賭けと対価と

作者:沙羅衝

「ま、今日はこんなもんだな」
 ゼフト・ルーヴェンス(影に遊ぶ勝負師・e04499)が、そう言って席を立つ。
 ここは、ある漁港にある倉庫の一角だった。薄暗く、人通りも少ない。だが、似つかわしくない高級車が停められている。こういった場所には賭けの匂いがするもので、その感覚を便りにたどり着いた地下にある場所だった。果たしてそこは、想像だに出来ない程にきらびやかなギャンブルスペースだった。
 行われていたのは、典型的なブラックジャックなどのカードゲームが主流だったが、ゼフトは絶好調だった。
「じゃあな」
 そう言って、バニースーツを着た女性が差し出したショットグラスを煽つた。
「お強いのですね」
「まあね」
 女性に付き添われ、出口に立つゼフトは現世に舞い戻る。潮の匂いが鼻をつくが、気分は悪くない。夜空を見上げて帰路へ向かう。
「お客様」
 するとさっきの女性が、唐突に話しかけてきた。
「なんだい?」
 ゼフトは振り替えるが、少し目を疑った。
(「っと……酔ったか?」)
 その女性は先程のバニースーツではなく、黒いドレス姿となっていたからだ。雲がかかり、月明かりが隠されていくと、更に闇に溶け込んでよく見えない。
「賭け事がお好きなのですね」
「そこそこ、ね」
 そう答えるゼフトだったが、チリチリと脳裏から信号が送られてくる。
「私と賭けをしませんか?」
「へえ……。どんな内容だい?」
 ゼフトは歩調を変えずに、右腕だけすぐに動かせるように意識をする。
「簡単な賭けですよ。このカードの絵柄と数値を当てることが出来たほうが勝ちです」
 そう言ってカードを空に投げる。当然この暗闇では見ることは出来ない。
(「おいおい。お前が投げたカードだろ」)
 そう心のなかで毒づくが、表情には出さずに右腕を懐に入れる。
「対価は?」
「命を頂きます」
「そうか。じゃあ、ダビデ」
「アルジーヌ」
 ゼフトは答えながら懐の銃を握る。そして宙からカードをキャッチする。
「残念。あなたの敗けです」
 カードにはクラブのクイーン。
「では、対価を……」
 髪止めを外すと、それが大きな鎌となって姿を表したのだった。

「みんな、大変や! ゼフト・ルーヴェンス君が、死神の襲撃を受けるって事が予知できたんや!」
 焦った様子の宮元・絹(レプリカントのヘリオライダー・en0084)が、リコス・レマルゴス(ヴァルキュリアの降魔拳士・en0175)と一緒に駆け込んできた。
「リコスちゃんにも手伝ってもらったんやけど、こっちからの連絡は出来へん状態や。多分、通信が出来へん所におるんやと思う」
 絹の真剣な表情にその場にいたケルベロスは、頷きながら予知の状況は? と、尋ねた。
「場所は、東京湾にある漁港になる。どうやらそこで死神に襲われるって事までわかってる感じや」
「と言うことは、まだ間に合うと言うことになるな。急ごう」
 リコスはゲシュタルトグレイブを握り、いつでも向かえるぞと頷いた。
 それは他のケルベロスたちも同じだったようで、詳細を絹に確認する。
「まず、敵は『イーヴィル・アイズ』っちゅう死神になる。数は彼女一人。
 どうやら、命を賭けたゲームを挑んで、負けた相手の命を奪うらしい。武器は暗器と鎌による攻撃とかく乱。こっちの行動を阻害して、いつの間にか術中に嵌めていく戦法を取ってくるから、気をつけてな」
 その他、状況の詳細を素早く頭に入れ、ケルベロス達は顔を見合わせた。今向かえば救援に間に合うならば、迷っている暇などはない。
「よっしゃ。ほなヘリオンに乗り込んで、ゼフト君の救出に行くで! 細かい調整はこれからでもええ。まずは向かう。よろしくな!」


参加者
ミオリ・ノウムカストゥルム(銀のテスタメント・e00629)
ゼフト・ルーヴェンス(影に遊ぶ勝負師・e04499)
エアーデ・サザンクロス(自然と南十字の加護を受けし者・e06724)
コマキ・シュヴァルツデーン(翠嵐の旋律・e09233)
劉・沙門(激情の拳・e29501)
 

