最後の宿縁邂逅~結ぶ宿星

作者:七凪臣

●最後の宿縁邂逅
 破壊したゲートの修復とピラー化の為に必要とされた『七夕』の『季節の魔力』とは、 『二つに分かたれたものを一つにする』力である。
 即ち、二者を結ぶ力。
 果たしてそれは、ケルベロス達に奇縁をも運ぶ。
「北條さん、茅ヶ崎さん、ホリィウッドさん、ヒューゲットさんに縁のあるデウスエクスの出現が予測されました」
 北條・計都(凶兆の鋼鴉・e28570)、茅ヶ崎・道灌(ウェアライダーの巫術士・e30875)、ウォーレン・ホリィウッド(ホーリーロック・e00813)、レリエル・ヒューゲット(小さな星・e08713)の名前を順に呼んだリザベッタ・オーバーロード(ヘリオライダー・en0064)は、少しばかり複雑そうな貌をしていた。
 超神機アダム・カドモンの撃破によって、地球には真の平和が訪れた。その矢先の、騒乱の兆しであったからだ。
 一度に四体のデウスエクスを相手取る戦いは、ヘリオンデバイスでの強化を受けたケルベロスであっても容易ではない。
 しかし、失われたかと思われた『自らの縁に決着をつける』ことが出来る好機でもある。

「一般の人たちが巻き込まれないよう手筈は整えますから、そこだけは安心してください」
 七夕の魔力の効果ゆえにデウスエクスの出現は、相応の規模の七夕祭が催されている地のすぐ近く。
「花火も打ち上がる盛大な七夕祭だそうですよ。生憎と、皆さんが邂逅を果たす22時ころには全ての花火が終わってしまっていますが」
 もし打ち上がっていたとしても眺める余裕はないだろう花火をリザベッタは惜しみ、そこで一つ大きく息を吸うと、表情を切り替える。
「場所は海水浴場にもなっている砂浜です。遮蔽物などは一切ありませんから、見晴らしは最高です。皆さんが身を潜ませるものもありませんけれど」
 不意をつくことは出来ませんと言い切ったリザベッタは、直後に「ですが」と不敵な光を眼差しに灯す。
「現れるデウスエクス達が即座に状況を飲み込むことは出来ないでしょう。むしろ混乱の極致にあると言っても過言ではありません。これを上手く利用すれば、戦いを優位に進められると僕は考えています」
 出現するデウスエクスは、ダモクレス、ドラゴン、病魔、ヴァルキュリアが一体ずつ。
 超巨大トンネルボーリングマシンのダモクレスは潜行攻撃を得意とするが、稀に各節を分離してくるのが厄介な相手だ。
 『竜業合体』の餌になりコギトエルゴスム化していたと思われるドラゴンは、かつて病魔を取り込み力を増した経緯があるようで、直接の攻撃力と共に回復の阻害も強力。
 だが幸か不幸か同時に長らく原因不明だった死に至る病の病魔も居合わせる。おそらくドラゴンは、衝動的にこの病魔を取り込もうとするに違いない。つまり、その間はケルベロスへ意識が向きにくいことが予想される。
「四体目のヴァルキュリアに関しては、戦い方に関しては実にヴァルキュリアらしいと言って良いと思います。何やら苦悩している印象はありましたが……詳しくは分りませんでした」

 病魔以外は現在コギトエルゴスム化しない種ばかりなので、絶対に滅ぼさなければならない相手というわけではない。
 が、状態的にドラゴンは話が通じる可能性はなく、鉱物資源を得る為だけに造られたダモクレスも意思の疎通が出来るか不透明だ。
「確実なのは倒すことです。でも、想うところがあるのなら、語りかけるのは否定しません」
 全ては皆さん次第です、とリザベッタはケルベロス達へ彼ら・彼女らの命運ごと託す。

●結ぶ宿星
 七月七日。
 潮の香りを濃く纏う風に髪を遊ばせ、ラクシュミ・プラブータ(オウガの光輪拳士・en0283)は四つの宿縁が結ばれる瞬間に立ち会う。
 出現は、ほぼ同時。最後の花火の彩が、夜空の藍へ完全に融け込んだ時だった。

