。
 此度、呼び覚まされた季節の魔力とは、七夕の魔力。それは、銀河と言う隔たりを超え、遠く引き離された物を結び併せ、邂逅させる物。
 それは、縁と呼ばれる物だった。相互に宿った縁――宿縁と。
 斯くして、ここ九州地方が一角、大分県でも四組の縁が邂逅する。
 ケルベロスとデウスエクス。奇々怪々な縁で結ばれた彼らの邂逅は、もはや必然であった。

 一つはダモクレスとドラゴニアン。レグナ・クロエと名付けられた殺戮人形と、進藤・隆治(獄翼持つ黒機竜・e04573)であった。
「グラビティ・チェインッ!!」
 夜の公園の下、自身の望みを叫ぶダモクレスに、隆治は唾棄する。
(「コイツを見ていると、なんだか心がざわめく。……イライラしてくるな」)
 双方の衝突は必須であった。
 元より、生者の魂を砕き、グラビティ・チェインの奪取にしか存在意義を見いだせない機械と、それを迎え撃つ地獄の番犬とでは、交わる道などなく。
「ヨコセッ!」
「倒す!」
 機械剣の切っ先と巨大ハンマーの鎚先が、交差した。

 更なる一組はドラグナーとオラトリオ。地球侵攻を我が道と征った魔竜ハート・バイターの配下にして、その残党であるハートクラッシャー。そして、リューデ・ロストワード(鷽憑き・e06168)であった。
「ふむ。私を此処に呼び覚ましたのは貴様か、ケルベロスよ」
「因縁と言う奴だな」
 無愛想と仲間に称される彼はしかし、今はそれと異なる鋭利さを備えていた。
 魔竜ハート・バインダー。リューデの故郷を滅ぼした怨敵。だが、自身らの信念を貫き、滅びの道を辿ったドラゴン種族達の生き様だけは尊敬に値すると思っている。
「ならば貴様の首級を狩らせて貰おうか。今や、地獄の番犬の首級は我が益だ。――元より、殺し合うしか無かろう?」
「ああ。その通りだ」
 ハートクラッシャーは鮫のように笑い、対するリューデは光の陣を敷く。
 互いにそれ以上の会話は不要だった。

 そして、もう一組は死神とオラトリオ。蒼天翼・真琴(秘めたる思いを持つ小さき騎士・e01526)は眼前に立つ巨漢の男、カーティレイドに睨眼をぶつける。
「久しぶりだな、カーティレイド」
 静かに、だが、猛々しく。
 真琴が発した言葉は低く、そして憎悪に染まっていた。
「久しい、か」
 受け止める男の表情が抱くそれは、侮蔑だった。定命種を蔑むそれは、嘗て、様々なデウスエクスが抱いた物に相違ない。
「あのオラトリオらを殺し、幾らかの時間も有していないと思ったが……貴様らの時間感覚ではそう言うのだな」
「貴様!」
 怒号と共に、真琴は蒼刃の薙刀を構える。両親を殺し、妹を狙い、そして自分を狙う。その敵を討つ事に躊躇いなど無かった。
「ああ、そうだな。折角招待されたからには、貴様らのグラビティ・チェインを貰っていこうか。貴様も、妹らも――。貴様の両親らより劣ったグラビティ・チェインを吐き出すなよ? あれは至極美味であったわ」
「カーティレイドッ!!」
 黙れ、と叫ぶ。発する言葉の片鱗ですら汚らわしいとの叫びに、超越者たる死神はにやりと笑みを浮かべた。

