濡れる狩人

作者:紫村雪乃


 すでに梅雨入りしたためか、どしゃ降りの雨が地を叩いていた。遠くの町明かりも雨に煙って朧にかすんでいる。
 と、そんな濡れた世界の中、動く影があった。コギトエルゴスムに機械の脚のついた小型のダモクレスである。森に分け入り、そこにある一つの影にダモクレスは近づいていった。
 それは機械じかけの人形である。弓に矢をつがえていた。駆動させれば矢を射るという玩具である。
 うち捨てられてかなり経つのだろう。人形は錆が浮き、汚れにまみれていた。けれどーー。
 ダモクレスが入り込んだ。一体化し、自らを改造。戦うための機体を造り上げた。
 雨に打たれながら、それは立ち上がった。両腕に弓を装備した人型の戦闘機械が。
 生まれ変わった人形は、殺戮のために人を求めて歩き出した。


「惨劇が予知されました」
 セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)はいった。
「けれどまだ間に合います。全速でヘリオンを飛ばせば、まだ被害が出る前に標的を捕捉できます」
 敵は弓を装備した機械人形。その動きは疾風のように速い。個体の能力ならば相手が格上であった。
「武器は?」
 バジル・ハーバルガーデン(薔薇庭園の守り人・e05462)が問うた。
「弓です」
 セリカは答えた。妖精弓に似た破壊力をもつそれは強力で、ケルベロスといえども油断していいものではなかった。
「強敵です。けれども斃すことができるのはケルベロスだけ。惨劇を食い止めてください」
 セリカはいった。


参加者
月隠・三日月(暁の番犬・e03347)
コクマ・シヴァルス(ドヴェルグの賢者・e04813)
バジル・ハーバルガーデン(薔薇庭園の守り人・e05462)
源・瑠璃(月光の貴公子・e05524)
ミリム・ウィアテスト(リベレーショントルーパー・e07815)
カタリーナ・シュナイダー(断罪者の痕・e20661)
六星・蛍火(武装研究者・e36015)
如月・沙耶(青薔薇の誓い・e67384)

■リプレイ


 叩きつけてくる雨に、輸送ヘリの窓が濡れている。
 窓外に目をむけていた女と見まがうばかりに可愛らしい顔立ちの若者がため息まじりの声をもらした。
「予想していたダモクレスが本当に出て来るとは驚きました」
 バジル・ハーバルガーデン(薔薇庭園の守り人・e05462)という名の若者の偽らざる心情であった。ダモクレス出現は彼のせいではないが、それでもなんとはなく嫌な気分ではある。ただ予知できたことは不幸中の幸いであった。
 その想いはミリム・ウィアテスト(リベレーショントルーパー・e07815)も同じであった。
「今、急いでいで向かえば何かが起きてしまう前に間に合うっ。惨劇が起きてしまう前に壊してしまわなければ」
 ジリジリと灼かれるような焦りにかられ、ミリムは独語した。
 誰かのために戦い、それが故に疲弊しきっている彼女。それでもまだ戦い続けようとするミリムの精神の格調の高さを何と評してよいか。
 が、ここに、ミリムとは対照的に私憤に身を焦がす者がいた。
 少年と見まがう褐色の肌の男。ドワーフの賢者たるコクマ・シヴァルス(ドヴェルグの賢者・e04813)であった。
「ビルシャナが去った。やはりあの時こそが最後の好機であったのだな」
 コクマは身悶えた。
「きっとダモクレスを砕いたところで気晴らしにもならんのだろうなぁ」
 コクマは嘆いた。
 その様子を訝しげにちらりと見やってから、源・瑠璃(月光の貴公子・e05524)は隣のシートに座す煌めく瞳が特徴的な美しい女性に目を転じた。
 女性の名は如月・沙耶(青薔薇の誓い・e67384)。瑠璃の年上の妻であった。
「凄腕の狩人……。人でいうならロビンフッドか那須与一か。その腕を無差別に一般人に向けられると危険だね」
「そうですね」
 沙耶はうなずいた。
「凄腕のスナイパーというのは一切無駄な動きをしないと聞きますし、古今東西の歴史でも優れた射手は戦争の趨勢を決めてきました。味方にすると心強いことこの上ないですが、敵に回すと厄介ですよね。でも、退く理由はありません。はい、瑠璃。背中は任せてください」
「ありがとう」
 瑠璃は微笑むと、沙耶にうなずき返した。
「沙耶さん、行こう」


