つめたく癒えた月

作者:土師三良

●宿縁のビジョン
「いい晩ね、坊や」
 声をかけられたのは玉榮・陣内(双頭の豹・e05753)。『坊や』と呼ぶには二十年ほど遅すぎる黒豹の獣人型ウェアライダーである。
 声をかけたのはワイルドな風貌の美女。魅惑的な肢体を水着並みの露出度の毛皮で飾り、長い黒髪が流れる頭に別の頭をつけている。トロフィーヘッドのごとき鹿の頭だ。いや、『ごとき』ではなく、本当にトロフィーヘッドなのかもしれない。狩りの戦果を示す悪趣味な飾り物。
「しゃーっ!」
 陣内の頭に乗って(何度かどけようとしたのだが、無駄だった)丸くなっていたウイングキャットが目を覚まし、尻尾を膨らませて威嚇の声を発した。
 主人である陣内の心もざわついていた。夜の公園で見知らぬ美女と出会うというのは胸躍るシチュエーションだが、このざわつきはそういう類のものではない。
 目の前の美女はデウスエクスだったのだから。
「一緒にディナーでもどう?」
 女が妖艶に微笑んだ。
 陣内の心のざわつきは更に激しくなった。狂月病という呪いはもう消え去ったはずなのに(しかも、今夜は新月だ)被毛が少しばかり逆立ち、怒りと恐れが入り交じった狂気がじわじわと魂を侵していく。
 しかし、彼は何食わぬ顔をして言ってのけた。
「遠慮しておこう。俺がディナーにされる未来しか見えないから」
「うふっ……そういうの好きよ」
「『そういうの』ってのはどういうのだ?」
「そこの猫ちゃんみたいに尻尾を膨らませてガタガタ震えながらおしっこ漏らしそうなほどビビッてるくせに無理してクールなタフガイを気取ってるところよ。ホント、可愛いわねぇ。この分だと――」
 女は舌なめずりをした。べちゃり……と、殊更に大きな音を立てて。
「――思っていた以上に美味しくいただけそう」
「おいおい。やっぱり、ディナーにする気満々じゃねえか」
 芝居がかった調子で陣内は肩をすくめてみせた。女の言ってることは図星だったが……いや、図星だったからこそ、『クールなタフガイ』としての振る舞いをやめることはできなかった。矜持がそれを許さない。
「だが、あんたはなにもいただけやしないぜ。口上に時間をかけすぎたからな」
「それがなに? 時間はたっぷりあるわ」
「いや、ないさ。経験から断言できるんだが――」
 陣内はゆっくりを片手を上げて指し示した。
 月のない空を。
「――そろそろ、お節介な連中が降ってくるぞぉ」

●音々子かく語りき
「福島県郡山市の公園にデウスエクスが現れやがるんですよー!」
 ヘリポートの一角でヘリオライダーの根占・音々子が予知を告げた。
 言うまでもなく、告げられたのはケルベロスたちだ。
 真剣な面持ちの彼らや彼女らの前で音々子は話を続けた。
「そのデウスエクスはシャイターンの残党です。アスガルドゲートが破壊されて本星には帰れないし、魔導神殿は奪われてるし、このまま地球に潜伏していても、いずれはグラビティ・チェインが尽きて人知れず孤独死ならぬ孤独コギトエルゴスム化する運命。だったら、積極的にグラビティ・チェインを奪ったほうがいい……と思ったのかどうかは判りませんが、狩りを始めやがったんです」
 幸運なことに(と言っていいのかどうかはさておき)狩りの獲物となったのは一般人ではなく、ケルベロスの玉榮・陣内だった。
 しかし、ケルベロスといえども、たった一人でシャイターンに勝つのは難しい。
「というわけで、陣内さんの助太刀に行きましょー! えいえいおー!」
 気合いの叫びを発し、ヘリオンに向かって歩き始める音々子。
 だが、すぐに足を止め、ケルベロスたちに注意を注意を促した。
