ただ、くんかくんかしたい

作者:湯豆腐

●くんかくんかしたいの
「スーッ、ムフーッ、スーッ、ムフーッ」
 道行く女性に近づいては、くんかくんかしまくる一つの影。
「えっ、なにやだきもい」
 足早に去っていく女性を見送っては、また別の女性に同じことを繰り返す。
 控えめに言って、こいつは変態だ。
 そして丸一日かけ、通りがかる女性すべてのにおいを堪能したところで、その影は興奮の声をあげる。
「クッ、クククッ、フハハハハ! これだ、これこそが俺が求めているもの!! やはり女性の汗ばんだにおいこそ至高! 他のにおいなどこの世に存在する価値はない!」
 そう、その影は既にビルシャナとなってしまっていた。
 控えめに言わない場合は、大変な変態だ。

●依頼
「皆さん、依頼なのです。ドジせずできるのですか?」
 ケルベロス達の前に姿を現すユバ・クサツム。
「先日、ドジなビルシャナを撃退していただきましたが、その後、新たなビルシャナが現れたのです」
 神妙な面持ちで、そう告げるユバ。
「詳しくは……クリームヒルデさん、お願いします」
 ケルベロス達が視線を向けた先には、クリームヒルデ・ビスマルク(ちょっとえらそうなおばちゃん・e01397)がいた。
「個人的な趣味趣向による『大正義』を目の当たりにした一般人が、その場で、ビルシャナ化してしまう事件が発生しようとしています。ビルシャナ化するのは、その事柄に強いこだわりを持ち、『大正義』であると信じる、強い心の持ち主とのことです」
「ふむ。その事柄とは?」
 ケルベロスの問いに一つ頷くクリームヒルデ。
「女体の汗ばんだにおいこそ至高」
 はいきた変態。
 いや、実際わかる気がしなくもないけど、表立ってそれ言っちゃだめなやつ。
「事象そのものは大したことがないかもしれないこともないような気もしなくもないですが、このまま放置するとその大正義の心により、変態神の信仰が多大に深まる恐れがあります。その場合、同じ大正義の心を持つビルシャナを次々生み出すことをやられてしまう為、その前に、やる必要があります」
 クリームヒルデの言葉を受け、すっ、と前に出るユバ。
「大正義ビルシャナは、出現したばかりで配下はいないのですが、周囲に一般人がいる場合は、大正義に感銘を受けて信者になったり、場合によってはビルシャナ化してしまう危険性があるのです。大正義ビルシャナは、ケルベロスが戦闘行動を取らない限り、自分の大正義に対して賛成する意見であろうと反論する意見であろうと、意見を言われれば、それに反応してやってしまうようなのですので、その習性を利用して、議論を挑みつつ、周囲の一般人の避難などをやるようにしてほしいのです。なお、賛成意見にしろ反対意見にしろ、本気の意見をやらなければ、ケルベロスでは無く他の一般人に向かって大正義を主張し信者としてしまうので、議論をやる場合は、本気の本気でやる必要があるのです」
「依頼は二つ、なのです。周囲の一般人の避難と、ビルシャナをやるなのです。大正義に対する議論を行っている間は、ビルシャナはそれに応じるのです。ただし、避難誘導時に『パニックテレパス』や『剣気解放』など、能力をやった場合は、大正義ビルシャナが『戦闘行為と判断してしまう』危険性があるので、できるだけ能力はやらずに、避難誘導をやってほしいのです」
「避難が終わったら?」
「それは、やってください。素早く」
 頷くユバ。
「ま、そういうことでこんな害しかないHENTAIちゃんは、カカッとやっつけちゃったほうがいいと、おばちゃんはそう思うわけなのよね」
 そしてパタパタと扇子を振りながらクリームヒルデが告げると、ケルベロス達は、まあ、そう、かな、って思った。


参加者
セレスティン・ウィンディア(穹天の死霊術師・e00184)
クリームヒルデ・ビスマルク(ちょっとえらそうなおばちゃん・e01397)
ミリム・ウィアテスト(リベレーショントルーパー・e07815)
ルーシィド・マインドギア(眠り姫・e63107)
九門・暦(潜む魔女・e86589)
九田葉・礼(心の律動・e87556)

