藤色の日

作者:崎田航輝

 風が暖かく、陽光が仄かに眩しくなってくる。
 春花が散って、新たな季節の花が色づく時節。公園には清廉な紫が枝垂れて、空の光を優しく透かしていた。
 それは遊歩道に長くトンネルを作る、藤の花。咲き誇る花弁が風に揺れ、時に淡く、時にきらきらと、反射するように光と遊んでいる。
 この日は丁度、藤まつりと銘打たれた催しも開かれているところ。
 人々は歩みながら、景色だけでなく、屋台や移動販売の店にも立ち寄って。綿あめや鯛焼きだけでなく、かき氷やクレープに涼も求め、増してきた季節感を味わっていた。
 と──そんな眺めから少し離れたところ。
 公園の端の植え込みの奥、目立たぬ場所に転がっている機械があった。
 それは携帯型の扇風機。バッテリーで動くタイプで、スイッチで小さな羽を回して風を送るものだ。
 が、捨てられて久しいのか、既に壊れていて風化も進んでいる。このままであればもう二度と動く事もない――はずだったが。
 かさりかさりと、そこへ這い寄る影がある。
 コギトエルゴスムに機械の足が付いた、小型ダモクレス。携帯扇風機に近づくと、取り付いて一体化していた。
 するとそれは俄に動き出し――新たな機械の羽を生やして、飛び立つ。
 そうして植え込みを抜けると、祭りに憩う人々へ狙いを定めて速度を上げていった。

「初夏らしい気候になってきましたね」
 イマジネイター・リコレクション(レプリカントのヘリオライダー・en0255)は集まったケルベロス達へそんな言葉をかけていた。
「爽やかな陽気で……とある公園では藤まつりが開催されて、藤棚の景色で人々を集めているそうですよ」
 ただ、そこにダモクレスが出現することが予知されたと言った。
 放置されていた携帯扇風機があったようで──そこに小型ダモクレスが取り付いて変化したものだという。
「このダモクレスは、人々を襲おうとするでしょう」
 それを防ぐために現場に向かい、撃破をお願いします、と言った。
「戦場となる場所は公園内の一角です」
 敵が植え込みから出てくる所を、こちらは迎え討つ形となるだろう。
「人々については警察が事前に避難させてくれます。皆さんは戦闘に集中出来るでしょう」
 花の被害も抑えられるでしょうから、とイマジネイターは続ける。
「無事勝利出来た暁には、皆さんもお祭りに寄っていっては如何でしょうか」
 藤棚のある道が伸びていて、美しい景色が楽しめる。
 そこを散歩してもいいし、出店で食を味わったりしてもいい。爽やかな初夏のひとときを過ごす事が出来るだろう。
「そんな憩いのためにも、是非撃破を成功させてきてくださいね」


参加者
カトレア・ベルローズ(紅薔薇の魔術師・e00568)
羽鳥・紺(まだ見ぬ世界にあこがれて・e19339)
湯川・麻亜弥(大海原の守護者・e20324)
ノチユ・エテルニタ(宙に咲けべば・e22615)
尾方・広喜(量産型イロハ式ヲ型・e36130)
天月・悠姫(導きの月夜・e67360)
リリス・アスティ(機械人形の音楽家・e85781)