■リプレイ

●切り札
「では、対価を……」
 イーヴィル・アイズは右腕を流れるように頭の後ろまで動かし、髪止めを外した。暗闇に僅かに届く月明りが、イーヴィル・アイズの長い黒髪をわずかに認識させる。
 その動作とともに、大きな鎌の刃が月明とグラビティの光が一筋の弧を描く。
「!?」
 ゼフト・ルーヴェンス(影に遊ぶ勝負師・e04499)は、とっさに反射して身を翻したが、次の瞬間には左腕の肩口から血が、つと流れていることを認識する。
(「……こうも、突然か」)
 ゼフトは、熱くなる思考をぐっと抑え、千載一遇のチャンスである今を確認する。
 目の前にいる女性は、間違いなく自分が長年追いかけてきた存在であること。
 その武器は間違いなく死神のもの。
 そして、今の攻撃から判断すると、自分だけでこの敵を殺すことができるかどうかの確信が持てないこと。
 どうやら酒は、それほど回ってはいなさそうだ。
 それらの情報を瞬時に整理し、把握する。あとは伸るか反るかの決断である。
(「やるしかない」)
 導き出された答えは、いたってシンプルだった。珍しく感情的にもなっているのかもしれないが、今のチャンスを逃したくなかった。
「ふー……」
 大きく息を吐き、オウガメタルを呼び出し、リボルバー銃を出現させて両手で感触を確かめた。
 一歩踏み込み、オウガメタルを右腕に集約させて拳を突く。だが、その拳には反応が無かった。拳が貫いたのはイーヴィル・アイズの残像。その動きは、予測していたよりも速い。
(「分は……悪いということだな」)
 首筋がひやりとする。薄く口角を上げるが、虚勢であることは自分でもわかっている。
 イーヴィル・アイズにも、それは解っているのだろう。余裕のある笑みは、ゼフトとは正反対である。
 無意識にじりじりと後退しようとする脚を、ゼフトは無理矢理その場に止まらせる。
(「やるしかない」)
 もう一度、心に決めて今度は銃に力を入れようとした。その時、心の奥に染み付いた声が聞こえてきた。幻聴、いや、現実に。
「まだ決着はついてなくてよ? 彼には切り札があるの、それが私達……彼は渡さないわ!」
 ドラゴンの幻影がゼフトを横切り、イーヴィル・アイズに着弾する。
 エアーデ・サザンクロス(自然と南十字の加護を受けし者・e06724)が彼の横に、すっと降り立った。
「良しエアーデ、私が前に行こう」
 リコス・レマルゴス(ヴァルキュリアの降魔拳士・en0175)はエアーデの視線の合図に頷き、ゼフトの前に立った。
「ゼフトさん、大丈夫ですか?」
 ミオリ・ノウムカストゥルム(銀のテスタメント・e00629)もまた、エアーデに続いて姿を現す。
「ゼフトさん、大丈夫?」
 同じように、コマキ・シュヴァルツデーン(翠嵐の旋律・e09233)も彼を気遣いながら、オウガ粒子を放出した。
「戦闘加入、オープン・コンバット」
 ミオリがゼフトの足元から守護星座を輝かせると、死神を見据えて敵の行動を把握しようと情報を一気に整理していった。既に先ほど受けた傷は、癒えている。
「皆……」
「そういうことである。どうにか間に合ったようであるな」
 劉・沙門(激情の拳・e29501)がケルベロスチェインを張り巡らせると、安心しろというように笑顔を見せた。
「皆、助けに来てくれてありがとう」
 ゼフトは心からの礼を仲間に送る。そしてもうこの時には、これまでになかった一つのカードが生まれていた。
 全員に頭を下げると、イーヴィル・アイズに向き合い、口を開いた。
「さて、お前は勝ったつもりかもしれないがどうやらまだ1回の表が終わっただけだぞ。さあ、次は俺達のターンだ」

●父
「どうでしょうか? まだまだ勝負は終わっていませんよ」
 あくまでも余裕の表情を崩さないイーヴィル・アイズ。ドレスに忍ばせている複数のナイフを後ろに下がりながら、空中で投射する。
「リコスさん」
「心得ている! オウギ、いくぞ!」
 ミオリがリコスに声をかけ、リコスと沙門のミミック『オウギ』が、ゼフトの前に立つ。自らに降り注ぐナイフを受けるが、それも気にせずに自らの武器を振り回して何とかはじき出した。ミオリは簡単に弾き飛ばすことができたが、リコスはそうはいかなかった。だが、オウギと共に飛び出したのであれば、他のケルベロスからは実力の落ちるリコスであっても、防ぐことができる。
「良し……。ぬ??」
 だが、自らの太ももに刺さったナイフから、異質なグラビティが流れ込んでくる。ふらついて片膝を立ててしまうリコス。
「リコスさん、いけそう?」
 コマキがリコスに声をかける。
「……と、消えた。な。大丈夫だ」
 リコスの足元からは、先程ミオリが仕掛けた星座が浮かび上がっていた。その星座の力が、リコスの精神への攻撃をかき消したのだ。
「気を付けたほうがいい。こっちの思考をのっとってくるやつだ」
 リコスはそう、全員に注意を呼び掛けた。
「わかったわ。念には念を入れておくわ」
 コマキは頷き、後衛である沙門とエアーデにチェインの盾を幾重にも張り巡らせた。

