アンナ・テラーズ

作者:紫村雪乃


 瀬部・燐太郎(殺神グルメ・e23218)、と呼ぶ声がした。
 足をとめた憐太郎が振り返る。
 月光をあびて女が立っていた。玲瓏たる美貌の持ち主だ。
 が、女は人間ではなかった。足は猛禽のそれに似ている。
「ダモクレスだな」
 憐太郎の目がぎらりと光った。臨戦態勢に滑り込む。
「そうよ」
 女はうなずいた。
 彼女の名はアンナ・テラーズ。憐太郎の宿敵である森・禍袋に建造されたダモクレスであった。
 主な任務は他デウスエクスとの渉外活動。が、それ以外に組み込まれたプログラムがあった。瀬部・燐太郎の抹殺であり、それは今も生きていた。
「死んでもらうわ」
 アンナの全身のポッドが開き、一斉に小型ミサイルが射出された。


「瀬部・燐太郎さんが、デウスエクスの襲撃を受けることが予知されました」
 セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)がいった。
「急いで連絡を取ろうとしたのですが、連絡をつけることは出来ませんでした。一刻の猶予もありません。彼が無事なうちに救援に向かってください」
「敵はどんな相手なの?」
 凄艶な女が問うた。和泉・香蓮(サキュバスの鹵獲術士・en0013)である。
「森・禍袋が造り上げたダモクレス。戦闘用ではないようですが、強力な敵です。ケルベロスでも少数でかかった場合、苦戦は必至となるでしょう」
「それなら、なおさら助けにいかなくては」
 香蓮はケルベロスたちを見回した。
「憐太郎さんを救い、ダモクレスを撃破してちょうだい」


参加者
リィン・シェンファ(蒼き焔纏いし防人・e03506)
コクマ・シヴァルス(ドヴェルグの賢者・e04813)
源・瑠璃(月光の貴公子・e05524)
瀬部・燐太郎(殺神グルメ・e23218)
レヴィン・ペイルライダー(キャニオンクロウ・e25278)
如月・沙耶(青薔薇の誓い・e67384)
リリス・アスティ(機械人形の音楽家・e85781)
九田葉・礼(心の律動・e87556)

■リプレイ


 ヘリオンのキャビン内。
 暗鬱な声が流れた。声の主は端正な顔立ちの若者である。名を源・瑠璃(月光の貴公子・e05524)といった。
「森・禍袋は燐太郎さんの婚約者のクララさんだけではなく、色んな女性をダモクレスにしてるんだね……」
「そうですね」
 瑠璃の妻である如月・沙耶(青薔薇の誓い・e67384)がこたえた。穏やかな彼女の美貌も、今は翳りをおびている。
「私は瑠璃と再会するまでは予言の占い師として戦場の趨勢を示していました。それが、多くの方を死地に送り込む結果に。その罪は許されるものではありません。だから死しても手駒として使われるアンナさんのように私も歯車が違っていれば、黒幕のようになっていたのかと」
「クララさんの最後を看取った時の燐太郎さんの嘆きを僕は知っている。妻を持つ身として、死後も使われ続けるアンナさんを眠らせてあげたい。沙耶さんにとっては過去を思い出すよね」
 瑠璃が沙耶の手を握った。優しく、そしてしっかりと。
「共に乗り越えよう」
「ええ」
 沙耶がうなずく。その顔からは翳りが消えていた。
「そろそろか」
 抜き身の刃のようにひやりとする雰囲気をたたえた女がシュシュで髪を結い上げた。鮮やかな髪をポニーテールにする。戦いに臨むいつもの儀式であった。
「理不尽な扱いに血の涙流す彼女の魂。必ずや解放してみせる!」
 女はいった。
 彼女の名はリィン・シェンファ(蒼き焔纏いし防人・e03506)。剣豪とも呼んでいい剣技をもつケルベロスであった。

 そのリィンから離れたシート。座しているコクマ・シヴァルス(ドヴェルグの賢者・e04813)は憤怒で歯を軋らせていた。
「ああ…。これ程絶望と怒りに狂えるとは思わなかったぞ…! もう何もかもどうでもいい…! 女は食らい! 全てを破壊し尽くしてやる!」
 コクマの目に殺気と憎悪の炎が燃え上がった。