■リプレイ

●花刻
 陽光と触れ合う花が淡く輝いている。
 その美観を目に留めた天月・悠姫(導きの月夜・e67360)は――初夏の訪れを実感して声を零していた。
「藤の花か、もうそんな季節なのね」
「美しいものだね」
 微風に揺れるその様に、ラウル・フェルディナンド(缺星・e01243)も瞳を和らげる。
 それでも、と。
「君の生み出す風は強すぎるかな?」
 言って視線を下ろす先。そこに飛来してくる敵影を捉えていた。
 それは羽を持ったダモクレス。羽鳥・紺(まだ見ぬ世界にあこがれて・e19339)は、警戒心を高めながらも見据える。
「いかにもこの時期らしい相手が登場しましたね」
「携帯型扇風機か。便利なものだけど、ね」
 それだけに、ノチユ・エテルニタ(宙に咲けべば・e22615)は棄てる人間の良心を考えないではいられない。
 唯一つだけ、確かなのは――。
「もうリサイクルはできないんだ。だから、廃棄処分させてもらう」
「……ええ、ここで決着させましょう」
 楽しいひと時を取り戻す為にも、と。
 紺の言葉に皆は応えて疾駆し、包囲。まずは尾方・広喜(量産型イロハ式ヲ型・e36130)が拳を打ち鳴らしていた。
 すると弾けた青炎が光の蝶へと変じ、仲間の知覚を明瞭に研ぎ澄ます。
「頼むぜ」
「ええ」
 恩恵に与ったカトレア・ベルローズ(紅薔薇の魔術師・e00568)は――既に相手の眼前。かつんと靴音を鳴らし、ふわりとドレスを棚引かせて。
「参りますわよ」
 喚んだ残霊と共に『バーテクルローズ』――薔薇模様の斬撃を奔らせ追撃の爆破でダモクレスを後退させた。
「麻亜弥、あなたの番ですわ」
「判りました」
 と、応えた湯川・麻亜弥(大海原の守護者・e20324)も海を泳ぐように、柔らかに宙を蹴って空へ昇っていた。
 ダモクレスも間合いを取ろうとするが――。
「その速度でこの飛び蹴りを、見切れますか?」
 麻亜弥は的確に動きを読み切り、流麗に廻って一撃。蒼の飛沫を弾けさせながら、鋭い蹴りで高度を落とさせる。
「悠姫さん、行けますか」
「勿論よ」
 任せて頂戴、と。
 悠姫はポケットからガジェットを取り出していた。手の中でくるりと回されたそれは――引き金や弾倉を備えた銃の形へと変貌してゆく。
 降下するダモクレスも身じろぐが――。
「わたしの狙撃からは、逃れられないわよ!」
 放つ『エレメンタル・ガジェット』の一弾は光の軌跡を描いて飛来。機械の躰を違わず穿っていた。
 落下したダモクレスは強風を返してくるが――広喜は君乃・眸と視線を合わせて頷き、前面に跳び出て衝撃を防ぐ。
 それでもダメージは小さくないが――。
「すぐに、治療を」
 直後には清廉な声と艷やかな音色。リリス・アスティ(機械人形の音楽家・e85781)がヴァイオリンを奏で始めていた。
 巧みな弓の動きで、紡がれるのは優しくも力強い旋律。
 美しく、魂にまで伝わるように。幾重にも反響するそれが魔法の加護となって皆へ癒やしと護りを運んだ。
 ノチユが折り鶴をふわりと飛ばし、輝く星粒を降らせれば後方の防護も万全。次にはラウルが銃把を握って狙いを定めていた。
 視線は鋭く、放つ弾丸は眩く。『游星』――耀く星の如く踊って弾ける衝撃の雨が、ダモクレスの体を穿ち貫き、囚えゆく。
「次の攻撃を」
「ええ――」
 生まれた間隙に、紺は槌を振り抜いていた。
 瞬間、風切り音と共に先端から放たれた砲弾が激しく炸裂。豪炎を伴ってダモクレスを大きく吹き飛ばしてゆく。

●決着
 横たわるダモクレスは、覚束ない動きで体勢を直していた。
 破片を零しながらも、羽を動かして唸らせるのは戦意の表れか。ただ掠れた音色の奥には相反する苦しみも潜んでいるようで――広喜は口を開く。
「悪いな。休んでるとこ起こしちまって」
 元となった無辜の機械に語りかけるように。
 あくまでその表情は笑顔のままで。
「心配すんな。お前には誰も、何も壊させねえ――大丈夫だ」
 ここで終わらせる、と。
 奔りながら青の火の粉を迸らせ、強烈な拳を叩き込んだ。
 下がるダモクレスへ、ノチユもファミリアの三毛猫を走り抜けさせて斬撃。ダモクレスも遣り返そうとするが――。
「譲りはしません」
 そこに紺。オーブを翳して魔力を流動させると――混じり合う輝きを水晶の炎へ変貌させて全身を切り刻んでいった。
 よろめくダモクレスへカトレアも跳躍。相手が反応するより先に鮮やかに宙を舞って一閃。翻りながら刃を踊らせていた。
「まだ終わりませんわよ」
 言ってみせると華麗に二閃、三閃。着地しながらも剣閃を滑らせ続けて傷を抉ってゆく。
 堪らず真後ろに翔ぶダモクレス、だがその頭上から迫るのが悠姫。
「無駄よ」
 太陽を逆光に浴びながら、巨大な斧に秘められた月の力をも解放して。黄金と白銀の煌きを帯びた刃を振り下ろして羽の一端を斬り潰した。
「麻亜弥さん、お願い」
「了解しました」
 僅かな間も開けず、応えるのが麻亜弥。
 地上からダモクレスへと直走りながら、袖内より鋭く煌めく物を取り出していた。
 ――暗器【鮫の牙】。
 文字通りの物を彷彿させる鋭利な刃で――喰らってしまうかのようにダモクレスの体の一端を千切ってゆく。
 ダモクレスはふらつきながらも羽を刃にして反撃。だが再び盾役が防げば――。
「少しだけ、お待ちを」
 すぐにリリスが弓で弦を強く鳴らす。
 瞬間、響き渡るのはまるで閃光のように鮮烈なメロディ。
 一つのモチーフを繰り返して奏でる事で、分厚い音の壁を形成すると――それによって仲間を護りながら、傷も癒やしきっていた。
「これで問題ありませんわ」
「では、こちらは攻撃を」
 紺は構えた銃の引き金を引く。
 そこから生まれたのはただの光だったが――目の当たりにしたダモクレスには、視界の中で膨れ上がって見えていた。
 『血染めの戦記』――怨嗟を伴う悍ましい影となった幻覚は、ダモクレスへ這い寄り、消えぬ傷を刻み込む。
 そこへノチユは跳んでいた。
「粗大ゴミとして放置するよりも、燃やして塵屑にしてやるよ」
 それが行き着くべき未来。故に焔の蹴撃で、扇風機に生えていた羽を燃やし尽くした。
 同時、ラウルも空から迫る。
 美しい花が散らされる前に、と。
「良い夢を。――もう二度と、眠りを妨げられない事を祈るよ」
 刹那、放つ流星の如き蹴りでダモクレスの命を砕いた。