 最後の一組は螺旋忍軍とシャドウエルフだった。侵略者を迎え撃たんと、身構えるケルベロスの名は億千・ガブリエラ(花咲く森の切り裂き蛇・e40821)。そして、そんな彼女に相対するデウスエクスは螺旋忍軍――東北芋煮怪人と言った。
 語る言葉は多くない。
 ただ、そこに鍋があった。湯気立てる巨大寸胴に、各種様々な芋煮が、美味しそうな匂いを立てていた。
 そして、そこに仲間がいた。
 食に好奇心旺盛な戦乙女、グリゼルダ・スノウフレーク(ヴァルキュリアの鎧装騎兵・en0166)を始めとし、ウィルマ・ゴールドクレスト(地球人の降魔拳士・e23007)、ルエリラ・ルエラ(幸運エルフ・e41056)、逸見・響(未だ沈まずや・e43374)、ナナツミ・グリード(貪欲なデウスエクス喰らい・e46587)達、5名の姿もあった。そして、その誰もが箸と芋煮の入った受け皿を手にしていた。
 ウィルマの皿に鎮座していたのはカレーだったが、それはこの際無視することにした。
「「イーッ! モッ! イーッ! モッ!」」
「……い、イモー!」
 若干名、恥ずかしげな叫びの者もいたが、先手とばかりに上がる掛け声に、東北芋煮怪人も負けてはいない。
「イモニー!」
 そこに、語る言葉は必要なかった。
 季節の魔力で邂逅した二人がいた。目の前に芋煮(+カレー)があった。そして、皆がそれを食す構えを見せていた。それで充分だった。
「……私も芋煮で、貴方も芋煮。同じ芋煮なのにどうして憎しみ合う必要が、ありましょう」
「あいや、判ったでイモニー!」
 ガブリエラの言葉に若干喰い気味に、東北芋煮怪人は頷く。
 そう、芋煮で繋がった皆に、争う理由はないのだ。
(「いえ、多少、想像していました、けど」)
 和解が早すぎないか、とは思ってしまう。何故か、彼の行動が権謀術数の類いでないと確信はあったが。
(「出オチ感、半端ない……ですね」)
 それも縁なのだろう、と納得する。斯くして、東北芋煮怪人とガブリエラの邂逅は、皆で鍋を囲むと言う事態に収束していくのだった。

●吸い寄せ、断ち切られ
 鞭の如く、攻性植物の蔦が迸る。その尖端が捉えるは、己の翼と共に天使の呪符を広げる人影――真琴であった。
 一連、二連、三連。
 鞭は空を、地を裂き、公園内に設置された遊具をも斬り裂く。その全てを紙一重で躱すのは、真琴が日々行ってきた研鑽か、それとも――。
「ほら、どうしたどうした? 貴様の両親はまだ抵抗したぞ?」
「加虐趣向者め――」
 身体が梳られ、貶められていく痛みと感情は、一人では受けがたいものであった。
 そう、一人ならば。
「一点集中! どんな条件があっても、私の空想は誰にも止められないよっ。見せてあげる、サモンっ!」
 アルマニア・シングリッド(世界を跨ぐ爆走天然ロリっ子・e00783)は駆ける。夜の公園を縦横無尽に走り、解き放つ空想は、真琴に刻みつけられた無数の傷を癒やしていく。
「駆け抜けるわよ。 ――疾鳴鳥っ!!」
 続くノルン・コットフィア(星天の剣を掲げる蟹座の医師・e18080)の雷撃は、無数の鳥の形を描きながら、カーティレイドの巨体へと突き刺さる。
(「本当にようやっと、ね」)
 宿敵と刃を交える真琴の姿に抱くのは、感慨であった。
 紆余曲折を経て、今に至る。そこに様々な想いはある。
 だが、今は戦うときだ。
「真琴! 大丈夫か?!」
 続け様に伸ばされた爪を防いだのは、二薙ぎの呪斧であった。それを繰る鏑城・鋼也(ボルトオンブレイブ・e00999)は、友人に憂慮の言葉を発する。
 ここに至る迄の経緯は理解している。彼の心情も理解している。
 だからこそ吼える。敵に何も因縁は無い。だが、真琴の敵ならば、それは彼の敵も同義だ。
「みんな……」
 巨敵に対して、孤軍ではない。支えてくれる友がいる。皆がいる。今もこの場、この機会を維持してくれる仲間達がいる。
 そして、彼の周囲に飛び交う式神達もまた、その一員だ。
「いくぞ、みんな」
 数十枚の呪符を解放し、真琴は猛る。気合いの声は、猿叫の如く響き渡った。
「キレてるのは式神達もなんだよッ」
「面白い、面白いぞ、蒼天翼・真琴よッ!」
 応対するカーティレイドから発せられたそれは、歓喜の声だった。

