七夕ピラー改修作戦~ケルベロス戦紙、出陣せよ!

作者:秋月きり

「みんなっ、ケルベロス・ウォーの勝利、おめでとうっ!」
 ヘリポートは今や、ケルベロス達への祝辞で溢れている。リーシャ・レヴィアタン(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0068)の浮かべた笑顔も、その一つであった。
「ダモクレスの首魁、アダム・カドモンを撃破したことで、主立ったデウスエクスの勢力は全て壊滅した。これは、地球の平和を達成することが出来たって事よ」
 それはケルベロス達の目指した勝利だ。
 危機もあった。様々な課題もあり、薄氷の上を歩む様な勝利もあった。多種多様な困難にも打ち勝ち、そしてようやく得た結末だった。
 だからこそ、常に彼らと共にあり、彼らを見守ってきたヘリオライダーはその言葉を告げる。
 おめでとう、と。
「さて。そのアダム・カドモンが遺した資料からなんだけど、破壊されたゲートの修復を行った上で、ピラーへと戻すことが出来そうなの」
 ただし、それには条件がある。曰く、『ゲートを修復し、ゲートをピラーに戻す』為の季節の魔力――特別な季節な魔力が必要となるのだ。
「そう、『銀河を超えて、遠く引き離された二つの地点を結び併せて邂逅させる季節の魔力』、ね」
 意味有り気な微笑は、それの答えを知るが故にか。
「そう。『七夕の魔力』よ」
 牽牛と織姫の逸話を鑑みれば、確かに、と頷かざる得ない。
 或いは、とも考えられる。その魔力があるからこそ、アダム・カドモンはこのタイミングで決戦を挑んできたのかも知れない。
「戦争直後で疲れている処、申し訳ないんだけどみんなには7月7日に開かれる七夕のお祭りに参加して、七夕の魔力を集めて欲しいの」
 現在、日本全国の自治体に連絡し、七夕まつりへの市民の参加を要請している、とのことだ。
 例年であれば旧暦の七夕――つまり、8月に祭りが行われる地域であっても、それは例外ではない。今年に限って7月7日の運営をお願いし、交渉しているところだと言う。
「ただ、一ヶ月の前倒しだから、色々と厳しいようなのね」
 そんな状況ゆえ、ケルベロスの皆の力が必要なのだ。ケルベロスの皆の力があれば、必ずや準備は間に合うに違いない。
「それで、七夕のお祭りが盛大であればあるほど、多くの魔力が集まるわ」
 ケルベロスの参加自体、祭りを盛り上げる要素となるが、ケルベロス達によるサプライズ企画や目玉があれば、参加者である各地の市民の皆はもっと喜んでくれるだろう。
 準備を手伝いつつ、そう言う事を考えるのも良いかも知れない。
「で、みんなには、大分県大分市で開催される『府内戦紙』と言うお祭りに行って貰おうと思うの」
 ふないぱっちん。一説にはメンコの大分方言である『ぱっちん』が当てられたと言われるお祭りだ。
 要するに電飾を施した山車を、様々な団体が神輿として引き回し、様々なパフォーマンスで観客を楽しませる、と言った物。
 山車は一般的には武将の姿を模した物が多いようだが、近年では竜や獅子などの『勇壮』な姿を象っていれば何でもあり、ともなっているらしい。
 つまり、だ。
「ケルベロス戦紙とかいいと思うな」
 対デウスエクスの勇壮な絵巻を表現しても良いし、なんだったらケルベロスの凜々しい姿でも喜ばれるだろう。
「パフォーマンスも色々ね」
 歌も踊りも喜ばれることは間違いない。自他問わず危険な行為は駄目だが、それ以外なら事前許可さえ取れば、目こぼししてくれるだろう。多分、きっと。
「……と言う訳で、私も参加することになりました」
 あはは、とグリゼルダ・スノウフレーク(ヴァルキュリアの鎧装騎兵・en0166)が苦笑いを形成する。
 夜の町に光の翼を持った彼女が飛び回る。それだけでも充分な経済効果が期待出来そうではあるが……。
「でも、みんなが楽しみ、みんなが楽しませる。それが季節の魔力を手に入れるのに重要なファクターよ!」
 本人も遊びに行くつもりなのか、鼻息荒くリーシャは右腕を上げる。おーっとグリゼルダが賛同を見せるのは、彼女なりにもお祭りを楽しみにしている為だろうか。
 さぁ。
 少し変わり種な七夕のお祭り。
 貴方も楽しんで見ては如何だろう?


