ミッション破壊作戦~遠き彼岸へ還らばや

作者:柊透胡

「……定刻となりました。依頼の説明を始めましょう」
 タブレットを一瞥し、ヘリポートに集うケルベロス達を見回す。一連の動きも淡々と、都築・創(青謐のヘリオライダー・en0054)は静かに口を開いた。
「私からは23回目のアナウンスとなります。今回は『屍隷兵』のミッション破壊作戦です」
 デウスエクス侵略の前線基地とも言えるミッション地域、そのの中枢たる強襲型魔空回廊を破壊するミッション破壊作戦――その要は、『グラディウス』だ。長さ70cm程の『光る小剣型の特殊兵器』を以て、強襲型魔空回廊を『攻撃』する。
「ジグラット・ウォーに於いて多くの『グラディウス』を確保した事と、更に万能戦艦ケルベロスブレイドの『グラディウスチャージ機能』搭載により、ミッション破壊作戦をより迅速に行なえるようになりました」
 その甲斐あって、残る屍隷兵及び、螺旋忍軍のミッション地域の解放は順調だ。
「だからこそ、思わぬ所で足元をすくわれないよう、皆さんでしっかり相談して作戦に当たって下さい」
 かつて、ドラゴン「冥龍ハーデス」によって創造された「不完全な神造デウスエクス」――屍隷兵。
 その製法が各方面に流出した事で、各ミッション地域の所謂『黒幕』も又、多岐に渡っていた。それも、今は昔となりつつある状況ではあるが。
「……強襲型魔空回廊はミッション地域の中枢にあり、正攻法で辿り着くのは困難です。ヘリオンデバイスが使える現状でさえも、敵にグラディウスを奪われる危険もあり得ます」
 故に、ミッション破壊作戦では、『ヘリオンによる高空降下作戦』を行う。
「強襲型魔空回廊を覆う半径30m程のドーム型バリアに、グラディウスを接触させて『攻撃』します」
 攻撃対象が巨大故に高空からの降下作戦が有効なのも、作戦開始の頃から変わりない。
「計算上、8名のケルベロスが、グラビティを極限まで高めた状態でグラディウスを使用し、強襲型魔空回廊に攻撃を集中させれば……その一撃で、破壊も可能なようです」
 尤も、降下作戦のダメージは蓄積する。降下作戦を繰り返せば、何れはどんな強襲型魔空回廊を破壊出来るだろう。
「強襲型魔空回廊の周囲には強力な護衛が常駐していますが、流石に高高度の降下攻撃は防げません。更に、『攻撃時』に雷光と爆炎が発生し、グラディウス所持者以外は無差別に害を被ります」
 ケルベロス達は、この雷光と爆炎によって発生するスモークに乗じて撤退する事になる。
「数が増えても、グラディウスは貴重な兵器です。悪戯に喪う事の無いよう、けして無理はしないで下さい」
 勿論、強敵ほど混乱状態から抜け出すのは早いものだ。屍隷兵との交戦は避けられない。
「幸い、混乱する敵同士に連携はありませんので、強敵であっても単体が相手です。速攻撃破の上、早急に撤退して下さい」
 ミッション地域での撤収は、時間との勝負だ。万が一にも時間が掛かり過ぎて、敵の包囲網が完成してしまえば……降伏か、或いは暴走して撤退か。最悪のケースも留意しておくべきだろう。
「ミッション地域毎に、現れる敵の特色も異なります。敵のグラビティについては、把握しておくに越した事は無いでしょう」
 昨今の作戦発動のペースを鑑みれば、遠からず、完全解放は叶うだろう。デウスエクスの前線基地の解放は、最後の1つが潰えるまで、継続すべき重要な作戦なのだから。
「どうぞご武運を……ヘリオンより、皆さんのご活躍を祈ります」


参加者
エステル・ティエスト(紅い太陽のガーネット・e01557)
シルディ・ガード(平和への祈り・e05020)
霧崎・天音(ラストドラゴンスレイヤー・e18738)
ゼー・フラクトゥール(篝火・e32448)
灰山・恭介(地球人のブレイズキャリバー・e40079)
リリエッタ・スノウ(未来へ踏み出す小さな一歩・e63102)
ニケ・ブレジニィ(マリーゴールド略してマリ子・e87256)
九田葉・礼(心の律動・e87556)