■リプレイ

●それぞれの想い
「鳥もそろそろお別れかというと……あなたみたいな間抜けな教義も可愛らしく見えるわね。文鳥好きとしては、鳥の匂い結構好きなのよ。人に例えると女の子の汗の匂いって気持ちもまぁわかるかしら」
 ビルシャナの数々の悪行を思い起こしながら、どこか懐かしさすらおぼえるセレスティン・ウィンディア(穹天の死霊術師・e00184)。
 色々あったものの、いざ永遠のお別れとなるとどこか寂しい気がしないでもない。
「マジでknkknkされるとは思わなかったぜ。受けて立とう。HENTAIビルシャナもこれで見納めですかね」
 これでビルシャナと相対するのも最後と、依頼を持ち掛けてきたクリームヒルデ・ビスマルク(ちょっとえらそうなおばちゃん・e01397)。
 やらないと見せかけてやるのが俺だぜ?
 そして今日は大事なWeb会議のスケジュールは入っていないので、心置きなくHENTAIを楽しめるというものだぜ。
「うわっ、うーわっ……ほんとロクでもない変態ビルシャナですね。さっさとぶち殺したいですけど、その前に周囲の安全を確保しませんとっ。とはいえ、とんでもない変態鳥ですけどコレで鳥も見納めと思うと感慨深いです」
 ミリム・ウィアテスト(リベレーショントルーパー・e07815)はどこかおセンチになりながらも、必ずレクイエムを聞かせてやると強い殺、決意をもつ。
「しかし……ほかの臭いや匂いがどうとか私も言いますけど、それ以前にあからさまにニオイ嗅ぐなんていくらなんでもアウトでしょう……」
 ミリムの目がだんだん死んでいっているような気がするのは気のせいだ。
「ミリム様の言う通りです。匂いを嗅がれるのはめっちゃゾワゾワします。すごくイヤです恥ずかしいです気持ち悪いです」
 横で思いっきり嫌悪の表情を浮かべるルーシィド・マインドギア(眠り姫・e63107)。
 ミリムを除くケルベロス達がはじめましてなのでちょっと緊張しているが、変なとこ見せないようにしなきゃ、と意気込みは十分だ。
 ルーシィドは改めてポケットにしのばせた薔薇の柄が描かれた可愛い硝子のアトマイザーを、きゅっと握りしめる。
「匂いを嗅がれるのは……控え目に言って、ドン引きですね」
 近くを見ているのか遠くを見ているのか、よくわからない視線をどこかに送る九門・暦(潜む魔女・e86589)。
 そう、それはまるで汚いモノが見えているかのような視線。
「ほぼ初めての依頼が変態相手……」
 そんな中、九田葉・礼(心の律動・e87556)は既に色々と諦観しはじめる。
 ケルベロスとなり、ほぼ初めての依頼がHENTAI相手とはもう、ようこそこちらのセカイへとしか言いようがない。

●生温かい風に誘われて
「この世は汗ばんだ女性のにおいさえあれば他に何もいらぬ! もっとかがせろ! もっと、かがせろお!! ムホーッ!! ンフーッ!!」
 梅雨の近づきを感じさせる生温かい風にのせられてか、どこからか耳をくすぐるヤバイ雄叫び。
「あの鳥の言葉は人が聞き続けてはキケンな呪い。刺激しないようにそっと静かに耳を伏せて、この場から避難してくださいませ」
 内心耐え難い精神的苦痛に耐えながらも、それは表情には出さずに、一般人に優しく柔らかく声をかけるルーシィド。
 小さな子供や純真な女の子が心にトラウマを受けないよう、アレな言葉には誘導の声をかぶせ、場合によっては耳をそっと抑えてやりながら、そそくさと避難を進める。
「妹さんにばれたりしたら、『お兄ちゃんったら不潔! もうパンツ洗ってあげないんだから!』なんて嫌われちゃうかも」
「こんなことやってるのが会社や学校にばれたら……今日のうちに席がなくなっちゃうかもしれませんよ?」
 暦は巧みな脅しも交えながら避難誘導を行う(主に男性中心)。
「もとより、そのようなものなどないわガハハハ!」
「我々の業界ではご褒美です!」
 などと言う剛の者は流石にいなかった。
「みなさん、ここは危険ですから早く逃げてください!」
 声を振り絞り避難を促す礼。
 周囲の地形や足の遅い人にも注意を払いつつ、地道に声をかけ、避難誘導を行う。
 大声を出すのは苦手、かつちょっと辛いのだが、安全のためと、礼は必死に声を張り上げる。
 誘導班の的確な指示のもと、一般人の避難は着々と進められていくのだった。