 真琴達の奮闘を横目で捉えながら、隆治は竜砲弾を放出する。
 その弾頭はレグナ・クロエの身体を捉えるものの、しかし、直後、機械剣が旋回。着弾そのものは防がれてしまう。
(「ここまで生き残ったダモクレスだ。一筋縄じゃ行かないって事か」)
 身体に刻まれた無数の傷痕を見れば判る。目の前に立つそれが歴戦の勇者だという事を。
 純粋に、このダモクレスは――強い。
「だけど、それも判っていた!」
 咆哮し、オーラの弾丸を放つ。七夕の魔力の余波に結ばれた縁に、自身は何処かでそれを求めて居た気がする。それが意識的であれ、無意識であれ、邂逅が為された今、その事を強く実感してしまう。
 この戦いはレグナ・クロエが望み、そして、隆治自身が望んだことだ、と。
「スゥゥパァァァ、鬼天竺鼠ァァァ! キィィィィィィィック!!」
 気弾に踏鞴踏むレグナ・クロエの横っ面を、炎纏の蹴りが直撃する。霧鷹・ユーリ(鬼天竺鼠のウィッチドクター・e30284)による跳び蹴りであった。
 思いの外、派手に吹き飛んだレグナ・クロエの軌跡は弧を描き、緩やかに着地。故に思わずユーリは舌打ちをしてしまう。蹴りの直撃を受け、しかし、彼女は跳躍を以てその相殺を試みたのだと理解したからだ。
「身軽なんですね」
 装備過多で見た目は重そうなのに、とは弱体化エネルギー光弾を放ったドロッセル・パルフェ(黄泉比良坂の探偵少女・e44117)談であった。
 賞賛にも侮蔑にも聞こえる言葉を、しかし彼女は黙殺。代わり撃ち出されたのは無数の弾幕であった。
「成る程。外見通り、意外と中身も乙女なのですね」
 雷壁を張りながら、ヨハン・バルトルト(ドラゴニアンの降魔医士・e30897)が独り言ちる。体重の指摘は、女性にする物ではないと頷く彼の表情は、どう見ても真顔であった。
「どうだろうね……?」
 日本刀と喰霊刀の双剣を繰り、レグナ・クロエに斬りかかる水無月・実里(ストレイドック・e16191)は、曖昧に微笑う。双白刃はレグナ・クロエの装甲を斬り裂き、弾かれた破片は街灯の光を受け、キラキラと輝いていた。
 今、目の前の敵を屠る。それが彼女の抱く使命だ。だが、それでも、怨敵と対峙する真琴が気になってしまう。
 一瞬向けた視線が捉えたのは、茨を掻い潜る彼の姿であり、それを支える仲間達の姿だ。
 何も心配する事は無い。その筈だ。
(「真琴君……」)
 恩義を返す。それが彼女がこの戦いに参戦した理由。それを以て最期の戦いとする事も、彼女の望みであった。
 そんな彼女の眼前で、レグナ・クロエは冷たい刃を振りかざす。その切っ先はドロッセルを捉え、彼女もまた、妖刀の白刃にて、それに応じる。
 その刹那。
「キェェェッ! 芋煮ローリングクラァァァァッシュッ!!」
 何かが舞った。
 都合二度目となる跳び蹴りを再度躱したレグナ・クロエは、着地と共に乱入者へ視線を向ける。それは睨眼と言うよりも驚愕を意味していた。
 そうだろう、とヨハンは頷く。まさか頭に鍋の被り物――被り物ですよね? 多分、きっと――を着けた怪人が、介入するなどと! 現にヨハン自身も、そいつの姿に、二度見をしてしまっている。
「ど、どうも……」
 微妙な笑みを浮かべ、合流するのはガブリエラ、そしてグリゼルダだ。彼女達と共に東北芋煮怪人と応対した4人の姿もある。
 そして何より――。
「此処にいる皆は我が同胞! 義によって助太刀致すでイモニー!」
 腕を組み、仁王立ちする東北芋煮怪人は、びしりとレグナ・クロエに指先を突きつける。
「説得は成功したのだな」
(「いや、なんとなく大丈夫だとは思っていたけど」)
 ともあれ、安堵の溜め息を隆治が零すのだった。