 砂地が盛り上がり、幾つものドリルが備わるダモクレスの頭部が顔を出した。
 狂乱の只中にあるドラゴンは、羽搏きながら咆哮を上げる。
 状況の一切が飲み込めぬヴァルキュリアは顔色を失くし、構えるべき竪琴を抱えたまま呆然と佇む。
 変化の兆しは、実体化したばかりの病魔にドラゴンが気付いたこと。
『その穢れを吾に寄越せ』
 餓えたドラゴンの貪欲で理不尽な指図に、病魔は砂地を這って逃げた。
 だからドラゴンの爪が病魔ではなくダモクレスを掠めたのは、ただの偶然。けれども一撃を受けたダモクレスはドラゴンを敵と認識する。
「あ、あ、あ……私、は――お前たち、は!」
 身の置き場のないヴァルキュリアだけが視線の自由が効き、いち早くケルベロスの脅威を察したのは、何の因果か。

「この状況を利用しない手はありませんよね」
 ラクシュミは力強く言う。
「確実に一体ずつ、終わらせて征きましょう」
 斃しましょう、とラクシュミは言わない。
 それは最も縁深い者の判断に任せるべきところ。ただし負けるわけにはいかないが。
「宿星の導きのままに……皆さんにとって良い夜となるよう、全力を尽くしましょう」


参加者
月宮・朔耶(天狼の黒魔女・e00132)
ウォーレン・ホリィウッド(ホーリーロック・e00813)
レリエル・ヒューゲット(小さな星・e08713)
ジェミ・フロート(紅蓮の守護者・e20983)
北條・計都(凶兆の鋼鴉・e28570)
美津羽・光流(水妖・e29827)
茅ヶ崎・道灌(ウェアライダーの巫術士・e30875)
ジークリット・ヴォルフガング(人狼の傭兵騎士・e63164)

■リプレイ

●Indigo
 凛と立つ狼耳を潮風にそよがせて、ジークリット・ヴォルフガング(人狼の傭兵騎士・e63164)は東の空に浮かぶ星と星とを辿る。
 浩然とした輝きは、ベガとアルタイル。
(「この国では織姫星と彦星と呼んでいたか」)
 七夕は天の川に隔てられた恋人たちが唯一逢瀬を認められる日だという。実にロマンチックな噺だ。奇縁を運ぶ季節の魔力にも納得がいく。
「……なぜ?」
 か細く困惑を呟いたのは、ジークリットの真正面に佇んだヴァルキュリアだ。
 ジークリットは二振りも剣を携えている。だのに何れも抜く気配すらないのが不思議でならないのだろう。だからこそジークリットはこれ見よがしに両手を空けて、砂浜を半歩だけ引く。
「あのね、Indigo-248改……ううん、Indigo」
「っ!」
 ジークリットの影から姿を表わしたレリエル・ヒューゲット(小さな星・e08713)から呼ばれた名に、ヴァルキュリアが息を飲んだ。
 この瞬間から、偽ヴァルキュリア『Indigo-248改』は『Indigo』と化す。呼称ではなく、名前を得た『個』だ。
「これはいったい……?」
 全く状況が呑み込めていないIndigoの様子に、レリエルは確信を抱く。おそらく彼女は、ヴァルキュリアという種族に起きた顛末を知らない。
「私たち、戦わなくて良いの」