 すさまじい爆発に瀬部・燐太郎(殺神グルメ・e23218)が吹き飛ばされた。アンナ・テラーズが射出した小型ミサイルの直撃を受けて。
「くっ」
 苦悶しつつ、それでも憐太郎は立ち上がろうともがいた。が、すぐには動けない。身体がばらばらになりそうであった。
 とはいえ、アンナのミサイルは容易に高層ビルを粉砕するほどの威力を秘めている。そのミサイルの直撃を受けていながら生きながらえている憐太郎のタフネスぶりはどうであろう。
「俺に死んでもらうって?  まあ、そう焦るなよ。さよならを言うには早すぎる」
 憐太郎がニヤリとした。アンナは表情も変えず憐太郎を見下ろすと、腕をすうとあげた。
「さよなら」
 ドリルのように回転させた腕をアンナは振り下ろそうとしーー。
「待ちなさい!」
 叫びが響いた。
 直後、爆発。ダモクレスたるアンナが規格外の爆圧によりよろける。
 振り向いたアンナの電子眼は捉えた。空で砲撃形態の超鋼ハンマーをかまえた女の姿を。
 それは繊細な姿態の女であった。髪をおろし、左半面を隠している。
 アンナは女の正体に気づいた。同族である。
 女の名はリリス・アスティ(機械人形の音楽家・e85781)。レプリカントであった。
「なんとか間に合ったようですね」
 リリスは胸をなで下ろした。ゴッドサイト・デバイスにより敵の位置を確認したのは彼女であった。
「酷いことをする方も居るものですね……。これ以上、悲しい想いをする人が増えてほしくはありません。あはたを止めます!」
 リリスが宣言した。
 刹那である。流星のように光の尾をひいて跳んだ者があった。レヴィン・ペイルライダー(キャニオンクロウ・e25278)だ。
 膨大な破壊エネルギーに赤熱化した脚をレヴィンはアンナに叩き込んだ。圧倒的な衝撃に地を削りながらアンナが後退する。
「燐太郎、大丈夫か!」
 レヴィンが声をかけた。すると、よろりと憐太郎が立ち上がった。
「ああ、なんとかな」
「憐太郎さん!」
 沙耶が気を迸らせた。聖気にまで高められた気が憐太郎の肉体を分子レベルで再生する。
「その森とか言う男はどこ!?」
 怒声を発した九田葉・礼(心の律動・e87556)である。
 まだ新米といえる礼は過去の戦いを学んでいた。そして気づいたのである。憐太郎の婚約者のようにダモクレスや屍隷兵に変えられ、愛する人を襲うよう仕向けられた犠牲者が多いことに。
「やりきれない。せめて目の前のアンナさんは安らかに……」
 祈るように告げた礼であるが。次の瞬間、前衛の者たちの身を肉体が覆った。
 無論、本物の肉体ではない。礼がエクトプラズムを用いて擬似的に作り上げた肉体であり、防御効果を高める働きがあった。
「離れろ、瀬部!」
 リィンが二振りの斬霊刀を舞わせた。疾る剣波が不可視の刃と変じ、アンナを斬る。ダモクレスの超硬度鋼の装甲がはじける。
 一瞬生じたアンナの隙。なんでそれを見逃そうか。態勢を立て直した憐太郎が襲った。鉄塊のごとき巨大で無骨な剣ーーヴィスパーダを渾身の力で薙ぎおろす。
 一瞬、アンナの顔に婚約者の面影が重なった。が、憐太郎の斬撃はとまらない。生じた躊躇いごと憐太郎がアンナを切り裂く。
「覚悟を定めたようだね」
 憐太郎の一撃に、彼の覚悟を見てとった瑠璃もまた思いを定める。憐太郎を必ずや守り抜くと。
「奇跡の月の力で皆を護るよ」
 全人類中、たった一人宿している太古の月の光を瑠璃は解き放った。銀光に包まれた憐太郎の防御力が賦活化される。
「ええい、しのごのとうるさいわ!」
 コクマが叫んだ。彼にとってはすべてがどうてもよいことであった。
「ああ…何もかも破壊し尽くしてやろうか…!」
 その言葉通り、必滅の意思をもってコクマはスルードゲルミルをアンナにうちつけた。
 反射的にアンナは腕をあげ、ガード。受け止めた機械手が軋む。