●鵲の鳴く夜に
 夜の公園に、無数の悲鳴と怨念が渦巻く。
 それはハートクラッシャーが喚び出した無数の怪魚――下級死神の群れが織りなす合唱であった。
 牙を剥くそれらを打ち砕きながら、リューデは嘆息する。
「リューデ?」
 彼の応援にと駆けつけたクラリス・レミントン(夜守の花時計・e35454)の声は訝しげな物だった。
「なんだ、貴様は?」
 ハートクラッシャーの嘲りは、対峙するリューデの変化にあった。彼が感じたかすかな震えは、リューデ本人から発せられた物。
「――ッ!」
 それを如実に感じたからだろう。クラリスは身を沈め、蹴打を放とうとする。彼に対する如何なる侮蔑も、許すつもりは無かった。
 だが、そんな彼女を、リューデは制する。
 細かな震えは未だ残っている。だが、それは恐怖などでは無く――。
「死神と契約したのか?」
 問うまでも無い。下級死神がドラグナーである彼の周りを泳いでいる様は、その事実を雄弁に物語っている。
「さてな」
 応えるまでも無いと、ハートクラッシャーは笑う。嘲笑は美麗な表情を染め、悪鬼の如き歪笑を形成していた。
「それは」
 リューデは再度、想う。
 自身の故郷を滅した因縁があれど、しかし、それでも、自身らに殉じたドラゴン種族そのものには敬意すら抱いていた。
 ならば、死肉貪る死神との契約など、それに対する冒涜ではないか。
「其れは貴様の主達の遺志に反する行いだ」
 静かな言葉は、強い怒気を孕んで紡がれる。そう、彼は怒っていた。
「彼らは気高い存在だった。お前はそれを穢すのか? ハートクラッシャー?」
「――黙れ、黙れ、黙れッ!!」
 そして、それはハートクラッシャーにとっても、自身の琴線に触れる言葉だったのだろう。
 彼がどのような意図で暗躍していたのかは判らない。だが、主を慮っての事だとは充分理解出来る。彼には彼なりの忠義が、魔竜ハート・バイターに対してあったのだろう。
「ケルベロスが! 定命種如きが我が主を語るな!」
「ドラゴンの名を騙るのはお前達の専売特許だろう? ドラグナーよ」
 その瞬間、互いに理解したのだろう。相互、相容れぬ存在だと。
「殺してやる! ケルベロス!!」
 憎悪が放たれる。主を喪い、復讐鬼と化すことも許されず、ただ、闇に潜むことを強いられた男は、今、この瞬間、存在の意味を得たのだ。
 それは憎悪で、狂笑で、そして歓喜であった。
「ああ、滅してやる。ドラグナー」
 それに応じるリューデもまた、唇を歪める。心臓を結晶化した青年が浮かべたそれは、紛れもない笑み――攻撃的な微笑であった。

「おい、機械人形」
 そして、ハートクラッシャーの声はレグナ・クロエに向けられる。
「援護してやる。ありがたく思え」
 東北芋煮怪人がケルベロス側に与した事で、戦局は一変していた。何の対策も行わなければ、個別撃破は必至。
 それはハートクラッシャーにとっては困る事態だ。自分は意味を得た。自身を侮蔑し、主を穢したケルベロスを殺すと誓った彼に、それを享受する理由は無かった。
 そして、レグナ・クロエもまた、是と頷く。
 彼女にしても、此処で屠られる理由など無い。多量のグラビティ・チェインを得る。それこそが彼女の目的だった故に。
 即席のコンビネーションは、しかし、デウスエクス達の身体能力の高さを背景に、ケルベロス達を梳り、押し通して行く。
 今や、状況は拮抗していた。
 双方にも信念があった。負けられないと言う想いを、互いに譲ることは出来ない。
 数の暴力はケルベロス達に。
 個々の戦力の分はデウスエクス達に。
 剣戟が、爪牙が、銃撃が、魔術が、種々様々な手数のグラビティが飛び交い、互いを打ち砕いていく。
 だが、その拮抗は、やがて崩れていくのであった。