●藤色
 戦いの後、周囲を癒やした番犬達は人々へ無事を伝え、祭りを再開の運びとしていた。
 賑やかさが戻ると、番犬達もそれぞれに過ごし始め――紺も歩み出す。
「とても賑やかですね」
 平和を享受して笑顔を浮かべる人々の間を、進みつつ。
 まずは出店に被害がないかも確認。紺はその足で温かいコーヒーも買ってから花の見物へと向かった。
 すると――。
「綺麗な色……」
 見えるのは頭上で揺れる藤。
 ゆらゆら、きらきらと。煌めく色彩は宝石のようでも、或いは絵画のようでもある。
 花の間に覗く初夏の空は眩しいけれど、それを受けて咲き誇る姿が何より美しいから、視線は下げず。
 この花も、見られる時期は短い。
 だからこの機に記憶に留めておきたかった。短い初夏が過ぎ、季節が移ろっても心の中からその姿が消えぬようにと。
「……」
 そうしていると、戦いで昂揚してしまった気分も落ち着いてくる。コーヒーを一口飲むと、程よい苦味に疲れも癒えるから。
 少しだけ目を閉じて、開ける。
 美しい初夏の景色を見ていると、その先の未来も明るいものに思えて、楽しさも生まれてくるから。
「今年の夏は、どんな日々を送れるでしょうか」
 それに期待を抱くよう、紺は季節の先へと歩み出す。

