梓織の誕生日―水辺に咲く糸の華

作者:柊透胡

 ダモクレスとの決戦も近付く中、日々忙しないケルベロスも少なくないだろう。
「でも、毎日気を張っているのも、疲れてしまうのではないかしら……?」
 独り言を呟いて、吐息を零すのも束の間。ケルベロス達に、穏和に微笑み掛ける貴峯・梓織(白緑の伝承歌・en0280)。
「ご機嫌よう、皆さん」
 赤錆びた双眸を細め、華奢な両手を祈るように組み合わせて。
「レース編みにご興味ある方、いらっしゃるかしら?」
 長らく、隠遁生活を送ってきたという梓織の趣味は、編物と刺繍。実は、6月はレース編みが常という。
「ほら……ジューンブライド、でしょう? レースのウェディングドレスとか、ベールとか。ブーケのリボンにあしらうのも、とても素敵だもの」
 彼女が花嫁衣装に袖を通したのは、本当に昔の事だけれど。少女めいて輝く瞳は、かつての幸福を見ているのかもしれない。
「ケルベロスになってからは、あんまり、大きなものも作っていなかったのだけれど……それで、ね? わたくしの行きつけに、レースを専門に扱うお店があるのだけれど。皆さんも一緒に如何かしら?」
 レースのアイテムも様々。付け襟にエプロン、ショール、ハンカチやタオルといった布製品の他にも、ポーチやバック等の袋物、インテリアならばテーブルクロスやマット、クッションカバー等々。可愛らしいから豪奢まで、数多く取り揃えているという。
 ちなみに、夏の新作は「水辺のレース使い」。
「防水加工をしたレースなのですってね。今の季節にぴったりね」
 例えば、シャワーカーテンの飾りであったり、グラス用のコースターであったり。普段使いし易いレースのアクセサリーもあるとか。
「勿論、ハンドメイドの材料も揃っているから、レース編みを始めたい方も是非」
 店内には、レースカーテンやテーブルクロスが瀟洒なカフェが併設されていて、レース編みの教室も開催されている。今回の内容は「簡単防水レース」。完成した作品を糊で形を整え、防水スプレーを掛けるのが主な方法だが、質感が硬くなってしまうので、水に強い糸で編む場合もあるだろうか。
「レース編みも色々あって、かぎ針編みのドイリーなら、3時間もあれば完成するわ。シャトルを使うタティングレースも、慣れれば繊細なモチーフがすぐに出来るようになるでしょう」
 勿論、講師もいるから、いざという時のヘルプも万全だ。
「お買い物の後や、レース編みしながら、お茶をするのもきっと楽しいわ。宜しかったら、皆さんのレース、わたくしにも見せて下すってね」


■リプレイ

 梅雨の中休み――眩い陽射しに、夏も間近と実感する。
 だが、レース専門店『Fleur de fil』に入れば、レース越しの光は優しい。
(「本当に……繊細な糸が織りなす芸術だわ」)
 愛らしい店内を見回し、セレスティン・ウィンディアは碧眼を細める。
「喪服には黒のレースだけれども」
 白も悪くないだろうか――自らの黒衣を見下ろし、考え込むのも束の間。
「セレスー、いつまで喪に服しておるのじゃ」
 憤慨した声音は、ステラ・ハート(ニンファエア・e11757)のもの。
「……あ、いや最近はだいぶ明るくなったがの。余からすればまだまだじゃよ」
 セレスティンの困惑に言い淀みながらも、ステラはビシィッと断言する。
「そうね。大切な人を喪った辛さは、私も痛い程わかってるつもり。でも……もう前を向いてもいいんじゃないかしら」
 老淑女に挨拶してきたローレライ・ウィッシュスター(白羊の盾・e00352)も、ステラに加勢する。
「母様と同い年の師匠にも! 明るい未来を掴み取って欲しいのじゃ!」
 題して『セレスさんに幸せになってもらおう』大作戦! 一歩前に踏み出せないでいる彼女の背中を押す為に。
「ほら、こういう綺麗なベールとかどうじゃろう?」
 ずずいと身を乗り出したステラの手に、ロングベール。
「え……?」
「出会った頃のセレスさんも影があって好きだったけれど、やっぱり今の恋をして、キラキラ輝いてるセレスさんはもっと大好き。だから、彼と一緒に生きる未来を夢見るだけじゃなくて、歩き出してみない?」
「え、え……まさか、結婚?」
 漸く、2人の意図を察したか。セレスティンの頬がうっすら染まる。
「そう……考えてくれていたのね」
「こら、お子様だと舐めるでないっ。これでも愛娘、愛弟子、愛の申し子ステラなのじゃよ!?」
 大いに胸を張るステラは、式位いいじゃないかと言葉を重ねる。
「結婚は人生の墓場とか、お主なら言うのじゃろう? そういうの好きじゃないのかえ?」
 でも、結婚が人生の最後ではないし、幸せになる事が故人を忘れる事にはならない。
「ほら、ここにいい例がいるでしょう?」
 誇らかに微笑むローレライ。今の彼女にも騎士がいる。
「余は、セレスの真っ白なウェディングドレス姿、みてみたいのじゃ!」
「きっとこのウェディングベールが、セレスさんを守って導いてくれるから!」
 受け取った純白のベールは軽くとも、確かに存在している。
「ありがとう、私もローレやステラの事、大好きよ」
(「……そして、この『好き』は特別な好きって感情。だから、作ろう、私の道を」)
 ステラの強い心が、ローレライの応援が、何より『大好き』な人の花嫁姿を願う2人の言葉が、セレスティンに沁み入り、突き動かす。
「私、肝心な時に、大事な時に、友達に頼っちゃってダメなお姉さんね」
 即断ではなかった。けれど、静かに頷いたセレスティンに、もう迷いはない。
「本当にありがとう。貴方達に会えて、よかったわ」