「言い忘れてましたが、件のシャイターンは結構な美人さんでして、私に勝るとも劣らぬ色気の持ち主なんですよー。男性陣は惑わされないように気をつけてくださいね」
 実際に音々子と同レベルであるなら、惑わされることは決してないだろう。皆はそう思ったが、口にすることはできなかった。生存本能がそれを許さない。


参加者
玉榮・陣内(双頭の豹・e05753)
月杜・イサギ(蘭奢待・e13792)
七宝・瑪璃瑠(ラビットバースライオンライヴ・e15685)
比嘉・アガサ(のらねこ・e16711)
君乃・眸(ブリキノ心臓・e22801)
レヴィン・ペイルライダー(キャニオンクロウ・e25278)
宮口・双牙(軍服を着た金狼・e35290)
九門・暦(潜む魔女・e86589)

■リプレイ

●荒ぶる獣人に昂ぶる魔神
「そろそろ、お節介な連中が降ってくるぞぉ」
 月のない夜空を指し示す玉榮・陣内(双頭の豹・e05753)。
 それに釣られてシャイターンの女は視線を上げた。
 次の瞬間、陣内とウイングキャットが跳んだ。陣内は後方へ、ウイングキャットは真横へ。
 そして、両者から黒と黄色の軌跡が伸びた。ケルベロスチェインとキャットリング。
 女は鎖に絡まれた(猟犬縛鎖だ)が、木香薔薇で構成されたリングのほうはルナティックヒールめいた光球で相殺した。
「屈辱だわ」
 木香薔薇の花片が舞い散る中、鎖に拘束された状態で女はニヤリと笑った。
「花を贈られて喜ぶような安い女だと思われるとはね」
「鎖のほうは気に入ってくれたってことか? アブノーマルな趣味をお持ちのようで」
 鎖をぎりぎりと引き絞りしながら、陣内もまたニヤリと笑った。
 もっとも、お互いに相手の笑みは見えていない。
 視線が砂煙に遮られているからだ。
 砂煙を巻き起こしたのは、陣内が言うところの『お節介な連中』。鎖と花輪が放たれた直後、陣内と女の間に降り立ったのである。
「……ちっ!」
 砂煙が晴れると、『お節介な連中』の一人――イリオモテヤマネコの人型ウェアライダーの比嘉・アガサ(のらねこ・e16711)が舌打ちをした。兄も同然の陣内に冗談半分(残りの半分については問うまい)で蹴りを入れようとしたので、他の降下者よりも足が地面に深くめり込んでいる。
 しかし、彼女が舌打ちしたのは、その蹴りを避けられたからではない。目の前のシャイターンに生理的な嫌悪感を覚えたからだ。
「なんなの、この肉食系悪食年増女は?」
「うん。類い希なる美女と聞いて胸踊らせていたのだけれど――」
 オラトリオの月杜・イサギ(蘭奢待・e13792)が口を開いた。その表情を見るまでもなく、声を聞いただけで判るだろう。『胸踊らせていた』という言葉が偽りであると。
「――いささかトウが立ちすぎているね」
「えー? おまえら、なんでそんなに風当たりがキツいの?」
 と、意外そうな顔をしたのはヴァオ・ヴァーミスラックス(憎みきれないロック魂・en0123)。
「俺的にはアリ寄りのアリだわー。ドストライクとまではいかないけど、内角やや高めって感じ。Sっぽい雰囲気なのに鎖に縛られているというギャップあるシチュエーションも堪らんよねー。まあ、欲を言うなら、もうちょっと胸をむぎゅっと強調するような縛り……」
「黙れ、エロオヤジ」
 アガサがヴァオの後頭部を(縛霊手を装着した手で)張り飛ばし、その勢いを維持したまま、女めがけて御業を放った。
 御業が巨大な手に変じて女を鷲掴みにすると――、
「美女気取りのデウスエクスに本物の美女ってのをぶつけてやるか。頼むぜ、氷の女王様!」
 ――ただ一人の地球人であるレヴィン・ペイルライダー(キャニオンクロウ・e25278)が銀色のリボルバー銃を発砲した。