 藍の髪に緑の双眸。写し鏡のようなIndigoへレリエルが寄せる心は慈しみ。
「僕等と妖精族は和解したんだ。戦う理由はないんだよ」
「そうよ。地球には私達の仲間のように、支配から解放されたヴァルキュリアが沢山いるの」
 レリエルの言葉をウォーレン・ホリィウッド(ホーリーロック・e00813)が継ぎ、ジェミ・フロート(紅蓮の守護者・e20983)が重ねた。そしてジェミによって前へと送り出された三人に、Indigoの眸から流れ続ける血の涙が止まる。
「う、そ」
「嘘じゃありませんよ。私達は定命化して地球に住む一員になっています。ヴァナディース様のつくった、ニーベルングの指輪……私達を縛るものは、もうないのです」
 リビィ(e27563)の新緑を帯びる光翅の柔らかな羽搏きに、Indigoは二の句を失う。
 リビィが自分と異なる――定命化を果たしている――のをIndigoは本能的に理解していた。いや、リビィだけではない。穏やかに微笑むバラフィール(e32965)や、ジークリットと同じく太刀を抜くつもりのないカイム(e44637)もだ。
 Indigoの唇が小刻みに戦慄く。手に取るように分かる同胞の惑いを解く為に、パラフィールは経緯を説くことに務める。
 ヴァナディースは喪われたこと。エインヘリアルの支配はもうないこと。
「あなたはもう自由ですよ」
「っ、けれどっ。ケルベロスこそがヴァナディース様を害した張本人なのではないのですかっ?」
「それはエインヘリアルが悪い」
 リビィの解放を促す台詞に首を振ったIndigoの悲痛を、言葉の刃で一刀両断したのはカイムだ。
「もう地球と敵対する時代は終わったんだ」
 祈るように両手を胸の前で組んだレリエルに、カイムは歩み寄る。
「アスガルドゲートも破壊されてる」
 カイムが傍らに添うことで安堵したのか、レリエルの表情が和らいだ。そしてレリエルとカイムが――異なる種族が、手を取り合う。
「俺たちはもう、望まない虐殺を強いられない。ケルベロスと殺し合わなくていい」
 カイムの真っ直ぐな眼差しにIndigoは大きく目を瞠り、幾度か瞬きを繰り返し、今度は自身に差し出されたレリエルの手を呆然と見つめる。
「一緒に生きてみませんか?」
 握り返されることをレリエルは願う。ここで『さようなら』はしたくなかった。未来を思い描いて欲しかった。
「すみません、まだよく分かりません」
 言い淀むIndigoの中には様々が渦巻いているのだろう。けれど彼女は認めざるを得ない。相対すケルベロス達に、己への害意が欠片もないことを。背後で繰り広げられるドラゴンや大型ダモクレスとの争いをも後回しにし、ケルベロス達が自分へ心を割いてくれていることを。
「……しかし」
 おずと伸べられたIndigoの指が、レリエルに触れる。
「あなた達と戦う理由がない。それは理解しました」
「Indigo!」
 Indigoの手を握り返すレリエルの声は自然と弾む。真夏の大輪が如きレリエルの笑顔には、七月七日の魔力に結ばれた縁を断たずに済む奇跡への感謝で溢れていた。