「貴峯さんお誕生日おめでとうです!」
 カフェでドワーフの(一見)少女と差し向い。談笑しながらレース編みに勤しむ貴峯・梓織(白緑の伝承歌・en0280)に元気よく声を掛けたのは、華輪・灯とジェミ・フロート。
「日々、乙女道の修行に励む私ですが、レース編みは未知。ご指導お願いします、押忍です!」
「レース編み、教えてもらいたいですっ。押忍!」
 2人の気合の入った表情に、梓織もにこにこと。
「一緒に頑張りましょうね」
 早速、梓織の隣の卓で、初めてのレース編みを始める灯とジェミ。
「お洒落なショール! 立派なのを作れるようになりたいっ」
「わ、ジェミさんは目標があるんですね。私はええと……は、花嫁さんの衣装、も、いつか……素敵ですね」
 大作を夢見るも、千里の道は一歩から。
「えっと……」
「うーん……」
 講師や梓織に質問しながら、せっせと……時々、悩ましく手を動かす事暫し。
「トレーニングとは違う神経を使うのよね……灯さんは、平気?」
「ちょっと疲れました」
 頃合いを見計らい一休み。
「完成、嬉しいですね!」
  ピンクとブルーの花は同じ形と言い難いが、2枚のコースターは灯の力作。ジェミが褒めると照れ臭そうに。
「えへへ、ジェミさんのも素敵です」
「灯さん、最近綺麗になったわね……やっぱりお相手がいるから?」
 危うく、アイスカフェラテを吹き出しそうになった。
「わ、私のキュートさは前からです!」
 灯は、髪の木瓜の花より真っ赤になっている。
「じぇ、ジェミさんのそれは……花瓶敷ですか」
「私は……ケルベロスとして最初に逢った友達に、素敵なプレゼントをしたいなって」
「なるほど……そう言えば、私にもマフラーをくれましたよね」
「うん。灯さん、大事にしてくれてありがとう」
 好きな事、頑張る事が、時を経て変わっていく事は、驚きであり幸福であり。
「誰かのお陰で変われるのは、不思議で、幸せですよね。ふふ、そのお話、詳しく聞きたいです」
 屈託なく銀の双眸を輝かせる灯に、愉しげな表情を浮かべるジェミ。
「その話はね……」
 ――ありがとう、私と出会ってくれて。