「ずぶ濡れですが、仕方ありませんね」
 ミリムが身を震わせた。梅雨の頃とはいえ、雨は容赦なく彼女の体温と体力を奪っていく。
 そのミリムはゴッドサイトデバイスを装着していた。大まかにではあるが、敵の位置を彼女は把握している。
「もうすぐ接敵します」
 ミリムがいった。ケルベロスたちが足をとめる。
 終末竜咆鎚を砲撃形態に変形。ミリムは砲口を森にむけた。
 森の中には鬱蒼と繁った枝葉により雨は降ってはいない。やがて乾いた闇の中に異形が姿を浮かび上がらせた。ダモクレスだ。
「そこですね! さあ喰らって壊れなさい!」
 終末竜咆鎚が火を噴いた。唸り飛ぶ砲弾が機械狩人を爆炎に包む。
 次の瞬間、爆煙をぶち抜いて矢が飛び出した。反射的にケルベロスたちは身を伏せたが、遅い。空間を疾った巨大な矢が瑠璃を貫いた。
 爆ぜた、としか思えぬ惨状。血肉を撒き散らし、文字通り瑠璃の身に風穴を開けて矢が貫いて疾った。
「瑠璃!」
 倒れた瑠璃に沙耶が駆け寄った。沙耶の顔色が変わる。
「大丈夫です。絶対私が助けます」
 沙耶が気をたわめた。膨大な熱量が放散され、瑠璃の傷を分子レベルで再生する。が、まだ完治とはいえなかった。
「ありがとう、沙耶さん」
 瑠璃が身を起こした。朱に染まったその身が虹を思わせる荘厳な七色の光に包まれる。
 それは太古の月の光であった。瑠璃のみ成しうる秘術により、彼の身にやどっている不滅の力を呼び起こすことができるのだ。
「私も力を貸すぞ」
 月隠・三日月(暁の番犬・e03347)が傷をはしらせた顔を瑠璃にむけた。その三日月の手が素早く組み合わされる。結印というやつだ。
 次の瞬間、瑠璃の身体が二つになった。分身の術である。三日月は忍法をあやつることができるのだった。
「弓使いのダモクレス……なるほど凄まじい威力だ。周囲に人がいないのが幸いか。被害が出る前に終わらせよう」
 三日月が森に視線を据えた。射線から、彼女はすでに敵の位置を特定している。
「弓を装備したダモクレスか、何とも厄介な相手ね。でも、こちらも頼もしい仲間が集まってくれている、簡単には負けないわ」
 物憂げに、その少女はいった。雨に金色にけぶる美しい髪をサイドに結わえている。名は六星・蛍火(武装研究者・e36015)といった。
 蛍火はそばで滞空している小竜に目をむけると、
「さぁ、行くわよ月影。サポートは任せたからね!」
 声をかけた。こたえの代わりに月影が大きくうなずく。
「私の自慢の一曲、お聴きなさい」
 雨に濡れながら、蛍火がヴァイオリンを奏で始めた。月の魅力をうたった曲であるが、調べそのものが奇跡の業である。耳にしたケルベロスたちの能力が増大した。
「なるほど」
 カタリーナ・シュナイダー(断罪者の痕・e20661)の鋭い目がぎらりと光った。ふつふつとわきあがってくる力をカタリーナは感じ取っていた。
「不躾な木偶人形がまた暴れているな。私の射撃術と奴の弓術、どちらが上か試してやろう。鋼の肉体は持たずとも、心を持った化け物は手強いぞ」
 その言葉通り、カタリーナは化け物のような手並みでバスターライフルをかまえた。刹那のポイントのみで射撃。雨を蒸発させながら疾った魔法光で過たず機械狩人を撃った。
 が、機械狩人は未だ健在だ。さすがに一撃のみではさしたる痛痒も感じてはいないようであった。
 機械狩人は素早く退った。遠距離攻撃が己の利とわきまえているようだ。
「距離はとらせませんよ! 束縛する薔薇の蔦よ、敵を縛り上げてしまいなさい!」
 バジルの手から棘の生えた薔薇の蔦が噴出した。空で機械狩人をとらえ、戒める。
 機械狩人はもがいた。が、蔦を切断できない。蔦であるはずのそれは鋼を超える硬度をもっていたのだった。
「助かるぞ」
 バジルに告げると、コクマは機械狩人に接近した。
「ダモクレスというのはあれか。魔法少女の敵とかそういう系列なのか。性懲りもなく湧きおって」
 苦々しげに吐き捨てると、機械狩人を追ってコクマが跳んだ。地を揺らして踏み込み、鉄塊にしか見えぬ巨剣ーースルードゲルミルを降り下ろした。ダモクレスですら重すぎる斬撃に超硬度鋼の装甲がひしゃげる。
「ぬっ」
 凄まじい衝撃にコクマの口を割って苦鳴がほとばしりでた。