 次の瞬間、アンナがコクマのスルードゲルミルをはじいた。
 その時、するりとリィンが接近。炎をまとわせた蹴撃をぶち込む。
 仰け反るアンナの腕に光が突き刺さった。リリスの放つ魔法光である。
 同じ時、礼はまたもやエクトプラズムによる擬似肉体を作り上げていた。今度は後衛の者たちの防御能力をあげる。
「ええい、ようもわしのスルードゲルミルを受け止めたな」
 破壊を止められたらことに逆上し、ふたたびコクマは襲った。身を回転させることによって生じる遠心力を利用した斬撃を繰り出す。
「ぬっ」
 呻いたのはコクマであった。するりとアンナがかわしたのである。
 空に戻るコクマを追うようにアンナはミサイルを撃ち放った。灼熱の荒らしがケルベロスたちを襲う。いやーー。
 ミサイルはたった一人によって受け止められていた。憐太郎である。義骸化された両腕と機械手を用い、仲間をかばったのであった。
「沙耶さん!」
 叫び、瑠璃はあらゆるものーー時空すらーー凍結させる弾丸をアンナに撃ち込んだ。沙耶の治療の時間稼ぎである。
「わかっています!」
 沙耶が叫んだ。そして、もう一度は気を飛ばし、治癒を施した。が、憐太郎の完治にはほど遠い。
「瀬部さん、無茶はいけません!」
 沙耶が憐太郎に忠告した。
 たった一人手で敵の攻撃すべてを受けきる行為はあまりに無謀である。もし戦闘不能にでもなれば宿敵の最期を見届けることができなくなってしまうではないか。
「わかっている。けれどーー」
 もう二度と、誰も喪いたくないのだ。
「護ってみせる――例えこの躰が朽ち果てようとも。形を為せ、炎の、壁よ……!」
 憐太郎が叫んだ。
 瞬間、炎の壁が空に広がった。周囲のグラビティ・チェインを活性化させ、憐太郎が作り上防禦膜である。
「憐太郎、お前にはお前の役目がある。忘れるな」
 そあ告げたレヴィンが精神を統一、アンナを爆破した。

 それからどれほどの時が流れたか。ケルベロスとダモクレスの戦いは続いた。
 炎が地を溶かし、爆発が辺りの地形を変える。斬撃が地を砕き、弾丸が空間を凍らせた。
 そしてーー。
 戦いは終わりに近づきつつあった。