■リプレイ

●ミッション38-1「石川県かほく市」
 石川県かほく市――古くは、能登地方と加賀地方を繋ぐ宿場町として栄えたという。日本海を臨む県の中部に位置しており、風光明媚な土地柄。豊かな自然に育まれた農作物が自慢とか。
 かほく市に、突如屍隷兵(レブナント)が現れて以来、今回が初のミッション破壊作戦となる。
「避難してる人の話だと、ほんとなら今頃ブドウの収穫期なんだってね」
 灰山・恭介(地球人のブレイズキャリバー・e40079)と地図を広げて撤退ルートを選定しながら、ため息混じりに呟くシルディ・ガード(平和への祈り・e05020)。地球とデウスエクスのより良い未来を目指しているからこそ、侵略の楔は残らず抜いてしまわねばならない。
「そう……ニケはミッション破壊作戦、初めてなんだね」
「は、はい!」
 表情乏しく平静に見えるリリエッタ・スノウ(未来へ踏み出す小さな一歩・e63102)と対照的に、ニケ・ブレジニィ(マリーゴールド略してマリ子・e87256)は緊張の面持ちか。配布されたグラディウスを握り締め、霧崎・天音(ラストドラゴンスレイヤー・e18738)の掌上に浮かぶかほく市の立体地図で、現在位置と戦場、撤退予定経路を何度も確認している。
「大丈夫。リリも、サポートするから」
「地上に降りたら、グラディウスはしっかり仕舞いましょう。万が一、倒れそうになったら誰かに預けると良いです。私もそうします」
 ケルベロスとなったタイミングはダモクレスとの決戦直前と、まだケルベロス歴2ケ月と経っていない九田葉・礼(心の律動・e87556)だが、屍隷兵のミッション破壊作戦には積極的に参加している。
「スノウさん、九田葉さん、ありがとうございます。頑張りますね!」
 見るからに歳下ながら、経験者の言葉は頼もしい。漸く肩の力が抜ける思いで、ニケは金髪に咲くマリーゴールドのように唇を綻ばせる。
(「作戦に馴れた者とも、初めて挑む者とも上手く協力して、バリアを破壊したいものじゃ」)
 傍らのボクスドラゴン、リィーンリィーンを撫でながら、そんな若いケルベロス達を見守るゼー・フラクトゥール(篝火・e32448)の表情は穏やかだ。
「さて、大きな戦いの後ではあるがのぅ」
「……全ての戦いが終わった今でも……私達がやらなきゃいけないことは、まだある……」
 天音が静かに抑える懐には、1枚の写真が仕舞われている。それは、屍隷兵が生み出された島での集合写真――ダモクレスとの決戦を乗り越え、もうデウスエクスへの怒りはないけれど。
(「今は、悲しみの方が強いかな……」)
 彼ら屍隷兵も眠らせてあげたいと、思っている。
(「後1歩……」)
 一方、ヘリオンの窓から地上を見下ろすエステル・ティエスト(紅い太陽のガーネット・e01557)の脳裏にも、これまでの歩みが去来する。
 中学の授業中、襲来したデウスエクスに友を皆殺しにされて――憎しみを力に換えてきた10年。地球を狙う敵を総て駆逐すれば、復讐は終わる。
「敵は全員殺す。1匹たりとも逃がすものか!」