 コクマの腹から大量の血がしぶいた。ざっくりと彼の腹が切り裂かれている。
 それは機械狩人の弓の仕業であった。弓は刃のように研ぎ澄まされていたのである。
「さがれ、コクマ!」
 叫ぶカタリーナのバスターライフルから白光がほとばしりでた。空を貫いたそれは、しかし機械狩人をかすめて流れすぎている。機械狩人がかわしたのだ。
 が、その一射は無駄ではなかった。その一瞬間にコクマは跳び退っている。
 が、まだだ。コクマの治療の間、機械狩人を抑える必要があった。
「吹き飛んでしまいなさい!」
 思念を凝縮、バジルが座標を固定した。
 次の瞬間だ。爆発が起こった。衝撃に機械狩人が吹き飛ばされる。
「今のうちに治療を!」
 バジルが叫ぶと、蛍火の指示を待つことなく月影が動いた。属性をインストールし、コクマを癒す。
 さらに沙耶が運命を示した。勝利の運命を。
 それは希望への導きであった。希望があるかぎり、人は戦える。
「倒れている者を打つのは趣味じゃないのだがな」
 が、三日月は跳ぶ。倒れた敵を打つために。
 これは戦いなのだ。荒ぶる攻撃の中において、三日月の意識は冴えている。連続跳躍の果てに機械狩人の死角に到達した彼の魔槍の刺突は、いかんなく鋼の装甲を貫いた。
「まだだ!」
 叫ぶ声は空でした。独楽のように身を旋回させたコクマの姿がそこにある。
 遠心力を利用して加速した一撃をコクマは叩き込んだ。岩ですら砕く馬鹿げた打撃である。
 誰が想像し得ただろうか。コクマの渾身の一撃が受け止められるなどということを。
 が、やはり破壊力は甚大であった。弓で受け止めた機械狩人の足下の地が陥没する。
「コクマさん、いくよ!」
「おう!」
 瑠璃の声にコクマが反応、跳んで離れた。
 直後の事である。機械狩人が爆発に吹き飛ばされた。瑠璃の砲撃である。
 樹木をへし折って止まった機械狩人は、しかしむくりと身を起こした。やはり心をもたぬ機械に痛みはないようである。
 が、わずかに機械狩人がよろけた。足を狙った瑠璃の攻撃は功を奏していたのである。
 一瞬、茫然としたように機械狩人が立ち尽くした。人間を思わせるその頬が濡れている。まるで涙を零したように。
「…機械は涙を流したりなんてしません」
 哀れむ自らの心を叱咤し、ミリムは攻撃した。彼女の手の粘塊が変形、槍と化して機械狩人を貫く。
 機械狩人は弓で槍を切断、逃れた。なお健在である脚力を使って疾走する。
 亜音速。ケルベロスですら目で追うのは困難であるほどの速度であった。がーー。
「あなたは速い。けれど私には通用しないよ」
 蛍火が指先を銃口のように機械狩人にむけた。放たれたのは気の塊である。
 気といっても、圧縮された蛍火のそれは弾丸を凌ぐ硬度と破壊力をもっていた。さらに、その弾丸は追尾能力をも備えていた。
 拳銃弾でおよそ時速千三百キロ。が、蛍火のそれはライフル弾の速さに匹敵した。すなわち音速を超えているのである。
 亜音速で疾走する機械狩人が逃れようはずがもなかった。着弾の衝撃で機械狩人の足がとまる。
 その一瞬を瑠璃は見逃さない。敵が強力であるが故に彼は良く視ていたのだ。この点、瑠璃は抜群の戦況判断能力を備えているといえる。
 瞬き一つの間に瑠璃は機械狩人に接近した。
 反射的に機械狩人は弓をかまえた。鉄すら切り裂く鋭利な弓を。
 が、瑠璃はとまらない。ヌンチャク状にした玄武轟天で弓をさばき、さらに接近。華麗に舞わせた玄武轟天の一撃を機械狩人に瑠璃はぶち込んだ。
 衝撃に後退る機械狩人。その機をつかんだのはミリムであった。
 サテライトブラスター。彼女の必殺の衛星兵器である。
 戦略兵器搭載軍事衛星を操るため破壊力は高いが、視認が必要であり、かつ目測で行う為か的外れしやすいという弱点があった。そのサテライトブラスターを使うのは、敵がとまっている今しかない。
「久々に扱う技で上手くいくかわかりませんが……オーライ、ファイアッ!」
 瞬間、暗雲を払って光が降り注いだ。圧倒的な破壊力を秘めた魔法光である。
 光を浴びた機械狩人の機体が溶解した。さらに内部機構の一部が破損する。
 が、まだ機械狩人は倒れない。損傷を無視した正確さで弓に矢をつがえた。その矢であるがーー。
 それはあまりに巨大であった。矢というより槍である。