■リプレイ

●七夕の夜へと
 2021年7月7日。
 時候的には梅雨。だが、幸いかな、その日の大分県の天気は晴天であった。
「雨でなくて幸いですね」
 グリゼルダの表情は、そんな青空に匹敵しそうな、満点な笑顔だった。
「あら? よく知ってるわね」
 何処かで七夕の逸話を学んだのだろう。えへんと胸をはるグリゼルダに、リーシャは微笑ましさすら感じてしまう。
 七夕の魔力は季節の魔力だ。祭りを楽しむ気持ちが集まれば、たとえ晴天だろうと雨天だろうと、それがもたらす結果は変わらない筈だ。そしてもしも、雨天だったとしても、七夕には白鷺による橋渡しの逸話もある。祭りは開催され、充分な魔力を集めることは可能だろう。
(「それでも、雨じゃなくて良かったわ」)
 だが、ヘリオライダーは戦乙女と同じ台詞を、内心で反芻する。
 此度の七夕祭りは、例年の祭りとは大きく変わり、ケルベロス達の勝利を喜び、多くの人が楽しむ物と化していた。ならば、それは晴天こそ相応しく思える。
 これこそ祀り――喜びを、願いを天に捧げる祭事であるのだ。
「さて、それじゃ、お祭りを楽しみましょうか」
 鉢巻きに法被、股引きに足袋姿と、頭から足先まで完璧な祭り装束の彼女もまた、その祭事を真っ向から楽しむ発起人の一人であり、一員でもあった。

 緩やかに、夜の帳が降りていく。
 七夕とは、夜のお祭りだ。それは恋人達の逢瀬に似て秘めやかに、されど、それは華々しく、艶やかに。
 静かに時を過ごす筈だったそれは、しかし、今や煌びやかなお祭りとなった。
「だれでもかれでも、どこでもここでも、なんでもかんでも」
 祈りの語句の元、人々は電飾の輝きの中で踊る。それが、聖句と告げようとするが如く。

「あ、リーシャさん!」
 自身を呼び止めたのは元気なドワーフ娘――シルディだった。傍らに立つオオアリクイは、オウガメタルが擬態化した姿だろうか。
「ようやくここまでこれたね」
 煌びやかに輝く山車の上で、彼女は遠い目をする。
 ここまで色々あった。そしてそれを全て乗り越えた。その果てに彼女が見た夢が叶ったのか、それは彼女にしか判らないことだろうけれども。
「みんなで楽しむよ。セイヤ、セイヤってね」
「ふふ、そうね」
 純粋な地球人も、それとは異なる同胞達も。
 この祭りを楽しむ為に、集まった全ての人々がそうであればと願う。

「おらおらー、ケルベロスのお通りだぁー」
 青い狼型の山車を引き、【天牙】の一人、煉が町を駆け巡る。
 ふと空を見上げて微笑する。視線の先には光り輝く蝶の群れと共に飛ぶ姉の姿があった。望み通り、空飛ぶグリゼルダと、遊覧飛行を楽しめているようだ。
「本当、終わったんだな」
 怖々と、それでも何とか空中で手を繋ごうと伸ばす姉の姿に目を細めながら、煉は独り言ちる。
(「やったぜ、俺達」)
 それは大切な人への宣言であり、そして、伝わって欲しいとの願いでもあった。

「……とは言え、派手よねぇ」
 聞けばケルベロス側が出展した山車だけでなく、民間企業の山車もまた、派手な装飾が施されていた。
 例年より一ヶ月も前倒しを行い、それでも更に盛大な祭りになっているのは、練り歩く山車の煌びやかさが理由と言っても過言ではないだろう。
「どうやら、アンヴィルの手による物らしいです」
 グリゼルダの言葉に、成る程と頷く。
「で、その本人は?」
「何処かにいると思うのですが……」
 祭りを派手にした張本人はしかし、その会場に足跡を残していない。
 まさしく神出鬼没の一言を体現していたのであった。

●ケルベロス戦紙、出陣せよ!
「レッツ、ケルベロスライブ! ロックン、ロール!!」
 ひときわ巨大な山車の車上は、今や大仰なステージと化していた。
 ギターを奏でるシィカは、輝く大勇者の張り子を背景に、熱狂的な音と歌を奏でている。
「皆さん、盛り上がっていくデスよー!」
 その声は高らかに。地の底にも、そして天にも届けとばかりに咆哮する。
「これまで消えた命、これから生まれる命。そのぜーんぶに平和が訪れますように、デス!」
 それが、彼女が貫き通した想いの結果への願い。岩をも貫けと、再び声を張り上げる。