「皆さん、一緒に祭りに参加してみませんか?」
 きっと楽しいと思いますわよ、と。
 カトレアが声をかけると、麻亜弥と悠姫は勿論、と頷いていた。
「こんな機会ですからね」
「わたしも元々、見ていくつもりだったから」
 二人の答えに、カトレアは華やぐ笑顔を見せて。真っ直ぐ前を向くと、「それでは行きますわよ」と先導して歩み始める。
 花好きな故、足取りは軽く。そんなカトレアに麻亜弥と悠姫も続いた。
 すると見えてくるのは、遊歩道に沿って広がる藤棚。垂れ下がった先に開く花が可憐にそよいでいる。
 改めて、悠姫も見惚れないではいられなかった。
「カトレアさん、麻亜弥さん、見て……とても綺麗ね」
「ええ。まるで紫のカーテンの様ですわ」
 カトレアも紅の瞳に淡紫を映す。
 仄かな花の香りと、陽光を和らげる優しい影。まるで花の世界に迷い込んだようで――麻亜弥もその実感に微かに瞳を和らげていた。
「少し涼しいですね」
「そうね。しばらく、こうやってのんびりと散歩しておきたいわ」
 悠姫も瞳を細めて声を零すと、カトレアはくるりと振り返る。
「なら、端まで歩いてみましょう?」
「良いですね」
 それには麻亜弥も賛成。悠姫も頷いて、ゆったりと歩み始める。
 すると藤棚も花弁の密度の高い場所があり、そこは一層、明るい紫色に満ちた世界になっている。
 そこで影の色や太陽の見え具合、涼しさの違い、色々な事を感じながら、花の純粋な美しさも楽しんで――三人は道の終わりへ。
「お腹も空いてきたし、出店で何か食べて行くのも良いわね」
 悠姫が店々を見つけて言うと、二人もそれには頷いて。少々わくわくしながら、カトレアは歩みを向ける。
「クレープとか頂きたいですわ」
「私はかき氷が食べたいです」
「それじゃあ、向こうね」
 という訳でまずは移動販売へ向かって、さくらんぼの果肉とソースたっぷりの、初夏の恵みのクレープを購入。
 かき氷店に歩んだ麻亜弥が、さくらんぼや苺にブルーベリーソースを使った藤色かき氷を買うと……悠姫もたい焼き屋で紫餡のたい焼きを選ぶのだった。
「あちらで食べましょうか」
 麻亜弥が指す先に、藤棚も見える日陰のベンチがある。三人でそこに座り食を楽しむ事にした。
 早速カトレアがクレープをはむりと食べると――。
「ん、甘くて美味しいですわ。さくらんぼも瑞々しくて……」
「こちらも、ひんやりしていて美味しいです」
 麻亜弥もかき氷を口に運んで涼を得る。
 果実とソースが甘酸っぱくて、何とも美味で――そんな二人を見つつ、悠姫もたい焼きをかぷりと齧って頷いていた。
「優しい甘味で……たい焼きも良いものだわ」
「そちらも美味しそうですわね」
「少し交換する?」
 悠姫に頷いて、カトレアは一口貰って……ん、と味わう。
「和の甘味も素敵ですわ。私のも、どうぞ」
「ええ」
 と、悠姫もクレープを少し貰って快い甘味を楽しむ。
「私のかき氷とも交換しますか?」
「良いの?」
 という事で麻亜弥も悠姫とシェア。
 麻亜弥はたい焼きの香ばしさを、悠姫はかき氷の冷たさを楽しみ……またカトレアとも交換してそれぞれの味を楽しんだ。
「皆で一緒に祭りを回れて楽しいですよ、ありがとうございますね」
 麻亜弥が言えば、二人も心同じく頷く。
「また、一緒に来たいものですわね」
「ええ」
 過ぎゆく優しい時間。
 その中で三人はゆっくりと風を感じていた。

 やわく光の溶ける紫の隧道を、ラウルと燈・シズネは進みゆく。
 美しいそれを仰げば、ラウルは初めてシズネと藤花を見た記憶を思い起こして。
(「懐かしいな――」)
 その心に交じる幸福な気持ちに眦を緩めていた。
 あの頃から二人で歩き続けて今が在る。
 思いに隣を見れば、シズネも花を見上げている。
 シズネもまた、今みたいな未来があるとは思わなかった頃を思い出す。当時は葡萄みたいな花だと、そんな事を思っていたけれど――。
「綺麗だ」
 今では素直に呟ける。
 それはラウルと重ねた月日や思い出が、自分を変えたからだろう。
「藤が一番好きな花かもしれねぇなあ」
「そうなんだ?」
「ああ、だってこの花を見りゃオレがパッとおめぇの頭に浮かぶだろ?」
 ――なんたって紫と緑、オレの髪の色!
 その言葉にラウルがきょとんとしたのは一瞬。
 すぐに口元を綻ばせて。
「そうだね」
 蔓の緑、花の紫。
「確かに藤の彩りは君の色だね」
 この花を振り仰げば、シズネとの想い出が花弁と共に降り積むようで。
「大好きだよ」
 溢れるくらいの想いでラウルは笑みを咲かせる。
 シズネも満足気な顔で――ふと視線を止める。ラウルの金糸と垂れた藤が重なったものだから。
 思わず目を奪われて見惚れたのは花か、彼の笑顔か。
 ラウルはその瞳に、言葉を返しはしないけれど。
「あっ、こら! 見透かしたような顔するなよ!」
 シズネが少しだけ照れた気持ちで言えば、ラウルはまた笑みを和らげていた。
 ――黄昏の瞳に映る世界に俺が居るなら嬉しい。
 抱いたのはそんな気持ち。
(「だって、俺の世界は君が居るから光と色に満ちている」)
 だからこれからも、と。
 ラウルはシズネと共に歩みを続ける。
 優しい光に溢れる紫の道は、どこまでも続いてゆく。