 ケルベロス達が集まったことで、勝負は五分五分となっていた。
 だが幾度か交戦すると、敵の攻撃が分かってくる。敵の攻撃は絹の情報の通り、催眠による思考の乗っ取りから、じわじわと身体を侵していく毒。そのあとに確実に急所を突きさす大鎌の一撃だった。
 ケルベロス達はその攻撃のことごとくに素早く対処していっていた。そして今度はケルベロスの攻撃が確実に敵を捉えるようになっていっていた。それは、コマキと沙門によるオウガ粒子による支援が完全に仕上がっていったからだ。
「甘いわ。言ったでしょ? 彼に死角はないのよ!」
 エアーデはそう言って、顔色の変わってきたイーヴィル・アイズに対して、銀色のリス『ΨCastorΨ』をロッドの形状に戻し、石化の魔法を打ち出した。
 それを間一髪で避けるイーヴィル・アイズだが、躱した先にはゼフトがその動きを先読みして回り込んでいた。低空で飛び込み、下段から打ち上げるように重力の蹴りを放った。
 ドウッ!?
 鈍い音が周囲に響き渡り、イーヴィル・アイズは宙に打ち上げられて、地面にたたきつけられた。
「……」
 苦悶の表情が少し出た。焦りの表情であろうか。その真意は判らないが、こちらを睨みつけてきていた。
「俺の親父は、命を賭けたゲームに負けて死んだ……」
 ゼフトは起き上がろうとするイーヴィル・アイズに問いかけた。
「お前だな? 俺の親父を殺したのは。根拠はあるぞ。
 俺の親父は強い勝負師だった。だから、普通の勝負なら絶対に負けないはずだ。お前が俺に仕掛けた理不尽なゲームでもない限りな……!」
「……さあ、そんな男は知りませんよ」
 本当に知っていないのか、ただ単に覚えることもしないほど気にも留めていないのか。彼女から発せられた言葉はこうだった。
「でも、勝負というものは、勝ってこそ。でしょう?」
 明らかに馬鹿にしたような表情だ。確かに騙すこともまた、勝負といえば勝負なのかもしれない。だが、この死神からはそのギャンブルというものを、ギャンブルとして捉えていないのだ。ゼフトはその言葉を聞いて、少し冷静さを欠いてしまいそうだった。
 すると、沙門がポンとゼフトの肩を叩いた。
「家族を失い、悲しみと怒りを覚えるその気持ち……よくわかるぞ」
 沙門の眼は熱かった。それは、自らの経験もある。
「俺は家族同然だった弟子達を守れなかった過去があるからな。ゼフト、お前の痛みを俺にもわけてもらうぞ!
 それがあやつを討つための原動力となろう!」