(「最近は、編み物をする時間も中々取れませんが……ふふっ、楽しいですね」)
 緩やかに微笑むバラフィール・アルシクを、ウイングキャットのカッツェは隣の椅子の上から見上げている。
(「そうだ、カッツェにもレースのケープを作りましょう」)
 夏ももうすぐだし、黒の毛並に白はとても映えるから。
 編みたいレースは多々あれど、今日の作品は梅の花に見立てた柄のコースター。彼女の手際なら、2枚は作れそうか。
(「防水加工も出来るなら」)
 どんな上級者でも、編み上がったレースはある程度ヨレヨレしているもの。故に、『ブロッキング』は不可欠。水通しで編み目を本来の位置に戻す事で模様が綺麗に見えるようになる。今回はコースターなので、洗濯糊でパリッと仕上げた。更に防水スプレーを掛ければ、冷たいグラスの下にも安心だ。
「まあ、素敵」
 バラフィールの力作に、梓織は感心しきり。こそばゆい心持で、彼女にスワロフスキーのスカーフ留めを差し出す。
「貴峯さんにお祝いを。落ち着いたデザインでお似合いだと思いまして……」
「まあ」
「お好みに合うか判りませんが……普段使いにでもして頂ければ」
 相棒の言葉にカッツェもニャァと鳴く。早速、深紅のショールに着ける梓織。
「ありがとう。大切に使わせて頂くわね」
「あの、あの……! 私も、赤がお好きと聞いたので作ってみました」
 九田葉・礼も控えめな素振りで、赤い千日紅のコサージュを贈る。その花言葉は『不朽の愛、長寿』。
 ケルベロスとなって日が浅い礼だが、梓織が亡き旦那様を想い続けているのは、知人から聞いている。
(「私も、こんな風に歳を取れたら……」)
 ヴァルキュリアの定命化自体がまだ数年。限られた生を歩み出したばかりの彼女にとって、梓織の半生は憧れでもあるようだ。
「私も手芸が大好きで、特に刺繍とか……」
「あら、わたくしも刺繍は好きよ」
「でしたら、大先輩として見習わせて頂きますね」
 純朴な言葉に、梓織も面映そうではあったけれど。
「礼さんは……青のレースを?」
「はい! 水辺のレース使いなら、ここは涼しげにアズレージョで!」
 アズレージョはポルトガルの装飾タイル。海のような青の模様が特徴だ。
「ポルトガルやお隣のスペインは、イスラム文化の影響が強くて……アズレージョの語源もそこから……」
「お詳しいのね」
 蘊蓄を語りながら、アズレージョのパターンをドイリーとして編み上げていく礼。時間が許す限り何枚も。後で組み合わせて、テーブルクロスに仕上げる予定だ。
 繊細なレースと共に、時間は長閑に過ぎてゆく――。

「このレースの手袋いいわねぇ、着物に合わせるのもハイカラよね!」
 その実、編物なんててんで駄目な朱桜院・梢子は、最初からお買い物専門だ。
「んー、夏だしやっぱり白かしら? でも、黒もモダンで捨てがたいわ……」
 素敵なショールを早速、鏡の前で羽織ってみる。この透け感が堪らない!
「これだけで見た目が涼しげになるのよね!」
 次は、向かいの棚に吸い寄せられるように。
「レースの半襟なんかも素敵よね!」
 次々と増えるお買い上げに、ビハインドの葉介はしょうがないなぁと言わんばかり。勿論、梢子は知らん顔。
「後は……結婚祝いの品を見繕ってあげようかしらね」
 思い付いたように呟いて、梢子は併設のカフェの方を見やる。
(「あの子も、そろそろ年貢の納め時のようだし」)

「ね、シオリの結婚式ってどんな感じだったの?」
 レースに囲まれた店内で、自然と思うのは結婚式の事――まだ何も決まってないけれど、きっとダモクレスとの決戦が終われば、いよいよ婚約者と結婚の運びとなるだろう。
(「何だかソワソワしちゃう」)
「ジューンブライドだったのかな? ドレスはどんなの?」
 落ち着かない気分を紛らわせるように、梓織へ矢継ぎ早に質問するマヒナ。
「そうね……ジューンブライドだったし、洋装だったわ。Aラインのシンプルなデザインを旦那様が選んで下すって、とっても気に入っていたの」
「ワタシも……たぶん近いうちに結婚すると思うの。ちゃんと聞いてみないとだけど、できたら南国風にしたいな、なんて」
「まあ、南国風? マヒナさんには、きっとお似合いね」
「でも、結婚なんてまだ実感が湧かないなぁ……」
 何となく、背中に呆れたような視線を感じない事もないけれど……それが、マヒナの偽らざる本心。
「結婚は、独りでするものではないもの」
 のんびり紅茶を口にして、梓織は穏やかに微笑む。
「1つ1つの仕度を、大切な人と積み上げていく内に、きっとあなたの中にも確かなものが育っていくわ」