●冥蛇病
「これで後は思う存分やな」
 一つの和解を見守り終え、美津羽・光流(水妖・e29827)が天へと翔ける。その双眸に捉えられているのは、不気味な骨の異形だ。
(「アイツのせいでレニは……!」)
 実体化を知った瞬間、飛び掛からなかったことを褒めて貰いたいとさえ光流は思う。
 骨の異形は、長くウォーレンを蝕み苦しめて来た致死の病の具現。
(「こいつさえ斃せば」)
 意思の輝きを纏う光流の爪先が、病魔を捉えて穿つ――その時。
『我が獲物を奪う事は赦さぬ』
「ネルガルが動きます!」
「任せて下さい」
 茅ヶ崎・道灌(ウェアライダーの巫術士・e30875)が発した警鐘に、全身装甲に身を包んだ北條・計都(凶兆の鋼鴉・e28570)はいち早く反応すると、背のバーニアを吹かせて一気に加速する。
 割り入る先は、ドラゴン――累病竜ネルガルと光流の狭間。計都の疾走は、黒に黄金が映える旋毛風めく。追随するライドキャリバーの獅子王丸も後れを取らない。
 砂を巻き上げ、一人と一騎はネルガルが広げた翼の前へ立ち塞がった。もちろん無傷でなどいられない。
「戦線の維持は任せて」
 不意の危機から庇われる格好になったジェミが即座に請け負い、計都を癒す気力を練る。続き治癒の雨を降らそうとする道灌は、憶えのあるドラゴンの挙措を紐解く。
「獲物を横取りされると思ったのでしょう。厄介ですね」
「なんや敵さんも必死やなぁ……」
 巨大ダモクレスに追い縋られながらも、ケルベロスを邪魔者と認識したネルガルの胸中を推し量ったように、月宮・朔耶(天狼の黒魔女・e00132)が溜め息を吐いた。
 状況を正しく呑み込めているデウスエクスは居るまい。それでもデウスエクス達は、生き延びることに必死なのだ。
 されどデウスエクスの事情なぞ、朔耶の配慮する処ではない。
「向こうの支援は任せたのじゃ」
 光を繰り、星の輝きを宿した魔力柱を顕現させた朔耶は、白いオルトロスのリキを病魔の方へ走らせる。然してリキは、退魔神器で病魔に斬りかかった。
 怯んだ病魔の長い肢体が不規則に蠢く。そこへ流星の煌めき宿す蹴りを仕掛けたジークリットは、ウォーレンを振り返る。
「悪いが、決着を急ぐ必要がありそうだ」
「……え、あ。うん」
 この時、初めて。ウォーレンは己の足が止まっていたことに気付く。病魔との邂逅は、要件としては理解していたが、現実味が追いついていなかったのだ。
 病は随分と進行していた。治療は始めていたけれど、地球の危機に寝ていられなかったことも、悪化に拍車をかけた。
 覚悟を、していた。治るなんて、思っていなかった。
 それに。
(「僕は可哀想なデウスエクスを、沢山殺した……」)
 ネルガルに追い回される病魔に対し、ウォーレンが感じたのは『哀れ』だった。
 今迄も多くの斃すべき相手へ心を寄せ、にも関わらず殺めて来た。可哀想だと思いながら、よりいっそう惨い結末を与えてきた。
(「そんな僕が生きても……幸せになっても良いの?」)
 虚ろな病魔とウォーレンの目が合う。ウォーレンの足元が覚束なくなったのは、意識を吸い込まれそうな感覚に襲われたからだ――でも。
「レニ!」
 光流の声が、ウォーレンを引き止める。
「いくたま。たるたま。たまとまるたま。むすび括るは我が磐境。これより先に、黄泉路の手引を通しはせぬよ」
 ウォーレンに計都。大事な友の身を案じる括(e07288)が展開した守護の神域が、ウォーレンらを包む。
「俺ハ、ウォーレン殿に光流殿と幸せになって欲シイ」
(「いいの?」)
 エトヴァ(e39731)の願いに、ウォーレンの鼓動が高く跳ねた。
「俺は、ウォーレンに元気になってもらいてえ。だってそうだろ? 俺はウォーレンにいっぱい元気にして貰ったんだ!」
 広喜(e36130)の届ケ詠も、ウォーレンの迷いを揺さぶる。極めつけは、飛来した藍色の翼だ。
「Indigo!?」
 予想外のIndigoの参戦に、レリエルさえも瞠目する。
「……よく、分かりません。しかし、ヴァナディース様の声が聞えた気がしたのです。本当にしたい事を為しなさい、と」
 夜を伴う翼で病魔を襲ったIndigoも、自身の行動の意味を深く解しているようではなかった。つまり本能だ。今、為すべき最善を択び取る生き物としての。
(「ああ、そうか」)
「ウォーレン、ぶちかましてこい!」
 磊落な広喜の笑い声に、ウォーレンの口の端が上がっていた。
(「僕は、生きたい」)
 理屈とか、これ迄なんて関係ない。誰もが生きたくて戦っている。ならばウォーレンがそうあることを誰が咎めるだろう。有り得ないと諦めていた未来への扉が、目の前にあるのだ。
 身体だけでなく心までをも蝕んだ病と、決別したい。
「僕は、生きる」
 口にして、ウォーレンは微笑む。
「だから病魔を倒す……ううん、病を治すよ」
「レニ……!」
 こんな時まで穏やかなウォーレンの微笑に、光流の心も雪がれる。憎悪に囚われる必要はない。いつも通り冷静に、一切合切の躊躇を捨て敵を討つ。
「それだけやな」
 緩んだ光流の気配に、ウォーレンは一抹の申し訳なさを噛み締める。此処に至るまで、彼にはかなりな我慢をさせてきた。
「ごめんね、ミハル。もう大丈夫。僕が無茶をするのは、これで最後にするから」
「言質は取ったよ、ウォーレンさん! 思い切りぶっ飛ばそう!」
 ネルガルの横やりを押し留めつつ、ジェミも笑う。
 括もエトヴァも、医師として病魔の根絶を果たそうとするウィッチドクターのパラフィールの貌も穏やかであった。
 そんな彼ら彼女らに背を押されるウォーレンは、間違いなく幸せ者だ。