 派手なマイクパフォーマンスと演奏の余韻も覚めやらぬ中、更なる歓声が会場を埋め尽くす。
 祭りの主会場となった通りに広がるのは先のステージよりも更に巨大な山車――複数の小剣型艦載機を載せた山車の姿だった。
 共に舞う赤い蜂をしたドローンは、クロウお手製の物。それらを操る彼らの正体は、一目瞭然であった。
「やあやあ皆さん緋色蜂師団で御座います。覚悟しろ!!」
 豪華絢爛に輝く山車を引くグリムは和やかに笑う。
「つまり、府内戦紙とは和風エ……もとい、行進と言う事でございますね! 百鬼夜行的な!」
 微妙な単語を飲み込む様は流石だった。平和とは斯くも尊い物なのだ。
 煌びやかな電飾を背景に、幾多の人影が舞う。よく見ればそれは全て同じ顔――第一の踊り手は自身の分身と共に花びらを纏いながら舞う果乃であった。
「みんなー! ボクたち緋色蜂師団だよー! 全世界決戦体制でいつも共に戦ってくれて、ありがとなんだよー!」
 艦載機をも足場にして、身軽にステップを踏む瑪璃瑠の笑顔は朗らかに。運悪く装飾が潰れてしまっても問題はない。ヒールグラビティが損傷を補修してくれるからだ。
「よもやそんな使い方が!」
 と、空から見下ろしていたグリゼルダが驚愕したとかしなかったとか。
 さて。
 そんな瑪璃瑠を追う一つの影があった。巨大な旗を振るレプリカント――鋼だ。
 甲冑じみた体躯が振り回す旗は力強く、そして遙かに大仰な物。だからこそ、周囲の歓声をひときわ集める事となった。
「うむうむ。受けておる。受けておる」
 工作にパフォーマンスにと、これも全て奇襲準備に鍛えられた物。それが平和転用されている事実に、括は満足げに頷く。
「……あれ? 凱旋ってこんな感じでしたっけ?」
 観客の笑顔がある。いわゆる映えもある。だが、厳かさは何処に行ったのだろうと、小首を傾げる計都。しかし、その笑顔と手振りが観客に向けられているのは流石であった。
「さて。次なるは我らが得手。『奇襲』ですよ!」
 バラフィールの言葉に、山車の周囲を舞う幾多が、思い思いに空へと飛ぶ。ある者は自身の翼で。そしてある者は自身の脚力で。
 空から降りてくるキラキラとした雪のような輝きは、ヒールグラビティの残滓であった。
「緋色蜂師団、いっくぜー!」
 観客の視線が山車の頂点に集まった次の瞬間、振り上げられた拳と共に響いたのは恵の声だ。ケルベロスコート姿の彼は、まさしく歴戦の勇者。勇ましさと相俟った歌声に、観客は元より、仲間内からも黄色い歓声が響き渡った。
 それらを満足げに受けた彼は、そして次のパフォーマンスへと移っていく。ぱさりと空を舞うケルベロスコート。そして――。
「えっ? 立花さん?! だが、それが良い!!」
 ペンライト宜しく、炎抱く剣を振る計都を始めとした憧憬、或いは好奇な視線に、流石に場数を踏んだとは言え、赤面を隠せない恵の姿があった。
 上半身は薄手のブラウス。下半身は腿が露わなミニスカート。所謂アイドル衣装であった。
「よもや、恵にそのような趣味が……いや、以前からか」
 とは彼を知る鋼談であった。
 さておき、観客を含めた人々が浮かべる笑顔は、彼らが呼び覚ましたもの。そして、彼らが守ったものだ。
「さぁみんな一緒に!」
 括の扇動で、皆の唱和が響き渡る。
「「ひゃっはぁー!」」

 さて。
 ケルベロス達によるパレード――お祭りの名を頂き、ケルベロス戦紙と呼称する――は、今回の七夕祭りの目玉であった。中でも延べ9名のケルベロスによる演舞や艦載機群による山車を引く【緋蜂戦紙】の面々によるパレードは、その目玉の中、頂の双局を為す一角であった。
 ――祭りの目玉の頂点はもう一つ聳え立っていた。