『氷の女王』の名を持つ弾丸が女の左肩に命中。
 その弾痕はすぐに見えなくなったが、ヒール系のグラビティで塞がれたわけではない。
 同じ場所を旋刃脚が抉り抜いたのだ。
「この派手で悪趣味なシャイターンが美女と呼ぶに相応しいかどうかは知らないが――」
 隻眼のブレイズキャリバーにして狼のウェアラウダーである宮口・双牙(軍服を着た金狼・e35290)が女の肩から己の爪先を引き抜いた。
「――ようは倒せばいいのだろう」
「あら? あなたも美味しそうね、狼さん」
 女は双牙をねめつけ、唇の端から犬歯の先を覗かせた後、体を回転させて力ずくで鎖と御業を振り解いた。
「でも、ざーんねん。あなたに用はないのよね。あの坊やだけでお腹いっぱいになりそうだから」
 女の手から光球が飛んだ。キャットリングを相殺する際にも用いたグラビティ。標的は『あの坊や』であるところの陣内だ。
 しかし、一人のレプリカントが陣内の前に立ち、盾となった。
 君乃・眸(ブリキノ心臓・e22801)である。
 ケルベロスコートを着て任務に臨むことが多い臨む眸ではあるが、今夜は私服姿だった。ケルベロスではなく、陣内の親友としてこの戦いに加わったからだ。
「そチらに用がなクとも、こちらにはアる」
 眸の足下から何本もの光の線が伸びていく。それらは回路図めいたものを地面に描き、その上に立つ彼や他の前衛陣のジャマー能力を上昇させた。もちろん、光球に受けたダメージも癒された。
「友が夕食になルのヲ見過ごスわけにはいカないのでな」
「そう! たまにいは予約済みなんだよ! つまみ食いはさせないんだよ!」
 兎の人型ウェアライダーである七宝・瑪璃瑠(ラビットバースライオンライヴ・e15685)が気力溜めを用いて眸に追い討ちならぬ追い癒しを施した。
「もちろん、猫さんも前菜にはさせないんだよ」
「にゃあ!」
 と、翼をはためかせて雄々しく(?)鳴くウイングキャットの下をしゃなりしゃなりと歩く和服姿の少女が一人。
 チーム最年少の九門・暦(潜む魔女・e86589)だ。
「躾の時間ですわよ、おばさま」
 女に向かって微笑む暦。その下半身が蛇のそれに変わり、『しゃなりしゃなり』が『ずるずる』になった。そう、彼女はメリュジーヌなのだ。
「刻み込んであげます。私たちとおばさま、どちらが上なのか……」
 蛇の下半身で素早く這い進み、『子猫の爪』と名付けた惨殺ナイフを一閃。ズタズタスラッシュによって、女の肩の傷口が広げられた。
「いや、刻み込むだけでは足りないな」
 イサギがオラトリオらしからぬ黒い翼をはためかせて女の懐に飛び込んだ。振るうは愛刀『ゆくし丸』。直刃の走る刀身が跳ね上がり、伽羅の香りが戦場に漂った。
 数秒も経たぬうちに血臭が取って代わったが。
「斬り刻もう。原型を留めぬほどにね」

●流れる鮮血に濡れる新月
「ディナーのためにここまで苦労させられるとはね」
 シャイターンの女の体に浮かぶ赤い文様が光を放ち、数分間の激闘のうちに累積したダメージと状態異常の幾許かが消え去った。
「もしかして、あたしのダイエットを手伝ってくれてるの? だとしたら、あなたたちは度し難いお節介焼きだわ。坊やの言ったとおり……」
「んー? たまにいは『度し難い』までは言ってないと思うんだよ。降下してる途中だったから、声はよく聞こえなかったけど」
 瑪璃瑠が義兄のイサギとともに芝居めいた所作をしてみせた。『月夜の天使(マグノリア・ヘプタペタ)』という名のヒール系グラビティだ。
「『度し難い』とは、この女にこそ相応しい言葉のような気がするな」
 憮然とした面持ちで双牙が片腕を突き出した。バトルガントレットの指先が女の脇腹を抉り抜く。