「いやあ、どれも見事なものだ。いっそこちらでドレスを見繕って貰うか」
 店内を一巡り。レースの妙を堪能した巽・清士朗は明らかに上機嫌。脳裏に浮かぶのは、愛猫にして近い未来の愛妻の晴姿か。
「……それもいいかも」
 だが、小車・ひさぎの返答は素っ気ない。その目は、レース編みの道具に釘付けだ。
「おばさま、ご一緒してもいい?」
「ええ、勿論」
 仕入れたのは、タティングレースの道具一式と白の絹糸。声を掛けたひさぎに気を回したか、ドワっ子はお店を見てくると席を立った。
「梓織さん。本日はお誘いありがとうございました。いや、正に丁度いいというかタイムリーで」
「まあまあ」
 タイムリー過ぎて是非ご馳走したいという清士朗。梓織は遠慮なくミルクレープを注文する。若い方の好意は素直に受けるもの――ケルベロスとなって、そう思うようになったとか。
「あのね? おばさまが6月にレース編みを嗜むようになったお話、聞いてもいい?」
 張った糸にシャトルをくぐらせて戻し、引き締める。手慣れた動きでレースを編みながら、梓織に問うひさぎ。
「ジューンブライドを口にした時のおばさま、とても可愛かったから。きっと素敵な思い出があるんだろうなって」
「大したお話でもないのよ……わたくし、二十歳のお誕生日に、結婚したの」
 つまり、6月13日は梓織の誕生日であり結婚記念日であり。
「ジューンブライドに憧れて、我儘を言ったの。でも、当日は大雨。梅雨の真っ只中だもの。当然ね」
 花嫁衣裳で泣いていた梓織に、旦那様が贈ってくれたのは雫模様のマリアベール。
 ――ご覧、梓織。まるでレースが掛かったような光景だ。きっと、6月の神様が僕達を祝福してくれたんだね。
「それから、6月の雨も、ジューンブライドも、レース編みも、大好きになったわ」
 彼女が無垢な表情を浮かべる時、大切な人との想い出がきっと在る。
「ところで梓織さん、これを受け取って頂きたい」
 珈琲を啜りながら2人のお喋りに聞き入り、ひさぎの手習いに目を細めていた清士朗が、取り出したのは一通の招待状。
「もし梓織さんに出席頂けたら、ひさぎも私もとても嬉しいです」
「まあ! 嬉しいわ」
 何の招待状か、すぐに察したのだろう。満面の笑みを浮かべた梓織は何度も肯く。
「わたくしも素敵なお祝いを考えないと……でも、ベールはご自分で用意されるのね?」
「おばさま、お誕生日おめでとう!」
 けれど、ひさぎが仕上げたのは、蓮の花のモチーフのコースター。
「む……?」
「残念でしたー、ベールは当日のお楽しみですよ」
 当てが外れた風の清士朗には、悪戯めいた澄まし顔。一転、にこやかに、ひさぎは出来立ての誕生日プレゼントを梓織に贈った。