「さあ、引きましょう!」
 それが起きたのは、翔の掛け声が響くと同時だった。
 狼を模した山車の周囲に七色の爆煙と共に、派手な音が響き渡ったのだ。しかし、それはテロリズムなどでは無い。エマが放ったブレイブマインによる爆音と煙幕は、衆目環視の視線を集めることに成功したようだ。
(「でも、何故狼型なんだろう?」)
 人々に気付かれないように、小首を傾げる。ベオウルフとは北ヨーロッパに伝わる英雄の名であり、ウルフ、即ち狼とは関係ない筈だ。
(「まぁ、いいか」)
 そう言う緩さもまた、祭りには大切なことだろう。
 力強く山車を引こうと進み出る翔も、山車の周りで随伴宜しく進み出す面々も、皆、一様に輝いている。それは、祭りそのものを楽しむ表情であった。
 そして、ゆるりと狼が歩み出す。静かに、しかし、ギラギラと派手に。夜天すら焦がしそうなその装飾類は、いつの間にかスポンサーに名乗り出たルーシィドが用意した物だ。
「いやはや、マネーギャザってそういう風に使う物でも無いような、間違っていないような」
 しかしこれが結果として経済を回し、疲弊した地球や地域を潤す結果となるのだ。何も問題は無い。そんな裏事情を知ってしまったリーシャは、しかし、彼女の機転に思わず感嘆してしまう。
 先程の【緋蜂戦紙】が派手に舞い踊る蜂であるならば、こちらは鋭く刺す狼だ。
 口を開け、がああと咆哮する様は、巨大なサーヴァントの到来すら思い浮かべてしまう。
「むぅ。ゲーミングベオウルフだ」
 これは周囲でわっしょいと盆踊り風のパフォーマンスを行うリリエッタ談。法被にサラシ姿と言う祭りスタイルが、細身の身体によく似合っていた。
「ルーさんすごい本格的!?」
 驚きを隠せないのは、ミリムも同じだ。リリエッタと同じく法被姿の彼女は、思わず踊りの手を止め、山車に見入ってしまう。
 そう。ケルベロスですら魅了する山車だ。それを目の当たりにする一般人達の心境は斯くやと言った処か。歓声と拍手が最高潮と言わんばかりに空気を震わせていた。
「みなさま、頑張って下さいませ」
 瑠璃音の大うちわと、両翼が巻き起こす風は、熱気に染められた夏の空気を、一辺に吹き飛ばしていく。それはケルベロス達に活力を、人々に英気をもたらす福音でもあった。
「ちょっとだけ、屋台を楽しみたかったですね」
 和の外で、賑やかに輝く食事の色を見出してしまった翔が、くぅっと表情を歪める。
 パレードが終わった後のご飯はきっと美味しい。そう、思い直すことにした。

●守ったもの、守られたもの
 さて、少しだけ祭りの話をしよう。
 祭りとは大きく、二つのグループに分けられる。
 一つは祭りを運営する者。主催者や協賛者にのみならず、山車を引き、祭りを盛り上げるケルベロス達もその一員であった。
 そしてもう一つは、祭りそのものを楽しむ者達。
 屋台巡りを謳歌する【シャングリ】の面々は、まさにそれであった。