「フむ。確かに……」
 眸が小さく頷いた。度し難い女を見る目は冷ややかだったが、そこに軽蔑や侮蔑の念は含まれていない。彼にとって、この女は親友のために排除すべき障害。それ以上でも以下でもなかった。
「なんにせよ、こいつをあんたの夜食にするわけにはいかないよ」
 と、アガサが陣内に顎をしゃくって、女に語りかけた。
「あの子を泣かせるわけにはいかないし、凪の魂を悲しませるわけにもいかないから。それに――」
 陣内の亡き姉の名前を口に出しながら、アガサは掌を顔の前にやり、息を吹きかけた。
 掌から舞い散ったのは、石化の魔力を有した粉塵だ。
「――こんなの食ったら、腹を壊すぞ」
「てゆーか、ヤニくさくて食えたもんじゃねえだろ。きっと、こいつの肺は体毛と同じくらいまっくろけだぞ、まっくろけー!」
 ヴァオが『紅瞳覚醒』を演奏して仲間を援護した。ヤニくさいまっくろけな友から反撃を受けぬように距離を取った上で。
「獣人型ウェアライダーはモフモフだから、喉に毛玉が詰まる危険性もあるな」
 レヴィンが斬殺ナイフを振るい、石化の症状をジグザグ効果で悪化させた。
「毛玉よりも骨のほうが問題かもしれませんよ。硬すぎて、おばさまの脆い歯では噛み砕けないかも」
 挑発の言葉を女に投げながら、暦が指を鳴らした。地面に染み出した禍々しい黒い影が刃の形に立体化し、女を足下から傷つけていく。このグラビティの効果もジグザグである。
 別の黒い影も女に襲いかかった。
 陣内がレゾナンスグリードを仕掛けたのだ。
「あらあら。鎖で縛ったり、汚らしいスライムをけしかけたり……アブノーマルな趣味を持ってるのは坊やのほうじゃないの?」
 捕食モードのブラックスライムに食らいつかれながらも、女は嘲笑を浮かべてみせた。もっとも、苛立ちは隠し切れていない。
「それがどうした? プレイを選り好みできる立場じゃないだろ。お忘れかもしれないが、最初に誘ってきたのはそっちなんだからな」
 嘲笑に冷笑を返す陣内。しかし、彼もまた感情を完全に隠せてはいない。
 その感情は苛立ちではなく、恐れだ。
「……」
 眸が陣内を一瞥した。
 友の黒い被毛は恐怖と悪寒のために少しばかり逆立っている。そのことに気付きながらも、眸はあえてなにも言わずにプリズム状のガネーシャパズルからドラゴンサンダーを飛ばした。
 主人にタイミングを合わせて、ビハインドのキリノがポルターガイストを発動。竜の型の稲妻が女に命中すると同時に、足下に落ちていた石が跳ね上がり、貫通せんばかりの勢いで膝を打ち据えた。
「訂正するわ。あなたたちがやってることは――」
 傷ついた片足を庇いつつ、女が飛び退った。
 膝から血が流れ落ち、赤黒い線が地面に引かれていく。
 それを逆方向からなぞるように光の線が伸びた。
「――お節介なんてレベルじゃないわね」
「あら? 今頃になって気付いたんですか、おばさま」
 伸びていく光の線の数センチ横を暦が(平然とした顔で)駆け抜け……いや、這い進み、『子猫の爪』を女に突き立てた。
 続いて、本物の猫の爪が女を傷つけた。ウイングキャットの攻撃。
 その間に例の光の線――女が投擲した光球は飛び続け、盾となろうとしたキリノをかい潜り、黒い標的に命中した。
 陣内だ。
「この程度で怯むとでも?」
 光球の直撃に動じることなく、陣内は鎖で首を締め上げた。ただし、その相手はシャインターンの女ではない。自分自身だ。光球がもたらした催眠の作用。
「ぐげっ!? ……がっ!」
 呻き声と血の泡を吐いて苦悶する陣内であったが、心の片隅ではこの状況を冷静に捉え、そして、気付いていた。自身に対する殺意の原動力が催眠だけではないことを。