「日も銀河に雨が降るから、一緒に泣いて――踊ろうよ?」
 終わりと解放は、存外に呆気なかった。
 涙をもたらす雨に身を紛れさせ、冥蛇病を祓ったウォーレンは濡れた頬を拭う。
 その胸には数多の想いが到来する。だが噛み締めるのも、酔い痴れるのも、今ではない。
「まだ終わってないよね」
 征こう、と身を翻すウォーレンは、消え逝く病魔を振り返らない。
 自身の決着はついた。なれどデウスエクスはまだ二体。
「大丈夫、勝てるよ」
 季節の魔法が招いた奇跡の邂逅は、ケルベロスの心からの願いの結晶。だから負ける筈などないのだ。

●累病竜ネルガル
『おのれ、おのれ、ケルベロス。赦さぬ、赦さぬぞ!』
 濁った赤い翼が海風を切る。飛び散った海水は穢れを帯びて、ケルベロス達の全身を呪いの雨となって濡らす。
 餓えと力を満たす為に取り込むつもりだった病魔を失ったネルガルの怒りは凄まじい。羽搏きに海が啼き、爪には砂の大地さえ割れた。
 けれども虎の子の浸食がケルベロス達を窮地に陥れることはなかった。彼ら彼女らには潤沢な自浄の加護が宿され終えていたからだ。
「どうか私にお気遣いなく」
「そうか? なら、遠慮なく」
 洗練された筋肉をしなやかに躍動させるジークリットへ声を投げた道灌は、ジークリットの斬り上げる一閃にネルガルの巨体が僅かに浮くのを見止め、ふ、と鼻から短い息を吐く。
 黒牛の獣人たる道灌の目から見ても、ジークリットの地力には恐れ入る。否、ジークリットだけではない。この地に集ったケルベロス達ならば、きっと万全なネルガルとも渡り合えたに違いない。
 されど『もしあの時に』と、振り返る過去に今を重ねることを道灌はしなかった。
 営んでいた孤児院である寺を累病竜ネルガルに襲撃され、多くの子らを喪ったのは事実だ。でも道灌は既に悔恨を乗り越えた。胸に在るのは、復讐ではない。
(「決着を。私だけでなく、どうか計都さんにも」)
 レリエルとウォーレンは既に成し遂げた。残るデウスエクスはドラゴンとダモクレスのみ。ようやく訪れた地球の平和を守る為に、そして計都へ引き継ぐ為にも、ここは大事な局面。
(「確実に、ですが手早く引導を渡して差し上げましょう」)
 ダモクレスの意識がネルガルへ向いている間に終わらせねば、形勢は不利に傾く。そう道灌は判断すると、前衛を与る者たちへ満月にも似る光球を放つ。
(「そういうことなら、前のめりに征かんとな」)
 道灌の意図を組んだ朔耶も、頃合いを察して下支えから攻勢へと転じる。
 多くの加護をケルベロス達へ与えた朔耶だ、敵の動きを鈍らせるのもお手の物だ。
「解放……ポテさん、お願いします!」
 唱句に、朔耶の手にあった杖が白いコキンメフクロウの姿に戻る。
 夜の浜辺を鮮やかな城の猛禽類が翔く。朔耶の魔力をも託されたそれは、意思を持って敵を追う魔法弾。
『!!!』
 腹を穿たれたネルガルの動きが緩慢になったのは一目瞭然だった。
『どこまでも邪魔なケルベロス共よ……!』
「皆さんを穢れさせなどしません」
 足掻くネルガルが舞わせる羽に、ラクシュミも黄金の拳を繰り出す。
 ネルガルの攻撃は、喰らう傍から浄められる。とは言え、一度は身に受けるのだ。痛くないわけではない。
「これくらい、この鍛え上げた体に通じるもんですかっー!」
 計都と並び盾の役目を担うジェミは、気勢を吼えて己に喝を入れる。
 きっとこれが最後の戦いだ。思えば、数え切れないほどの辛い想いも、悔しい想いもしてきた。
(「でも友達が、仲間がいたから戦い抜けた気がする」)
「だから今日も、わたしは友達の力になるのよ!」
 瞬きの間の演算でジェミは的をネルガルの眉間に絞ると、思い切り砂を蹴る。高く結い上げたツインテールの髪が赤い翼のように翻れば、衝撃は生まれる寸前。
「ウォーレンさん!」
 突き出す拳でネルガルの鱗を砕き、ジェミは晴れやかな顏の友へ継ぐ。
 任せて、とウォーレンは応えない。応えるより早く、光流と軌跡を重ねてネルガルを撃つ。レリエルもIndigoと奮戦を続けている。
「風よ……宿星に導かれし者共の因縁を断ち切れ! 烈風!!」
 そしてネルガルの懐へ入ったジークリットも、威力を増した真空の太刀風を零距離から見舞う。
『……、――』
 苦痛にネルガルが大きく仰け反った。がら空きになった胴は、貫いてくれといっているようなものだ。
「仕上げはやはり自分で、だろう?」
「……お気遣い、感謝します」
 一息に自分の元まで退いたジークリットの促しに、道灌は癒す手をしばし休め、秘術を練る。
『ぬおおお、やめろ、やめろ、やめろおお』
「全てを、あるべきところへ」
 ネルガルの怨嗟は精神の静寂の内へ押し込め、道灌は失われた時の世界から得た秘術を昇華した最終術式を発動させた。
 夜明けの空に似た輪廻の光を灯る。
 その蒼白い灯を携え駆けた道灌は、累病竜ネルガルへ触れた。ただ、それだけ。それだけで、ドラゴンの身体と生命は崩れ逝く。