●勝負とは
「経験のない状況のようですね? 動きに遅延がありますよ」
 ミオリはそう言いながら、電子を加速させて束にする。
『粒子加速器、全力運転・・・電子束、発射』
 その一束の電子は一筋の光となり、死神の額に直撃する。その光は、さらに彼女の思考を奪っていく。
 戦いの決着は付こうとしていた。行動を制限し、相手を操ること。それがイーヴィル・アイズの戦い方であったが、ケルベロス達は、その悉くを先回りして動いていた。
 当然それは、絹の予知があったからだが、そもそも相手の土俵に乗る必要が無い事は、この死神が体現している。文句の言われようはない。
「賭けには対価が必要。貴方も含めて、です」
 ミオリの言葉は、彼女に現状を理解させるには十分だった。
「私が、……負ける?」
 自らの状況を把握し、奥歯を苦々しく噛み締めるように顔を歪めるイーヴィル・アイズ。
「いかさまして勝っても意味がない。勝負は正々堂々……それが礼儀で勝負っていうものだわ」
「貴様は今まで賭け事には無敗と抜かす。だがそれは、死神の力を利用していたからか……笑止千万!」
 エアーデに続き、沙門もまた、勝負という事の違いを言葉にする。そもそも仕組まれた勝負など、勝負ではないのだ。
「戯言、ですね……」
 しかし、イーヴィル・アイズにはその真意、心理は理解することができないのだろう。大鎌にグラビティを流し込み、次の一手の為に体制を取ろうとする。
「……!?」
 だが、そのグラビティの流れは、宙に四散していく。それ程にケルベロス達の力が彼女を凌駕している状況だったのだ。
「そのような方法で勝ちを得たとしても、何も学べぬぞ。正々堂々と勝負する事は勝っても負けても、己を向上させる事ができる!」
 沙門が両手を握って跳躍し、叫ぶ。
「『どんな手を使ってでも勝てば良い』という考え方は自分を堕落させるだけだ。貴様の愚かさを俺達が身をもって思い知らせてやろう!」
 そこに、エアーデの声も重なって木霊する。
『白銀の十字よ。その聖なる光に基づき、審判を下せ』
 光がイーヴィル・アイズを串刺しにすると、沙門が頭上から固めた両拳を振り下ろした。
『八方天拳、一の奥義!帝釈天!』
 その拳を避けようとイーヴィル・アイズは動くが、そもそも狙いは頭部ではない。
 ガギイィ!!
 鈍い音と金属音が響き、それは地に爆散した。沙門の狙いはその大鎌だった。そしてその鎌は見事に破壊されたのだ。
「博徒なのに何も賭けない、何てこと無いわよねぇ?」
 そしてコマキがネクロオーブを目の前にかざして、遠くを見つめるように目を細めた。
「ああ、なんてことかしら。私のネクロオーブ、Sylvan Lythaliaが告げてる貴女の未来は……言わぬが花、かしら」
 その言葉が終わる頃には、コマキは既に巨大で白い鳳仙花を咲かせていた。その鳳仙花がエーテルの種を飛ばし、イーヴィル・アイズに撃ち込まれる。
 イーヴィル・アイズは己の体を貫通した種の後を見て、まだ何が起きているのかが理解できていないようだった。
「お前は裏社会では世界最強の勝負師と呼ばれていたみたいだな。
 だが、その実態は死神の力で人間には絶対に勝てないようなギャンブルを仕組んでいたに過ぎない。そんな偽りの玉座は俺が破壊してやる」
 ゼフトはそう言ってリボルバー銃を右手に持ち、イーヴィル・アイズにゆっくりと近づいていく。
「いってらっしゃい、ゼフト。後悔のないようにね」
 エアーデの言葉に、ゼフトは軽く手を上げるだけで応える。そして、ガチャリと死神の眉間にその銃口を当てた。
「俺はお前に一度負けてる……ホテルに誘い込んで殺そうとしたが見破られたあの時だ。
 だが、俺はもう負けない……今の俺は1人じゃない。仲間も、そして愛する女性もいるからな……!」
 ドッ……。
 ゼフトは躊躇うことなく引き金を引いた。その弾丸は彼女の精神を侵し、未知なる恐怖が植えつけられる。
 何が起きているのかがわからない表情。そして、今まで味わったことがない感情。
「あ……。ああっ!!」
 ヨロヨロを後ずさるが、一歩二歩動いたところで、もうそれ以上動けないようだった。膝をつき天を見上げると、そのまま死神イーヴィル・アイズは闇に溶けるように消滅していったのだった。

「周囲に敵性存在なし、クローズ・コンバット」
 静かな波の音だけが残った時、ミオリが武装を解きながら言った。
「終わったわね。良かったわ、無事で」
 コマキもまた、周囲を見渡しながら、全員の無事を確認して頷いた。
「まったくであるなあ……」
 沙門はそう言いながら、どうしてこんな所に? と聞こうとして止めた。ゼフトは死神の散った後を少し見つめていたからだ。
「……まあ、整理する時間も必要であるからな」
 それだけポツリと呟くまでとした。それはミオリも同じだったようで、言葉を飲み込んで、頷くだけにした。
「皆、ありがとう」
 少しの時間が経っただろうか。ゼフトは来てくれた全員に頭を下げた。
「いいのよ、お疲れ様。帰ったらゆっくりやすみましょ」
 エアーデはそう言って、微笑む。それだけで良いのだ。
「ああ……帰ろう」
 帽子片手を当て、少し目深にかぶる。その気遣いが、ゼフトには嬉しかったから。

 空が白み始めた。
 夜が明け、ゆっくりと歩き始める。
 また、進むことができるように。

作者:沙羅衝 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2021年5月7日
難度:普通
参加:5人
結果:成功!
得票:格好よかった 2/感動した 1/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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