●体育のあとの教室のにおいが好きでした
「このにおいこそまさにこの世の桃源郷!!! ンフッ、ンフッ!!」
 どこからもってきたのか、体操着を顔にかぶせながら絶賛悦に入るビルシャナ。
 ヤバいを通り越して事案になりそうなほどパッションに拍車がかかっているビルシャナに対し、遂にケルベロス達は作戦を敢行する。
「あなたが匂いを嗅ぎたいように、私もあなたをもふりたいのだけどいいかしら?」
 ――そう言の葉を紡ぐや否や、ビルシャナの返答を待たずしてセレスティンはビルシャナを抱きしめ、優しく滑らかに羽毛を撫で回し、そしてその羽に纏う香を胸いっぱいに吸い込む。
 鼻腔をくすぐるその香を確かめながら、指先に伝わるのはビルシャナの羽毛、皮、そして骨の感触。
 その骨格すらも愛でようと、大事に、大切にビルシャナを撫でまわす。
「ちょっ、え?」
 ビルシャナはある種の恐怖に支配されたのか、かぶった体操着もそのままに、身体を動かすことができない。
「あぁ、なんて美しい毛並みなの」
 ビルシャナの耳元で妖艶な響きが囁く。
「匂いを嗅ぎたい? ふふ。いけない鳥さんね? ねぇ、もっと見せてあなたの全てを。恥ずかしがらずに、遠慮しないで? 身を委ねればいいの」
 そっ、とビルシャナの顔に触れるセレスティン。
 そしてそのまま後ろにまわした腕に徐々に力が込められ――。

「ほう……いい、骨格……」
 艶やかな息を吐きながらビルシャナを見つめ、首を振るセレスティン。
 少し妄想が過ぎたせいか、若干頬が上気している。
「き、貴様何を考えている!!」
 何かよからぬことをセレスティンが考えていることを察したのか、体操着を懐にしまいひどく怯えるビルシャナ。
 本能的に何かヤバイと察したらしい。
「汗ばんだ女体の香りこそ至高と申すか……それもまた、よいものである。だが……しかし、待って欲しい。もっと、欲望に訴えかける香りがあると思わんかね?」
 すっ、と一歩踏み出し、ビルシャナに問いかけるクリームヒルデ。
「そう、炭火焼きの焼きロリの香りこそ至高! タレが少し焦げた、カリッカリとジューシーが同居する鳥皮。鶏肉とネギの奏でるハーモニーたるねぎま。つくねや手羽先、レバーもいい。ビールも酎ハイも焼酎も進む進む。しかも、双璧をなす香りのうなぎと比べたら……とってもお財布に優しい! まさに庶民の味方。あ、ねぎまやつくね、豚バラは塩もありだけど、鳥皮と手羽先はタレですよね」
 いつの間にか、そしてどこから持ってきたのか焼き鳥の屋台を繰り広げ、これでもかと団扇でパタパタと仰ぎまくるクリームヒルデ。
 焼き鳥と鰻は匂いで食べさせるとはよく言ったもので、絶妙な秘伝のタレが赤熱した炭にしたたり、ぷつぷつと弾ける匂いはあたりにやべえ匂いを充満させる。
 一つ言えることは、今日の夕飯は焼き鳥一択ということだ。
「女体の汗ばんだ臭いのどーこがいいんですか? 何日もお風呂に入っていない女の子の汗ばんだ臭いでも好きというんですか? 若いおなごじゃない還暦迎えるお婆ちゃんの汗ばんだ臭いでもウェルカムといいますか? そんな臭いよりもっとまともな匂いが世にあるんじゃありませんか! 少し仄かな石鹸やシャンプーの香りがする人とか! 制汗剤をしてスッキリした香りがする人とか! 青春を感じる匂い! そんな匂いがあるじゃありませんか!?」
 事前に入念にシャワーをしてきたミリムはふぁさっと髪をかきあげる。
 体育の後の教室。
 独特のむわっとした空気に漂う清涼な匂い。
 忘れていた青春の匂いが、確かにそこにはあった。
 お父さんはちょっとその教室で5回くらい深呼吸をしてみたいと思う。
「汗の匂いが良いなんて、容易く口にしないでください。この香水も至高を目指して人が作った匂いの芸術。自分の匂いを知られるなら、少しでもいい匂いとして憶えて欲しいとする心を、否定しないで欲しいのです」
 オーデコロンをプシュと自分に吹き掛けてビルシャナに近寄るルーシィド。
 制汗剤とは違った、一言では表現できないような、心が落ち着くような、そんな匂い。
「ルーさん、今日は随分と大人っぽい香ですね。私、その匂いも好きですよ」
 ミリムにそう声をかけられたルーシィドは少し照れた表情を浮かべる。
「貴方はこの地球で最後のビルシャナなんです。汗などと男女問わず臭いまま逝くのは、非常に悲しいことですよ。最期だけはせめて美しい香りに包まれて下さい」
 白百合メインの大きな花束を差し出す礼。
 そのかぐわしい香りは全てを浄化してくれるかの如くビルシャナを包み込む。
 なお、クリームヒルデの焼き鳥はいい感じに焼き上がりを見せ、いよいよ開店に向け準備は大詰めを迎えていた。
 え?