●安息を希いて
「都築さん、『コマンドワード』をお願いします!」
「了解しました。……ヘリオンデバイス・機動! ――ご武運を」
 ニケの要請に応えたヘリオライダーのコマンドワードが、ケルベロス達の耳朶を打つ。即座にヘリオンデバイスの援けを実感しながら、彼らは次々とヘリオンから宙へ身を躍らせる。
 ――――!!
 魔空回廊目掛けて、ニケがまず叩き付けたのは、グラビティ製の塗料。ペイントラッシュのマーキングを目標に、重力に逆らわず落下する。
(「私が最初にお世話になった一体型デスクトップパソコンの会社が、この市にあります」)
 パソコンを組み立てた人達の住まいだって、きっとこの市に在る筈だ。
「これ以上、彼らの生活を脅やかす事があってはならないです、絶対に!」
(「大戦は終われども、まだ居場所を追われた人々がいます」)
 エステルも、彼らに早く安寧を届けたい。行先を失った屍隷兵が暴れるかもという不安を、打ち消してあげたい。もう終わったんだって、実感してほしい。
(「殆どの人にとって、生活とは身の周りのことだから」)
 デウスエクスの地球侵略は終わった。エステルとてこれ以上、憎しみを抱き続ける必要はないのだ。だから、そんな気持ち全てをグラディウスに籠めて――此処に置いていく。
「行け! ぶち破れ!」
 そして、シルディは思う――ダモクレスとの決戦に勝利し、地球は転換期を迎えた。
「けど、地球のみんなと未来を考える前に、まだ妨げがあるよね」
 奪われた土地にも……命と未来が、残された傷が、在る。
「苦しむ人にとって、これがどれだけの救いとなるかわからないけど……」
 ミッション破壊作戦を成す事で、皆が気持ちを切り替え未来を考える切っ掛けに出来ると、シルディは信じるから。
「今! ここを取り戻す!」
 静かに飛び降りた恭介は、風圧にも頓着せず、粛々とグラディウスを構える。
(「お前達は、邪悪なデウスエクスによって改造された被害者なのだろう」)
 そう、死の尊厳を踏み躙り、屍隷兵を作り続けた凶行こそ許せない。
「だが、狂ったように人々を襲い続ける、この蛮行も見過ごすわけにはいかん!」
 心底の叫びと共に、輝ける一閃が魔空回廊に奔る。
「これ以上罪を犯す前に、俺達の手で眠らせてやる!」
「もう戦いは終わったんだよ! これ以上、グラビティ・チェインの為に襲い掛かる必要なんてない!」
 大きく息を吸い、リリエッタは眼下に蠢く稀死へ呼び掛ける。
「止まれないなら、リリ達が止めてあげる」
 目指すは、魔空回廊。掌中の光撃で、悲しみの連鎖を断ち切るべく。
「悲しみは、もう生まれない……あなた達の苦しみも、ここで終わらせる……」
 月喰島の集合写真を握り締め、天音は一心に願う。
(「この思い、届いて……!」)
 この地でずっと彷徨ってきたモノに、安らぎの眠りを与える力を、グラディウスに託して。
「敵討ち、約束出来なくてごめんなさい」
 小声で謝り、だが、決然と藍の双眸で魔空回廊を見据える礼。
(「それでも私は、看取りを司る者として、その無念も苦痛も全て引き取らせてもらう」)
 ヴァルキュリアとして、死者の魂と真摯に向き合い、見送る者として――今、『彼ら』の安息の為、全力を以て臨む。
「この地は、今を生きる人々に返してあげて!」
「……確か、『稀死』とゆぅたか」
 愛弟子を肩に乗せ、ゼーは静かに独りごちる。
 稀死――たぐいまれなる死。創造者が屍隷兵に付けた名に、果たして、如何様な意味があったのか。
「じゃが……狂ったぬしが元は何であったかは、もはや詮無き事」
 屍隷兵が人々を襲う事を止めない限り、ケルベロスは何度でも立ち向かうだろう。
「ひとまず、ここで幕引きといこうかのぅ」
 グラディウスを構える老竜の双眸が、カッと見開く。
「疾く、この地を去るが良い! 死を齎す者、デウスエクス!」
 一喝が鋭く轟いた。