「こうして皆と遊ぶのは初めてかも!」
 両腕を上げ、マイヤが全身で喜びを表現する。その傍らのラーシュもまた、主に良く似た表情で、喜びの声を上げていた。
「そうですね。このメンバーでこうして遊んだことって、あまりなかった記憶です」
 だから、今日は目一杯楽しもう。
 環の言葉に、一同は強く頷く。今回も、そして次回も、沢山の思い出を紡いでいこうと。
「楽しそうでいいですね」
「テンション上げていこーぜ」
 にこりとカロンと清春が笑えば、既に皆の行く先は決まった。
 折角なので、狙うは屋台の全店舗制覇だ。闘技場を主体とした武闘派旅団の名は伊達では無い。
 綿飴にリンゴ飴、チョコバナナにたこ焼き、焼きそば。夏に相応しいとアイスクリームが飛び出せば、いやいや、屋台にはじゃがバターだろうと、別の意見も飛び交い出す。
「うん、なんだか感慨もひとしおだ」
 頷く鐐の表情は、しかし、幾らか昏い。
 どうしたのかとマイヤが問えば、
「まだ、実感が湧かなくてね」
 ここまで平和を勝ち取る為に戦った。そしてそれらの行く先に、平和を勝ち取った。その事実を実感するのに、まだ時が必要なのかもしれない。
「そうだね」
 その想いはソロもまた抱いていた。祭りに関わる出来事は、彼女に幾多もの複雑怪奇な思いを抱かせている。
 だが、戦いは終わった。自分の願いもその先で、いつか叶うかも知れない。
「ま、つまりはこういうことだろう」
 そんな二人の肩を叩き、清春がプラコップを差し出す。
 呑兵衛には地元の伏流水で作った地ビールを、或いはカボスという名の柑橘類の風味が強いワインやフルーツビールを。そうでなければ、水郷の里と名高い町の水を加工した炭酸水を。
 飲めば平和を実感する。屋台で皆が買い集めた熱々のつまみがあれば尚更だ。幸せとは、そう言う物なのだ。
「そう。みんなで食べよ。見て、見て、とてもおっきい」
「積乱雲か!」
 巨大過ぎるほど巨大な綿飴をエヘンと翳すオルティアに、一同から総ツッコミが入る。反利き手にはイカ焼きやらフランクルフルトやらかき氷やらと、目に付く物全てに手を出したと思わせるような食欲の権化っぷりに、ソロが一瞬、目を白黒させる。幸いかな、それに気付く者はいなかったが。
「こっちは焼きトウモロコシだよ! この時期の名物なんだって!」
 サーヴァントのぶーちゃんと共に、完熟メロンを超えるとの謳い文句だったトウモロコシを抱え、言葉もまた、おつまみとそれらを寄せていく。手には淑女宜しく、祭りの定番、レモンサワーがしゅわっと泡立っていた。
「わたしもラムネとか、買ってきたよ!」
 マイヤの呼び掛けに、未成年者達もまた、思い思いの飲料に手を伸ばす。
 賑やかな声。賑やかな音楽。そして、背後に揺れる煌びやかな山車。
 突如降臨したアイドルに盛り上がる山車がある。空を飛ばん勢いで振り回される狼の山車もある。
 それもこれも、平和を示すようであった。
 そこに美味しい料理がある。仲間達もいる。そして、皆で笑い合える。
 それが、皆が願った世界であり、そして、それが実現した証しが、今、目の前にある。
「……ところで、平和が続くと、戦う必要がないって訳で、そうすると、カロリー消費も減りますよね?」
 この世の真理を突いた環の台詞に、一同の表情がぴしゃりと固まった。
「案ずるな」
 だが、それを強く否定する者が居た。ハルだ。シャドウエルフ特有の美貌に浮かぶ笑みは、妖艶さすら、醸し出していた。
「まだ終わっていない。闘技場も、そして、これからのことも。この祭りは、平和への第一歩に過ぎないからね」
 季節の魔力が集まれば、事が動く。平和は始まったが、真の平和はまだ掌中に無いと、彼は笑い、そして。
「それが終わったあとは頑張れとしか言えないが」
「いや、無体だな」
 だが、皆が冗談を交わし笑い合える未来が来て欲しいと、カロンもまた、願うのであった。

「ねぇ、グリちゃん」
 鈴は問う。当初は敵と立ち塞がった彼女に。今は共に歩く仲間の彼女に。
「まだまだやることは山積みだけど、私たち、勝ったんだよね」
「ええ、そうですね」
 だから、礼を言いたかった。彼女だけで無く、定命化を選んだ、地球を愛してくれた元侵略者達に。
「ありがとう」
 これからも、ずっと一緒に。
 その想いは、迎え入れる皆が抱いている望みの筈だ。

 そして、祭りもいつしか終わりを迎える。
 始まりがあれば終わりもある。
 これもまた、世界の真理であった。

 その筈だった。
「くしゅん」
 夏の夜気の中、冷たいベンチの上でアンヴァルが盛大なくしゃみと、そして伸びをする。
 時計を見れば、既に深夜を回っていた。おかしい。自分の記憶が確かなら、太陽はまだ沈んでいなかった筈なのに。
「ちょっとうとうとしたら祭りが終わってた!!」
 疲労からくる寝落ち故、誰もが気遣って彼女を起こさなかったのだろう。その気遣いがむず痒く、そして今回に限っては悔しかった。
 それは、ケルベロス達が勝ち取った平和な夜だった。それを体現する祭りも終わり、皆が平和を享受し始めた、そんな始まりの夜だった。
 ただ、その中で、彼女の絶叫が響いていった。

作者:秋月きり 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2021年7月14日
難度:易しい
参加:29人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 7/キャラが大事にされていた 0
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