「――ッ」
 ガクリと片膝が崩れる。手にした剣が零れ落ちる。傷付く身体からは液体が零れ、大小問わない傷口は、それぞれが火花を発していた。
「機械人形がっ!」
 動きを止めた自身へ、即席の相方が発したのは慮りでもなく、罵倒だった。
 その言葉を受け、レグナ・クロエは悟る。自身は敗けるのだと。
 それも当然だった。如何にデウスエクスの力が優れていようとも、互いを援護する能力は無い。
 デウスエクス二者による攻撃は重かった。当然だ。二者とも、攻撃特化と言うべき陣形だった為に。対してケルベロス達は攻防、そしてサポートと、戦いにおける全ての要素を満遍なく備えた陣を展開していた。彼女ら二者だけでは、それを打ち砕く事が出来なかったのだ。
(「或いは」)
 無数の警告が表示される視界内で、レグナ・クロエは想起する。
 個では無く、群であれば。
 だが、レグナ・クロエは知らない。群体――軍で立ち向かったダモクレス達が、彼女同様、ケルベロス達に排された事を。
 そして、彼女の行き着く先もまた、彼らと同様であった。
「どれほどの絶望の中でも、どんな深い闇の中でも、必ず掴める光がある」
 生体硝子の眼が最期に捉えたのは、光の刃を振り上げるドラゴニアンの姿だった。
 ああ。これが、自分の終局か。
「それを使えば、こんなことも出来るのさ」
 両の手で握った光を、隆治は両手剣宜しく振り下ろす。実体を持たない光刃はしかし、空を、そして大地をも斬り裂いた。その間に立つ、レグナ・クロエの身体を両断して。
 末期の言葉は発せられない。機械の顔に、後悔も悲しみも浮かび上がらない。
 ただ、それを断った感触だけを、隆治の腕に遺していく。
「おのれっ。おのれっ。おのれっ!!」
 代弁とも取れる罵声が響いたのは、ハートクラッシャーからだった。だが、その矛先はレグナ・クロエにも、ケルベロスにも思えた。
「ならば貴様らごと、壊すまでよ! 心砕け、死ね!」
 咆哮と共に魔力の奔流が迸る。
 最初に砕けたのは、光の粒子へと転じていくレグナ・クロエの遺骸だった。そして、侵蝕は盾と立つユーリやドロッセル、そして、得物を構え直す隆治を巻き込み、吹き荒んでいく。
「っ!」
 零れた悲鳴は誰の物か。二度三度と放たれた黒蝕は、ケルベロス達を飲み込み、その精神を砕いていく。
 だが。
「なん、だと?」
「奇遇だな。ハートクラッシャー」
 全身に魔力の侵蝕を浴び、それでも倒れないオラトリオの姿に、ハートクラッシャーは目を見開く。
 そんな筈はない。確かに今の侵蝕は、彼の精神をも砕いた筈だ。
「ふおおおおっ! このくらいの精神汚染なんてっ!!」
「まったく、肉体労働は探偵の仕事じゃ無い筈ですよ!」
「陰陽生じて靄となり、陰陽転じて牙となる。 ――其の眼に灯れ、均霑の焔」
 だが、リューデは倒れなかった。我が身すらも盾としたユーリやドロッセルの援護と、ヨハンが錬成した焔霞の力、そしてグリゼルダの緊急手術と芋煮怪人が放った治癒グラビティが、彼に、敗走を許しはしなかった。
 何より、彼の心臓はまだ動いていた。地獄と化した心臓が、そして手にした得物が強く囁くのだ。
「俺の武器も同じ銘だ。ハートブレイカーと名付けたよ」
 ドラゴンと言う存在に魅入られた彼を、竜に心臓を奪われた敵を倒せ、と。
「乱れて、散れ」
 そして、リューデの漆黒の戦鎚が舞う。それが生み出す衝撃は奇しくも、竜の息吹の如く赤い灼熱を有していた。
 振り抜かれた炎はハートクラッシャーの胸を打ち貫き、そして焦がしていく。
 それが止めとなる。胸を貫かれ、燃える身体を見下ろし、ハートクラッシャーが口にしたのは、末期の言葉だった。
「……ああ、ハート・バイター様。今、逝きます」
 両手を広げ地面へと倒れた彼に、しかし、リューデは小さく呟く。
「いや、お前が逝くのは地獄だ」
 気高き竜の信念を穢した下僕に、同じ黄泉路は似つかわしくない。