「……終わりましたよ」
 呼吸を整えようと落とした瞼の裏に、道灌は子供たちの笑顔を見た気がした。

●ジオディバウラー・ドゥラッヘ
 耳障りな駆動音が轟き、小柄なリキが吹き飛ばされる。力無く描かれる放物線に、朔耶は唇を噛み締め、最後の一体になったダモクレスを視界の中央に収めた。
「戦線を――っ」
 立て直そう、と繋ぐつもりだった台詞を朔耶は飲み込む。既にケルベロス達は動いている。これならば何とか保つだろうと思えたのだ。
(「大丈夫、いける」)
 ほぼ無傷なダモクレスに対し、ケルベロス達は二戦している。が、助力に駆け付けてくれた者たちのお陰もあって、回復に不足はない。
 精神は疲弊していても、身体は動く。これくらいの苦境、嫌というほど経験している。
「負けられない理由があるんだよ、デカブツ野郎!」
 それに走り出した計都は止まれそうにない――そう誰もが思うくらい、計都は常の理性的な佇まいが嘘のような苛烈さを顕わにしていた。
 むしろこの時までよく堪えた、が正しいかもしれない。
(「遂に、遂に……遂に見つけたぞ! 俺の家族の! 島の皆の仇ッ!」)
 『ジオディバウラー・ドゥラッヘ』などという御大層な名前を計都は識らない。知るのは、故郷の島をそこに住む人々ごと破壊されたという過去(じじつ)のみ。
 唸りを上げて疾走する獅子王丸から跳んだ計都は、大気の摩擦をも味方につけて巨大なダモクレスを足蹴にする。
 躱しようのない痛撃に、無数のドリルの一本が砕けた。直後、ダモクレスの長い躰が節で分かたれ、四方へ飛散する。
「させるかよ!」
 無我夢中で計都は身体を張った。受け止めたのは三つ。逃した残りはジェミや獅子王丸を信じることにする。
 捉えてなお動きを止めない鋼に、計都を覆う装甲に罅が走り、圧に骨が軋んだ。
「痛ぇ……違う、そうじゃない。島の皆は痛いとも言えずに貪られたんだ。この程度が何だ!!」
 唇を噛み締めているのか、内臓が傷んだのか。計都の荒い息に血が混じる。発する言葉も強がりだ。そうと分かりつつウィッチオペレーションを施す道灌は、計都を退かせようとはしない。
 此処は計都にとっての分水嶺。未来に負うものが変わる正念場。
「先輩、ええとこみしてな!」
 より計都の攻撃が通りやすくなるよう、光流は仄暗く冷たい波で巨体の機動力を奪う。タイミングを合わせたウォーレンは、鋼の鬼と化したオウガメタルでダモクレスの体表を砕いた。
 全員が、計都に本懐を果たさせようとひたすらに奮起する。
 停戦を知らないのか、それとも自身の意思で戦い続けることを択んだのかは定かではないが、ジェミだけはかつての同族を僅かに憐れむ。しかしそのジェミも、今やすっかり地球の住人だ。
「だから、ケルベロスとして……勝つわよ!」
 脆くなった個所を狙い、ジェミも守りを砕く拳を打ち重ねる。そこへ朔耶がコキンメフクロウを飛ばすと、ジオディバウラー・ドゥラッヘは雁字搦め一歩手前だ。
 それでも容易く落ちるダモクレスではない。巨躯に相応しい生命量は、削り切るのに相応の手数を要す。
「おやすみなさい、よい夢を」
 レリエルは妖精たちの間に伝わるらしい子守唄を歌い、ダモクレスを眠りへ誘う。
 ジオディバウラー・ドゥラッヘが自傷に走ったのは、レリエルの歌が三度響いた後だ。その間、ケルベロス達は渾身を振り絞り続けた。
 一撃に己の最善を込める。括は守りを強固にし、リビィは光刃の圧で巨体を圧し折り、カイムは装甲を破り、バラフィールと広喜とエトヴァ、レリエルが連れた翼猫のプチも仲間たちの回復に尽くした。
 そうして、ようやく。
「そろそろ壊れろよ」
 太刀を鞘に納めたジークリットの拳に全身を揺るがしたダモクレスが、なおも繰り出した突進を受け止めたジェミは目を見開く。
 碌に這いずることも出来ないのを加味しても、威力が半減していたのだ。鼓膜が拾った小さな異音も、ジェミの確信を裏付ける。
(「これは、壊れる」)
「計都さん!」
 振り返り、叫ぶように呼ぶ。
 呼ばれた計都は全てを察し、割れた頭部装甲から覗く口元を微かに――ほんの微かに――弛めた。
「ありがとう」
 皆の視線を一身に浴びて、計都は感謝を呟く。
 きっと一人では辿り着けなかったゴールだ。ありったけの憎しみをジオディバウラー・ドゥラッヘへぶつけられたのも、この砂浜に集ってくれた皆のおかげ。
 悔いが無いかと問われたら、答えは『ノー』だ。だってそれは、誰も喪わずに済んでいないと選べない。
 還らないものは、還らない。二度と抱き締められないし、笑いかけることもできない。
 それでも、それでも。
(「時間がかかって、悪かったな」)
 胸中で黙祷を捧げ、計都は『北條計都』として得た全てを仇敵へぶつけるべく、師匠から受け継いだ機巧刀【焔】を取り出す。
「覚えておけ……」
 吹き上げた熱が、一刀を形作る。故に、構えは二刀。実体を持つ一振りと、幻の一振りを計都は構えて踏み込み、薙ぎ払う。
「これが! 俺の精一杯だァァッ!!」
 巨大ダモクレスの爆発に、風が逆巻き、爆ぜた炎が夜空を焦がす。
 覚えておけと命じられたジオディバウラー・ドゥラッヘに、記憶を留めるだけの一瞬もありはしなかった。