「もうすぐ、か」
 剣豪たるリィンなればこそ読んだ。戦いの流れを。
 その時だ。絶叫が轟いた。
「我が怒りが呼ぶは手にする事叶わぬ滅びの魔剣! 我が怒り! 我が慟哭! 我が怒号! その身に刻むがよい!」
 コクマの右腕から炎が吹き上がった。ただの炎ではない。それは地獄の業火であった。
 炎をまとわせたスルードゲルミルがさらに巨大化。一切を焼き尽くす灼熱剣と化した。コクマの激しい怒りが齎す怒りの奥義である。
「破壊し、燃やし尽くしてくれる!」
 狂戦士と化したコクマが襲いかかった。紅蓮の炎剣を火の粉を散らして叩き込む。
 さすがのダモクレスもかなわなかった。超硬度装甲が融解する。
 ぎり、とレヴィンが歯を軋らせた。アンナが傷つく度に心が痛むのである。
 確かにアンナは敵であった。が、アンナを敵にしたのは誰か。 そいつはケルベロス同士を戦わせ、どこかでほくそ笑んでいるのであろう。
「前に話は聞いていたけど、その森ってヤツ、人をなんだと思ってるんだよ。アンナはオレ達と同じケルベロスだったんだよな。恨みは全くないから攻撃するのも苦しいが、こっちも仲間を殺させるわけにはいかねえし、何より…もうお前に誰かを傷つけさせたくない!」
 レヴィンは腕を掲げた。輝くブレスレットに祈りを込める。
「こいつはとんな強敵にも立ち向かう事が出来る勇気を授けてくれる。アンナを静かに眠らせてあげてくれ、頼んだぜ…!」
「ああ」
 憐太郎が大きくうなずいた。
 その時である。またもやアンナが全ミサイルを一斉に射出した。
 刹那、瑠璃が飛び出した。憐太郎の前に立ちはだかる。
 直後、爆発。ものすごい衝撃に瑠璃が吹き飛ばされた。あやうく憐太郎が抱き止める。
「俺はディフェンダーなのに、何故ーー」
「キミには、まだやるべきことがある。ここで倒れるわけにはいかない。そうだろう」
「源ーー」
 憐太郎が声を押し出した。が、それきり言葉にならない。すると瑠璃がにこりと笑った。
「けれど僕がキミにしてやれるのはここまでだ。あとはキミに任せた。悔いのないようにやるんだよ」
 告げると瑠璃は目を閉じた。喪神したのである。
「他人の体を素材にしてダモクレスを作る? 屍隷兵作ってた奴等とどう違うの!?」
 礼がアンナを睨みつけた。いや、アンナの背後で暗躍する何者かを。
 許してはおけない。必ず倒さなければならない敵であった。そのためには、まずは目の前の敵を排除しなければならなかった。
 そう決意して礼な憐太郎に目をむけた。
「私も源さんと思いは同じです。きっとあなたと手で決着をつけてください」
 礼は、自らの裡に記録された死せるケルベロスのグラビティを検索。最も攻撃力の高いグラビティを一時的に具現化すると、そのエネルギーのみを抽出し、憐太郎に注ぎ込んだ。
「ぬう」
 腹の底からわき上がる竜のごとき熱量を感得し、思わず憐太郎は呻いた。一瞬だが、その時、確かに憐太郎の戦闘力は破壊神の域に到達していたのである。
「トドメは燐太郎様にお任せ致します。私は全力で手助けをいたしますわ」
 リリスはバイオリンを取り出した。顎と肩ではさみ安定させ、弓を絃にあてる。その様は天女もかくやというほどに美しい。
 そして、その演奏はーー。
 リリスの繊手が動いた。時に優しく、時に激しく。流れる旋律は魂すら震わせる素晴らしいものであった。
 いや、彼女の演奏は魂をもたぬ者ですら酔わしめるものなのたろうか。ダモクレスであるアンナの動きがとまった。聞き惚れているのである。
 その瞬間、リィンが跳んだ。一気にアンナとの間合いを詰める。とどめを刺すには、まだアンナの体力を削らなくてはならないと判断してのことだ。
「この世に形を得た悲しみの欠片達よ、我と共に舞い踊れ! 悲しみを全て束ねた欠片、悪意断ち切る一刀に変えここで貫く! を零に!」
 リィンの拳撃と蹴撃が連続してアンナを襲った。氷片舞わせるそれを、しかしアンナは悉く防いだ。
 いやーー。
 リィンの一撃一撃には途方もない力が込められていた。アンナの懐は確実にこじ開けられていたのである。
 アンナではなく、彼女を操る敵に対する冷たい怒りを込め、リィンは氷の大剣でアンナを貫いた。
「やれ、瀬部!」
 跳び退りながら、リィンは叫んだ。慟哭ともいえるほどの声で。
「悪意の鎖に囚われて泣いている彼女の魂……解放するのはお前の務めだぁっ!」
「いってください」
 沙耶が、まるで銃口のように指先をアンナにむけた。
「あなたの思いを遂げさせるために、瑠璃は戦ったのです。それが瑠璃の願い。私の願いでもあるのです」
 その時、沙耶は感じた。喪神しているはずの瑠璃が、そっと自身の身体を支えていてくれることを。
「そうね。一緒にやりましょう」
 沙耶は弾丸を放った。着弾したアンナの存在そのものが凍結する。
「いくぞ!」
 気負うのではなく、むしろ冷静に憐太郎は空を蹴った。
 憐太郎は、婚約者をダモクレス化した犯人を追い続けている。そして、その犯人が婚約者だけではなくアンナをもダモクレス化したのではなきかと疑っていた。
「アンナの妹であるスーザンもダモクレスの素材にされたが、俺の手で解放した。姉妹の魂の安静を、絶対に俺たちがもたらせてみせる!」
 万感の想いに仲間の想いを重ね、憐太郎は飛翔した。そしてヴィスパーダを薙ぎおろしたのである。
 破壊される寸前、アンナが小さく微笑んだーーそんな気が憐太郎にはしていた。


 戦いは終わった。が、まだ戦意の炎が消えぬ者がいた。コクマだ。
 コクマは怒りのままに辺りを破壊しだした。が、アンナの亡くなった地であるここを破壊させることなど許せるはずもなく。ケルベロスたちが彼を取り押さえた。
「はなせ! わしはこれから香蓮を襲いにいかねばならんだ!」
 コクマが絶叫した。

「……奴は相変わらずだな」
 苦笑すると、リィンはアンナの墓標にそっと花を手向けた。
 紫苑の花。花言葉は追憶である。
「せめて、最期だけは人間らしく……」
 憐太郎が瞑目する。その肩を優しくレヴィンが叩いた。
「森ってヤツぶん殴るまで手伝うぜ! 手が必要な時はいつでも駆け付けるからな!」
「ああ。頼む」
 憐太郎の顔に微笑みが戻っていた。

 そしてーー。
 ケルベロスたちが立ち去った後、その地に、一人礼のみ残っていた。目的はアンナの魂を看取ることである。その秘力を用い、彼女はこれまでも幾人かの倒れたケルベロスたちな魂を看取ってきたのであった。
「アンナさん」
 礼はアンナの魂と向き合った。彼女の痛いほどの無念が礼の中に流れ込んでくる。
 その無念を抱きしめ、自身の裡に記録。解放されたアンナを静かに礼は見送った。

作者:紫村雪乃 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2021年6月30日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 6
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