●別離は巡る
 はぁはぁと吐息が聞こえる。ドクドクと心臓が五月蠅く鳴り響いている。
 その双方が警鐘だった。
「あの日より、よくぞ研鑽を積んだな。蒼天翼・真琴よ。だが、これで終わりだ」
 カーティレイドは笑う。泥にまみれ、血に汚れ、そして傷だらけの彼に向けたのは下卑た賞賛だった。それこそ、自身が殺すのに相応しいと、唇を歪ませる。
「……真琴」
 自身に向けられるのは、獣じみた視線だけではない。仲間達の憂慮もまた、集まっていた。
(「ここまで、か」)
 ケルベロスとデウスエクスの力の差は明確だ。此処に至るまでの幾多の修行や戦いは真琴の能力を押し上げたが、それでもカーティレイドの領域まで至っていなかった。
 それでも、と彼はカーティレイドを睨み付ける。
 勝ち誇る醜笑に、一撃ぐらいは加えてやる、と。
 一歩踏み出そうとした彼に投げ掛けられたのは、意外な一言であった。
「よ、よくぞ耐えました」
 地を這う蛇の如く。
 その主は真琴の耳朶に声だけを残し、カーティレイドへ肉薄する。
 滅多矢鱈に切りつける惨殺ナイフの軌跡は、街灯のライトに反射して、キラキラと輝いていた。
「どこでも、斬ります――好き嫌いは、無いです……から」
 そして、ガブリエラは微笑する。次いで紡いだ物は、労いの言葉であった。
「祝勝芋煮会が待っています、よ」
「――貴様ら!!」
 それはカーティレイドにとって侮蔑に聞こえたのだろう。激昂する彼に、しかし。
「まだ、敗けられないんだ」
 一陣の風が吹く。
 風の正体は実里だった。拳、脚、そして掴み投げ。無数とも言える連打を浴びせ、地に叩き付けられたカーティレイドはその勢いのまま一回転。立ち上がり、身構える。
 そこに突き刺さるのは複数のグラビティだった。弓矢に砲弾、電撃と光弾。それらの着弾によって巻き上げられた砂埃は、カーティレイドの視界から、ケルベロス達を覆い隠していく。
「小癪な!」
 彼の命じるまま、茨が縦横無尽に伸びる。如何にケルベロス達が砂煙に身を隠そうとも、デウスエクスの眼はそれを看過する。この状況は決して、彼奴らの優位ではない。
 そうだ。今更数が増えた事も意味は無い。全て殺し尽くす。その力が自身にはあると、カーティレイドは笑みを零す。
 だが。
「我と盟約を結びし数多の『盟友』らよ。我が声に応え、悪しきものを黄泉への道に誘え。――全力全壊。消し炭になりなっ!!」
「なっ!!」
 自身の前に立つのは、翼を広げたオラトリオ――真琴だった。
 掲げた護符から放たれた式神達は無数の流星の如く、カーティレイドの身体を貫く。
 そして、最後の一撃はカーティレイドの身体を抉り、悲鳴よりも早く、その身体を地面へと伏せさせる。
 それが、真琴達に向けられた暗殺者の最期だった。
 互いの彼我の差は絶対。だが、そこに仲間という要素が加われば、乗り越える事が出来る。そして、今、彼はそれを成したのだ。
「……無事に終わった、な」
 荼毘の如く消えていく遺体へと背を向けると、真琴はぽつりと呟く。
 それが、長きに渡る彼の戦いの、終末であった。

 さて。
 その後、七夕の夜に似つかわしいか似つかわしくないか良く判らない芋煮会が開かれたと言うが。
 それはまた、別のお話。

作者:秋月きり 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2021年7月22日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 2
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