●強化版「狂稀死」
 8条の光が、次々と魔空回廊の表面を斬り裂く。キリキリと硝子を断つような手応えも束の間――忽ち、バリアに微細な亀裂が走るや、爆ぜるように砕け散った。
「よし!」
 小さくガッツポーズするシルディの目の前で、魔空回廊が瓦解していく。だが、破壊を遂げた歓びを噛み締めるのは後回しだ。各々、グラディウスを大切に仕舞い込むと、迅速な撤退に向けて動き始める。
「こっちだ」
 早速、ゴッドサイト・デバイスを通して敵の配置と動向を把握。沈着に誘導する恭介を先頭に、煙幕に紛れて先を急ぐ事暫し。
「む、あれは……!?」
 ――――!!
 やはり、ヘリオンデバイスなる強化ゴーグルを具えるゼーが警戒の声を上げるより早く、スモークを切り裂き鎌刃が翔る。
「……っ!」
 的確にニケを強襲する軌道を、リリエッタのおてんば妖精姫のブーツが弾く。短いスカートが勢いよく翻った。
「来たね……」
 パイルバンカー二刀流を構える天音の視線の先に、痩躯の影。
 ――嗚呼、主の誉れ。如何に讃えん。
 青年のか細い声音が、何故か、ケルベロス達の耳にまで届く。
 ――ハレルヤ、ハレルヤ、命の限り、主を讃えん。
「お前の『主』は、もういない!」
 屍隷兵を、その大鎌を青白きオーラが禍々しく取り巻く。大きく息を吸い、大音声を叩き付けるエステル。同時、礼は轟く咆哮にヴァルキュリアの歌を紛れ込ませる。失われた面影を悼み、その魂を呼び寄せんと。
 強敵との遭遇も織り込み済みなら、ケルベロスの反応も手筈通り。鎖手繰るリリエッタが素早く守護の魔法陣を描けば、シルディより一斉に迸るのはツルクサの茂みの如き蔓触手。勢いよく地を蹴った天音のリボンがはためき、流星の如く煌めき尾を引いた。
「……」
 だが、ケルベロスの攻め手の尽くを、屍隷兵は躱してのける。肉迫した天音は、その澱んだ双眸を覗き込んで息を呑む。
(「まるで……深淵を覗いてしまった、ような……」)
 或いは、この屍隷兵が『視て』いるのは『今』ではなく……なればこその、『狂稀死』か。
 ――主よ、主よ……。
 只管に『主』へ呼び掛け虚空を見ながら、大鎌の切先はケルベロスに向けられる。ちぐはぐにして殺伐たる挙動に、ゼーはムフロンの如き太角を揺らす。
「キャスターであろうな。これはこれで厄介か?」
 ゼーの愛弟子のみならず、前衛に立つのは歴戦揃いだ。幾ら強化されていようと、屍隷兵が彼女らの攻撃を回避出来得るるポジションは、1つしかない。
 だが、身構える恭介に焦りの色はない。元より狙い澄ました攻撃を放つスナイパーは、キャスターであろうと捉え易い。ヘリオンデバイスの援けあれば尚更だ。
「奪われる痛みを思い出せ!」
 その跳躍が、風を切る。重力纏う蹴打は、いっそ軽やかに黒尽くめの足を刈る。
「リィーンリィーン!」
 愛弟子呼ばうゼーは、既にドラゴニックハンマーを担いでいる。
 ――――!!
 砲塔と化した巨大なる超鋼より、竜砲弾が轟き発射する。呼び声に反応したボクスドラゴンのブレスが、その精確な軌跡を辿った。
 片やサーヴァントを伴おうと、スナイパー2名が足止めを重ねれば。更には、礼がジャマーの位置よりメタリックバーストを重ね掛けする心算であれば。ケルベロスの総攻撃も遠からず叶うだろう。
 それまで、この敵地の只中で、誰一人として膝を突かせる訳にはいかない。
「皆さん! 回復は任せて下さい!」
 無意識の内に、アニミズムアンクを握るニケの手に力が籠る。動かざる事巌の如く――しっかと両足で大地を踏みしめ、オラトリオの心霊治療士は鋼の意志を以て、エクトプラズム具現化の、癒しの力を高めていく。