「任務お疲れさんだぜーっ」
 笑顔で手を振りながら、広喜は眸の元へ戻ってくる。
 もう片方の手に持っているのはチョコクレープ。嬉しそうに歩み寄りながら、それを眸へとプレゼントした。
「これ、食べてくれ」
「いいのカ?」
「もちろん」
 広喜の言葉とクレープに、眸は嬉しそうに笑ってから――ありがとウ、と礼を言ってそれを一口食べる。
 そんな眸の隣で、広喜はカメラとビデオカメラを取り出していた。
「持ってきたんだ。いっぱい撮るぜっ」
 そうしてまずは藤棚の遠景と――甘味を味わう眸の姿を撮る。
 写真でも、動画でも、一瞬一瞬が大切な時間。
 故に眸もまたカメラとビデオを交換しつつ、撮影する方にも回った。この日の藤と広喜を、記憶にも記録にも残したかったから。
 そして二人はそのまま藤棚の道へ。
「今年も一緒に藤が見れて、すげえ嬉しいぜ」
「ああ――ワタシもだ」
 眸が声音を仄かに柔らかくして応えつつ、歩み進んでゆくと――見えるのは陽光と触れ合って煌めく花の彩。
 紫ばかりでなく、清廉な白妙も見つけて。
「眸、こっちに白い藤もあるぜっ」
 広喜はそれを目にして眸の手を引いてゆく。
 そこでは光も影も微かに澄んでいて、景色もお互いの顔もまた少し違って見えて――広喜は笑みを見せた。
「眸はやっぱ何色でも似合うなあ」
「それは広喜も一緒だろウ」
 はにかんだ眸は、カメラで顔を隠そうとするけれど。偶然に、或いは惹かれ合うみたいに……互いの視線が合う。
 それから二人は、画面の外でこっそりと顔を寄せた。
 共有するクレープの味は、甘くて幸せ。淡い影を揺らす花だけが、二人を優しく見守っていた。

 祭りへと歩む前に、ノチユはじゃれつく猫を巫山・幽子へと紹介していた。
「名前はテラっていうんだ」
「可愛い、お名前ですね……」
 先刻、その姿を見た時からそわそわしていた幽子は……テラが近づくとそっと触れる。
 人懐こい性格でもあるテラは、すぐに幽子を気に入ってごろごろ。幽子は微笑んでそんなテラを撫でてあげるのだった。
「とても、可愛いです……」
「仲良くなってくれてよかった。それじゃ一緒に、行こうか」
 ノチユが言うと、幽子ははい、と嬉しそうに隣に並んで共に屋台へ歩み出す。
 たい焼きにフライドポテト、お茶を買ってゆくノチユは……クレープの店も見つけた。
「僕はおかず系で……幽子さんは何味がいい?」
「私は甘いものを……」
 という事でハムと野菜のクレープと、苺クレープをそれぞれ購入。テラが食べられるものも買って……藤の花の下、日陰のベンチで食事にする。
「今年も綺麗な紫のトンネルだね」
「はい、きらきらしていて、ずっと見ていたくなります……」
 言いつつクレープをはむはむする幽子を、ノチユも自分の物を食べつつ眺めた。
 その姿は少しだけ藤影に色づいていて、凄く綺麗だと思う。
 けれど一年前とは違って。
「普通の女の子、だなぁ」
 ぽつりと零れるのは、多くの時間を過ごして来たから。
 クレープの味が美味しいのも、季節が煌いて見えるのも――きっとそんなあなたのおかげ。
「折角だし、かき氷も食べようか」
 だからもっとそんな時間を、と。
 ノチユは、幸せそうに頷く幽子と共にまた歩み出す。

 遊歩道の入り口は、まるで花の扉。
 枝垂れた紫が出迎えるその景色を、リリスは見惚れるように仰いでいた。
「話には聞いていましたが、綺麗な場所ですね」
 風が撫ぜると、花々がさらさらと触れ合って音を奏でる。耳を澄ませ、藤の音色を楽しみながら――リリスはそっと歩み入っていった。
 すると世界の色が変わったように、紫の光が零れてくる。天蓋のように広がる藤棚は、陽を優しく防いでもいて――涼やかでもあった。
 そして見上げると、幾つもの花が穏やかに揺れている。
「近くで見ると、一層美しいですね――」
 撮影も出来るからと、リリスはそんな眺めを一枚、また一枚。折に触れて見直せるよう、写真に残していった。
 それからそっと目を閉じると、花がそよぐ音が全ての方向から聞こえて――唄声の只中にいるような感覚だ。
 初夏にだけ聴く事が出来るメロディ。
 それを楽しむよう、リリスは歩みを再開しつつも暫し、風と花の協奏に意識を向けて。時折心の中で旋律を重ねながら遊歩道を進んでゆく。
 ベンチを見つければ、座って暫し涼んだ後で。
「もう少しだけ、見ていきましょうか」
 そっと立ち上がり散策を再開。
 季節の風が穏やかな時間を彩る。その中をリリスは一歩一歩と、歩んでいった。

作者:崎田航輝 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2021年5月26日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 3
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