「……あー、おったおった」
 カフェの円卓に最愛の人を認めて、ホッと息吐く美津羽・光流。手芸のコーナーで撒かれて、探し出すのに少し時間が掛かってしまった。
「何編んでるん? そんなこそこそせんでも良えやん」
「言うのが恥ずかしいからだよ……今日は、一緒じゃなくても良かったのに」
 ウォーレン・ホリィウッドは小さく唇を尖らせる。案の定、掌中の其れは、お世辞にも良い出来とは言い難い。
「君が不器用でも今更笑わへんよ。けど、人に言えへんようなモノって? えろい下着とか?」
「違うよー!!」
 思わず大声になった。おっとり小首を傾げる梓織の視線に、慌てて誤魔化し笑いながら、ウォーレンは光流を恨めしげに見る。
「ウェディングベールだよ!」
「何や、花嫁衣裳着たかったんかいな」
 隣に座った光流の口調に、揶揄いの色はもうない。だから、ウォーレンも、ぽつりぽつりと零す。
「結婚式、挙げてないから。でも僕、男だし。そんなのきっと似合わないし……せめて、ベールだけでも……自分で作れば、大丈夫かなって」
 オレンジの花は、花嫁を祝福する花だ。
「それで、レースの花を作ろうとしてたんか。けど、いきなりベールは作れへんやろ。まずは基本からや」
 光流の正論に、ウォーレンはぐうの音も出ない。
「はい……ドイリー作り頑張ります」
 基本の編み方4種で作る方眼編みのドイリーは、確かに練習にぴったりだ。
「戦いが終われば、君も病気の治療に入る。ここで基本を習っとけば、療養中にも練習できるやろ」
 コツコツ練習して病気が治る頃、いつか遠い未来にはきっと――それは、切なる願い。
「あ、梓織先輩、誕生日おめでとうさん。ちょっと訊いてもええ?」
 花嫁衣裳買えるとこ知らへん? ――光流の質問に、思わず顔を上げるウォーレン。
「僕の病気、もし治らなかったら。残り2ケ月くらいしかないけど……良いの?」
 不安帯びた瞳を覗き込み、光流は優しく微笑む。
「君の余命が2ケ月でも40年でも、俺の愛は変わらへん。ちゅうか、似合うに決まってるやろ。レニやぞ」
 純白の花嫁衣裳も、オレンジの花が彩るウェディングベールも。
「ミハルと一緒で、良かった」
「せやろ? せやから……なるべく一緒におってな」

「貴峯さん、お誕生日おめでとうございます。今日が良い日になりますように」
「今日だけじゃなくて、この1年が貴峯にとって良い1年になりますように」
「レースに負けないくらい、素敵なものになりますように!」
 口々のお祝いに、笑顔で感謝する梓織。小さく手を振って別の席に着いた朱藤・環は、勇んでかぎ針を握る。
(「これなら、指に針を刺す心配がなくて安心ですー」)
 目標は、髪を纏めるリボン。今日も一緒のエルム・ウィスタリアとアンセルム・ビドー、彼のお人形用に3本作りたい。
「レース編みって中々楽しいですね。かぎ針と糸から色んな作品が形になって」
「うんうん。いいよね、色々作れるからつい熱中するし」
 時々お喋りしながらも、絶えず編み続けるエルムとアンセルム。数時間後、最初に仕上げたのはエルムで、レースの白薔薇にピンを付ければ完成だ。
「アンセルム、手伝いましょうか?」
「うーん……ボクより、環をお手伝いした方が良いかもしれないな」
 アンセルムの作品はショートベールらしい。裾飾りを只管チクチク編み続けているが、エルムの申し出には頭を振る。
(「時間は掛るけど、どうしてもやりたい事があるから我慢我慢」)
 何かを察したか、すんなり首肯したエルムは環に声を掛ける。
「大丈夫ですか? 環」
「えっと……ちょっとだけ手を貸してくれると嬉しいな」
 難しい表情の環。手の中のモチーフはふんわり柔らかいが、型崩れしている箇所も幾つか。
「レース編みは、少しきつめの方が綺麗に見えますよ」
「そうだったの!?」
 エルムの助言も参考に、試行錯誤する環。頑張りに頑張って……漸く完成したのは、夕方も近くなった頃。
「で、出来たー!!」
 へとへとの表情が得意げに綻んで。2本のリボンはアンセルムに、1本はエルムへ。
「ボクとこの子に? ふふ、試しに着けてみようかな」
「ありがとうございます。大切にしますね」
 そうして、まずエルムが、白薔薇の髪飾りを環に飾る。
「綺麗ですよ……邪魔にもならなさそうです」
「すごい繊細ですー。ホントに貰っちゃっていいんです?」
 ――邪魔に、って……何の?
 環が小首を傾げたその時。
「……ああ。思った通り、よく似合ってる」
「ふぁ!?」
 ふわりと、環に掛けられるショートベール。
「戦いが終わったら、改めて贈らせてもらうね」
 だから今は、ベールを捲らないでおいてあげる――アンセルムの言葉に、環の首から上がポポッと茹だる。
(「待って、今顔熱い!」)
 とても素敵だけど顔を隠すには薄いベールの下で、猫耳がフルフルと震えた。

作者:柊透胡 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2021年6月28日
難度:易しい
参加:16人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 5/キャラが大事にされていた 2
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