「なにやってんだ、このバカ!」
「たまにい! しっかりするんだよー!」
 心配げに悪態をつくというアンビバレンツな行為をするアガサに続いて、瑪璃瑠が気力溜めを施した。
 更にバラフィール・アルシクがヴァルキュリアの翼から羽根の形の光を飛ばしてキュアを重ねた。
 それらによって、陣内はなんとか正気に戻ったが――、
「いつまで悲劇に浸ってるつもりだ!」
 ――解けた鎖に代わるようにイサギが襟首を掴んで締め上げた。
「月はもうない! いいかげん、顔上げて前を見ろよ!」
 普段のそれとは程遠い口調と語調。イサギもまた気付いていたのだ。先程の陣内の狂気の原因が催眠だけではないことを。
「月か……」
 イサギと陣内を庇うようにして女と対峙しながら、双牙が呟いた。
「そういえば、貴様の光球はどこか月に似ていたな」
「それがなによ?」
 頬をしゃくるようにして女が問いかけた。
「貴様が、狂気をもたらす月も同然の存在だというのなら――」
 顎を引き気味にして、双牙は答えた。
 そして、地を蹴って一気に間合いを詰め、女に旋刃脚を食らわせた。
「――ここで沈んでもらう。永久に昇ることのないようにな」

●燃える記憶に凍える煉獄
 錯乱状態から脱した陣内であったが、激しい殺意が消えたわけではない。他の何人かのケルベロスもそれは同じだった。
「やれやれ」
 また文様を光らせて自らを癒しながら、殺意の対象は溜息をついた。
「お腹を空かせてるだけのいたいけな女の子を相手に鼻息を荒くしちゃって……ホント、定命者ってのは心にゆとりがないわねぇ」
「『いたいけな女の子』という言葉はスルーさせていただきますよ、おばさま」
 涼しげな顔をして、暦が斬撃を見舞った。得物は、歯車が仕込まれたチェーンソー剣。
「ゆとりがないのはおまえのほうじゃないのか?」
 と、指摘したのはレヴィンだ。
「クールな美女みたいに振る舞っているけど、本当はガタガタ震えてんだろ? どんなに足掻いたところで本星には帰れないし、死も避けられやしないんだからな」
「はぁ? なに言ってんの? あた……」
「もう黙れ」
 女は眉をひそめて反駁しようとしたが、イサギがそれを遮った。月光斬で急所を攻めるという形で。
「お喋りな女は嫌いなんだ」
「沈黙は金なんだよー」
 たとえお喋りだったとしてもイサギに許されるであろう唯一の女性――瑪璃瑠が飛び跳ねるようにして女に肉迫し、獣撃拳を叩き込んだ。
「まあ、べつに強がるのは悪いことじゃないけど――」
 レヴィンがジグザグスラッシュで追撃した。
「――そうすることで誰かを苦しめたりするのは嫌いだ!」
「……」
 眸が稲妻突きを繰り出した。あいかわらず無言かつ無表情ではあるものの、女に苦しめられている『誰か』を気遣っている。
 その『誰か』であるところの陣内もまた無言だったが、仲間を気遣う余裕はない。
「……おまえか?」
 呟きを漏らす陣内。
 イサギに黙らされる直前の女の反応を見て、彼は本能的に悟った。レヴィンが図星を指したことを。自分と同様、シャイターンの女も強がっていただけだということを。
 だからといって、女に対する親近感や憐憫が生じたわけではない。むしろ、嫌悪と憎しみがより増した。
 そして、どす黒い感情に触発されたかのように、ある惨劇の光景が脳裏に浮かんだ。
 その光景は陣内が(無意識のうちに?)忘れていた記憶……かどうかは判らない。だが、陣内自身はそう見做した。それ以外の答えに辿り着くことができなかった。
「飢えたまま、消えてゆけ」
 双牙が非常な言葉を吐き、自称『お腹を空かせてるだけのいたいけな女の子』を肩に担ぎ上げて地獄の炎で燃やした挙げ句、地面に叩きつけた。