 放たれた巨矢は衝撃波を撒き散らして疾った。コクマめがけて。さしものコクマも逃れることは不可能である。
 巨矢は肉体を紙のように貫いた。コクマのーーいや、彼をかばった三日月の身体を。
 刹那、月影が飛翔した。巨矢に食らいつくと引き抜く。
「すまん」
 腹の傷を手でおさえ、がくりと三日月は膝をついた。そしてニヤリと笑う。計算通りに運んだという会心の笑みだ。
 もし三日月がかばわなかったらどうなっていたか。完治していないコクマは戦闘不能状態となっただろう。
 コクマが見やった。
「礼をいわねばならんな」
「なんの」
 三日月がこたえると、コクマが踏み出した。同時に沙耶の手が舞う。
 沙耶の手の動きを見た者は、思わず呻いたに違いない。速い、と。
 的確、かつ神速で沙耶は手術を行っていた。魔法的外科手術を。
 魔力メスにより患部を切除、同時に再生。見るまに三日月の傷がふさがっていった。
 その時ーー。
「我が怒りが呼ぶは手にする事叶わぬ滅びの魔剣! 我が怒り! 我が慟哭! 我が怒号!その身に刻むがよい!」
 コクマの怒号が響いた。振り上げたスルードゲルミルに紅蓮の炎がまとわりつく。
 その炎はコクマの右腕の吹き上がった地獄の炎であった。すなわち彼の怒りの具現化である。コクマが怒れば怒るほど、炎の刃はより熱く、巨大になるのだった。
「貴様など気晴らしの生贄にもならんが……散れ」
 コクマが炎刃を振りおろした。超硬度鋼の機械狩人の装甲が飴のように切り裂かれる。
 直後、さらなる一撃が機械狩人を襲った。三日月の一閃だ。空の霊力をまとわせた槍が機械狩人の傷をさらに広げる。
 もはや半壊状態。が、機械狩人の戦意は未だ衰えてはいなかった。殺戮プログラムはなおも機械狩人に戦闘を強要している。
 電子眼を赤く光らせ、機械狩人は弓をかまえようとした。しかし、その動きがすぐにとまった。
 蛍火の目が、機械狩人の電子眼を見つめている。彼女の拳は機械狩人の腹に叩き込まれていた。その打点から広がった氷結が機械狩人を凍りつかせているのだ。
「もう終わりにしてあげる。眠りたいでしょ?」
 蛍火が問う。が、いらえはなかった。
 代わりにもがく。機械狩人を覆う氷の棺に亀裂が走った。
「たいした執念だ。いや」
 カタリーナは苦く笑った。
「所詮はプログラム。それが貴様の弱点だ。この世に絶対の強者などいない。死に物狂いで戦い、勝利を得た者だけが生存を許される。貴様には、その必死がない。故に、我らは絶対に負けぬ」
 カタリーナが装備された大砲でポイント。射出された砲弾が機械狩人の装甲を打ち砕く。
 そして、その時はきた。決着の時が。
 一瞬間で接近。バジルは極限まで身を捻った。
 反射的に機械狩人が弓で横薙ぎ。が、その一閃は空をうっている。バジルが身を沈めたからだ。
「音速を超える拳を、避けきれますか?」
 バジルの目がぎらりと光った。衝撃波が地を切り裂いた時、すでにバジルは超音速の拳を打ち抜いている。
 吹き飛んだ機械狩人が地に転がった。もはや動くことはない。雨に濡れて、狩人は今、眠りについたのであった。


「やれやれ、今回も強敵だった」
 瑠璃はほっと息をもらした。
「沙耶さん、家に戻って無事を知らせに行こう。おやつを作ってまってるだろうから」
「そうですね」
 沙耶は頷いた。
 戦いは終わった。肉体も精神も疲れきっているが、満足感がある。多くの命を救うことができたという満足感が。
 その傍ら、ミリムはそっと瞑目していた。
 雨に濡れたダモクレスは泣いているように見えた。錯覚であろう。が、ミリムはダモクレスの頬を濡らしたのが涙であるような気がしてしようがなかった。
 その時、すでにコクマの姿はなかった。彼は森の奥へと足を踏み入れていたのである。
「ああ…もう全てを焼いてしまおうか」
 悲嘆と悲憤と絶望と慟哭。それらを混ぜ合わせた昏い炎を纏った拳を、コクマは独り大地に叩きつけ続けた。

作者:紫村雪乃 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2021年6月6日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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