●遠き彼岸へ還らばや
 ――主は永久に、稀死の王。我が魂よ、主を讃えよ。
 ゼーが請うた降り止まぬ悲しみの雨の中、讃美は絶えぬ。ハレルヤ、ハレルヤと、まるで壊れた、レコードのように。
「う、ぐ……」
 オウガ粒子を撒き、「寂寞の調べ」を歌い続ける礼を庇ったシルディが、真一文字に切り裂かれる。傷の深さより生命力をごっそり奪われた感触に悪寒が走る。大自然と共鳴したニケのヒールで、事なきを得たけれど。
 ブン――ッ!!
 閃くは、稀なる死を齎す鎌刃の飛翔。飛び掛かったリィーンリィーンが、羽毛を散らしながら軌道を逸らせた。急ぎ、エナジーボルトのエネルギーで盾を形成するニケ。ヒールに専念にして仲間を支え続けている。
 ――頼れるものは、幸いなり。力に満てる、主を讃えん。
「させない!」
 だが、敵とて膝突かねば、何れ包囲網は成ろう。時に讃美は狂稀死の傷を塞ぎ、禍々しきオーラを燃やす。すかさず、駆け寄ったリリエッタの音速の拳が消し飛ばした。
 キャスターの振舞いからドレイン技とヒールを駆使する狂稀死との戦いは、流石に短期決戦とは言い難い様相。それでも、圧倒的な手数の差こそがケルベロスの強み。
 足を刈られ、縛められた敵目掛けて、エステルのフロストレーザーが、天音の螺旋氷縛波が、ゼーのアイスエイジインパクトが、恭介の達人の一撃が次々と。浴びせられたグラビティが、血も流れぬ傷口から凍らせていく。
 う、がぁぁぁっ!
 仰け反り吼える、その白い面に霜が浮く。
「皆さん、そろそろスモークが」
「大丈夫、行けるよ」
 ニケに頷いたシルディは、『まう』と銘したモーニングスターを握り直す。
「彼も、元はこの土地の人だったりするんだよね……」
 それを生ける屍として暴れさせるなんて、とても見ていられない。
 ドゴォッ!
 シルディとお揃いのリボンが翻る。ドラゴニック・パワー噴射で加速した柄先の鉄球が、狂稀死を叩きのめす。
「じゃあ、苦しませずに倒してあげるね……喰らい尽くせ! ドレイン・バレット!」
 リリエッタの愛銃より迸るのは、魂喰らう降魔の弾丸。これまでのお返しとばかり、敵の力を奪い取る。
「悪しき貴様の命、ここで断ち切る!」
 塵1つ残さず燃え尽きろ――己が地獄を種火に、恭介の無銘の刀が燃え上がる。刀剣士の斬撃は、逃げる暇も与えない。
「早めとはいかんかったが、まあ良いじゃろう」
 ゼーの気咬弾が弧を描き、ボクスドラゴンの突進がもんどりうった痩躯を撥ねる。
 落ちて行け。夜の中に――そして、身を泳がせた狂稀死の腕を掴み、エステルは全身のばねを使って宙を舞う。
(「全部終わったらそう……お墓参りに、行こうかな。偽名も止めて本名に、『麻里衣』に戻って……」)
 刹那、未来を想うもまだ早い。己を律するように頭を振り、背負い投げの要領で痩躯を地上へと叩き落す。狂える屍隷兵の動向は予測がつかない。即間合いを取った。
 ……嗚呼、嗚呼、主の誉れ。如何に讃えん――。
 全身を砕かれながら、尚も機械的に謳う声音。礼は痛ましげに眉根を寄せる。
「ごめんなさい。ゆっくり弔う時間はないんです」
 実戦経験は浅くとも、屍隷兵との戦いの辛さは報告書の山や諸先輩の経験談から知っている。
(「敵討ちは叶わなくとも、あなたの魂は救いたかった……」)
 だが、一思いに引導を渡すには、己が刃の小ささも又、彼女は自覚している。
「……今1度、あなたの力を!」
 故に、藍瞳のヴァルキュリアは己が看取りの記録を呼び覚ます。今は亡きケルベロスのグラビティの精髄を、天音へ注ぐ。
「デウスエクスとの戦いは終わったよ……だからもう、あなた達のような存在は生まれない」
 天音の右脚が、燃え上がる。それは、デウスエクスの犠牲者達の憎悪。屍隷兵自体が被害者であろうが、不完全であろうが、神造『デウスエクス』であるからには。
「私が……全ての恨みを晴らす……。どうか安らかに眠って……」
 響き渡る怨嗟は、天音の地獄からか、或いは――無数の炎刃が、黒衣諸共に痩躯を刻む。炎熱に炙られ氷結が蒸発する。立ち込めた白煙が散った後には、何も残らなかった。

 斯くて、ケルベロスは帰還する――。

作者:柊透胡 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2021年7月12日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 6/感動した 2/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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