●七月七日
 並んで波打ち際に座るウォーレンの横顔を光流は盗み見た。月と星の光に照らされた愛しい人の肌は、これまでより輝いている気がする。
「ミハル?」
 視線に気付いたのだろう。ウォーレンが小首を傾げ、光流を見た。
「ごめんね。今まで沢山、無茶をさせて。でも僕の最後の無茶はもう終わったから」
「レニ……」
 鮮やかな微笑みに、光流は言葉を失う。この様子だと、万一の時は取り返しのつかない無茶を光流がしようとしていたことも、ウォーレンは察していたのかもしれない。
「ありがとう、ミハル。これからもよろしくね」
 未来を約束する言葉に、光流を幸福の波が包む。
「こっちこそ……よろしくな、レニ」
 ――ウォーレンの胸元に刻まれていたタトゥーは、完全に消え去っていた。

「意思が濁れば意地になる……何にせよ、コレでよかったんやろうね」
「良かったんです、間違いなく」
 自問めく朔耶の科白に、道灌は静かに是を唱える。
 三つの宿縁には終止符が打たれた。残る一つは――。
「もっと良い方向へ進んで行きます」
 踝まで水に浸かり、並んで満天の星空を見上げるレリエルとIndigoの姿に、道灌は新たな未来を視る。レリエル達ももしかすると、『これから』について話し合っているのかもしれない。

「大丈夫ですよ、きっと」
 遠く離れた砂浜に一人で座る計都を案じるジェミの肩を、ラクシュミが撫でる。
 計都にはもう少し整理の時間が必要だろう――でも。
「そうね、きっと大丈夫ね。そうやってケルベロス(わたし)達は乗り越えて来たもの」
 頷くジェミの笑顔には、この夜二度目の確信があった。

 二つの星を指先で結んだジークリットは、戦闘の痕跡をも洗い流す波音に耳を傾ける。
 すぐには定まらないものもあるだろう。しかし試行錯誤の時間は幾らでもある。
「いずれ形になっていくだろうさ」
 だってもう未来は手の中だ。

作者:七凪臣 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2021年7月22日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 1/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 7
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