「ぎゃっ!?」
 女が無様に悲鳴を発した瞬間、意識を過去に引きずられていた陣内は我に返った。
「……おまえか?」
 先程と同じ呟きを漏らし、ゆっくりと歩き出す。
 苦しげにのたうち回る女に向かって。
 左右の手から垂れ落ちるケルベロスチェインで二条の線を引きながら。
「おまえだな? おまえが殺したんだな? 凪を……」
「知るか! 一人で勝手に盛り上がってんじゃないよ!」
 女はなんとか立ち上がり、おなじみの光球を発射した。
 しかし、陣内には命中しなかった。
 アガサが盾となったのだ。
「陣……」
 呼びかけるアガサの横を通過し、陣内は女に迫っていく。
「おまえが……凪を……殺した」
「だーかーらー、知らないって言ってるでしょうが! 殺した相手の名前なんか覚えてないし、そもそも殺す前にいちいち名前なんか確認しないっての!」
 女の口元は歪み、微かに痙攣していた。苦痛に顔をしかめているようにも見えるし、嘲笑を浮かべているようにも見る。その両方かもしれない。
「だいたい、そのナギだかなんだかが死んだのはいつの話よぉ? 六年以上前だったら、確実に濡れ衣だからね! あたしはシャイターンなんだから! 地球人からすれば、新参のデウスエクスなんだから! そこんとこ判ってんのぉ、坊や?」
 判っていなかった。
 判る必要もなかった。
 女が真実を語っているのであれ、たんに言い逃れをしているのであれ、同じことだ。陣内にとっての真実はもう揺らがない。
 怒りが込められた念動力によって二本の鎖が鎌首をもたげ――、
「おまえが! 凪を! 殺した!」
 ――女の首に絡みついて締め上げた。
「ぐげっ!? ……がっ!」
 女は呻き声と血の泡を吐き出した。催眠にかかった時の陣内と同じように。
 他のケルベロスはただ立ち尽くし、その凄惨な光景を見つめていた。レヴィンと双牙は複雑な表情をしている。この二人も大切な存在をデウスエクスに奪われたのだ。
「ちょ、ま゛っ……だじゅ……けぇ……」
 女の苦鳴に言葉らしきものが混じった。
 命乞いをしているのかもしれない。
 それが彼女の運命を決定づけた。陣内が女を許す可能性は限りなくゼロに近かったが、この期に及んでプライドを捨てて助命を願ったことにより、限りなく近いどころかゼロ以外の何物でもなくなった。
「……」
 陣内は『おまえが殺した』の連呼をやめて、二本の鎖を振り回した。
 女の首に絡みつけたまま。
 右へ。
 左へ。
 上へ。
 下へ。
 何度も。
 何度も。
 何度も。
 そして、力の限りに両腕を水平に伸ばした。
 二本の鎖も左右に伸びた。
 もう女には絡みついていない。
「……にゃあ」
 雄々しく振る舞っていたはずのウイングキャットが悲痛な声で鳴き、前足を頭にやって顔を伏せた。
 陣内もまた顔を伏せたが、それは足下にある二つのものを確認するためだ。
 首を失って、横わたる女の体。
 体から離れて、転がっている女の首。
 後者は恨みがましげな目で陣内を見上げている。
 しかし、陣内の胸は痛まなかった。
 痛み以外のものもまったく感じなかったが。

作者:土師三良 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2021年6月26日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 4/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 7
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