●ビルシャナ・ザ・エンド
「安くてうめえ焼き鳥いかがっすかー! こいつは食欲にダイレクトアタックだぜ。個人的には鳥皮が好きです。ビルシャナさんは何が好きかな? 何でも焼いてあげますよ。それとも、串に刺されてアッー! と焼かれたい派?」
 ビルシャナに向け煙と匂いをあおぎながら、焼き鳥焼き焼きタイムを続けるクリームヒルデ。
 かの有名なナントカ鶏を使用しているため、鳥皮ひとつとっても、まったく癖のない仕上がりである。
 クリームヒルデもその仕上がりには満足しているようで、ニコニコと笑みを浮かべる。
「と見せかけて足止めのための氷攻撃」
 そして真顔で氷攻撃を放つ。
「皆さん、大丈夫ですか?」
 礼は状況を常に意識しながら、仲間への回復も忘れないようにしつつ、見切りを注意しながら立ち回る。
 ほぼ初めての依頼とはいえ、礼は何か自分が役に立てることはないかと積極的に探し、そして実行する。
「もふりたいのも本当よ? でもね、私あなたの骨を一番愛でたいの」
 バトルプロフェシーをかけ、ビルシャナに向かうセレスティン。
 クリスタルファイアと黒影弾を放ち、バッドステータスを付与することも忘れない。
 見切り防止にシャドウリッパーと呪詛食らう烏を放つ。
 セレスティンはひたすら(いろんな)傷口を抉る作戦だ。
「いえ、ただの骨好きのお姉さんよ?」
 ふふ、と笑みを浮かべるセレスティンを前に、ビルシャナは恐怖を感じることしかできない。
「大物といいますか、強者感満々ですね」
 セレスティンに一種の畏敬の念を抱きながら、スカルブレイカーで脳天を叩き割り、緋牡丹斬りで斬り刻むミリム。
「少し名残惜しく感じるのは気のせい?」
 ビルシャナにおもくそ攻撃を加えながら、ふと、ミリムは考える。
 物心ついたときから一緒に過ごしたビルシャナ。
 時には喧嘩もしたけれど。
 突然雨が降り出した日、無言で傘を差しだし、自分はずぶ濡れになりながら帰っていったビルシャナ。
 ある日自転車のチェーンがはずれたときには、油だらけになりながらも、黙って直してくれたビルシャナ。
 そんな想い出はシャボン玉のように浮かんでは消え、浮かんでは消え。
「では……さっさと消えなさいこの塵!」
 あ、はい。
 そしてミリムに続き、見切りに注意しつつ命中が確実なグラビティで攻撃するルーシィド。
 眠れる森の美女も交えながら、手を休めることなく嫌悪の対象に攻撃を仕掛け続ける。
「ふふ、捕まえましたよ?」
 暦はポイズンテイルを放ち、そのまま尻尾でビルシャナを捕える。
「あなたみたいなHENTAI鳥はこの世に存在してはいけません」
 ギリギリと締め上げはじめる暦。
 それはもう、全身の骨が軋む位に。
 そうそう、骨と言えば。
「ああ……いい音……」
 両手で自分を抱きしめながらその甘美な音に酔いしれるセレスティン。
 さらに締め付けの力を増す暦。
 額にうっすら汗が浮かび上がる。
「ぐうぅ……最早これまでか……しかしこのビルシャナただでは死なぬぞ! 最後に貴様の汗ばんだにおいを存分に嗅いでやる!!」
 そして暦に向かい腹の底から深呼吸をひとつし、ビルシャナは一瞬悦の表情になったかと思うと一度身体を大きく弾ませ、それ以上二度と動くことはなかった。
「あなた、とてもいい『音』、だったわよ」
 そしてセレスティンは上気した頬を手で抑えながら、少し潤んだ視線を、骨砕きにされ動かぬビルシャナに向けるのだった。

●さらば
「せめて魂は変態的な教義から解放されて安らかに眠れますように……」
 敬虔に手を組み目を閉じ、うつ向いて冥福を祈る礼。
 真面目なのはいいことなのである。
「こ、このままではいけません」
 先ほどのknkknkがトラウマとならぬよう、暦は必死に自分のハートにヒールをかける。
「最後のHENTAIに敬礼」
 びしぃっと右手をそえ、敬礼を行うクリームヒルデ。
 これは、大変なHENTAIであったことはいうまでもない。
 とりあえず敬礼する時は危ないから焼き鳥の串は置いておこうぜ。
 ぼんじり食べたい。

作者:湯豆腐 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2021年6月14日
難度:普通
参加:6人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 0
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